「サワリ」の話Ⅲ

「サワリの話」シリーズは私のブログ記事でも常に読まれている人気記事です。どんな人が見ているのか判りませんが、魅力あるサワリ音を出す琵琶奏者がどんどん登場してもらいたいですね。

貝を糸口に使った最新モデル 良いサワリが響きます

現在ではしっかりとサワリをつけて調整するのが主流ですが、琵琶楽研究の薦田治子先生が言うには、こういうサワリは鶴田錦史から始まったそうです。
私は毎年8月の琵琶樂人倶楽部では、SPレコードコンサートの解説をして、過去の名人と言われる人達の演奏は随分と聞いていますが、確かに過去の演奏家は唄を聞かせえることが主で、琵琶の音は現代の耳で聞くと渋いですね。水藤錦穰先生位ですかね。サワリのいい音を聴かせてくれるのは。全体として音は伸びもないし、余韻をコントロールするテクニックは以前はあまり無かったのでしょうか・・・。「押しかん」といわれる奏法は私も習いましたが、あれを発展させて琵琶を歌わすことの出来る人には出会ったことが無いですね。

私が過去の琵琶奏者や曲にぴんと来ないのは、琵琶の音を引き出すテクニックが聞こえてこないからです。唄ばかりに気が行ってしまって、琵琶の音で語りかけてくるような人は、残念ながらSP時代には居ませんね。永田錦心先生の様にスタイルそのものをモダンに作り変えるという多大な功績は大変に評価していますが、こと琵琶の演奏という事になると、琵琶の音色で情景そのものを表現した、鶴田錦史の登場を待たなくてはなりません。

ギターインストを確立したジェフベック まさにリヴィングレジェンド!!
サワリの音はよくエレキギターのディストーションサウンドに比されますが、ロックギターのディストーションサウンドも時代とともに変化して行きました。ジミヘンの荒削りな音は衝撃的でしたし、未だに誰にも真似できないジミヘンだけの音です。ヴァンへイレンのあのうなる低音も時代を塗り替えましたね(私の大型琵琶はあのヴァンへイレンの音を念頭に設計してもらいました)。
若い日々に散々聴きまくったBBキングのナチュラルな歪による強烈な一音は、正に鶴田先生の一撥の気迫に匹敵しますね。凄い存在感でした。ラリー・カールトンのオーバードライブがかかった335の音も実に魅力的。勿論自由自在にギターを歌わせたジェフ・ベックは言うに及ばず・・・・。皆自分の音色を持っているのです。
どんなジャンルであれ、演奏家だったら先ずは自分の音色を持たなくては、お話になりません。琵琶の音を聞いて、すぐに「これは誰々の音」と判るくらいでないと!!。演奏スタイルといい、音色といい、琵琶だけ聞いて判るのは・・・残念ながら見当たりませんな。もっと個性的な音色を持った演奏家が乱立して、競い合って、それぞれにファンがいて、という状況になって欲しいものです。

琵琶奏者というのだから先ずは何よりも琵琶の音を第一に考えなければリスナーは誰も付いてきません。BBキングは歌も最高ですが、あのギターの音色があってこその歌です。琵琶奏者はそこが抜けている。唄や語りも他の邦楽ジャンルに比べ特に突出して魅力がある訳でも無く、琵琶の音も個性がないというのでは、誰も振り向いてはくれません。
琵琶奏者と呼ばれたいのだったら、先ずは琵琶を弾くべきでしょう。ギターを持って歌う人を世間ではギタリストとは言いません。それはあくまで歌手なのです。琵琶を弾いて人を納得させてだけのものを持たなくては、琵琶奏者の看板を挙げることは出来ません。そして何よりも自分だけのスタイル、そして音色があってこそ、プロとして舞台に立てるのです。お教室で習ったことを上手に弾いているだけでは、ただのお稽古事です。
サワリという、自分の個性を最大限に生かすことの出来る強力な武器を持ちながら、本当にもったいないと思うのは私だけでしょうか・・・・。

また世界中が象牙の使用に対し違和感を感じていることも考えると、時代とともにサワリも楽器も変化せざるを得ませんね。世界で使われている楽器は、皆、皮や象牙などの使用を早々にやめて、新素材で更に良いサウンドが出るように常に研究されています。ドラムのヘッド、クラシックギターの弦やナット、ピアノの鍵盤などが良い例です。そうやってハードの面からも研究されているからこそ、時代の求める音を響かせ、次世代の音色を創り出しているのです。ヴァイオリンなどはストラディバリウスなどの名器でも、現代のホールでも響かせられるようにどんどん内部が改造されているのです。当時のままではないのですよ。現代ではPAを使うことを前提とした奏法~歌でいえばばクルーナー唱法等~があってしかるべきですね。琵琶でもどんどん奏法が新しくなって当たり前だと思います。

