古典と語る

先日、東京国立博物館でやっている「縄文」展に行ってきました。

私はこのブログでもシルクロードの事をよく書いていますが、とにかく古の時代のものに凄く惹かれるのです。以前から弥生時代より縄文時代の方が断然興味があったのですが、縄文土器はあらためて観ると、正に驚きの連続であり、またそこから現代という時代が見えてくるようでした。

現代人は、今が人間の築いた文明の頂点だと思って、一番発展していると思いこんで生きていますが、技術でも発想でも、決して人間は過去と現代の優劣は無いと感じますね。表面的には大きな違いがあるし、形は随分違うかもしれません。確かに利便性ということを見れば現代は発展しているのでしょう。しかし何かを得れば、何かを失っているというのが現実であって、今回改めて縄文土器を目の前にしてみると、我々は失っているものに気がつかないだけではないか、と思えてくるような充実した展示でした。

ウズベキスタン旧市街
私は、古代に残された物、美術、文学、絵画、音楽などに触れると、その時代に生きた人と何かの会話をしているような気分になるのです。想念が飛んで行くといえば良いでしょうか。残念ながら特殊能力は無いのですが、古典の魅力とはそういうところだろうと思っています。
例えば平家物語をやる時には、登場人物の姿が自分に重なってきます。私が時々やっている「経正」は謡曲経正がベースになっていますが、霊となって表れた経正が、都に帰ってもう一度琵琶を弾きたいと願うその姿は、そのまま自分の人生と重なります。まるで過去世に於いて何かの縁でもあるのかな、と思うくらい・・・。つまり古典と対峙する時には、そこに何かしらの会話のようなものがあるのです。逆に会話の成り立たないものは、私はなかなか演奏出来ません。

現代の邦楽は流派のものなら何でも古典と言って権威付けたいようですが、時を経ていないものはやはり古典とはなりえないのです。何故これらが古典と認識されないか?。それはイデオロギーや社会情勢が今の感性で測れてしまうからだと思います。そこには妙にリアルな現実が見え、当時の人間感情の渦巻きまでもが見えるからです。つまり懐メロの域を出ていないのです。また「古典をやってます」と看板を挙げるように言う人が居ますが、そこに、自分は特別なものをやっている、選ばれた人であるという選民意識が見えることも多いですね。古典=偉いという風潮はとても受け入れられません。

人間の小賢しい思惑などがなく、そんなものはとうに消えうせて、もっと奥深い所で会話が出来るからこそ古典なのです。古典とまともに接すると、知らないうちに普通だと思っていた事が、決してそうでは無いということがよく見えてきます。形や感じ方などは時代によって変わります。身分制度のある時代と今では「当然」というものが違うように、同じストーリーでも時代が違えば感性自体が違うので、感じ方が異なるのは当たり前です。だから何が核にあって、何が上っ張りの衣なのか・・・。そこを見極めないと古典を目の前にしても、上っ面をなぞっているだけになってしまいます。

私は古典に真摯に接っすれば接するほどに、流派や現代という時代が作り上げた余計な衣が見えてきて、正直な所、現代の邦楽の古典に対するあり方に違和感が出てきます。肩書きや賞などのお飾りは論外ですが、正座や着物、しきたりなども、実は現代人が権威を高める為に作り上げたものなんだと思えてきます。重苦しいほどの衣で、古典の中にある核の部分は隠されているように思えて仕方が無いのです。

縄文土器を前にすると、便利な世の中に生きている現代の危うさが見えてくるし、現代人の弱さも見えてくるようです。
このところ時間が出来たので、連日のようにライブやコンサート、展示会、個展などに出かけています。多くの刺激を頂くせいか、自分のスタイルをもっともっと明確に形にしようという想いがどんどん強くなっています。器楽としての琵琶の作品をどんどん創って、声に寄りかかった弾き語りで無い琵琶本来の音色で表現して行く琵琶楽というもの創り上げ、琵琶の楽器としての魅力を発信して行きたいですね。そのためにも明確な私の音楽性、世界というものを打ち出さなければ伝わりません。

