梅花の季節2018

都内は寒い寒いと言いながらも、もう春の風が吹き、梅の花があちこちで咲き出しました。街を歩いていて、ふと梅花に出会うと本当に心和むものがありますね。決して派手ではないのだけど、その可憐な姿は、まだマフラーを巻いている身に微笑を投げかけてくれるようで、あの小さな花びらがなんとも愛おしく思えてきます。

一昨年の越生梅林

CDを先月リリースしてから、あらためて自分の弾き語りによる「壇の浦」を聞いて、もうあの琵琶唄の唄い方を変えようと、このところずっと考えています。録音する前から、琵琶弾き語りに関しては「旧来の弾き語りスタイルの最後の記念にしよう」と思っていましたが、一段落着いて改めて更に思うことが多々ありますね。
私はやはり何処まで行っても「器楽の人」であるという認識が年を重ねるごとに強くなって来ているのですが、それでも薩摩琵琶に弾き語りというスタイルが、その誕生からある以上無視は出来ません。お仕事も色々と頂いてやっていますので、器楽面だけでなく、弾き語りに於いても独自のスタイルを創り上げればよいだけのこと。こうした想いは少しづつですが、盛り上がってきました。

琵琶で弾き語りをやるのなら、大声を張り上げて「誰がどうして、何がどうした」という物語の筋を延々と節を付けて説明するストーリーテリングではなく、「詩」を歌いたい。能でも長唄でもストーリーテリングだけで無く、愛を基本にして様々な情感や心象心情を歌い上げているのに、薩摩琵琶は哀切の心や勇ましい物語ばかりに終始し、物語の筋のみを追いかける。私が琵琶を手にして一番最初に違和感があったのは、あの歌詞です。

薩摩琵琶の音楽は古典音楽と違い、明治~昭和初期の軍国の時代に成立したジャンルですが、とはいえ皆が知らない物語を、同じパターンの構成でイントロからエンディングまで延々と弾き唄い、20分も30分もストーリーの説明に終始する。これはこの多様化したグローバルな現代にとても合っているとは思えないのです。大体軍国ものや忠義の精神などの内容の曲を、現代において演奏する意味はあるのか・・・?。私には皆目検討が付きません。
琵琶唄に関しては、以前より「父権的パワー主義」などと名付けてブログに書いてきましたが、私には演者の大いなる自己顕示欲と自己満足がどうしても聞こえてくるのです。古典の味わい深い佇まいも無く、ある時代の一つの価値観を只管押し付けてくる音楽は、私の想う音楽とは程遠い所に位置していたのです。

しかし私にとって、薩摩琵琶のあの音色は何にも変えがたい魅力があります。だから薩摩琵琶と唄を切り離し、器楽としての琵琶楽の確立を目指したい。この音色を何よりも多くの人に聴いて欲しいのです。けっして唄ではないのです。
琵琶唄のこの辺の問題はまた今後ゆっくりと取り組んで行くつもりです。時間をかけて多くの方に話を聞いてもらったり、実験をしたりしながら、弾き語りに関しても独自のスタイルを創らない限り、声を伴う琵琶の弾き語りは自分の中で難しくなってくるでしょうね・・・。

5年ほど前の吉野梅郷にて①
人間はいつも何かしら考え、何かしら作り、行動し、何かをすることを美徳とし、物や財産、実績等を作り上げようと努力することが素晴らしいことだと考えます。こうした人間の感性と性質が音楽を生み出し創るのです。またこうしたことを自分の中で燃やして行くことが無くなったら、もう芸術家として何かを生み出し、活動して行くことは出来ないですね。

しかし梅花を眺めていると、そんな想念雑念も何時しか消えて、穏やかな時間だけを感じます。私は旺盛な創作意欲を持ちながらも、一方でもっと淡々と与えられた所に根を張って、けれん無く生きてみたい、という願いも強くあります。勿論まだまだ私にはやりたいことが沢山あって、生きることへの欲を断ち切ることは出来ませんし、悠々と大地に立って本当の意味で生を謳歌するにはとても至りません。ただ、前へ前へと歩みを進めることだけが人間の生き方なのか・・?、物を作り出しキャリアを積むことだけが素晴らしいのか・・・・?。そういう問いかけは常に私の中に燻っています。