楽器を作る側も操る側も、そういう努力を常にし続けないと、時代の中で琵琶の音は響きません。幸い私には石田克佳さんという素晴らしい楽器職人が付いていてくれていて、私がどんな音を求めているのか判っていてくれるので、存分に演奏活動が出来ますが、奏法の改革、サワリの調整の仕方などなど、留まることなく追求していかないと、私のこの音色は届きません。音楽も我々自身も社会の中にあってこそ存在できるのですから、社会の変化とともに琵琶の音色も変わって行かないと存在そのものが危うくなります(既に絶滅危惧種などと揶揄されていますが・・・)。
ちなみに三味線は50年前とは音色も楽器も、驚くほど変わっています。昔はあんな鳴りの楽器はなかったとよく言われます。それだけ世の中とともに在ったということです。琵琶は旧来の薩摩琵琶から、永田錦心が大改革をして鶴田錦史に至る迄は、楽器も奏法もどんどん変わって行きましたが、それ以降が停滞し
てしまいましたね。あの創造性はどこへ行ってしまったのでしょう?。残念で仕方がありません。結局プロとして生きている人がいなくなったという事だと私は思っています。

私も今後は一番上に貼り付けた写真のような仕様に、全ての琵琶を順次改造していこうと思っています。

まろばし~尺八と琵琶の音の対峙から生まれる世界

私はサワリの音を、自分の声と同じに思っています。自分の想いや心に描く風景、哲学など全てを乗せるものがサワリです。言葉ではありません。言葉は確かに具体的ではありますが、そこにはある種の虚偽が現れてしまう。言い方をかえると、言葉では表現したい大きな世界が表しきれないのです。具体的であるがゆえに、その具体の側面や周辺のことが切り捨てられてしまうのです。薩摩琵琶は、せっかく「サワリ」というの武器があるのに、何故今迄、そこに意識を向けなかったのでしょう。つまりは器楽という発想そのものがなく、琵琶の音は伴奏でしかなかったからだと私は思っています。そういう意味でも、琵琶の音で情景や風景を強烈に感じさせることを始めた鶴田錦史の功績は大きいですね。

サワリの音に乗せて内面を描けば、抽象性を持って表現できるので、自分の持っている大きな世界が丸ごと表現できる。あの伸びる音を自由自在にコントロール出来れば、PPで一音を弾いても、そこには単なる悲しさや寂しさのような表層的な感情ではなく、リスナーの心の中に広がる風景に訴えかけることが出来るのです。それくらいさわりの音色は、聞き手の心に届く性質を持っているのです。

演奏会をやる度に、リスナーからは「琵琶はこんなに表現力のある楽器なんだ」と、終演後のアンケートに書いていただいています。琵琶の持つ表現能力に皆さんびっくりしてくれるのです。手妻の藤山新太郎師匠も、三味線一挺では伴奏にならないが、琵琶は楽団一つ抱えてるのと同じくらいの表現力があると常々言ってくれました。まさに小さなオーケストラと云えるでしょう。様々な色、情景、感情等々、琵琶一つで表現してゆくことが出来るのです。こんな楽器は他にはありません。

だからこそサワリの調整は命綱なのです。ほんのちょっとした一削りで、音の伸びが変わり、音色が変わり、表現が変わるのです。よく「余韻」といいますが。絃をヒットした後に音が伸び、特有の倍音が響き、伸びる音にベンドを加えたり、ビブラートをかけたりすることで、余韻をコントロールできるのです。今琵琶でこのコントロールが出来る人は、・・・・・?。それだけ琵琶人は余韻に無神経だともいえます。
さわりの音色や伸びやうねりは現代においても実に魅力的!。そしてこの伸び・うねりのコントロールこそが薩摩琵琶の最大の武器とも云えるでしょう。
これだけ弾いた後の音をコントロール出来る撥弦楽器はあまりないですね。ディストーションのかかったギターくらいでしょうか。ちなみに私はこういう音のコントロールはジェフ・ベックのインストアルバムから大いに学びました。ジェフ・ベックは音をどこまでも自分の意のままにコントロールして、豊穣な表現を実現した最初のギタリストだと思います。

