肉体の音楽

夏は大体、昼間ほとんど家の中に居て、夜になると徘徊するという、ちょっと危ない傾向にあるのですが、Youtubeや配信の映画なども楽しんで、夏休みを満喫しております。加えて只今我が街では七夕祭りの真最中。色んな張りぼてが商店街にぶら下がってます。左の写真は今年の金賞受賞作品。右の写真は一昨年の話題作。

トランプ

この頃は夜になると暇に任せてちょくちょくと小さなライブに顔を出したり、人に会ったりしているのですが、仲間達とよく話しをしている中で、よく「肉体的な音楽」ということが話題になります。近頃は肉体を感じるような音楽が少ない、と皆さんジャンル問わず一様に言いますね。「枠を飛び出して行くようなエネルギーや、飛びぬけた個性」を感じないということのようですが、私も同じことを思います。私はもう少し付け加えると、影や闇というものが音楽から消えてしまったようにも思います。時代そのものが闇や影を抹殺し、今迄影にあってこそ存在していたものを消してしまったのか、それとも音楽家にろくな人材が居ないのか・・・・。
ジャズを聴いても、皆、物凄く上手くなっていますが、フォーマットは確かにジャズなのに、ジャズをジャズたらしめていたもの~陰影のようなもの~を感じないような演奏が多いと感じますね。私は時代のセンスというだけでは片付かないものを感じています。

ドビュッシーもラベルも、ピアソラも、パコ・デ・ルシアも、オーネット・コールマンやコルトレーン、エリック・ドルフィーなども、皆登場した時は当時の評論家には理解されませんでした。それが現代ではスタンダードをなっているのです。つまり当時の理論や常識、習慣を越え、考えられないことを平気でやって行くことが、時代を先へと押しやって、音楽がさらに豊かになって行ったのです。そんなことがクラシックでもジャズでも、そして日本音楽でもここ200年ほどずっと続いているのではないでしょうか。
日本人は理論というと絶対的に固定された出来上がったもののように思いがちですが、ほとばしるようなエネルギーは既にある枠などに収まっていられる訳が無いのです。だから既存の知識や理論などではとてもそのエネルギーを受け答えることが出来ない。彼らが時代の先端を走れば、理論も常識もそれに伴ってどんどんと変化して行くんです。演奏者としては、とどのつまり拠り所になるのは、いつの時代も自らの肉体しかないのです。

日本の音楽においては、音楽学者が西洋音楽の理論を使って日本の音楽を分類し、民謡音階などを理論付けして分析していますが、私にはそういう思考そのものが、足かせのように思えてならないのです。これからは邦楽にも音楽学が大変重要になるとも思っていますし、大きな功績を残した方もいらっしゃるのですが、風土と肉体から出て来た音楽を、洋楽の理論を使って分析して体系付けたところで何になる?、という想いが、正直な所拭えないのです。
我々芸術に携わる人間がそんな洋楽を基準にした分類の中に身を置いていては、何も生み出せない。あらゆる分野でどんどんと壁や常識が破られ、新たなセンスが闊歩し、理論や定義を毎日のように塗り替えているこの時代に、決められた枠の中に居ようとすること自体が音楽家の姿とはとても思えない。音楽は時代と共に新しい音楽が創られ、それがまた次世代に受け継がれ古典となって行くのです。今迄もこうして時が刻まれてきたことを思えば、創造こそが我々の仕事なのではないでしょうか。少なくとも今あるものを保存することは仕事ではない!!。

マイケルブレッカー

たとえ既成の理論から外れていても、それが気持ち良ければ、後から何でも理論になって行くものです。ドビュッシーでもシェーンベルクでもそうではないですか。80年代に活躍したマイケル・ブレッカーのアドリブなどは、強引にクロマチック上昇して最終的に合えば良し、という単純豪快なものでした。とにかく勢いがあって、圧倒的な迫力があって、最高に格好良かったですが、こういう強引なまでの格好良さがあるからこそ、ジャズそのものが活性化し、レベルも中身も進化し続けるのでしょう。その強引な発想を生み出す原点こそがジャズの核であったろうに・・・・。

確かに作曲する時には、既成の理論や構成の知識などは便利です。若い頃は朝から晩までそんなことを勉強していました。しかし演奏となるとそんな「お勉強」はぶっ飛んでいかないと、何も出て来ない。ドもレもないのです。自分の熱き創造性と既存の理論が合わなかったら、新しい独自の理論を創ってしまう位でちょうど良い!!。演奏しているこの身から出てきた音だけが正解なのであって、何とかスケールやモードが正解ではないのです。

