運命の扉

世の中大分元通りになって来ましたね。特に私の根城である中央線~杉並区は、芸術系の連中のメッカともいえる地域ですので、高円寺辺りは特に自粛中の時でも結構エネルギーに満ちていて、今は良い感じに日常が戻って来ています。私はリハーサルなどで大久保のスタジオを使っているのですが、あの周辺も随分活気が出てきていますね。

コロナに関しては実態が判らないので、この状況が今後どうなるかは判りませんが、このウイルスによって、社会の在り方が問われ、また社会の、人間の色々なものが炙り出されたことは確かだと思います。そしてこれは次の時代への入り口でもあり、今運命の扉が開いたという事だ思っています。そしてこの扉は何も大きな社会的なものだけでなく、人それぞれにもありますね。

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30代後半の頃のプルフィール写真 今は見る影もありません・・・。
考えてみれば、私にとって大きな運命の扉は、作曲家の石井紘美先生に琵琶を勧められた時に開きました。あの頃はまだ20代後半。私は音楽家として生きて行きたいという志以外に何も持っていませんでした。石井先生はあれこれ世話を焼くタイプではなかったので、琵琶を勧められた後は、自分で手探りで、ちょっと習いに行ってみたり、曲を創ったり、ライブをやったりして好き勝手にやり始めました。今思うと、この好き勝手にやったことが、今の私を創ったと言えますね。一から流派の中で勉強し、そこから活動を始めていたら、今琵琶奏者には成っていなかったでしょう。大体石井先生は、私に琵琶を勧めてからすぐにヨーロッパに移り住んでしまったので、アドバイスをもらおうにも、どうにもなりませんでした。好き勝手にやるしかなかったのです。

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30代の頃、ターンテーブルやアナログシンセと共にクラブなんかでこんなことをやってました

私はとにかく琵琶が面白くて、最初からオリジナルの曲しか演奏しませんでした。自分の考えている世界を表現・具体化するために楽器をギターから琵琶に持ち替えたので、自分のオリジナルをやるために琵琶を弾いているという、この感じは、あの頃からずっと変わりませんね。最初は流派でも少し習いましたが、そのお稽古で習った曲を自分のライブでやるなどという発想は、初めから全く頭になかったです。未だに自分の舞台をやるのに、流派の曲を演奏する人の気持ちは理解が出来ません。

琵琶を始めてからは珍しさも手伝って、色んな所に出没するようになりました。まだ琵琶で生活して行くまでには至りませんでしたが、アルバイトをしながら、上の写真の様に結構色んな活動をしていました。それから何年も経って、石井先生は私に大きなチャンスを私に与えてくれました。石井先生の新作、コンピューターと琵琶の作品「HIMOROGI Ⅰ」上演の話を持ってきてくれたのです。それも演奏場所は何とロンドン。私は訳も分からず琵琶を担いで会場となったロンドンシティー大学に行き、一週間かけてリハーサル・本番をやってきたのですが、それは今後の活動に於いて、良いきかっけとなりました。更にその録音は数年後、現代音楽のトップレーベル、ドイツのWergoよりリリースされた石井紘美作品集「Wind Way」(2006年)の中に収録され、私の演奏が世界に飛び出たのです。その後このCDはNAXOSレーベルからもリリースされました。
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30代の半ば辺り、日暮里のライブハウス「和音」にて」

私は琵琶が自分にとって運命の扉だという事は、あの頃微塵にも思っていませんでした。ただ面白かっただけで毎日を過ごし、琵琶をやっていることで、様々な場所に導かれて行ったのです。自分が創りたい曲を創り、ライブハウスで仲間を集めて毎月その曲を演奏していました。将来の事すらろくに考えていませんでした。30代にしてこの調子ですから、おめでたいと言えばおめでたいのですが、あの頃は音楽をやる事しか頭に無かったのです。ライブをやっても当然お客さんにはろくに来てもらえず、当時大変お世話になっていた日暮里のライブハウス「和音」では、毎月、実験場のような感じで、どんどんとオリジナルを書いては上演していました。ただで頂けるまかない飯を毎回食べさせてくれた、オーナーの杉沼さんには本当に感謝してます。今思えば、導かれていたという事なのでしょう。自分でも不思議な位、あの頃はエネルギーに満ち、曲を書くスピードも速かった。導かれていたんだなと、今では思っています。
セネsカ