サワリの調整をやる方は、先ずは平ノミをまっすぐ研ぐ所から始めてみて下さい。これが出来なかったら何も出来ません。そして何よりも前に、自分がどんな音を求めているのか、何故その音にしたいのか、目的が見えず技術だけ習得してもろくな事になりません。あくまで自分の音楽は何なのか。自分の表現したい事は何か。何故それを表現したいのか、そこにどんな意味があるのか。よくよく自分の歩むべき道を見定めてかからないと、自分のサワリには何時まで経っても巡り合わないでしょう。
そういうことを日々、常に考えているようでないと自分の音は出てきません。ジミヘンもBBキングもあの音以外にはありえないのです。同じように貴方の弾く音は、あなたの声と同様「貴方以外にはありえない」はずなのです。唄に執心していては自分の音色は響きませんよ。琵琶奏者なら琵琶の音色こそ命。琵琶の音色こそが貴方そのもの。違いますか???。

究極の一音を極めたいですね。

さて来月の琵琶樂人倶楽部SPレコードコンサートでは、そんなモダンスタイルの琵琶を世に問うた、永田錦心を特集します。

第116回琵琶樂人倶楽部「SPレコードコンサート~永田錦心とその時代Ⅱ」
8月20日(日) 18時開演(いつもと開演時間が異なりますのでご注意下さい)
料金:1000円(コーヒー付)
演目:永田錦心 喜波貞子 他
解説:塩高和之

ただ風を思え2017 Ⅱ

先週は琵琶樂人倶楽部、大久保ルーテル東京教会、横浜イギリス館と色々な演奏会をやらせて頂きました。この夏は8月末までずっと大小公演が続いているのですが、先ずは一段落。

先日の関西での公演が一つのきっかけとなったこともあるのですが、これからは、今迄考えていた器楽としての琵琶楽を完成させるべく、じっくりと考え、作曲し、今後のプログラム作りをやって行こうと思います。

声は大変重要な表現媒体ですが、やればやるほど、言葉・声を生半可では扱えないという想いが、自分の中で大きくなって行きます。言葉(または文章)は、音よりも具体性が強いがゆえに、使う本人に「必然」が無ければ伝わらないのです。たとえ上手に壇ノ浦やら那須与一を歌おうが、技芸としての歌や語りでは聞いていて辛いのです。
上手になればなるほど、「何故その人が那須与一をやるのか」が聴こえてこないと、お稽古事以上には聴こえないない。これはクラシックをやろうがブルースだろうが同じ事です。あくまで自分の表現になっていなければ、何も伝わりません。ただの発表会でしかない。

「方丈記」公演伊藤哲哉さんの語りとともに
私は「抽象性」を一番大事にしています。そのためには音色が何よりも大事。言葉はどうしても具体性を出してしまうので、言葉を扱うのであれば、自分で語るより、別に語り手を立てて組んでゆく方が断然やり易い。勿論語り手のレベルが低いのではお話になりませんが、言葉に対して充分な考察と経験と技を持って、自分の表現としてやることの出来る人ならば、私は琵琶の音で、そこに寄り添っていくことが出来る。つまり自分で語るより客観性を持って言葉と対峙できるのです。

文章でも、言葉でも、そこに余白の無い表現は、まるで押し付けられているようで、とても聞いていられません。「無常」と言っても、そこに言外の大きな世界があれば、聞いている側の感性を大いに刺激してくれます。しかし発する側が薄っぺらい世界しか持っていなかったら、受けて側には何も届かない。特に感情を表す言葉、例えば「あはれ」や「悲しい」などは、個人の領域で発せられても、理解は出来ても共感は出来ません。琵琶唄ではやたらとこの手の言葉を発するのですが、いくらこぶしまわして声張り上げても、私には、そこから滔々と流れる日本文化の大きな世界は全く響いてこないのです。
表現はクラシックであろうがロックであろうが、時代とともに今に生きる人に響くように変わってゆくのに、「太刀にあはれや磯千鳥、泣くも悲しき須磨の浦」なんてコブシたっぷりにやられても、100年前の感性で止まっていては、現代の人に届くわけがない。社会とともに生きてこなかった邦楽の悲しい姿だと私は思っています。

