美しいもの

もう朝晩は肌寒い位になりました。何だか急すぎますね。体が追いつきません。

昨日は、赤坂見附のドイツワイン専門店「遊雲(ゆううん)」にて、ライブ&生配信をやって来ました。

今回はちょっと挑戦的な試みとして、私の創った琵琶弾き語りの曲「朝の雨」を、メゾソプラノの保多由子さんに歌ってもらい、私が琵琶を弾くという、新たな琵琶歌の世界を披露してきました。平重衡と千手の一夜限りの契りを描いたこの作品に、正に命が宿りましたね。素晴らしい歌でした。保多さんはメゾソプラノではメジャーから何枚もCDが出ているような大ベテランの歌手なので、ご存じの方も多いかと思いますが、日本音楽への造形も深く、私が推奨している、琵琶と語りを分けて演じるスタイルに今回挑戦して頂きました。琵琶弾き語りという形式は、どうしても歌に集中出来ない。コブシやら節回しやらに気が行って、表現としての歌そっちのけで 、目先の技術や型に囚われ、本来の歌としての力を発揮出来ない例をずっと憂いていた私としては、実力のある歌い手とのコンビネーションは、待ちに待ったとも言えるべき出来事でした。歌と琵琶を分けた、このスタイルでの新たな琵琶歌を今後どんどんと創って行きたいと思っています。

このライブはネット配信されていまして、一週間はYoutubeで御覧になれます。

この時期は霧雨のような雨が続きますね。ちょうどお世話になったH氏の命日がこの辺りなので、毎年霧雨の中を歩くと想い出します。この樂琵琶は、H氏が我が家に来るといつも弾いていたものです。
H氏は「愛を語り、届ける」という、ちょっと気恥ずかしいような事をいつも言っていましたが、私はその言葉を「受け継ぐ」という事だと思って実践しています。そして受け継ぐものは何なのか、という事が私の課題でもあります。

日本では江戸時代の最初から、歌舞伎などをはじめとしたアイドルやタレントを仕立てて「かわいい」や「きれい」を商売にして行く、いわゆる今の芸能界のスタイルがあるのですが、「きれい」や「かわいい」は直観的で、判り易く、また時代と共にどんどんと、その基準も変化して行きます。それに対して「美しい」は造形の問題ではないですね。「美しい」の背景には風土や、歴史、時間が滔々と流れて、そこに育てられた精神性と言っても良いかと思います。利休や世阿弥、芭蕉などが創り上げた世界は、正に「美」を具現化した世界であり、そういった先人の作り出した美なるものを、現代の我々も、精神性や風土や歴史、時間と共に、何かしら受け継いでいるのではないでしょうか。だから時代が変わって流行が変化しても、この風土に脈々と血を受け継いだ我々には「美」なるものを感じることが出来るのだと、私は思っています。古典と言われる先人の作り出した「美」は、今でもそこに「美」を感じ、現代の我々が魅力を持って接することが出来るからこそ、古典として受け継がれているのです。

魯山人
しかしながら現代社会では「美」よりも「かわいい」や「きれい」がもてはやされて、ショウビジネス先行で「美」からどんどんと遠ざかって行ってしまう風潮が席巻していると感じています。肩書を自慢しているのも同じことで、目先の自己顕示欲をいくら振り回したところで、そこに「美」はありません。わざわざ大きな鎧を背負っているようなものです。私の様にもてはやされた経験の無い者が言っても説得力は無いかもしれませんが、よくよく気を付けないと「美」は姿を現してはくれません。「美」を創り出すのも、育てるのも、受け継ぐのも全て人なのです。「美」を創り出す器を持った人間が居なければ、その姿は消えてしまうのです。かの魯山人は「芸術家は位階勲等から遠ざかっているべきだ」と言いましたが、余計なものに目がくらんでいるようでは、「美」は見えてこないですね。