梅花を見ていると、そんな日々の想いはしばし彼方へと去り、人間の思う概念としての時間さえもいつしか消え、自然の移り変わりの中にぽつんと居る自分を発見します。梅花はただかすかな微笑を湛え、静かに咲いているだけ。しかしその微笑みは、人の心にす~と届いて心を満たしてくれる。その密やかで淡い佇まいが何よりも素敵なのです。そんな力は少なくとも今の薩摩琵琶には全く無いですね・・。

5年ほど前の吉野梅郷にて②

毎年のように行っていた吉野梅郷の梅花は、皆様ご承知のようにもう全て無くなってしまいましたが、私の記憶の中にはあの姿が焼きついています。この時期になると、必ず心の中に甦ってくるのです。私もそんな音楽を作り演奏して行きたいものです。

風情というもの2018

このところ少しゆっくり過ごしていますが、とはいえ先週は琵琶樂人倶楽部、日本橋富沢町樂琵会があり、確定申告もやり終え、やっぱりばたばたと動き回っているのは変わりませんね。しかしまあ演奏会はそんなに多くはないので、こういう時期こそ普段行けない舞台を観たり、質の高い音楽を聞いたりして人生行豊かにしなくては!。ということで色々な会に出かけてきました。

先ずはちょっと前になりますが、Met Live Viewingトマス・アデスの「皆殺しの天使」を観てきました。さすがにトマス・アデスの新作だけあって最先端を行ってましたね。もうオペラというより前衛演劇という感じで、聴衆の感性の先を行くような出来栄えに唸ってしまいました。また詳細なブログはあらためて書きますが、天才はどの分野でもジャンルなど軽々超えてゆくんだな、とあらためて感じました。ジャンルや旧来のスタイルに固執しているようでは、時代は動きませんね。深く実感しました。

そして次はメゾソプラノの保多由子さんのサロンコンサートにも伺いました。赤坂のドイツワイン専門店「遊雲」という素敵なお店での弾き語りによる演奏でしたが、自然で伸びやかな声、そして気負いのない素直な感性から紡がれた歌曲の数々が実に気持ちが良かったです。加えて私は生意気にもドイツワインが結構好きなものでして、がぶがぶと頂いてきました。美味しゅうございました。

更に今週はNYで活躍していたテナーサックスの佐藤公淳さんのライブにも行ってきました。公淳メンバーは公淳さんのテナーの他、ピアノにケビン・マシュー、ベースにタイラー・イートンというトリオ編成。NYで一緒にライブをやっていたトリオだそうです。実に素晴らしい図太いサブトーンが鳴り響いてましたよ。以前このブログでも紹介したスーン・キムさんもそうですが、若い頃からジャズの中心地に身を置いて研鑽していると、音がそうなるんでしょうか。日本のライブでは滅多に聴けない「ジャズ」の音が溢れていました。小さなジャズクラブでしたが店内は満杯で、且つ海外の方ばかりでしたので会話もMCも英語。何だかNYにでも居るような雰囲気でしたね。これぞモノホンのジャズ!。久しぶりに「ジャズ」に浸った感じ。大満足!!!

いつもこうした実力のあるプロの演奏を聴くと思うのですが、保多さんも公淳さんも、とにかく風情があるのです。音楽家としての雰囲気といったらよいのでしょうか・・・。絵になっているのです。同じことをスーン・キムさんのライブの時にも書きましたが、

「風情というもの~TOWER OF FUNK Japan Tour」
https://biwa-shiotaka.com/blog/51377818-2/

舞台というものは非日常なのです。我々音楽家は、そこに立って始めて成立する仕事をしているのです。そういう普段と違う世界に身を置き、且つ舞台の上で絵になるというのは、我々音楽家に課せられた必須な条件のようにも思えますね。

日本橋富沢町樂琵会にて~私は絵になっているかな??

演者の「華」とは世阿弥の昔から言われてきたことですが、確かに上手くなってくると、舞台で絵になってくるということも事実です。それは自他共に認める実力が身についてきたということでしょう。しかし自分で勝手にノリノリになって勘違いしているだけの人が多いのが現実です。賞取ったから私は凄いなんて思っている人、小さな世界で褒められて、先生なんて呼んでもらって喜んでいるような人は、見るからに素人臭いものが漂って来ます。

ライブの現場に足を運んでくれる方々は、音楽だけでなく、その華やかさも求めて来るということです。派手な演出だけで、見せ掛けの華やかさに寄りかかったものはつまらないですが、華のない舞台はもっとつまらない。特に日常を引きずっているような舞台は最悪です。衣装やセットではなく、人を惹きつける人間力こそ舞台の魅力かもしれません。