この夏は色んな曲が出来上がりそうです。縄文人に私の音楽を聞かせてみたいですね。

光の中で

4月5月6月の春~梅雨時期まで続いた演奏会ラッシュも、先日の季楽堂演奏会で一段落着きました。毎年この時期は何故か梅雨に合わせたかのように忙しいのです。今年も梅雨明けと共に波が過ぎて行きましたが、本当に色んな仕事をさせてもらいました。

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左:百万遍知恩寺演奏会の折参加した京都の琵琶サークル「音玉杓子」の稽古場にて。 中:東洋大学井上円了ホールにて「方丈記」終演後 津村禮次郎先生・原田香織教授・久保順さんと。右:国立劇場で新作終演後チームの面々と

この他にも本当に多くの舞台に立たせてもらいました。約3ヶ月弱で20本ですから、そんなにハードというほどではないですが、内容が夫々皆違うので色んな譜面が部屋中にあって、頭の中がウニ状態でした。やっと部屋も片付きましたよ。毎年この時期は「大丈夫かな~途中でパンクしないかな~~」と心配なほどなのですが、いつもなんだかんだと乗り越えていくんです。そして後から様々なシーンが甦り、とても大きな糧として自分の中に残ってゆきます。私は普段がナマケモノ体質なので、少し追い込まれるくらいでちょうど良いのかもしれません。こうして本当に色々な舞台を経験出来ることは、本当に嬉しいですね。

2017年福島安洞院にて津村禮次郎先生と
舞台を踏めば踏むほどクオリティーが求められるのは当たり前なのですが、けっして技術レベルの問題ではありませんね。一般のリスナーは演者の放つエネルギーを聴いているのです。ジミヘンでも森田童子でも同じことで、表面的な迫力ということではなく、リスナーは舞台で出現する特別な世界をこそ聴いているのです。この「世界」が創れないようでは、舞台人として成り立ちません。つまり上手が見えるうちはまだまだお稽古事ということです。

そんな意味で先日の櫛部妙有さんとの公演では、夜の部がなかなかに1凄いものがありました。「先帝入水」をやったのですが、決して迫力で盛り上げたりしないで、淡々と、しかも小さな声で静かに語る妙有さんには、なんともいえないものが満ちていて、私もそれに答えるようにして弾いたのですが、これが見事にはまりましたね。会場には精緻という言葉が似合いそうな空気感が隅々まで漂い、ある種の異次元が現れました。
この「先帝入水」の場面は合戦の場面であり、また「あはれ」を誘う場面でもあるので、そういう表面を描いて終わってしまいがちなのですが、今回は文章の表面をなぞらず、その先の世界に想いを馳せ、物語の奥底を描き出す手法がみごとに決まりました。

エネルギーイコール迫力と思いがちですが、実はそんな表面的な次元のものではないのです。目の前の表面に現れる形ではないのです。静かな中に満ちる揺るぎないエネルギーというものがあるのです。大声出しても、早弾きしても、コブシ回してもエネルギーは出て来ない。演者の中にエネルギーがなければ、いくら技を尽しても空回りするだけです。かえって空っぽな中身が見えてしまう。

戯曲公演「良寛」2015年座高円寺にて

以前能の津村禮次郎先生と戯曲公演「良寛」の8分間に渡るラストシーンで、私の弾く静かな樂琵琶の独奏曲「春陽」と先生の舞いが、会場全体を早朝の湖のような雰囲気になったことがありました。鏡のような静まり返った湖面に純粋で無垢な気が漂い、そこにはただ穏やかに降り注ぐ光だけがあり、観客も私もその光に包まれていたのです。光には静かな微笑みが感じられ、音にも舞いにも、そこにある全てのものの生命が煌いているような、喜びに満たされているような・・・・・・、もしかするとこれは悟りの境地や宗教的な体験というものなのではないのか、と思えるような形容しがたい8分間でした。

