涼しい夏

台風の影響で、猛烈なほどの暑い日々が一転、クーラーも必要ない程の涼しい日々が続いていますね。暑がりの私にとってはありがたいのですが、台風の被害も含め、異常気象やら何やら、世の中大変な感じが、今漂っていますね。
そんな中、先日は近江楽堂で行われた「Triste Plaisir 哀しきよろこび 〜フランスの古歌を旅する〜」という演奏会に行って来ました。この演奏会はオランダ在住の声楽家 夏山美加恵さん主催によるもので、私も久しぶりに夏山さんの歌を堪能させていただきました。

夏山近江楽堂2017s

夏山さんとはもう10年数年前からのお付き合い。日本に来るたびにお会いして、お互いの演奏会を聞きに行ったりしています。以前は熊野の補陀落山寺での琵琶演奏会にも来ていただいたり、数年前に東京にいらした時には、旦那様であるでもあるリュート奏者のルネ・ジェニス=フォルジャさんもご一緒して、お蕎麦屋さんで一緒に食事をしたりして親しくさせていただいています。

私は30代の頃、盛んにヨーロッパ古楽を聞いていまして、波多野睦美さんとリュートのつのだたかしさんのコンサートには、もう追っかけ状態で通っていました。ヨーロッパの古楽は今でもよく聴いていますが、今回は何よりも夏山さんの素直な歌声に感じ入りました。夏山さんらしく、情熱を内側で燃やしながらも、静かに穏やかに言葉と音を紡いで行くという風情が素晴らしかったですね。けれんみのない純粋な愛の歌の姿を、あらためて感じました。

夏山CDs
2005年に発表した夏山さんのCD「Love song of Mediaval period L’ALba」
夏山さんの歌は、オペラのような張り上げる歌ではなく、どこまでも自然に素直に言葉をつむいでゆきます。現代にこういう歌い方をして活躍する声楽家がいることが嬉しい限りです。
日本の音大では、未だに旧い体質のオペラ至上主義がまかり通っていて、身体や感性に合わないやり方を押し付けられて、自分らしさを失って音楽を諦めた人も多くいるそうです。
夏山さんは日本に来ると、ワークショップなどを開いていて、そこでは音大での教育に馴染めず音楽を諦めていた方が、彼女の指導で自分の可能性に自信を持ち、また歌に取り組んでゆく方が多いとのこと。実に納得できる話です。日本の音楽教育の現場ではジャンルを問わず、「こうでなけれ」ばという「べき論」が溢れていますが、音楽は多様性にこそ魅力があるのですから、教師は夫々の個性を育てていかなければ教育とはいえません。
琵琶や邦楽界は言わずもがな。クラシックでも邦楽でも、枠にはめようとする教育を改めない限り、素晴らしい素材や感性を持っている人を育だてることは難しいですね。先生のそっくりさんを作り出しても、音楽として意味は無いのです。これでは独自の個性・感性で、新たな時代に新たな音楽を目指した永田錦心、鶴田錦史のような創造性に溢れた逸材は生まれてこないでしょう。あの琵琶楽に対する崇高な志はもう失われてしまうのでしょうか・・・・。
当日は近江堂の中央に丸くステージを作り、聴衆がそのステージを取り囲むようにして聴くという形で、歌声や古楽器の音が天上から降り注ぐような素晴らしい響きでした。
ステージから演奏するのではなく、音楽を皆で分かち合うようなスタイルは大変素晴らしいと思いました。

2
灰野敬二、田中黎山、私のトリオによるライブ、キッドアイラックホールにて

音楽とは何なのか。今は音楽全てがエンタテイメントとなりつつありますが、目の前を楽しませるだけの、派手で、キャッチーで、びっくりさせるようなものばかりでは想像力も育たないし、はっきり言って物足りない。じっくりと味わうように聴くことが出来る音楽がもっとあって欲しいですね。
先ず音楽を聴く人とやる人が分かち合うことこそ、音楽の原点だと私は思います。それは各地の民族音楽しかり、お祭りしかり、日常での音楽の楽しみしかりではないでしょうか。勿論ショウビジネスの舞台もみんなで盛り上がって楽しいのですが、盛り上がるだけが音楽の魅力ではないはず。静かなる一音を聞き手の感性に届け、喜怒哀楽の表層世界を越え、その先の広大な世界へと飛んでゆくのも妙なる喜びなのです。そこには共感が不可欠だと私は思います。