ルーテル武蔵野教会にて。和久内明先生と

日本文化は共感の文化だと私は思っています。はっきりとものを言わない代わりに、そこにはお互いの共感がある。その共感でコミュニケーションが成り立っている。これは実社会では弊害も多々あると思いますが、芸術においては、わび・さび、余情の美など、日本特有の文化はその抽象性こそが特長であり、また人を惹きつけるのです。抽象性があるからこそ、受け手の感性を豊かに動かすことが出来るのです。
色んな表現のやり方があって良いと思いますが、自分の音楽を存分に表現できるスタイルで舞台に立ちたいですね。少なくとも、声を張り上げてろくに弾く事をしない琵琶唄は、私にとっては魅力が無いのです。

1stアルバム「Orientaleyes」
以前にも書きましたが、私は琵琶の音色に感激して琵琶弾きになったので、その原点に立ち返る時が来ているのだと思います。琵琶の音色で表現できないようでは琵琶奏者とは云えません。
何よりも琵琶の音色が第一なのです。歌手が声を第一にするように、私は琵琶の音色にこだわって、魅力のある音楽を創るのが仕事。意識が声に行ってしまって、ろくに弾けないようでは本末転倒です。

さて、これからは少しばかり時間が出来たので、琵琶を離れている時間も作ることが出来ます。何かを創り上げるには、色んなアンテナを張り巡らして、色んな人に会い、様々な事を体験して行くのが、とても重要なんですが、琵琶奏者という看板をいつも挙げていると、見えるものも見えなくなります。ただの一観客となって映画を観たり、ライブビューイングやコンサートに行くのは頭の切り替えにもなるし、作品をより素直に鑑賞出来て、多くのものを得られますね。このブログを読んでくれている方は、私がいつもぶらぶらしている姿に呆れ返っているかと思いますが、琵琶を離れている時間を作ることが出来るかどうか、こここそが音楽家としてやっていけるかどうかの一つの大きな鍵と云えるでしょう。

先日はヴァイオリニスト濱田協子さんが参加している アンサンブルステラの公演に行ってきました。今回は全員がイタリアの楽器に持ち替えて、その音色を楽し
むというちょっと面白い企画。濱田さんの弾く、ちょっとヴィオラにも近いようなダークな陰影のあるヴァイオリンの音が素敵でした。心地良かったですね。また今週は、昨年カリブ海の国々へ一緒に行ったマジシャンの石井裕さんのショウにも行く予定。その他、最近はジャズの仲間も増えましたので、これからは日々楽しくなりそうです。

私は私の音楽をやってこそ私であり続けることが出来る。勿論それはオリジナルであるからこそ仕事にもなるし、評価もしてもらえる。
これからも自分に吹き来る風の声を素直に聞いて、自分の音楽をありのままに、そして存分にやって行きたいですね。

更なる高みへ

三番町ヒロのサロンコンサートが終わりました。声も充分に戻って、気持ちよく演奏でき嬉しかったです。こういう小さな会は私の原点。琵琶奏者としての活動は、こうした小さなサロンコンサートから始まったのです。あの頃はブッキングしてくれていた方が関西の方だったので、毎月大阪や奈良、京都に行って、サロンコンサートを廻っていました。懐かしいですね。

若き日 京都御苑内にある白雲神社での演奏会

30代の頃、音楽プロデューサーのOさんによくお世話になっていました。私の顔を見れば先ず、「所作を学べ」と会う度に言われたものです。サロンコンサートを沢山するように勧めてくれたのもこの方で、その助言に従って関西でサロンコンサートを色々とやっていました。技術は勿論の事、「人間力を磨いて来い」とよく言われたものです。今思えば、あのまだ何も判っていない若き日に、そういうことを口すっぱく言ってくれる人がいたお陰で今がある、とこの年になってしみじみ思います。
こういう小さなサロンコンサートは、目つきや表情など所作が丸見えですし、演奏の合間に入れるMC一つとっても素養も何も人間そのものが全部見えてしまうので、一番怖いものでもあります。足を運んでくれた人との会話、ふれあい・・。そうした事すべてが音楽なのだ、とよく言われたものです。「魅力ある人から魅力あるある音楽が出てくるんだ」としょっちゅう説教されてました。今回のヒロサロンでは、そんな若き日のことを思い出しました。
また機会があったらやってみたいですね。

