新年あけましておめでとうございます。
昨年は年明けの10thアルバムのリリースから始まり、実りある一年となりました。 今年はもうしばらくすると、アンビエント作品集「REFRACTIONS for BIWA, TÁROGATÓ and ELECTRONICS」がリリースされます。これはNY大学の先生でクラリネット&タロガド奏者のDr.エステル・ラムネックさん、メキシコのサウンドアーティストのアレハンドロ・コラビータさんとの共作で、お互いの音源を送りあって創ったものですので私個人名義のものではないですが、こういうアート系の作品は今後もどんどん取り組んで行こうと思っていますので、これが良いきっかけであり、新たな一歩となって行くと思っています。
昨年頂いた演奏の機会はどれも素晴らしい雰囲気のある場所で、音楽の在る場所という点について色々と考えた一年でもありました。内幸町ホール、渋谷のスーパードミューン、中目黒のJust Another Space、佐渡の相川春日神社能舞台等々、良い仕事をさせてもらいました。私は以前から作曲をする時には舞台を思い浮かべ、共演者も思い浮かべながら作曲するのですが、これまで様々な場所で演奏して来て、それらの記憶が「音楽の在る」場所について想いを巡らす事に繋がって行きました。それがより深まったのが昨年でした。今はネット配信で世界中どこでも聴ける時代ですが、だからこそライブは時と場所が大事な要素となってくるのは当然の事でしょう。音楽はレコードの開発から始まって、ヴァーチャル空間にどんどんと走って行ってしまい、今やネット空間へと、その存在は移行してしまいました。ここまで来て、音楽の根本的な在り方を探している時代だと思いますし、音楽家もリスナーも音楽本来の姿を求め出しているのではないでしょうか。今後生演奏への欲求が沸き起こるのも当然なのかもしれません。
MIMINOIMI主催「日本の響き」渋谷スーパードミューン 尺八の藤田晄聖君と
人間の存在がそもそもどこに立っているかで全く違ってくるものです。存在は存在そのもので成り立つのではなく、常にその存在を取り巻く周りの物との縁によって成り立つもの。これは音楽も同じで、場所によって、響き方も違えば、伝わり方も違ってきます。音楽をやればやる程に、我々は場所やリスナーとの共感といった器の部分が試されるように感じますね。エンターテイメントにするという事でなく、媚を売る事でもありません。この感覚を感じられるようになると、音楽は全く聞こえ方感じ方が変わってきますね。
何かを表現する人はその「表現」に囚われ、周りが見えなくなってしまう事が多々あります。自分という小さな視野の中での「表現」に囚われると自分が思い描くもの以外のものを受け入れられず、いつしか「これはこういうものだ」という拘りが生まれ、意地になり、挙句は勘違いしたプライドになり、自分という牢獄に自ら入ってしまうのです。自分を取り巻く世界をどんどん小さくして、寄ってくる人だけを相手にするようになってしまったら、やはり魅力ある音楽は生まれ出てくれません。自分を取り巻くものを受け入れてこそ、その「表現」も豊になり、多くの人に伝わるのです。自分を導いてくれる人・モノ・場所・時と繋がって受け入れて、どのように創り出して行くのか、そんな器が問われているような気がしますね。
昨年の10thアルバム「AYUNOKAZE」で私の音楽の一つの完成を感じていますので、これをもっと豊かに洗練させて行きたいのですが、同時に間もなくリリースされるアンビエントアルバムのような新たな分野にも取り組んでいきたいし、従来の弾き語りによる琵琶唄でなく、声を使った新たな琵琶樂の作品にも挑戦していきたいと思っています。何しろこれからもこれまで同様、自分のやりたい事をやりたいようにやって行きます。こればかりは変わりようがないですね。
今年もよろしくお願いいたします。