プロとしてお金を得ることは生きてゆく上で必要です。しかしお金が優先して、お金を得る為に音楽をやり、「食う」ために音楽があるとしたら、いかがでしょう・・・・?。私はそういう音楽を聴きたくはないです。ましてや肩書きをぶら下げているようなものは論外としか言いようがありません。
演じ手と聞き手が共感すること、その共感があってこそプロとして成り立ってゆくのです。売ることが優先ではない。あくまで、他には無い魅力的な時間そして空間を分かち合うことが第一なのです。その時間空間を作り出すレベルが、ただ上手という程度ではなく、類い稀なほど高いからこそプロなのです。派手な衣装や化粧をすることよりも先ずは音楽。その音楽が魅力に溢れていて、はじめて次に演出がある。私はそう思っています。その逆はもう音楽ではない。パフォーマンスでしかない。
2017-2-5-1
季楽堂にて
現代は音楽家が生きてゆくには大変な時代です。仕事として音楽に関わることも生きる為には必要でしょう。しかし、こと自分の舞台では音楽を最優先にしたいし、何よりも私の音楽を聴いていただきたいのです。
夏山さんの歌を聞きながらあらためて音楽に対する自分の姿を認識しました。

質感

先日、陶芸家の佐藤三津江さんの作品集出版記念パーティーにて演奏してきました。場所は日本橋YUITOアネックスにある三重テラスという所で、しっかり美味しい料理も頂いてきました。

佐藤さんとはもうかれこれ20年以上のお付き合いがあり、佐藤さんの主催する「江の京窯」の窯開きのパーティーでも記念演奏をさせていただきました。個展にもその都度伺っていたのですが、この度佐藤さんの作品が文芸社より作品集として出版され、今回はそのお披露目のパーティーという訳です。

佐藤さんの作品はとにかく発想の自由さがいいですね。内に秘めた力強さを充分に湛えながらも、それを前面に出さず、あえてユーモラスな姿にしていて、その作品はどれも動き出しそうな「動感」に溢れています。ここ20年の作品をずっと観てきたので、どんどんと充実してくる彼女の世界が今回、一つの結実をみたように思います。勿論ここで留まる事はないだろうし、これからも淡々と自分の世界を邁進することと思いますが、大上段に構えてガツガツやるのではなく、あくまで自分のペースで進んでゆくのが彼女のスタイル。ともすると力が入りすぎる私には、毎度よい勉強をさせてもらってます。

この日の司会は、帯の推薦文も書いている古典芸能ではおなじみの葛西聖司さん。佐藤さんのだんな様の旧いご友人だそうです。私は葛西さんとは、有明芸術教育短期大学でお世話になっていた頃から、何度かお会いしているのですが、今回はゆっくりとお話しすることが出来、私にとっても良い機会となりました。
葛西さんは古典芸能はもちろんのこと、琵琶についてもなかなかの見識を持っていらっしゃるので、色々と二人でトークをしながらの演奏となりました。最後にご祝儀曲として「高砂」をやったのですが、会場の皆さんに、軽妙な語り口で「高砂」の説明をしてくれて、とてもよい雰囲気で演奏することができました。さすがどの道に於いてもプロの仕事は素晴らしいですね。
会場には、フラメンコピアノの安藤紀子さん、書家の田中逸齋さん、それから私が以前主催していたアンサンブルグループ「まろばし」の応援団長 井尻憲一先生などなど久しぶりにお会いする方々もいて、本当に楽しいひと時でした。

私の質感に合う空間


佐藤さんの作品や人柄をはじめ、こうした方々と居るといつも「質感」という言葉を思い出します。人でも、物でも何か共感できる所を持っている対象と逢うと、ググっと通じるものを感じるのです。服や時計などの身につけるものもそうなのですが、私が無意識に選んでいるものは、皆ぐっとくる「質感」を持っているのです。当然世の中には真逆もあるのですが、最近では歳をとったせいか、真逆なものの中にも、どこか自分に相通じ、また自分のネガティブな面を照らし出していると感じることもあります。ただまあ真逆なものを手に取る所まではいかないのですが・・・。