私が30代の頃、所作を身に付けろと散々言われていましたが、それはお作法として格好だけつけろということではなく、凛とした落ちついた風情を身に付け、舞台で人を惹きつける人間力を身につけろということなんだと、今頃になって判ってきました。実際に自分で色々な舞台を見て、そういう風情を持った人を観ると「これか!」とよく判りますね。何度かそういう舞台を拝見してくると、所作の持つ意味も見えてくるし、そこにある深く重厚な日本文化も感じられます。

ルーテル大久保教会にてトンコリを弾くの図 となりはアイヌの語り部宇佐照代さん

音楽家としてもう長い時間を過ごさせてもらいましたが、年が行けば行くほどに一流の舞台人の持つ風情を感じるようになりました。自分でもそんな風情になりたいものです。

記憶の中の音色

yoshino-ume5今は無き吉野梅郷の梅
春は毎年身体に変調をきたす季節でもあり、仕事も少ないこともあって、家の中で琵琶の手入れや楽譜の見直しなどしながら過ごすことが多いのです。そんな感じでのんびりしているせいか、最近やたらと若き日に聞いていた曲が聴きたくなるのです。ジャンルは全く関係なく、その曲を聴いていた空気が無性に懐かしくなってくるのです。過去が甦ってくるような、何とも懐かしいような不思議な感覚に包まれます。

あの頃に瞬間で飛ぶのは、なんといってもジェフ・ベックの「Blow By Blow」と「Wird」。これはもう別格で、私の人生はこれに始まるという位、即効で10代半ばの、あの頃に飛んでしまいます。色んなジャンルを普段から聴いていますが、これだけは変わらないですね。

まあこれはこの二枚のレコードは例外として、最近は何故か懐かしい音楽を聴きたくなるのです。リシェンヌ・ボワイエの「聞かせてよ愛の言葉を」を聞くと、昔関わった舞台を思い出しますし、マーラーの5番の「アダージェット」は映画「ベニスに死す」の印象が強烈です。初めて「牧神の午後への前奏曲」を聴いた時のあの驚きは未だに忘れられないですね。
ジャズでしたらジョージベンソンの「Affirmation」、ウェス・モンゴメリの「フルハウス」、コルトレーンの「India」やマイルスの一連の作品等々鮮やかなまでに、青春時代(?)が目の前に広がります。まあそれだけ年を取ったということなんでしょうね。

 

8thCD「沙羅双樹Ⅲ」の送付や、ネット配信の手続きも一段落着いたので、この所、日がな一日中これらの曲に浸っています。どこか自分でも原点に戻りたいという気持ちが強くなっているのかもしれません。自分自身では内面があまり変化をしている風には思わないのですが、今回出した「沙羅双樹Ⅲ」も原点回帰のような内容だったし、折り返し地点にいるということなのかもしれませんね。

夢も相変わらず毎晩見ます。何ともシュールな内容なので説明は難しいですね。どれも不思議なストーリーのものばかりで、毎回登場人物が変わります。毎日一本映画を観ているようなものです。加えて現実でも二十歳の頃のジャズ研の仲間達とひょんなことから再会したり、30年も前に組んでいた仲間とまた組みだしたり、ふとあの頃の話が何度も出てきたりと、なんだか「甦り」の日々なのです。

S2人生にはそんな時期もあるのでしょう。たまにはノスタルジーに浸るのも良いものです。思えば、常に前へ前へと突っ走り、最先端であろうとする姿勢は、どこかに無理があるのかもしれません。それが自分の資質という事は重々判っているのですが、今は休息が必要な時期であり、自分の原点を見つめる時間に来ているということだと解釈しています。

それにしても今、何が自分を突き動かしているのか・・・・。どうしようもなく原点に戻りたいという衝動はどこから湧き上がってくるのでしょうか・・・・?。

音楽家というものは、仕事が無いとのんびりしている反面、収入のことが気にかかって落ちつかないし、忙しければ忙しいで「やりたい事が出来ない」と叫んでいる何とも手に負えない人種です。
私はそんな日々をもう30年以上続けてきました。安定収入のある方からすれば「いい年をして何時までやってんだ」と怒られそうですが、そんな人生を生きて早50代になってしまいました。
まあこれからも相変わらず生きてゆくのでしょうが、この原点回帰の機運から、何かが見えてくるのではないかと思っています。

