静かな暮らし

自粛解除になったとたんに、世の中動き出しましたね。私の仕事の方も動き出しています。5月はeテレの「100分de名著~平家物語」の再放送や、同じく昨年NHK文化センターで安田登先生、玉川奈々福さんとやった公開講座などの再放送が相次ぎ、先日はゲンロンカフェでも安田先生、山本貴光さんと共に生配信をさせて頂きました。また夏以降の舞台公演の話や、レクチャーのお仕事、小さなライブのお話、お世話になっている神田音楽学校のレッスン等々が次々に決まり、そのリハーサルやら何やらで朝から動き回っています。こういう時期に本当にありがたいことですが、今後どうなって行くのか皆目見当がつきません。よく考えて今後の活動をして行くつもりではありますが、何しろ今まで通りという訳には行かないと思います。音楽活動だけでなく、日々の生活についても、これからの人生について考える時期に来ている感じですね。

日本橋富沢町楽琵会にて photo 新藤義久
この3か月、じっと籠っていて、譜面を書いたり、今迄のレパートリーの見直しをしたりしながら、色んな事を考えていました。何かいつもと違う状況になってみると、初めて見えるものが沢山ありますね。一般の仕事でも転勤になったり部署を変わるだけで、人生開けたり、逆にストレスにやられてしまったり、色々とあると思いますが、私のような仕事では、これ位強烈な刺激が、ある意味で今後を考える良いカンフル剤になったようです。また舞台に立つ機会がこれだけ長い間無いというのも初めての経験でしたが、この機会に多くの人とメールでやり取り出来て、楽しい時間でもありました。その中で、こういう時期は「自分自身を分析すると良い」というアドバイスも頂き、これまでの自分の軌跡を今一度振り返ってみたりして、自分の特徴や強み、弱み等々改めて自分自身を見つめる機会になりました。私は舞台に立ってこその人生であり、自分の作品を創り演奏するのが私の仕事、という事を改めて認識しました。

私は以前からタレントとして売れっ子になって、大活躍をしたいという願望は無いので、食って行く為に技を切り売りして舞台に立つなんてことは、私にはストレスなだけです。これまでもそうでしたが、地味で小さな舞台だろうが、大きなステージだろうが、自分の音楽・世界をじっくりと聴いてもらうのが仕事だと思っています。またそれが出来なければ音楽家として成り立たないとも思っています。ギャラを稼ぐ為、スタジオミュージシャンのように演歌歌手のバックで演奏するのは、私には無理ですね。もうそういう仕事はギタリスト時代に色々やりましたし・・・。お陰様で、今私は、本当に細々ではありますが、ほとんどの仕事を自分の創った作品のみでやらせてもらっています。今後もそのスタイルはしっかりと貫いて行こうと思っています。
音や金時にて、フラメンコギター:日野道夫、ウード:常味裕司 樂琵琶:私

そして最近よく感じる事なのですが、私が尊敬している音楽家・芸術家は皆さん、良い環境を作り上げています。そんな方々は何か暮らしと音楽がとてもマッチしていて、自然体な感じがするのです。勿論多くの事を経て、苦労も重ね、築き上げたのだと思いますが、その姿には憧れますね。素晴らしいスタジオや稽古場を持っている方も居れば、フラメンコギターの日野道夫さんなんかは、暮らしぶりは地味ですが、常にギター一本かついで何処にでも出かけ、自由にフラメンコ人生を謳歌しています。
暮らしの形はどうであれ、心穏やかに自分の思う音楽・芸術に邁進することが出来、日々を過ごせる環境があるというのは素晴らしい事です。とある琵琶の先輩は、最近東京を離れ、栃木の田舎に移り住んで自由な暮らしを始めましたが、その方の気持ちも判る気がします。
日本橋富沢町楽琵会にて、津村禮次郎先生(photo 新藤義久)。ルーテル市谷ホールにて、日舞の花柳面先生と
この3ヶ月間、東京の街も少しばかり静かになりましたが、解除になったとたんにまた元の喧騒に囲まれてしまいました。前よりもむしろ世の中が集団ヒステリー状態という感じで、過激なまでの消毒やマスク着用などの街の様子を見ていると、同調圧力が過ぎて、どんどんと生きずらい世の中になって行くような気がしてなりません。
まあ私のような貧乏暮らしでは、好き勝手に生きようと思っても、なかなかそうはいかないご時世ですが、音楽を生み出すには、自分自身の心に先ず静寂がある事は勿論の事、環境にも静寂が欲しいですね。何だかちょっとこれからの人生を考えたいな~~という想いも出て来ました。