68年ES-175ネットから拾ってきた同型の写真です
先日もギターマニアのUさんが68年製のギブソンES-175を手に入れたというので、弾かせていただきました。私は分不相応にも10代の終わりに同じ68年製のES-175を偶然にも安く手に入れて使っていました。このギターは世界のトッププロが必ずといってよいほど使うギターで、このギターの音がイコールジャズの音、とまでいわれるようなスタンダードなものなのです。しかし若い私には、当時その良さも何も判らず、流行のギターと交換してしまいました。その後私は何故かギブソン社の68年製のギターに縁があり、いくつか弾いていたのですが、久しぶりに68年のES-175を弾いたら、とたんにビビビっと来てしまいました。あの質感が甦ったのです。
何十年もジャズを聴いてきて、自分で感じる王道のジャズのトーンが、ES-175のあの質感と結びついていたのです。
若き日にはその良さが判らなかったものの、しっかりと独特の質感は記憶の奥底に残って、ジャズの音として結びついていたんですね。あらためて68年製のこのギターを弾いてみると、何とも濡れたような感触で、しっくりと馴染むのです。懐かしいやら気持ちよいやら・・・何ともいえない気分でした。久しぶりに酔うような音色でした。

佐藤さんのパーティーと同時開催された個展はもう終わってしまったのですが、是非本をご覧になってみてください。気持ちの良い時間が訪れますよ。
質感が良いと感じる人や物、世界等々、こうした気持ちの良いものがまわりに多くあると幸せですね。
これからも共感できる質感を求めて行きたいと思います。

夢のお告げⅡ

先日の高円寺稲生座ライブは、たっぷりと楽しませていただきました。

愛子姐さんのグループ「朧月」で尺八を吹いている吉岡龍之介君に入ってもらって「塔里木旋回舞曲」演奏中

今回は、念願の愛子姐さんとのカップリングのライブでしたし、何せ稲生座に出演するのがもう25年ぶり位ですから、盛り上がらない訳はないですね。樂琵琶と薩摩琵琶でいろんなタイプの曲を演奏させてもらいました。仲間も随分と集ってくれて、久しぶりに気心の知れた連中と楽しい一夜を過ごさせていただきました。

以前ヴィオロンに出てもらったときの「朧月」トリオ
愛子姐さんは、あの独自の世界観に更なる磨きがかかり、魅力が増してましたね。本来舞台は、奏者の持つ世界を表現してこそ成り立つもの。お上手を披露する場所ではないのです。愛子姐さんのような、まじで音楽をやっている人にもっともっと登場して欲しいですね。本当に良いライブでした。
私の後輩は初めて愛子姐さんの世界に触れて、もう感激しきり!。きっと何か独自の世界を創ってくれると思います。期待してるぞ・・・・!。
更にはここ数年会っていなかった琵琶仲間のK君がひょっこり来てくれて、愛子姐さんを交えて琵琶トーク全開。最高でした。音楽の現場に居るという実感がぐいぐいと溢れてきましたね。これこそが今、邦楽が見失ってしまったものではないでしょうか。重い鎧を着込んでいたんでは、音楽をやりようがない。ろくに息も出来ないでしょ?。

戯曲「良寛」の舞台より

舞台に立つというのは、現実の生活とは違う異空間に身を置くということ。逆に普段の生活がどうにも見えてしまう人、異次元空間に行けない人は舞台人には成れない。良くも悪くも我々は常に夢の中を旅していると言っても過言ではないですね。舞台で生きる実感を得るということは、夢の世界を生きるということでもあるのかもしれません。私のように毎日夢を見る人間には、天職かな???。

