正月も過ぎ、新たな日常が始まって来ましたね。、今年も淡々と自分らしくしながらも充実した一年を送りたいと思います。
私はなんでも好きにやっているせいか 何事に関しても 俺流になってしまいま す。少なくとも周りにはそう見えるようです。 日本人は何かにつけて「普通」という事を言いますが、私 の辞書にはその言葉は見つかりませんね。その 「普通」も邦楽等の伝統 現場で は、かなり特殊なので、 いつまで経ってもなじめません 。 まあ普通や 定番 というもの を求めたがる人の気持ちも 解るのですが 、 ライフスタイルでもファッションでも定番の枠の中で楽しんでいられる人の気分は私には理解が難しいのです。特に優等生ぶっている所が見えるものとは関わらないようにしています。今は何でも自由に出来る世の中になったと思いますが、逆に定番を求める人が増えたようにも感じます。世の中不安な時代なのでしょうね。ただどんな時代であっても 音楽芸術は 常に何事にも囚われず、血沸き肉躍る精神が自由に飛翔してこそ成り立つもの。普通という名の下に常識や習慣の中に安住しているようでは芸術は生まれようがないのです。
若き日 京都清流亭にて
私は若き日に 過去の素晴らしい文化・音楽を勉強しようという想いで琵琶の師匠に就いて稽古はしたものの、 舞台で 流派の曲を 弾いた 事は一度もありません。 初心の頃 、 流派のお浚い会にも二三度出ましたが 、 そこでも自分の曲を弾きました 。 究極の天邪鬼なんでしょうね 。やはり 舞台に立つ以上は、どんな舞台であれ、 曲のその先 に立ち現れる自分独自の 世界を聴かせ たいですね 。 今でも常にそこを問われていると思っています。
photo 新藤義久
これ迄 こんな感じで やって来 きましたが 、良かったなという想いしかないですね。 演奏する 曲は仕事でも自分の企画した演奏会でも 全部 自分で作曲して来ました。 本当に良かったと思っていますし 、これかもらもこれは変わることが無い 私のスタイル です。「 媚びない、群れない、寄りかからない」というマイペースでのんびり やっている せいか 、気分は充実しているのです。これからも風 のように国境も自由に越えて時代を渡って行きたいですね。
さて2026年の最初の琵琶樂人倶楽部は深草アキさんの登場です。大分席も埋まってしまっていますが、御興味のある方は是非ご一報を
琵琶楽人倶楽部 アーカイブ – Biwa player, performer, Composer – SHIOTAKA Kazuyuki – 塩高和之 – 琵琶奏者・作曲
今年もよろしくお願いいたします。
新年あけましておめでとうございます。
昨年は年明けの10thアルバムのリリースから始まり 、実りある一年となりました 。 今年はもうしばらくすると、 アンビエント作品集「 REFRACTIONS for BIWA, TÁROGATÓ and ELECTRONICS 」 がリリースされます。これは NY大学 の先生でクラリネット&タロガド奏者の Dr.エステル・ラムネックさん、メキシコのサウンド アーティスト のアレハンドロ・コラビータさんとの共作で、お互いの音源を送りあって創ったものですので私個人名義のものではないですが、 こういうアート系の作品は今後もどんどん取り組んで行こうと思っていますので、これが良いきっかけであり、 新たな一歩となって行くと思っています。
佐渡相川春日神社能舞台 津村禮次郎先生 一噌幸弘さんと
ひとつのメルヘン舞踊会(内幸町ホール) 花柳茂義実さんと
昨年 頂いた演奏の機会は どれも 素晴らしい 雰囲気のある場所で、 音楽の在る場所という点について色々と 考えた一年でもありました。内幸町ホール、渋谷のスーパードミューン、中目黒の Just Another Space 、 佐渡の相川春日神社 能舞台 等々、 良い仕事をさせてもらいました 。私は以前から作曲をする時には舞台を思い浮かべ、共演者も思い浮かべながら作曲するのですが、 これまで様々な場所で演奏して来て、それらの記憶が「 音楽の在る」場所 について想いを巡らす事に繋がって行きました 。 それがより深まったのが昨年でした。 今はネット配信で世界中どこでも聴ける時代ですが、だからこそライブは時と場所 が大事な要素となってくるのは当然の事でしょう 。 音楽はレコードの開発から始まって、ヴァーチャル空間にどんどんと走って行ってしまい、今やネット空間へと、その存在は移行してしまいました。ここまで来て、音楽の根本的な在り方を探している時代だと思いますし、音楽家もリスナーも音楽本来の姿を求め出しているのではないでしょうか。今後生演奏への欲求が沸き起こるのも当然なのかもしれません。
