純度

猛暑に台風、大変な夏ですね。夏は演奏会が少ないので、このところよく話題にしている「四季を寿ぐ歌」という全6曲の組曲の作曲にいそしんでいます。もう一歩というところですが、これがなかなか進まないのです。まあのんびりやらせていただきます。

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先日演奏会の時に立ち寄った銚子の海(犬吠埼のすぐ隣です)

この夏は部屋に居ることが多いので、かねてから考えていたPCの交換をしました。OSを変えたので色々と大変でしたが、すったもんだの末、とりあえず無事終了。ついでにPC周りの環境もぐっとスリムにして、部屋の中もだいぶ整理しました。
基本的に我が家は物の少ない家で、来る人皆に「ここは仕事場・稽古場でしょ」と毎度言われるような所なのですが(毎日ご飯作っていますよ!)、さすがにレジュメを頻繁に書く都合もあり、ネタとなるような古典音楽・文学・美術、歴史、仏教関連の本や資料が押し入れを占領していました。長いこと生きていれば何かと澱(オリ)が溜まってくるものです。それらを整理し、譜面やCD、レコードなども選別し、古本屋さんに来ていただいて、結構な量を引き取ってもらいました。

改めて手持ちの本やCD・レコードなどを見てみると、以前は必要と思っていたものが、今は「もう卒業かな」と思えるものも、それなりにあるものですね。音楽的な面も、自分の知らないうちに変化しているんものです。こうして年を重ねて行くんですかね・・・。すっきりしました。
1私は大体の事柄について、「足すよりも削る」ということを常に繰り返しています。これは私の性質ということもあるのですが、能の津村禮次郎先生などとご一緒させてもらうと、毎回ぎりぎりの所で相対することをしないと、とても御一緒できるものではありません。余計なものを盛って飾り立てても邪魔になるだけなのです。自分が純度の高い状態でないと舞台は踏めないのです。今思えば、これまで多くの先輩方に、こういうことを教わってきたんだと思います。ありがたいことですね。

元々、必要なもの以外はなるべく持たない。常に身一つに近い状態に保つ。これが昔からの私の矜持なのですが、作曲においても、最初はモチーフから色々と譜面を書き連ねて、ある程度形が出来てくると今度はどんどんと削ってゆきます。この作業が作曲の鍵となのです。
盛って行けば行く程、焦点がぼやけ、表現しようとする本質から遠ざかり、作品の質はどんどんと下がってゆくものです。簡潔であり、またその簡潔性ゆえの抽象性もあるからこそ、リスナーの感性が開き、創造性を持って音楽を聴いてくれるのです。余計な加飾が多い人というのは、表現すべき本質が見えていない。ただ目の前の自分の想いに自分で振り回されて、吐き出しているだけなのです。だから飾り付けて、盛って体裁を繕おうとするのです。

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物や情報が溢れ返っている現代では、「自分にとって何が必要で、何が要らないのか」その見極めは難しいですね。今の時代、よくよく物事自分自身で判断して、自分で取捨選択していかないと、余計なものがまとわり付き、すぐに時代に流されて、自分の本来の目的を見失ってしまいます。またその見極めが出来るかどうかは、その人のセンスであり器でもあります。
琵琶人でも、アイドルや演歌歌手のバックで弾いてTVに出るのが嬉しいという人もあれば、私のようにご免被るという人もいます。目的が違えば、感じ方も全く逆になるのは当たり前。それがその人の個性になり、またそれぞれの音楽を生み出してゆくのです。

私は20年程前に、「HPやブログは私の音楽活動にとって絶対に必要なものになる」と確信しましたので、誰よりも早く始めました。最近のネット配信も必要だと思ったから、邦楽の中ではいち早く始めたのです。逆にスマホは今迄必要と感じたことが無いので、未だ使っていません。SNSも以前少しだけやってみましたが、やはり必要が無いと判断し止めました。
今の世の中、あらゆるジャンルのものが身の回りに存在するので、面白そうなものはジャンル問わず常にチャレンジしてみるのですが、どこかで自分にとって必要かどうか判断をしてゆきますね。