美しいという言葉の中には風土があり、歴史があり、時が無くては「美」の感覚は生まれません。そして「美」を感じるには、これらの背景の調和がないと、創り出す方も、受け取る方も、心がそこまで至らないように私は思います(更に言えば静寂も大きなキーワードになると思います)。
日本は明治以降、必死になって西洋式の教育を国民に施し、西洋礼賛の思想を叩き込み、同時に西洋コンプレックスも育て、西洋文化の素養を強制的に植え付けられました。それもあって近代独特の文学や、和風な洋楽も生まれました。これらもなかなか面白いと私は思っていますが、明治以降、更に言えば昭和の戦後以降、今迄の教育に、この素晴らしい日本の風土や歴史、時間というものがあったでしょうか。日本は世界一の歴史を誇る国であり、四季を伴う素晴らしい風土に恵まれた国です。他国には例のない、輝くような文化を千年以上前から創り出し、音楽も演劇も文学もウルトラハイレベルの作品を各時代に創り上げ、残し、日本の感性を育んで来ました。この風土と歴史と時間を、そして感性を日本は日本人に教育してきたでしょうか。
今、巷にはオペラやクラシックやジャズに熱弁をふるう蘊蓄人が沢山居ますが、その人たちが、同じくらいの情熱で日本音楽を語る姿を、私は見たことがありません。
琵琶樂人倶楽部にて

今は世界中のものが観れ、聴けて、触れることが出来ます。今後はもっと世界と繋がって行くでしょう。そういう時代になればなるほど、表面の直観力だけで世の中が回るとは思えません。これからAiが社会や生活の中に、重要な要素として浸透してくる社会は避けられようがありませんが、「美」ばかりはAiには任せられません。型や形式はもうあらゆる分野で無くなってなって行くでしょう。人間の肉体すらトランスヒューマニズムなんてことが言われている時代です。そういう中で「美」は、人間が人間たる最後のファクターなのではないのでしょうか。「美」を手放した人類はどうなるでしょう。それは新たな時代の始まりではなく、もう人類の終わりになる思うのは私だけではないでしょう。
先人たちは素晴らしい「美」を形にして見せ、感じさせてくれました。しかし現れた形は具現化しただけであって、その形をなぞってもそこに「美」は現れて来ない。その心を感じない限り、「美」は満ちて来ないのです。

肉体が消え、今まであったものの形が無くなって、あらゆるものがヴァーチャルに移行して行くこれからの時代に於いて、「美」だけが人間を人間たらしめ、次世代を切り開く力となる、と私は感じています。

さて邦楽は、琵琶樂はどうなって行くのでしょう。

美しい音楽を創って行きたいですね。

見えてくるもの



一昨年の今頃、突然ふと行きたくなって出かけた秋篠寺の庭&伎芸天

もうすっかり秋ですね。ここへきて、周りの仲間たちが一斉に活動を始めました。私は運よく夏前から活動が戻り、時に例年より忙しい程に声をかけて頂いているのですが、これまでなかなか活動がままならない仲間も多く、ちょっと気にかかっていました。
それが今月に入り、何人もの仲間から連絡があり、活動を始める連絡をもらって本当に嬉しく思っています。皆それぞれのスタイルで次の一歩が出て来たのは嬉しい限りです。中には海外に居る人もいるし、様々な事情で心機一転という人もいるのですが、やっぱりこうして連絡を取り合ってみると、仲間あっての自分だな、という想いをかみしめました。
琵琶樂人倶楽部にて、朗読家の櫛部妙有さんと(今月のものでなく、昨年の写真)

私のミュージシャン生活も、あっという間にうん十年経ちますが、やればやる程、見えてくるもの、そして見えずらくなってくるものがありますね。例えば「呼吸」とか「間」とかいうものは、どんどん手に取るように見えて来てます。これは武道をやっているせいかもしれませんが、言い方を変えれば、相手とのアンサンブルが上手くなったとも言えますね。
また社会の中での自分の姿は見えているようで、見えてないのかもしれません。音楽家は皆アピールする力が並ではないのですが、社会に向けるそのアピールの度合いが難しいのです。美術や文学などの芸術家と違って、活動を展開して行かなくてはいけない舞台人は、このバランスを欠くと、一気に活動が停滞してしまう。これが本当に難しいところなのです。