MIMINOIMI主催「日本の響き」渋谷スーパードミューン 尺八の藤田晄聖君と
人間の存在がそもそもどこに立っているかで全く違って くる ものです。存在は存在そのもので成り立つのではなく、常にその存在を取り巻く周りの物との縁によって成り立つ もの 。これは音楽も同じで、 場所によって、響き方も違えば 、 伝わり方も違ってきます 。 音楽をやればやる程に、 我々は場所 や リスナーとの共感と いった器の部分が試されるように感じますね。 エンターテイメントにするという事でなく 、 媚を売る事でもありません 。 この感覚を感じられるようになると 、 音楽は全く聞こえ方感じ方が変わってきますね 。
何かを表現する人は その「表現」に囚われ、周りが見えなくなってしまう 事が多々あります。 自分という小さな視野 の中 での「表現」に囚われると 自分が思い描くもの以外のものを受け入れられず 、 いつしか「これはこういうものだ 」 という拘りが生まれ、意地になり、挙句は勘違いしたプライドになり、自分という牢獄に自ら入ってしまうのです。自分を取り巻く世界をどんどん小さくして、寄ってくる人だけを相手にするようになってしまったら、やはり魅力ある音楽は生まれ出てくれません。自分を取り巻くものを受け入れてこそ、その「表現」も豊になり、多くの人に伝わるのです。自分を導いてくれる 人 ・モノ・場所・時 と 繋がって受け入れて、どのように創り出して行くのか、そんな器が問われているような気がしますね 。
北鎌倉の其中窯サロンにて
昨年の10thアルバム 「 AYUNOKAZE 」 で私の音楽の一つの完成を感じていますので 、 これをもっと豊かに洗練させて行きたいのですが、同時に間もなくリリースされるアンビエントアルバムのような新たな分野にも取り組んでいきたいし、従来の弾き語りによる琵琶唄でなく、声を使った新たな琵琶樂の作品にも挑戦していきたいと思っています。何しろこれからもこれまで同様、自分のやりたい事をやりたいようにやって行きます。こればかりは変わりようがないですね。
今年もよろしくお願いいたします 。
今年もいよいよ大詰めとなりました 。今年は年明けに10thアルバム「AYUNOKAZE」をリリースする事が出来、私にとっては意味深い年となりました。これ迄約30年近くに渡って琵琶で活動を続けて来ましたが、私の思う 琵琶樂 楽 の形 を発表する事が出来たと思っています。私は弾き語りではない器楽としての琵琶樂を最初からテーマにして来ましたが、2018年リリースの8thアルバム「沙羅双樹Ⅲ」で、その形が はっきりと見えて来て 、そこから7年経ってスタイルが完成したと思っています。
薩摩琵琶はどうしても弾きながら声を出して歌わないといけない、という常識を脱し、器楽として 琵琶の音色を聴かせたいという想い を、 一つの形として 確立できた事はとても大きな成果だと感じています。また樂琵琶に於いても雅楽を離れ、オリジナル楽曲での活動が形作られたのも私にとっては大きな意味を感じています。
若き日 高野山常喜院「塩高和之琵琶演奏会」にて
人間は自分でも気が付かない内に社会の常識や習慣、ルール等々、あらゆる呪縛に囚われて生きていますが、音楽こそはその呪縛を解き放ち、自由な精神の表現をするものであるという信念 を持って私は これ迄やってきました。ここに至るまで随分と長い時間を費やし、私もそれなりの年齢になって来ましたが、音楽家として一つの成果を感じられる地点に来た事は本当に嬉しいです。今後は器楽としての琵琶樂を更に先に進める作品を創ると共に、弾き語りではなく、声と琵琶の新たな世界を創作し、発表して行きたいと思っています。