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日本橋富沢町楽琵会にて Vi:田澤明子 photo:新藤義久

自分がやりたいものは何なのか。何故それをやりたいのか・・・。年を重ねれば重ねるほどに考えます。音楽家は舞台に立っているのが何よりも嬉しいので、調子よく仕事をもらっていると、中身はどうあれ舞台を立っていること自体に酔ってしまい、音楽を創造し、思考することを止めてしまうことがしばしばあります。経済面の事もありますし、「舞台に立てるだけでありがたい」という音楽的にネガティブな思考になる人も多く、音楽そのものを追求しようとせず、技の切り売りに走ってしまう。それは音楽家としてとても残念なことだと私は思います。いろんな考え方があると思いますが「食ってゆくための芸」に陥ったら、音楽家はもうお終いだと思っています。まあそこから出てくる音楽も何かあるかもしれませんが・・・。

歌でも演奏でも、本当に心の底から出てきたものかどうか、リスナーにはすぐ判ってしまうものです。頂くお仕事をこなし、上手に演奏しているだけでは何も伝わりません。何故伝わらないか?。それは誰が弾いても同じだからです。自分じゃなくてもよいからです。自分以外の他の人でもこなせるような仕事をしていたら、いつでも誰かにとって代わられてしまいます。だから自分のスタイルや哲学を確立することは音楽家には必須なのです。その時にどれだけ余計なものを取って、自分自身になりきって質を高められるか、そこがとても大切な部分だと感じています。

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キッドアイラックアートホールにて。Per:灰野敬二 尺八:田中黎山 琵琶:塩高

レベルが上がる程に、年を重ねる程に、「何をやるか」が問われている。私はそんなことをいつも考えています。純度が高くなくては、自分の音楽は聴いてもらえないのです。

私は私がやりたいものしかやってこなかった。多少の逡巡はあっても、やっぱり意に沿わないものは出来ないのです。現実の世の中は意に沿わないことだらけで、生きてゆくのもやっとこさなので、せめて音楽だけは、余計なものを削ぎ落とし、自分の純度を保ちたいものです。

古の空へ

先日は猛暑の中、皇居三の丸尚蔵館で展示されている「正倉院御物を伝える」展示会に行ってきました。場所が地下鉄出口のちょうどすぐ近くで、門を入るとすぐに尚蔵館ですので、夏の日差しにもあまり当たることなく助かりました。

お目当ては勿論螺鈿紫檀五弦琵琶です。これは本物ではなく復元されたものなのですが、実によくできていました。またこれは石田琵琶店の作ではなく、木工の坂本曲齋氏が本体を担当し、象嵌を新田紀雲氏、加飾を北村昭齋氏・松浦直子氏が担当して作り上げたものです。また糸は私も使っている丸三ハシモトが担当しましたが、上皇后陛下が育てた、国産の古代種の蚕「小石丸」の繭で作った糸を張ってあるとのことです。

昨年国立劇場での演奏会では、正倉院所蔵の四弦と五弦のレプリカを、私(四弦)と久保田晶子さん(五弦)が弾いて、新作を上演したのですが、その時のレプリカは、形はそのままに装飾の無いもので、演奏を目的として作られた楽器でした。今回のものは、第一級の工芸品として復元されたもので、また趣が違い、とにかく姿が美しかったです。

こういうものが長い年月を経ても伝えられ、また修復、復元されて丁寧に保存されているというのは、実に素晴らしいことです。その豊かな文化を何を差し置いてもリスペクトして行ってほしいですね。

雅楽は素晴らしい伝承力があり、敦煌で発見された琵琶譜など、そのまま今でも読めるのです。千年以上前のものをそのまま伝承しているというのは日本ならでは。アジアは勿論世界でも日本だけなのです。大陸では国境が変わり、民族も入れ替わって行く国が多い中、日本だけはずっと変わらず続いているのです。この世界一の長い歴史と伝承の力を、ぜひ良い意味で誇りにしてほしいものです。

