水無月の頃

毎年何故か、GWが明けた頃から6月~7月頭辺りが大変に忙しくなります。
湿気が多く、琵琶にとって一番最悪な季節に演奏会が多いとは何故なのでしょうね。まあ何をおいてもお仕事を頂くのはありがたいの一言なのですが、とにかくこの時期、楽器も本人も調整に一苦労です。今年も様々なタイプの演奏会がひしめいているのですが、そんな中でも気持ちの良い演奏会をご紹介。

先ずは左のチラシ「琵琶の調べ~紡ぐ響き」。今月27日青梅市 宋建寺での演奏会です。この会は横笛の長谷川美鈴さんのお声がかりで、個性的なメンバーが揃いました。和洋の楽器がソロ・デュオ・アンサンブルを繰り広げます。まだお席も若干あるそうなので是非起こし下さいませ。バリエーションのあるプログラムとなっています。詳しくは私のHPのスケジュール欄を御覧になってみて下さい。
そしてもう一つ。これまで何度か演奏させてもらっている練馬の「けやきの森の季楽堂」での筑前琵琶の演奏会。この演奏会は、日本橋富沢町樂琵会や琵琶樂人倶楽部でお世話になっている筑前琵琶奏者の平野多美恵さん主催の演奏会によるもので、タイトルは「森の中の琵琶の会 薫風」。右の写真は昨年の季楽堂での私と尺八の吉岡龍見さんの演奏会の様子。良い感じでしょ?。古民家を再生した空間は邦楽にはドンピシャなんです!!。
平野さんは先日国立劇場の公演にも出演され、これからが楽しみな今、大変のっている演奏家。今後は御自分でも演奏会を主催して活動を展開して行くようで、今回がその第一歩となりました。こちらは6月9日の開催です。乞うご期待!。

水無月は何故か皆さん勢いが良いです。

若き日 高野山常喜院「塩高和之演奏会」にて
良い舞台をやりたい。納得する内容の舞台を創りたい。ただその一心で、今までやってきました。特にこの水無月は色んな想い出があります。数々の失敗も経験しましたが、はっとするような特別な瞬間にも何度も出逢いました。舞台というのは観るほうも、やる方も何にも変えがたい魅力があります。私は舞台に立つという事がとにかく喜びなのです。熱狂、興奮、静寂、超越・・・。あの瞬間がたまらないのです。エンタテイメント音楽では無いので、お金とは無縁ですが、毎月何度も何度も舞台に立って、それを生業としている今の、この人生はとても気に入ってます。

忘れられない舞台もあれば、もう一度やってみたいと思うものもあります。しかし舞台はその場だけで成立する、いわば「生もの」。過去を引きずってはいけないのです。
舞台はいうなれば異次元の夢の空間。場の大小ではなく、どんな所でも舞台は日常から離れた場所なのです。私たち舞台人は、夢の世界を表現し提供する者なので、夢の世界を創りだす為にも、毎回新鮮な気持ちで舞台立ち向かいたいのです。芸術家として作品を創り出すことはとても大事なことですが、それと同時に我々は「生」の舞台を務めることもまた同じように大事なのです。観客との同時進行の時間性を持つこと。これが他の芸術ジャンルの方々と大きく違う所です。

この水無月の頃に多くの声をかけてもらっているのも、何か意味があるのでしょう。毎年こうして勉強させてもらっているんだな~と、今年もしみじみしています。これからも素晴らしい作品はもとより、充実の舞台を創って行きたいですね。
芥川
今回はちょっとおまけ
水無月になると芥川龍之介の「相聞」という詩を何時も思い出します。

また立ちかへる 水無月(みなづき)の
  歎きを誰(たれ)に 語るべき
沙羅のみづ枝に 花咲けば
かなしき人の 目ぞ見ゆる
方丈記公演にて

私はこんなロマンチックな想いに浸っている暇は当然無いのですが、いつかはこういう詩を詠める様なゆったりとした日々を過ごしたいですね。その時に我が身から流れ出る音楽が楽しみです。

