秋雨の頃2018

すさまじい台風でしたね。今年は台風や地震が相次ぎ、その被害も甚大となっていますが、日本の風土だけでなく、今までの価値観や感性が通用しなくなり、日本社会そのものが変化をしてゆく途上にあるような気がしています。大変な時代となりました。どの分野でも、今後の10年20年を見据えるような視野が必要ですね。

とはいえ日々の暮らしに振り回されている身としては、夏の暑さから解放され、涼しくなってこれから体が自由になる感じがしています。先日、伎芸天の姿に接してから、気分の方もぐっと落ち着いてきました。

2018「二つの風出会いコンサート」s
京都光明寺公演の手作りチラシ

毎年この時期は、面白い仕事が来る時期でもあります。それまでやったことの無いような仕事や、行ったことの無いような場所での公演が必ず毎年入るのです。
今年も月明けには京都烏丸今出川の光明寺さんにて、声明と琵琶&笛という企画の演奏会があります。そのすぐ後には東洋大学での文化講座、そして佐渡の人形浄瑠璃「猿八座」との共演、さらに極楽寺稲村ヶ崎アートフェスティバルでは、アナン邸での演奏もあります。また月末には毎年恒例の地元阿佐ヶ谷のジャズストリートというジャズフェスがあり、今年はひと時琵琶奏者という自分を忘れて、一段とはじける予定です!。
seingakubiwaH氏がいつも弾いていた琵琶
この時期はまた変化の時期でもあります。仕事の内容が変わってくるのもこの時期ですし、人とのお付き合いも変化して行くのがこの時期なんです。不思議なのですが、初秋を境に少しづつ変化して、年明けには別の形で新たな仕事が始まって行くのが常なのです。

ここ10年程の時間は私に大きな変化と充実をもたらしました。自分の中のポジティブな面はより大きく歩みを進めた一方、ネガティブな面も浮き彫りになり、正に学びの10年だったと思っています。その10年という時間を導いてくれたのがH氏です。5年前、氏が突然に虹の彼方へと旅立ったこの時期は、やはり何か一つの終わりと新たな始まりの季節として、私の中に定着しています。

「はからい」とはよくここで書くことですが、大いなる存在を何かしら感じるようになったのも、H氏の影響が大きいですね。自分のこれまでを考えると、この「はからい」を感じずにはいられない、というのが正直な所なのです。
私は仏教の哲学性や、世界観には元々とても興味があったので、仏教に詳しかったH氏の言葉はすんなりと入って来ました。よく原始仏教の話などを聞かせていただきました。ただ私はパワースポットなどといって神社めぐりをするような、その手のマニアの感覚は全く持って無いので、先日の伎芸天を見ても、自分の中であれこれ感じることはあっても、仏像や神社仏閣に対し盲目的にすがってありがたく拝むようなことは一切しません。どれだけ有名なお寺であろうと、権威権力に対してへつらうような姿勢は持ち合わせていません。そんな私のスタイルも、H氏はすんなりと受け入れてくれたのです。
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5年前の私 光が丘美術館演奏会にて

人は、何を考え、どこを見ているかで、まるで変わってしまうものです。同じものを見ても、感性が違えば全く違うものに見えます。また人の姿も、感性によって、服装から目つきから、姿勢体型まで変わってしまう。自分は自分だと思っていても、その「自分」にまた囚われて、振り回され、本来の自分の在り様が見えなくなってしまうものです。
私は、自分が思うように、欲望のままに生きてきたように感じていましたが、H氏に出逢って、自分を取り巻く鎧に気づかされました。憧れやら上昇志向やら、本来そんな鎧は背負わなくてもよいのに、いつしかそうした鎧を自ら着せてしまう。人間は業からはなかなか逃れられない生き物なのでしょうね。年を経るごとに、人間の心とはかくも脆いものかと感じます。

秋篠寺5秋篠寺4采女祭1s
初秋の秋篠寺と采女祭(猿沢池)

5年前、H氏のお葬式の日は、朝からずっと霧雨のような雨が降り続いていました。それはどうしてもH氏の死を受け入れることができず、現世の想いを断ち切れない自分の心に降り続く雨のようでした。5年が経って、自分のやり方で歩んで行けるようになりましたが、H氏によって気づかされた多くのことは、今でも大切な記憶として私の中に息づいています。こんな経験を通して年を重ねていくんでしょうね。

