春の気配2019

このところ天候が不安定ですね。東京でも雪が降ったり、コートも要らないくらいに暖かくなったりして、身体が追いつかないという方もいらっしゃるのではないでしょうか。それでも早、梅の花もちらほら。少しづつ春の気配を感じますね。この春への期待感があるからこそ、寒さもまた愛おしくなるというものですね。

皇居の梅

2月3月は毎度書いているように演奏会が少ないので、曲つくりに邁進(?)しているのですが、閉じこもっていると発想も出て来ないので、普段会えない方に会って芸術談義などしたり、ジャムセッションしたり、色々楽しませてもらってます。
そんな方々と近頃よく話に挙がっているのは、教えるとは何かということです。私のような年になると、皆さん活動はもちろんのことですが、教育者としても第一線でがんばっている方も多いです。残念ながら私は教える事が不得手で、未だに教室などは開いていません。まあそれでも少し付き合いのある所で琵琶を教えている生徒が数人いるのですが、先輩方々のお話を聞いていると、教える事、伝える事、伝統、継承等々これらがいかに大変なことか、年を重ねれば重ねるほどに感じます。

音や金時にて ウード奏者の常味祐司さんと
どんな楽器でも基本の弾き方を先ずは教えるかと思いますが、この基本から出てくる音は「良い音」なのでしょうか?。旧来の形の音楽や概念・感性なら、それは確かに先生の思う「良い音」でしょう。しかし新たな世代の感性からすると、それはけっして「良い音」ではないかもしれません。例えば私は樂琵琶を指で弾いたり、サムピックで弾いたりします。雅楽からすればありえない奏法であり、また音色なのでしょうが、現代の感性では雅楽の基本通りよりも、指弾きの方が心地良く感じる事もあるのです。
かつてエレキギターで歪んだ音を創り出す最初のエフェクターが世に出た頃は、録音エンジニアが「音が汚い」といって録音を拒否したということを聞きましたが、今や歪み(ディストーション)こそエレキギターの命ともなりました。旧いジャズの弾き方では、その歪みはコントロールが出来ないし、そもそも弦からして変えないと鳴ってくれない。つまり時代の感性と共に技も楽器も変わるということです。

鎌倉 其中窯にて Photo川瀬美香

「人間は最初に習った事から逃れられない」最近特にそう思うことが多くなりました。自分が最初に習った事が基本となり、常識となり、そこからしかものを見なくなる。しかしそういうある種洗脳された感性を乗り越え、打ち破っていくのが芸術というものではないでしょうか。
私は、ギターに関しては小学生の頃から個人レッスンで先生について習っているので、自分でも解らない程にかなり一定の思い込みや洗脳があるのだと思います。だからこそ自分の音楽を開花させる為には、ギターではなく、自分の中で色のついていない楽器、つまり琵琶が必要だったのだと思っています。

私は今、四季を題材とする組曲のような作品を創っています。声を伴った作品はやはりオリジナルの形で創るべきだろうと思っていたところ、私の想いを汲んで歌詞を書いてくれる方が居まして,作曲に取り組んでいるという訳です。大声張り上げて押し付けるようにストーリーテリングをする、従来の琵琶唄ではなく、雅楽の焼き直しのようなものでもなく、声を和楽器、雅楽器と共にアンサンブルさせて行く作品にすべく、あれこれと頭の中を廻らしています。

型に乗っ取るのは、一見伝統の継承のような気がしますが、現在でもその型が社会の中に生きていなければ、ただの焼き直しに過ぎません。声と楽器という部分は普遍だと思いますので、普遍の部分は大事にしつつ、当然と思っていたような頭の中のこだわりを開放して行きたいと思っています。
私は琵琶の師匠に細かく教えられた方ではなく、「好きなように弾け」といわれてきた方ですが、それでも最初に習った事はどこかで、創作に於いて「足枷」になっている部分もあるかもしれません。そこを取り払って創りたいですね。

日本橋富沢町樂琵会にて、津村禮次郎先生と
私はけっして伝統を守るというタイプではありません。むしろ最先端を創る、そのためには壊すというスタンスです。しかしながら何時も思うのは、歴史や伝統を繋げ伝えて行くには、守るより創るというスタンスの方が良いのではないかということです。その位でないといくら優等生を量産しても歴史は続かない。創るにはあえて壊す位の旺盛な創造力がないと、流れの速い現代に於いてはあっという間に形骸化して、何を祭っているか判らないお社のようになってしまいます。今衰退の極みにある邦楽・琵琶楽はどうするのでしょう・・・。まあ私が心配してもしょうがないのですが・・・。

