風のように2021

また大きな地震がありましたね。なんだか不安の種は尽きません。先日は物凄い雷の後の虹が素晴らしく、世の中が一難去って、好転して行くような期待を持って見ていましたが、まだまだ楽観はできないですね。しかし外では、桜もそろそろ見頃になってまいりましたので、これからの花の饗宴の季節を希望を持って迎えたいと思います。

善福寺緑地2021

演奏会の方も徐々ではありますが、始まって来ています。実は休止状態だった日本橋富沢町楽琵会が復活することになりました。場所も新たに日本橋の老舗呉服屋、田源さんの催事場での開催となります。名称も「人形町楽琵会」と変更することになりました。また内容についてはあらためてお知らせします。乞うご期待!。
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日本橋富沢町楽琵会:左 第15回 龍笛 久保順さん 笙 ジョウシュウ・ジポーリン君 
日本橋富沢町楽琵会:中 第一回目公演
日本橋富沢町楽琵会:右 第19回 Vn 田澤明子先生 能舞 津村禮次郎先生 photo 新藤義久
先日「打つ手なし」という発言も出てきましたが、もう生活全てに於いて自衛して行く覚悟を持たないと難しい時代に入ったと感じています。地方公演も、これまで通りに復活するのにはまだ数年かかりそうな感じですし、当分は自分で企画出来る規模のものが中心になって行くでしょうね。舞台人にとって、ここ数年は活動の在り方についての試行錯誤の期間になると思います。
これまでもそうでしたが、今後は「自軸」という事が一層キーワードになって行くと思います。自分の意見を明確に持って、自分で責任も持って、自ら動かない限り、何も行動を起こせなくなるんじゃないでしょうか。オリンピック関連ではベテラン達の発言が何度も問題になっていますが、キャリアを積めば積むほどに頭を柔らかくして、時代の変遷を敏感に感じ取って、先を行くようでなくては、この激動の時代では活動出来ません。
琵琶樂人倶楽部にて、笛の長谷川美鈴さんと photo 新藤義久

大体、次の時代を開くのは、形骸化した組織の常識や枠からはみ出して、オリジナルな形を作った人です。つまり自軸で動いた人達です。永田錦心、武満徹、鶴田錦史、海童道祖、魯山人、南方熊楠等々、皆自分の意志で、自らの目標に向かって動いていました。
人間は、新たな時代の中で、新たな形に生き方を変え、時代に対応し、各時代を形作って来たのですから、目標に向かって行く為には形を変えて行くセンスも必要ですね。旧態に固執していては自滅するだけです。そして今がその時代の形の変わり目の真っただ中だという事です。

こういう時代にあって、芸術の存在はとても重要になってくると思います。芸術の良い所はとにかくルールが無い所です。どんな表現でも技でも良いし、作り手の感性のままに何も制限の無いところで成立するのが素晴らしいのです。何物にも囚われる必要が全く無く、思い通りに何でもやって良いのです。そしてやるからにはその責任も全部自分で背負う。正に今の時代に求められていることが、芸術の姿と一致します。
何事も同じですが、何か既存の基準やルールの中での価値観に陥ると、感性が閉じてしまいますね。出来合いの枠の中に安住する優等生では、次の時代を生きられない。現状に対しちょっとアナーキーな位でちょうどいいと私は思っています。
琵琶樂人倶楽部にて photo 新藤義久
社会を形成して生きて行く人間には、ルールはとても大事なことですが、ルールというものは小さな枠の中だけしか通用しないうえに、時代が変われば、その枠の中ですら通用しなくなる。それも突然に。
人間が社会的存在としてのみで生きて行けるのなら、芸術は必要ないでしょう。しかし法律やルールなどの規範を超えた所に人間の営みがあるからこそ、芸術はどの時代でも絶えることが無いのではないでしょうか。例えば、平家物語の魅力は、ルールなどお構いなしのリアルな人間像が浮かび上がって来るところだと思います。我が子を見殺しにして逃げてしまった知盛の深い悲しみと、その後の死に向かって戦に突き進む姿、乳母子との厚い情と絆の中で死んでいった義仲、乳母子の捨て身の行動に反応もせず、独りよがりで助かろうとした宗盛、そして戦の時代に生きた女性たち等々、動乱する世の中での生々しい人間の姿が、物語のストーリーと共に目の前に迫ってきます。生き死にの場に於いて、ルールは無いのです。ルールでは語れない人間の奥底にあるものが、受け手を惹きつけるのだと思いますが、如何でしょうか。ちょくちょくブログに登場するアンティゴネーも、法律を盾にするクレオーンに対し、自分の意思を優先して行動するアンティゴネーの姿に、人間の人間たる姿を感じ深く感動するのです。