今年2月の日本橋富沢町楽琵会にて、筑前琵琶の鶴山旭翔さんと。こういう華のある方と御一緒するとよく自分の姿が見えて来ます。
私が10代の終わり頃、ギターで仕事をやり始めるにあたって、師の潮先郁男先生は「何か別の趣味を持ちなさい」と言ってくれました。以前は、気分を変えてリフレッシュする事なんだと思っていましたが、この年になると別の意味が見えて来ます。例えば私がやっている古武術の様に、一見音楽とは関係ないものをやることで、客観的に見えてくるものが沢山あるのです。音楽だけやっていたらきっと見えなかったことが。
別の視点を持つというのは、この所書いている、別のレイヤーを行き来するという事にも通じます。何か自分の視点を別に移して、客観視するという事は世阿弥も言っていますが、これが出来るかどうかは、ものすごく重要なことだと感じています。日本人は「これ一筋」「一生懸命」という事に美徳を感じやすいですが、それ故に視野が狭くなり、本来の自分が歪んでしまう例をかなり見てきました。自分では、それなりになっていると思っていても。違うレイヤーに居る人にとっては、全く違う面が見えるものです。複数の視野を持っていない人には、絶対に判らない。特に時代がこれだけ急激なスピードで移り変わっている現在、ここはセンスを問われる重要な部分だと思います。

先日、仲間とこんな事を話しをしていて、その中で「自分の音楽的ルーツはどこなのか」という話題になりました。私は色々な音楽に影響を受けてきましたが、一番はいつも書いているようにマイルス・デイビスです。しかし自分に似ているものを感じるという事になると、パットマルティーノとしか言いようがないです。それが今年に入ってあらためて見えてきたものです。このギタリストは基本的に前衛を走るタイプなのですが、伝統的な流れもしっかり押さえている。しかも伝統には流されずに、伝統の様式で演奏しても、オリジナルなスタイルできっちりと片を付ける。それも文句のつけようがない位のハイレベルでやってのける。よくよく考えてみれば、私のCDの創り方や演奏のやり方と全く同じです。

上記の左側のジャケットは「Consciousness」というタイトルで、かなりとんがった当時の最先端な内容。しかしその演奏も驚くべきレベルで、今の耳で聴いても無双状態という感じ。私の1stアルバム「Orientaleyes」は正にこれを目指していました。今またこの1stアルバムに帰ろうとしている自分が居ます。
そして右側は「Exit」というタイトルで、前衛とオーソドックスの両方が入っているのですが、両方とも洗練の極みに達しています。もうジャズギターをやる者にとってはバイブルと言ってもよ
い程の作品です。オーソドックスなものもスタイル自体は伝統的なものですが、すべてに渡って彼流のセンスが光り、しかも他の追随を許さない程のウルトラハイレベルで表現しています。これは私の「沙羅双樹Ⅲ」で目指した内容です。私のCDでは、前衛作品はヴァイオリンと琵琶の為の「二つの月」。オーソドックススタイルは「壇ノ浦」。勿論伝統へのリスペクトは忘れませんが、伝統に寄りかからず、媚びず、且つ群れない。私は私のやり方で、オーソドックスも前衛も、きっちり塩高流で片を付けたつもりです。これは私の姿勢であり、今後もずっと変わらないスタイルです。

私はパット・マルティーノの様に高いレベルにある訳ではないですが、思考ややり方、演奏している姿等々、あまりにも似ているという事が最近分かってきました。
パット・マルティーノのLPは高校生の終わり頃から、20歳前後まで聞きまくっていたのですが、もう完全に我が身に染み付いているのでしょうね。今でも一番のフェイバリットギタリストですが、その軌跡と姿を改めて見て、そこからあまりに大きな影響を受けていることにびっくりしています。多分性格もどこか似ているのではないかと思います。