若き日 笛の阿部慶子さんと京都清流亭にて

一斉に芽吹く花や草木=生命はただただ純粋に美しいのです。人間の作り出した小賢しい囚われなど、生命の前には何の意味も無いし役にも立たないのです。
古代から続く琵琶楽は、それ自体他に例の無いものとして、日本の生命ともいえるほどに素晴らしいですが、その周りにまとわり付くものをしっかりと見極めないと、いつしか自らが作り出した目の前の形に振り回されて、本来の生命の輝きを見失ってしまいます。音楽、芸術は世のルールや因習を乗り越え、時間も時代も乗り越え、生命を謳歌することこそがその使命ではないでしょうか。そのために音楽があり、芸術があるのではないでしょうか。

音楽芸術に携わる者は、何ものからも自由に精神を羽ばたかせていて欲しいですね。春という季節は、自らの生命の純粋さを見つめ、世に溢れるけれんや因習をさっぱりと洗い流し、本来の輝きを取り戻す季節なのでしょうね。
春を待つ日のつれづれに。

夢のお告げⅢ

今は無き吉野梅郷の梅花(左) 今年の皇居の梅(右)
早1月も終わり、2月に入ると、毎年何ともいえない時の流れの速さを実感します。梅の花も気になるのですが、同時に花粉も気になるこの頃ですね。まあこういう時期には、家に篭って作品を作っている訳ですが、うとうととしながら妄想を逞しくしてあれこれ考えているせいか、毎晩色んな夢を見ます。

私はこんな稼業ではありますが、生活はわりと規則正しい方で、12時頃になれば眠くなり、朝は7時には起きるという、およそ音楽家らしくない真面目(?)な生活をしています。そしてほとんど毎日、荒唐無稽な夢を見ます。何故なのかは判りません。怖い夢はほとんど見ないのですが、最近はもうずっと逢っていないような友人知人が出てくる事が多くなりました。

私には夢判断は出来ないし特殊能力も無いので、それらの夢が何を示し伝えているのかは、一向に判りませんが、見た夢を思い出してみると、その内容は普段から思っていること、感じていることに大体沿っているような気がしています。そう思うと自分にとって今一番やりたい事は何なのか、足りないところは何なのか・・・・見えないこともない・・・?。

山頭火・鴨長明

私は子供の頃から、山の中でひっそりと暮らしたいという隠遁主義みたいな部分を多分に持っていまして、西行や鴨長明、尾崎放哉、山頭火などにはどうにも惹かれてしまうのです。現代社会は、人と人がちょっと近過ぎる。SNSで繋がっていないと孤独を感じてしまったりするメンタリティーは、私にはちょっと異常なものに感じますね。
もちろん都会の喧騒の中に身を置いているからこそ、音楽活動が展開して行くのは重々承知していますが、人間はもっと静かな時間を過ごすことが基本的に必要なのではないか、とよく思います。個としての存在があるからこそアンサンブルが豊かになるのであって、個の自立や孤独に目を瞑って、目の前の楽しさを追いかけ、振り回されていたら、質の高いものは生まれて来ないし、世の中も良い方向には行かないと思うのは私だけでしょうか。
音楽がやたらと派手になり、音数が多くなってきているのも、時代の流れであると共に、人が自分の時間を静かにゆったりと持つ事がだんだん出来なくなってきている表れではないか、と思うこともあります。
キッドアイラックアートホールにて。
ダンス:牧瀬茜、Asax:SOON・KIM 
映像:ヒグマ春夫

私にとって、舞台は夢の中そのものとも言えるので、貴い孤独の中で色々と夢想する事と共に、舞台で体験する事は、そのまま夢の記憶の中に蓄積されて行くのでしょう。きっとそうした蓄積が夢となって表れるんでしょうね。また夢に出てくる場面が思いもつかないシチュエーションになって、様々な登場人物が出てくるのは、舞台で出現する異空間を常に我が身に体験しているからなのかも知れません。演奏する中で、様々なドラマを曲の中で創っていますからね・・・。