しっかりお仕事してきます!!。

軸を立てる

ここ数年「活動順調のようですね」と声をかけられることが多くなりました。まあ私のように自分で作曲して演奏している人は他に居ないし、古代の秘曲から最先端の薩摩琵琶まで弾く人も居ないので、何かと目立つのでしょう。
ただ私はいわゆるエンタテイメント系の仕事は一切やらないし、ギャラ云々ではなく、自分が納得出来る仕事を選んでやらせてもらってます。生意気なようではありますが、琵琶のような特殊な楽器は、しっかり選んで行かないと、飛び道具のように扱われて、技術の切り売りになって、本当の意味で音楽をやらせてもらえず、使い捨てのようになってしまうのです。そうやって食って行く為の芸になったらもうお終い。そこには創造性も無くなり、目の前のギャラや話題だけを追いかけるような小さな世界しか存在しなくなる。芸術家は日常にまみれていては何も創りだせませんので、日々超然としている位でちょうど良いのです。ですからどんな小さなサロンコンサートでも、とにかく自分で納得が行くものをやるようにしています。

国立劇場演奏会

しかしながら、好きなことをやっていると言うのは、知らぬ間にぬるま湯状態にもなって行くものでもあります。時にはガツンと来るようなこともやらないと良い状態を保てません。良い刺激が必要なのです。実は来月の頭に、左記のチラシのような企画があり、そこで新作初演を控えています。正倉院の復元琵琶を使った作品で、こういうものを演奏させていただくのはとても光栄なのですが、これがなかなか難しい。只今リハーサルを重ねていますが、私の音楽に対するアプローチとは全く違いますので、ほとんど歯が立ちません。本当に良い勉強になります。たまには自分にとって厳しい仕事もやっておくことは必要ですね。この機会を大事にしたいと思います。

まだまだ本当の意味で充実した活動には程遠いですが、これからも気合を入れて精進して行きますので、是非是非御贔屓の程を・・・。

箱根岡田美術館にて

私は色んなバランスをとりながらも、自分のやりたい事を、やりたいようにやって来ました。何か目標を立てるというよりも、今自分がやりたい事をやり、その先に道を見るといえばよいでしょうか。「カーネギーホールに立ちたい」とか、「○○に成りたいとか」そういう意味でのゴールのような目標は私には無いですね。日々充実して琵琶を生業として、自分の世界を音楽で表現し生きて行きたいというのが、私の願いです。
もう少し言い方を変えると、他人を軸としないということ。他人の作った価値感や基準、例えば賞や名取などそういうもので自分を計らないようにしています。あくまで舞台の上に立って、リスナーに評価されてナンボだと思っていますので、他軸を追いかけるのは時間の無駄としか思えないのです。それは追いかけているようで振り回されているだけですからね・・・。

なにも突っ張っているわけではなく、ジャズやロックでは当たり前のことなので、そういう土壌で育った私には、極々自然な感覚なのです。何よりも日々舞台に立って、自分の曲を演奏している事が一番の幸せなので、邦楽に身を投じてから、皆さんが賞などを取りたがり、またそれを看板にしたがるの姿を見て、私と違うタイプの音楽家がこんなに居るのかと、びっくりしました。かの魯山人は「芸術家は位階勲等とは無縁であるべきだ」と言いましたが、私には至極まともな意見だと思えて仕方ないですね。

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永田錦心永田錦心も鶴田錦史も、宮城道雄も皆独自の世界を創り出したからこそ残っているのではないでしょうか・・?。両先生は、新しい時代に新らしい琵琶楽を創造し、遺しました。その志を次ぐ人がきっとこれからも出てくる鶴田錦史2ことを願うばかりですね・・・・。決して形をなぞってはいけません。

