琵琶譜の事

世の中混迷状態で、政府の対応も何だかもどかしく、先が見えないですね。地元では遅くまでやっているお店もあり、自粛というにはぬるい感じですが、とにかく自分の行くべき所を行くしかないですね。

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日本橋富沢町楽琵会にて、能楽師 津村禮次郎先生、Vn 田澤明子先生各氏と、
拙作「二つの月」演奏中

photo 新藤義久
さて、今日は最近よく聞かれる琵琶譜について書いてみます。ネットには薩摩琵琶の記譜法を載せているサイトもありますが、五絃の錦琵琶を使う鶴田流系統の方が載せているようですね。錦心流などの四絃の記譜法ではないです。合奏などでは五絃を使いますので、五絃が色々な場面で活躍しているように思う方も多いですが、薩摩琵琶は元々が四絃で、五絃の錦琵琶は昭和になってできた楽器です。演奏者の数としても圧倒的に薩摩琵琶は四絃が主流です。作曲する人はこの辺りの事情も判っておくと良いですね。
194琵琶ネットに挙がっている記譜法は、タブ譜として四絃の流派のものに比べ比較的解り易く、作曲家には、こうしたものがある方が使い易いのでしょうね。私は鶴田系の記譜のやり方に更に手を加えて、もう少し現代の演奏者が感覚的に解りやすいように工夫をしています。ちなみに私の教則DVDでは、私のやり方による記譜法を使っています。
作曲家が作品に琵琶譜を添付する際は、タブラチュア譜として解りやすいように、新しい記号も作ったりしながら、細部を検討してもらうようにしています。先日もドイツにいらっしゃる作曲の師匠 石井紘美先生の作品「HIMOROGI」の琵琶譜について、何度かやり取りを重ねました。是非次世代の琵琶演奏家に挑戦して欲しいですね。

細かな所では指遣いに関して、白抜きと黒塗りで絃を押さえる指を区別している例が多いですが、私はすべて白抜きで書いています。というのも指を指定しないと弾き辛い所は別として、その他部分は場合に応じて、同じポジション、同じフレーズでも色々な指で弾くからです。私は左手の小指まで使いますので、基本的に従来の琵琶の弾き方とは違いますし、握り方も親指をネック裏に置き、浅く握るのやり方と、従来のように、親指をネックから飛び出すようにして深く握る2パターンの握り方を臨機応変に変えています(左下写真参照)。

2琵琶樂人倶楽部にて、 photo 新藤義久
締め込むには深く握った方が良いし、小指まで使って大きく手を開くには、親指をネック裏側に持ってこないと手が開きませんので、それに伴って前後の指遣いも変わります。私の琵琶はネックが太くなっていて、両方の握り方が使えるような工夫を石田克佳さんがしてくれました。小学生の頃習っていたクラシックギターの指使いが今になって大変役立っていますね。

錦心流などでは第4絃の5柱目を締めこむ時に、中指と薬指を使いますが、鶴田系では人差し指と中指使います。チューニングの仕方自体が違うので、それぞれ次の動きに対応していて、どちらも理にかなっていますが、五絃の錦琵琶は、元々女性用に開発された楽器ですので、指の力をより効率的に使えるように、四絃とは変えたのかもしれません。
私はどちらの流派も経験したので、場に応じて、どちらでも使い分けが出来るようにしています。私の場合チューニングも曲によって変えていますし、臨機応変に指を使えないと、新作を書く時も演奏する時も対応が効きません。また即興演奏などでは、弾き癖に囚われると、浮かんでくるフレーズなどが狭くなり、全体に音楽が小さくなってしまいます。これはギタリストにもよく見られる悪癖で、ジャズ系のプレイヤーはワンパターンに陥らないように、特に気を付けていますね。常に楽器や弾き癖に囚われず、自由に音楽を奏でる為にも、左の指はすべてを自由自在に使えるように心がけています。
L14
キッドアイラックアートホールにて ASax SOON・KIM  Dance 牧瀬茜  
映像 ヒグマ春夫各氏と