演奏活動を振り返ってみると、今年はレクチャーや大学での講義、サロンコンサート等はあまりありませんでしたが、3月5月のMIMINOIMI主催のアンビエントイベントに参加できた事が印象深いです。年明けにはNY在住のタロガド奏者のエステル・ラムネックさん、サウンドアーティストのアレハンドロ・コラビータさんとの共作で、アンビエント作品集「REFRACTIONS for BIWA, TÁROGATÓ and ELECTRONICS」がリリースされます。これも3月5月のイベントに参加した事が動機の一つとなりました。
夏には佐渡の相川春日神社での能公演にて、津村禮次郎先生と「良寛」の再演をした事も素晴らしい経験でした。本格的な能舞台での新作能の上演に立ち会えたことは、これから大きな糧になって行くと思います。
琵琶樂人倶楽部もお陰様で 11月に 18周年を迎え、開催も214回を重ねる事が出来、来年一年のスケジュールも決定しました。 私のベースとなる活動がこの長きに渡って続いてきた事に本当に感謝しかありません 。 来年の予定 こちらに載せてあります。是非またお越しくださいませ。尚、来年より入場料が1500円となります。何 とぞご理解の程、よろしくお願いいたします。
2026年琵琶樂人倶楽部年間スケジュール – Biwa player, performer, Composer – SHIOTAKA Kazuyuki – 塩高和之 – 琵琶奏者・作曲
こうしてこれ迄自分の思う音楽を思う形で演奏し発表し て来ましたが 、 正に導かれたと思っています 。 物でも人でも数多くの縁によって 、 これ迄 活動してこれた事が本当に有難く、嬉しいです。今は世の中全体が激動しておりますが、どんな時代が来ようとも、私は思う音楽を 、形 を変えながら 実現したい と思っています。まだまだやりたい事がありますので、これからがまた楽しみでもあります。今後共宜しくお願い申し上げます。
毎日ぶらついている私でも年末ともなるとワサワサ色んなものが動き出します。今年最後の琵琶樂人倶楽部も先日終わりました。今回は錦心流の子安幻水さんが初登場だったのですが、久し振りに端正な錦心流の節を聴かせてもらいました。年末恒例の愛子姐さんのパフォーマンスも絶好調で、会場の皆さんを盛り上げてくれました。
また先日は舞踊家田中いづみ先生の舞踊家50周年記念公演「TIMELESS」に行ってきました。 いづみ先生とは舞踊作家協会の公演で御一緒させて頂いてから、もう随分と経ちますが、最近では、先生と花柳面先生などでやっている「Peace by Dance」の練馬文化センターホールでの2020年公演の最後の演目で、拙作の「Sirroco」を使って頂き、この所またお付き合いもさせて頂いています。今回の公演も、全体に現代の人間社会の持つ様々なドラマが展開されていて、実にドラマチックでワクワクとする作品でした。また若手の舞踊家も縦横無尽に輝いていて、次世代を感じさせる清々しい舞台でした。
私は琵琶で活動を始めた最初から様々な演奏家・舞踊家と舞台をやって来ましたが、皆さん本当に創造的で独自の世界を創り込んでいました。いつも 書い ている ように笛の大浦典子さんやヴァイオリンの田澤明子さんという強力なパートナーは勿論の事、活動の最初に、寶山左衛門先生や津村禮次郎先生、花柳面先生等伝統邦楽の大御所の方々との出逢いは実に大きなインパクトでした。自分では実現し得ない舞台を沢山経験させてもらって、 その世界に導かれ 、 それらが全て 今の活動の糧となっています。また共演者として多くの演奏家と関わる事で、思ってもみないような活動の展開に繋がって行きました。本当に多くの人との関りの中で音楽を創り続けてきたのです。そういう出逢いがあったからこそ、その人と一緒に演奏する曲をどんどん作曲して、それらの曲がまた発展して、今の重要なレパートリーに成長して行き、結局は自分の音楽の世界を形作ってきました。 作曲の師である石井紘美先生の導きから 始まった 琵琶 人生ですが 、あそこが私の人生のターニングポイントでしたね。石井先生からは上っ面の感性ではないもっと深い所で音楽に接する事の大事さ等々、音楽に対する姿勢や 眼差し の向け方 を教わり 、今私が持っている音楽性の基礎 となり ました。石井先生 始め数々の 出逢いは、正に「はからい」としか思えないような もの だと感じています。