今回の櫛部さんとの舞台もこの時と同じく、実に淡々としているのです。そこには何かの「はからい」が降り注いでいるが如く、揺るぎ無い静かなエネルギーが漂って、何かの光に包まれているようでした。そして最期は静かに静かに潮が引くように去って行ったのです。

異次元空間が現出したライブ 2016年キッドアイラックアートホールにて 灰野敬二・田中黎山各氏と

こうした舞台は今までに何度かしか体験したことがありません。これは多分に演者の音楽に対する(人生に対する)姿勢と関係ありますね。

肩書きやら役職など音楽に関係無いお飾りを背負っている人は、音楽よりも自分を取り巻く社会の方との繋がりを求めているので、音楽家として、人間としてのエネルギーがとても弱い。どんなジャンルでも一流は決して
、肩書きを舞台の上に持ち込まない。音楽に対してはただただ純粋な姿勢で接している。どんなに偉くなってもこの純粋さを保てる人だけが舞台に立てるのです。
音楽をやる人はどんなジャンルでも、何かしら「大いなるもの」に身をゆだねざるを得ないような体験をし、「はからい」のように自分でコントロール事が出来ないものを感じ取る感性が生まれるものです。この無垢で純粋な心が「世界」を生むのです。上手な技やキャリアが生むのではありません。逆に自分という小さな小さな器は、いつしか牢獄となり、「自分はここまでやってきた」「自分はこれだけの実績がある」「自分の力で作ってやる」という驕りが大きくなり、音楽に対する尊敬と感謝、愛情という基本姿勢を鈍らせて、自ら音楽に対し目を心を閉ざしてしまいます。それでは音楽は鳴ってくれません。純粋さを失った音楽は確実に滅んでゆきます。邦楽はどうでしょうか・・・・。

井上円了ホールリハーサルにて

無垢な光に包まれるような音楽を演奏して行きたいのです。

うたうということⅡ

今週は前にもお知らせしたように、土曜日が東洋大学井上円了ホールにて、津村先生との「方丈記」の公演。明けて7月1日日曜日には朗読の櫛部妙有さんとの共演による演奏会があります。また1日の場所は、私が時々お世話になっている練馬の季楽堂。ここは古民家を再生した、とても素晴らしい雰囲気の場所で、もう何度も演奏させてもらっているのですが、櫛部さんは季楽堂を立ち上げる前からオーナーさんと関わりがあって、私も季楽堂立ち上げ前に櫛部さんに連れていってもらいました。櫛部さんとの初共演が季楽堂というのは、なんとも嬉しいですね。

実は櫛部さんの公演にはこれ迄何度も聴きに行って、一緒にやったこともあるのですが、二人だけでの公演はまだやった事がなく、今回はそんな意味で初のジョイント公演なのです。今回の為にリハーサルを重ねてきましたが、しっとりとした落ち着いた感じながらもしっかりと世界をお届けできると思います。櫛部さんの朗読は、声を使った芸術表現の一つの境地がありますね。ご期待下さい。

私は声を使うアーティストとの共演が多く、皆さん夫々独自のやり方や理論を持っていて,とても面白いのです。そして皆さんとても個性的です。中でも櫛部さんの朗読は、とても静かに月の光が満ちるように声を使います。目の前で聴いていると、気が付かないうちにその世界に誘なわれてしまうのです。この静かなるアプローチは魅力的ですね。
石川真奈美さんのリーダーアルバム「The way of Life」のジャケット
声と言えばもう一つ、先日ジャズヴォーカルの石川真奈美さんのライブに行ってきました。石川さんは神田音楽学校の講師で、先週のスコットホールでの40周年記念の時も、素敵な歌を聞かせてくれたのですが、それが結構いい感じだったので、是非ライブで聴いてみたいと思っていたところ、たまたま近くでライブがあるのを発見して、友人と一緒に行ってきました。

石川真奈美HP:http://manami-voice.com/

石川さんの歌は語尾の最後まで想いが行き渡っていて、とても気持ちが良いのです。テクニックが確立していて、音楽自体の勉強もしっかりしていますが、そういう技術面が歌からかあまり感じない。むしろ惚れ惚れするような細やかな情感が滲み出てきます。上手いというのは後から気づくのです。正にリスナーを酔わせる歌なんですよ。またアドリブも自在且つダイナミックにこなすので、とても聴き応えがあります。お勧めですよ!。