私は、弾き語りではない「器楽としての琵琶樂」を標榜して活動しているので、弾き方も今迄の薩摩琵琶には無いテクニックをどんどん使います。ちなみに以前流派に所属していた頃は、私の弾き方を真似る若い方が居て、師匠は「塩高の真似はやめろ」と言っていたそうです。
流派の曲を弾く分には、流派のやり方で充分です。お稽古さえしていれば、記譜もそのままで何の支障もないです。ただ私のように常に新しい作品を作曲して、演奏しようとするのなら、自分が今持っている経験やアイデアを一旦外して、琵琶に対する概念もテクニックも、音楽そのものに対するセンスすらも変えて行くことを辞さない、という姿勢でいないと、次世代のヴィジョンは見えないですね。自分の頭の中だけで何か創っても、これまでの焼き直ししか出て来ません。
楽譜に関しては、海外の方に譜面を渡すこともありますし、以下の動画のように他の楽器で演奏してくれることもありますので、共通言語として五線譜で表記することも必要になって来ます。
よく五線譜では書き表せないという事をよく聞きますが、琵琶譜でも同じように紙の上に音楽を書き表すことは出来ません。特に琵琶譜は演奏時の情報があまり書かれておらず、お稽古で補う事を前提にしたメモ書きのようなものですので、いわゆる楽譜という点で見てみると、強弱も音程もテンポ感も全く書かれていません。つまり同じ流派、もっと言えば同じ先生の下で稽古した人でないと理解が出来ない、かなり狭い強烈にドメスティックなものでしかないという事です。あくまで流派・門下に特化したツールなのです。
琵琶譜を、稽古をしているお仲間の中だけに伝えるものとして考えるのか、それとも世界の音楽人に伝わるようにどんどんと工夫して行くか、それはその人の考え方次第。比較の対象にはならないと思います。楽譜の扱いについては以下の過去記事をご覧ください。

五線譜の風景Ⅱ http://blog.livedoor.jp/rishu_alone/archives/51296358.html

これは2018年に台湾で行われた、琵琶:劉芛華さん
 高胡:林正欣さんのリサイタルの様子ですが、拙作の「塔里木旋回舞曲」が取り上げられています。彼女たちは台湾から私の家までやって来て、レクチャーを受けて、少しアレンジも加えて演奏してくれました。五線譜で渡したのですが、勿論書ききれない所もあり、口頭で色々と説明しました。英語と日本語のちゃんぽんでやったのですが、台湾の方は日本で使っている漢字がそのまま通じますので、コミュニケーションがし易いですね。

私は基本的に作曲家兼琵琶奏者なので、様々な楽器と合奏できる曲を書いています。尺八・笛・筝・笙、ヴァイオリン・フルート、声楽等々、様々な方と演奏する為に毎日旺盛に作曲しているので、記譜法も、必要とあれば五線譜も雅楽譜も使い、演奏テクニックもどんどんと開発しています。お陰様で主だった曲は既に40曲以上配信にてリリースしています。しかし琵琶では、新作をあまり作らないし、やらないせいか、琵琶人は皆、大変保守的ですね。
2020 改造①
塩高モデル大型

こんな調子で私はやっていますので、当然記譜法もそれに対応して変化しているという訳です。私の琵琶は、柱も6柱目があります(上記写真)ので、第5柱目を締めこんだ「6」と第6柱目の音を混同しないように書き方を工夫しています。曲によっては、あえて洋楽のリズム譜を書き足すこともあれば、洋楽の記号も必要とあればどんどん使います。大陸由来の漢字と、日本で開発されたひらがな、カタカナを混ぜて書く日本語と同じです。常に音楽優先で、演奏に支障の無いよう、必要とあれば新たな記号も創作してどんどんと取り入れて行きます。ネット配信で世界の方が私の曲を聴いてくれる時代ですから、自分の流派や教室の生徒さんしか判らない様な記譜法は、私には考えられません。