今、時代は正に変化の只中に在るのです。そんな中に於いて、私は人間が人間として生きて行く上で、目の前のルールに囚われていたら、前には進めないと思っています。ルールは所詮人間が考えたもので、真理ではありません。
私のような長く生きている者が時代の変化を受け入れ、自ら変って行ける感性があるかどうか。問われていますね。自分の意見を持って、自軸で生きて行かざるを得ない時代が来ているのです。
2016年キッドアイラックアートホールにて、自由な風を感じたライブ
As:SOON・Kim  Dance:牧瀬茜 映像:ヒグマ春夫各氏と
私の作品には風をイメージした曲が多いのですが、それは私が風という存在に憧れがあるからです。風には国境も小さな枠のルールも無い。ただありのままに漂うだけ。人間は土地にしがみつき、社会にしがみついているので、自分の存在を証明するものが欲しくなって、どうしても自由に動けず、自由な心を保つことがなかなか出来ないものですが、そういう人間にとって、芸術だけがそこから解放して、心を風の様に自由にしてくれる唯一のものかもしれません。私は何か窮屈に感じる時には、風を想います。自分が何に囚われ、何に縛られているのか、そこから自由に、自分の思うように、思う所に羽ばたいて行くにはどうしたらよいのか。風に身を任せると、おのずと自分のすべきことが解ってきます。
善福寺緑地2021
風のように生き、人生を歩みたいですね。

10年

あの日から10年が経ったのですね。私の感覚ではこの10年という年月を、時間の概念では捉えきれません。

2021-3.11m
先日阿佐ヶ谷ヴィオロンでやった3.11追悼の会

今年は毎年やっている追悼集会を、8日にヴィオロンでやりました。昨年からのコロナ騒動で、いつものルーテル教会は使えないとのことで、主催の和久内明先生から相談があり、ヴィオロンを紹介させてもらいました。いつもよりは小さな場所になってしまいましたが、沢山の人が集まってくれました。こんな時期にありがたいですね。今、人が集まる場というものがどんどんと無くなっている事を考えると、この3,11はじめ、過去が忘れさられて行く時代になって行くような気がしてなりません。

3.11は単に震災というだけでなく、津波や原発事故という現代の日本社会が抱える様々な問題を炙り出してくれました。今回のコロナもそうですが、日本も世界も、はっきりと変わるべきところに来ているのでしょうね。エネルギー問題一つとっても、もうガソリンや原発の時代ではないでしょう。



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2017年の3.11追悼の会 福島 安洞院にて 詩人の和合亮一さん 能楽師の津村禮次郎先生と

それに「鎮魂」という言葉を意識したのは、この震災からでした。私は平家物語をやっていながら、今一つ「鎮魂」というものが我が身に入って来ませんでした。平家の人々に対して、特に思い入れがあるという訳でもないし、リアルな体験も経験している訳でもないので「鎮魂」という言葉は、琵琶の演奏に際して使わないようにしていました。しかし3.11の後、福島市や南相馬市、飯館村にも何度も行き、現実の姿を目の当たりにして、「鎮魂」という言葉が、自分の中で重い言葉として感じられるようになりました。

日本の歴史を見て行くと、鎮魂はとても大きなキーワードとして歴史の中に登場します。平家物語を筆頭に、それは芸能と社会の在り方という部分にもつながるのですが、鎮魂の思想は日本人の文化的感性の中に深く土台として存在しているのではないでしょうか。
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2018年の3.11追悼の会 福島安洞院にて 詩人の和合亮一さん 俳優の紺野美沙子さんと

