ジャズストリート

この週末は、地元阿佐ヶ谷の街を上げてジャズのフェスティバルが開催されました。

私も土曜日には参加させてもらったのですが、初日の金曜日は、私が「これぞ!」というミュージシャンに声をかけて、ライブのコーディネートをさせて頂きました。

先ずはヴォーカルの石川真奈美さんとギターの岩谷耕資郎さんのデュオ。そしてTsの佐藤公淳さんのトリオにスペシャルゲストで、AsのSOON・Kimさんに入ってもらうという、いずれも超豪華キャスト!!。真奈美さんのヴォーカルはいつもながらいい気分にさせてくれます。聞き惚れるとはこのことですね。そしてKimさんと公淳さんの2サックスのフロントはもう凄いのなんのって。さすがにNYで腕を磨いただけのことはあります。Kimさんはオーネット・コールマンの愛弟子。公淳さんはルー・タバキンの愛弟子という本場のジャズの薫陶をしっかりと受けてきた二人は、もう音色から何からまるで「モノホン」なのです。

私はKimさんと公淳さんを是非いつか会わせて、この2トップで演奏してもらいたいと思っていたので、この日は自分が聴きたい形を自分でプロデュースしたという訳です。写真はピンボケになってしまいましたが、二人とも180センチをゆうに超える大柄な体格も相まって、とにかく音が大きく、息にスピード感があり、とんでもない迫力なのです。2トップでセロニアスモンクの「I Mean You」「Straight, No Chaser」をやってくれましたが、もう会場は一瞬にしてNYになりました。凄い凄い!。

石川さんは様々なギタリストとのデュオの演奏によるアルバムを幾つかリリースしているので、今回はそのアルバムでも共演している岩谷さんとのデュオでやってもらいました。とても息の合った演奏で、石川さんの歌にも、曲が終わる度にやんやの喝采が飛んでいました。色々なところでライブをやっているので、是非行ってみて下さい。一押しお勧めです。

ジャズは時々聴きに行くのですが、こういう興奮はなかなか味わえないですね。久しぶりにモノホンのジャズに酔った一夜でした。

この楽しさが邦楽にも欲しいのです。どんな場所でも気軽に楽しめ、且つレベルも高く、充実した内容の音楽を聞かせる事が出来るというのは本当に素晴らしいこと。格式ばって、体裁が整わないと出来ないようでは、一般のリスナーが離れてゆくのも仕方がありません。

京都 天性寺にて

私は琵琶樂人倶楽部や日本橋富沢町樂琵会で、もっと身近に琵琶楽を聴いてもらえるように、ここ10数年やってきましたが、邦楽がもっと日本人の身近な音楽となるように、これからもやって行きますよ!!。

邦楽にもっと音楽の快楽を!!。もっとリアルな音色を!!。そして熱き魂を!!。

千代の寿

昨日、第16回日本橋富沢町樂琵会「薩摩琵琶と筑前琵琶聴きくらべ」をやってきました。今回のゲストは田原順子先生。

私が琵琶で演奏活動を始めた30代の頃、日暮里に伝統邦楽専門のライブハウス「和音」というお店がありました。私はそこを活動拠点にして毎月のように演奏していたのですが、その一番最初の出演の時、田原先生がいらしてくれて、「あなた面白いわね。名刺か何かないの」と声をかけてくれたのが、先生との最初の出逢いでした。
その時は笛の相棒大浦典子さんと私の代表曲(当時は出来たてほやほや)の「まろばし」を演奏したと思います。まだ私が勢いだけで中身も何にも考えずに突っ走っていた頃でした。田原先生は、そんな私にその時から着かず離れず、ずっとエールを送ってくれたのです。

私はあの頃も今も、自分で作曲したものだけを演奏して廻っています。流派の曲は今迄舞台では一切演奏したことがありません。楽器もオリジナルモデルですし、流派や協会というものにも属していません。こうした今私がやっているような独自の活動をもう30年40年前から展開してきたのが田原先生なのです。私はいわば先生の背中を見て、これ迄やってきた訳で、紆余曲折、幾多の失敗を重ねながらも、あまり迷うことなくやってこれたのは、田原順子という先達が居たからこそです。私が田原先生の新しい琵琶楽を創造するその姿に憧れて、その轍を乗り越えようと、がんばってきたのです。