パットマルティーノと同世代の人にジョージ・ベンソンが居ます。ベンソンは世界の大スターとなり、ショウビジネスで歌手としてもギタリストとしても成功しましたが、マルティーノの方は比べると地味なものです。ショウビジネスとは無縁で、且つ何度か病気をして復活してきた方です。しかし現在では、ジャズギタリスト達からは、リビングレジェンドとまで言われています。二人は60年代から友人同士だったそうで、パットマルティーノが復帰した時にも、ジョージベンソンがその復活のライブステージに駆け付けたそうですが、その後の人生は全く違う道を歩み、二人ともそれぞれの形で自分の道を全うしています。

友人と久しぶりに、ゆっくり近況報告などして喋っている中で、また一つ自分の姿が見えてきました。人にはそれぞれ「分」というものがあると言われますが、「けれん」「虚飾」にまみれた世の中であっても、余計な背伸びをしないありのままの自分で、これからも活動を続けていきたいですね。それが私のやり方なのです。

日はつれなくも秋の風

昼間はまだまだ暑いですが、もうすっかり秋の風を感じるようになりましたね。この時期になると芭蕉の「あかあかと 日はつれなくも 秋の風」という句を想い出します。そしていつも思うのは、やっぱり琵琶は夏が似合わないという事。薩摩琵琶だったら秋から冬、樂琵琶だったら春もいける。しかし夏だけはどうも琵琶の音は響いてこないですね。まあ私のイメージでしかないのですが・・・

琵琶樂人倶楽部にて photo新藤義久

琵琶の音が響き出すのは、秋の風を感じ始めてから、と毎年思います。今年は夏が結構忙しかったのですが、例年ですと8月は月に3・4回程度の演奏会しかなく、毎年夏はゴロゴロ夏休み状態です。9月に入ると気合も元気も上がってくるのか、演奏会もぐっと増えてきて、秋の演奏会シーズンに向かって、調子が戻ってくるのが常です。
先日は琵琶樂人倶楽部にて朗読家の櫛部妙有さんと演奏してきたのですが、樂琵琶の音と、しっとりとした櫛部さんの語り口がいい感じでマッチして、静かな良い会となりました。ここら辺りが秋のスタートですかね。今月も半ば過ぎから、結構忙しくなります。ありがたいことです。
そして今回のこの櫛部妙有さんとのプログラムは、ほぼ同じ形で10月18日埼玉県の入間市にある、武蔵藤沢の武蔵ホール(https://musashihall.art/)にて再演することとなりました。詳細は近々HPのスケジュール欄にUPしますので、是非チェックしてみてください。
マイルス210代の頃はマイルスやコルトレーンを聴いて、「NYに行くぞ」なんて毎日ほざいていました。
音楽を聴いていて、音楽の内容は勿論の事、それ以外に、風景や風、光等、何かが+アルファで想起されると、グンと沁み入って来ますね。得てして優れた音楽と演奏は、演者側はそんなつもりがないのに、リスナーが色んなイメージを掻き立てて聴いている、聴くことが出来る何かを持っているものです。そうすると音楽は確実に記憶に残って行きますし、人の心を捉えるのではないでしょうか。私にとっては10代の頃から狂ったように聴いていた、マイルス、コルトレーン、そしてアルボ・ぺルト、高橋竹山・・ect.こういうものは今聴いても、一瞬でその世界に飛んで行ってしまいます。想像力を掻き立てられると、音楽の染み渡り具合が全然違うんです。逆に「こういうもんだ」と押し付けるような音楽・演奏は、押しつけがましく作為的過ぎて、どうにも想像力が動き出しません。

作曲する方から言うと、私はいつも風や月、空など、自然の風景をイメージし、テーマにしています。私が春になると梅だの桜だのと毎年ブログに書いているのも、そのイメージを追いかけて、自分の中で膨らませているからです。まあ遊んで回っているようにしか見えないと思いますが・・・。特に私の曲は歌詞が無い分、作曲の動機としてのイメージはとても重要なのです。特定の風景や、ストーリーを盛り込む事も多いのですが、そのものを表現するのではなく、イメージを根底にして、ある種抽象化して行くように自由に音楽を創り演奏します。だから共演者の方によって捉え方が様々で、表面の形はどんどんを変化してきます。でもどんな方がやっても、そこはかとなく根底にあるイメージが浮かび上がる。そんなのを目標にしています。リハーサルでも、音を出しているより曲について話をして、共演者のイメージを膨らませてもらうようにしています。皆さん素敵な感性を持っているので、その人なりのイメージで音楽に命を与えてくれるのが嬉しいですね。