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奈良 柳生街道

社会がどんな時代でも、その時代や社会の中で生きるのが人間の運命であるし、どんな環境にあってもその中で作品を生み出して行くのが芸術家です。こういう時代に生を受けたのも一つの運命。しかしその運命の中で、自分が求めるように自由に生きるのもまた人生。

もっともっと自分の思うように人生を生きて行きたいですね。

再会2020

世の中が動き出しましたね。これから世界が、そして日本がどう舵を取るのか。今私たちは岐路に立たされていますね。

先日、ルーテル大阪教会の大柴譲治牧師と一年ぶりに電話でお話しさせていただきました。大柴牧師は2016年迄阿佐ヶ谷のルーテルむさしの教会にいましたので、私はイースターコンサートやらクリスマス礼拝など、事あるごとに教会に行って牧師の説教を聴いていました。また教会では何度も演奏をさせていただき、大阪教会へ移る時には「方丈記」の公演までさせていただきました。
ちょうど一年前、私は突然、大柴先生に会いに行きたいなと思って、関西に用事があったついでに、何のアポも無く飛び込みでルーテル大阪教会に行ってみました。今思うときっと何かに導かれたのでしょう。その時本当に絶妙のタイミングで牧師に会う事が出来、楽しいひと時を過ごさせていただいた記憶がしっかり残っています。
 

先日、昨年の再会の事を大柴牧師が想い出してくれて、Facebookで一年前のこの記事を取り上げてくれたそうです。道理でこのところPVが上がっているなと思っていましたが、そういう事だったのですね。私はSNSを一切やっていないので判らなかったですが、ちょうど一年経って、お互いに色々と想い出すというのも何かの縁かなと思います。事実大柴牧師とはそういう繋がりと感じることがとても多いのです。

ルーテル大阪教会では、今ネット礼拝をやっているので早速Youtube で拝見しました。沢山出ていますので、ご興味のある方は是非観てください。大柴牧師の言葉は、神も仏も判らない私に、どういう訳かすっと入って来て、多くの気づきを与えてくれます。このブログにも色々とその時々での勝手な感想を書いたりしていますが、久しぶりに聴いてまた色々と感じるところがありました。

 

いくつか聞いた中に、「人が一つ場所に集まるというのは、当たり前の事ではないのです。恩寵なのです」(5月24日の説教)という言葉を聞いて、私の中にすとんと落ちるものがありました。

私が普段やっている小さな演奏会も、規模は小さいけれども、それでも特別な時間なんだという事を改めて思いました。集客が出来ない等といつもそんなことばかりを考えていましたが、あまりにも心が小さくなっていましたね。確かに私は宣伝も上手くできないし、エンタテイメントの音楽でもないし、人脈も人望もさしてないので、集客はいつも少ないのですが、この場を持たせていただいて、存分に自分の思う音楽を妥協せずにやれるという事への感謝をいつしか忘れていたのかもしれません。私はすべての演奏会で自分の作曲したものをやらせていただいています。そんな人は琵琶でも邦楽全体でも他に居ないでしょう。そういう機会を与えられていたという事です。その与えられたものをもっと考えるべき時が、今だと感じました。

経正熱唱中 箱根岡田美術館にて

私がレパートリーにしている数少ない弾き語りスタイルの曲に「経正」があります。経正は音楽家として生きたかったけれど、自分に与えられた運命は平家の武将でした、霊となって表れた経正は、ラストシーンでそんな自分に与えられた運命を悟り、受け入れて、自らろうそくの灯を消して成仏して行きます。私も今生で、悟らぬとまでいかなくても自分に与えられた運命を少しは理解し、その意味をあらためて考えていきたいですね。
ちょうど一年経って、大柴牧師と電話で再会を果たすというのも何かの意味があったのでしょう。牧師は「この時間を大切な時間として過ごしましょう」と電話口で言ってくれましたが、コロナウイルスがもたらしたことは、悪い事ばかりではないですね。