よく書いているセネカの言葉「運命は志ある者を導き、志無き者を引きずってゆく」は、今自分が心底感じている言葉です(余談:ちなみに運命という言葉自体は日本文学に於いて、平家物語で急に頻繁に使われだしました。現代人の感性の源泉は平家物語にあるのかもしれないですね)。

自分がワクワク出来るものは、程度の大小はあれど、自分にとっての運命の扉なのでしょう。私はお陰様で、琵琶で活動を始めた最初の頃と何ら変わらず、常に頭の中に新曲の構想がいくつも在って、周りの連中を引っ張り込んで演奏会をやり、ワイワイやって生きています。それだけ大きなワクワク感が未だに続いているという事です。
しかし今まで経験してきて多くの事も学びました。志を欲望の実現と感じる人は、何だか厳しい姿をしていますね。あらゆるしがらみや人間関係の駆け引きの渦に引き込まれ、そんな上昇志向に取りつかれている姿を見るのは、ちょっときついです。有名になりたい、お金が欲しい、肩書もらって小さな世界で偉くなりたいという気持ちは判らないでもないですが、そんな気持ちで、日々ワクワクしているのかな???。
mayu7身近な仲間には、長い逡巡の果てに運命の扉が開き、今順調に活動している方が何人か居ます。とても生き生きとしている様子で、見ているこちらも生き生きしてきます。その人は何もジャックポットを求めていた訳ではないのです。自分が自分らしく生きることを求めて長い間逡巡をし、その果てに出逢いがあったという事。だから今、自分の思うように人生を闊歩しているのです。
結局いくら運命の扉が開いても、そこに社会的成功やお金のような目先の欲望しか見い出せない人は、いつまで経っても何かに振り回され、時間を消費しているのではないでしょうか。もしかすると苦しさばかりを味わう事になるかもしれません。素直に等身大の自分になり切って、自分の人生を歩んでいかない限り、気持ちよく生きることは出来ないのは当たり前ですね。

運命の扉が開いていると感じたなら、それはワクワクするものを見つけられたという事。私には、お金や肩書などの「もの」は、未だに全く無いですが、世界最高のスペシャルなオリジナルモデルの琵琶と、誰にも創り得ないオリジナルな曲が何十曲も出来上がり、また細々ではありますが、今ではネット配信で世界の方が聴いていてくれます。音楽家としてはなかなかいい線行っているんじゃないかと思ってますよ。
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ルーテル東京協会にて、アイヌ音楽・文化との演奏会 小二田茂幸さん、宇佐照代さんらと

 

今世界は正に運命の扉が開かれたのです。ここにきて、まだ世界の国々が目先の覇権争いしか目に入らないようであれば、もう戦争しかないでしょう。この扉の開いた今を、新しい世界へのきっかけとして変わって行けたら、地球全体がまた水と緑の惑星として蘇るのではないでしょうか。今の地球は空も海も大地も汚染物質で死に絶える寸前です。この上更に人間が欲望の追求をして行ったら、どうなってしまうのでしょう。
理想論といわれるかもしれませんが、ぜひ素敵な音楽が満ちている社会であって欲しいと思っています。「物で栄えて、心で滅ぶ」ような世の中はもう止めないと。そしていつまでも国同士が争って、人種による差別やいじめが横行しているような社会では、何とも寂しいじゃないですか。その為にも先ず音楽家がワクワクしている位でないと!!。音楽家には、どんな時代にも素敵な音楽を生み出して欲しいのです。
ちょっとお知らせ
今度の土曜日7月4日には狛江駅前のインド料理屋さん「プルワリ」にて、尺八の藤田晄聖君と小さなライブをやります。18時開演です。今は大きな公演が無いので、小さなライブから始めています。是非お越しください。

