風の街にて

先日神戸で演奏してきました。神戸は、かなり前に某大学で特別講座をやらせていただいたのですが、三宮の街や港を見るのは、先月に伺った時が初めてでした。最初は何だかちょっと横浜っぽいな、という程度の印象だったのですが、今回は東京とは違う独特の風を感じました。

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シンエナジー本社での演奏会の様子

今回も、この所お世話になっている能楽師の安田登先生とSpacの俳優 榊原有美さんとのトリオでの演奏でした。主催はシン・エナジーという、エネルギーを基軸に自然との共生を目指す活動を展開している会社の主催でした。
シン・エナジー https://www.symenergy.co.jp/

今回主催してくれたこの会社は「未来の子どもたちからの 【ありがとう】のため、生きとし生けるものと自然が共生できる社会を創造する」というのがテーマで、常に先の展開まで考えて仕事を創っている会社なので、とても共感できる話を聞かせて頂き、嬉しかったです。
今年は自粛期間が長かったこともあり、色々な人と話をしたのですが、世の中あらゆる意見や見方があるという事がよく判りましたね。普段は音楽や芸術の事しか話さない人も、このコロナ禍では色々と考えたり感じたりしているのか、良い話も、驚くような話も沢山聞かせてもらいました。やはり対面で話をすると、思わぬ話題に展開したりして面白いですね。Zoomの画面越しでは、話せる話もままなりません。
5色んな人と話をしていると、その人の今の状態というのがよく判りますね。私の状態も何か感じてもらっていることと思いますが、何か活動を展開している人は、あらゆるものから多くの何かを受け取る力を持っている、と最近よく思います。逆に何か活動が行き詰まっている仲間をみると、かたくなに成り過ぎて、言葉もものも受け入れることが出来ないでいる状態の人が多いように思えます。一途な気持ちは大事ですが、頭を柔らかくして視野を大きく持つことが必要ですね。そして何よりも目の前の事をただ頑張るのではなく、何に向かって頑張っているのか。自分がこれからどうしたいのか。何故そうしたいのか。そういう所がはっきりと見えているかどうかがとても大切です。特にこれは音楽家には本当に大事な部分で、多くの音楽家は「売れる」ことに一喜一憂してしまい、飛び回って動いている自分に酔って、本来の目的(初心)をいつしか忘れてしまうのです。
松林屏風2

かの長谷川等伯も、お寺が建立されたと言えば営業をかけ、営業活動に大変いそしんだそうですが、それは全て、描きたいものを描くためにやっていたのです。
先を見ずに突っ走っていると、見えるものしか追わなくなるので、どうしてもキャパが小さくなりがちです。時には自分とは基準の違うものにも目を向ける位のキャパが、是非欲しいですね。
現代日本は特に、社会全体に渡ってそういう柔軟な部分がどんどんと失われているように感じます。私はSNSはやっていないのですが、時々見聞きすると、個人の感情を吐き出すようなものが目につきます。極端なことでも何か書き込めば、フィルターバブル現象によって、必ず上辺だけ共感する人が出てくるのでしょうが、自分の基準でしかものを見ないようになると、多様なものを受け入れる力がどんどんと失われて、見えるものも見えて来ません。社会から離れオタク化して行ってしまいます。