舞台でも音楽でも、芸術全般に於いて何時も思うのですが、その現場は常に非日常ということです。舞台だろうが、創作している時だろうが、芸術に心を寄せている時は、常に現実を越えているのです。また感性が現実を越えないようでは、ものは見えてきません。自分の喜怒哀楽に囚われて、心が現実を離れないと、自分の身の回りにしか意識が渡りません。そういう心情ももまた音楽を生み出すとは思いますが、時を越え、国境をも越え、共感され受け継がれて行く芸術音楽には成り得るとは思えません。

西
我々はいわば、音楽をやることで夢の語り手になっているといっても良いかと思います。琵琶の音に、想いを乗せて表現して行くことは、そのまま夢の世界を創っていることと同じなのでしょう。
西行は常に月や花を想い、人生そのものが夢の中にあって、その想いの中で自らの終止符もつけた人ですが、私も起きている間は音楽の事を考え、寝てもまた夢を見ている。つまりしょっちゅう夢の中に居るという訳です。西行のような芸術的センスもレベルも無いですが、同じような人生なのかもしれません。

なるべく長く夢を見ていたいですね。夢を見て、夢の世界を創り出す人生も、なかなか気に入ってます。

午後の日差しの中で

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昨日の荻窪かんげい館での笛と琵琶による演奏会は、ささやかな会ではありましたが、満席のお客様にお越しいただきまして、とても和やかに良い雰囲気で演奏が出来ました。こういうのを本当のサロンコンサートというのでしょうね。久しぶりにこの雰囲気を味わいました。以前はよくこういう会をやっていたので、また少しづつ再開して行こうかと思います。

yoshino-ume5今は無き吉野梅郷の梅
2月3月は、毎年私にとっては演奏会も少なく静かな時です。まあ現実には稼ぎも大切なので、ただぶらぶらしてはいられないのですが、シーズンになると週に3本4本と演奏会が入り、のんびり珈琲も飲んでいられなくなりますので、せいぜい週に一本あるか無いかのこの時期は、英気を養うのに貴重なのです。勤め先がある訳でなし、世間の方々には申し分けないですが、ゆっくりさせてもらってます。そろそろ梅の花も気になる頃ですな。

私は季節の風情を楽しむというのがとても好きで、春夏秋冬どんな天気でも、その時々の季節に身を任せていると、とても穏やかに成れるのです。中でもこの時期、暮れ行く陽射しの中に居ると、いろんな発想が浮かんできます。静かな夜の時間ももちろん好きなんですが、昼過ぎから日が影って行く夕暮れ時は何といっても、心が豊かになる時間です。晴れていれば散歩に出て、古本屋なんぞ巡って喫茶店でまったりしたり、雨の日は家の中でゆっくり音楽を聴いたり本を読んだり、・・ありがたいですね。時にちょっと「これからどうなるんだろうね~~」なんて思ったりすることもありますが、何かを生み出すには、この位でないと何も出てきませんね。
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2018年京都天性寺にて

私は作曲が8割、演奏が2割くらいの感じでやっていますので、演奏一本でやっている方は、もっと日々練習にいそしんでいることと思いますが、私はどんな演奏会でも仕事でも、全て自分で創った曲を演奏しているので、いわゆる練習というものがあまり必要では無いのです。譜面が出来上がった時点でもう完成形が頭にあるので、練習よりも曲を見直したり、どんな演奏会で演奏するか、あれこれ考える事の方が需要なのです。つまり日々何か考えていることが、私の仕事の大半を占めますね。

発想やアイデアはふとした時に突然出てくるものです。きっかけは何でもない言葉だったり、場面や音や、ありとあらゆるものがありますが、その瞬間を迎えた時に自分がどういう状態にあるか、そこが大事ですね。普段からどんな方向でもの観て、どんな志向を持っているか。自分のヴィジョンがはっきりしていないと、そのきっかけもただ通り過ぎて行ってしまいます。

DSC_84412018年福島安洞院3,11法要にて、詩人の和合亮一さんと
ただ音楽活動をして行くには、創っているだけでは成就しません。音楽は聴いていただいてナンボのものなので、聴いて頂くための演奏活動の展開が大切であり、またこれが一番大変でもあります。現代のエンタテイメント&ショウビジネスの世の中にあっては、この部分が正直なところ、私にとっての一番のストレスであり、大きな問題です。