10年前の高野山常喜院演奏会入口看板 共演の笛奏者 阿部慶子さんと。常喜院脇の紅葉

秋の風が吹いてくると詩情も掻き立てられ、曲も浮かんできます。上の写真は10年前の高野山での演奏会のものです。あの頃は毎年10月になると高野山金剛峰寺の前にある常喜院さんで演奏会を開いていたので、高野山のパワーと霊気を体に浴びていたんでしょうね。様々なイメージが浮かび上がり、今とはまた違う勢いがありました。それにしても10年前は若いな~~。
活動の仕方もあの頃と今ではかなり変わっています。意識的に変えたのではなく、自然と今の形に導かれたという感じですね。30代には30代なりの、40代には40代なりのスタイルというものがあり、それは肉体や精神と共に緩やかに変化して行くものです。今50代になって、より自分らしく無理がなくなってきたのは良い事だと思っています。来るべき60代に向けて、もう少し変えて行く必要も感じていますので、来年辺りからまた次の段階へと進んで行くことと思います。

今はやはり作品創りですね。もう少し私独自の世界を形作る為にも、今年来年位で、様々な作品創りが重要課題だと思っています。今一番に考えているのはバラードです。それも薩摩琵琶を使ったバラード。薩摩琵琶では、バラードというスタイルが無かったですので、是非創りたいのです。途中盛り上げて、ストーリーで構成するのではなく、あるイメージや気分、匂い、想い・・そういうものを次は創ってみたいですね。さてどんなものが出来上がるのやら。
ゆううんLive

今月は27日にちょっと素敵なサロンコンサートがあります。

赤坂見附のドイツワインの専門店「ゆううん」にてライブ&生配信による演奏会です。第一部が尺八の藤田晄聖君を迎えてデュオ&ソロによる演奏、第二部はメゾソプラノの保多由子先生を迎えて、メゾソプラノと薩摩琵琶による演奏という、新たな形の琵琶歌によるライブとなっております。これは私が考えて来た琵琶の次世代の姿でもあり、今回が初の試みです。それぞれHPのスケジュール欄に乗せてありますので、ご覧になってみてください。

劇場などのイベントに対して、規制が緩和されてきましたが、是非演奏会はこれからも良い形で続けていきたいですね。配信など、映像はこれからどんどんと進化発展して行くでしょうし、今後の活動でもかなりの比率を締めて行くと思いますが、生琵琶の響きもぜひ体感して頂きたい。次世代の演奏会の形を、これから模索していきたいと思っています。

成就する想い2020

世はまだ混沌としていますね。過剰な消毒やマスク強制等、もう止めようにも止められない所まで来ているようにも思いますが、ここをいつ乗り越えられるか、そこに今後がかかっているように思います。

鎌倉旧村上邸

6月に演奏した、鎌倉旧村上邸能舞台にて 能楽師の安田登先生、Spacの女優 榊原有美さんと

私は、お陰様で色々と演奏会の機会を頂いております。本当にありがたいことです。月末はサロンコンサートが二つありますし、順調に行けば、来月は先月に続き神戸、そして金沢と地方公演も出来そうですし、市民講座などのレクチャーの仕事も始まります。
続けていれば、失敗とまでいかなくても上手く行かないことも多々ありますが、それでも先へ先へと続けていられるのは、何かの導きを感じますね。
こうして演奏出来るだけでも、本当にありがたいのですが、やればやる程、充実した演奏をやりたいと思う気持ちが高まります。私は成功したいとか、派手な活躍をしたいという願望はほとんどなくて、それよりも自分で納得のいく演奏会を続けていきたいという方が常に優先しますね。
先日の座・高円寺では、津村禮次郎先生と私の樂琵琶による静謐極まるラストシーンが素晴らしかったのですが、あの時は会場と観客と私と津村先生と、そこにあるあらゆるものが一つの調和をしていました。あの時あの場でしか成就しない得難い約8分間でした。あんな演奏会がをこれからも開けて、それを人生として生きて行きたいですね。