メインテナンス~オリジナルモデルラインナップ

先日改造・修理に出していた、塩高モデル大型2号機が戻ってきました。

2020改造③2020改造②2020 改造①

2020フルセット①2020フルセット④

左側写真は、左から大型1号機、2号機、中型1号機、2号機(分解型)と並んでいて、月型はそれぞれ左からプラスティック、黒檀、金属、貝となっています。ここ20年の楽器の変遷が見れて面白いです。ご覧になりたい方は是非演奏会にどうぞ。
これで私の薩摩琵琶四面のラインナップが完成しました。これに塩高モデル樂琵琶が二面加わり、総勢6面の有志達(右の写真)が私を支えてくれているのです。駒などのメンテナンスは随時やって行きますが、もう大きな改造は必要無いですね。これで海外にも安心して持って行けます。
jackets1stCD「Orientaleyes」未だにお気に入りのデビューアルバムです。
私はCDを出す度にその音楽に見合う楽器をしつらえて8枚のCDを作りました。現在までにネット配信のみの作品集アルバムを入れるとアルバム10枚、教則DVD 1枚をリリースしています。その全てのアルバムはこの塩高モデル無くしては創り得なかったと感じています。

1st「Orientaleyes」は大型1号機、
2nd「MAROBASHI」は大型2号機、
3rd「沙羅双樹Ⅰ」は中型1号機、
4th「流沙の琵琶」は塩高モデル樂琵琶1号機、
5th「沙羅双樹Ⅱ」は中型2号機(まだ分解型に改造する前)、
6th「風の記憶」は塩高モデル樂琵琶1号機、
7th「The Ancient Road」は塩高モデル樂琵琶1号機と2号機、
8th 「沙羅双樹Ⅲ」は塩高モデル中型1号機、大型2号機で、それぞれ録音しました。3rd辺りまでは、4・5の絃がちょっと細めで、15番くらいでした。5thでは17番、8thでは19番とだんだん太くなって行きました。(2枚の作品集アルバムは、1st~8thまでの間に録音をしたものの、企画や権利関係でCDに収められなかった作品を集めています

これらの琵琶は、私の同志であり、もう体の一部ともいえる存在ですね。後20年程はこれ迄以上に暴れまわりたいので、今後もガンガンと弾き倒して行こうと思ってます。それにしっかりと答えてくれる、頼もしいやつらなのです。

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六本木ストライプハウスにて、坂本美蘭(パフォーマー)、藤田晄聖(尺八)

日本人は変化に対し保守的な人が多く、全体として一度出来上がったものを変えることに大変消極的ですが、私はこれからの時代、象牙やべっ甲、動物の皮等を使う事には反対です。どういう状況で象牙が取られているか、現代に生きている人なら判らないはずはありませんし、世界の人々の感覚を考えれば、新たな素材で新たな時代の良い音を追求すべきだと思います。私はもう何年も前からネット配信を世界に向けてやっていて、海外の方が主に私の作品を聴いていてくれるていますが、これだけ世界と繋がっている時代に、芸術に携わっている人間が視野を世界に向けず、50年前の村の中から意識が出ていないというのは良い姿とは思えません。

音楽はどんなものでも社会の中で音楽を響かせるという事が、一番の基本。それが民族音楽であればその地域の生活と主にあっただろうし、現代の様に世界に音源が流れ、演奏会も世界に飛び出して行く時代にあっては、「社会」が既に「世界」という状況なのです。今は経済だけを見ても中国やアメリカの動向が直接日本の暮らしに関わってくる時代です。いい加減に「日本の中の私」ではなく、「世界の中の私」という感覚を持たなければ音楽はやって行けません。そんな時代に在って、世界の中の私は何者なのであろうか、日本の歴史の最先端にいる自分はどんな音楽を奏でるのか、そういう所を考えるのが芸術家ではないでしょうか。今は自分の部屋に居ながら、世界の情報が入り、世界中からメッセージが飛び込んでくる時代です。自分の中の小さな世界で音楽をやっていてはオタク以上になりません。
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琵琶樂人倶楽部にて photo  新藤義久

音楽は時代と共に在ってこそ音楽であり、楽器は音楽と共に在ってこそ、生きた音色を奏でてくれるのです。今に生きる人、次世代を生きる人に向けた感覚がなくなったら音楽は届きません。私は6面の塩高モデルを弾き、琵琶の音色を次世代に、次々世代に届けたいのです。