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H氏に連れて行ってもらった、千葉香取市にあるスリランカの仏教寺院 蘭花寺

この秋はまたきっと何かを私にもたらしてくれることでしょう。それによってまた私は次のステップを踏み出して、新たな曲を生み出して行くと思います。

古仏の微笑みと朧月

今週は、関西にちょっと用事があったので、ついでに奈良にも寄ろうと思って行ってきました。奈良にいる間に、次の東京での用事がキャンセルになったので、そのまま奈良~京都・金沢経由~高岡~富山~長野~松本とぐるりと廻って帰って来ました。

興福寺と朧月

実はこのところ私の周りで「伎芸天」の話題が盛り上がっていて、何だか無性に気になっていたんです。伎芸天といえば秋篠寺ですが、今回の奈良行きはその伎芸天に逢いに行こうということで思いついたものでした。考えてみれば秋篠寺にはもう15,6年行っていないので、今回は何かのお導き??という感じで行ってきました。

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左:秋篠寺の苔むした庭  右:御堂外観

行った日の朝早く雨が降ったせいか、境内はとても静謐な雰囲気で、参拝の方も誰もおらず、しっとりとした静寂が漂っていました。境内の庭はびっしりと苔むしていて、足を踏み入れただけで清浄な空気に包まれるような感じがしました。
奈良はもちろんのこと、どこにも国宝級の有名な神社仏閣はありますが、観光客目当てのお店が並び、みやげ物の売り子が待ち構えているような所が多い中、秋篠寺はそういう俗なものが一切無く、私の思い描く清潔で、静謐で、ゆったりとした気に満ちたお寺の姿そのものなのです。

静寂の中、長いこと伎芸天の前に佇んでいたら、いつも何かと戦ってしまう自分の心の弱さが見えてきました。自分に揺るぎ無いものがあれば、ちょっとしたストレスがあっても、それに囚われイライラしたり、戦おうとしたりする必要は無いのです。つまりは揺るぎないおおらかな心を見失っていたということです。これ迄自分一人で何でもやってきましたが、それ故、心が硬直していたのでしょう。良い気付きを頂きました。

何かすっきりとした気分でホテルに帰ってみると、メールが入っていて、東京での仕事が無くなり、2日ほど丸空きになりました。それじゃあ「乗り鉄」の本領発揮という事で、次の朝早く京都に出てサンダーバード号に乗って、琵琶湖を眺めながら一路金沢へ。金沢はもう何度も歩いているので、食事をしてすぐに在来線に乗り換えて高岡へ直行しました。
高岡は地味な町なのですが、旧い町並みが残っていて、いつかゆっくり歩きたいと思っていた街なのです。JRの大人の休日倶楽部のCMで見た方も多いかと思いますが、派手さは何も無いのですが、静かで良い所なんですよ。

高岡小百合チェアー2

歩き回るのも疲れた頃、アンティークなギャラリー喫茶があったので、珈琲を飲みに入ったところ、そのお店で某大女優がJRのCMを撮影したとのこと。お客さんが誰も居なかったこともあって、私はその大女優が座ったという通称「小百合チェアー」に座らせてもらって、ゆっくりしてきました。

夜は富山に泊まって、次の朝早く長野へ。長野では、故 香川一朝さんと最期の演奏会をやった、かるかや山 西光寺へ参拝。もうあれから8年も経ったかと思うと、感慨深いものがありました。
昼前には松本に向かったのですが、ここから「乗り鉄」心が一気に盛り上がりました。長野から「篠ノ井線」という在来線に乗ったのですが、これがもう最高なのです!!。この線は以前にもレポートした小海線と共に、とても標高の高い所を通るのですが、なんと言ってもハイライトはスイッチバックをする「姨捨」という駅。ここは古今和歌集に始まり、謡曲の題材ともなり、芭蕉にも

俤(おもかげ)や姨(おば)ひとりなく月の友

と詠まれた絶景の場所。姨捨は棚田が有名ですが、「田毎の月」と古来より詠われてきた名月の里でもあります。この駅ではスイッチバックをするために何分か止まることもあって、この眺めを見るために篠ノ井線に乗る人も少なくないと思います。いや~素晴らしい眺めでした。今度は月を眺めに、夜乗ってみたいですね。