日本橋富沢町樂琵会にて

語りやうたなど、こうした声の専門家の舞台に接すると、自分の声に対する姿勢が見えてきます。このところデミトリ・ホロストフスキーや森田童子など、強烈な声の世界をもった人が亡くなったこともあって、自分の「うた」を見つめ直さない訳にはいかなくなったのです。自分で発する声が、何を表現し、何を伝えているのか。多くの声のアーティストを聞くにつけ、自分の音楽に声は必要なのか・・・・。声の必然性は何処にあるのか・・?。などなどきりがなく多くの問いかけが湧きあがってきます。以前、日舞の花柳面先生から「歌っているけど歌っていない、踊っているけど踊っていない」というアドヴァイスを頂いたことがありますが、「うた」がうたを越えてその人そのものになっていかない限り、お上手以上には聴こえてきません。

つまり、うたでも絃でも、それに人生をかけるようでないととてもじゃないけど極めて行くことは出来ないということです。適当にそこそこの感じでやっていたら、やっぱりそれなりにしか聞こえない。自分の生き様になってはじめて何かが伝えられる。私が作品に声を使うのなら、自分で発するよりも声のアーティストと組むのがベストですね。

30代始めの頃、メゾソプラノの波多野睦美やアルトのナタリー・シュトゥッツマンの歌を聴いて、ぞくぞくするような感動を覚えました。その頃から歌にはとても興味を持って色んなジャンルを聴きに行っていましたが、フラメンコもギターだけでなく、歌の素晴らしさに気づいたのが、やはり30代。私が感激した歌手は皆、歌が人生そのものという風情をしていました。うたは勿論のこと、彼らの姿にも感激していたのだと思います。
しかし残念なことに琵琶は音色にはぐっと来たのだけど、琵琶唄の方はどうにもピンとこなかったのです。まあよく書いているように歌詞の内容に先ずは大問題があった訳ですが、その頃は琵琶の世界にプロがほとんど居なかったので、ピンと来ないのも無理もなかったのかもしれません。これからはその道に人生をかけて生きているプロが、是非琵琶の世界にも出て来て欲しいものです。

私は、絃に関しては「私の人生だ」とずっと前から揺るぎない確信を持っているので、自由自在にやらせてもらっているし、何の迷いも無いですが、声に関しては、ここに来て、やっと自分の中での声の在り方が見えてきた感じです。何年も前から演奏会での弾き語りは一曲位にして、どんどんと器楽中心にしているのですが、これからはもっと自由に弾いて、声は更に減らしていこうと思います。私は「うた」や「語り」に人生をかける人じゃない。絃にかけるのが私の人生。「うた」はやはり歌手や語り手にお任せしよう。他に振り回されること無く、何処までも自分らしい一番素直な形で音楽をやりたいものです。

魅力ある音楽を創
って行きたいですね。

Various facets2018

梅雨のじめじめとした日々ですね。蒸し暑かったり、妙に寒かったりして、体調には厳しい時期です。
そんな中ですが、相変わらず演奏会の日々を送っています。定例の琵琶樂人倶楽部、広尾の東光寺「能を語る 狂言を語る」、日本橋富沢町樂琵会「薩摩琵琶古典から現代へ~石田克佳さんを迎えて」、早稲田スコットホール「神田音楽学校創立40周年記念演奏会」をここ2週間ほどでやってきました。

スコットホール神田音楽学校40周年神田音楽学校40周年公演m
スコットホールでの演奏と手作りのチラシ。この学校の気さくな校風がそのまま出てますね

特に神田音楽学校の記念演奏会では、いつになく盛り上がりました。この学校はとにかく講師陣がハンパなく面白い。各講師のレベルも高いし、指導も大変熱心にがんばっていて頭が下がります。今回も華のある素敵な演奏をしてくれました。さすがに現役バリバリで活躍しているプロは違う!!。琵琶のお師匠さん達もこれくらい元気ないと。