若き日 京都清流亭にて 笛の阿部慶子さんと
人間生きていれば色んな出逢いもあるし、様々な経験もします。しかしその数ではなく、そこからどう導かれたかという事が、その後の人生を変えて行きます。現代はSNSなどで知り合いが増えて行くような時代ですが、その出会いは何をもたらしてくれるのでしょう。同好の人と知り合うのは良い事ですが、それがエコーチェンバー現象の内に留まって、かえってオタク化して、自分で大きいと思っているその知り合いの輪も実はガチガチの村になっていることも多いのではないでしょうか。邦楽なども、偉い先生は沢山居ますが、実はそんな状態にあるのかもしれません。
大きな視野と広く柔軟な 眼差し を持つ事はいつの時代でも大切な事ですが、情報が沢山あるとか都会に居るから とか、そういう事で眼差しを 持てる という訳ではない事は皆さんも感じているでしょう 。どこに居ても、どんな暮らしをしても、そんな感性を 育てて行ける 人もいれば、ただ 物に情報に 振り回されて目の前すら見えなくなっている人も います 。 現代の都会では後者の方が多いのではないでしょうか 。 世界中に行く 事が出来 て、世界の食べ物をネットで買えて、何でも手に入り、世界の人と簡単に連絡が取れる世の中ですが、 そんな世の中だからこそ 、物事を深く感じ、 創造力 をはばたかせ 独自の世界を創り上げ 、 それがまた次世代へと繋がって行く、そんな姿勢と眼差しを持っていたいものです。
芸術家はともすると個人という小さな世界で、芸を磨くだの極めるだのと言って閉じこもって、この道一筋などという言葉に寄りかかり、独りよがりな自分の世界に留まり、オタク状態になってしまいがちです。しかしそれでは次世代へは繋がるとは思えません。常に次への眼差しがそこに無ければ、評価もされないし大したものも遺せないと私は常々思っています。
今はなき明大前のキッドアイラックアートホールにて 灰野敬二氏、田中黎山氏と
今は創りかけの曲がいくつもあり、来年はそれらを完成して、出来れば次のアルバムへと成就していきたいと思っています。尺八、笛、ヴァイオリン、そして声とのデュオをもっと創り上げたいですね。 私の曲が次世代の人へと繋がり、琵琶樂がお稽古事から脱して、音楽として世界に羽ばたいて行く事を期待しつつ眼差しを向けて行こうと思ってます。
年末はいつも演奏会が少ないのですが、今年は何だか演奏会がないわりにリハーサル等、様々に用事が入っていてせわしないです。加えて先月から各琵琶をメンテナンス に出していて居るのですが、琵琶が良い状態で手元にないとどうにも落ちつかないですね。 今は大型二号機の糸口交換をすべくメンテに出しています。 本当に手のかかるやつらです。
私は いつも書いているように 、人一倍楽器の手入れをする方で、かなりの部分まで修理や調整をする方なのですが、糸口や 側面 の 剥がれなど 等、 職人技でないと出来ない部分、また 全体の総合的なメンテナンスは、やはり 石田さん にお任せするのが一番です。 論語にも 「 職人はいい仕事をしようと思うと、先ず自分の道具を磨いて手入れをするものだ 」と書いてありますが、自分の楽器に関しては、目いっぱい愛情を注いで手をかけてこそ、 初めて音楽として 鳴 り出して くれるものです。そ ういう基本 を忘れては いけません 。琵琶も 家族と同じように日々 共に生きる位でちょうど良いのです。
閑谷学校
この所、旧い友人と 再会する 事がいくつかあって、来年は新たな展開が来そうです。これからは歌と琵琶の音との新たなコンビネーションが出来上がって行くかもしれません。大正・昭和の薩摩筑前による唸るような弾き語りの声ではなく、「歌」と琵琶の組み合わせは可能性がもっとあるとずっと感じていました。微力ながら色々やって来ましたが、これからもっと面白くなると思いますよ。1月の琵琶樂人倶楽部には深草アキさんに出て頂くのですが、深草さんも歌と秦琴との素敵なコンビネーションを創り上げています。
深草HP Aki Fukakusa Home Page
