縁は異なもの2020

先日池袋の「あうるすぽっと」にて、安田登先生、玉川奈々福さん、木ノ下裕一さん、いとうせいこうさんらと「能でよむ」の収録をしてきました。大変充実した時間となり満足しています。

あうるすぽっと2020総合チラシ

舞台の方は 8月18日~9月22日の期間配信となります。また配信に先駆けスペシャルトークライブを、本日7月26日17時に配信いたしました。

あうるすぽっと公式Youtubeチャンネル 「あうるすぽっとチャンネル」 
昨年の公演&トークの様子、本日配信のトークライブもご覧になれます。
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以前ぶらりと行った猿橋

それにしても世の混迷はさらに深くなるばかりですね。そういう中でも小さなライブや収録のお仕事など頂いているのは本当にありがたいのですが、年を重ねるごとに縁に導かれている、という事を強く感じます。
私は人と比べるという事は普段からしないのですが、誤解を恐れずに言うと、私は普段何も練習はしてないのです。ギタリストからの転向でしたので、最初から特に弾くのに不自由したことは無いですし、ありがたいことに、ほぼ100パーセント自分で作曲したものを弾いて、お仕事させてもらっていますので、クラシックの演奏家の様にスコアに取り組んで勉強しなくても、譜面が出来上がった時には、もう頭の中に曲は入っています。声の方は少し訓練は必要ですが、私は琵琶奏者であって、歌手ではないので、歌に時間を割くつもりもないし、弾き語りはあくまで「こんなスタイルもある」という程度のスタンスでしかないので、声を使う仕事が入らない限り、声の練習はしません。来月は戯曲公演「良寛」で声を使いますので、そろそろ声慣らしをやりますが、昨年辺りから、自宅や稽古場に使っているスタジオでも声出しをすることはほぼ無くなりました。

私が毎日やっていることは、次に創る曲や、それを入れた新たなプログラムを考えたり、これからやって行きたい活動の事等をいつも考えて、譜面にメモしたり、夢ノートに今後の願望などを書き連ねています。まあ自己プロデュースと言ったらよいでしょうか。
多分琵琶奏者と言われる方とは全く違う事をやっているのだと思いますが、こういう私が、年を重ねるごとに「縁」を感じてしまうのです。
神田看板
神田音楽学校の看板絵
私もいっちょ前に神田音楽学校 https://kanda-ongaku.jimdo.com/ という小さな小さな学校で数人の生徒さんに琵琶を教えているのですが、その生徒さん達相手に、レッスンの合間に、国内の演奏活動の話や、シルクロードやヨーロッパツアーの事等々、これまでの活動の事を少しづつ話しています。
生徒さんにとっては無駄話ともいえる内容だとは思いますが、時々話しながら、こんなに色々な体験をしてきたんだと、我ながら不思議な感じがします。こんなに素敵な体験をしてきたというのが、本当に不思議でならないのです。これは私ががつがつ努力して求めたものではありません。あくまで琵琶の縁に導かれたからこそ、今ここに居る。その事だけは確かです。

世の波騒の中に身を置いていれば、小さなストレスから大きな心配事迄、色々とあります。私の様に財力も肩書も何もない人間は、現実を生きて行くにはお金にいつも追いまくられ、トラブルとまで行かなくとも、人生ままならない事も少なからずあるものです。しかしそういう今の私を取り巻く現実も、琵琶によってもたらされた縁なんでしょう。このコロナ禍のなかで、多分今後は生活も活動も変わって行くと思いますが、どこまでも縁に導かれてゆくような気がします。

東日本大震災の時、「生きているだけでめっけもん、感謝感謝」と言っている友人が居ましたが、その友人の言葉を聴いて、私は何だか肩の荷が下りたようにすっきりして、ネガティブな感情も飛んで、気分もグッと上がりました。しかし普段は、色々なものに振り回され、すぐに欲丸出しで調子に乗って、つい何かと戦ってしまう。それもパワーの内ですが、他を軸としていては、いつまで経っても自分自身の姿は見えて来ません。縁も導きも、先ずは自分の人生を生きているというのが前提条件ではないでしょうか。そして自分の音楽を高らかに歌い上げているかどうか・・・。先ずはそこからではないでしょうか。