トルクメニスタン マフトゥムクリ劇場でのリハ時

私のシルクロード趣味はなかなか筋金が入っていまして、子供のころからずっとその興味が途切れることはありません。私にとって琵琶は邦楽の楽器というよりも汎アジアを代表する楽器です。特に樂琵琶はまさにシルクロードがもたらしたものであり、その音もそのままシルクロードに飛んで行けるものだと常々感じています。

ウズベキスタン イルホム劇場で、拙作「まろばし」を演奏中 指揮はアルチョム・キム、
バックはオムニバスアンサンブル
シルクロードは単なる悠久のロマンというだけでなく、知れば知るほど、その歴史は壮絶なものがあります。その歴史の中で多くの物や人や文化が行き来し、また破壊もされ、それがまた各地域でオリジナルな形に花開いていったのです。先日見たバリ舞踊でも感じたのですが、その仮面は舞楽の蘭陵王に似たものを感じました。文化はあらゆるところに、様々な形となって伝播してゆくんですね。やはりアジアは古代から繋がっていたんだなと、改めて感じました。

かつてアジアでは漢字が共通言語でした。日本書紀などは外交文書として漢文で書かれていますが、アジア各国で多くの行き来があり、東アジア全体が一つの文化圏だったのです。興亡の繰り返しが延々と続き当時の人々にとっては厳しい場面も多々あったと思いますが、そうした中にあってもアジア全体が繋がり文化が伝播・創造されていったことを思うと、その紡がれた歴史に大いに惹かれるものを感じます。

ジョージア(当時はグルジア) ルスタベリ劇場公演終演後、当時のダイアスポラ担当大臣夫人、グルジア大使夫人と

今、日本は厳しい時代に入っています。特に外交問題は大変ですし、経済や少子化など国内でも様々な問題を抱えています。私のような小さな存在にはどうすることもできないかもしれませんが、そういう個人の小さな声を上げてゆくことは大事であり、正に今はそういう時代に入ったと思います。
日本は世界的に見れば、確かにまだ治安は良いかもしれませんが、もう安心に暮らせる世の中とは言い難くなっているように思えます。事件云々というよりも、人心が今危機に瀕しているのではないでしょうか。国が存続するには、経済も外交もとても大事なことですが、国民が心の豊かさを失ってしまったら、もう存続できません。目の前の楽しさを提供するだけのエンタテイメントばかりが氾濫するようでは、国は危ういと思うのは私だけではないでしょう。是非とも楽しいだけでなく、共感し感じ合えるような音楽が、もっともっと社会の中に出てきて欲しいですね。文化こそ国家であり、人間の基盤だということを、今こそ再認識するべき時代だと思います。

アゼルバイジャン バクー音楽院にて セミナー終演後の記念撮影

これからアジアはもっと協力しあっていけば、豊かな歴史になって行くと思うのは、各国の誰もが思っている事。個人的には各国に友人がいて、親しく付き合っているというのに、国家単位になると喧嘩状態では情けない。確かにそれぞれ負の部分もありますが、是非とも武器よりも楽器を手に取って共に奏でたいものです。

憎み合う、争い合うのは人間の本性という意見もよく言われます。シルクロードの歴史も同じく、人間の歴史は常に争いの歴史であり、だからこそ平和な時代を皆求めるというもの一理あるのかもしれません。しかしながら誰も戦争は望んでいないのです。憎み合い、争い合うのが人間の営みの基本になってしまったら、そこに音楽は生まれるでしょうか。どんなに悲惨な時代でも、基本は平和であり、笑顔があるからこそ、どの国でも音楽が生まれ、受け継がれてきたのではないでしょうか。
音楽の背景に哲学はあっても、音楽はイデオロギーを声高に吠えるものではない。私が近代の薩摩琵琶に於ける軍国的な忠義の心云々の歌詞に違和感を覚えるのもこの一点に尽きます。
音楽は主張し合うものでなく、むしろ自分と違うものに対して橋を架け、手を差し伸べるものであって欲しい。違うものが共存共生してこそ世の中であり、自然というものではないですか。私は今までもそういう想いをテーマにした作品を沢山創ってきましたが、共生こそは地球の存在そのものだと思いませんか。
多種多様な生物が暮らし、互いに生態系を支えて、この地球を形創っている。そこに優劣はなく、すべてが関わり、響き合って成り立っている。人間だけが勝手に優劣をつけて、争い合っているのです。