ソーシャルディスタンスがこれから定着することを考えれば、大柴牧師の言われたように「皆が集まってくるのが当たり前」ではない時代になったのです。この岐路に立たされたとも言える、動きの止まった数か月を大切な時間として思えるような心を持ちたいものです。

私は今のこの状況を、日本全体が変わるべき時に来た、そういう運命と試練を与えられた、という風に考えているのですが、ビジネスの分野でも色んな話が出て来ていますね。私はビジネスセミナーなどにも少し顔を出すこともありますので、これ迄いろんな話を聞いていたのですが、もう日本の経営のやり方では10年も持たない、という話が多いです。未だに年功序列の考え方が蔓延し、スキルのある若手が収入を得ることが出来ないとの事。だからAiなどの最先端の研究部門はシリコンバレーやバンガロールにあるそうです。新しい感覚とスキルを持ったビジネスの最先端にいる若者は、日本では正当な収入を得ることは出来ないし、日本の経営陣特有の、失敗を恐れて無難に体裁を取り繕おうとする考え方が、若手のチャレンジを妨害して何もできない、という話を何度も繰り返し経営学の先生方から聞きました。

かのスティーブン・ジョブズは今見るととんでもないものを色々作り、大失敗を繰り返して、失敗しながら成功もしてきたそうですが、かつての日本企業も敗戦というどん底から発展をしてきましたことを考えれば、この時代に、今一度かつて熱くほとばしった創造する心を取り戻して欲しいものです。

日本橋富沢町楽琵会にて。能楽師 津村禮次郎先生と

日本には良いものが沢山あります。文化も精神も世界に誇るものが沢山あります。しかし無情にも世の中というものは留まることがないのです。「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」がこの世というもの。過去に固執して「今あるものを守っていれば何とかなる」という事は、あり得ないのです。常に創り出して行くからこそ文化として成り立ち、その精神が社会を発展に導き、文化として受け継がれてゆくのです。永田錦心や高橋竹山が居なかったら、今津軽三味線も薩摩琵琶も無かったでしょう。

人と距離を取り、群れないで個人として生かざるを得ない時代になると、これまでのやり方も考え方も通用しません。しかし人間としての核の部分は揺るがない。キリスト教的に言えば、神やイエスと自分との間にぶれがないという事でしょうか。そこを今一度見つめ直す時期に来たという事だと思います。正に今はそうした核となるものとの「再会」の時期ともいえるのではないでしょうか。幸か不幸か私達はもう強制的に「変わらなくては生きて行けない」場所に立たされてしまったのです。残念ながら、まだ〇〇〇マスクを児童生徒に強要するような、権力に盲従する例が散発的にニュースで流れていますが、今こそ振り返り、何が大切なものなのかを見つめて、大切なものとの「再会」をして、これからの生き方を模索し、大切な核を持って生きて行きたいですね。

一年ぶりに素敵な再会をさせていただきました。

舞台というもの2020

自粛解除の方向になって、世の中がだいぶ動き出してきていますが、秋の演奏会やイベントなどが、ここにきて次々に中止になってきています。主催者の方もやりたがらないし、キャンセル料がかかる前に中止して、年内はやめておこうという流れを感じます。人を集める演奏会や演劇公演など、今後開催して行けるのでしょうか?。世の中は本当にどこに向かって行くのか、先が見えないですね。
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ゲンロンカフェにて  画像はネット上から頂きました