私はこういう異ジャンルの人から学ぶ事がとても多いのです。普段のお付き合いも、邦楽以外の人との交流ばかりです。逆に琵琶人とのお付き合いがあまりありません。学ぶというと硬いですが、一緒に話をしていて、多くの事に気づかされるという感じでしょうか。勿論音楽家だけでなく、美術家や文学系の人。芸術家以外にも武道家やお店をやっている人や、お勤めの方等々、自分とは違う形で生きている人と会って、話しをしたり呑んだりするのが、実に面白いですね。
IMG_0105日本橋富沢町樂琵会にて photo Mayu
私は常にモダンということを指針にしていて、そこはずっと変わりません。何をやっても現代の中での琵琶という視点を持ってやっています。そういう点では先日の国立劇場の新作初演も、古代の楽器で最先端の音楽をするという趣旨でしたから、まさしく私が弾くべき曲だったんでしょうね。
あくまでこの現代に生きる音楽を演奏するのが私の仕事。現代人はこの混沌とした世の中で、あらゆるものと関わりながら生きています。だから音楽も多くのものとの関わりの中で演奏され、聴かれるのが現代の琵琶楽の姿だと思っています。世の中とさして関わりなく、自分の好みの世界だけでやっているものは単なる個人的趣味であり、音楽が現実逃避の場にしかならない。そこに本当の夢や創造があるでしょうか・・?。刹那的個人的な快楽があるだけでしょう。

音楽が現実の社会と常にコミットしているからこそ、リスナーと共に分かち合うことが出来る、と私は何時も思っています。時代と共にあるからこそ、そこに夢があり、喜びがあり、そのほか様々な現代に生きる人の想いが、共感を持って次の時代へと受け継がれてゆくのではないでしょうか。
当然世代が変われば形も時代と共に変わって行きます。逆に変わらないものは、激動するこの世の中に背を向けているとも云えるかもしれません。過去の形をなぞっているようなものは、既に分かち合える音楽ではない・・・・そんな風にも思うのです。
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若き日、日暮里の和楽器ライブハウス和音にて

私は琵琶奏者の中では誰よりも様々なタイプの形で演奏をしていますが、樂琵琶も薩摩琵琶も演奏する曲はほとんどが自分で作曲したものだし、即興演奏も譜面でのアンサンブルも弾き語りも、どれも私の中では同一線上に在るので、エンタテイメント系を除き、常に塩高節状態。表面の形が変わっても、中身はさほど変わらないのです。壇の浦を弾き語っても、ダンサーと即興演奏していても弾く内容はほとんど同じです。
20年程前、琵琶で演奏活動を始めた頃、日暮里の和楽器ライブハウス和音で演奏した時、旧い友人が来て「楽器がギターから琵琶に変わっても相変わらず塩高君だね」といってくれましたが、自分の音楽をより確実に表現しようと思って琵琶に転向したのだから、琵琶に持ち替えたら、より明確に私の音楽が出て来て当然なのです。モダン、現代という視点が基本的に変わっていない以上、表面の形が変わりこそすれ、皆同一線上に繋がっているのです。様々な経験を経て、試行錯誤もしてきましたが、私は私以外にありえない・・・。

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キッドアイラックアートホールにて Per:灰野敬、尺八二:田中黎山各氏と即興によるライブ

日本人はこの道一筋というのが大好きですが、この道一筋という方ほど、幅がありますね。実は色んなことをやっていて、その様々な営みの中で確実に作品を発表している。よくよく見て居ると、時代と共に表現のやり方も形も変えている。古典芸能の達人たちは皆そうですね。
そんな方々とは、話をしているだけでも多方面に話が渡って本当に面白い。きっと自分の専門分野を極めていくと、色々なものがそこから見えてくるのでしょうね。自分の知らないことに常に興味津々としているし、知識一つだけをとっても、自分の持っているものに安住しない。求めている。