3.11そしてコロナ禍を通して、日本人はそこに無力感も希望も、様々な想いをないまぜに感じながら生きて来ました。不都合ともいえる真実も炙り出され、多くの事を見、聴き、経験して来たのです。またこのコロナ禍を経て、更に色々な想いが湧いてきた事と思います。
思い返してみると、3.11の後、私はしばらく無力感を感じ、体調もすぐれなかったのですが、しばらくして、より「自分らしくありたい」という想いがふつふつと湧き上がってきました。私自身は被災した訳ではありませんが、地震、原発事故、政府、日本という国の未来等、感じる事、思う事、考える事ことは沢山ありましたし、自分が年を重ねるにしたがって、我が身だけでなく、次世代に対する気持ちというものも出て来て、結果、自分が自分らしくあることが一番大事だろうという想いを強くしました。
しかし「鎮魂」という事は未だに私にとって、簡単に口には出来ない言葉であり続けています。それは本人にその心が明確になければ、偽善でしかないだろうし、自分に対しても偽った音楽をやることになる。それだけ「鎮魂」という言葉は重いと感じているからです。私が出来ることは、ただ聴いてもらうという事だけです。私が何か出来るとしたら「祈る」位でしょうか。それもあくまで私個人の側からのメッセージとして、祈りを込める事しか出来そうにありません。相手の魂を鎮めるという事はとてもとても深い事だと思えるのです。

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琵琶樂人倶楽部にて photo新藤義久

黛敏郎さんの「音楽は祈りと叫びである」という言葉の通り、奏で、語るという事は正に鎮魂と密接な関係にあるのだと思います。少なくとも日本の芸能は正に祈りと叫びであり、そのまま鎮魂につながっていたことと思います。

先日、楽しいウクレレの演奏を聞きましたが、とても上手な舞台運びで、聞いている皆さんも本当に楽しそうで良かったですが、私の音楽や舞台とはまるで違う星の音楽の様にも聞こえました。これは同じ邦楽をやっていても、時々共演する人に対して感じることがあります。そういう音楽に接すると、逆に自分の音楽がどういうものなのか、よく見えて来ます。私は性格的にも見た目にも、人を安心させて楽しませてあげるような、エンターテイナーの質を持っていないのでしょう。まああまり人の役には立たないかもしれませんが、私には私がやるべきところがあると思いますので、それを淡々とやって行くしかないですね。

10年が経って、震災がもたらしたこと、教えてくれたことを、今静かに思い返しています。そして現在コロナ禍にあって、これからの世の中で、どういう意見を持って、どう生きて行きたいのか、改めて考える時だと感じています。

夕雨

すっかり春の風を感じますね。まだまだ肌寒いですが、季節が移ろって行く時の風情は大好きです。また先日は夕方から雨が降り、気分がしっとりと落ち着きました。

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善福寺緑地

私は雨が降ると何故か感性が開くというか、刺激されて、発想が沸いて出て来ます。「而」の魔術的な時間が雨によって刺激を受けるのでしょうか。先日はデヴィッドラッセルの「バリオス作品集」をずっと聴いていました。精緻且つ端正な表現の中に類稀な美音が響き渡り、音楽が私の内面に向かって満ち、広がって行くのです。私は基本的に外に向かって行く音楽よりも、内面に響く音楽が好きなので、一見派手なコルトレーンやマイルスの音楽も、実は内面に深く響き渡る部分にぐっと来るのです。雨の風情とそんな内に向かう音楽は、いつも私を満たしてくれます。今回もずっともやもやしていた独奏曲の冒頭の部分が、雨の到来と共に頭に浮かび、すらすらとフレーズが出てきました。それまで数日ちょっとうだうだとしていた気分も上向いて、陰から陽へとじんわりと変わって行きました。
この時期は震災の事もまだまだ記憶にあって、ウキウキはしていられないのですが、何か季節の移り変わりと共に、心身が動き出したようです。

今週は8日に3,11の追悼の会をヴィオロンでやります。毎年ルーテルむさしの教会でやっていたのですが、こういう時期ですので、今年は使えず、急遽ヴィオロンでやることになりました。震災については、年を重ねるごとに色々と考えることがありますね。コロナ禍中にある今、生活全般に渡って今後の在り方を見直す良い時期だと思っています。

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そしてすぐ後の10日には、第159回の琵琶樂人倶楽部があります。今回は筑前琵琶の本場福岡から、今とても勢いのある奏者 石橋旭姫さんが来てくれます。筑前琵琶の演奏は関西や九州が中心で、なかなか関東では本格的な演奏が聴けませんので、とても良い機会だと思います。曲は「舞扇鶴ヶ岡」「清水一角」をたっぷりと弾き語りして頂きます。 
私自身が普段からあまり弾き語りをやらないので、オーソドックスな近代琵琶樂をしっかり聴きたい方には、是非是非お勧めです。石橋さんとは2018年に、琵琶樂人倶楽部でもおなじみの平野多美恵さんが主催した「森の中の琵琶の会 薫風」でご一緒させてもらっていて注目していたのですが、今回御縁があり、出演の運びとなりました。ご期待ください。尚開演時間が1時間繰り上がって、18時30分からとなっていますので、ご注意くださいませ。