日本人は特に「きちんとしている」「普通」という感覚が変に強く、自粛〇〇などにも代表されるように、内容や理由に関係無く、形が整っているものを求め、自分と違う行動をする人や異質なものを排除したがります。多様性を受け入れるのが本当に下手です。
そして今の社会は、中身を見ずに表面の形で判断し過ぎではないでしょうか。つまりは物事に深く接しようとせず、外側の「きちんとしている」ものばかりを追い求めている、近視眼的な傾向にあるのでしょう。旨い酒を飲むのに余計な口上は要りませんし、良い音楽を聴くのに、つまらん肩書や受賞歴も必要ないでしょう。「風の時代」という事も盛んに言われ出していますが、もうそろそろそんな見かけで動くような世の中は終わりに来ているのではないでしょうか。
枯木鳴鵙図
宮本武蔵作 枯木鳴鵙図
私は昔の武道の達人たちにも興味があるのですが、歴史に名を残す様な方々は、皆さん見ているところが違いますね。実に幅広く世の中を見渡して、且つその上でミクロのような武道の技に心を向けている。宮本武蔵など良い例ですが、あらゆるものの中に武道の技や神髄を見て取り、我がものにしてしまう。「一道は万芸に通ず」なんてことも言っていますが、やはり頭が柔軟で、しかもとびぬけて鋭かったのでしょう。世阿弥も同じことを言っていますが、利休、芭蕉、琵琶の永田錦心などもそうだったのではないでしょうか。周りの物を見て、そこから多くのものを受け取り、時代の最先端を創り上げてしまう。勉強した事しか判りません、という人が多い現代の世の中ですが、こういう姿勢を持って過ごしたいものです。

そしてもう一つ、最近気になっているのが、陰陽のバランスです。しなやかに活動を展開している人は、陰陽が整っている。陰陽というと漠然としていますが、体の動き一つとっても、全体が連動して動くことはそのまま陰陽のバランスといってよいでしょう。私はそこがとても大事なように感じています。
古武術の稽古でも、陰陽の話しは常に出てくるのですが、人体というものは、世の中や地球そのものと言ってもよいような構造をしているもので、肉体や精神が整う事は個人のみならず、社会が良くなる事でもあります。

右手を動かそうと思ったら、右手だけで動かしても大した力は出ません。一つの動きには体全体が関わっていて、体全体が連動する事で小さな動きも十分な力を発揮します。これを自分の行動活動全てに当てはめてみると、何かに囚われて、一部分しか見えなくなっている時は、陰陽が連動していない状態です。だから大した成果は出ません。技に囚われ音楽が見えない時、売れる事ばかり考えて活動している時、こういう時は良い音楽は出て来ませんね。

陰陽を言い換えると、響き合っているともいえるかと思います。地球も国家も社会も人体も、皆すべてに言えることです。つまりは地球環境でも人体でも、すべては連動し、共鳴し、響き合っているという事です。そこを無視して目の前の事だけをやろうとすれば、どこかに無理が出て来ますし、また将来へ負の遺産を残すことにもつながってしまいます。
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琵琶樂人倶楽部にて photo新藤義久

現代社会では、あまたのストレスや情報で心も体も陰陽のバランスを崩しているのではないでしょうか。このままだと、本来のものの姿は見えて来ません。人間も社会も政治も、どんどんと偏狭な世界に走ってしまいそうです。このコロナパンデミックも、今一度現状を考え直してみる機会を与えられているのかもしれませんね。

いつもと違う風を身に受けて、想いが広がりました。

 

Eruption

エドワード・ヴァン・ヘイレンが亡くなりました。

ヴァンヘイレン1

琵琶人にとっては、どうでも良い話かもしれません。しかし私にとっては大きな大きな時代の節目なのです。このブログでもヴァンヘイレンについては色々と書いてきましたが、やはりジミヘン以降、その爆発的なテクニックとスタイルで、時代を一気に次の段階へと推し進めた、その事実はこれからも語り継がれてゆくでしょう。
私の琵琶は、ヴァンヘイレンの1stアルバムの中に収録されている「Eruption」の音を基に設計されました。あの唸る低音と、他の追随を許さない圧倒的な音の煌めきと存在感。新たな時代を告げる最先端のセンスは、正に私が琵琶に求めたものと一致したのです。ライトハンド奏法や斬新なアーミングという新しいテクニックは、驚く以外に何があるだろう、という位凄いの衝撃で、彼の登場以前と以降では、歴史区分が変わるほどの大きなターニングポイントとなったのです。ギター本体にも大きな変化あり、今では当たり前になっているパーツもヴァンヘイレンから一般的になりました。その変化は、平安から鎌倉に移るくらいのインパクトがありましたね。