声をかけてもらってから20年以上経ち、やっと私の会に先生をお呼びする事ができたことは、実に実に嬉しい事でした。私は滅多に「あがる」なんて事は無いのですが、昨日は妙にそわそわしてしまって、ミスを連発してしまいました。

昨夜は、家に帰ってから、この20年ほどの事を想い出し、やっと何か一区切りついたような、ワンステップ上ったような、一段落着いたような・・・そんな気分に浸りましたね~~。
こんな2ショットが撮れるとは、あの20年前の「和音」のライブの時には思いもよりませんでした。ずっと演奏活動をやってきて良かったな~~~~。

昨日の会で、先生は筑前のご祝儀曲「千代の寿」、そして宮沢賢治の「龍と詩人」を演奏してくれました。「千代の寿」は何か日本橋富沢町樂琵会を寿いでくれているのかな??なんてことを思いながら聴き、「龍と詩人」は私の好きな文学作品でもありますので、その物語の世界にすっかり入ってしまいました。

田原先生はご自分でもよく言っていますが、いわゆるテクニシャンではありません。大声が出るとか、コブシが廻るとか、早弾きできるというものとは対極に居ます。邦楽人はともすると目の前の「お上手」「お見事」を追求してしまって、音楽を忘れてしまう人が多いのですが、いくら技術が見事でも、音楽が聞こえないようでは、ただの素人の手慰みでしかありません。
先生の演奏は、何よりも音楽が聞こえてくる。そして語っている世界に導かれる。お見事な声で宮沢賢治を語るのではなく、先生独自の声と語り口で、その描かれている世界に誘ってくれるのです。

琵琶人の中に田原先生のような方が居て本当に良かった。こういう人が居なかったら、琵琶はただのお稽古事となり、衰退どころか絶滅していたかもしれません。永田錦心~水藤錦穣~鶴田錦史と続く創造の精神が、今、田原先生に受け継がれているのです。
時代と共に在り続けるのが音楽。新しい時代に新しい琵琶楽を創り、琵琶の新時代を築いた永田錦心の精神は、残念ながら組織の中では今や全く忘れ去られしまいました。既に永田錦心存命の時から、門下の中で目の前の技巧に走り、お見事を自慢する風潮が吹き荒れていましたが、永田錦心はそれをたいそう嘆いていました。しかし彼の創造の精神は、水藤・鶴田という女性達によって細々ながらもしっかりと受け継がれ、現在では田原先生に受け継がれています。

昨日私は「風の宴」という曲を弾きました。先人の起こした風を我が身に受け、それを次世代へと届ける、そんなメッセージを込めた曲です。
永田錦心から田原先生まで受け継がれた風を私が受け、そして次世代へとその風を渡す事が、これからの私の仕事です。
昨夜は、この20年を振り返り、そんなことに想いを馳せた一夜となりました。

秋月賦2018

今週はいよいよ、あの田原順子先生をお招きして日本橋富沢町樂琵会をやります。田原先生は私が琵琶で活動を始めた最初の時に声をかけてくれた先輩でして、それ以来何かと声をかけていただいています。先生は、オリジナルな活動で琵琶楽の最前線を担ってきた、正にパイオニアとも言うべき存在。

私が今、こうしてオリジナルの楽器を作り、独自の活動が展開できるのも、田原先生のような先駆者が居たからです。私と田原先生とでは、全く演奏スタイルは違いますが、琵琶の最前線という点では、とても共通するものを持っています。まだ活動がどうなるかわからない最初の頃に、こうした先輩にめぐり合えたのは実にラッキーな事でした。心強かったですね。
いつか御一緒したいとずっと思っていましたが、昨年末、田原先生に出演を打診したところ、快く引き受けてくださり、あれからちょうど一年、やっと実現するという訳です。