古都の雨

鎌倉の旧村上邸能舞台にて 安田登先生、優榊原有美さんと

先週末は、鎌倉にある旧村上邸能舞台にて演奏してきました。邸内の能舞台は素敵な庭に囲まれて、とても気持ちの良い場所でした。雨の一日でしたが、雨が庭の風情を一層高めてくれて、蒸し暑さも忘れ、久しぶりに爽快な時間を頂きました。

旧村上邸HP:https://kamakura-mirai-lab.com/ (以下はHPの画像を使わせていただきました)

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先ず第一部は、安田登先生の呼吸法のレクチャーの中で、祇園精舎を演奏。第二部ではSpacの女優 榊原有美さんと安田先生と私の3人で、「耳なし芳一」を上演してきました。有美さんとは2度目の共演でしたが、演劇スキルの高い方でもありますので、今回もグッと引き込まれるような瞬間がいくつもありました。以前人形町のギャラリーでの初共演の時には、彼女のダイナミックな語りと琵琶の織り成す掛け合いが「ロックみたいだ」と評されましたが、今回もいい感じで盛り上がりましたね。実に面白いです。これまで「耳なし芳一」は、安田先生と私のコンビネーションの上に、浪曲師の玉川奈々福さん、劇団Mizhenの佐藤蕗子さん、そして榊原有美さんらを迎えやってきました。語りと私の二人のコンビでは櫛部妙有さんとも組んできましたが、それぞれに個性があって、やる度に様々な世界が見えてきて、面白くなって行きますね。今後も楽しみです。

今回は来場の皆さんと色々お話しする時間も頂いたのですが、皆さん大変に前向きで、お話も大変楽しいひと時でした。

今年の1月おおぶこもれびホールにて
現代日本人の生活を眺めていると、何だか楽しみ方が浅い感じがするのです。もっと楽しんでもいいのに・・・。アイドルを追いかけるのも、観光旅行も良いのですが、そういった眼の前の楽しさもさることながら、深く長く楽しめる芸能や歴史、自然文化がこれだけある国も珍しいんじゃないでしょうか。なんたって世界一の長さを誇る国家ですし、その蓄積も世界一です。これからの日本人がもっと色んな楽しみ方を知ったら、日本はあらゆる分野で劇的に変化して行くと思いますよ。

安田先生のお話の中で、「日本人の感性は、VRやAR等の新技術と同じような感性を既に古代から持ち合わせていて、次の時代を迎えるにあたって、大変可能性の高い資質を持っている」というお話には大変興味を掻き立てられました。この話は今迄にも何度も聴いているのですが、能舞台の中から、雨に濡れた庭を見ながらお話を聞いていると、更にその内容が心に浸透してきますね。和歌の感性などがその代表ですが、詳しくは先生の本を読んで頂くとして、そんな我々が元々持っている感性や文化は、これからの世の中で、とても重要なファクターとなりうると思えてしょうがないのです。
今後社会の在り方が、かなり速い速度で変わって行くと思います。今回の強制的なテレワークによって、都会の満員電車に乗る必要が無い事も判ったし、大きなオフィスを一等地に構える必要もない事は、皆が気づきました。都会に居る必要がなくなり、緑豊かな場所に移って、しかも日本中がネットワークでつながって行けば、文化の形も質も変化発展して行くでしょう。東京大学の入試でさえオンラインになる時代です。今迄の個人が暗記した知識でものを図るやり方や、組織の中で妙な忖度を強いられる慣習・システム、人との出会い等々、あらゆる分野、あらゆる事柄が根底から変わる時代に突入したのです、それも急激に変わる時代に。もう変化は目の前です。
日本橋富沢町楽琵会にて、フルートの久保順さんと photo 新藤義久

今迄は都会に居ないと成立しない文化が確かにありました。ジャズやロックなんか、確かに都会こそがその生息地だったし、異ジャンルとのコラボレーションなども都会にいるからこその出会いという部分が大きかったと思います。音楽家は皆都会のホールやライブハウスで演奏することが基本で、都会からから地方へ出かけて行くという一方向しかなかった。地方を拠点に移すと、地方限定タレントの様になって、なかなか東京の舞台には出てくなくなり、都落ちだなんて言われました。