永田、鶴田両先生共、伝えられた話を聞くと、様々な芸術に関心があり、常に貧欲に吸収していったそうです。芸術家なら当たり前ですが、最先端を創る人は他人を軸としていては前に進めない。また今迄誰もが常識と思っていたレールの上も歩かないものです。永田先生は、洋楽がこれから日本音楽にどう関わるかを考えて、「これからは西洋音楽を取り入れた、新しい琵琶楽を想像する天才を熱望する」と当時発行されていた琵琶新聞上に発言していました。後の鶴田先生は洋楽との共演も数多いですが、それだけでなく義太夫など他の邦楽ジャンルからの技を自らのスタイルに取り入れて、独自の琵琶楽を創りだしました。今後、琵琶界に両先輩の志が満ちてくると良いですね。

私は両先生のような才覚はないかもしれませんが、自分の音楽が日本音楽の最先端でありたいと、常に思っています。そして自分のやりたい事を実現する為に、様々なジャンルの音楽や日本の古典文化を勉強することが必須だと考えているので、常にそういう姿勢で文化全体に接しています。
よく色々な方が私の演奏を「ロックのようだ」「フラメンコギターに近いものを感じる」と評してくれます。また演奏家も、アドリブパートが入っている私の作品を評し「さすが元ジャズ屋だね」とよく言ってくれますが、私がこれまで通り越してきた音楽の影響がそのまま琵琶の上に現れ、それらの音楽と通じるということは実に喜ばしい事です。これからも永田錦心にも鶴田錦史にも無い、私独自の琵琶楽をどんどん創りたいですね。「なぞる」のだけはまっぴらごめんです!。
戯曲公演「良寛」にて、能楽師 津村禮次郎氏と

私への評価は別として、ただ言えることは、自分の軸、揺るぎない軸を立てない限り、私の音楽の実現はありえないということ。他軸に振り回されていたら、何も創り出せません。どこまでも自分自身に成りきらなくては!!。もちろん意地を張るということではありません。意地を張るというのは他に対してやっていることなので、そんな他人の軸を意識しているようでは、本当の自分の軸を立てていないということです。自分の軸を立てている人は、他人の意見も素直に取り入れるし、つっぱる必要も無く、とても自然に、そして素直に居られるでしょう。
私は黛敏郎さんが言うところの「プレロマス(荘厳さと力に満ち、そしてしなやかなもの)に共感するものを感じます。虚勢を張って、表面を飾った状態ではなく、志が内側に満ちて、且つ自然体でしなやかな姿。私はそういう姿で居たいのです。私という存在は唯一であるように、私の音楽も唯一でありたいのです。

コーカサスの夜明け

この時期は一年の間で本当に毎年忙しく過ごしていますが、謙虚な姿勢を持って、あくまで自分のペースを崩さずに、自分の音楽を納得のいく形でやって行きたいですね。

持ち味

ちょっとご無沙汰していました。このところGW前から演奏会がたて続いていて、なんとも時間が無く追われっぱなしでした。ありがたい事です。
先週末は京都の百万遍知恩寺さんにて演奏をしてきました。尺八奏者の矢野司空さんのお声がかりだったのですが、京都の琵琶サークル音霊杓子の面々や、滋賀常慶寺、京都光明寺、神奈川極楽寺の御住職方も駆けつけてくれて、楽しく過ごさせてもらいました。

東山高台寺2
東山界隈
私は本当にありがたいことに、実に多様な仕事をさせてもらってます。そして毎度個性的な面々と出会うのも嬉しいです。まあ集ってくれるというよりも、私自身が色んな個性を持った方を求めているといった方が正解なのでしょうが、共演する皆さんにとっては、琵琶という楽器の持つ個性・持ち味がやはり魅力のようです。なんといってもあの音色は他には求めようが無いですからね。

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キッドアイラックホールにて

共演する方々は樂琵琶が良いと言う方もいれば、薩摩が良いと言う方もいます。夫々の感性に引っかかるものが違うのでしょうね。そのあたりが私にはとても面白く感じるのです。ダンス関係では樂琵琶を指定してくる方が多いですね。薩摩琵琶のように色が決まってしまうものは制約が大きいのでしょう。同じダンス系でも舞踏の方は薩摩琵琶を指定してくる方ばかりなのですが、きっと感じているところが違うのでしょうね。実に興味深いです。