イルホムまろばし10sウズベキスタンのイルホム劇場にて、アルチョム・キム率いるオムニバスアンサンブルと、拙作「まろばし」演奏中
もう30年近く前、私は琵琶の音に惹かれて琵琶を始めたのですが、いざ演奏会に行っても、とにかく皆さん琵琶を弾かずに、顔を真っ赤にして歌っているばかり。そしてその音程はかなり調子っぱずれで、歌詞は戦争や人が死んでゆく話ばかり。正直本当にがっかりしました。ギターだろうがピアノだろうが、音楽が良くなければ、誰でも聴きたくはないですよね。ジャズをやっていた人間からすると、これだけ魅力的な音色を持っている楽器を手にしているのに、自分の音楽を創ろうとせず、歌に意識が行ってしまって楽器を弾こうとしない事に、全く持って理解不能でした。更に付け加えるとやたらと〇〇流だの、何とか先生だのという会話もうんざりでしたね。そんな状況を、琵琶を手にした最初に目の当たりにしたので、私は早い段階から流派を離れて活動しているのです。20年以上プロとして活動をしてきて、全ての仕事で自分の作曲した曲を演奏して活動していますが、我が道を貫いて来て、本当に良かったと思っています。

とにかく声と切り離して、琵琶の音を聴かせたかった。これだけ魅力的な音色を持っているのに、何故それを響かせようとしないのか、未だに不思議です。弾き語りというのは、語るべき強い想いのある人には有効なスタイルだと思いますが、歌手や語り手としてみたら半人前以上にしかならないし、楽器の演奏者として見ても、到底高いレベルには至らない。やる側に、ボブディランやジョンレノンの様に語るべき大きな世界があってこそ成り立つスタイルです。お稽古で習った曲を得意になってやっても、誰も聞いてはくれません。私は琵琶の、あの妙なる音を、とにかく大いに響かせたかったのです。

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左:キッドアイラックアートホールにて灰野敬二、田中黎山各氏と。中:季楽堂にて吉岡龍見さんと。
右:みずとひにて安田登先生と

器楽としての琵琶樂を最初から標榜している私としては、先ず器楽演奏に耐えられる楽器を作る所から始めました。ヴァンヘイレンがフロイトローズのアームユニットを取り付けたようなものです。先ず自分で大体の設計をして、琵琶製作者の石田克佳さんに依頼しました。石田さんに細かい所を見直してもらって、色々なやり取りの末、製作してもらったのですが、その時頭に描いていたのが、ヴァンヘイレンの「Eruption」です。多分石田さんにも聴かせたと思います。能管や尺八と一緒にやっても対等に渡り合える音量・音圧、そして一音の存在感。これがどうしても必要でした。従来の薩摩琵琶は弾き語りの伴奏という発想しかなかったので、ここがとにかく音が弱々しかったのです。私は、薩摩琵琶のポテンシャルの高さを感じていたし、この魅惑的な音色を何とか、全面トップに持って行き、これから始まる琵琶の新時代にふさわしい機能と質を持った楽器として薩摩琵琶を再生したかったのです。

IMGP0652この塩高モデルのお陰で私は1stアルバム「Orientaleyes」を作り、第一曲目に今でも私の代表曲である「まろばし」を冠し、世に打って出たのです。かなり遅いデビューではありますが、やっと私の考える音楽が具現化して、それをCDで出す事が出来るという事が本当に嬉しかったですね。
国内では今でも毎月の様に、また海外でも行く度に「まろばし」を演奏してきました。薩摩琵琶の演奏会で「まろばし」を演奏しないという事はまずありえません。残念ながらヴァンヘイレンの様に世界中に広まることは無かったですが、この塩高モデルのお陰で「まろばし」が出来上がり、私は器楽としての琵琶樂をやって行く決心がつき、これまでずっとやって来れました。
これを作った時は私も石田さんもまだ30代。お互い若かったですが、あの頃の勢いがあったからこその今だと思っています。