人間というのはちょっとばかし勉強してしまうとすぐ囚われる。賞なんかもらうのも、名前を頂くのもそうですが、すぐに小さな所を土台にして、つまらないプライドを持ち視野を狭くしてしまう。かの宮本武蔵は「観の目強く、見の目弱く」と言い残していますが、目の前に見えるものを追いかけるようでは、武道家でも音楽家でも、何も成し得ませんね。

時代が刻一刻と変化している以上、どんなものであれ時代と共に形は変わるべきです。むしろやり方も形も変わって行かない方がおかしいし、旧来の枠中で優等生面をしているような人にはエネルギーは宿りようがないのです。大人たちが眉をひそめるようなものこそが次
世代スタンダードになってゆくのは、クラシックでも、ロックでも、ジャズでも、タンゴやフラメンコでも、歌舞伎でも琵琶でも皆同じです。それは時代が証明しているではないですか。

肉体がざわめく音楽をやって行きたいですね。

伝統と洗練

先日、長唄五韻会に行ってきました。毎年やっている会なのですが、ここ数年はなかなかスケジュールが合わず伺えなかったので、久しぶりに粋のいい長唄をたっぷりと聞いてきました。

五韻会s私自身も平成19年の第15回の時に、五韻会同人の福原百七さんに声をかけてもらって、百七さんとデュオで出演したことがありますが、私は元々邦楽舞台のデビューが長唄福原流の寶山左衛門先生の舞台でしたので、長唄は私にとって邦楽の中でもわりと身近なところにあります。

百七さんとは寶先生の舞台でご一緒してから、ライブやらレコーディング、演劇舞台など色々と一緒にやってきました。現在の福原流家元 百之助さんと私と百七さんの三人で百七さんの作品の初演などもやったりして、何かと縁が深いのです。
中でも、もう廃刊したオーディオベーシック誌の付録CDの録音は想い出深いですね。故香川一朝さんも参加して、平安時代の秘曲啄木から、尺八古典本曲・長唄・筝曲、最後は拙作の「ルナリアンダンス」にアレンジを施して、全員で収録したのは良い想い出です。

オーディオベーシック

私は何時もこのブログでは琵琶の「うた」について書いていますが、現行の薩摩琵琶唄にどうにも不満を感じてしまうのは、最初に長唄を経験しているからかもしれません。今回改めて長唄のトッププロたちの演奏を聴いて思うのは、とにかく「うた」のメロディーの多彩なこと。たゆたうように情感をうたい上げるかと思えば、丁々発止と場面を盛り上げ、語り物調にストーリーテリングもする、それに音楽全体の構成に大変バリエーションがあり、バラードからアップテンポまで実に多彩に表現して行く。正にオペラと同じなのです。薩摩琵琶のようにどれも曲の構成が同じで、節も単純な型しかない音楽とは全く持って出来が違うのです。

紀尾井ホールチラシ
私の本格的な邦楽舞台出演の最初のチラシ 於 紀尾井小ホール
これだけの内容を持った音楽が出来上がるには、江戸二百五十年間の発展と洗練があったからでしょう。エンタテイメントとして、次々に新たな演目を作り出し、工夫に工夫を重ねてきたからこそ大衆に支持され、だからこそこれだけの多彩な表現と魅力が洗練されて来たことと思います。やはり薩摩琵琶のように世間に広まってからまだ100年程度で、尚且つ流行った時期も軍国時代のほんの数十年というものとは根本的に違うのです。

永田錦心2今、薩摩琵琶は実に嘆かわしい限り。明治という、初めて日本が世界に開かれた新しい時代に、新しい琵琶楽を創ろうと生涯を捧げた永田錦心師はさぞ悔しがっていることと思います。残念ながら師の志を継ぎ、次の時代の琵琶楽を創る人が続きませんでした。正直な所、今の薩摩琵琶は「うた」だけをとっても、とても長唄の足元にも及ばない、と私は感じています。私は「うた」を創る人では無いので、器楽の曲をどんどん創り発展させていこうと思いますが、是非「うた」を創る人も出て来て欲しいですね。技量だけでなく、それを世に知らしめる活動が展開できる、永田先生のような器を持った人がぜひとも登場して欲しいものです。
寶先生 大分能楽堂公演20001-2