先日は安田登先生と「ゲンロンカフェ」にて無観客によるライブ配信をしてきました。司会は山本貴光さん。いつもと感じが違いましたが、久しぶりに「舞台に立ってる」という感じで楽しかったです。今回は平家物語のお話でしたが、「経正」の話なども出てきて、ついつい脱線してしゃべってしまいました。すいません。大変面白かったです。やっぱりどんな場所でも舞台というものはいいですね。自分の生きるべき場所という気がしますね。
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月曜日には琵琶職人の石田克佳さんが来てくれまして、私の大型二号機をピックアップして行ってくれました。これで私の使う塩高モデルの琵琶5面は全て象牙レス仕様になり、心置きなくどこにでも琵琶を持って行って、暴れまわることが出来ます!。
糸口はこのように白蝶貝になります。月マークや覆手(テールピース)の部分も全て象牙の使用を止めて、貝や木などの素材に変更します。
元々塩高モデルは糸口以外には象牙をほとんど使っていなかったのですが、白いプラスティックを使っているところが少々あり、そんな部分も空港などでは象牙と疑われかねないので、そういう部分も全て、見た目が象牙チックな感じにならないような素材に変更してもらいます。5面の塩高モデルの状態は今とても良好に保たれているので、今回の改造で、更にレベルが上がるように調整していきたいですね。琵琶の状態をキープするのは本当に至難の業でして、サワリ、各柱のバランス、絃、ボディーの状態などなど、自分の思う形に調整できるようになるには、大変な時間と労力、そして経験が必要です。これほど手のかかる楽器は他に知りません。まあ歌の伴奏で弾く程度なら、ほどほどに整っていれば良いのかもしれませんが、私は弾き語りではなく「器楽としての琵琶樂」がテーマですので、楽器のメンテナンスに関しては絶対に妥協は出来ないのです。ヴァイオリンやギターの演奏家なら当たり前の話ですが、楽器の状態は音楽家としての生命線ですから、ここは譲れないですね。ギタリストなどは、プロでもアマでも皆さん本当にギターが好きでしょうがないという人が弾いているので、皆さん細部に渡ってかなりの思い入れを持っていますが、それが当たり前なので、拘っているという感覚すらないですね。むしろ琵琶人の様に、自分でサワリの調整もしないという方が、私には理解が難しいです。
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毎年6月は一年で一番忙しい時期でして、今年は例外とはいえ、色々と予定が入ってます。それもあって、今月中にメンテをやっておきたかったという訳です。先ず6月10日は琵琶樂人倶楽部が第150回目を迎えます。テーマは「薩摩琵琶で平家を聴く」という予定でしたが、歌唱を伴う演奏会は難しい状況でもありますので、今回はViの田澤明子先生をお迎えして、Viと琵琶による現代邦楽、それと琵琶の独奏曲などをお話と共にお送りします。
13日は安田先生と鎌倉能舞台。20日は毎年恒例の三番町ヒロサロンにて、フルートの神谷和泉さんと小さなコンサート。新作なども交えて楽しくやりたいと思います。そして27日はフラメンコギターの日野道夫先生、尺八の藤田晄聖君とのライブ。それからまだ未定ではありますが、30日には観世流シテ方の津村禮次郎先生と「良寛」の舞台も予定されています。

この感じでまた活動が再開して行くといいのですが・・。とにかく日常が戻り、何事に於いても皆が自分の目で見て、行動できるようになることを願っています。少なくとも芸術活動は、しっかりと自分の言葉で自分の世界を語るようになりたいですね。
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2016年の舞台「良寛」津村禮次郎先生と

自宅に籠ってネットばかり見ていると、自分の知りたいものだけが集まってきてしまい、いつしか自分の意見が世界の意見の様に思えてきてしまいます。こういう現象を「フィルターバブル」というそうですが、こんな中に身を置いていたら、自ら「村」を作って閉じこもっているようなもの。こういう時期にこそ、自らを振り返り、何かに囚われていないか、流されていないか、そしてプライドに振り回されていないか、じっくりと見つめ、次の時代を考える時間にしたいものです。世の中をしっかり見据えて、多様性に溢れる現実を受け入れなければ、どんどんと孤立してしまいます。この世の中に在って、はじめて自分自身が存在する意味も価値も出て来ます。閉ざされた中で命だけ保っていても、生きているとは言えない。地球そのものも、多様なものが存在してこそ生命となって、我々を育んでくれるのです。