これまで多くの天才たちが、新たな時代を創り上げ、時代を創って行きました。日本では世阿弥や利休、芭蕉。琵琶でしたら永田錦心。ジャズならマイルスやオーネット・コールマン。タンゴならピアソラ。クラシックならバルトークやドビュッシー・・・・。キリがないですが、エドワード・ヴァン・ヘイレンもその一人。ブリティッシュの色が強く、重く暗かった当時のロックを一気に明るく、リズミックにアメリカンなセンスに塗り替え、アドリブに使うスケールもブルーノート一辺倒から、ダイアトニックなどを意識したメロディーラインに変えていったのがヴァンヘイレンです。今では当たり前のテクニックも楽器のハードな面も皆、彼から始まったのです。私の琵琶人生もエドワード・ヴァン・ヘイレンなくしてあり得ません。彼のあのギターの音があったからこそ、器楽としての琵琶の音楽を創り、これまでやって来れたと思っています。


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左:大型琵琶が出来上がった頃、かつて日暮里にあった邦楽ジャーナル倶楽部 和音にて、
左:現在の私 日本橋富沢町楽琵会にて、能楽師 津村禮次郎先生と(photo新藤義久)

今夜はCDを聴きながら、ゆっくりと振り返っています。やすらかに。

美しいもの

もう朝晩は肌寒い位になりました。何だか急すぎますね。体が追いつきません。

昨日は、赤坂見附のドイツワイン専門店「遊雲(ゆううん)」にて、ライブ&生配信をやって来ました。

今回はちょっと挑戦的な試みとして、私の創った琵琶弾き語りの曲「朝の雨」を、メゾソプラノの保多由子さんに歌ってもらい、私が琵琶を弾くという、新たな琵琶歌の世界を披露してきました。平重衡と千手の一夜限りの契りを描いたこの作品に、正に命が宿りましたね。素晴らしい歌でした。保多さんはメゾソプラノではメジャーから何枚もCDが出ているような大ベテランの歌手なので、ご存じの方も多いかと思いますが、日本音楽への造形も深く、私が推奨している、琵琶と語りを分けて演じるスタイルに今回挑戦して頂きました。琵琶弾き語りという形式は、どうしても歌に集中出来ない。コブシやら節回しやらに気が行って、表現としての歌そっちのけで 、目先の技術や型に囚われ、本来の歌としての力を発揮出来ない例をずっと憂いていた私としては、実力のある歌い手とのコンビネーションは、待ちに待ったとも言えるべき出来事でした。歌と琵琶を分けた、このスタイルでの新たな琵琶歌を今後どんどんと創って行きたいと思っています。

このライブはネット配信されていまして、一週間はYoutubeで御覧になれます。

この時期は霧雨のような雨が続きますね。ちょうどお世話になったH氏の命日がこの辺りなので、毎年霧雨の中を歩くと想い出します。この樂琵琶は、H氏が我が家に来るといつも弾いていたものです。
H氏は「愛を語り、届ける」という、ちょっと気恥ずかしいような事をいつも言っていましたが、私はその言葉を「受け継ぐ」という事だと思って実践しています。そして受け継ぐものは何なのか、という事が私の課題でもあります。

日本では江戸時代の最初から、歌舞伎などをはじめとしたアイドルやタレントを仕立てて「かわいい」や「きれい」を商売にして行く、いわゆる今の芸能界のスタイルがあるのですが、「きれい」や「かわいい」は直観的で、判り易く、また時代と共にどんどんと、その基準も変化して行きます。それに対して「美しい」は造形の問題ではないですね。「美しい」の背景には風土や、歴史、時間が滔々と流れて、そこに育てられた精神性と言っても良いかと思います。利休や世阿弥、芭蕉などが創り上げた世界は、正に「美」を具現化した世界であり、そういった先人の作り出した美なるものを、現代の我々も、精神性や風土や歴史、時間と共に、何かしら受け継いでいるのではないでしょうか。だから時代が変わって流行が変化しても、この風土に脈々と血を受け継いだ我々には「美」なるものを感じることが出来るのだと、私は思っています。古典と言われる先人の作り出した「美」は、今でもそこに「美」を感じ、現代の我々が魅力を持って接することが出来るからこそ、古典として受け継がれているのです。