松本城
そして最後は松本の街へ行きました。松本も旧い町並みが残っていて、お店も古くからのご商売のお店がまだ健在なので、居心地のよい街なのです。高岡のような地味で静かな所ではありませんが、都会の姿と旧い街が良いバランスで共存している素敵な所だと思います。

また今回の旅では、行った先々で良い感じの店に当たりました。最近お酒の好みがすっかり30代の頃に戻って、もう洋酒一本やりなのですが、どの街でも美味しい料理と旨い酒にありつきました。特に奈良で見つけた三条通にあるCOCK-TAILというお店は、私好みのウイスキーと、ちょうどいい感じのイタリアン系の料理のレベルが高く大満足!!。今度また奈良に行く時には寄らせてもらいます。
旅をすると日常から開放されますね。たった数日間なのに、色々な街を見て、歴史を感じ、人と出会い、普段と違う時間を過ごすことが出来、結果として自分を見つめ直すことができます。東京に戻ってきても、日常が新鮮に感じられます。伎芸天に逢いたいという衝動が、ここまで旅を延長させて、多くの体験を与えてくれたのかもしれません。
そして今回の旅では雨にあうこともなく、毎晩、朧月が見えていました。煌々と輝く月も素晴らしいですが、朧月はまた格別です。月に叢雲がかかるからこそ、その美しさを心に感じられるというもの。自分の人生も紆余曲折があるからこそ、かえって自分本来の心の在り様が実感できるのかもしれません。
古仏の微笑みと、叢雲のかかる朧な月が、私に大きな癒しを与えてくれました。

初心ということ

先日、ヴァイオリニストの濱田協子さんのリサイタルに行ってきました。濱田さんとは11月に荻窪音楽祭にて、拙作「二つの月~ヴァイオリンと琵琶の為に」を演奏していただくので、このところお付き合いを頂いています。既に一度琵琶樂人倶楽部では演奏してもらったのですが、とても良い感じに仕上がって行きそうで期待が持てます。
今回のリサイタルは、50歳の節目ということで開いたそうで、定番のバッハのシャコンヌから、ピアノの伊藤理恵さんと共に演奏したフランクのソナタまでたっぷり楽しませていただきました。音楽に真摯に取り組む姿勢に、大変好感が持てる演奏会でした。最期の挨拶では「初心を忘れずに」という事をおっしゃっていましたが、気取らず自分のペースで歩んでいる濱田さんの演奏には、言葉通りの初々しさを感じました。
この間の芝先生の演奏会でも、芝先生が吹く笛独奏を聴きながら、多くのものを通り越して、音楽に向かい続ける先生の姿を見て、少年のようにワクワクとして雅楽を演奏している姿が印象的でした。やはり何か初々しいものを感じましたね。

初心を忘れていけないとよく言われますが、初心とは自分の中の港のようなものなのでしょう。自分の中で節目を感じる時、上手くいかない時、絶好調の時・・いずれも帰る港があるからこそがんばれるし、行くべき先も見えてくる。故郷のようなものかもしれません。先日とある方がこんなことを言ってくれました。

「道が拓けた時こそ、足元を~初心時に輝いた玉を磨き直すと、新たな選択肢が増え、また多過ぎる選択肢を減らせる」

今私は、いつもこのブログに書いてあるように、器楽としての琵琶楽に確実に進んでいるのを感じています。8thCDには「壇の浦」の弾き語りを入れましたが、これが私の弾き語りの最後になるでしょう。琵琶唄はどんどんやらなくなって、そのうち「壇の浦」もやらなくなるでしょう。
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  左:1stCD「 Orientaleyes」    若き日      右:石井紘美作品集「Wind way」

弾き語りをやることで仕事も増えたし、見えてきたものも多々あります。しかし元々私の音楽に「うたう」という発想はありませんでしたし、やっと自分の本来の位置に戻りつつあるという実感がしています。私の足元にあった輝く玉は、まさに「器楽としての琵琶楽」。今その玉を磨き直そうという訳です。私はオペラや声楽が好きでこのブログにも色々と書いていますが、私がうたうという発想はやはりちょっと湧きあがって来ないですね・・・。よき時に、ピンポイントで良いアドバイスを頂きました。