節一つ、奏法一つでも洗練されて行くには何百年という時間が必要です。しかしもっと重要なことは、時間よりも時代を牽引する人物が居るかどうかという事。そういう方が居て、尚且つそういう人物が代々続いていかないない限り、ただ保存されているだけで形しか無い骨董品になってしまうのです。

音楽が洗練され、継承され、次世代の音楽として受け入れられてゆくには、どれだけ志を受け継ぐことが出来ているかということ。そこにかかっているといって良いでしょう。形や組織を守ることでも、上手であることでもないのです。

音楽はエンタテイメントであろうがアートであろうが、時代と共にあってこそ音楽。長唄も現代に寶先生のような方が居たからこそ、改革と洗練を経て今があるのです。上の写真は若き日に大分能楽堂で、寶先生と演奏した時に記念撮影したものです(私はえらい緊張した顔してますね)。この会では寶先生の作曲作品 笛と琵琶の為の「花の寺」という曲を、寶先生、寶先生のお弟子さんの福原百桂・百華さん、そして私の4人で演奏させてもらいました。こういう機会を頂いたからこそ、私は今こうして琵琶奏者として生きて行けているのです。あの頃の私はまだ箸にも棒にもかからないような存在でした。まあ今でも大して変わりませんが、そんな私のようなものを、こうした舞台に立たせてくれたことに、心から感謝しています。これも寶先生の、そして長唄の懐の深さなのでしょう。

2010-6
寶先生追悼の会(2010年) 上記写真と同じ大分能楽堂にて 福原道子、福原百桂各氏と「花の寺」を演奏中 

五韻会の演奏を聞きながら、琵琶にもこういう洗練が必要だと心底思いました。永田錦心という偉大なる存在の志を今こそ継承していかないと、本当に後は無いと思います。薩摩琵琶はこれから古典音楽となって行けるかどうかの境目に来ているでしょう。目の前のプライドや、表面の形に拘っているような小さな器と視野を抜け出して、50年100年という先の発展を見据える次世代の永田錦心のような人物が、ぜひとも出て来て欲しいですね。残念ながら私は自分の音楽を創り上げるので精一杯なのですが、そんな人物が出てきたら、それこそ精一杯の協力と支援をしてあげたいと思います。

気持ちが引き締まる一夜でした。

真夏の月

連日の猛暑ですね。皆様お変わりないでしょうか。

13年前に発表した「沙羅双樹」のCD。「沙門」収録
先日は東洋大学での「道元研究国際シンポジウム」、ストライプハウスでの「ストライプセッション2018」共に良い形で務めることが出来ました。道元シンポジウムでは拙作「沙門」を演奏したのですが、何かしっかりとした手ごたえを感じました。「沙門」の詞は「修証義」「正法眼蔵」から抜粋したもので、個人の感情などを表したお涙頂戴的な名調子が全く無いのです。自分が「うたう」ことの一つの形として、こういうものは良いなと思いました。ストーリーテリングをやるから感情が入り込んで、目の前を表現しようとするので、時間軸が前に進まない「詩」ポエムをやれば、問題なく素直に語れるのです。琵琶唄の歌詞に強い違和感を持っていた身としては、納得できる内容のものをやれば迷いも無いということをあらためて確認しました。どんなものであれ、自分がやりたいと思うものをやって行きたいですね。

話題が変わりますが、先日は映画を一人で観に行きました。私の地元には映画館(と言えないほどの小さな小さな劇場)がいくつかあり、たまににふらりと立ち寄り観ることがありますが、先日はちょうど珈琲豆がなくなり、仕方なくこの暑さの中、のろのろと買い物に出たついでに、かねてから勧められていた「人生フルーツ」というドキュメンタリー映画を観てきました。
じわりと来る良い映画でしたね。この映画は結構話題ですので、内容はご存知の方も多いかもしれませんが、観終わって、悲しいものでもないのにす~と涙がこぼれ、ゆったりとした暖かいものが自分の中に満ちてきました。席を立つのが惜しいくらいでしたね。
観ながら「自分の人生を自分なりに生きる」ということを特に感じました。これはなかなか出来るようで出来ないもの。それも無理せずにこつこつと・・・。ここに登場する御夫婦は私とは随分違う人生を生きてきた人物ではありますが、形は夫々違えど自分の人生を全うできるかどうか・・・、家に帰り着いて、自分のこれまでをゆっくりと珈琲を飲みながら反芻しました。
日本橋富沢町樂琵会にて photo MAYU