魯山人
しかしながら現代社会では「美」よりも「かわいい」や「きれい」がもてはやされて、ショウビジネス先行で「美」からどんどんと遠ざかって行ってしまう風潮が席巻していると感じています。肩書を自慢しているのも同じことで、目先の自己顕示欲をいくら振り回したところで、そこに「美」はありません。わざわざ大きな鎧を背負っているようなものです。私の様にもてはやされた経験の無い者が言っても説得力は無いかもしれませんが、よくよく気を付けないと「美」は姿を現してはくれません。「美」を創り出すのも、育てるのも、受け継ぐのも全て人なのです。「美」を創り出す器を持った人間が居なければ、その姿は消えてしまうのです。かの魯山人は「芸術家は位階勲等から遠ざかっているべきだ」と言いましたが、余計なものに目がくらんでいるようでは、「美」は見えてこないですね。

美しいという言葉の中には風土があり、歴史があり、時が無くては「美」の感覚は生まれません。そして「美」を感じるには、これらの背景の調和がないと、創り出す方も、受け取る方も、心がそこまで至らないように私は思います(更に言えば静寂も大きなキーワードになると思います)。
日本は明治以降、必死になって西洋式の教育を国民に施し、西洋礼賛の思想を叩き込み、同時に西洋コンプレックスも育て、西洋文化の素養を強制的に植え付けられました。それもあって近代独特の文学や、和風な洋楽も生まれました。これらもなかなか面白いと私は思っていますが、明治以降、更に言えば昭和の戦後以降、今迄の教育に、この素晴らしい日本の風土や歴史、時間というものがあったでしょうか。日本は世界一の歴史を誇る国であり、四季を伴う素晴らしい風土に恵まれた国です。他国には例のない、輝くような文化を千年以上前から創り出し、音楽も演劇も文学もウルトラハイレベルの作品を各時代に創り上げ、残し、日本の感性を育んで来ました。この風土と歴史と時間を、そして感性を日本は日本人に教育してきたでしょうか。
今、巷にはオペラやクラシックやジャズに熱弁をふるう蘊蓄人が沢山居ますが、その人たちが、同じくらいの情熱で日本音楽を語る姿を、私は見たことがありません。
琵琶樂人倶楽部にて

今は世界中のものが観れ、聴けて、触れることが出来ます。今後はもっと世界と繋がって行くでしょう。そういう時代になればなるほど、表面の直観力だけで世の中が回るとは思えません。これからAiが社会や生活の中に、重要な要素として浸透してくる社会は避けられようがありませんが、「美」ばかりはAiには任せられません。型や形式はもうあらゆる分野で無くなってなって行くでしょう。人間の肉体すらトランスヒューマニズムなんてことが言われている時代です。そういう中で「美」は、人間が人間たる最後のファクターなのではないのでしょうか。「美」を手放した人類はどうなるでしょう。それは新たな時代の始まりではなく、もう人類の終わりになる思うのは私だけではないでしょう。
先人たちは素晴らしい「美」を形にして見せ、感じさせてくれました。しかし現れた形は具現化しただけであって、その形をなぞってもそこに「美」は現れて来ない。その心を感じない限り、「美」は満ちて来ないのです。

肉体が消え、今まであったものの形が無くなって、あらゆるものがヴァーチャルに移行して行くこれからの時代に於いて、「美」だけが人間を人間たらしめ、次世代を切り開く力となる、と私は感じています。

さて邦楽は、琵琶樂はどうなって行くのでしょう。

美しい音楽を創って行きたいですね。

見えてくるもの



一昨年の今頃、突然ふと行きたくなって出かけた秋篠寺の庭&伎芸天

もうすっかり秋ですね。ここへきて、周りの仲間たちが一斉に活動を始めました。私は運よく夏前から活動が戻り、時に例年より忙しい程に声をかけて頂いているのですが、これまでなかなか活動がままならない仲間も多く、ちょっと気にかかっていました。
それが今月に入り、何人もの仲間から連絡があり、活動を始める連絡をもらって本当に嬉しく思っています。皆それぞれのスタイルで次の一歩が出て来たのは嬉しい限りです。中には海外に居る人もいるし、様々な事情で心機一転という人もいるのですが、やっぱりこうして連絡を取り合ってみると、仲間あっての自分だな、という想いをかみしめました。
琵琶樂人倶楽部にて、朗読家の櫛部妙有さんと(今月のものでなく、昨年の写真)