この演奏活動の方に振り回されていると、音楽そのものが充実してきませんので、創作と活動のバランスをとるのは音楽家にとってとても大事です。どちらかに偏ってしまうと良いものは創れませんし、誰の耳にも届きません。このバランスが取れる人だけが音楽家としてやっていけるというのは、よく判っているのですが、悩ましい限りですね・・・。

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若き日 厳島神社にて

実は少しづつ、本当に少しづつですが、活動のやり方が変わってきています。自分で変えている訳ではなく、なんとなく自然と流れが変わるのです。5年前とはやり方が違いますし、10年前とは随分と方向が変わっています。自分の中の志向や音楽的な深まりの部分も大きいのですが、何か導かれるように、少しづつ状況が変化し、その変化につられ、音楽も演奏方法も思考も変わって行きます。

季節が移ろうように、時代も移ろいます。自分は俺流のやり方で生き抜いているつもりでも、実は、時の流れの中で生かされているのだなと、振り返った時にいつも思いますね。

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季楽堂にて photo Mayu
これから自分がやって行きたい音楽や、創って行きたいものは、常に頭の中にあるのですが、活動に関してはあまりガツガツしないようにしています。カーネギーホールに出てやる!!なんて思っていると、音楽がおろそかになって、自己顕示欲だけが増長してしまいます。
今はネット配信で自分の作品を無理なく発表できる時代でもあるので、活動も大切ですが、確実に納得の行く作品を残して行く事が私の課題ですね。

少しのんびりさせていただきます。

美しさと支配

先日、佐渡の文弥人形「猿八座」との共演でで「ちぎりあらば~残された者たち」を上演してきました。素敵な公演になったと共に、人形の魅力をあらためて感じました。
昨年愛知県豊田市にある「てぃだかんかん」にて、初共演したのですが(右写真)、この時の公演がとても印象深く、物言わぬ人形がこれほどに語るのか、と感激してしまいました。それで是非東京でもやってみたいということで、今回の公演の運びとなりました。会場には津村禮次郎先生もお越しになってくれまして、打ち上げ共々楽しい時間となりました。
佐渡と東京ですので、稽古があまり積めず、細かな所が少しあいまいになってしまったのが残念でしたが、これもまた次回への課題ということで、更にこの先をやって行きたいですね。

今回は平家物語「重衡斬られ」の部分をやったのですが、こうした古典を題材としたものをやる度に思うことがあります。それは今日本人が美しいと感じる、その感性の土台はどこにあるのか・・・?ということなんです。「あはれ」「わび」「さび」など独特の美的感覚を持った我々のこの感性は、長い歴史の中で育まれれてきた世界でも稀なものだと思いますが、それらを形創り、根付かせたのは、いわゆる美の巨人達であり、現在の我々は、彼らの感性の中に生きていると言ってよいのではないでしょうか。

千利休世阿弥
利休・世阿弥・西行

それは西行であり、世阿弥、利休、芭蕉・・・。もちろん利休から古田織部、小掘遠州とどんどん新たな感性と形式が生まれて行きましたが、それも利休という存在があったからこそ。もっと辿れば、西行の和歌の世界があったからこそ、ではないでしょうか。

我々は美の巨人達に支配されている。

支配というと抑圧されているように思いますが、さにあらず。魅惑的なまでの美の支配者の世界の中で、我々は嬉々として生きているのです。この美の中に居ると心地良く、この美を持っているからこそ、日本人としてのアイデンティティーを持ち、大いなる幸福を感じ、世界に日本の美を発信しようと思うのです。

また日本人の感性が崩れ、形骸化し、危うくなってくる時には、美の僕~例えば魯山人のような人~が現れ、もう一度日本の感性を日本人に再確認させてくれます。そうしてこの類稀な美の世界は延々と受け継がれてきたのです。この継承は是非今後も途絶えさせないようにして行きたいと思っていますが、私もしっかり美の支配者に取り込まれているということでしょうね・・・。