神田音楽学校音楽祭021そして12日は神田音楽学校の「神田音楽祭」が内幸町ホールにて開催されます。ネットでの配信もするようですので、こちらも宜しく。

毎年花粉の時期は暇で、4月の終わりのGW辺り過ぎからだんだん盛り上がってくるのですが、今年はちょっと先が見えないですね。秋には少しばかりお仕事を頂いていますが、自分の演奏会の企画が立てられないので、もう少し様子見という感じです。作曲も進んでいますので、秋まで時間があるというのは、ちょうど良いのかもしれません。日々の食い扶持が問題ではあるのですが・・。
コロナ禍という事もあり、色々と考えることが多いのですが、この所肉体の在り方、身体性というものに想いを馳せています。自分がそれなりの年齢になってきたことで、肉体的な衰えという所もある程度感じてくると、心の面だけを考えてはいられなくなるというのが正直なところです。
私は以前から人間は肉体的な生き物でなく、あくまで精神的な生き物であり、精神や感性こそが文化であると言い続けているのですが、この頃は肉体という所にも目が向くようになりました。前回のブログに書いたような、基本的な奥底にある感性(核と言えばよいのでしょうか)は変わらないと思いますし、そこにこそアイデンティティーもあるのでしょう。しかしそうはいっても人間は肉体を離れて存在することは不可能です。
現在は脳だけを取り出して有機体である肉体を離れ、ヴァーチャルな世界へと移行しようとするような動きもあり、また仏教の世界観などは最先端のそれらの考え方に合う様で、法華経とデジタルや量子力学の世界との関わりについて話などをする人も出て来ています。私もその辺の話は、大した理解が出来ないまでも、割と共感するところが多く、興味深く聴いています。しかし演奏家である以上、私の音楽も肉体と共に在り、また、年齢と共に演奏も少しづつ変わって来てます。
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先月の配信ライブ ベルベットサンにて
例えば演奏するだけでなく、聴くという行為も肉体を伴うものであり、聴くことで何かしらの感覚が呼び覚まされて、肉体が変化して行きます。体調が良くなる人もいるだろうし、興奮して元気が出る人もいるでしょう。精神や感性は何よりもまず中心にあるものですが、手や肌の感触、身に吹き来る風の心地など五感全ては感性がつかさどる部分ではあるものの、脳での知覚よりも、もっと先に肉体が感じるという話も聞いたことがあります。いずれにしろ肉体と感性は、お互いに影響し合って、ヴァーチャル世界の様にどちらか一方では、存在し得ないのではないかと思います。
例えば歩くしかなかった時代に、馬に乗る事で、遠いところまで行くことが出来るようになった人類は、その感性を大きく広げたことでしょう。弓矢の発明なんかも、目の前に居ない、遠くに居る相手を倒せるのですから、その感覚的変化は大きかったでしょうね。石を投げるようなものと違い、自分の身体が拡張されたように感じたのではないでしょうか。
そして馬や弓矢、各種道具に合わせ、肉体自体も変わって行ったことと思います。こうしたことは人間には多々ありますね。また社会の形成や文字や書物の発明など、人類は大きな変革をもう何度も味わってきていますが、それに伴って変わったのは感性だけでなく、肉体もそうであったと感じてなりません。肉体と精神・感性のつながりが今とても興味深いのです。

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琵琶樂人倶楽部にて、能楽師の安田登先生、俳優の名和紀子さんと pfoto新藤義久

アイデンティティーとなるような核の部分は、感性という言葉では表しきれないので、また別と思っていますが、現代の人間は100年前の人間とは自分の肉体を取り巻く生活環境も変わり、当然感性感覚も変化していると思います。
現在は様々な研究がなされていて、有名な所ではDavid
A.
Sinclair教授の「老いなき世界」なんてのもありますね。今私が20歳の肉身体を持ったとしたら、きっと見える世界も感性も変わってくるでしょうが、今のこの年齢の肉体だからこそ感じることが出来る世界が確実にあるように思います。結局肉体を離れた感性はありえないのかもしれません。