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ゲンロンカフェにて  画像はネット上から頂きました

今後新たな形の活動に移行せざるを得なくなって行くと思いますが、どこまで行ってもリスナーあっての音楽です。特に琵琶の音は是非、皮膚の感触で聴いて味わってもらいたい。スピーカーから出た音でなく、生の振動を感じて欲しいのです。ネット配信で聴いていただくのは勿論嬉しいのですが、新たな形で、琵琶の生音を体験できるような方法を模索して行きたいです。この基本がなくならないように、そのためにも今は機会さえあれば舞台に積極的に立って、今後の舞台の在り方を模索して行きたいと思います。とにもかくにも私は舞台に立ってナンボ。どんな時代になったとしても舞台の上で、自分の音楽を奏でたいですね。
さて今日はこれから、6月末予定の舞台「良寛」の打ち合わせで、脚本和久内明、津村禮次郎両先生とミーティングです。盛り上がってきました!!。

5月の風 2020

福島 安洞院での公演より。津村先生と
世の中雰囲気が変わりましたね。今後がどのようになって行くか心配ではありますが、とにかく動き出してきたのは良いことだと思っています。私も6月からは色々と演奏会が入っています。琵琶樂人倶楽部は6月でちょうど150回を迎えますし、小さなサロンコンサートやライブ等々、ようやく少しづつですが、日常が戻ってくる感じです。それからもしかすると、また「良寛」公演が月末には実現するかもしれません。津村先生の他、今回は新たなメンバーも加わっての開催となりそうです。今年は9月の横浜能楽堂での津村先生との会が流れてしまいましたので、楽しみです。

急に世の中が動き出すとウイルス感染の第2波が心配ですが、総合的に考えると、これ以上のロックダウンや自粛状態では、ウイルス以外の要因での問題が増えそうな気がします。ソーシャルディスタンスやオンラインでのレッスンなどが加速する事で、人間本来の信頼関係やスキンシップがなくなってくるのは別の多くの問題に繋がるような気がしてなりません。確かに命には代えられないのですが、ただ生きていれば良いというものでもありません。疑心暗鬼でロボットのような人間が生きていても世の中は成り立ちません。現代はともすると思考優位で肉体性が無くなってしまいがちです。加えて潔癖脅迫症が蔓延しているような世の中では、生き物が生きてゆく上で破綻が見えています。

ネット上では多くの識者の皆さんが、今後のAiの発展を念頭に次の時代を語っていますが、私にはどこか違和感をいつも感じます。あちこちで爆発的なAiの進化による世界の事を聞きます。しかしそのような状況の中で「人間がいかに生きるべきか」という哲学を語る人はほとんどいませんね 。
バブルの頃と同じで、何でも欧米スタイルに憧れ、流暢に英語をしゃべり、先進国を飛び回り、どうすればシステマチックに合理的に仕事をこなすことが出来るかについては盛んに勉強されていますが、四季の風情などに心を乗せて行く感性は無駄だとばかりに皆さん眼中に無いですね。今第一線の政治家やビジネスマンで、日常的に和歌を詠む人はほとんど居ません。それは必要ないと思っているからでしょう。

しかし今までの「環境を破壊して物を作って行く」感性から、自然と一体化して共に生きて行く感性こそが、今後は重要な要因になってくるかもしれません。弱い所から搾取することで一部の人間が贅沢三昧で生き延びる資本主義のやり方は、「常に格差を世界のどこかに作り出す」方法です。これでは経営でよく言われるサスティナビリティー(持続可能性)はかなり低いのではないでしょうか。それよりも世界の国々と共に分かち合うやり方をした方が、環境破壊もせず、争いをせず、つまらない欲望をたぎらせることなく、幻想に支配されず、平和で、無駄なものを作り出さないで、総合的に一番効率良く人間が幸福感を感じて行けるかもしれません。