イルホムまろばし8m

上記の写真は、ウズベキスタンの首都タシュケントにあるイルホム劇場にて、拙作「まろばし~尺八と琵琶の為に」を上演した際のリハーサル風景ですが、同劇場の音楽監督であり、今はヨーロッパで活躍する作曲家 アルチョム・キムさんにアレンジをしてもらって、尺八パートを現地の笛ネイに置き換え、更にバックに小編成のオーケストラを付けて上演しました。こういう活動をしたいのであれば、五線譜は共通言語として必須です。そしてそこにどう琵琶のニュアンスを入れて、伝えることが出来るかが腕の見せ所です。また現地の方は皆ロシア語が標準でしたが、リハーサルでのやり取りは、お互いの共通言語として英語でやりました。

結局自分がどういう考え方で琵琶に接して扱っているかが、譜面にも現れます。全ては音楽の為に、素晴らしい音楽を創るために楽譜はあるので、理念も無く従来の慣習にただ拘っていたら、世の変化に沿う事が出来ず、リスナーは時代と共に離れて行きます。そういう精神は音楽の総てに渡って出て来ます。武満さんの譜面も図形ですし、石井紘美先生の譜面も図形譜と琵琶譜、そして五線譜の3種混交で書かれています。譜面の書き方は自由でいい。情報が伝われば良いのです。伝えるべくは、琵琶樂の表面の形ではなく、その核心です。私は時代と共に在ってこそ、音楽はそこに命が宿ると考えますので、出来ることはどんどんとやろうと思っています。
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左:トルクメニスタン マフトゥムクリ劇場にて、
右:ジョージア(当時はグルジア)ルスタヴェリ劇場にて

かつて明治時代に薩摩琵琶で初めて成立した流派、錦心流を創始した永田錦心は「これからは洋楽を学んだ人に新しい琵琶樂を創って欲しい」と、熱い言葉を持って琵琶新聞に書き残したそうですが、永田錦心なら譜面に関してもどんどんと改良していったでしょうね。

全ては、琵琶樂の為に。

Still On The Road

相変わらずの世の中が続いていますね。今後の展開がまるで見えませんが、ここ杉並辺りは人通りも盛んですし、街の様子はあまり変わりません。世の中は何処へ向っているのでしょうね。せめて芸術だけは、その先の世界を見据えて、その旺盛な活動を止めることなく動き続けて行って欲しいものです。

先日ギャラクシティードームにて、8月7日に公演予定している「銀河鉄道の夜」のプロモーション用の動画撮影をしてきました。年明け1月に予定されていた公演(左チラシ)が夏に延期になったのですが、この状況で実現可能な形を模索した結果、最終的には歌い手と語り手、そし私以外の音楽家の音源はスタジオで別録りして、本番はジョバンニとカンパネルラの人形使い2名、それに私と安田登先生が舞台上で演じ、そこにパフォーマー2名が加わるという形になり、今回音源に合わせてプロモーション用の動画の収録をしてきました。笙のカニササレアヤコさんも加わるという情報も!。
手元に画像でもあればお見せしたいのですが、バックのスクリーンにはプラネタリュウムならではの星空や星座の絵の他、場面に合わせた幻想的な絵が映し出されて、なかなかの良い感じなんです。更にますむらひろしさんの絵も映し出され、星座の解説なども入るという事ですので、期待が広がりますね。是非8月には公演が出来るように祈りたいです。

前にも書きましたが、このギャラクシティーは私が琵琶の活動を始める前、約26、7年前に私が働いていたところです。私は東京初のIMAX常設劇場として誕生したこの施設で、映写技師として働いていました。まだ映像はフィルムで、音声はオープンリールデッキのオールアナログの時代です。あの頃は当時の最先端を行く映写機IMAXを動かしているというのが、ちょっと自慢でしたね。ここで仕事をしながら琵琶の勉強をして、ライブ活動を始め、5年ほどして、琵琶一本で生きて行く決心をして飛び出して行きました。一昨年縁を頂いて、再びこの場所に舞い戻って来たのですが、何だかニューシネマパラダイスのトトみたいな気分です。
ギャラクシティーで働いていた当時の私、日暮里にあった邦楽ジャーナル倶楽部「和音」でのライブにて