残念ながらオタク状態の音楽家はとても多いのが現状ですが、私は、様々な音楽に触れて生きてきた自分の人生の中から湧き上がる音楽をやっていくのが、一番ピュアな姿だと思います。誰の真似でもなく、流派などのこだわりも無い。琵琶に於いては永田錦心や鶴田錦史の志を自分なりに受け継ぎたいと思うものの、あくまでオリジナルな作品を作って行く。それがどう評されようが、それしか出来ないですね。
東洋大学講座L季楽堂2018

今週も色々な演奏会をやります。土曜日は井上円了ホールにて津村先生と「方丈記」の公演。明けて7月1日には朗読の櫛部妙有さんと練馬季楽堂にて公演と続いていますので、なかなかのんびりという気分にはなりませんね。そろそろ創作のための時間を取りたいと思います。

是非演奏会に起こし下さい。

「サワリ」の話Ⅵ~オリジナルモデル

今週の日本橋富沢町樂琵会は、琵琶制作者の石田克佳さんをゲストに招いて、琵琶の楽器のお話を色々と聞かせてもらいます。彼は正派の薩摩琵琶も弾くので、勿論演奏もしてもらうのですが、流派によるサワリの違い、琵琶の構造・材質による音色の違いなどなど、作り手側からの滅多に聞けないお話が聞けますので、薩摩琵琶に興味のある方にはまたとない機会です。

ケース内部

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塩高モデル中型1号機(これは改良前の写真。現在は糸口を除き貝素材を使っています)

さて本題のサワリですが、サワリの音色というものは演奏家によって実に様々です。勿論しっかり調整が出来ているということが前提ですが、私の先輩は、とても渋い音色に調整してあり、音伸びもそんなに長くなく、独特の響きをしています。これは彼の声質に関係していて、その声に合わせて行くと自然とそうなったようです。基本的に弾き語りの伴奏楽器として成り立ってきた琵琶は、夫々の声や歌い方に合わせて調整します。つまりサワリの音色は一人一人違うのです。名人と言われた吉村岳城氏のように、速いテンポでうたうスタイルだったら、あまり長い鳴り過ぎるサワリは邪魔でしょうし、鶴田錦史氏のようにゆっくり間を取ってうたい、弾法も充分に聞かせるスタイルの人は長目のサワリが必要です。そして私のように琵琶を「うた」から切り離して器楽として演奏する人では、更にサワリの音色や長さに対するセンスが変わっています。
私がサワリの調整を教えてもらったT師匠と私では当然、サワリの音色も伸びも違いますし、女性演奏家の、チューニング自体が高いサワリとも随分と違います。サワリ=個性そのものなのです。琵琶人にはもっと自在に自分の個性を発揮してもらいたいですね。それが多様な琵琶の魅力になり、琵琶楽全体の活性化にも繋がると思います。

私はT師匠にメンテナンスの事は教わりましたが、それ以上に琵琶を手にした時から石田さんとかなり色々なやり取りをしてきたことが、今の活動を支える上で、とても大きかったと思います。そのやり取りの中でとても多くの情報を得て、私の楽器はどんどん進化していったといってよいでしょう。

バック2

分解型琵琶の裏側

私はサワリを出来るだけ長く響くようにセッティングしてあります。糸口のサワリについては、かなり拘ります。高域がきつすぎても、渋すぎても私の音楽には合わない。ギラつく一歩手前に留め、エッジを効かせ、且つうねりが出るように調整されています。うねりを出すには、先ずサワリの音色や伸びの調整をしてから、糸口の中より上の方にほんの一削りノミを入れます。すると低音にフェイザーがかかったようなサワリのうねりが出てくるのです。ヴァン・へイレンのデビューの頃の音は、低音にうねりがかかって、且つエッジの効いたディストーションでした。最初にイメージしたのはあの音です。少し前のブログでジョー・サトリアーニの事を書きましたが、最近は正にあのギターの音のイメージが、私の琵琶の音色や音伸びのイメージです。ちなみにサトリアーニはワウペダルを多用していますね。

 