今までの歴史の上に立つ我々は、これまでの歴史がもたらした素晴らしい文化や芸術をこれからも継承し行くべきだと思います。そしてこれまで繰り返された戦争の歴史を乗り越えて、新たな人類共生の哲学を持たなくては、もう後がない。人も地球も壊れてしまう。目先の利益や小さなプライドで憎しみ合っていても、そこに未来は無いということは誰もが感じている事でしょう。
新たなる未来へぜひ命をつなげてゆきたいものです。

螺鈿紫檀五弦琵琶を見ながら、想いが巡りました。

夏の午睡の戯言にて

バリ舞踊祭り

急な暑さで、体が追いつきませんね。この暑さの中、我が町はただ今七夕祭りの最中でして、更に土日は地元の神社で、恒例のバリ舞踊祭があります。という訳で町が盛り上がっている最中なのです。
この盛り上がりと共に、私の周りでは昼ビールの誘惑が多々ありまして、先輩・友人方々としっかりグラスを重ねている次第です。このところ特に演奏会も控えてないので、気持ちも軽くリラックスして話も弾みます。普段はどうしても週に1,2度は少なくとも演奏がありますので、気分がどこか臨戦態勢のようになっているのでしょう。たまに気分をリセットすると、本人自身だけでなく周りとも良いコミュニケーションが取れるようになりますね。
世の波騒は常の事ではありますが、後に残るようなネガティブなことは、私にはあまりありません。まあ鈍感、厚顔無恥とも言えますが、プレーンな状態で日々居られるというのはありがたいことです。演奏会が続くと、気が付かないうちに顔つきも険しくなってしまいますので、やはり適度なリセットが必要ですね。

五韻会2019

そして先月の終わりには、こちらも夏の恒例 長唄「五韻会」を聴きに行ってきました。もう毎年の夏の楽しみになっています。ちょうど琵琶樂人倶楽部が発足した年(2007年)に、福原百七さんの招きで五韻会演奏会に出演したことがあるのですが、それ以来毎年百七さんから案内を頂いて聴かせてもらてます。良い時間を頂きました。

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トルクメニスタン マフトゥムクリ劇場にて

私は「身一つで生きる」というのが信条でして、なるべく物を持たないようにしています。車も運転しないし、TVもなければ近頃のデジタル系ガジェットともほとんど無縁です。部屋の中もすっきり。私の家に来た人には「ここはお稽古場ですか」としょっちゅう言われます。余計なものがあると落ち着かないのです。このPCが現代とつながっている唯一のものかもしれません。メールも自宅のPCでないと受け取れないという有様ですが、特に不自由もありません。
若い頃は色んなものを、わざわざローンを組んでまで買っていましたが、今思えば、それも良い経験だったとしか思えません。現代人は物を持ちすぎる。私はここ30年程ずっとそう思って来ました。

四六時中スマホにかじりついている現代人の姿は、どう見ても病的な中毒状態でしょう。今はデジタルテクノロジーや物が在ることが生きる基本、基板のようになって、それらがなければ生活が成り立たないように思われがちですが、それは大いなる幻想に過ぎません。きっと心ある人なら誰もが頭では判っている事ではないでしょうか・・。常にものに依存しなければ生きて行けない人生なぞ、私は絶対にお断りです。

山頭火

秘かな憧れ 山頭火

人間はどんな時代でも、テクノロジーと共に生きて来ました。古代には船で外国に行き、鉄を発見し武器を作り戦争を繰り返し、中世には行燈に使う油が普及したおかげで、夜の時間が文化を育みました。確かに車も、電車も郵便も電話もあってこその現代の暮らしですし、そこから文化も生まれて行きますが、今は必要以上に物が世に溢れて、人間が物に振り回されていると感じるのは私だけではないと思います。