私は全ての仕事で、ほぼ私の創った曲を演奏します。人の作った曲はほとんど演奏しないし、他の人が創った曲は自分なりに編曲を施して演奏しています。しかしそれだけオリジナルでやっていても、そのオリジナルを生み出す感性の源は、美の巨人達によってこの日本に現され、形創られたもの。どうしたって天才達=美の支配者達が創り上げたこの日本的感性という世界からは逃れられないですね。それは日本の共同幻想とも言えるかも知れません。

私は僕にすらなれないと思いますが、世界が繋がり、日本の美が形を変えて行くこの時代に、これ迄育まれてきた日本の感性を持って創作に挑みたいです。

今度の日曜日は荻窪のかんげい館にて、笛の長谷川美鈴さんと小さな会をやります。「春の風~その様々な姿」と題しまして、春の風にまつわる色々な曲を演奏します。気軽な会ですので、是非お越しください。14時15分開演です。
日本の感性を感じていただけたら嬉しいです。

伝えるという事

先日群馬県の榛東村耳飾り館というところで演奏してきました。館からは「耳繋がり」ということで声をかけて頂きました。なかなか粋ですね。今回は当初、私一人の独演会だったのですが、フリーアナウンサーの久林純子さんが全体のコーディネートをしてくれましたので、せっかくだからちょっと共演してみようと、私から声をかけて、地元の民話の語りと琵琶による短い作品「六月一日の氷もち」もやってきました。
榛東村は縄文時代の耳飾が多く出土している所で、その他遺跡なども多く、旧い時代には文化の中心地だったと推測されるようなロマン溢れる興味深い土地です。また雄大とも言えるような景色が素晴らしく、赤城山の裾野が夕日に照らされる様などは感動的でした。館内も響きの良い所でしたし、地元の方々の暖かい視線も感じられて、演奏も上々。暖かい時間を頂きました。

音楽は聴かせるだけではなく、伝えるという所までやりたいと、何時も思います。私のような地味且つ珍しい音楽をやっていますと、ともすると「やっている」という自分の中の小さな自己満足で完結してしまいがちです。音楽はリスナーあっての音楽ですから、何かしらリスナーとの共感というところまで出来るように、演奏して行きたいものですね。

  

最近話題の「ボヘミアン・ラプソディー」も先日観ましたが、バンドの演奏と観客との一体感は半端ないですね。ライブエイドでの映像では、何万人という人たちが一つになって、歌い共感し、熱狂し、特別な空間と時間が出現する様は、観ていてぞくぞくしました。クィーンはリアルタイムで聴いていたので、ぐっと来るものがありましたね。

邦楽と比べるのは勿論筋違いではありますが、演奏家とリスナーが心を一つにするような状況は、現在の邦楽では考えられないですね。もちろん邦楽なりのやり方があってよいのですが、邦楽にも邦楽なりの熱狂と一体感が欲しいものです。かつての永田錦心の活躍や、鶴田錦史が「ノヴェンバー・ステップス」を初演した時は、そんな熱狂がきっとあったのだと思います。

以前「良寛」の舞台公演のラストシーンでは、能の津村禮次郎先生と私の樂琵琶のデュオで、奇跡ような8分間を味わった事があります。その時は客席が早朝の湖面のように清浄静謐な雰囲気に包まれ、確かに会場の方々と我々二人は、何かを共有したという想いが満ちて来ました。
その時の津村先生は、良寛ではなく、良寛を取り巻く人々の総体と言えばよいでしょうか、能でいうとことの翁のような存在として舞台に存在していました。そこに言葉は無く、淡々と弾く私の「春陽」という作品で、抽象を超えた姿が舞台に現れたのです。

伝えるということは、こちらの想いを吐き出す事ではありません。力を込めて声を張り上げたところで、まあ関心はしてもらえても、そこに共感も感動もないのです。技術の問題ではないので、声が出ていようが、上手に弾こうが、一方向で押し付けても何も伝わらないのです。舞台は常にインタラクティブでなければ成立しません。邦楽はここの部分を忘れているように思えて仕方がないのです。

日本橋富沢町樂琵会にて photo Mayu

今、音楽は世界に配信出来るようになりました。私の作品も既に40曲以上発信しています。勿論世界から反応が来ますし、交流も広がっています。しかしただ配信するだけでは、大声張り上げているのと同じ。伝わらければ・・・・。国境を越え、世代を超え、時代を超えて行く音楽を日本から発信したいものです。

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