琵琶を最初に手にした初心の頃創った1stアルバム「Orientaleyes」は、未熟な面も多々あれど、余計な衣が一切無く、正に自分をそのまま出した(出すことが出来た)作品集です。勿論「うた」は入っていません。
2ndアルバム「MAROBASHI」には、ロンドンシティー大学で演奏した石井紘美先生作曲の「HIMOROGIⅠ」をLive 録音の形で入れましたが、これも私には大きな大きな出来事でした。コンピューターと琵琶によるこの作品は、「Wind way」というタイトルの石井先生の作曲作品集にも収録され、ドイツのWergoレーベルから発売されましたが、まだネット配信も無い時代に、世界発売となって世に出た時には、自分の活動に確実なる実感を感じたものです(その後Naxosからも出ました)。

そして今年、1thアルバム「Orientaleyes」でチェロと琵琶のために創った「二つの月」を、8thアルバムでヴァイオリンと琵琶の為に改訂した事は、私にとって大きな転機となりました。この曲に新たな意味が生まれ、CDで共演しているヴァイオリニストの田澤明子さんと何度とく舞台にかけてみて、器楽という自分の原点を確認することができました。1stアルバムからずっと心にある「器楽としての琵琶楽」が色んな変遷を経て、今揺るぎないものとして自分の中に確立してきたのです。8thCDには「まろばし~尺八と琵琶の為に」も、若手の吉岡龍之介君とのデュオで入れましたが、この曲を30代の初ライブ以来ずっと演奏してきて、今確実に自分の音楽となっていること実感しました。

京都東山清流亭にて
そして樂琵琶の作品も、このところ笛以外の楽器とやる機会が多く、自分の中で新しい認識をしている所です。本当に樂琵琶に取り組んで、今までに無い分野を開拓することが出来、器楽の琵琶という事に於いて、薩摩とは別の面をここまで斬り拓くことが出来たことは大変嬉しく思っています。大浦典子さんという音楽のパートナーに出逢ったのも大きかったですね。

もっともっと自分らしく在り続けたいと思っていますので、音楽も自分らしい形に突き進みたいと思います。

枯木鳴鵙図
また最近、上記の方とは別の方から「貴方にとって精神の師となる人は誰ですか」と問いかけらましたが、すっと浮かんでくるのは、このブログでもよく登場する、道元禅師が先ず一番でしょうか。良いもの、良い言葉は沢山あると思うし、気になっ言葉はすぐにメモしておく方なのですが、「修行している姿こそが仏である」なんて言葉は常に肝に銘じています。
また多少武道をかじっている身としては、武道家の遺した言葉も結構好きですね。宮本武蔵の「観の目強く、見の目弱く」なんて実に現代社会において大切な姿勢だと思いますし、「枯木鳴鵙図」などの作品からも結構刺激を受けました。また北大路魯山人の著作や伝記、作品などからも多くのインパクトを受けています。

音楽的にはもう文句無くマイルス・デイビス。勿論コルトレーンやドルフィーなども良いですね。そしてレッドツェペリン、キングクリムゾン、ジミ・ヘンドリックス、パコデ・ルシア・・。更にドビュッシー、ラベル、バルトーク・・・・ときりなく続きます。何しろ時代を切り開くようなプログレッシブでモダンなものが性に合うようです。スタンダードなものは落ち着く反面、どうも湧き上がるような躍動や煌く生命感が薄いものが多いので・・・。古きものに対し寄りかかることをせず、本当に真摯に取り組み、挑戦をしているようなものが少ないですからね・・。
マイルス2
そして誰よりも一番影響を受けたのは作曲の師である石井紘美先生かもしれません。20代の頃、石井先生に出逢っていなければ、わたしは琵琶弾きには成っていなかったでしょう。当時音楽的に燻っていた私を見て、私の元々持っている質(玉)を見抜いて、この道を先生が勧めてくれたからこそ、今があるのです。これだけは確実です。

これからは、思うことを思うようにやって行きます。これまでもそうしてきましたが、更に純度を高めて思うことを思うようにやって行きます。あまり経済は伴わないので、派手な活動は出来ないかもしれませんが、どこまでも自分らしい形でやるのが、やはり一番しっくり来ます。そのためにも初心という港に今一度帰る事が必要ですね。

初心の頃輝いていた玉を、今こそ磨く時が来ているようです。
PS:もう一人、気になる人が居ます。それは平経正。何故かいつも気になるのです。

雅道

先日松渓中学校創立70周年記念雅楽演奏会に行ってきました。この中学校は我家の近くなのですが、地元のイベントなどでよくお世話になっているH木さんがここの卒業生で、今回世話人役をやっているとのことで声をかけていただきました。