深草さんと最初にあったのは30年近く前。 邦楽ジャーナル 「 和音 」の 1周年パ-ティーでした。この時は今でもやり取りしている尺八のグンナル・リンデルさんやその他邦楽系の先輩方々と知り合いになりました。 私が琵琶で活動を始めた頃です。その時もう深草さんはかなり メジャーな 活動を展開していて、凄いな~と思って見てい ました。それ以来連絡をし合っていたものの、お逢いする機会も無く時間が経ってしまったのですが、 今年のMIMINOIMI主催のアンビエントウィーク2025で久しぶりに再会し て、琵琶樂人倶楽部 に 出てくれる事にあいなりました 。こうした再会は実に気分も高まり ますね 。最近はこういう事が いくつか 続いているのです。「 よみがえり の季節」に入ったのでしょうか。
清流亭にて これ迄色んな方とお付き合いしながら音楽ををやってきたのですが 、長く 良い レベルで音楽をやっている人は、主張が穏やかな方が多いです。皆さん 夫々に軸がぶれないで、しっかりとした哲学を持っている野でしょうね。実に マイペースという感じで、 夫々の世界を形作っています 。 ガツガツと 闘っている感じ の方で長続きしている方はあまり見た事無いですね。 音楽はショウビジネスと背中合わせの世界という事もあり、売れるという事もまた一つの形かもしれませんが、売れる事よりも音楽家として、自分のやりたい事がぶれないで 、それを貫いて、且つ時代の流れの中で やっている人 の方 が長く活動できるように感じます。
私は ジャズをやっていたせいか 、 琵琶を手にした最初からショウビジネスには全く興味が無かったですし、売れる方向で動いている人とも縁がありませんでした。先日も雅楽を勉強している若者とリハーサルしていたんですが 、 色々話していると 、 私は自分がやりたい事をやりたいようにやって来たら、それがそのまま自分の世界になっていっただけなんだなと改めて思いました。邦楽・雅楽の界隈とは随分離れていますが、そのスタイルがとても私らしいし、だからこそ活動も色々と展開出来たし、作品も創って来れたと思っています。
それにしても 、この現代という時代に琵琶を手にしているという事自体が凄い縁だなと思います ね。 いったい自分は何をしたいのか、それは何を土台としているのか、琵琶という古い歴史のある楽器を抱きながら、己は何を受け継いでいるのか、そんな事を ついつい 考えてしまいますね。琵琶の辿って来ただろう長い長い歴史、そこに生まれた文学や芸能、そして日本 だけでなく、琵琶が辿って来たペルシャや中央アジアなどの 文化も含め、果てしのない大きな世界・ 背景が 自分 の後ろにあって 、今 自分が 琵琶を抱えて生きている。考えてみれば 奇跡のような 凄い事だと年を経るごとにその想いは強くなってきています。
琵琶樂人倶楽部にて SOON・Kim(ASax) 田澤明子さん(Vn)と
ハイレベルの音楽家に接すると良く感じるのですが、この人の演奏には〇〇が宿っているなと思う事があります。よく共演するSOON・Kimさんの演奏には、その中に確かにオーネットが居るし、良いなと思うミュージシャンを聴いていると、そんな風に思える人が少なくありません。そしてそう感じる人は決してコピーではなく、むしろ自分のスタイルを持っている。そして何よりも品格を感じる事が多いです。そっくりさんみたいなレベルの人は、表面は似ていても、そういう品格を感じ 無いですね 。形を真似ていても決して継承にはなりません。むしろオリジナルのスタイルを持った人の中に、先人の魂のようなものを感じます。
受け継ぐものは、感性であり、志です。むしろ表面の形はその人独自に変化し、時代と共に変遷してこそ、その中にある 受け継がれたもの が立ち現れて、先人の姿や風土がそこに見えて来るものです。邦楽では流派や弟子などの枠の中で考えがちですが、いくら門下生であっても 上手を求めている内は 、表面の形しか伝わらない人も多いです。志を継いだ人は、むしろ枠の中には留まっていないでしょう。残念ながら今邦楽全般に衰退の一途をたどっているのが現状ですが、それは表面の形に拘り、 立派になろうなんていう俗な精神で肩書を追いかける事 に執心して、先人が持っていた品格を忘れているからなのかもしれません。
兵庫県芸術文化センター「方丈記公演」にて
私も 是非品格が感じ ても らえるようになりたいですね。これからが面白くなりそうです。