雨がもたらす心の有様は、様々なものを想起させてくれます。若い頃は心より先に肉体が動き出したのでしょうね。そういう意味では、芸術にとって年を重ねるというのは、肉体の支配を離れ、より感覚感性そのものに近づいて行く、とても良い事のように思えます。

今自分が創り、奏でることが出来る音楽をやりたいですね。

梅花の季節2021

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善福寺緑地

梅花の季節ですね。春の陽射しを感じながらも、まだマフラーが手放せないこの頃ですが、そんな中、梅花の姿がふんわりと癒しをくれます。季節が巡るというものは本当に素晴らしいです。我が家の近くにある善福寺緑地ではもう盛りも過ぎてしまいましたが、先月後半からずっと楽しませてもらいました。

桜も勿論素晴らしいのですが、梅の花は、寒さの中にほっこりと希望の光を見るようで、本当に気分が晴れやかになります。またその密やかな風情もいいですね。華々しい豪華絢爛な桜花も素晴らしいですが、梅花のちょっと控えめで密やかな姿は清らかで、とても愛おしいのです。今の世の中、そういうものがどんどんと無くなりつつあるので、梅花のあの風情を何としても、この日本の風土に残して行きたいです。そして梅花こそ日本の文化そのものだと、常々思うのです。

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善福寺緑地

そう思いながらも現実の日本社会は、もうずっと前から「迷」の時代にあると感じています。混迷、低迷・・色々な迷がありますが、今の日本社会は、行き場が無く、出口も見えない「迷」の中を彷徨っているように思えて仕方がないのです。
以前の私は梅花を目にする度に、その秘めた風情に心癒され、ただただ梅花の風情に浸って心を遊ばせ日本の豊饒な文化を感じていたのですが、この「迷」の時代にあっては、それだけでは済みません。今この「迷」から何とか抜け出して、次の時代へとシフトして行かないと、日本文化そのものが危うくなってしまうと思えてなりません。

今は24時間スマホから手が離れないという人が普通だという時代です。私にはそういう姿が奴隷のように見えます。奴隷と化している自らの姿を、自分で認識出来ていないように思えて仕方がないのです。営業活動というのならまだしも、何故そんなに自分の日常の事をSNSで四六時中発信したいのでしょう?。何故他人の日常が気になるのでしょう?。日々仕事中でも、コーヒーを飲んでいても、気になってしまうというのは、私には精神的に異常な状態にあるように思えるのですが、そう思うのは私だけなのでしょうか・・・?。

こういう時代には、前にも書いた「静寂」や「密やかさ」や「秘める」というものを社会に求めても仕方がないのしょうね。想像力もそれに伴って消えて行っているように感じます。
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2017年3,11祈りの日 福島安洞院にて
現代人は何かを成し遂げるのに、直ぐ目に見えるパワーを求めがちですが、強いエネルギーで事を成すというのは現代の幻想です。圧倒的な技術や筋肉ムキムキのパワーなど、梅花を目にして歌を詠む感性の持つ力には及びもつきません。

かつて梅花を見て歌を詠み、そこから文学や音楽が生まれて行った時、そこには豊かな感性が漲っていた事でしょう。ガツガツとした物理的なパワーではなかったはずです。圧倒的な技術や科学、武力等の物理的な力が物事を、社会を創造してきたのではないのです。梅花に心を寄せて歌を詠むその感性が文化や歴史、そして社会を創って行ったのです。物質文明にどっぷりと浸かって囚われている現代人はそこを忘れている。

そしてそんな時代だからこそ、音楽・芸術が今こそ必要なのではないかと思っています。音楽や芸術は、時代を反映するだけでなく、リスナーも作り手も、リアルな「生」を共感し、同時に次の時代を感じ、そこに生きる事への希望を見出すからこそ、大きな魅力を感じるのではないでしょうか。
残念ながら現代の日本に於いては、民族音楽や古典というものに、まるで力が無いように見えます。見渡してみれば、確かにそこに希望は見えないし、次の時代も感じられません。ただの研究発表やお稽古事になっているからではないでしょうか。民謡ですらコンクールで競い合い、家元制度が出来上がってしまうのですから・・。残念でなりません。
古典は常にその時々の時代の人々によって、時代の形で再生されるのであって、なぞられるものではありません。かつて宮城道雄や武満徹、黛敏郎なんかがその最先端にいました。海外ではグールドやブーレーズが正に古典を再生しました。今そんな精神を感じるのはどれだけいるのでしょう?。クリュレンティス位でしょうか。
彼らの音楽には旺盛に漲るパワーがありました。しかしそれは単なるムキムキのパワーではなく、梅花を見て歌を詠みあげ、そこから音楽を紡ぎ出す、感性のパワーです。