こんなお仕事をここ数年頂いているせいか、この20数年を色々と想い返すことが、最近時々あります。しかしどう考えても20年以上の時間が経ったとは実感が出来ないのです。まあ顔は随分と老けてしまいましたが、自分で年を取ったという実感もさほどなく、これまでやってきた演奏会や仕事を振り返っても、20年という時間を経たという物理的時間が感じられません。何故なんでしょう。

これ迄私は本当に良い仕事をさせてもらいました。海外公演も色々とやらせてもらったし、CDも全て私の作曲作品で通算10枚(ベスト盤2枚含む)リリースし、ネット配信で世界の方が聴いてくれるようにもなりました。国内では、今考えても、どうしてここで演奏会が出来たのか不思議な位、様々な場所で機会を頂きました。上手く行かないことも多々ありましたが、毎月主宰している琵琶樂人倶楽部ももう14年に渡り開催160回を超え、これ迄分不相応な程にやらせてもらったと思っています。しかし私は未だその旅の途上に居るのです。まだまだ区切りというものを感じません。

2009年高野山常喜院塩高和之独演会にて

私は、あのプラネタリュウムのドームシアターの中で黙々と練習していた頃から今迄の、この20数年という物理的時間と感覚的な時間が、どうにも一致しません。あっという間という事ではなく、そのまま延長している感じでしょうか。あの頃の思い出は確かにある種のノスタルジックなものを伴いますが、今、自分があの映写室やドームに居ることは、何かいつもの日常だったあの頃がそのまま続いているようで、気分はあまり変わりはないのです。
私には、まだまだ世に出したい曲がいくつもあり、もっとやりたいことが沢山あって、あの頃と気分は何も変わらず、日々がずっと続いています。やっていることも全く変わらず、毎日のように琵琶のサワリの調整をして、毎日曲についてあれこれと頭をひねり、次のライブはどのプログラムでいくか、なんて事ばかり考え、あちこちと飛び回って演奏している。変と思われるかもしれませんが、心が全く同じ、still
on the roadです。

今年2月の琵琶樂人倶楽部にて、Vnの田澤明子先生と

この旅がどこまで続いて行くのか判りませんが、気分が変わらず日々を過ごしている内は、このままなのでしょう。私はまだ当分、この旅の途上に居ようと思っています。変わろうと思っても変われないですし、もうこれが私の人生のペースになってしまっていますね。

そしてもう一つ舞台のお知らせです。

2013年から何度となく再演を繰り返している、和久内明先生脚本の戯曲「良寛」が6月26日に再演されることに決まりました。前回と同じく、能楽師の津村禮次郎先生、ダンサーの中村明日香さん、そして私の3人による舞台です。場所は中島新宿能楽堂。花園神社の近くです。
今回は能楽堂での公演という事で、雰囲気も変わり、津村先生も本領発揮の充実した内容になる事と思います。乞うご期待!!。
まだまだこの旅は続きそうです。

遅い芽吹き

先週は寒の戻りというのでしょうか、結構寒く感じる日が続きましたが、週が明けてようやく新緑の季節に相応しい陽気となって来ましたね。この陽気につられるように演奏活動の方も動き出して来ました。

2月の琵琶樂人倶楽部にて、Vnの田澤明子先生と Photo 新藤義久

今週はUniversity of Creativityという所の企画で、ホログラムの技術を使ったデモ公演があります。イザナギの冥界下りを台本にして、安田登先生と先生の劇団メンバーとでやります。今回は関係者のみの公開なのですが、今後の展開が面白くなりそうな公演です。
そして連休明けには、川崎の「アジアンフェスタ」にて、尺八の晄聖君と参戦します。今回は初めてなので、軽いライブなのですが、こちらも今後の展開が面白そうです。また先日お知らせした「人形町楽琵会」がすぐ控えていて、6月には「良寛」の舞台が、中島新宿能舞台で再演されます。今回は前回と同じ、能の津村禮次郎先生とダンサーの中村明日香さんと私の3人での上演です。このほかレクチャー的な仕事もありますし、毎月の琵琶樂人倶楽部も無事に行っています。ようやくここに来て例年の動きが出てきた感じですね。昨年はあんな事態でしたが、かなりの忙しく年末迄飛び回っていたので、今年は冬眠が空けて、やっと「遅い芽吹き」の時期を迎えたという感じです。
今後のコロナの状況が判らないので、順調という訳には行きませんが、それでもこうして動き出してきたのは嬉しい限りです。