私のミュージシャン生活も、あっという間にうん十年経ちますが、やればやる程、見えてくるもの、そして見えずらくなってくるものがありますね。例えば「呼吸」とか「間」とかいうものは、どんどん手に取るように見えて来てます。これは武道をやっているせいかもしれませんが、言い方を変えれば、相手とのアンサンブルが上手くなったとも言えますね。
また社会の中での自分の姿は見えているようで、見えてないのかもしれません。音楽家は皆アピールする力が並ではないのですが、社会に向けるそのアピールの度合いが難しいのです。美術や文学などの芸術家と違って、活動を展開して行かなくてはいけない舞台人は、このバランスを欠くと、一気に活動が停滞してしまう。これが本当に難しいところなのです。

今年2月の日本橋富沢町楽琵会にて、筑前琵琶の鶴山旭翔さんと。こういう華のある方と御一緒するとよく自分の姿が見えて来ます。
私が10代の終わり頃、ギターで仕事をやり始めるにあたって、師の潮先郁男先生は「何か別の趣味を持ちなさい」と言ってくれました。以前は、気分を変えてリフレッシュする事なんだと思っていましたが、この年になると別の意味が見えて来ます。例えば私がやっている古武術の様に、一見音楽とは関係ないものをやることで、客観的に見えてくるものが沢山あるのです。音楽だけやっていたらきっと見えなかったことが。
別の視点を持つというのは、この所書いている、別のレイヤーを行き来するという事にも通じます。何か自分の視点を別に移して、客観視するという事は世阿弥も言っていますが、これが出来るかどうかは、ものすごく重要なことだと感じています。日本人は「これ一筋」「一生懸命」という事に美徳を感じやすいですが、それ故に視野が狭くなり、本来の自分が歪んでしまう例をかなり見てきました。自分では、それなりになっていると思っていても。違うレイヤーに居る人にとっては、全く違う面が見えるものです。複数の視野を持っていない人には、絶対に判らない。特に時代がこれだけ急激なスピードで移り変わっている現在、ここはセンスを問われる重要な部分だと思います。

先日、仲間とこんな事を話しをしていて、その中で「自分の音楽的ルーツはどこなのか」という話題になりました。私は色々な音楽に影響を受けてきましたが、一番はいつも書いているようにマイルス・デイビスです。しかし自分に似ているものを感じるという事になると、パットマルティーノとしか言いようがないです。それが今年に入ってあらためて見えてきたものです。このギタリストは基本的に前衛を走るタイプなのですが、伝統的な流れもしっかり押さえている。しかも伝統には流されずに、伝統の様式で演奏しても、オリジナルなスタイルできっちりと片を付ける。それも文句のつけようがない位のハイレベルでやってのける。よくよく考えてみれば、私のCDの創り方や演奏のやり方と全く同じです。

上記の左側のジャケットは「Consciousness」というタイトルで、かなりとんがった当時の最先端な内容。しかしその演奏も驚くべきレベルで、今の耳で聴いても無双状態という感じ。私の1stアルバム「Orientaleyes」は正にこれを目指していました。今またこの1stアルバムに帰ろうとしている自分が居ます。
そして右側は「Exit」というタイトルで、前衛とオーソドックスの両方が入っているのですが、両方とも洗練の極みに達しています。もうジャズギターをやる者にとってはバイブルと言ってもよ
い程の作品です。オーソドックスなものもスタイル自体は伝統的なものですが、すべてに渡って彼流のセンスが光り、しかも他の追随を許さない程のウルトラハイレベルで表現しています。これは私の「沙羅双樹Ⅲ」で目指した内容です。私のCDでは、前衛作品はヴァイオリンと琵琶の為の「二つの月」。オーソドックススタイルは「壇ノ浦」。勿論伝統へのリスペクトは忘れませんが、伝統に寄りかからず、媚びず、且つ群れない。私は私のやり方で、オーソドックスも前衛も、きっちり塩高流で片を付けたつもりです。これは私の姿勢であり、今後もずっと変わらないスタイルです。