人はままならない事を解消するためにあれこれと考えて物を生み出すのですが、対人間は勿論の事、スマホも車も、自分で使いこなしていると思い込んでいるだけで、実はしっかり操られている事が多いのではないでしょうか。
以前鹿児島の熊襲の洞穴に行った時、「もので栄えて、心で滅ぶ」という立看板を見ましたが、昨今起こっている事件を見ていても、まさにそんな時代になったしまっているように思います。
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広尾 東江寺にて

私にとって琵琶は分身のようなものですが、琵琶がないと何も出来ないという音楽家には成りたくないのです。まずは自分の中に湧き上がる音楽があり、それが琵琶によって豊かに響き渡ると思っています。どんなに素晴らしい琵琶でも、それを自分が鳴らさなければ意味はありません。確かに私の琵琶は特別仕様なせいか、弾くだけで何かに導かれるように音楽が沸いて来る事もしばしばありますが、それはまた次元の違う話。たとえパートナーといえども寄りかかって依存していては、何も成就せず、自分の人生は全う出来ないのです。だからこそ、いつも書いているように分身、相方である琵琶に対しては、自分と同じようにリスペクトをして、手入れは常に完璧にしているのです。

時代はどんどんと進んでゆくものですが、音楽の本質は何も変わらないと思っています。きっと人間の営みも、根本のところでは大して変わっていないのだと思いますが、如何でしょうか。しかし人間は表面の形に惑わされ、その時々の出来事や流行に目が行って、いつの時代も右往左往してしまう。
「観の目強く、見の目弱く」とは宮本武蔵の言葉ですが、時代をするどく捉え、射貫く目がなくては、波の上に浮かんで流れに身を任せているようなもの。時代とコミットするのはとても大切なことですし、周りの多くのものと関わりながらも、ただ流されていては、自分の人生は生きられません。

私は自分の思うところを、自分のペースでこれからも生きて行きたいのです。
この夏もゆったりと過ごして、良い作品を創りますよ。

夏恒例 SPレコードコンサート2019

来月の第140回琵琶樂人倶楽部は、毎年恒例のSPレコードコンサートをやります。今年は「永田錦心とその時代Ⅳ」と題しまして、第一部が永田錦心の特集。第二部は色んなジャンルから、ラッパ録音のものと、マイクロフォンが出来てからの電気録音のものを聴き比べていただくように企画しました。

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ご存知のように薩摩琵琶に流派が出来あがり、一般に広まったのは明治の中後期。まだ100年ちょっとしか経っていない若い芸能です。加えて軍国時代とそのまま重なりますので、現代の感性とは相容れないも曲も多々あります。私自身は演奏にあたって、軍国ものや戦の曲などは、定番の「壇ノ浦」「敦盛」以外はずっと避けてきたのですが(それらもかなりオリジナルにしてあります)、今回はあえて軍国時代を象徴するような曲を選び、薩摩琵琶の負の部分とも言える一面をあらためて炙り出して、薩摩琵琶のこれまでの実体を知ってもらおうと思っています。そして今こそ、そういうところから抜け出して、新たなものを次世代に向けた薩摩琵琶のこれからの形を考えてもらいたい、という想いから、こんな企画をしてみました。

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永田錦心の時代は、言い換えれば、薩摩琵琶がショウビジネスに乗って行った時代でした。SPレコードが発売され、永田自身もそのニューメディアのお陰で全国にその名と演奏が広まったのですが、今で言えばネット配信で広がったのと同じ事です。
こうして音楽が全国へと広がり、ショウビジネス化して行くと、どうしても世の流れや雰囲気に添わない訳にはいかなくなります。それは単純に売れないからで、ショウビジネスに於いては、売れないものは価値がないものと考えられてしまうからです。今回かける軍国的な曲もそういう中で録音された事と思います。