”風が吹けば枯れ葉が落ちる 枯れ葉が落ちれば土が肥える 土が肥えれば果実が実る こつこつ、ゆっくり”
この言葉が映画の中で何度も繰り返されますが、私もそろそろ、この言葉のようにじっくりと生きる時期に来ているんじゃないかと思いました。今まで自分なりにやってきたつもりですし、僅かながら作品も創ってきました。他の価値観を軸とせず、なんでも俺流でやってきました。しかしちょっとこれからはガツガツと突進するだけでなく、良い意味で速度を落としてみるのも良いんじゃないか・・・・・。そこから見えてくる音楽があるんじゃないか・・・。とそんな風に思いました。

こうして我が身を振り返っていたら、ふと以前TVで見たとあるベテラン民謡歌手を思い出しました。その筋では有名な方のようでしたが、ロック(とはいえないような)バンドをバックに、若作りしてパワフルに歌い踊る姿には、還暦をとうに過ぎた男の脂ぎった自己顕示欲と、パワーを押し付けるだけの、深みを全く感じられない音がありました。私はそれを見た時、強烈な違和感を感じ、その姿を未だに良く覚えています。
photo 川瀬美香

もしかすると私はあの民謡歌手のような勘違いと傲慢さが、この身にのどこかにあるんじゃないかな・・・?。と自分の姿を思いました。私は自分なりに生きることに拘ってきましたが、少なくとも世の中と共に、自分のペースで、何かに抗うこともなく自然に生きることは、まだまだ私には出来ていない。つまりペースがまだ出来上がっていないんだな、と感じました。

  映画の御夫婦のライフスタイルも素敵だったけれど、それよりもそうした「形」ではなく、無理なく自分の人生を自分なりに「こつこつ、ゆっくり」全うする気持ち。そこがとても素敵でした。是非私自身もそうありたいものです。
月1
北鎌倉の月
最近は夜、月を見上げることが多くなりました。地球の自転と共に日々姿を変えながらも、月はいつもそこに存在します。雲があれば朧月になり、晴れれば煌々たる満月となります。この間は剣のように細く鋭利な三日月も見ることが出来ました。
私もその時々で対応しながら、この世の中と共に「こつこつ、ゆっくり」自分の生き方がまっとう出来たらいいですね。

休息の時間2018

今月頭の演奏会で、演奏会が大体一段落着いたので、ここ2週間ほどはのんびりしていました。ちょっと暑さにバテ気味でもあったので、家の中で前回ブログで書いた大工哲弘さんのCDを聴いたり、昼間からビール片手に映画を観たりして、プチ夏休みを満喫してました。

道元研究国際シンポジウム s2018-7-22ストライプ1s

しかしながらあまりのんびりとしてもいられません。今週の土日はまた演奏会があるので、週明け辺りから少し身体と心を整えています。やっぱり年齢的にも、あまりのんびりしていると退化してしまうので、のんびりしながらもアンテナはしっかり張っていないといけませんな。弾くのは全然大丈夫ですが、やはり身体は普段から整えておかないと姿が崩れます。
土曜日は東洋大学にて「道元研究国際シンポジウム」があり、私は初日の懇親会の時に拙作「沙門」を演奏する事になりました。道元研究者の世界のトップレベルの先生方が集るので、おのずと気合が入ります。
日曜日は六本木のストライプハウスにて、美術や身体表現、音楽などの前衛アーティストが揃ってパフォーマンスを繰り広げる「ストライプセッション2018」があり、私はパフォーマーの坂本美蘭さんとトリを務めます。

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これまで色んなことをやってきたのですが、それらをやってこれたのは、休息の時間があったからです。ツアーであちこち廻って毎日のように演奏したり、色んな仕事であらゆる種類の演奏をやったりしていると、ありがたいとは思うものの、いつしか技の切り売りとなって、活動しているという充実感だけで満足してしまいがちです。何かを創りだしてゆくには、のんびりと昼寝をする位の時間も必要なのです。本と読み、様々な芸術に触れ、自分の内面を見つめ、自分の音楽について深く想いを巡らして、哲学や芸術性の部分を洗練させていかないと、良い作品は生まれ出ません。
曲を一つ創るにしても書いては消し、試しに弾いてみてはやり直しと、そんなことを延々と繰り返さなければ出来上がりません。まあ言い訳半分で、昼間からのんびりしているのも大切なのです。何かを創り出そうとしている心を自らに持っていれば、休息はきっと何かをもたらすと思います。