運命は自らが切り開くという強い意志も大切ですが、是非志を持って、良き運命に導かれるようでありたいものです。琵琶の縁に導かれ、ここまで生きて来られて、めっけもん。そのくらいのお気楽さが私にはちょうど良いのです。いつも上機嫌でいたいですね。

この所書いている「脱東京」という事も含め、これからの人生もまた導かれてゆくのだろうと思っています。
プルワリ2020ー8-1
フラメンコギターの日野道夫先生による手作りチラシ

今週末はフルートの神谷和泉さんと、狛江のインド料理のお店プルワリにて、気軽なライブをやります。とっても小さなお店なのですが、このところ毎月やらせてもらっています。フルートの神谷さんとは一昨年位から時々、御一緒させてもらっています。最初は樂琵琶とのデュオの曲が多かったのですが、この所薩摩琵琶とフルートの曲もいくつか出来上がり、レパートリーも増えてきました。

一緒にやる仲間との出会いもまたご縁。これまで多くの方と共演させてもらいましたが、それだけを考えても、やっぱり「縁は異なもの」だな、と思うのです。

静かな暮らしⅡ

この土日は、池袋の「あうるすぽっと」にて舞台収録をします。

2020あうるすぽっと

安田登先生、玉川奈々福さんに加え、昨年に引き続き、木ノ下歌舞伎の木下裕一さんが司会をやってくれます。今年はトークのコーナーで、いとうせいこうさんも加わり賑々しくやれそうです。演目は夏目漱石の「吾輩は猫である 鼠の段」「夢十夜より第一夜」、そして小泉八雲の「破られた約束」です。今回も安田先生は、「吾輩は猫である 鼠の段」で手話をやりながら演じられます。乞うご期待!。
今年は、こういう時期でもありますので、無観客での収録配信となりました。残念ではありますが、こんな時期に、こうして機会を頂けるだけでもありがたいですね。先日リハーサルをやったのですが、なんか舞台人やスタッフが集まり、あれこれと創って行くのは実に楽しいのです。やっぱり私の生きる場所はここしかないですね!!。

プルワリ2020ー8-1次の土曜日、8月1日には、このところの定例となっている、狛江プルワリにて、フルートの神谷和泉さんとのデュオライブもあります。
私は気が多いのか、作曲ばかりでも物足りないし、ライブだけでも物足りない。曲を創っている時は情景が浮かんで、色んなアイデアが湧いてきて、とにかく楽しく、また音楽として響いて舞台に流れると、本当に幸せな気分なんです。そしてライブも自分の独演だけでなく、色んなゲストを呼んで、ゲストに合わせて新たに編曲したり、新作をやったり、常に様々な企画をして、頭ひねって、あちこち飛び回っているのが私の活動スタイルなのです。加えてレクチャーなんかもなかなかこれも面白い。まあ「わらじ」がいくつもあるという事です。
しかし、今後こういう活動がどこまでできるのでしょうね。地方公演もどんどんと潰れて行ってます。頭ではあれこれと、食い扶持探しをしているのですが、とにかく不器用なたちですので、おいそれとスタイルを変えられない。本当にどうなる事やら。

秋の公演も、中止が相次いでいます。先ずは横浜能楽堂での津村先生との会、静岡の清水区にある鉄舟寺での笛の大浦典子さんとの公演、少し先では年明けすぐの札幌公演等、楽しみにしていた演奏会が次々に中止になってしまいました。特に鉄舟寺は山岡鉄舟ゆかりのお寺で、私の代表作「まろばし」のきっかけともなった場所ですので、本当に残念でなりません。あそこで「まろばし」を演奏したかったな~~。
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奈良 柳生街道

このコロナ自粛の間は、色んな方とメールをやり取りをして、色んな話を聴かせてもらいました。良い勉強にもなったし、多くの発想の転換を頂きました。こういう時間も無駄ではなかったですね。そんな中で時々話題が出て来たのが、「脱東京」です。「都会を離れ、緑豊かな地に行きたいね~~」などと皆で日々言い合っています。先日安田先生とも、そんな話をしていたのですが、先生も仲間も皆そう思いながら、舞台を駆け回る人生を送って来た人間は、そう簡単には都会から離れられないのです。