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川崎能楽堂にて
「薩摩琵琶は歌ではなく語りだ」とよく耳にしますが、私には「歌」に聞こええます。まあ歌でも語りでも、魅力があればそれで良いのですが、琵琶を抱えていて琵琶の音色がろくに聞こえてこないようでは、琵琶で歌う意味がありません。鶴田錦史の弾き語りはその点、声と共に琵琶も活躍していて、義太夫っぽい語り口と共に、声も琵琶も充分に聞こえてきます。個人的にいうと、鶴田錦史の琵琶のフレーズはちょっと三味線ライクで、塗り琵琶と薄撥のあの鳴らない音は私の好みではないのですが、あれ位のバランスで声と琵琶を演奏してくれたら、琵琶の音色も充分に堪能できるし、琵琶伴奏による弾き語りというスタイルも成立しますね。しかしながらそういう風に感じる琵琶人は今のところ他には・・・・。

先日の知恩寺さんでも、尺八とのデュオの他、ショートバージョンの「壇の浦」の弾き語りを聴いていただきましたが、弾き語りも琵琶楽の一つのバリエーションとして聴いていただくのはやぶさかではないものの、琵琶の魅力と持ち味はなんといってもあの音色です。琵琶で活動をやり始めて20年程ですが、色んな方に聞いていただいて得たことは、皆さん「琵琶を聴きたいのであって、歌を聞きたいのではない」ということです。薩摩琵琶のお稽古をしている方は、ご自慢の喉を披露したくなるのでしょうが、リスナーは本当にそれを求めているのでしょうか・・・・?。あの音色こそ聴きたいのではないでしょうか。

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益田市グラントワにて 語り部 志人さんと
私の代表曲「まろばし~尺八と琵琶の為の」は大変多くの方と共演しています。尺八や笛はもちろんの事、ピアノ、トランペットに至るまで、楽器の種類も様々です。私の作品は大体どれも、奏者の個性や楽器の特徴が生きるように、自由度を高くしてあります。音の長さや音程、間などを共演者に任せて、思いっきり自分の思うところをやってもらって、自分の持ち味を発揮出来るようになっている曲が多いです。アドリブパートがある曲も結構あります。しかしながら誰が、どのようにアプローチしてもその曲の世界観は一貫している。人によって色は違えど、誰もが夫々のやり方でその曲の持つ世界へアプローチ出来るようにしてあるのです。決められた形を演奏するのではなく、演奏者が音楽を、その時々で充分に持ち味を生かして創って行く。しかも私が提示した世界観は一貫している。これが私の作曲方法です。

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アゼルヴァイジャンの音楽学校にて、レクチャー終了後の記念撮影

結局楽器の魅力・持ち味が生きていないということは、その楽器で演奏する意味はあまり無いということです。楽器の新たな魅力を引き出すのは大変結構だと思いますが、ギターの方が似合っているのならギターで弾けばよいのです。何とかのように弾けるというレベルでは、新しい表現とはとてもいえません。その楽器でなければ成立しない世界がなくては!!!。楽器も人間もその質に合わないものは、結局魅力は感じてもらえないのです。若い頃は何でもかんでも作曲しては、誰彼かまわずやってもらいましたが、それでは奏者の魅力を引き出せないだけでなく、曲の魅力も表現出来ません。楽器も人間もその持ち味が把握出来ないようでは、作曲者としてまだまだということです。この年になってやってそれがよく判ってきました。

そして楽器でも人でも、自由な感性がなければ音楽は生まれません。リスナーは何時の時代であっても自由に聴いて自由に感想を持ちます。現代に生きる人間の感性で、良いと思われなければ、次代に受け継がれることは無いのです。古典というものはどんな時代の感性に晒されても、「やっぱりいいね」と思われるものだけが残って、受け継がれてゆきます。それは琵琶でも筝でも尺八でも、新たな表現をしながらも、持ち味を充分に生かし、魅力を感じてもらえるから残って行くのです。判断するのはリスナーであって、やっている方ではないということを判らないと、誰も振り向いてはくれなくなります。