しかし今後は、人々が都会に集中することなく、日本の豊かな自然と共に生きながら、社会が新たなネットワークでつながり、新たな生き方・働き方を構築して行くような時代が来るんじゃないかと思っています。

音楽は人心の投影と言えますので、都会の喧騒の中に普段から居る人と、緑豊かな自然の中に居る人では全く違うものが出てくるのは当然ですね。音楽の質も発信の仕方も変わって行きます。そしてリスナーの側も、嗜好や音楽との関わり方が変わるのは当たり前です。元々日本は自然が豊かな国ですので、また新たな音楽が生み出されてゆく可能性は、今後のライフスタイ
ルで大きく変わって行くでしょう。人が都会から離れることで、地方でのインフラももう少し整って行くだろうし、古来より自然と共生してきた日本人の感性が、あらゆる分野に深く大きく発揮され、これから日本は、文化も社会も豊かになって行くんじゃないでしょうか。楽観的ではありますが、そう思いたいですね。
旧村上邸HPより

まだ国内外は騒然としていて、軍事衝突の影も見え始め、今後どのように展開して行くか予想も付きませんが、能舞台から雨に濡れる庭を見ていると、「この風情の中からしか生まれない音を私たちは持っている。その文化が次の時代を創って行くんだ」等々・・・そんな想いが溢れてきました。これからの新たな社会の中で、新たな形の日本文化が生まれ、新たな暮らしが始まる。きっとこんな事が次々と実現して行く世の中になって行くんじゃないのかな・・・?。豊かな時代を迎えたいものです。

水無月の頃2020

昨日の琵琶樂人倶楽部 Viの田澤明子先生

昨日の琵琶樂人倶楽部は、Viの田澤明子先生を迎えての開催でした。田澤先生の演奏はもう言う事無い程の完成度。いつもながら脱帽でした。私は久しぶりのせいか、少々荒っぽい感じになってしまい、ついて行くのがやっとでした。修行が足りませんな。しかしまあ今回は開催150回目。まだちょっとコロナの不安もありましたが、思い切ってやって良かったと思っています。この時期に来てくれたお客様には本当に感謝しかありません。私はいつものんびりにしか動けないのですが、この感じで再開して行こうと思います。今週は土曜日に鎌倉の旧村上邸能舞台にて、安田登先生、劇団SPACの榊原有美さんと3人で舞台をやってきます。
18日の日本橋富沢町楽琵会は残念ながら今回は中止。20日のヒロサロンのコンサートは9月に延期になりましたが、27日は経堂の「マレット」というお店で尺八の藤田晄聖君とフラメンコギターの日野道夫先生とで気軽な会をやります。また晄聖君とは7月の頭にも、狛江のインド料理屋さんで小さなライブをやります。先ずは出来るところから少しづつ、小さな会からやって行こうと思っています。
2016年6月、リブロホールにて琵琶樂人倶楽部開催100回記念演奏会。古澤月心さんと
6月は一年の中で一番忙しい時期で、過去には琵琶樂人倶楽部の開催100回記念の演奏会や、俳優 伊藤哲哉さんとの方丈記の公演、国立劇場では、復元した正倉院の琵琶を使った公演等々、もう毎年6月はてんてこまい状態が例年の行事の様だったのですが、今年は何とも・・・。私はそれでも元々何も持っていない暮らしですし、格好を付ける必要も無いので、少しじっとしていれば良いだけですが、今後の事を考えると、少し心がざわざわしますね。

30歳前後の頃ももやもやざわざわしてました。あの頃は自分がやりたい事がはっきり見えず可能性を探っていたとも言えますが自分の中でもがいていて、今思えば、海の中を彷徨っているような感じでした。その頃の経験は今とても役に立っているし、私には通るべき時間だったのだなと、今では思っていますが、今のこのざわつきは後になって「良い経験でした」と言えるようになるでしょうか・・・?。
もう日本だけを考えていてもどうにもならない世の中になって、何かとんでもない変化が急激に来るような気がしてならないのです。少し今の情報過多な世の中に振り回され、疲れているのかもしれませんね。