東京に来たばかりの頃は、新宿の雑踏や、六本木、青山の雰囲気は何とも都会っぽくて、その辺りを闊歩している自分が好きだったのですが、年を追うごとに海や山や川のある緑豊かな地への憧憬が強くなり、都会を離れ、自然の中に身を置きたいと思うようになりました。友人からは「すぐに飽きて都会に戻ってくるよ」などと言われながらも、近頃はこんな話をする機会が増えましたね。
私は元々若い頃から、俗世を離れて山の中で自給自足の生活をするような暮らしに大いなる憧れがありまして、都会の壁一枚隔てて他人が暮らす、アパートやマンションの環境は基本的に、かなりのストレスなのです。都会の街はワクワクして、アクティブな感じがして好きなんですが、都会の暮らしはどうにも昔から好きになれません。まあ様々なストレスは自分の内面を炙り出すとも言われていますし、そういう意味では芸術活動には都会の方が合っているのでしょう。しかしやっぱり広いスペースと、豊かな自然に囲まれ、干渉されない静寂な暮らしがしたいですね。都会では無理な話なのは重々分かっているのですが、そろそろそんな都会の暮らしに耐えられなくなってきているのかもしれません。
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日本橋富沢町楽琵会にて こんなサロンコンサートもいつ開けるのやら photo 新藤義久

私は車の運転も出来ないし、PCにも強くないし、年齢を考えても、都会を離れてしまうと、もう仙人の様になってしまいそうな気がします。引っ込んでしまうと毎月の琵琶樂人倶楽部や日本橋富沢町楽琵会(現在は中止状態)もままならないだろうし、今後は地方公演もどうなるか判らないので、そう考えると、やっぱり仙人しかないですね。しかし芸術も音楽も、この世の中で多くのものを観て聴いてこそ、そこにドラマが生まれるのでしょう。そう思うと、芸術家はやはり都会は離れられないのでしょうか・・・。

以前、茶道をやっている方と話したら、「あの茶室というものは、都会の中にあるからこそ意味があるんだ。都会にあることで、あそこが特別な空間になる」と言っていました。確かにそうですね。森の中に茶室があっても、あまり感激はないかもしれません。つまり私は、あくまで都会に居ながら、自分の住まいだけは、俗世間を離れて特別な静寂の空間に身を置いていたいのでしょう。都合の良い考えではありますが、今の本音ですね。コロナ自粛で、都会の狭い部屋の中に籠っていると、かえって都会の騒音が耳につきます。緊急車両の音、隣の物音、商店街のざわめき・・・。とにかく都会はうるさいのです。そしていつもよりうるさい場所に自分が居ることを意識してしまいます。この所、どんどんと自然の中の静寂に想いが行ってしまいますな~~~。

狭山オーロラ

正直な所、今のマスクの義務化や、強迫観念の様に消毒を強制する、集団ヒステリー状態の世の中は、私にはつらいものがあります。だから「脱東京」なんて想いの日々をこのところ妄想しているのですが、そんな中、先日ふと思い立って、狭山市市立博物館で開催している、田中雅美写真展「オーロラの旅へ」を観に行ってきました。人工物の中であたふたしている自分が情けなく思いましたね。実に雄大で、且つ神秘的で、人間の存在を改めて感じさせてくれました。私は南国よりも寒い国に惹かれる方でして、カナダ北部やシベリア、北欧、アイスランド、トゥバ、モンゴル、キルギス、チベット等々、そんな所に興味が強いのですが、写真を見ながら引き込まれるような感覚がありました。こんな写真を見ていると、人生を変えたくなるような気分になりますね。自然はやっぱり素晴らしい。「物で栄えて心で滅んでいる」現代人は、どこかで自然にかえるべきだと、心から思います。

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昨年の「あうるすぽっと~能でよむ」公演より。木ノ下裕一、安田登、玉川奈々福の各氏と 
photo 山本未紗子(BrightEN)
こういう「脱東京」は、都会から離れられないという事が判っていながらの妄想でしかないのですが、このコロナウイルスは確実に世界を変えて行くと思いますし、同時に私の生活も大きく変わって行くように思っています。私の仕事や生活は急激には変えられませんが、徐々に自分の求める形になって行く、その時間が加速すると思います。都会の刺激の中で生み出される音楽は随分とやってきましたが、静かな暮らしの中で育まれる音楽はどんなものが出てくるのでしょう。それも楽しみなのです。