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日本橋公会堂にて

持ち味とは言い換えれば、己自身を知ることでもあります。己が判らずして、己の持ち味は見えません。そして自分の音楽は出来ません。目の前の固定観念に縛られて、琵琶本来の魅力が判らないのでは、琵琶の魅力は判らないし、いつまで経っても世の中の人の心には届きません。

琵琶の持ち味を大いに生かして、私の音楽を世界に届けたいですね。

五月の風 2018

新緑の季節はさわやかで良いですね。気候もちょうど良い感じで、一年で一番体調が良いのもこのGW辺りでしょうか。今週はリハーサルばかりで演奏会も無いので、楽器屋さんを回ったりして楽しんでいます。
5月は両親の命日でもあるので、先日は墓参りに行ってきました。あまりゆっくりすることは出来ませんでしたが、静岡の海を見ると「帰ってきたぞ」という気持ちが自然と湧きあがりますね。もう静岡には実家も無いですが、自分が生まれ育った所に時々帰るというのは気持ちの良いものです。

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ナジャが開店当時配っていたマッチ

先月、私がオープニングの時から通っていた高円寺の老舗のジャズ喫茶Nadjaが閉店しました。私は東京に来た最初から高円寺に住んでいたので、一時期は毎日のように通って珈琲を飲んでいました。もう30年に渡って通っていたのですが、ここ2年程はリハーサルや演奏会に忙しく、なかなかゆっくりと珈琲を飲んでオーナーとおしゃべりを楽しむような余裕を日々の中に持つことが出来ず、年に数度しか行けませんでした。昨日、お店の常連だった方からメールが来て知りました。あまりの衝撃に佇んでしまいました。そして今日、お店の前まで行ってきました。もうそこには何も無く、閉店の挨拶だけが、ぽつんと貼ってありました。

17Nadjaがオープンした頃、私はナイトクラブでスタンダードジャズを弾く駆け出しのバンドマンでした。世がバブルの直前でしたので収入は結構ありましたが、技術の切り売りのようにギターを弾いている自分に疑問が出てきて、日々もがいていましたね。自分の行くべき道が見えないまま、毎日「何かが足りない」「自分の音楽は何だ」という焦りにも近い想いだけが自分の中にどんどんと満ちて行くような頃でした。

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Nadjaのカウンター

毎日のように夕方になるとギターを抱えつつNadjaに行って珈琲を飲んで、それからナイトクラブへと向かう日々を繰り返すうちに、Nadjaに置いてある画集や写真集を観たり、オーナーとも色々と話をするようになって、ジャズにしか興味がなかった私の目は自然と芸術全般へと開いて行きました。本当に多くの人とここで出会い、時にウイスキーやジンを飲み語り合いました。私がギターオタクにならなかったのはNadjaのお陰です。美術・文学・映画・写真・様々なジャンルの音楽・・・etc.色んなものが世に溢れていることを、この場所で知ったからこそ、今こうして琵琶弾きになったと思っています。
経験豊富なオーナーからは、芸術はもとより色んな話を聴かせてもらいました。今思うと、そんな会話に結構大きな影響を受けたように思います。多分今の「私」という人間が出来上がるには、生まれ故郷も勿論ですが、その次はこのNadjaの存在が大きく関わっていることは間違いないですね。
実はオーナーさんは、琵琶に縁のある方でしたので、私がジャズギターを止めて琵琶弾きに転向した時も、Nadjaの存在が大きく関わっていたのです。

今こうして改めて考えても、Nadjaが無かったら今の私は違う人間になっただろうと思えて仕方がありません。

ジャケット表

今年8thCDを出してから、何か自分を取り巻くものが大きく変化して行くのを感じていましたが、Nadjaが無くなるとは思ってもみませんでした。あまりお店に顔出すことも出来ませんでしたし、考えてみればオーナーもそれなりの年齢となり、一つの区切りを付けられたのでしょう。きっとオーナーの心には、私などには到底計り知れない様々な想いが溢れているのでしょうね。私には何も出来ませんが、せめてオーナーのこれからの人生にエールを送りたいです。
Nadjaの閉店は、私の中で時代が次の段階へとシフトして行くような、大きな象徴となりました。