私の原点は邦楽でもなければ、日本文化でもありません。確かに古典文学は中学生の頃からわりと好きでしたが、日本の古典音楽は全く聴いていませんでした。なんといっても私の音楽的原点は70年代のロックです。しかもショウビジネスの匂いのするものは全く興味がありませんでした。今考えれば裏側にショウビジネスの無いもの等ありえないことは判るのですが、純粋だったんですね・・・。その後ジャズに深~く傾倒して行くのですが、やはり甘いジャズヴォーカルなどはショウビジネスが付きまとっているようでどうにも受けつけない。私にとっては、常に挑戦的な姿勢で最先端を走っているマイルスやコルトレーンこそがジャズでした。まあロックとジャズは私の血と肉といえるでしょう。

とにかく私にとって音楽は音色が第一。楽器の音でも声でも良いのですがけっして歌ではないのです。今でも声そのものを聞かせる声楽は別にして、歌を主に聞かせる音楽がジャンル関係なくどうしても好きになれないのは、この頃の体験の為なんでしょうね。

rock20歳の頃、ジャズを弾かせてもらえるというので、ナイトクラブのバンドマンとなったのですが、実際はジャズもやるものの歌謡曲をけっこう弾かされて、心底歌謡曲を弾いて金を稼いでいる我が身を嘆き、仕事を止めてしまいました。まあ遅まきながらやっとこさ世の現実がようやく目の前に立ちはだかり、一つ大人になったともいえますね。それにしても本当に気付くのが人より遅い・・・。しかしまあそのお陰で琵琶へと歩みを進めることが出来たのですから、こういうことも一つの与えられた試練・運命だったのでしょうね。

今私は、いわば日本文化を追体験しているのです。よくよく自分自身を観てみれば、自分の中に日本文化がどれだけ深くしみこんでいたか、今になってみると良く判ります。小学生の頃やっていた剣道や、父がやっていた短歌や俳句も、しっかりと自分の中に根付いたことを感じますし、これまで多くの人に囲まれて生きてきて、自分が日本人というアイデンティティーを持っているということにも気づきました。自分は必然的にここに来たのだとも思いますし、また琵琶奏者として人生を歩んでいることを本当にありがたく思っています。

今回のCDを出したことで、薩摩琵琶、樂琵琶への関わり方が少しづつ変化してきたのを感じています。今年は演奏の形も変化して行くことでしょう。少し休息をしたら、また次のステップに進みます。

是非是非御贔屓に。

春の宴2018

今年はまだ積雪で困っている所があるというのに、もう関東では春の風情になってきました。と同時に春は花粉も飛び始めて、声を使う者にとっては厳しい季節でもあります。春は仕事が少なめではあるのですが、この春はありがたいことに色々とお仕事を頂いています。穏やかな春の風情をのんびりと楽しみたい・・・なんて隠居暮らしみたいな事は、私にとってはまだまだ先の話ですね。

先日は今年初めての日本橋富沢町樂琵会で、8thCD「沙羅双樹Ⅲ」の発売記念演奏会をやってきました。まあ小さな会ですので地味なものではあるのですが、今回はCDにも参加してくれたViの田澤明子さん、尺八の吉岡龍之介君にゲストで来てもらいましたので、内容はなかなか充実して、嬉しい演奏会となりました。

今回はオープニングに「祇園精舎」を弾き語り、続いて「まろばし~尺八と琵琶の為の」「二つの月~ヴァイオリンと琵琶の為の」「壇の浦」というプログラムでしたが、やはり私は器楽を中心にしたプログラムが一番しっくり来ます。歌が中心のものではどうにも自分自身が発揮できません。ジェフ・ベックやウエス・モンゴメリを聴いて育った少年は、大人になっても根っこの所は変わらないですね。どこ迄いっても、自分は器楽の演奏家だとつくづく思います。とにかく自分の世界をしっかりと琵琶の音」で表現したいですね。

「まろばし~尺八と琵琶の為の」を吹いてくれた吉岡君は、これまで何度か大きな舞台でも共演して来ましたが、彼は若手ながら弱音がなかなかに素晴らしく、今回も弱音を生かした演奏で「まろばし」を吹いてくれました。スーパーテクニックを誇示しようという尺八奏者が多い中、貴重な存在だと思います。
邦楽器はやはり邦楽器らしくあるのが一番。世界がマーケットとなった今、その独自の世界観こそが一番の魅力であり、他に類を見ない芸術的感性に溢れていると思うのは私だけではないでしょう。今だに既存の舶来音楽を邦楽器で表面だけなぞって喜んでいるものが多い現状は、何とも情けない・・。