昨年の「良寛」公演、能楽師の津村禮次郎先生、ダンサーの中村明日香さんと

舞台の予定が入ると、気分も盛り上がります。やっぱり舞台あっての自分だなと、つくづく思いますね。
今年は年明けから舞台も少なく毎月の琵琶樂人倶楽部と、配信の仕事が月一で入っていた位で、ほぼ家の中に居たので、只管普段聴きたいと思いながらじっくり聴けなかったCD、読めなかった本などに向かい合っていました。パット・マルティーノの復帰後のCDをほとんど買いそろえて、毎日聴き、80年代のマイルスの作品もかなり聴いていました。本は、森有正の作品や安田章生の「日本の芸術論」等、ちょっと重めのものを改めて目を通してみて、良い発想を得ることが出来ました。音楽に関しては現代音楽などのシビアなものも普段から聞いているのですが、読書に関しては、重めの作品だと、じっくりと腰を据えてかからないと入ってこないので、こういう時期にまとめて読むことにしています。


2月の琵琶樂人倶楽部にて、Photo 新藤義久
これらは自分の目指すものを突き詰めて行く為に、とても大事なことで、核心となる部分を今一度見直す作業と言っても良いかと思います。ちょっと追い詰めるような感じでしょうか。私の場合は、この他に現代音楽も入って来るのですが、自分にとって、何が身近で、何が異質なのかを確認する事は大事なことです。
音楽を生業として世の中で生きて行くには、オタクのように好きなものだけに囲まれて、自分の小さな世界にだけに視野を向けているような状態では、活動が成り立ちません。世の中の流れを知る為にも色んなものを見聞きすることは大切な仕事です。しかしそれは、自分でも気が付かない内に余計なものや事に振り回され、自分の核心の部分が霞む事も多々あるので、時々自分の一番自分らしい世界を取り戻す為に、断捨離やリセットをかけることが必要なのです。でないと自分の感性に「純度」というものが保てない。
特に日本人は「普通」という概念に囚われやすく、周りからは勿論、自分自身でも圧力をかけてしまいます。そんな環境に振り回されることなく自分の求めるところを求め、且つ広く柔軟な視野と感性をバランスよく保つことの出来る人だけが、音楽を生業として行ける。今迄音楽家として長い事活動してきましたが、年を重ねるごとに、このバランスの重要さを強く感じますね。

今年に入って、なかなか次の作品を
形にすることが出来なかったのですが、自分の核心を見つめ直したことで、やっとおぼろげだった曲の姿も具体的に見えてきました。またこの所見直した、これ迄の作品を演奏する機会もそれなりにあったので、推敲を重ねられたのも良かったですね。
そういう意味で、この自粛期間はとても有意義でした。



それから先日新しい撥の事を書いたおかげで、よく撥について聞かれることが多くなったのですが、新しい撥は、なかなか良い感じです。まだもう一歩私の音に成り切れていない所もあるのですが、この撥に変えたことで、音の輪郭が際立って、弾法にも切れが出てきたことは確かです。ちょっとパワフルに傾くきらいはあるのですが、これによって曲に対する発想も変わってきましたし、良い刺激となっています。
私は、楽器についてブログでも色々と書いていますが、琵琶は私の相棒ですので、徹底的にこだわらずにはいられません。だから自分の創りたい音楽に必要だと思うものは、無理をしてでも揃えて来ました。逆に無駄なものはなるべく手元に置かないようにしてきました。やりたいことが従来の琵琶樂の形ではなかったので、おのずから楽器も従来の物ではイメージした音が出ないし、常に自分の音楽を表現するために楽器のポテンシャルを最大にまで引き上げるべく、改造もどんどんしてきました。いつも書いているように、調整は常に欠かすことはありません。薩摩の中型大型二面づつ、そして樂琵琶の計五面は、常に最高の状態を保ってスタンバイしています。今回の新たな撥はそのクオリティーを更に押し上げたように感じています。ギタリストでしたら、楽器談義で朝まで盛り上がれる人がゴロゴロいますが、琵琶ではなかなか好敵手に恵まれないですね。