ラ・ネージュにて
私はとにかく歌ではなく、琵琶の音色を聴いて欲しいのです。琵琶はこんなに魅力的な音色をしているのですから、そこを聴かせないでなんとする!!。残念な事に薩摩琵琶は歌自慢で終わっている人がほとんど。ろくに楽器の調整も出来ていない人も結構いる。実に実に嘆かわしい限りです。
とにもかくにも音色、そして楽曲!!。更に独自の個性と魅力が音楽に溢れているかどうか。琵琶楽の今後はこれにかかっていますね。お上手かどうかではないのです。

それと私個人として最近思うのは、今のスタイルのその先があるのではないかということ。例えば弾き語りなどは、従来の形にのっとったものでなく、もっと独自の形があるはずだ、という想いが常にくすぶっていますし、器楽に於いても、確かにどんどんと充実したものが出来上がってゆくのですが、もっとその先の世界があるような気がしてしょうがないのです。漠然としていて何も見えないのですが、もっと自分らしい独自の世界が待っているような気がしてならないのです。可能性としては色んな方向性があると思いますし、今はとにかく楽曲創りに専念したいと思います。

さて今週は琶樂人倶楽部、大久保ルーテル教会、横浜イギリス館と休むまもなく続いています。今年は春からずっと週に2回は大小演奏会があるというペースです。リハーサルなどもあるので、ゆっくりしている暇も無いのですが、まあ他のジャンルから見れば、これでも結構隙な方ということになるのでしょうね。ペースはともかくとして、問題はやはり中身。充実の舞台をやって行きたいです!。
まだ夏は始まったばかり!!。今年の夏は忙しくなりそうです。

ただ風を思え2017

関西より戻ってきました。
今回は大阪ブリコラージュ、京都ラ・ネージュという本当に素敵な個性溢れるサロンでの演奏会でしたが、久しぶりの再開あり、多くの方とのふれあいあり、と本当に豊かな時間を頂きました。ブリコラージュでの演奏は10数年ぶりでしたが、皆さんの元気な姿に逢えて嬉しかった!。ラ・ネージュは昨年に続いての演奏でしたが、今回はオーナーさんともじっくりと話が出来、自分の向かっている方向についても再確認出来ました。

ブリコラージュにて

実は今回、ブリコラージュの公演前に、ちょっと喉に不調を感じていたら、本番前には、会話もままならないほどに、ほとんど声が出ないところまで行ってしまいました。
私は子供の頃から、10年に一度位の割合で全く声が出なくなることがあります。少し声が出る様になっても、しわがれた、ほとんど高音の出ない、全く別人のような声になってしまい、周りの人が驚くのですが、今回は久しぶりにそんな時期にあたったようです。体調にはほとんど変化が無く、食欲もばっちりだけに、どうにも原因がわかりません。なんか取り憑いているのか?降りてくるのか・・・・・・・?。

ラ・ネージュにて
薩摩琵琶の奏者は一般に弾き語りで演奏するので、声が全く使えない、MCすら出来ないというのは致命傷なのですが、私は器楽としての琵琶楽が一つの矜持ですので、今回はかえって器楽の面に特化した演奏会をやる、よい契機となりました。
また今回は薩摩琵琶分解型のデビューでもあり、樂琵琶と薩摩琵琶という私にとっては鉄壁の布陣だったということも幸いして、いろんなタイプの独奏曲を弾かせてもらいました。急だったので、ちょっと技術的に細かい所が弾ききれていない所もありましたが、それでも今回は心残りではなく、大きな可能性を今後に感じました。これから独奏曲のヴァリエーションも更に増やして行こうと思っています。

ラネージュ2階より舞台を眺める

私はここ数週間の鹿児島・関西のツアーから「風」を感じています。それは本当に自分が歩む道への示唆ともいえます。私はかなり多岐に渡って琵琶の活動をしている方だと思いますが、とにかく云えることは、自分にとって自分らしい表現活動をするには、自分のやり方でやる、ということです。音楽そのものは勿論のこと、マネージメントも何も自分のスタイルで貫く。その上で色んなものに対応してゆく。あらためてそこが大事なんだと、風が教えてくれました。
周りから見れば、「あいつはやりたい放題好き勝手にやっている」というのが私への評価だと思いますが、私はもっともっと更に自分らしくありたいと思います。

鹿児島での地元の方々とのセッションでは、純粋な音楽への取り組みという事ついて考えさせられました。関西のツアーでは声を使えない事で、かえって自分の行くべき道がはっきりとしました。両方から多くの風を受け、一つのステップを上がったように感じています。そしてまた今後への課題も見えてきました。

まだまだ私がやる音楽がある。ここまで来たからこそ、見え始めた世界がある。
これからが楽しみなのです!!