私はパット・マルティーノの様に高いレベルにある訳ではないですが、思考ややり方、演奏している姿等々、あまりにも似ているという事が最近分かってきました。
パット・マルティーノのLPは高校生の終わり頃から、20歳前後まで聞きまくっていたのですが、もう完全に我が身に染み付いているのでしょうね。今でも一番のフェイバリットギタリストですが、その軌跡と姿を改めて見て、そこからあまりに大きな影響を受けていることにびっくりしています。多分性格もどこか似ているのではないかと思います。

パットマルティーノと同世代の人にジョージ・ベンソンが居ます。ベンソンは世界の大スターとなり、ショウビジネスで歌手としてもギタリストとしても成功しましたが、マルティーノの方は比べると地味なものです。ショウビジネスとは無縁で、且つ何度か病気をして復活してきた方です。しかし現在では、ジャズギタリスト達からは、リビングレジェンドとまで言われています。二人は60年代から友人同士だったそうで、パットマルティーノが復帰した時にも、ジョージベンソンがその復活のライブステージに駆け付けたそうですが、その後の人生は全く違う道を歩み、二人ともそれぞれの形で自分の道を全うしています。

友人と久しぶりに、ゆっくり近況報告などして喋っている中で、また一つ自分の姿が見えてきました。人にはそれぞれ「分」というものがあると言われますが、「けれん」「虚飾」にまみれた世の中であっても、余計な背伸びをしないありのままの自分で、これからも活動を続けていきたいですね。それが私のやり方なのです。

日はつれなくも秋の風

昼間はまだまだ暑いですが、もうすっかり秋の風を感じるようになりましたね。この時期になると芭蕉の「あかあかと 日はつれなくも 秋の風」という句を想い出します。そしていつも思うのは、やっぱり琵琶は夏が似合わないという事。薩摩琵琶だったら秋から冬、樂琵琶だったら春もいける。しかし夏だけはどうも琵琶の音は響いてこないですね。まあ私のイメージでしかないのですが・・・

琵琶樂人倶楽部にて photo新藤義久

琵琶の音が響き出すのは、秋の風を感じ始めてから、と毎年思います。今年は夏が結構忙しかったのですが、例年ですと8月は月に3・4回程度の演奏会しかなく、毎年夏はゴロゴロ夏休み状態です。9月に入ると気合も元気も上がってくるのか、演奏会もぐっと増えてきて、秋の演奏会シーズンに向かって、調子が戻ってくるのが常です。
先日は琵琶樂人倶楽部にて朗読家の櫛部妙有さんと演奏してきたのですが、樂琵琶の音と、しっとりとした櫛部さんの語り口がいい感じでマッチして、静かな良い会となりました。ここら辺りが秋のスタートですかね。今月も半ば過ぎから、結構忙しくなります。ありがたいことです。
そして今回のこの櫛部妙有さんとのプログラムは、ほぼ同じ形で10月18日埼玉県の入間市にある、武蔵藤沢の武蔵ホール(https://musashihall.art/)にて再演することとなりました。詳細は近々HPのスケジュール欄にUPしますので、是非チェックしてみてください。
マイルス210代の頃はマイルスやコルトレーンを聴いて、「NYに行くぞ」なんて毎日ほざいていました。
音楽を聴いていて、音楽の内容は勿論の事、それ以外に、風景や風、光等、何かが+アルファで想起されると、グンと沁み入って来ますね。得てして優れた音楽と演奏は、演者側はそんなつもりがないのに、リスナーが色んなイメージを掻き立てて聴いている、聴くことが出来る何かを持っているものです。そうすると音楽は確実に記憶に残って行きますし、人の心を捉えるのではないでしょうか。私にとっては10代の頃から狂ったように聴いていた、マイルス、コルトレーン、そしてアルボ・ぺルト、高橋竹山・・ect.こういうものは今聴いても、一瞬でその世界に飛んで行ってしまいます。想像力を掻き立てられると、音楽の染み渡り具合が全然違うんです。逆に「こういうもんだ」と押し付けるような音楽・演奏は、押しつけがましく作為的過ぎて、どうにも想像力が動き出しません。