ただ決して私はこじんまりコツコツと、というタイプではないので、どんどんとその活動を全国に、そして世界に広げて行きたいとも思っています。ショウビジネスとして飛び回りたい訳ではありません。そこを理解してくれない人が多いのですが、売れる・有名になるという気持ちが先に来ると、音楽がそちらにどうしても傾いて行きます。それでは私の想いは成就しないのです。あくまで自分の想う音楽を想うようにやりたいですね。

想いを成就させるには、様々な形でのパートナーシップが必要です。音楽だけでなく、生活でも仕事でも何でもパートナーシップは大事です。若い頃は一匹狼を気取っていたかもしれませんが、それでもやっぱり仲間が居たからこそやって来れたのであって、一人では何も出来なかったでしょう。年を追うごとにその大切さを想いますね。

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左:京都清流亭にて、中:箱根岡田美術館にて、右:広尾東江寺にて 笛の大浦さんと

琵琶を始めた当初は笛の大浦典子さんと組んで、かなりの数の曲を作曲し、全国色々な所へ行って演奏していました。不思議なことに長年コンビを組んでいても、プライベートでは全く付き合いが無いのですが、それが良かったんでしょうね。分野限定でしっかり組んで行く方が、上手く行くというのも、こうしたコンビネーションから学びました。今でも大浦さんとは事あるごとに組んでいて、来月の品川区の講座でも一緒なのですが、最近は邦楽器よりも、洋楽器と組むことも多くなりました。特に一昨年「沙羅双樹Ⅲ」のレコーディングでVnの田澤明子先生に共演をお願いしてから、徐々に洋楽器とのデュオが増えてきました。

日本橋富沢町楽琵会にて、Vnの田澤明子先生と photo新藤義久
この所、これまで樂琵琶でしかやって来なかったシルクロード系の曲を、視点を変えてみたら薩摩琵琶でも出来そうな感じがしてきて、いろいろいじり倒していたのですが、田澤先生や、ここ数年お世話になっているフルート奏者の神谷和泉さんに、この自粛期間中に創った曲の譜面をいくつか送ったところ、素晴らしい形で曲が仕上がって来たのです。これからがまた楽しみなのですよ。私は誰かパートナーが居ると、自然と発想が浮んでくるタイプの様です。
実際作曲する時には、演奏する人の姿を思い浮かべて、その人と舞台に立っている情景まで見据えながら作曲しています。もっと言うと、どんな演奏会で、プログラムの何番目に演奏するという具体的な所もシミュレートしています。舞台全体をプロデュースするようなつもりで作曲しているので、誰と組むかは、とても重要なのです。
出来上がった曲は独り歩きしますので、後には他の人とも演奏する機会も出てくるのですが、初演は思い描いた人でないとだめですね。パートナーの存在がとても大きい。たぶん自分で気が付かないうちに、ああだこうだと色んな事を要求しているのかもしれませんね。すいません。でもパートナーが居てこそ様々な発想が出て、そして曲として姿を見せてくれるのです。

今年の1月、愛知県大府市のおおぶこもれびホールにて、安田登先生、浪曲師の玉川奈々福さんと

そして最近特に私が感じているのは、歌に関してです。私はもうほとんど歌うという発想が無くなって来まし
た。お仕事もありますので、多少の訓練はしておきますが、語り物をやるのであれば、やはり声の専門家を立てた方が良いですね。器楽としての琵琶樂が、琵琶を手にした最初から一貫した私のモットーですので、この想いも、ここへきて段々と成就しつつあるという訳です。弾き語りもやらない訳ではありませんが、やっぱり自分は歌う人ではないですね。20年以上かけてやっとその想いに至り、そして解放されました。