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琵琶奏者という仕事Ⅱ

梅雨の時期は弦楽器にとって最悪の時期なのですが、とにかくこの時期は本当に忙しく飛び回っています。
鹿児島に続き今日から大阪・京都の演奏会に行くのですが、皆様の協力もあり、薩摩琵琶と樂琵琶の両方を聞かせることが出来るのが嬉しい進化です。分解型のデビューなのです!!

今年の暮れから年明けに向けて薩摩琵琶のCDを作ろうと思っています。タイトルは「沙羅双樹Ⅲ」にする予定です。器楽としての薩摩琵琶と、弾き語りという従来からの形とモダンスタイルという両面を出していこうと思っていますが、弾き語りに関しては、まだ従来の節を乗り越えるところまでは至ってないので、現時点での私のスタイルを入れたいと思います。

私もいい年になってきたので、そろそろ一つ目標を決めて、自分のスタイルを示したいと思っています。作品・技術・活動など一番良い所に持っていけるように、目標となる地点を定めて、そこに向かって行くつもりです。その為にも、自分に合うものを選び、合わないものはなるべく避けて、自分の納得するものをやっていきたいです。
色んなお話を頂いたり、お仕事も様々させてもらっているのですが、そこに甘えることなく、地道に我が道を進んでいかないと、目標から逸れてしまいます。ポジティブに関われる仕事にどんどん特化して目標を目指して行きたいですね。

実は先日、ここ数年関わっていた会から抜けました。この会でやっていた内容は、私には大変興味のあるものであり、意義のある仕事でしたので、それなりにがんばっていましたが、なかなかか判ってもらえない部分があり、今後ストレスになることは判りきっていたので、自分のこれからを考えると離れるしかないと判断しました。内容が興味深いものだっただけに残念でしたね。

まあ何事も順調という訳には行きませんので、自分の目標に向かってネガティブな要素のあるものは、なるべく避けてやって行くしかありません。今思えば、こういう難しい状況があったからこそ、かえって見えてきたものもあり、自分の行くべき道が更にはっきりしたとも思えます。やはりプロとして生きている人間は、アマチュアと組んではいけないということです。まだまだ修行が足りません。良い勉強をさせて頂きました。
とにかく日々喧騒波騒の中に在っても、自分の道をしっかりと歩んで行く。これに尽きます。今後も淡々とやってまいります。

三倍音ライブ 田中黎山氏・灰野敬二氏と

琵琶は三味線やお筝のように組織も無いし、マーケットも無いので、仕事は自分で開拓して行くしかありません。昔から言っていますが、琵琶を生業にするということはベンチャービジネスを立ち上げるのと同じですね。作品制作、運営、経営、広報etc.何から何まで自分でやっていくしかありません。
また個人芸ですので、一人で舞台を張れない人は生業にはして行けませんね。つまりはソリストとして生きてということです。サイドメンとして生きてゆくのは琵琶の場合、楽器の特性などを考えるとほとんど可能性が無いのです。まあ演歌歌手のバックバンドで弾く程度でしょうか(私には死んでも出来ない仕事ですが)。
つまり自分独自の主張を持って、それに評価を頂いてゆくのは、なかなか道が狭く難しいというのが琵琶奏者としての現実です。私は活動の最初から、全ての仕事で私が作曲したものをやらせてもらっているので、本当に幸せな事だと思っていますが、それでも上記の会の様にろくに評価してもらえないという現実もあります。

邦楽の若手の中にも良い演奏をする人が出てきたように思いますが、生業としてゆけるかどうか、そればかりはその人の音楽力と人間力にかかっています。楽器や歌が上手かどうかという事ではありません。琵琶は珍しい楽器であるというのもある意味幸いしていますが、「珍しい」や「渋い」などというものに寄りかかっていたら、次がありません。それは音楽を聴いてもらっているわけではないからです。初めて聴く人に圧倒的な印象を与え、虜にする位でないと・・・。それが琵琶奏者という仕事なのです。

さて愚痴をつぶやいている間もなく今日はもうこれから関西へと向かいます。前回もお知らせした。大阪ブリコラージュ、京都ラ・ネージュでのサロンコンサートです。
是非是非お越し下さいませ!!

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