セミナー3-sアゼルヴァイジャン バクー音楽院での日本音楽特別講座にて
邦楽では、「己の芸を磨く」という発想の方がやたら多いのですが、私はそういう邦楽の芸は、ほとんど眼中には無いのです。勿論高い技術や深みのある芸は良いのですが、得てして個人の技芸を聞かせるという所で終わってしまう。芸術家として何を表現したいのか、という所がすっぽりと抜けて、こなれた技や芸を見せたがる。これでは芸人としてはともかく、表現者や芸術家とは私は思えません。これは今のジャズにもいえる様な気がします。

私が少年時代から感激したアーティストは皆、独特の世界がありました。今でもよく聴くラルフタウナーの1979年の作品「SOLO CONCERT」などは、一瞬でその世界に取り込まれ、最終的には演者の技も姿も消えて、世界だけが立ち上がるような、そんなところまで持っていかれます。
今、邦楽もジャズもかなり衰退の極みにありますが、その原因はやはり舞台に立つ人の意識ではないでしょうか。己の世界を極めるのは結構だと思いますが、己の世界が本当に次世代に、そして世界に向いていますか・・・?。自分という小さな牢獄に留まっていませんか・・?。そこに夢はありますか・・?。
何時もこのブログでは永田錦心や鶴田錦史の事を書いていますが、私はお二人の技や芸に感激した訳でもなんでもないのです。お二人のスタイルをやろうとも思わないし、特に好きでもありません。しかしお二人が見せてくれた琵琶楽の新たな境地、つまり「夢」を、その演奏と活動の中に感じたのです。だから彼らが独自のやり方でやったように、私なりのやり方で、その夢を受け継ぎたいと思ったのです。

今迄でいろんなジャンルのアーティストを聴いて来ましたが、皆そこには心を震わせるような、独自のほかでは味わえない世界があり、夢がありました。技芸が上手いかどうかなんて、感じたことも考えたこともなかった・・・・。独自の世界、魅惑的な世界に誘ってくれるような音楽家が少なくなりましたね・・・。

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ウズベキスタン イルホム劇場にて拙作「まろばし」演奏中 指揮編曲はアルチョム・キム

時々こういう夏休みがあると、リセットが効いて思考も深まります。たまにはこうして我が身と、我が身を取り巻く世界を振り返り、見つめ、軌道修正するところはして、自分の歩むべき所を確認するのは良いことです。舞台に立つ事が目的になってしまっては、何も生み出せません。創り出すことが芸術家・音楽家の使命であり、私の使命でもあります。
20代の頃は作曲家の石井紘美先生から色んな話を聞きました。「アートとエンタテイメントの違いは何?」と問いかけられ、ろくに答えられす、ただ「格好いい」位にしか返せませんでした。感覚で観ることと、論理で観ることの両方がないと芸術は作り出せない。そんなことも教わりました。ジャズギターの潮先郁男先生からは「自分自身の持ち味を大切にしなさい」といわれましたね。今になってようやく判ることが本当に沢山あります。

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Photo Mayu

結局今の私は、私を導いてくれた先生方の言葉を自分の中で昇華することで成り立っているように思えて仕方ないのです。自分でガツガツとやってきたようで、実は導かれていたというのが、今の私の心境です。多くの教えをもう一度想い出し、今の自分の姿に問い聞かせ、また明日の力にしてゆく、そんな時間が私をより私らしくさせて、次のステップに持ち上げてくれるのです。
そして願わくば、こんな私の音楽や活動が、風となって次世代に少しでも吹き渡るといいですね。

昼間のビールもなかなか良いものですね。

うたうということⅢ

八重山民謡の唄者 大工哲弘さんからCDが送られてきました。

大工CDジャケット

大工さんは言わずと知れた八重山民謡の第一人者。私からすれば大先輩なのですが、16年ほど前、私が1stアルバム「Orientaleyes」を出した時、大工さんのお弟子さんが、私のCDを大工さんの元に持って行ってくれて、それを聴いた大工さんからメッセージが来たことからお付き合いが始まりました。今迄何度となくお互いにCDを出す度に贈りあって、感想などを頂いたり、送ったりしてきたのですが、実はまだお会いした事が無いのです。

photo T.Fujita
大工哲弘1
大工さんとは世代も違うし、音楽も全く違うのに、こうして交流が続いていることにとても感謝しています。琵琶関係者や琵琶ファンという立場ではなく、一音楽家として私のCDをずっと1stから聴き続けてくれているというのは、実にありがたいのです。ある意味とても冷静に私のこの15,6年の変遷を見ていてくれているのが大工さんなのです。