私はその感性の在り様を「静寂」と呼んでいます。今古典に向かうという事は、新たな時代に古のものを再生し、新たなもの~それが次世代の古典となる~を創り出す事だと私は解釈しています。形に囚われ、時代と共に変わる事への迷いがあったら、次の時代を生きて行けない。必然だったらどんどん変わる精神が必要です。そして表面の姿がどれだけ変わっても、要はその根底に存在するものが何か、そこを掴んでいるかどうか。それが静寂の感性であると私は思っています。
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善福寺緑地

今、現代社会には梅花の風情を感じる人が少なくなって来ています。ガツガツとパワフルに生き抜く人は多いですが、人間存在の根底に静寂の感性が消えた時、人間は人間性を保持できるのでしょうか。欲しいものが即座に手に入り、嬉しい楽しい等、その場の目の前の刹那の感情に振り回されて日々を過ごしているようになりつつある現代人には、もう芸術を創り出す力が無くなって来ているとも感じています。
確かに科学や技術のパワーも必要です。でもそれらをどう使うかは感性にゆだねられます。核融合技術をどう使うか、感性によって変わってしまう事を人類は経験したではないですか。物理的なパワー、それだけでは時代を創造し得ないのです。梅花を見て、そこに美しさや自然の理や、人生の豊かさを感じ取れる感性が技術の奥底にあってこそ、豊かな社会が出来上がるのです。現代人は梅花を歌で詠みあげるという、千年以上に渡る日本の歴史を形成したとてつもないエネルギーを、今失いつつあるのです。

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日本橋富沢町楽琵会にて 能楽師の津村禮次郎先生、Vnの田澤明子先生と
だからこそ今、梅花の秘めた美しさを大事にしたいのです。梅花の密やかな風情を忘れて欲しくないのです。形は変わっても、この土地に生きて来た人間の感性は、どこまでも根強く保持して欲しいのです。その感性が日本を創ってきたのです。グローバル化も良い事だと思うし、世界と繋がることが出来るネットの発達も素晴らしい。しかしそれに流されて、この土地に花開いた豊穣な感性を失った時、日本人は人間として生きて行けないような気がしています。
人間らしいという定義も、今後変わってくるでしょう。今が人類崩壊のその節目なのかもしれませんが、まだ日本には梅花がある。梅花から生まれた和歌があり、音楽・文化がある。私にはそれが最後の砦ではないかと思っています。

梅花の姿から想いが広がりました。

静かな暮らしⅢ

すっかり春を感じる陽射しになりましたね。ちょっとご無沙汰してしまいました。今年は花粉症がしっかり始まっていまして、目のかゆみ、鼻詰まり、全身の倦怠感等々しっかり来ていて、ぐったりとしてます。コロナは相変わらずですし、先日の地震もあって、何かこのさわやかな春の陽気も素直に喜べませんね。穏やかな日々が戻って来て欲しいものです。

 

先日「三蔵法師 玄奘の旅路」という映画を観ました。「西遊記」ではなく、リアルな玄奘の旅が描かれいて、更には途中で立ち寄った中央アジア諸国の音楽や踊りもふんだんに使われている。この点が私の一押しポイントなんですが、玄奘役の役者さんも、ぴったりな感じで、信念を持って過酷な道に挑み進む姿が、変に盛った感じが無く、自然で素晴らしいです。なかなか素敵な作品ですよ。

 

観ていて俗事に日々振り回されている我が身が、かえって感じられました。俗世の中であたふたしている私のような凡人は、自分が何かをやっているつもりになっているだけなんでしょうね。
玄奘三蔵や、私が秘かに敬愛する道元禅師は、正に選ばれし者なのだと思いますが、私はこうした人達に何とも言えない静寂を感じます。そしてその静寂から多くの力や魅力が発せられているようにいつも感じるのです。きっと彼らの体には、大いなるものの声が響き、且つ導かれもするのでしょう。だからこそ世を超越するような信念を持ち、そしてその信念に従って、人智を超えた行動して行くのでしょうね。「運命はこころざしある者を導き、こころざし無き者を引きずる」。セネカの言葉通りだと思います。