私は相変わらず毎日夢を見ます。厳しい夢や辛い夢は全く見ないのですが、荒唐無稽な訳の判らない夢が多いです。この間は40年近く前にお世話になったギターの先生(故人)が出てきて、じっくり会話をしました。そうしたら急にYoutubeでその先生の動画の紹介が出ていてびっくり。何だか誰かに操作でもされているんじゃないかと思ったほど!?。
そしてその演奏をあらためて聞いたら、これがなかなかいいんですよ。正直な所、その先生には色々な面でお世話になり、多々感謝しているものの、これまであまり上手いギタリストではない・・・・?なんて勝手に思っていたのですが、40年を経て聴いてみたら、音色はいいし、タッチもよい。かなり技術的にも上を行っている。フルコピーものなんてことも難なくやっているし、フレーズが歌っているんですよ。今頃になってそのレベルを思い知りました。あの頃は何にも判らなかったんだな~~~。我ながら何をやっていたんだか・・・。ちゃんと聴け!と喝を入れられたようでした。

今年の3,11 福島の安洞院にて津村先生と
最近は演奏会が一段落付き、体の疲れもだんだん取れ、気持ちにも余裕が出てきたからでしょうか、妄想パワーが全開に溢れ出ているようです。普段の生活に於いても、いつも小さな発見や展開があり、ちょっぴり視野が広がったり、驚いたりしながら、少しづつ身を取り巻くものが動いているのを感じますが、夢の世界の場合は、現実のそれよりも、かなり刺激が強く、映画を毎日一本観ているような感じです。

極めつけは夢の中で、更なる夢が出現するという。複式夢幻能も真っ青な夢がありました。世阿弥もびっくり!。夢の中の会話で「この間と違う風景を感じる」なんていう台詞を吐いて、夢の中でもう一つの夢ともいえるパラレルワールドに迷い込んだ自分を認識しているというのですから大したものです。夢の中で、そのまた奥の夢の世界を彷徨っている私はいったい・・・?。どういうことなんでしょうね・・・?。

演奏会1
若き日、高野山常喜院にて

夢からはどんなメッセージが来ているのでしょう??。残念ながら、私にはそういう特殊能力は無いので判然としませんが、毎日のように夢を見て、舞台で生きるというのは、夢の世界を生きろ、という私に与えられた最大のメッセージなのかもしれません。それにどんな夢であれ、常に音楽家、そして舞台人であれ、というところに結びついているのは確かなこと。
夢はいつもネガティブにもポジティブにも、その時々の自分の心の中をどこかに反映しているように思います。願望、囚われ、欲求、満足・・・・。あらゆる感情の中に生きざるを得ない自分に、様々な夢を通して、いつも何にも囚われない自由な精神を確認させてくれる。夢は私にとってそんな存在です。

自分脳が夢を作り出しているのか、はたまた何かの存在が私に夢を見せるのか・・・・・?。いずれにしろ、夢の中を生きると
いうことは幸せなことなのです。これからも自由に夢の世界を羽ばたいて行きたいですね。

愛だろ、愛!!

先日、沼津の牛山精肉店サロンでの演奏会をやってきました。

最初お話が来た時には、「お肉屋さんでライブ?」という感じで、全く事情もつかめなかったのですが、行ってみたら本当にお肉屋さんで、普段からお店で映画の上映会やライブ、講演会など色々と企画をしている所でした。大将は仕事に、肉に、確固たる拘りとプライドを持ったなかなかの御仁。おかみさん共々、暖かい素敵なお人柄で、美味しいお肉とともに、良い話もたっぷり聞かせて頂き、実に気持ちの良い演奏会となりました。また機会があったらやってみたいですね。

実は先日のイギリス館公演の後、どうにも体が疲れていて、特に右側に違和感があり、人生始まって以来の肩こりというものを経験しました。沼津に行く前に一日寝込んで、やっと何とか普通にいられるようになって、その状態で行ったのですが、肩の凝りはまだ収まらず、まあ何とかなるだろうと思っていました。現地について、楽屋で休んでいた所、そこへたまたま客様で来た、お坊さんが荷物を置きに来たのです。その時に私の姿を見て、すぐにただならぬ様子を見て取ってくれて、施術をしてくれました。肩は勿論、首も腰も随分とやられていたようで、もうボキボキと荒療治をしてくれたお陰で、演奏の方も上手く行きました。

帰りに寄った柿田川湧水                    柿田川湧水公園内にある貴船神社前の碑「水五訓」
演奏後そのお坊さんが、
「この琵琶も随分とこっているね」といってくれて、翌朝、琵琶の面倒も診てくれました。