薩摩琵琶もあの音こそが唯一無二の魅力です。決して歌や声ではないと私は思っています。これからあの音にどれだけの世界が広がり、哲学が深まって行くか、この辺が琵琶が世界に出てく鍵だと思います。声を張り上げていても琵琶の魅力は伝わらないと思うのは私だけでしょうか・・・?。
薩摩琵琶は歴史がない分、思い切って色々とやれるというのが良いですね。「まろばし」はそうした尺八と薩摩琵琶の魅力を十二分に発揮できるように作曲しましたので、吉岡君とのコンビネーションは今後の展開が面白くなって行くと思います。

そして今回はなんといってもヴァイオリンの田澤明子さんとの共演です。私は何かとヴァイオリン奏者と縁があって、これまでにも分不相応にもハイレベルな方々と共演させて頂きました。しかし今回は特別です。あの田澤明子さんと拙作の「二つの月」を演奏するんですから、気合が入らない訳がない!!。昨年レコーディングは終わっているのですが、舞台では今回が初演ですので、久しぶりに身が引き締まる思いがしました。

終演後、お客様と歓談中
「まろばし」にしても「二つの月」にしても、こうして舞台の上で鳴り響いたことに本当に嬉しく思います。まして自分の作品が一流の演奏家によって演奏されるというのは格別ですな!。
田澤さんと対峙するには、私はもっともっとレベルを上げないといけないのですが、先ずはこのコンビネーションでの第一歩が踏み出せて嬉しかったです。アンコールには「塔里木旋回舞曲」も二人で演奏しました。田澤さんのアドリブはなかなかいかしてましたよ。

昨年に録音したものがCDとなり、ネット配信が完了し、更に舞台でこうして実現して行くこの過程は実にスリリングであり、且つ大きな喜びです。
音楽はとにもかくにも舞台で実現するまでやらなくては命が宿りません。練習しただけ、作曲しただけ、録音しただけではリスナーに届かない。何度も何度も舞台にかけてこそ音楽としての生命が輝くのです。

昨年12月の日本橋富沢町樂琵会にて津村先生と

私の作曲の師 石井紘美先生は「実現できる曲を書きなさい」とよく言っていました。オケと琵琶のコンチェルトなど作ったところで実現の可能性はありません。先生は更に「貴方は自分で演奏できるのだから、自分で演奏出来る曲を書いた方が良い」とも言ってくれました。私はその言葉が今になってよく判るのです。世に溢れる現代音楽の新曲も、そのほとんどは再演されることなく埋もれていってしまいます。私は自分の曲をそ
んな運命にしたくない。だから自分で実現出来る曲を書くのです。
ありがたいことに、私は普段の仕事からほぼ100㌫自分で作曲したものを弾いて生業とさせてもらっています。これからも自分の作曲したものに命を与え、何度も演奏することで輝くようになるまでやり遂げようと思っています。創るだけ、演奏するだけ、録音するだけでは仕事は終わらないのです。

昨年12月の日本橋富沢町樂琵会にて

外はもう梅花が膨らみ始めたようです。また今年も色々なものが動き出す季節になってきました。この会の前日14日のヴァレンタインデーの日に「沙羅双樹Ⅲ」もネット配信となり、世界に飛び出てゆきました。今年はちょっと今までとは違う展開をしてゆくような気がしています。もう少し先の世界に足を踏み入れてみたいですね。

日本橋富沢町樂琵会2018

今年も日本橋富沢町樂琵会が始まります。今年で3年目となるのですが、だんだんと良い感じのペースが出来上がってきました。
それと日本橋富沢町樂琵会のHPも、会場となっている小堺化学興行のHPに新たにコーナーを作っていただきました。 日本橋富沢町樂琵会HP:http://150.60.177.171/rakubikai.html
まだ作りかけなのですが、今後のスケジュールなど載せています。是非ご覧になってみてください。

毎月やっている琵琶樂人倶楽部は、レクチャーが半分、演奏が半分というスタンスで、出演も若手の方や、独自に色んな活動を展開している人に絞っているのですが、日本橋富沢町樂琵会の方はレクチャーをやめて、演奏だけに絞っています。またゲストもベテランの演奏家に声をかけていて、能の津村禮次郎先生、尺八の吉岡龍見さん、俳優の伊藤哲哉さんなど、毎回先輩方々をお呼びして、演奏をたっぷりと聴いてもらってます。場所も琵琶樂人倶楽部が阿佐ヶ谷、日本橋富沢町樂琵会が日本橋と離れているので、お客様の雰囲気も違っていて、やるほうとしても面白いのです。