未曾有の時に

このところの東京は、どうにもならない状況が続いていますね。先日は新宿の中規模の劇場での舞台公演にて、クラスター感染があったという事で、今後の舞台を開いてゆけるのか、音楽人演劇人は大変心配しています。
クラスターのあった劇場は新宿のビルの中にあり、窓一つ無いかなりの密閉空間。演目は盛り上がるエンタテイメント系の内容だったそうですが、時期を考えると、ちょっと配慮が足りなかったとしか言えませんね。邦楽でも語りを主とする舞台は、大きな舞台を使って、客席も半分以下に間をあけて使わない限り、今後簡単には会は開けないでしょう。
幸い私は歌はほとんど歌わないので、こんな状況の中でも少しづつ小さなライブを重ねて行ってますが、これからを考えると、出口が見つからないですね。
来週には池袋の「あうるすぽっと」にて、安田登先生、玉川奈々福さんらと「能でよむ 漱石と八雲」という公演があります。この公演は昨年からシリーズで引き続いている公演ですが、今年は無観客による公演としにして収録配信することになりました。こういう決断も必要ですね。これからこんな舞台が増えて行くのではないでしょうか。

そして来月には、座高円寺にて戯曲公演「良寛」が控えています。大きめのステージに出演者は3人のみ。客席も間をあけての上演です。エンタテイメントではないので、観客と盛り上がるような内容ではないですが、主催者で、脚本を書いた和久内明先生もさぞかし多方面に気を遣いながらの運営だと思いますが、やる方としては、充実した会にしたいです。
この演目は、もう何度も再演をしているのですが、上演の度に台本も書き直され、キャストも変えて再演されています。今回は主演の津村禮次郎先生と私の他、(以前は笛の大浦典子さんも一緒でした)新たなキャストに中村明日香さんを迎えての公演となります。中村さんはダンサーであり、歌手でもあり、非常に幅広い視野で活躍している方ですので、「良寛」も多彩さを増して幅が広がって行くと思います。
中村明日香オフィシャルサイト https://tamentai-asuka.com/
その他、この所定期的にやっているのが、狛江にあるインド料理の店「プルワリ」https://phoolwari.co.jp/

ここはとっても小さなお店なのですが、開けっ放しで、オープンスペース的な感じに出来るお店という事もあり、6月からやらせて頂いています。フラメンコギターの日野道夫先生のお声がかりで、ウードの常味裕司さんや尺八の藤田晄聖君などが定期的にライブをやっています。
私の次のライブは8月1日土曜日、フルートの神谷和泉さんとデュオのライブをやります。18時開演です。是非お越しください。

また8月は琵琶樂人倶楽部で、夏恒例のSPレコードコンサートを開催します。
今回は珍盤もあり、今までかけていないSPをかけます。前半が琵琶のSP、後半はマスターがセレクトした古関裕而の曲をかけて行きます。古関裕而は朝ドラ「エール」で話題ですが、視聴していて思ったのは、往年の歌手達の歌が上手さです。素晴らしいクオリティーです。これについては、また改めてお知らせします。

これからの演奏活動については、本当に先が読めません。先日も琵琶仲間と話をしたのですが、いくら対策をしても、小さな会場では、大きな声を出して語る芸をやることは、新宿のラスターの件の事もありますので、本当に難しくなってくるでしょう。邦楽関係者はよく考えなければいけないと思います。お客さん自身も来場する事を敬遠するでし、特に年配者の方は気を付けないといけません。小さな会場でのライブはこれからどうなってしまうのでしょう。
琵琶樂人倶楽部は解説と演奏で、あまり歌が無いので、まだ何とかやっていますが、これからは地方公演や海外公演、サロンコンサートなどが、事実上消滅しかねない勢いです。

日本橋富沢町楽琵会にて 津村禮次郎先生と

このような未曾有の時には、文化芸術は後回しという意見もありますが、私は今、文化を忘れたら、人間も社会も崩壊してしまうのではないかと思っています。日々の生活や、お互いの関りが根底から崩れてしまうようなこんな時にこそ、文化が人間を人間として保ってくれるような気がします。マスク着用が義務の様になり、挨拶の仕方までも変わって、これまでの生活が根こそぎ変わってしまうかもしれない、そんな今の社会の姿は、新しい時代と言えばそれまでですが、かなり社会としては厳しい所に来ていると思うのは私だけでしょうか。