このチラシの通り、芝祐靖先生はこの中学校の第一期生で、今回は自身が音楽監督を務める伶楽舎を率いての公演をやってくれました。第一部は越天楽や陪臚など古典雅楽の演奏と舞楽陵王。そして第二部。これがなんといってもじ~~んと来ました。
芝先生は現在83歳。7,8年前に見た時よりも随分とお年を召されて、杖をついてよろよろ歩くような状態で舞台に出てお話をされたのですが、もう声も絶え絶えであまり聞き取れませんでした。しかし龍笛の独奏をやると言って、先生の龍笛独奏による代表曲「一行の賦」を吹き出したら、ぱっと軽やかに音が響いて、朗々とメロディーが流れ出したのです。

この笛には惹き付けられました。上手いとか下手とかそう云う事でなく、人生を雅楽の発展と研究創作に賭けてきた芝祐靖という一人の人間の軌跡を見るような想いで、引き寄せられるように聴いていました。多分先生が舞台で笛の独奏をやるのは、これがもう最後ではないかと思います。地元の記念行事だけに、外からのお客様はほとんどおらず、いわゆる雅楽ファンも見当たりませんでした。この演奏のことを雅楽ファンに言ったらさぞ羨ましがる事でしょう。とても貴重な時間を体験したという気持ちで一杯です。

芝先生が居なかったら雅楽はどうなっていたんだろう・・?。想像もつきません。先生は笛の名手としては勿論のことですが、作曲家としても200曲以上の作品を書いておられます。オーケストラ作品から、敦煌琵琶譜の復元曲、邦楽器を使った現代曲、などなどそれはもう日本の芸術音楽史に残る作品を数多く残してきました。楽部に居ながら、任期途中で「もっと雅楽の研究創作をしたい」といって退官され、そこから怒涛の如くともいえるようなスピードとウルトラハイレベルで雅楽を芸術音楽として世界に広めました。武満さんの「秋庭歌一具」を世界の名曲にしたのも芝先生です。源博雅、藤原師長に続く日本音楽史に燦然と輝く天才として、現代そして未来の日本音楽を描き出して見せてくれたのは芝先生であり、唯一の偉大なる存在と言っても、誰しも頷くことでしょう

私は先生のCDを何度も聞いて、樂琵琶の作曲に取り組みました。敦煌琵琶譜、天平琵琶譜などの復元曲には特に影響を受けて自分の作曲の参考にしましたし、樂琵琶の1stCDは芝先生に送らせていただき、紀尾井ホールでお会いした際に挨拶もさせて頂きました。

この日は後半で「迦樓羅」を吹いてくれたのですが、これは伎楽を復元創作したもので「天竺からの音楽」というCDに入っているものです。これを独奏で吹いてくれたのです。私はこのCDにも大変に影響を受け、何度も何度も聴いて来たのです。これらの影響があったからこそ、私と笛の大浦典子さんとのコンビReflectionsの3枚のCDが出来上がったのです。その曲を先生が生でそれも目の前で独奏で吹いてくれるとは・・・。感激を通り越して、こみ上げてくるものがありました。

一人の人間が、人生を賭けてやり通してきたその軌跡が、目の前に見えたようなひと時でした。日本のアジアの文化を背負い、それを次世代へと渡し、研究創作してきたその道のりは壮絶としか言いようがありません。
国家とはその文化を持って現されるもの。政治も経済も全ては文化の基盤があってこ成立するのです。芝先生は正に日本の文化を継承し、創造し80数年を駆け抜けてきたのです。その志と軌跡を受け継ぐ若者を育て、更なる未来を視野に入れて、今また子供の為の雅楽を創作し続けておられるその姿は、正に私が目指す姿そのもの。

本当に何にも替えがたい素晴らしい時間を頂きました。私は分野もちょっと違いますが、及ばずながらもその轍を見据え、自分の道を歩んで行きたい。あらためてそんな想いがこみ上げる公演でした。

無垢な魂

愛知~静岡のツアーから帰って来ました。

小栗3今回は小栗家住宅という、半田市にある古民家の座敷で尺八と琵琶のデュオによる公演、そして豊田市にある地元の農村舞台での公演、ホールでの公演、最期はこのところ定番となっている沼津の牛山精肉店でのイベントと、様々な形での演奏をしてきました。