各駒の音伸びも重要です。各駒が均等に鳴らないと、琵琶で歌い上げる時に大変支障をきたすので、音色、伸びに統一感が出るようにしています。楽器に引きずられて演奏が思うように出来ないのでは、お話になりません。私は琵琶をジェフ・ベックのように自由自在に歌わせたいのです。
「ブロウ・バイ・ブロウ」を高校生の時に聴いて、エレギターでこんなにも自在に細やかに表現が出来るのかと、びっくりしましたが、演奏技術もさることながら、エレキギターの持つ潜在的な表現力の高さに驚いたのです。ヴァイオリンやチェロのように何処までも自在に、声と同じように楽器を歌わせることに憧れを持っていた身としては、ギターでここまで表現できることが驚きだったのです。しかしジャズギターやクラシックギターではフレーズは豊かですが、音が伸びないのでロングトーンの音量も音質もコントロールできない。でも琵琶なら音が伸びるしベンドも出来るので、かなりの表現が可能なのです。ジャズギターをやっていた頃のフラストレーションが琵琶を手にしたことで一気に吹っ飛びました。

大小
標準サイズと塩高モデル
しかし従来の薩摩琵琶は伴奏のみに使われていて、音量も小さく低域も足りない。これだけの魅力的な音色がありながらとても残念に思いました。そこで楽器の改造改良に踏み切ったのです。そんな時期に、すぐそばに石田さんという人物が居たということは、正に運命ですね。

約20年前に1号機を作った時から、ボディーのサイズ、絃、チューニング、演奏法等々、自分が求める音を実現する為の様々な要素を石田さんに伝え、彼がそれを次々に具現化して行くということをずっとやってきました。今私のところには、石田さんの作品が五面あります。そのどれもが私専用の特殊仕様になっています。毎回今迄に例の無い注文をするので、石田さんにとっても実験だったことと思いますが、これらの琵琶があったからこそ、8枚のCDとして結晶し、数々の作品が生まれたのです。

彼は時々私の演奏会に現れては、私がどんな演奏をするのかをしっかりチェックしていてくれて、塩高モデルの角が付いたネックのIMGP0412形状(左写真)などは、彼の方からのアイデアで出来上がりました。とにもかくにも石田さんがいなければ今の私は無いということです。楽器職人と演奏家がタッグを組んでこそ、新たな音楽が生まれる。私はそう実感しています。

次世代にも響いて行くような音楽を創り出す為にも、自分の琵琶は常に最高レベルにスタンバイしておきたいですね。
サワリは本当に微妙で、その調整が自分で出来るようになるには、IMGP0647何度も糸口や駒をつぶして、サワリの構造を知り、音色を聞き分け、失敗を重ねながら経験を積まないと出来るようにはなりません。私はその都度石田さんにアドバイスをもらったり、修理してもらったりしながら、長い時間をかけて自分なりのサワリの調整が出来るようになりました。
昨年から新しく使っている貝プレートの糸口(右写真 大型1号機と上記の中型分解型)も、もう既に何枚も削りつぶして、やっと最近使えるような仕上がりになりました。
そして一度調整したからといっても、弾いているうちにどんどんと変わってきてしまうので、私はほぼ毎日琵琶を手にして、駒をノミで削ったり、駒をはずして、高さの調整をしたりしています。以前映像に収めようとしたのですが、上手くいきませんでした。やはりじかに目の前でやらないと伝わりませんが、良き師に教わって、是非自分で出来るように挑戦してみてください。
2018年チラシs

6月21日(木)第15回日本橋富沢町樂琵会「薩摩琵琶古典から現代へ」
場所:MPホール(日本橋富沢町11-7 KCIビル地下1階)

時間:19時開演

料金:1500円

出演:塩高和之(琵琶) ゲスト 石田克佳(琵琶 お話)

演目:祇園精舎 城山 風の宴  他

問い合わせ  03-3662-4701 (小堺化学工業)

orientaleyes40@ yahoo.co.jp オフィスオリエンタルアイズ

他では聞けない話を聞くことが出来ると思います。是非是非お見逃しなく!。

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