さて今日はこれから第153回琵琶樂人倶楽部です。朗読家の櫛部妙有さんを迎えて、国木田独歩の「たき火」を樂琵琶で合わせます。その樂琵琶の独奏やお話なども交えてやって行きます。是非お越しくださいませ。

私の想いは少しづつ成就して行く。音楽も生活も素敵な仲間に囲まれて、ゆっくりだけど一つ一つ成就して行く。その過程が一番の喜びであり、糧でもあり、そして人生でもあるのでしょうね。

弾力

先週、神戸凱風館での演奏をやって来ました。安田登先生と、俳優の榊原有美さんと私とでやったのですが、このトリオも回を重ね、なかなかこなれて来て、今回も大変内容の高い充実したパフォーマンスとなりました。
凱風館1m
ネットに上げてくれた写真を頂きました

凱風館は合気道の道場なのですが、響きや会場の気の流れのようなものがとても心地良く、また神戸という土地もどこか自分と呼応するものがあるのか、舞台に立つ充実感のようなものを感じました。改めて自分は琵琶を背負って、色んな土地を回るのが仕事なんだなと感じましたね。

それにしても、この混乱の時期にこうして毎週舞台の機会を頂けるというのは、ありがたい事。来週も定例となりつつある狛江のプルワリにて、Vnの田澤明子先生とデュオによるライブがあります。今回はデュオの他、Vnの独奏もたっぷりと聴いて頂きます。是非お越しください。

プルワリ2020-9-5m

私の様に枠外のような立場で世間を渡っていますと、世の中の様々な話題を耳にするのですが、その中でも現代日本の「弾力」の無さという事を、この所実感しています。これは私が東京に出て来た頃から少しづつ感じてはいたのですが、このところ特に、世の中、効率の良いものや、役に立つものばかりを追いかけ過ぎるているな、と思う事が多くなりました。
ものごとを無駄と有効に分けてしまう狭い近視眼的な視野は、人間としても国家としても危ない気がしますね。都市というものは、多様性の塊であって、その多様性から異種混交が始まり、多種な芸術や文化、風俗が生まれてくる、正にメルティングポットとなる場所なのです。だからこそ皆都会を目指して上京するのです。常識・非常識、聖・俗、善・悪の境界を越えるからこそ、そこに次の時代が見え始め、アートが生まれてくるのであって、視野が限定されてしまってしまうと、一つの価値観以外の者は皆「落ちこぼれ」となり、いつしか身動きの取れない石の舟と化してしまう。メルティングポットたる都市で、多様な生き方や考え方が出来なくなってくるという事は、国家が良い方向に行っていないと感じても致し方ないですね。きっと戦前の日本などそうだったのではないでしょうか。
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六本木ストライプハウスにて パフォーマンス:坂本美蘭、尺八:藤田晄聖 各氏と
「弾力」は言い換えれば多数のレイヤーです。凶悪犯罪を起こすようなものでない限り、どういう生き方をしても良いし、様々な考え方があっても良い。年齢性別関係なく、多種多様な生き方が可能であるという事。まだわずかな隙間があるから、琵琶を背負って諸国を回るようなやつも、その中で自由に生きて行けるという事です。
専制国家でもあるまいし、ステレオタイプで、皆と同じような価値観と暮らし方をしなくても、良いではないですか。「should」の多い環境では、誰しも窮屈になってしまう。孔子様も言っていますが、「should」ではなく、どんなものも楽しむ位でちょうど良い。のんびりと世のあわいに暮らして行く人が居ても良いでしょう。芭蕉などは身分制度の枠外に身を置いていたからこそ、多くのものを自由に見て、感じることが出来たのではないでしょうか。
今、現代日本はどうでしょう?。メディアに洗脳され続け、国民全員が同じような、目に見える豪華さや、キャリアを追いかけるように先導され、それが無いと不安になってしまうメンタリティーに陥っているのではないでしょうか。「普通」という言葉で、空気を読み忖度をし、皆が同じ感覚を持ち合わせることを強要する。しない奴が居ると目障りで、且つ不安になる。