国家を国家として成立させているのは「文化」です。それぞれ独自の文化の上にその国なりの政治や経済が成り立っているので、文化の無い国家はありえないのです。もし今の日本人が、「音楽なんて楽しけりゃいい、腹の足しにもならない」という感性しか持てなかったら、日本はほどなく滅んでしまうでしょう。音楽の無い民族はどこにもないのです。それだけ文化・音楽は人間の営みに直結しているのです。医療の在り方についても同じですが、目の前の事しか見えない近視眼的な視野思考は、良い結果をもたらさないとしか思えません。

それに日々消毒液を所かまわず振りまいていたら、虫や植物、我々を守ってくれる微生物は生きて行けなくなって、コロナは防ぐことが出来るかもしれませんが、その状態は人間にとって大変危険な状態になっていないでしょうか。人間そのも
のも、触れ合う事を避けて暮らしていたら、何よりも心が崩壊しかねない。その上、人間を取り巻く環境も破壊してしまったら、いったいどうなるのでしょう。今の先の、次の社会の事を考えなければ、本当に日本が崩壊してしまいます。
昨年の「あうるすぽっと」公演より 安田登先生 玉川奈々福さんと photo 山本未紗子(BrightEN)

この未曾有の時代に、自分が出来ることはやはり音楽を創り、演奏することだと思っています。確かにコロナウイルスに効く訳ではありませんが、効率的に役に立つことだけを追いかけていたら、人間は生きて行けないのです。それは甘いお菓子も、酒もなくなり、美味しい食卓も、家族のだんらんも無く、ビタミン剤のみで生きているようなものです。社会にも時代にも、そして個人にも弾力のような余裕があってこそ、私たちは生活して行ける。むしろ毒のようなもの(例えば酒)が人を生かし、文化を生み、知性を生み、社会を創って行くのではないでしょうか。ステレオタイプに生き、決まりきった生活おt行動しかしない、昔のSF映画に出てくるような人間だけが居る街に、あなたは住みたいですか?。陰陽、清濁、光と影、あらゆるものが共存して多様性に溢れているからこそ、人間の社会と成り得るのではないでしょうか。

今は何よりも医療が優先だと思いますが、目の前に振り回されて自分の首を絞めていては、日本の社会のサスティナビリティーは限りなく低くなってしまいます。だからこそ、いつの時代も、どんな時でも良い音楽が溢れていて欲しいのです。

届かぬ想い2020

世の中また騒然としてきましたね。干支では今年は60年に一度の庚子という年という事で、一つのものが終わり、そしてまた新たなものが始まる、そんな年だそうです。まあ60歳を還暦という位ですから、60という数は、何か一回りという事なのでしょうね。

これまでの一回り、つまり60年間の日本は、高度成長に始まり、バブルもあり、また急激な衰退もありった、かなり落差の激しい60年でしたが、良い時期の幻想ばかりを追いかけていても、今後は上手く行かないでしょうね。これは私個人の問題としても、この所大いに感じる部分です。もう身体も精神も、次の段階へと脱皮して行かないと、苦しくなるばかりだろうと思うのです。

座高円寺にて、戯曲公演「良寛」公演。津村禮次郎先生と。来月同じ場所で再演します


とはいえ、私も昔から引きずった届きようの無い想いはいくつもあります。頭では新しい時代に切り替えて行こうと思いつつも、なかなか心の奥底には、おいそれと変わることが出来ないものが、誰しもあるのではないでしょうか。そもそも想いというものは、対象が手元から遠く離れていて、届かないからこそ湧き上がる感情です。しかしこのような状況では、以前の頭で、夢よもう一度と想っていても、世の中の土台そのものが変わって来ているので、なかなか難しいです。
想いを持つという事は、次のステップを頭に描いているとも言えますし、第一歩を踏み出すきっかけともなりますので、とても良い事ですが、いつも書いているように、どこを見て、何を考えているか、こういう時代なると、一層そういう部分が問われますね。底の浅い目の前の欲望に囚われ、過去を引きずっているようでは、想いは届かないでしょう。