音楽が広まるのは結構な事ですが、売る事を優先させるようになると、演者もすぐにそれに追随する「売れたい」と思う者が出てきます。今でもはもうショウビジネス=エンタテイメント=音楽という図式が普通となっていますが、それは大正時代辺りから既に琵琶の世界にもあったのです。こうしたセンスが良い悪いは別として、少なくとも表現活動としての音楽とはまた違う、エンタテイメントとしての音楽になって行かざるを得ないのは、近世邦楽を見ても明らかです。

永田錦心がかなりの頻度で琵琶新聞誌上に於いて、琵琶楽の現状を嘆き、檄を飛ばし、芸術音楽として次世代の琵琶楽を創造する新たな才能を待ち望んでいることを何度も書き連ねているのは、表現よりも「売れる」ことを目的として動くようになってしまい、技芸を凝らして、技を聞かせるようになってしまった琵琶楽を大いに憂いでいたからです。

永田錦心は明治という時代に、新たな価値観とセンスを示し、新たなスタイルを創り上げました。正に当時の最先端であり、創造こそが永田の根本だったのです。しかし永田の後に続く者たちは、その精神を継がなかった。永田の示した創造するという精神の根本は忘れられ、次世代の琵琶楽を創り上げる者は永田が組織した中からは出てきませんでした。むしろ組織から追い出された、水藤錦穣やその弟子の鶴田錦史が新たなスタイルを創り上げたのです(しかしそれもそこで止まってしまった)。新たな時代に、新たな感性で、新たな音楽を作り上げるという創造の精神は消え、未だ技芸や肩書きを競いあっているこの現状を、永田錦心はどんな想いで見ているのでしょうか。

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キッドアイラックアート」ホールにて、Per:灰野敬二、尺八:田中黎山、琵琶:私

日本は近世邦楽辺りから、いわゆる武家や貴族などのようなスポンサーが居なくなり、自らが稼がなくてはいけない状態となり、近世からは三味線の登場と共に、その担い手も一般庶民になってから、大きな変化が生まれました。
三味線文化圏の音楽や演劇は、それまでの音楽のあり方を根底から覆したのです。名前をころころと変えるのも日本音楽の中では三味線文化圏だけです。この音楽の質そのものの変化は、とてもダイナミックで興味深いところではありますが、とにかく近世以降、現在に至るまで日本型のショウビジネスがずっと続いており、何か主張を持って表現する芸術音楽の方向ではなく、歌舞伎に代表されるように、とにかく売れる、受けるというものがもてはやされ、またそれが実現できる芸人が凄いというエンタテイメントになって行きました。

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若き日 宮島の厳島神社にて

永田錦心は日本画家でもありましたし、東京の人でしたから、明治になって西洋の芸術を目にすることも多かったことと思います。また西洋音楽のことにも言及している文面を読むと、当時のクラシックの最先端である、ドビュッシー、ラベル、シェーンベルク、バルトークなどを聴いていたのだと思います。少なくとも、あれだけ琵琶楽に対し主張を繰り返しているのですから、それまでの近世以降の日本型の三味線文化圏の芸能ではなく、あくまで表現活動としての芸術音楽を目指したのは間違いないと思われます。

現在、新たな時代の新たな音楽の創造を目指し、自分が表現する音楽を求めている人は、琵琶人では見かけませんね。演歌歌手のバックでTVに出て喜んでいるような人は見かけますが、永田錦心の精神を継いでいるような人は、未だお目にかからないです。まあ人それぞれですから、好きにやれば良いと思いますが、私は永田錦心というパイオニアの示してくれた道を、微力ながらも更に開拓して行きたいです。是非志を同じにする仲間が出て来て欲しいですね。
琵琶楽が次世代へ向けて、魅力ある音楽を奏でてくれる事を願ってやみません。

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第140回琵琶樂人倶楽部「SPレコードコンサート~永田錦心とその時代Ⅳ」
8月18日(日曜日) 午後6時開演(何時もより早い開演となります。席数が25ほどしかないので、お早めにどうぞ)
料金:1000円(コーヒー付)