学歴や肩書、相応のキャリアが無いと、負け組だと判断してしまうような小さな狭い心が世に蔓延していて、逆に枠外に身を置いて自由に生き、感じ、ものを発信して行く人が、今どんどんと減っています。皆同じ方向を向き、単一のレイヤーの中で「落ちこぼれ」ないように常に気を遣って生きなくてはならないような世の中では、社会のストレスは大きくなるばかりでしょう。そこに豊饒な文化が生まれる訳はないのです。

コロナ禍で現代日本の、そんな脆弱な社会と精神が浮き彫りになりましたね。私がSNSをやらないのは、フィルターバブルによって強迫観念にも似た同調意識に支配されたくないからです。

4「良寛」公演の練習時、 緑泉会稽古場にて津村禮次郎先生、中村明日香さんと
琵琶法師は勿論、世阿弥も芭蕉も出雲のお国も、皆、世のあわいに自らを置き、身分制度の枠の外に居たからこそ、新しいものを創造しえたのです。与えられた既存の形を求め、自分の承認欲求に囚われているような者は、見えるものもフィルター越しに見て、五感もしっかり去勢され、ものの本来の姿は見ようと思っても、見えようがない。そんな囚われの状態の者に、どうしてものが創れましょうか。目の前に振り回され、踊らされ、創造する心を失ったものは、どんなものでも滅ぶ運命なのです。
この地球の豊かさは、その多様性こそが象徴であり特徴です。豊饒なまでに様々な生命が溢れ、実る惑星だからこそ、そこから多種多様な文化が生まれ、暮らしが生まれ、それぞれの国が生まれる。色んな物がひしめき合って、連鎖が生まれ、文化が、エネルギーが生まれるのです。全ては響き合っているのです。中には悪もあるでしょう。しかし悪であろうと、負であろうと、すべてが響き合う事で地球は成り立っているのです。自分に都合よいものだけでは成り立たないのです。
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昨年12月の日本橋富沢町楽琵会にて、能舞:津村禮次郎先生、Vn田澤明子先生と
視点を変えると、自分の生まれ育ったこの地から生まれたものは、皆必然があって生まれてくるという事も改めて感じずにはいられません。世の中には清濁あらゆるものがあるけれど、そのあらゆるものは皆根を持っていて、その根から必然に生まれ、縁で繋がり、今に受け継がれている。日本の湿潤な気候、山海に囲まれている土地、そして世界一長い歴史。それらはずっと途切れることなく続いてきたからこそ、今我々はここに居る訳で、その継承から様々な音楽や芸能も生まれてきたのです。それはどの国でも同じことでしょう。文化も暮らしも、それぞれの土地から多くのものが生まれ、派生し、影響し合って、またそこから新たな繋がりを見せ多くのものと響き合って、今に至るのです。

所変われば、感性も違うし、善悪という概念も違う。しかしそれら多様な感性と生活が交流し、共存し響き合ってこそ社会が生まれるのではないでしょうか。自分と合わない異質なものを排除してしまうような薄っぺらく狭い感性では、響き合いが生まれようがありません。流れの止まったものは、本来清らかな水であっても濁ってしまうのです。私達の身体が1秒も止まることなく動き続けているように、響き合って、常に流動してこそ命ではないですか。そこに必要なものは、それらを皆受け入れ、受け止める懐の大きさ、つまり「弾力」です。その土台がないと響き合う事は出来ません。

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ヴィオロンにて photo 新藤義久

これからの日本に、弾力が戻ってくるでしょうか。生き方を強要された中では、明日は無いですね。でも自分の中から感性は変えられます。一つのレイヤーに自分を置かず、別のレイヤーに移動するだけで、見える世界が変わります。これこそが「弾力」!!。きっと琵琶法師みたいな者は細々とでも生き残って行くと思いますよ。私が感じる範囲でしかありませんが、世の中の硬直化の反面、部分的には解放されてきている所も感じています。その流れが大きな懐となり、世の弾力となって行って多様なスタイルを受け入れ、新たな命につながって行く、そんな世の中になって欲しいですね。

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