「物には何でも命がある。まして琵琶は貴方の音楽を奏でる大事なパートナー。もっと感謝と愛情を持って声をかけてあげるといいよ」と言ってくれました。
私の演奏を見たことがある人は判ると思いますが、私は琵琶人では一番楽器を酷使する、超の付くヘビーユーザーです。世界中どこにでも持って歩くし、結構過酷な場所でもどんどん演奏をする。ひっぱたき、擦り、極限まで鳴らしきるのが私のスタイルなのです。琵琶製作の石田克佳さんは、私のそういうスタイルを判った上で、頑丈な私専用の特別モデルを作ってくれたのです。私は音に関しては誰よりも念入りに調整をするし、けっして妥協はしないのですが、楽器を労わるという発想は確かにあまりありませんでした。
私の琵琶は、普通の琵琶よりふた周りくらい大きく、重く、それはそれは鳴りも素晴らしく、いつも私の要求に答えてくれているのですが、あらためて姿を見れば、月型も割れて、滑り止めのゴムも破けていて、随分と苦労を重ねている風情になっていました。

お坊さんが布で琵琶をでさすりながら「この琵琶はしっかり者の大人の女性だね」と話してくれましたが、私は自分の考える究極のサウンドをひたすら追及するあまり、この琵琶が出来上がってから16年間、散々無理をさせていたのかもしれません。愛が足りませんでしたね。
東京に帰ってきて、身体も軽く、調子も上がってきたので、私の部屋にある10面の琵琶に、これから声をかけてやろうと思います。

琵琶部屋内部

自分ひとりでやっていると、なかなか足元は見えないものです。今回の演奏会も、きっと導かれたのでしょう。このところ本当に演奏会続きで、かなり身体に心に無理が来ていたように思いますが、とにかく自分の身体を過信しない事。そして琵琶という相棒のことも今一度見つめ直す。こんなことを教わる為に、きっと牛山精肉店さんまで導かれたように思います。
大将の話もお坊さんの話も、じわっと身に沁みました。自分の身体も琵琶も、自分に関わるものに対し、もっと愛情を持って接しなければ、良いものは出来ませんね。
私もいい年になりました。今後は少し余裕を持って、足元から「愛を語り、届ける」ことが出来るよう、今後の活動を豊かにしていこうと思います。

「サワリ」の話Ⅲ

「サワリの話」シリーズは私のブログ記事でも常に読まれている人気記事です。どんな人が見ているのか判りませんが、魅力あるサワリ音を出す琵琶奏者がどんどん登場してもらいたいですね。

貝を糸口に使った最新モデル 良いサワリが響きます

現在ではしっかりとサワリをつけて調整するのが主流ですが、琵琶楽研究の薦田治子先生が言うには、こういうサワリは鶴田錦史から始まったそうです。
私は毎年8月の琵琶樂人倶楽部では、SPレコードコンサートの解説をして、過去の名人と言われる人達の演奏は随分と聞いていますが、確かに過去の演奏家は唄を聞かせえることが主で、琵琶の音は現代の耳で聞くと渋いですね。水藤錦穰先生位ですかね。サワリのいい音を聴かせてくれるのは。全体として音は伸びもないし、余韻をコントロールするテクニックは以前はあまり無かったのでしょうか・・・。「押しかん」といわれる奏法は私も習いましたが、あれを発展させて琵琶を歌わすことの出来る人には出会ったことが無いですね。

私が過去の琵琶奏者や曲にぴんと来ないのは、琵琶の音を引き出すテクニックが聞こえてこないからです。唄ばかりに気が行ってしまって、琵琶の音で語りかけてくるような人は、残念ながらSP時代には居ませんね。永田錦心先生の様にスタイルそのものをモダンに作り変えるという多大な功績は大変に評価していますが、こと琵琶の演奏という事になると、琵琶の音色で情景そのものを表現した、鶴田錦史の登場を待たなくてはなりません。