田原先生と私がジョイントで演奏をするなんて事は、先生と初めてお会いした20年前は考えもつかないことでしたが、今、こうして共演の機会が近づいてくると、何ともいえないものが込み上げて来ますね。
このところ、活動を始めたころの感覚が次々に甦ってきているのですが、今回の共演もその一つなのだと思っています。滅多に聴けないスペシャルな企画。是非是非お越しくださいませ。

18日木曜日19時開演です。

日本橋富沢町樂琵会にて

最近は色んな部分で自分を取り巻く変化を感じています。身近なところでは、先ず食の好みが変わりました。あまりお酒を飲むほうではありませんが(?)、最近は呑むのはもっぱら洋酒(主にウイスキー)。20代30代の頃の好みに戻ってしまいました。食べ物も少しづつ変わってきて野菜中心になり、小麦粉や卵、甲殻類や生魚、鶏肉の摂取もかなり減りました。貝はよく食べます。何故なんでしょう・・?。
音楽面では、より自分らしくなってきて、弾き語りはどんどんとレパートリーから消えて行ってます。今回は「経正」を弾き語る予定ですが、こういう弾き語り曲をやるのも、これからかなり減ってくると思います。

阿佐ヶ谷ジャズストリート2017-2何か一区切りの時期なんでしょうね。まあ自然の流れに身を任せているので、なるようになると思っていますが、私は作品を創り、それを演奏して、私の世界を表現するのが仕事。より自分らしいものが出て来て、自分の表現すべき世界が明確になってきているのは、良いことだと思っています。
また最近は私の音楽的原点でもあるJazzにも自由に接しています。ライブで聴くことも多くなりましたし、楽しみで演奏する事も多くなりました。今年も阿佐ヶ谷ジャズストリートに参加するのですが、その他にもライブハウスで演奏したり、ジャズミュージシャン達と付き合いの場が広がっています。

これからの曲創りについても色々な構想が沸いて来ていますし、これからの活動にこそ、私の本来の姿が素直に出てくるのではないかと思っています。元から肩書きもしがらみも無いので、私自身の心がより開放されれば、どんどん自分らしくなって、自分の表現する音楽が形を現してくるのは当然のこと。
日々多くのものと出会い、また別れもありますが、今、私が自分の向かうべく所に向かっているのだな、という実感があるのです。

写真がなくて残念ですが、先日の鎌倉アナン邸での演奏の夜は、三日月が朧に輝いて、なんともいえない風情を演出してくれました。何のけれんも無く、自在にその姿を変え、与えられた所で存分に輝く月の姿は、自分の一つの指針のように思えます。

これからが楽しみです!!。

風を見る

東洋大学での特別授業、豊田市「てぃいだカンカン」での文弥人形との共演、そして定例の琵琶樂人倶楽部と立て続けにやってまいりました。

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上:左 佐渡の文弥人形「猿八座」の方々と、右 東洋大学での特別授業にて、
下:左 琵琶樂人倶楽部 平曲の津田さん、右 オリジナル筑前琵琶の小二田さんと愛子姐さん
東洋大学はこのところ御縁のあるところなのですが、今回は学生に向けての授業という事で、琵琶の歴史に日本の歴史を搦めて、ざっとですが説明させてもらいました。学生達は皆とてもフレッシュで、中にはジャズ研に入っている生徒もいて、何かと話も盛り上がりました。
豊田の会場は小さなスペースではありましたが、二回公演で二回とも満席。お客様の反応も結構なものがありました。猿八座とは初めての共演でしたが、この形には可能性を感じますね。人形の表情の豊かな事!。人間の役者よりもずっと身に迫るようなリアルさで語りかけてくれます。また是非共演してみたいですね。