私如きには、何が良いか判りませんが、少なくとも言えることは、これまでのパワー主義、グローバルスタンダードという考え方自体が先進国中心の消費主義な訳ですから、その根底にある搾取の構造でものを考えていたらもう後がないという事です。
Aiは新たな感性と哲学の上に立って、初めて進化して行くものであり、これまでの覇権主義の延長で進化して行ったら、ターミネーターの世界しか待っていません。シンギュラリティーなどと横文字を並び立てて語るなら、先ずはその根底の哲学を語らない限り、明るい次代の姿は見えて来ません。今すぐにでも根本的な哲学・感性の転換が必要だと思うのは私だけではないでしょう。それともまたガンジス川やヴェネツィアの運河をドロドロに汚し、アジアやアマゾンの森林を焼き尽くし、世界の海を汚染し、大都市の大気汚染で癌になり、ジャンクフードでメタボになった体をサプリでダイエットするような世の中に戻りたいのなら話は別ですが・・・。
大国による覇権争いを繰り返し、経済、軍事によるパワーバランスで世の安定を保ち、世界中(先進国の事)どこにいても色んな物が手に入り、どこにでも行くことが出来、エンタテイメントを享受することが「豊かさ」だと思う感性のまま進んで行ったら、第2第3のコロナウイルスはまたすぐ確実にやってくるでしょう。目の前の欲望を満足させることを出来るのが本当に「豊かさ」でしょうか?。その発想では、地球の裏側の野菜が国内産の野菜より安く売っているという現実がおかしいと思わないし、毎日気軽に飲んでいるコーヒーの裏側にどれだけの搾取があるのかも感じようともしない。
今の私達の暮らしは、その背景に信じられないような過酷な労働力が無ければ実現しないのです。それは犠牲を強いることで成立する生活であり、その頂点のセレブという姿に憧れて、追いかけているその貧弱な感性はやはり歪んでいます。メディアに洗脳されているともいえるかもしれません。よく考えれば、どこか変だとは思いませんか?。労働力だけでなく地球環境をも犠牲にして得た、目の前の楽園幻想は、このまま続けていたらどうなるか、それがもう判らない程人間はおろかになってしまったのでしょうか。

日本橋富沢町楽琵会にて 私の琵琶を作ってくれている琵琶職人 石田克佳さんと

これを機会に現実に目を向け、今後世界全体が持続可能な社会になるよう、その感性、発想、構造から変えて行くようになって行くと嬉しいですね。そしていつも書いているように新時代には新時代のリーダーが必要です。明治に永田錦心という方が居て、昭和に鶴田錦史が居たからこそ、今私が琵琶弾きとして生きている。前時代の延長上にしか視線を向けられないリーダーでは、次の時代は創れないのです。時には以前のものを壊して行く勇気がなければ、時代は動きません。琵琶樂の世界は、昭和の鶴田錦史の登場以降、それが出来ませんでしたね。残念です。世の中が今後が良い方向に向かうことを期待しております。

さて、来月の演奏会に向けて、準備開始です!!

道を作る

異常なまでのGWも終わり、世の中が動き出していますね。これが今後どういう展開になって行くか、私には到底判りません。しかしウイルスを警戒することは何よりも重要であるものの、海外ではロックダウンによる自殺率の急上昇も報告され、コロナ以外での死亡が問題となっていることもありますので、もっと社会全体を見て判断する姿勢が必要なように感じています。大都市以外では緊急事態宣言も解除になるとの事。是非良い方向に行って欲しいですね。
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2019年あうるすぽっと 能楽師 安田登 浪曲師 玉川奈々福 各氏と

先日、某所で小さな会をやってきました。まあ本格的な演奏会をやる段階ではないので、リスナーも限定された少人数の極々プライベートなものだったのですが、2月の終わりからもう2か月以上舞台が無い状態だったので、楽しかったですね。琵琶もびゅんびゅん鳴ってました。今回は歌の曲は飛沫が飛ぶので遠慮してほしいという事で、独奏曲とデュオによる曲のみでしたが、「器楽としての琵琶樂」をいつも掲げている私にとっては「お任せあれ」という感じで、久しぶりに気持ち良く演奏させていただきました。