今年に入って、長い付き合いのあった人が遠くに行ってしまったり、何十年も前の古い知り合いとの付き合いがいくつも復活したりと、友人知人関係が大きく変化していて、ちょっと自分でもびっくりする位の出来事が続いています。私自身がそういう時期に来ているのでしょう。琵琶に対する考え方、接し方、やり方も変化して来ました。特に声に関する部分では、もうはっきりと8thCDを出す前と今では違います。多分ここ数年で、私のスタイルが本当の意味で出来上がる、そんな気がしています。

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夕暮れの江ノ島

人生は刻一刻と移り行き、時代もまた人間には予想もつかないスピードで変化して行きます。しかし時というものはただ過ぎ行くだけではないと私は思っています。

先日、墓参りのついでに、ちょっと三島に寄って雄大な富士山を間近で見ることが出来ましたが、駿河の海と富士山が私の人生にどっかりと大きな普遍の存在としてあるように、Nadjaの想い出も自分の人生の大切で、かけがのいない一つの時代として刻まれてゆくのでしょう。

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若き日

何時も書いているヘラクレイトスの「万物流転 panta rhei」の定めの如く、形あるものはいつかは消え去って行きます。しかしただ消えるのではなく、想い出や記憶や体験は、自分の中に積み重なり、それがまた自分の人生となって行くように思えます。想い出に浸り、過去にすがることはないですが、この30年、Nadjaからはあまりに多くのものと、大切な時間を頂きました。

今夜は独りでゆっくりと珈琲を頂こうと思います。ありがとうございました。

メインテナンス~糸巻き

やっと花粉の影響も無くなり活動開始です!!。春の陽射しは本当に待ち遠しいものですが、花粉だけはね~~~。
今回はよく質問を頂く、琵琶のメンテナンスについて少々・・・。

琵琶という楽器は本当に手間のかかる楽器で、シリーズで書いている「サワリ」や「糸」はもちろんの事、糸巻き、柱などなど常に気遣って調整してあげないと思うように鳴ってくれません。この手間のかかり過ぎるところが、器楽演奏を遠くしてしまっているのでしょうね。私は小学生の頃からギターを弾き、中学ではブラバンでコルネットを吹いて、今までの人生、ずっと何かしらの楽器に携わってきましたが、琵琶くらい手間のかかる楽器にはお目にかかったことがありません。

私は大体2年に一度、私の琵琶を作ってくれた石田克佳さんに、普段からよく使う琵琶全体のメンテをしてもらうのですが、職人さんに任せるところとは別に、琵琶を良い状態にしておくには日々のメンテがとても大事なのです。日頃常に大型・中型を二面づつ使っているので(プラス樂琵琶も使います)、単純に面倒も4倍となり、結構な頻度で一日中琵琶の調整にかかりっきりなんて事があります。琵琶を弾く前には、一通り音を出してサワリの具合や柱、糸口など点検して、削る所は削って万全にしてから弾き始めます。いわゆる皆さんの思うような「練習」というのは私はやらないのですが、どこか具合の悪い所があると気になって弾いていられないのです。そんな普段のメンテの中でも、案外見落しがちなのは糸巻きなんです。

薩摩琵琶は柱と柱の間を締めこんで(チョーキング)しながら弾くので、チューニングがとても狂いやすい。しかし単に絃をひっぱるからチューニングが狂うというだけでなく、糸巻きの不具合でチューニングが狂う場合も多々あります。実は先日も大型琵琶を定例の琵琶樂人倶楽部で使ったのですが、2の糸がどうも狂う。何とかやり通してしまいましたが、帰って来て診てみると、糸巻きがほんの少しゆるいのです。糸巻きと糸倉が完全に密着していない。見た目にはわからないのですが、糸巻きを回した時、手にぐっと馴染むいつものしまり具合とちょっと感触が違ったのです。私は太い絃を使うので、糸巻きへの負担も大きく、少しでもゆるいと、チューニングが下がってしまいます。何時も気をつけていたのですが、音色の調整に気がとられていて、糸巻きの具合を見落していたという訳です。
音色の調整は万全にやっていても、家では本番さながらに弾くわけではないので、糸巻きのほんのちょっとした緩みは気がつかないことが多いのです。本番となると長い時間弾くわけですし、弾く本気度も違うので、こうした部分が如実に演奏に出るのです。