キッドアイラックアートホールにて。牧瀬茜、Soon・Kim、ヒグマ春夫、各氏と
音楽の在り方が大きく変わるのは目に見えています。こればかりは急激な変化が出てくるでしょう。それは今迄もその兆候が見えていたのですが、今年のこの一連の流れで、はっきりしました。
琵琶についていえば、弾き語り専門の方は難しい状況です。私の様に器楽中心でやっていれば、小さなライブなど機会は細々とありますが、歌手には受難の時代ですね。これから琵琶樂がどのようになって行くのか。注視して行きたいと思います。
ただこういう急激な刺激と破壊を外部から突然に与えられたからこそ、初めて見えてくる部分もありますね。今は、ある種現代のダダイズムの嵐の中にほおり込まれたともいえると思いますが、私は改めて器楽としての琵琶樂を推し進めて行こうと、気持ちを新たにしました。
この自粛期間に4曲の新作が出来上がりました。デュオ2曲、ソロ2曲。いい感じです。もうすでに試演のような形で何度かやってみて、推敲を重ねていますので、今後のレパートリーになって行くと思います。今年中にはもう1曲創って、次のレコーディングへと繋げたいですね。あと2年くらいの間にはまたアルバムを制作したいと思っていますが、私は常に新作をレコーディングしていて、こなれた見事な芸をCDにするという志向はありませんので、次回もバリバリの新作を引っ提げて創りたいですね。
沙羅双樹Ⅲレコーディング時 Vnの田澤明子先生と

これが完成すると私のCDも10枚となり、大体一回り。つまり「環」が完成し、また次へと展開して行くと思います。そのためにも身体や精神の部分をもっと充実させていかないといけません。勿論資金集めも大事な要素です。幸い良き仲間にめぐり逢い、お付き合いを頂いていますので、構想は大体出来上がっています。もう少し楽曲を充実させると、一気に実現して行くと思います。
琵琶樂は未だ珍しい極東の民族音楽という所から抜け出せていません。私はもう世界に向けて発信している以上、ジャズやクラシックと同じレベルで舞台に立ち、同等に活動を展開して行きたいのです。それは琵琶を手にした最初からずっと思っていました。
日本橋富沢町楽琵会にて photo新藤義久
まあ不器用なたちなので、時間もかかり、何事もすぐには成就しないのですが、自分のペースで確実に想いを遂げて、この思いを時代の中に届けたいと思います。乞うご期待。

始まりはいつも霧の中

世は未だコロナウイルスから解放されず、災害、選挙と目まぐるしい程に激動していますね。どこまで行くのでしょう。

一朝さんが代表をしていたアンサンブルグループまろばし 2009年川崎能楽堂
この時期になると、9年前に亡くなった尺八の香川一朝さんを想い出します。時の流れは本当に早く、この9年の間にはH氏や母、そしてお世話になったS藤さん、H川さん等々何人もの方々を次々と見送りました。人間の命は有限なんだと毎回思い知らされ、そんな風に思っている私が、現世の中で鬱々と年を取って行く・・・・・。鈍感な私もこれからの人生というものを考えるようになりました。

この世は「虚仮」などとも言いますし、最近では仮想空間やマトリックスなどと表現する人も多いですが、確かに法華経などを少し読んでいますと、そのようなことが書いてありますね。私はあまり哲学的なことは解りませんが、この現世では、自分が何を考え、何処を見ているかで、全く違う世界が目の前に広がって行くと私はずっと感じています、レイヤーという言葉も最近はやりですが、同じ現実に居ながら、全く違うレイヤーに生きている人が居るんだなと、よく思います。音楽家でも、同じジャンルをやっていても、まるで違う世界を感じている人をよく見かけるようになりました。まあこの世は仮想現実と言われれば確かにそうかもしれませんね。