私は約25年程前からインターネットを使い出していたので、かなり早くからやっていた口ですが、東京に出てきてからTVも持っていないし、今はSNSも一切やっていません。いわゆる「フィルター・バブル」「エコーチェンバー」という現象をTVでもネットでも早くから感じていたので、流れてくる情報には用心深いのです。そんな私でさえ世の中に出れば、余計ともいえるようなありとあらゆる情報が目に耳に入ってきますね。
2018年6月国立劇場にて 正倉院の復元琵琶を使った新作初演終了時、演奏メンバーと

この先は判らないですが、自粛期間中には良いこともありました。とにかく時間がありましたので、曲がいくつか出来上がったのが良かったです。デュオの合奏曲が2曲、独奏が1曲完成しました。更にまだ途中ですが合奏曲が1曲あります。その他構想の域をまだ出ていませんが、合奏曲がもう1曲、今年中には出来上がるでしょう。何度か舞台にかけないと、本当の意味での完成には至りませんが、大きな成果だと思っています。
私は作品が出来上がるのが無常の喜びです。今迄創ってきた作品が、そのまま私の軌跡。いつも誇りを持って自分の作品を演奏しています。新作も出来たらレコーディングまでこぎつけたいのですが、これは少々お金もかかりますので、また良き時に。
昨日の琵琶樂人倶楽部、お馴染み愛子姐さんも登場

こういう時代に生きているというのも運命であり、一つのの縁でしょう。この縁や運命の中でどれだけ自由になれるか。そこが私の人生という事だと思います。今この時代・社会の中で何を、どんな音楽を発信して行くことが出来るか。私という人間が問われていますね。

私なりの歩みを始めたいと思います。

失われた季節

おおぶ交流の杜こもれびホールにて 能楽師 安田登先生、浪曲師 玉川奈々福さんと
西の方ではもう6月頭には梅雨入りをしたそうですね。今年は梅を愛でることなく、桜花の下での宴も無く、新緑さえも味わう暇も無く、季節の風情を何も味わう事の無い年になってしまいました。毎年、年明けからのこの華やかな、生命の輝くような「うつろい」は、私にとっては一つのエネルギーともいえるものなので、今年は何もエネルギーチャージをしなかったともいえるかと思います。
仕事の方は、年明けには愛知県の大府にて素敵な演奏会をさせて頂き、2月にはギャラクシティープラネタリュウムでの自分のルーツを辿るような嬉しい会もあり、幸先は良かったのですが、あれよあれよという間に、なすすべもなく梅雨の湿気の中に放り込まれているこの現実をどう受け止めてこれからを生きてゆけば良いのやら・・・。
とにかくこの状況の中で動けるところは動いて行こうと思いますが、先ずは何といっても私のライフワーク琵琶樂人倶楽部です。今月10日は150回目という節目でもありますので、ここからまた仕切り直しです。今月は歌唱を伴う曲がまだちょっとNGなので、Viの田澤明子先生を迎えて器楽曲を聴いていただきます。
実は今月の日本橋富沢町楽琵会に田澤先生を迎える予定でした。また3月の頭には神奈川のお寺にて田澤先生とのデュオによる演奏会を予定していました。しかしそのいずれもが中止になってしまいましたので、今回急遽、琵琶樂人倶楽部の方にお呼びした次第です。田澤先生は今年CDをリリースしたばかり。そのタイトルも「Duo Recital」。ヴィスコンティの映画 「ベニスに死す」で使われた、マーラーの5番アダージェットも入ってます。いつもコンビを組んでいるピアノの飛松利子さんとの素晴らしいアルバムです。お寺の演奏会ではたっぷりとViのソロを弾いてもらう予定だったのですが、せめて今回はCDの紹介だけでもさせてもらいたいと思います。