ギターインストを確立したジェフベック まさにリヴィングレジェンド!!
サワリの音はよくエレキギターのディストーションサウンドに比されますが、ロックギターのディストーションサウンドも時代とともに変化して行きました。ジミヘンの荒削りな音は衝撃的でしたし、未だに誰にも真似できないジミヘンだけの音です。ヴァンへイレンのあのうなる低音も時代を塗り替えましたね(私の大型琵琶はあのヴァンへイレンの音を念頭に設計してもらいました)。
若い日々に散々聴きまくったBBキングのナチュラルな歪による強烈な一音は、正に鶴田先生の一撥の気迫に匹敵しますね。凄い存在感でした。ラリー・カールトンのオーバードライブがかかった335の音も実に魅力的。勿論自由自在にギターを歌わせたジェフ・ベックは言うに及ばず・・・・。皆自分の音色を持っているのです。
どんなジャンルであれ、演奏家だったら先ずは自分の音色を持たなくては、お話になりません。琵琶の音を聞いて、すぐに「これは誰々の音」と判るくらいでないと!!。演奏スタイルといい、音色といい、琵琶だけ聞いて判るのは・・・残念ながら見当たりませんな。もっと個性的な音色を持った演奏家が乱立して、競い合って、それぞれにファンがいて、という状況になって欲しいものです。

琵琶奏者というのだから先ずは何よりも琵琶の音を第一に考えなければリスナーは誰も付いてきません。BBキングは歌も最高ですが、あのギターの音色があってこその歌です。琵琶奏者はそこが抜けている。唄や語りも他の邦楽ジャンルに比べ特に突出して魅力がある訳でも無く、琵琶の音も個性がないというのでは、誰も振り向いてはくれません。
琵琶奏者と呼ばれたいのだったら、先ずは琵琶を弾くべきでしょう。ギターを持って歌う人を世間ではギタリストとは言いません。それはあくまで歌手なのです。琵琶を弾いて人を納得させてだけのものを持たなくては、琵琶奏者の看板を挙げることは出来ません。そして何よりも自分だけのスタイル、そして音色があってこそ、プロとして舞台に立てるのです。お教室で習ったことを上手に弾いているだけでは、ただのお稽古事です。
サワリという、自分の個性を最大限に生かすことの出来る強力な武器を持ちながら、本当にもったいないと思うのは私だけでしょうか・・・・。

また世界中が象牙の使用に対し違和感を感じていることも考えると、時代とともにサワリも楽器も変化せざるを得ませんね。世界で使われている楽器は、皆、皮や象牙などの使用を早々にやめて、新素材で更に良いサウンドが出るように常に研究されています。ドラムのヘッド、クラシックギターの弦やナット、ピアノの鍵盤などが良い例です。そうやってハードの面からも研究されているからこそ、時代の求める音を響かせ、次世代の音色を創り出しているのです。ヴァイオリンなどはストラディバリウスなどの名器でも、現代のホールでも響かせられるようにどんどん内部が改造されているのです。当時のままではないのですよ。現代ではPAを使うことを前提とした奏法~歌でいえばばクルーナー唱法等~があってしかるべきですね。琵琶でもどんどん奏法が新しくなって当たり前だと思います。

楽器を作る側も操る側も、そういう努力を常にし続けないと、時代の中で琵琶の音は響きません。幸い私には石田克佳さんという素晴らしい楽器職人が付いていてくれていて、私がどんな音を求めているのか判っていてくれるので、存分に演奏活動が出来ますが、奏法の改革、サワリの調整の仕方などなど、留まることなく追求していかないと、私のこの音色は届きません。音楽も我々自身も社会の中にあってこそ存在できるのですから、社会の変化とともに琵琶の音色も変わって行かないと存在そのものが危うくなります(既に絶滅危惧種などと揶揄されていますが・・・)。
ちなみに三味線は50年前とは音色も楽器も、驚くほど変わっています。昔はあんな鳴りの楽器はなかったとよく言われます。それだけ世の中とともに在ったということです。琵琶は旧来の薩摩琵琶から、永田錦心が大改革をして鶴田錦史に至る迄は、楽器も奏法もどんどん変わって行きましたが、それ以降が停滞し
てしまいましたね。あの創造性はどこへ行ってしまったのでしょう?。残念で仕方がありません。結局プロとして生きている人がいなくなったという事だと私は思っています。