現世を旅立つというのは、この複雑混沌とした現実を離れ、肉体という制約も離れ、何もかもから解放され、本来の姿に戻って行く事なのかもしれません。

人間が生を受ける最初には、何かのルールを与えられて生まれ出てきます。国籍、人種、性別、地域、時代、環境等々、自分で選ぶことは出来ません。それらのルールに従いながら生きることが、生活するという事だと思っています。最初から輝くような人生を送る人もいるかと思いますが、皆大粒の涙を流しながら、その中で文化を育み、社会を創って行きます。これが運命という事なのでしょうか。いつも書いているように、運命に導かれているうちは良いですが、引きずられてしまうと、とても苦しいことでしょう。やはり気持ちよく人生を歩みたいですね。それには、この現世の中で、自分が何を観ているかという点にかかっていると思っています。目の前の事しか見えないいわゆる「見の目」よりも、五感で感じ取る「観の目」が鋭い人は、そんなルールの中にほおり込まれても、自分の道を見つけて行くのではないでしょうか。
昨年のあうるすぽっと公演にて Photo 山本未紗子(BrightEN)

私は私の世界を生きて行くしかないですが、最近は年のせいか、変なプライドも無くなってきたし、「自分は自分」という気分になって、かえって世界が広く見えるようになりました。しがらみにからめとられている内は、自分が囚われている事すら判らないままに過ごしていることも多いかと思います。
若い頃の私は、自ら自分に「こうあらねば」というルールを課していて、常に何かと戦い、それをまたエネルギーとしているような感じでした。でも幸いに琵琶を始めてからは、早い段階で組織から抜けて活動し出したので、自然な形で自分の音楽を創り奏で、自由に活動をやって来れました。言い方を変えると、自分の居るべきレイヤーを早々に見つけたという事でしょうか。今思えば、そのレイヤーに自由に生きていられたのも、両親は勿論、一朝さんやH氏等、守ってくれる方々に恵まれていたんですね。だからこそ、毎年多くの仕事に恵まれ、収入も得ることが出来、今こうして琵琶を生業として生きていけている訳です。今でも守られている感じがするのですが、こうして年をくってみないと判らない、見えないことは多々ありますね。

世の中はめまぐるしい程にどんどんと変わって行きますので、自分が何かに強く囚われていると、あっという間に自分の居場所がなくなってしまいます。音楽家だったら、マイクロフォンやレコードが出現した時も、それまでの価値観が通用しなくなって、途方にくれた人も多かったと思います。マイクありきでどんどんと音楽が創られ、レコードを通して人々が音楽を楽しむようになって行くと、従来の価値観や技でやっていては、ライブもレコーディングもまるで対応出来ないなんてことも多々起きたでしょう。
これからの世の中も、同じようなことが起こって行くような気がしています。しかしこうしたことは太古の昔から人類は経験してきたのです。文字の発明なんかもそうですし、政治的な所では平安から鎌倉に変わった時など、まるで世の中の価値観が変わって、貴族などは右往左往する人が沢山いたはずです。それでも時は無常なまでに進んで行きます。世の中は人間に合わせて進んでくれません。
琵琶樂人倶楽部にて photo 新藤義久

今はその急激な変わり目に来ているのでしょう。大きな変化をどのように見ているかで、随分と生き方も変わります。変化の最初はいつも霧の中を彷徨うのです。そこを乗り越えて行かない限り、先には進めない。ものすごい戦いをしながら乗り越える人もいれば、すんなりと乗り越える人もいる。その人の見える現実(レイヤー)によって、それぞれ乗り越え方も違うと思いますが、皆少なからず戸惑い、失敗し、躓きながら霧の中を進むしかないのです。最初から輝かしい晴れ間はやって来ないのです。

私は何事にも時間がかかってしまう、大変不器用なたちなのです。新曲を創っても、何度も舞台で失敗をして、やっと形になるという体たらくなので、この先も、
音楽だけでなく何事にもずっとこの調子でやって行くと思います。このコロナ禍にあって、こういうスローペースのスタイルが通用して行くのかどうか判りませんが、もし通用するのなら、私はまだこの現世に生きる使命があるという事だと思っています。

そんな中でも、毎月の琵琶樂人倶楽部も再開し、この所は小さなライブをいくつかやり、今月はあうるすぽっとの公演(無観客配信)、来月には戯曲公演「良寛」の舞台等が入っています。当分大きな演奏会はなかなか出来そうにないですが、この急激な変化にどう対応して行くか、正に私の器が問われますね。
明日は第151回の琵琶樂人倶楽部です。今回は樂琵琶のお話などする予定です。私に出来るところを、先ずはやって行くところから始めて行きます。

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