お待ちしています。

梅雨空と琵琶の音と

すっきりとしない雨の日が続きましたね。東京はやっと晴れてきましたが、大雨が降っているところもあるようなので、充分に注意をしてください。

大雨の災害は困りますが、私はどうも雨の日になると感性が開くようで、雨の日には気持ちも身体もぐっと落ち着きます。毎年6月から7月の梅雨時期が、何故かやたらと忙しいのですが、今年はそれも一段落着いて、思索・創作に心が向かっています。読みたい本もいくつもあって、特に森有正の著作はまだ読みきれていないものも結構あるので、こういう時期にじっくりと読みたいです。また以前からどうしても創りたいと思っていた作品もソロ、デュオ共にありますし、その他仕上げないといけない譜面も多々ありますので、ちょうどいい環境になって来たという訳です。

またこの時期は琵琶に気を使います。楽器だけは常にベストな状態にしておかないと、私の気持ちが落ち着きませんので、こればかりは仕事の少ない時期でも怠る事は出来ません。
私の楽器は塗装をしていないので、ボディー・絃共に湿気には敏感に反応します。樂琵琶の方はサワリが無いので手間はほとんどかかりませんが、薩摩琵琶はサワリの調整次第で、全く鳴らなくなってしまいますので、常に手をかけて調整してあげないと、使い物になりません。とにかくその調整があまりに微妙でして、例えれば、言うことを全く聞かない子供を連れて歩いているようなものです。途中で泣き出すわ、ブーたれるは、我儘言うは、もう時々本当に疲れてしまいます。

こんな調子ですので、丸一日琵琶の調整をやっている事がよくあります。私の部屋には頻繁に使う琵琶が約五面、その他あまり使わない標準サイズのものなど全部で10面ほどの琵琶が鎮座していますので、サワリや糸のメンテナンスもそれなりに時間がかかります。昨日も一日、分解型の糸口の調整、他中型のサワリの調整などで終わってしまいました。
「みずとひ」にて能楽師の安田登先生と
私は何事に於いても、常に身の周りのものから「勢い=エネルギー」を感じ取って、それに対処しています。激しい人も、静かな人も、夫々エネルギーに満ちている人は、伝わってくるものがありますね。これは楽器からも、もちろん音楽からも同様に感じる部分です。
最近は若手の方々とも、よく御一緒するのですが、勢いを感じる人が多いですね。邦楽界は別として、他の芸術分野には、粋の良い連中が沢山いますよ。自分の行きたい道を嬉々として歩んでいる若者の姿は見ていて気持ちの良いものです。はじけるように自由に動き回るのは、やっぱり芸術家の基本ですよ!!!。勿論先輩方々でも凄く勢いを感じる方も結構いるのですが、若さ特有の華というものは確かにありますね。それが時分の花というものでしょうか。

楽器も同じで、出来上がったばかりの楽器は若い音がします。それはつまり若いエネルギーを発しているという事です。私の手元にはもう100歳越えの楽器や、70歳程度のものもありますが、メインで使っているのは20歳~15歳位のものですので、今が一番盛りの時期で、パワーが漲っています。私はいろんな所に琵琶を持って行き、様々な環境(時に過酷な状況)で演奏しますし、演奏スタイルも、消え入るような繊細な音から爆発音まで「鳴らしきる」のが私の流儀でもありますので、物理的な楽器の力強さも大切です。

大正時代の琵琶(石田克佳さんのお爺様の作品とのことです)

現在私が所有している楽器は、ベテランから粋の良い若手迄、とても良いラインナップで、演奏家の環境としては良い感じですが、夫々気持ち良く鳴っている時もあれば、静かに沈黙している時もあります。楽器も音というエネルギーを発する以上、生き物と同じですので、その時々で表情が違います。メインの塩高モデル中型二面、大型二面、樂琵琶のレギュラーメンバーは、常にフル稼働していますが、やはり夫々コンディションがあるようなので、調子を見ながら使う楽器を選んでいます。