 

私は凡人ながらも有り難いことに、これまで色々と仕事を頂き、本当に感謝しています。しかしどこか活動を展開するために音楽を創るようになり、活動に合わせた演目・演奏をするようになって、自分の内面から沸き上がる純粋な音楽とはズレが生じて来てはいないだろうか、という事を時に感じます。勿論合わないと感じたお仕事は丁重にお断りをするようにして、なるべく納得のいく形になるようにコントロールしているつもりではありますが、俗世の中にあっては、なかなか思う様には行きません。信念を最後迄貫いた玄奘とはまるで違いますな。しかしそれもまた自分に与えられた器であり、運命であるのでしょう。自分なりにしか出来ませんが、できるだけ自分の行くべき道を進みたいものですね。
池袋あうるすぽっと にて
今は幸か不幸か、割と日々静寂の中に身を置けるので、自分の内面と向き合う事が多くなりました。静寂を持つと言っても良いかと思います。静寂の中に身を置くだけでも、色んな声が聴こえて来るものです。そしてそろそろ色々な所を改めていく時期かな、と思ってもいます。まあ一つの周期が来ているという事でしょうか。形はともあれ、本来聴こえるべき声がしっかり聞こえるような暮らしや生き方をしたいものです。俗物は俗物なりに、自分の事くらい自分で何とかしなくては!。

 

「才能は静けさの中で作られ、性格は激流の中で作られる」などといわれますが、静寂こそが物事の源であるという事は常々感じています。そして現代社会に一番足りないのもこの静寂です。私があまりエンタテイメントに近寄らないのは、そこに「静寂」を感じないからです。
 
 
キッドアイラックアートホールにて 映像:ヒグマ春夫
楽しい、便利、みんなで盛り上がる…というものはとても嬉しい事だし、一見平和で一体感も感じられ、調和の取れたような雰囲気になるものですが、人は実はそんな所で繋がっているとは思えません。調和とはそんなものではないと思います。ネット社会でもフィルターバブルやエコーチェンバーなどという言葉がありますが、何となく調和したように見えるという事は、多様な感性に目隠しして見えなくするものであり、極端なことを言えば、忖度社会を助長し、全体主義的なものに容易に利用されてしまう。表面を演出し、カモフラージュしたエンタテイメントには、逆に危ういものを感じてしまいます。
かつて村上春樹は「人は傷と傷によって結びついている。痛みと痛みによって、脆さと脆さによって繋がているのだ。悲痛な叫びを伴わない静けさはなく、血を地面に流さない許しはなく、痛切な喪失を抜けない受容はない。それが真の調和の根底にあるものなのだ」と言いました。私はハルキストではないですが、この言葉には共感しきりです。表面的な楽しさを追いかけ、刹那を消費していたら、真実を見つめる眼差しは薄れ、こういう人とのつながりの本質を見失ってしまうように私は思います。
 
 
グルジア(現ジョージア)ルスタベリ劇場大ホールにて

 

私は色々なものに好奇心もありますが、そこに静寂を感じられるか、という部分が判断の一番の基準です。言葉で言い表すのはとても大変なのですが、ジョン・コルトレーンやジミ・ヘンドリックスのような激しい音楽にも静寂を感じますし、高橋竹山や海童道祖、宮城道雄の音楽にも大いに静寂を感じます
。表面の形の問題ではありません。残念ながら近代の琵琶歌には、静寂を感じたことはありません。

 

静寂とは何か。とても難しい問題ですし、理論化も言語化も出来ません。しかし生命は皆、静寂の中から生まれ出たのではないでしょうか。
山に入れば様々な音に包まれます。ただ人工の音はしません。私が歌や声、言葉に対してかなり厳しく神経をとがらせるのは、そこに個人の感情が乗り、人間の創り出した人口の世界が見えるからです。自然の中にあればあるほど、それらは違和感として目立ってしまう。つまり静寂とは無音という事ではないのです。
私は最終的にはこの静寂を求めて音楽を創っていると言っても良いかと思います。少しづつ、少しづつその静寂が我が手に感じられるような気もしています。今少し時間はかかると思いますが、ただ求めるのはその一点。きっと死ぬまで、こんなことを言い続けるのでしょうね。
 
静かな朝の陽射しの中で。

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