今週15日(木)の会では、私の新しいCDの発売記念も兼ねているので、CDでも共演しているベテランヴァイオリニストの田澤明子さん、尺八の吉岡龍之介君をゲストに迎え、CDに収録されている作品の演奏をします。現代の薩摩琵琶を是非是非聴きに来て下さい。19時開演です。

昨年4月の回 津村禮次郎先生と
日本橋富沢町樂琵会、琵琶樂人倶楽部共に本当に良い形で続けられるのも、聴きに来てくれる皆様のお陰です。ライブは集客がとにかく一番大変なのですが、いつもなんやかんやと色々な方が来てくれるのは、本当にありがたいですね。
こうした定例会は、無理があると続かないのです。経済的にも、気持ちの面でもとにかくもう日常のような感じになってくると、無理なく続けてゆくことが出来ます。琵琶樂人倶楽部はもう11年目で120会を越えていますが、11年やってきたという実感があまりありません。それは自分の音楽活動の中で日常のものとしてやっているからです。

こうした定例会をやるきっかけは、まだ若手といわれた30代の頃、自分自身が色々な琵琶楽に興味を持ちながらも、それらを実際に聞く機会が無かったからです。各流派も定例会をやっていますが、それはあくまでお浚い会であって、お稽古した曲しかやりません。近現代に出来上がった○○流だけ、弾き語りだけという限定されたものしかやってくれないのでは、私には全然物足りなかったのです。私は琵琶楽がお稽古事ではなく、生きた音楽として常に世に響いて欲しいと、ずっと思っていたのですが、私の想いを満たしてくれるような会は、当時どこにも見当たりませんでした。

若かりし頃
そうしたら自分でやるしかないでしょう!!。多様な琵琶楽の魅力をこちらから紹介して行くのはもう私の使命か、と思い立ち上げた次第です。声張り上げているだけで、ほとんど琵琶を弾かない近現代のスタイルは、琵琶の音色を聴きたい現代人には全然ぴんとこない。そうしたものを「これが琵琶だ」とばかり押し付けてもファンは増えません。逆効果です。雅楽や能、長唄、筝曲などの日本音楽の中でも、薩摩筑前の琵琶は新参者なのです。琵琶楽には平安時代から器楽、合奏、創作など等様々なスタイルがあるのですから、それを聴かかせない手はありませんね。
またいつも書くように薩摩・筑前の琵琶は流派というものが出来てまだ100年程しかたっていません。琵琶楽千数百年の歴史がありながら、どうして近現代に成立した薩摩筑前が古典といえるのかが私には理解が出来ませんでした。大体、軍国ものや忠義の心などの曲を古典と言われても、到底受け入れることは出来る訳がありません。更には70年代80年代に成立した流派まで古典だと言い放つ始末。私はこのようないい加減なご都合主義の風潮に、一石を投じる為にももっとまともな琵琶楽の歴史を紹介したかったし、軍国ものなんかを琵琶だと思われては困るとも思いました。琵琶楽は多様で魅力溢れるものとして聴いてもらいたい、その為にもこうした定例会を立ち上げ発信することはとても有効だろうと思ったのです。

今後の予定は

4月21日はいつもの相棒 笛の大浦典子さんとシルクロードをテーマにした樂琵琶の演奏。

6月21日は私の琵琶を作ってくれた石田克佳さんを迎え、正派薩摩琵琶と錦琵琶の聞き比べ、そして琵琶にまつわる様々なお話を聞かせてもらいます。
10月18日はついに夢の実現!。憧れの田原順子先生を迎え、演奏とお話を伺います。

29

12月はまだ企画の段階ですが、能の津村禮次郎先生を迎えNewversionの戯曲「良寛」を上演する予定です。

現代では琵琶は本当にマイノリティーな存在になってしまいましたが、琵琶は平安の昔から、ずっと歴史の中で様々に形を変え、日本の風土に鳴り響いてきました。是非是非古典から薩摩筑前の新しい琵琶楽まで聴いてくださいませ。
日本橋富沢町樂琵会・琵琶樂人倶楽部にてお待ちしております。

© 2025 Shiotaka Kazuyuki Official site – Office Orientaleyes – All Rights Reserved.