作曲する方から言うと、私はいつも風や月、空など、自然の風景をイメージし、テーマにしています。私が春になると梅だの桜だのと毎年ブログに書いているのも、そのイメージを追いかけて、自分の中で膨らませているからです。まあ遊んで回っているようにしか見えないと思いますが・・・。特に私の曲は歌詞が無い分、作曲の動機としてのイメージはとても重要なのです。特定の風景や、ストーリーを盛り込む事も多いのですが、そのものを表現するのではなく、イメージを根底にして、ある種抽象化して行くように自由に音楽を創り演奏します。だから共演者の方によって捉え方が様々で、表面の形はどんどんを変化してきます。でもどんな方がやっても、そこはかとなく根底にあるイメージが浮かび上がる。そんなのを目標にしています。リハーサルでも、音を出しているより曲について話をして、共演者のイメージを膨らませてもらうようにしています。皆さん素敵な感性を持っているので、その人なりのイメージで音楽に命を与えてくれるのが嬉しいですね。


10年前の高野山常喜院演奏会入口看板 共演の笛奏者 阿部慶子さんと。常喜院脇の紅葉

秋の風が吹いてくると詩情も掻き立てられ、曲も浮かんできます。上の写真は10年前の高野山での演奏会のものです。あの頃は毎年10月になると高野山金剛峰寺の前にある常喜院さんで演奏会を開いていたので、高野山のパワーと霊気を体に浴びていたんでしょうね。様々なイメージが浮かび上がり、今とはまた違う勢いがありました。それにしても10年前は若いな~~。
活動の仕方もあの頃と今ではかなり変わっています。意識的に変えたのではなく、自然と今の形に導かれたという感じですね。30代には30代なりの、40代には40代なりのスタイルというものがあり、それは肉体や精神と共に緩やかに変化して行くものです。今50代になって、より自分らしく無理がなくなってきたのは良い事だと思っています。来るべき60代に向けて、もう少し変えて行く必要も感じていますので、来年辺りからまた次の段階へと進んで行くことと思います。

今はやはり作品創りですね。もう少し私独自の世界を形作る為にも、今年来年位で、様々な作品創りが重要課題だと思っています。今一番に考えているのはバラードです。それも薩摩琵琶を使ったバラード。薩摩琵琶では、バラードというスタイルが無かったですので、是非創りたいのです。途中盛り上げて、ストーリーで構成するのではなく、あるイメージや気分、匂い、想い・・そういうものを次は創ってみたいですね。さてどんなものが出来上がるのやら。
ゆううんLive

今月は27日にちょっと素敵なサロンコンサートがあります。

赤坂見附のドイツワインの専門店「ゆううん」にてライブ&生配信による演奏会です。第一部が尺八の藤田晄聖君を迎えてデュオ&ソロによる演奏、第二部はメゾソプラノの保多由子先生を迎えて、メゾソプラノと薩摩琵琶による演奏という、新たな形の琵琶歌によるライブとなっております。これは私が考えて来た琵琶の次世代の姿でもあり、今回が初の試みです。それぞれHPのスケジュール欄に乗せてありますので、ご覧になってみてください。

劇場などのイベントに対して、規制が緩和されてきましたが、是非演奏会はこれからも良い形で続けていきたいですね。配信など、映像はこれからどんどんと進化発展して行くでしょうし、今後の活動でもかなりの比率を締めて行くと思いますが、生琵琶の響きもぜひ体感して頂きたい。次世代の演奏会の形を、これから模索していきたいと思っています。

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