世間にいち早く沖縄の音楽を紹介し、決してショウビジネスに寄りかからず、自分の活動を貫いてきたそのスタイルには敬服しかないですね。こういう唄を聴くと、本当に色々なことを想い、感じます。

私は「うた」が好きなのです。このブログでもオペラから西洋の古楽、ジョン・レノンやボブ・ディラン、森田童子、尾崎豊まで書いていますが、子供の頃最初に歌手を意識したのは、ロバート・プラントでしょうか。その後ジミヘンやBB・キングのように、ギターも凄いし「うた」も良いという人達のものを随分と聴きました。クリムゾンなどは「うた」というよりも曲そのものに心酔していましたね。30歳の頃はなんといっても波多野睦美さんにもうやられていて、朝から晩まで聴いてましたね。また今頃になってカレン・カーペンターの声の深さに感激したりして、「うた」は常に私の傍にありました。今では「上手い」歌手が溢れかえっていますが、いくら上手くても、その先の魅力がないと、ぐっと来ませんね。

そのせいか奄美や八重山の民謡の素朴な「うた」には深く心揺さぶられます。八重山民謡は大工さんから、そして奄美の民謡は奄美の唄者 前山真吾君と一緒にツアーをして、その魅力をしっかりと受け取りました。これらの「うた」は本当に心から出てくる「うた」であり、余計な衣が全く無いストレートな純粋な「うた」なのです。ジャンルではないですね。

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日本橋富沢町樂琵会にて

正直な所、琵琶唄にはこの心からの「うた」が感じられないのです。だから私は琵琶唄からどんどんと離れてしまうのです。まあ歌詞の内容が最大の理由ですが、大声出してコブシまわしているスタイルも力を誇示しているようで、父権的パワー主義満載のその感性は、どうしても自分のうたう「うた」とは感じられないのです。
私は器楽の面では最初から何のストレスもなく自分の思うようにやってきたのですが、「うた」に関しては、流派で習ったものから抜けられませんでした。早い段階で琵琶唄から脱却していたら、もしかすると今でもうたっていたかもしれません。しかし私にはそれが出来なかった。

これ迄琵琶奏者としては本当に多くの演奏の機会に恵まれ、仕事も数多くやらせてもらっています。それも自分で作曲した曲でお仕事をずっとさせてもらって来ました。こんな琵琶奏者は他には居ないと思います。これからもこの方向で、琵琶奏者として充実した活動をやって行きたいと思いますが、大工さんの「うた」をあらためて聴いていると、私が時々うたう琵琶唄は「うた」ではないですね。声は使っていますが「うた」ではないです。根本的に大工さんのうたう「うた」とは全く違いますね。やはり私は器楽の人です。

大工CDジャケット2Photo T. Fujita

このCDは4人の唄者が集って作られたもので、サブタイトルには「琉球弧の島々を往還して運ばれた謡と唄との奇跡的邂逅。八重山諸島~沖縄本島に伝わる異名同曲を集めて繋ぐ。現役最高唄者4人、夢の共演による画期的南島歌歌謡集」と書かれていますが、正にその通りで、沖縄音楽が好きな方にはたまらない2枚組み全41曲のCDです。

ライナーには、制作を担当した藤田正さんがこんなことを書いています。「稲の一粒までも神からの果報と涙した離島の民が口ずさんだ旋律が、年を経て、光り輝く首里王府の古典音楽へと変貌する・・・・歌はさらに繰り返し繰り返し、幾度となく交じり合い離れ、南洋の空と海によって清められ、わたしたちの島唄となって今に至っている」

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素晴らしい言葉ですね。今の邦楽・琵琶楽が忘れてしまった心が、このCDには溢れています。残念ながら琵琶唄はこの足元にも及びません。私はこうしたCDを聴き、演奏に接することで、自分自身を見つめ、徹底的に自分自身になって行くことが出来ます。こうした体験が、より豊かな音楽を創り出し、演奏活動へと繋がって行くのです。自分に向かないことをやっていても何も成就しないし、心からの湧きあがる音楽も出て来ないのです。「私はもっともっと自分らしい姿になって行きたい」。CDを聴きながらあらためてそんな想いが湧きあがってきました。

それにしても何故琵琶楽は皆、目先の声のテクニックやパワーを誇示し、肩書きを追いかけ、それをお見事とばかりに目指してしまったのでしょう。残念でなりません。私には琵琶の「うた」はなかなか創れないと思いますが、リスナーの心を揺さぶるような「うた」を琵琶楽で聴いてもみたいものです。

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