琵琶は西洋の楽器と違って、メンテナンス性がすこぶる悪いのです。サワリだけでなく、絃高の調整も、柱を全部取りはずすか糸口を削るか、はたまた覆手を取り外し接地面を削って角度を変えるかしないと絃高一つ変えられません。もちろんここまで来ると職人レベルの仕事なのですが(私はほとんど自分でやります)、ギターならネジを回すだけで事足ります。サワリの調整など家で完璧にやって来たつもりでも、演奏会場に行くと何だか一箇所音が曇っていたり、鳴らなかったりする事はしょっちゅうですし、場によってはどうやっても響いてくれない時もあります。まあとにかく手が掛かるのです。
当然ですが、サワリ調整のために柱を削ればどんどん低くなってしまいます。低くなれば音程も合わなくなります。音程を合わせるには一度柱を取りはずして、位置を変えないといけません。上手く外れないことも多いし、高さ調節の為、下部に板を足してやることも必要となります。

塩高モデル中型2号機

特にこの中型琵琶とは、日々格闘していると言っていいですね。本当に手が掛かります。しかし時々とんでもなく素晴らしい音で鳴り響いてくれる事があるんですよ。そういう時は惚れ惚れしてしまいますね。かと思えば、どうやってもチューニングが合わず、サワリの音も伸びず、ご機嫌斜めの時もあるのです。以前お坊さんに、この
中型2号機を診て貰った所、女性の魂を持っている楽器らしいのですが(年上の姐さんとのことです)、なかなかの気分屋さんで樂琵琶とは偉い違いです。

それに引き換え大型琵琶は大変しっかりと安定していまして、家で調整をしていけば何処へ持っていっても確実に響いてくれますし、サワリも安定しています。弦長が長いと安定するのでしょうか。それとも作りがかなりがっちり出来ているからなのでしょうか・・・。いずれにしても、さすが家長の風格です。海外公演には何時もこの大型を担いで行きますね。

塩高モデル大型2号機と標準サイズ(塩高仕様)

メンテナンスはサワリ以外にも細かい所に気を使わないと、鳴ってくれません。私のように器楽としての琵琶を演奏する者にとっては、糸巻きの状態一つとっても大変重要な部分で、どれか一つが欠けると演奏が出来ません。他の楽器では、こういう事はギターでもヴァイオリンでも極当たり前なのですが、琵琶人は楽器に気を使わない人が多すぎますね・・・・。
しっかりと自分に合う形に調整できる琵琶人は、これ迄数人しか見たことがありません。これはお金を出して職人にやってもらえばよいという問題ではなく、自分の音を究極まで追及しようとする心があるかどうかという事。サワリは毎日調整が必要なものですし、音色も一人一人違うのが当たり前であって、やってもらってそれでOK などと言っているのは、まだ音楽家としてアマチュアという証拠です。

これまでも書いてきましたが、糸巻きのしまり具合や糸口のすべり具合、柱のエッジの処理、絃の状態、撥先の状態、各柱の音程、各柱の高さのバランス、絃と柱の開き具合etc.等々もうキリが無いくらいです。しかしながら琵琶屋さんが全国に一件しかない現状では、それ位自分でやる人でないと自分の音色は出てきませんし琵琶奏者には成れません。琵琶奏者というのは琵琶を弾いてナンボ。声を使わなければ舞台が出来ませんと言うのでは、琵琶奏者とは言えないと私は思っています。声で勝負したいのであれば、琵琶を弾きながら歌う「歌手」ですと言えば良い。「奏者」というからには楽器の演奏でリスナーを納得させる事が出来て、初めて言えることではないでしょうか。

京都清流亭にて、左:笛の大浦典子さんと、中:笛の阿部慶子さんと、右:筝の小笠原沙慧さんと

これだけ琵琶があると、子供を何人も抱えているのと同じです。残念ながら放任主義では何も答えてくれません。毎日手塩にかけて面倒見てあげて初めてこちらの気持ちに答えてくれるのです。これが一生続くのが面倒という人は琵琶弾きには向いてないですね。まあ琵琶奏者の運命宿命というやつです。

これからまたしばらく、琵琶を向き合う日々が続きます。夫々の琵琶が充分に鳴り響いて、良い常態でいてくれるのが、何よりの私の喜びなのです。

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