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「沙羅双樹Ⅳ」レコーディング時 Viの田澤明子先生と
今月の琵琶樂人倶楽部は残念なことに中止になったのですが、来月は開催も第150回目となり、ゲストにはCDでも共演しているViの田澤明子先生をお呼びして2います。新たな門出として充実したものをやりたいと思っております。
一方日本橋富沢町楽琵会の方は残念なことに、現在開催のめどが立たず、とりあえず秋までは何も出来ません。詳細が判り次第またご報告させていただきます。右上の写真は2月の日本橋富沢町楽琵会のもの。筑前琵琶の鶴山旭翔さんと充実した素晴らしい会をやることが出来ました。

しかしこれだけ家に居る時間があると曲創りには良いですね。普段から私は、「ぶらぶらしているようにしか見えない」と言われているんですが、有り余るほどの余裕があればこそ、創り出せるものもあるんだ、というのを確信しました!。音楽的な部分に関してだけ言えば、この籠城生活は何か与えられた時間という感じがしないでもないです。
これまでやっていた弾き語りの小品を3曲ほどブラッシュアップして、洋楽器とのデュオ曲を2曲(バラードとオリエンタルムードのもの)、そして独奏曲1曲(伝統的な都節音階によるもの)がほぼ完成しました。後デュオによる現代曲を1曲創って、独奏の現代曲「彷徨ふ月」を今一度見直したいと思っています。
ここ何年も、弾き語りの企画公演でない限り、自分で歌う曲は、プログラムの中で1曲だけにしてきましたが、今後は更に徹底して、器楽オンリーのプログラムを確立したいと思っています。声を使うのであれば、歌手や語り部を1曲ゲストに呼ぶ位がいいですね。とにかく「器楽としての琵琶樂」をさらに推し進めて行こうと思っています。この籠城生活は、そうした私のスタイルを創り上げ、今後の私の活動へとつなげる為にも大切な時間となっています。

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島根グラントワにて 語り部 志人さんと

常にNext Oneを追い求める気持ちがないと、音楽家は生きて行けません。得意なものをやって満足したらもう終わり。活動を次へと展開するためにも、一つのものに固執しないことですね。過去の成功例を追いかけていたら、次の時代へと続くものは創り出せません。音楽家でも学者でも、自分が一度創り上げ得たものを手放せない人がほとんどです。上手な人ほど、頭の良い人ほど、偉い人ほど、その姿は顕著に外側に現れてしまうものです。それがその人の器であり、一流となる人と、二流三流で終わる人の差でもありますが、どこまでできるかは別として、出来るところはどんどんとやって行こうと思います。

そして物事を持続させて次世代へつないで行くには、多様性を受け入れる事が、とても大きな要因となります。料理人でも、先代の味を追いかけ、先代のお客さんだけを見ていたら、サスティナビリティーはほとんどありません。師匠と同じでないとだめだとなったら、音楽でも料理でも師匠の命と共に滅ぶしかありません。自分の中に於いても多様性を受け入れるという姿勢は必要です。

素晴らしい先達は沢山います。しかし受け継ぐのは核の部分だけでいい。音楽においては、受け継ぐものは言い換えれば「匂い」のようなものだと私は思っています。技でも曲でも師匠そっくりな人を多く見かけますが、そのほとんどに「匂い」を感じたことはありません。系譜というものは、いくら名前を付けようが何だろうが、形で繋がるものではないのです。

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琵琶樂人倶楽部にて

今、世界は先代の轍の上を行くか、それとも新たな道を行くか、どちらに向かっているのでしょうか。ラテン語の格言に「私は道を見つけるか、さもなければ道を作るであろう」というものがありますが、生きて行くという事はそういう事ではないでしょうか。これまでの様に大国の懲りない覇権争い、それによる地球環境の壮絶なまでの破壊、資本主義、ショウビジネスやエンタテイメントという名の幻想と洗脳・・・。これからも依然としてこれまでと同じ道を進みつづけ、その中でお金やステイタスを求めるように誘導され、相変わらず迷いの中を蠢いていたいですか?。それとも次世代へとつなげる別の道を選択して自分本来の生を全うしたいですか?。コロナウイルスはそんな現実を突きつけてくれましたね。

私は私の道を作り、そろそろ始動します。

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