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両側:田澤先生のCDジャケット。中:私の8thCDレコーディング時のショット
私は30代から琵琶で演奏活動を色々とやっていましたが、元々フルートやチェロなどの洋楽器と組んで前衛的な現代作品を創りライブハウスを中心に活動していました。また舞踏やダンス系の方々とのコンビネーションもその頃から積極的にやっていまして、即興演奏などもも、暴れるようにやっていました。1stアルバムではそんな最先端の現代邦楽作品群を中心に収録し、ジャズの雑誌などでも取り上げてもらいましたが、一昨年の8thCD「沙羅双樹Ⅲ」でViとの現代作品を発表してから、また洋楽器との共演を積極的にやっています。現代曲からシルクロード系の曲迄、随分と演奏の機会がありました。いわゆる邦楽スタイルでのお寺のコンサート等もずっと続けていますが、ネット配信などで世界に向けて発信していることを考えると、今後は洋楽器とのコンビネーションがどんどん増えて行くと思います。器楽としての琵琶樂を掲げている私としては、1stCDの頃の元々のスタイルに帰って行くのは、一番無理の無い、自分らしい姿になって来たとも言えると思います。
洋楽器のプレイヤーは、基本的にアンサンブル能力が高いです。その上で日本音楽の事を知って、「間」の感覚や、無常観のような感性を感じてくれる人だと、邦楽器よりも、かえって洋楽器の演奏家の方が面白いコンビネーションが築けることが多いですね。勿論ただの上手なだけの人はあきまへん。日本人として日本音楽・芸術に対する関心や感性が無いと、日本音楽は創れません。邦楽器の演奏家でも、楽器だけお上手に操って、ろくに源氏物語も和歌も知らいないような人では、何も生まれて来ませんね。単なるコスプレで終わってしまいます。
田澤先生、そして最近ではフルートの神谷和泉さんなど、日本人の感性を持った洋楽器のプレイヤーと組む機会が増えてきましたが、とても世界が広がり嬉しい限りです。和風というカテゴライズされた小さな世界や、似非伝統のような上っ面のエンタテイメントに囚われることなく、どんどんと次世代の日本音楽を創るつもりで、新たな世界を切り開いて、それを世界に発信して行こうと思っています。

日本橋富沢町楽琵会にて photo 新藤義久

その為にも、これからの音楽活動については色々考えるところがあります。前回少し書いた環境の事も含めて、自分の音楽を全うするには、今後の舵取りがとても重要になって行くだろうと思っています。コロナの影響もあって、自分主催の演奏会を張って行くのは、今後かなり大変になって行くでしょう。人が多く集まるという事に関し、世の中の人の感じ方が今後変わって行くと思いますので、今迄のようなやり方ではもう通用しなくなるでし
ょうね。
私の音楽はエンタテイメントではありませんので、売る、売れるという事を軸には考えられません。私は自分の音楽の発表を主軸にして、その他レクチャーをやったり、演奏のお仕事などをやっていますが、技や知識の切り売りは一切しないので、自分の音楽活動と直結していないものはやりません。自分の可能性を広げる意味で、色んなものに常にチャレンジしているものの、自分がやるべきではないと思ったら、丁寧にお断りしています。とりあえず今は良い方向には向かっていると思います。とにかくこれからは世のシステムも変わって行くだろうし、音楽の在り方も変わって行くでしょう。どんな社会になって行くのか、私には予測がつきませんが、その与えられた中で、自分の納得のいく活動を、今にも増してやって行くしかないですね。

幸い琵琶樂人倶楽部は順調に続いています。ここでは収入を当てにしないという事もあり(大した赤字にもならず)、毎回がある意味実験の場でもあり、そんな所が長く続く理由でしょうね。よくまあ13年、150回続いたと思っていますが、何の気負いも無くやっているので、多分200回目を迎える時も同じようなことを書いていると思います。
6月10日(水) 第150回琵琶樂人倶楽部「洋楽器と琵琶による共演」
場所:名曲喫茶ヴィオロン(JR阿佐ヶ谷北口徒歩5分)
時間:19時30分開演
料金:1000円(コーヒー付)限定15名要予約
出演:塩高和之(薩摩琵琶) ゲスト田澤明子(Vi)
演目:「二つの月~Viと琵琶の為の」「君の瞳Eaynak」「風の宴」「花の行方」他
問合せ:Office Orientaleyes  orientaleyes40@yahoo.co.jp
今年は命の輝く季節が失われてしまいました。しかしルーテル大阪教会の大柴牧師が言われたように、是非この自粛していた時間を大切なものとして、これからに生かして行けるように、今後の活動についてもじっくりと考え、取り組んで行きたいと思っています。これからが私の実力が試される時であり、私の音楽が出来上がってゆく時期です。しっかりと努めたいですね。

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