先日の京都もそうでしたが、最近何か風のようなものを感じます。それもとても新鮮で新しいさわやかな風を感じるのです。

オリエンタルアイズmarobashi
1stCD「Orientaleyes」2ndCD「MAROBASHI」

最近は目まぐるしいほどに仕事に追われていますが、ほとんど弾き語りはやっていません。思う形になってきたことで、妙なストレスも無くなり、本来の水を得て、泳ぎ回っているという気がします。琵琶で演奏活動を始め20年、ようやく一巡したのか、1stアルバムの「琵琶に可能性しか見ていなかった」頃と同じような風が自分を取り巻いている、そんな感じがしているのです。やはり私の音楽は器楽に極まるのでしょう。
自分で弾き語ると、どうしたって声に意識が行ってしまうし、声で表現しようとしてしまう。琵琶奏者は琵琶で表現出来てナンボ。声に寄りかかってはいけません。歌で表現したのなら、歌手として歌に専念すべきです。中途半端では魅力ある音楽は創れないので、やはり私は器楽に重きを置いてゆくこのやり方が合っているようです。

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若き日 京都清流亭にて
何しろ琵琶のこの音色をもっと聴かせたいですね。声は素晴らしい歌手や語り手が沢山いるので、私は琵琶に専念して、この妙なる音でリスナーの心を揺さぶる位の演奏家になりたいです。私が20年舞台活動して来て思うことは、リスナーの方も演奏家も、「珍しい楽器」というところで終わってしまっているという事。つまり音楽を聴いていないのです。
琵琶という楽器が珍しい飛び道具のようなものではなく、素晴らしい音色を湛えた素晴らしい楽器であり、且つそこから魅力ある、人を惹き付けてやまない、そんな楽器であって欲しい。それをやるのが私の仕事なのです。その為にはリスナーが最初に琵琶に対して漠然と抱くイメージの数段上を行くような音楽を演奏する事。決して上手やお見事という、旧い価値観で演奏せず、またリスナーのイメージに媚びるような予定調和の演奏をしない事。これに尽きます。先ずはなんと行っても魅力的な曲でなければ人は聴いてくれません。

私はJpopはあまり聞きませんが、スガシカオさんや中村中さんの曲は結構好きなんです。何といっても歌詞が素晴らしい。あの声と、他には無い独特のメロディーで歌われると、もう曲が流れ出したとたんに、彼らの描く世界に誘われて、すっと世界に入ってしまうのです。
私の音楽性とは全く違うのですが、琵琶でもあれくらい人を惹きつける曲が出来ないものかな~~と何時も思います。大声出して、こぶし回して、旧態然とした~今の世の中に到底理解されないような~価値観をうたっている音楽をやっているのは、私には全く理解ができません。

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舞台「良寛」にて

琵琶と声は中世以降密接な関わりがあります。私は器楽を第一に追及しますが、同時に声に関しても、今迄の琵琶歌のあり方を根底から覆して、琵琶と声との新たな関係を創り上げたいと思っています。
実はこれから声を使った四季を寿ぐ作品を、とある方と組んで作曲する予定なのですが、歌をメインにするのではなく、器楽の中に声が入るという形になります。あくまで歌ではなく、楽曲として琵琶の音色が生きるものにしようと思っています。感性も内容も普遍的に幅広い世代に通じるものを専門家にお願いしています。
琵琶の歴史をみれば確かに言葉と共に在ったのですから、言葉を軽んじることはできません。しかし言葉に寄りかかり、魅力的な音色が出せないのでは琵琶を弾く意味がありません。こちらは来年の秋ごろをめどにお披露目をしようと思っています。乞うご期待!。

2016-12江ノ島5

この風が私には目に見えるような気がするのです。20年前も風を感じましたが、20年経ってまた吹き来るこの風は、もう少し優しく、且つ揺るぎなく、聴く人を包み込んで豊かさを運んでくれるように感じます。この風は私が待ち望んでいた風であり、また自分自身の身体に元々吹き渡っていた風のような気がします。この色というのか、温度というのか、匂いというのか、表現は難しいですが、この風を身に感じ、今私の視界に見えているという事は、とても素敵な事なんだろうと思うのです。