私も今後は一番上に貼り付けた写真のような仕様に、全ての琵琶を順次改造していこうと思っています。

まろばし~尺八と琵琶の音の対峙から生まれる世界

私はサワリの音を、自分の声と同じに思っています。自分の想いや心に描く風景、哲学など全てを乗せるものがサワリです。言葉ではありません。言葉は確かに具体的ではありますが、そこにはある種の虚偽が現れてしまう。言い方をかえると、言葉では表現したい大きな世界が表しきれないのです。具体的であるがゆえに、その具体の側面や周辺のことが切り捨てられてしまうのです。薩摩琵琶は、せっかく「サワリ」というの武器があるのに、何故今迄、そこに意識を向けなかったのでしょう。つまりは器楽という発想そのものがなく、琵琶の音は伴奏でしかなかったからだと私は思っています。そういう意味でも、琵琶の音で情景や風景を強烈に感じさせることを始めた鶴田錦史の功績は大きいですね。

サワリの音に乗せて内面を描けば、抽象性を持って表現できるので、自分の持っている大きな世界が丸ごと表現できる。あの伸びる音を自由自在にコントロール出来れば、PPで一音を弾いても、そこには単なる悲しさや寂しさのような表層的な感情ではなく、リスナーの心の中に広がる風景に訴えかけることが出来るのです。それくらいさわりの音色は、聞き手の心に届く性質を持っているのです。

演奏会をやる度に、リスナーからは「琵琶はこんなに表現力のある楽器なんだ」と、終演後のアンケートに書いていただいています。琵琶の持つ表現能力に皆さんびっくりしてくれるのです。手妻の藤山新太郎師匠も、三味線一挺では伴奏にならないが、琵琶は楽団一つ抱えてるのと同じくらいの表現力があると常々言ってくれました。まさに小さなオーケストラと云えるでしょう。様々な色、情景、感情等々、琵琶一つで表現してゆくことが出来るのです。こんな楽器は他にはありません。

だからこそサワリの調整は命綱なのです。ほんのちょっとした一削りで、音の伸びが変わり、音色が変わり、表現が変わるのです。よく「余韻」といいますが。絃をヒットした後に音が伸び、特有の倍音が響き、伸びる音にベンドを加えたり、ビブラートをかけたりすることで、余韻をコントロールできるのです。今琵琶でこのコントロールが出来る人は、・・・・・?。それだけ琵琶人は余韻に無神経だともいえます。
さわりの音色や伸びやうねりは現代においても実に魅力的!。そしてこの伸び・うねりのコントロールこそが薩摩琵琶の最大の武器とも云えるでしょう。
これだけ弾いた後の音をコントロール出来る撥弦楽器はあまりないですね。ディストーションのかかったギターくらいでしょうか。ちなみに私はこういう音のコントロールはジェフ・ベックのインストアルバムから大いに学びました。ジェフ・ベックは音をどこまでも自分の意のままにコントロールして、豊穣な表現を実現した最初のギタリストだと思います。

サワリの調整をやる方は、先ずは平ノミをまっすぐ研ぐ所から始めてみて下さい。これが出来なかったら何も出来ません。そして何よりも前に、自分がどんな音を求めているのか、何故その音にしたいのか、目的が見えず技術だけ習得してもろくな事になりません。あくまで自分の音楽は何なのか。自分の表現したい事は何か。何故それを表現したいのか、そこにどんな意味があるのか。よくよく自分の歩むべき道を見定めてかからないと、自分のサワリには何時まで経っても巡り合わないでしょう。
そういうことを日々、常に考えているようでないと自分の音は出てきません。ジミヘンもBBキングもあの音以外にはありえないのです。同じように貴方の弾く音は、あなたの声と同様「貴方以外にはありえない」はずなのです。唄に執心していては自分の音色は響きませんよ。琵琶奏者なら琵琶の音色こそ命。琵琶の音色こそが貴方そのもの。違いますか???。

究極の一音を極めたいですね。

さて来月の琵琶樂人倶楽部SPレコードコンサートでは、そんなモダンスタイルの琵琶を世に問うた、永田錦心を特集します。

第116回琵琶樂人倶楽部「SPレコードコンサート~永田錦心とその時代Ⅱ」
8月20日(日) 18時開演(いつもと開演時間が異なりますのでご注意下さい)
料金:1000円(コーヒー付)
演目:永田錦心 喜波貞子 他
解説:塩高和之

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