そして今回はインド舞踊のエミ・マユーリさんの舞踊団、落語の古今亭文菊さんとも御一緒し、ラストの牛山精肉店ライブでは、笛の相棒 大浦典子さんも駆けつけてくれて、賑々しくやってきました。

愛知での写真が来てないのですが、沼津では義経の兄 阿野全成(今若)のお墓のある大泉寺や、これまた沼津の定番 柿田川にも寄ってきました。
阿野全成1柿田川3
左が阿野全成のお墓 右は柿田川、第一展望台からの眺め

旅をすると色々な出会いがあります。初めて会う方も多いですし、久しぶりに会う方も結構います。とにかく沢山の人と出会うのです。私はこれが実に楽しみなのです。音楽の現場というものは非日常ですので、そこで出会う人も、日常とは違う新鮮な気持ちで接してくれる事が多いですね。今回も10代の若者から80代の方まで実に多くの人と出会いました。
非日常の場に居ると、常識や因習から解き放たれるのか、皆さんのはつらつとした無垢な心を感じる事が多いです。小栗家住宅で共演した尺八の矢野司空さん(現役のお坊さん)が、法話の中で言っていましたが、「人は皆無垢な魂で生まれてくるけれども、生きていく中でそれが捻じ曲がってしまう」と・・・。私もご他聞に洩れず、随分と捻じ曲がって歪みの中で今生を生きていることと思いますが、この歪みを開放し、無垢な状態に戻してくれるものが音楽・芸術なのかもしれません。
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岡田美術館にて
感動という言葉は安易に使われている感もありますが、感動を覚える時、人は自分を取り巻く常識や因習、しがらみなどから開放されているのではないでしょうか。関心するという程度では、この開放は味わえない。全てを放り投げて心を奪われるからこそ、日常から開放されるのだと思います。音楽だけでなく、自然の風景に触れた時にも心が開放され、無垢な魂が甦りますね。
そして人が無垢な心の状態で居る時、何かそこには大きな、そして静かなエネルギーが満ちているような気がします。そういうエネルギーを感じる時はいつもさわやかな感触があり、こちらの心のこわばりも、いつしか消えてゆきます。今回も行く先々でそのエネルギーを感じました。
柿田川6柿田川第二展望台からの眺め
音楽や芸術が自然ととても近い存在であるのは、夫々が持っている無垢なエネルギーが共通しているからなのでしょう。表面の形ではなく、内側の心の問題です。いくら伝統の形のものを演奏しても、演奏者に捻じ曲がった心が満ちていたら、やはりそこにはエネルギーも無垢な心も見えてきません。むしろ少しばかり上手なために、自分の存在を誇示するような低俗な精神が、かえって浮き彫りになってしまいます。音楽家は常に音楽に対して、真摯且つ無垢な心で接しないと何も響かせる事は出来ないのです。
この柿田川の滔々と湧き出る富士山からの湧水を眺めていると、輝くばかりの生命を感じます。またその生命を見つめていると、自分の中のひずみや余計な衣が剥がれ落ちて行くようで、自然と無垢な状態へと誘ってくれるのです。
社会と共に生きざるを得ない人間は、どうしても社会の常識やルールを無視しては生きられない。他者とのコミュニケーションから愛が育まれると共に、大いなるストレスも生まれるのは世の常です。そういう中でいつしか無垢な魂がゆがみ、様々なものに囚われ日々を過ごしています。
そこをもう一度この湧水のようにまっさらで無垢な生命に戻すには、音楽が必要なのかもしれません。世界中どの民族にも独自の音楽があることを思うと、音楽を創り出すという事は、人間に与えられた、生きてゆく為のとても大切な特殊能力なのかもしれませんね。
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笛の大浦典子さん,俳優の伊藤哲哉さんと
今年は夏から秋にかけて地方公演が続き、多くの場所で、沢山の出会いを件検する事が出来ました。私はこうして色々な場所に連れて行かれ、その旅の中で多くの事を学び、考え手行くのが、与えられた人生なのでしょう。
この度はまだまだ終わりません。来月は頭に京都、そしてまた愛知、静岡、鎌倉、秩父と続きます。この人生を全うしたいですね。

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