響く声 渡る音

京都烏丸今出川にある光明寺にて、声明と邦楽の演奏をやってきました。このお寺は御所のすぐとなりにあるのですが、いわゆる観光寺ではないので俗な感じが無く、すっきりと気持ちの良い御本堂でした。ご住職は声明の指導者として全国で活躍されている方なのですが、何度もお世話になっている滋賀の常慶寺さんの関係で、常慶寺演奏会は元より、5月の百万遍知恩寺での演奏会にも駆けつけてくれて、今回の演奏会を企画してくれました。

滋賀 常慶寺での親鸞聖人御遠忌法要記念演奏の時の様子
今回は第一部が声明、第二部で私と笛のいつもの相方 大浦典子さんと邦楽の演奏をするという内容。今回は九州や広島、名古屋そして関東から住職のお弟子さんたちが駆けつけ、彼らの朗々とした声明が響き渡り、堂内はすがすがしい気に溢れた空間となりました。
真宗の声明には雅楽が付くので、今回は笙・篳篥・龍笛の方も来て40分ほどたっぷりと声明を聴かせていただきました。以前滋賀の常慶寺や還相寺でも私と笛の大浦さんとで、声明に合わせて楽をつけ、親鸞聖人御遠忌法要記念の演奏をやったのですが、声明と雅楽はいい感じで合うのですよ。

「真宗大谷派の声明は声が大きく、オペラで言えばイタリアオペラのようです」と御住職が紹介していましたが、今回は若手のお坊さんたちが、目一杯声を上げてやってくれましたので、正に華やかで、且つけれんの無い、清い声々が饗宴していました。倍音がビンビンと聴こえてきましたよ!。

福島 安洞院にて能楽師の津村禮次郎先生と

こういう演奏会は本当に好きなんです。邦楽はともすると「芸」に陥ってしまい、マニア向けの中途半端な形で終わってしまうことが多く、個人的なお楽しみの世界に入っているものが多いのですが、今回の声明には、そんな中途半端な演奏家意識が無く、またレベルも高くとても新鮮でした。あくまで仏道の一環として、精魂込めて歌うという姿勢には、声明を歌うことに対しての喜びが溢れていました。音楽家もそうでありたいですね。
どんなジャンルでも、アーティストは自ら作品を作って、それを披露して評価を頂いているのです。文学も美術も芸術といわれるものは皆、創り出しています。古典をやっても、ただなぞっているだけではなく、研究を重ね、明確な視点と哲学を持って取り組んでいるからこそのアーティストなのです。「お見事」な芸を披露している訳ではないのです。ここが邦楽人の意識と芸術家の意識が一番ずれているところですね。
声明を聴いていて、もっともっと音楽を創ってゆきたいなと思いました。笛の大浦さんとはこれまでも沢山の曲を創ってきましたが、都の秋風に当たりながら、あらためて今後も新作を創り演奏して行こうと話が弾みました。
今年は私が薩摩のCDを出した事もあって、Reflectionsコンビの演奏会がなかなか出来なかったですが、来年はまた新作を引っさげて色んな場所で演奏して廻りたいです。

今回も終わってからは大宴会。二次会にも参加してカラオケを歌ってきましたが、さすが毎日お経と唱えているお坊さんたちは声が良いですね。
京都ラ・ネージュにて

さて、ここ秋はなかなかの大忙しです。明日土曜日は東洋大学での特別授業。続く連休は豊田市にて、文弥人形の猿八座との共演。戻ってすぐには琵琶樂人倶楽部の第130回定例会、静岡の伊東市、鎌倉のアートフェスと立て続き、18日は第16回日本橋富沢町樂琵会。今回はいよいよ満を持して、筑前琵琶の田原順子先生をお呼びして、薩摩筑前の聴き比べの会を開催します。その後も埼玉のお寺での公演・・・とどんどん続きます。またその合間を縫って、久々にジャズのライブハウスや地元阿佐ヶ谷のジャズフェスティバルでも演奏するので、横になっている暇が無いです。ありがたいことですね。
魅力ある音楽を創って行きたいのです。

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