どんな小さな演奏会でも気は抜けないですね。早速いつも使う薩摩四面、樂琵琶一面のメンテを丸一日かけてやりました。私の稽古場には修理に使う板やら工具が様々揃っていて、駒をはずして高さ調節をしたり、音程を直したり、膠で接着したり・・・、かなりの所まで自分で直します。ボディー側面の剥がれや、木部の割れなどはさすがに専用の道具と特殊な技がないと出来ませんので石田さんに頼みますが、その他はほとんど自分でやります。全て頼んでいたら時間もお金もかかり過ぎてやってられません。

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左:ASaxにSOON・Kimさんとアディロンダックカフェにて
右:キッドアイラックホール最期の公演 三倍音:Per灰野敬二・shakuhati 田中黎山・塩高


分解型背面
今一番手をかけているのは昨年作ってもらった分解型です。こいつは元々一体型で、中型2号機として5thCDのレコーディング等に使っていたのですが、表面に拭き漆をしたところ、どうも音が良くなかったので、昨年石田さんに頼んで漆を全て剥いでもらって、真ん中で胴を切り離し、分解型に改造してもらいました。
しかしながらジョイント部分に大きなブロックを入れてあるので、最初はなかなかボディーが鳴らなかったのと、糸口の角度が決まらず悪戦苦闘していました。ボディーが鳴るにはまだ時間がかかかると思いますが、その分糸口のサワリは厳密に調整しようとがんばっている訳です。こいつも先日福島へ持って行った時に1の糸が妙に下がり、一部演奏に苦労しました。やはり糸巻きがほんの少しですがゆるかったのです。まだまだ修行が足りません。

若き日
糸巻きのメンテのやり方も写真を載せようと思ったのですが、サワリ同様、実際に目の前で見せて、触ってみないと到底判るものではないと思いますので、中途半端なことはしないほうがよいと思い、あえて止めておきました。要は糸巻きと糸倉が何処を回してもしっかりと密着しているということです。その具合を自分の手の感触で判るようにする、としか言いようがありません。この記事で自分の楽器を見つめ直すきっかけになってくれれば嬉しいです。

鶴田錦史氏もメンテに関してはかなり自分でやったそうですが、教室を開いているお師匠様なら、きっと色んなノウハウをお持ちでしょう。具体的な事は、サワリの調整同様、是非お師匠様に教わってみてください。まともなお師匠様なら、しっかりと琵琶全体に渡ってメンテナンスが出来るはずです。ちなみに私のこうしたメンテの技はT師匠から基本を教わりました。その後自分でやりながら自分の琵琶にあったやり方を覚えました。
サワリや柱は勿論ですが、糸巻きは結構盲点です。是非一度チェックしてみて下さい!!。

私は琵琶奏者です。歌手ではありません。だから琵琶で私の音楽を表現出来なければ、琵琶奏者として成り立ちません。声は私の音楽の中のヴァリエーションの一つでしかない。声は使っても、声に寄りかかるようでは楽器の演奏家としてやっていけません。ピアニストはピアノを弾き、ギタリストはギターを弾く。この当たり前のことを私は琵琶でやっているのです。
とにもかくにも琵琶奏者と名乗る以上、琵琶の音色が何をおいても第一であり、命です。千数百年の歴史のある樂琵琶は弾き語りはしませんし、声とは一緒にやりません。「啄木」のような素晴らしい第一級の独奏曲もあります。薩摩琵琶はまだ100年ほどの歴史しかありませんが、声に頼らず、琵琶だけで舞台を張れる、本物の実力を持った琵琶奏者が、是非これからどんどんと出てきて欲しいものですね。

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