ストライプハウスにて Photo 新藤義久

もう私も年齢的にはいい年になっていましたが、これからが自分の本番だという気持ちが強いです。マイルス・デイビスは「あなたの最高傑作は」と問われた時に「Next One」と答えたそうですが、私も常にそんな姿勢でいたいものです。

桜の季節も過ぎましたが、我が家の近くの善福寺川緑地では、もう新緑の若葉の勢いが日に日に増して、花の時期には無い、新鮮なエネルギーを感じます。これから日本や世界がどうなって行くかは判りませんが、じっくりと構えて納得する活動を展開して行きたいと思っています。舞台を控え、塩高スペシャルの琵琶五面も気合が漲っているように見えますな。

命あるもの

少し更新が遅れました。春はどうしてものんびり気分になってしまいますね。私の家の周りでは、もう桜も盛りを過ぎ、昼間は初夏を思わせるような暑い日差しも感じるようになりました。季節は人間の都合など関係なく、移り行きますね。だからこそ人は、花の盛りを求めて動き出すのでしょう。

見納めの桜 善福寺緑地

今は無きキッドアイラックアートホールにて、Per:灰野敬二、尺八:田中黎山各氏と
音楽はいわゆるアドリブというだけでなく、譜面に書かれているものを弾いても、響きの違う所で演奏すれば表情も表現も変わるし、組んでいるメンバーでも変わる。常にその場限りで創り出される一つの命なのです。
古典と言われるものは、同じ形のままのように思いがちですが、皆かなりの変化を伴っているからこそ受け継がれ継承されているのです。変化し続けるエネルギーに満ちているという言い方も出来るかと思います。
命は立ち止るという事がありません。鼓動はその命が尽きる迄打ち続けます。そして社会も人間も動き続ければ、必然として変化を伴います。命ある音楽であれば、何世代にもわたって受け継がれる=変化しているのです。花も、人間も音楽も皆少しづつ姿を変えながら、その命を時代とに合わせて受け継いでいるのではないでしょうか。

私はお稽古事のような演奏にいつも厳しいですが、表面の形をそっくりにする事が、魅力ある音楽作り出せるとは誰も思っていないでしょう。「創る」という行為をしない限り、そこには音楽の抜け殻しか転がっていません。古典と言われるものも、旧来の形を上手にやろうという精神が出てくる時点でもう、賞味期限は切れているのです。今、邦楽は「創る」という教育をしているのでしょうか・・?。
京都清流亭にて、枝垂れ桜の下での演奏会 笛の阿部慶子さんと

短歌も同じで、恰好良く作ろうとすると、語彙を増やし、知識を蓄え、本歌取りやら、言葉の技巧を凝らしてどんどん盛ってしまう。刻々と変化する人間の心。立ち止まる事のない自然の風景、そういうものが、技巧や知識で飾り付けられ、厚化粧され、「作品」という看板を与えられ、歌の心からは、どんどんと遠ざかって行きます。
明治期には正岡子規による古今和歌集への批判が有名ですが、私には、その全てではないにしろ、子規の気持ちは理解できます。技巧的な昨今のジャズ、現代の音楽も同様、知識や理論、技術が高いだけに、その無垢な魂や心の声は耳に遠く、なかなか聴こえて来ません。どの分野でも、洗練を経て行く過程で、技巧は発達し、知識も研究も深まって行くものですが、何かを創り上げたり表現したりするには、技術や知識を破壊する位の心の衝動というものがなくては、従来の形をなぞった以上のものは出て来ません。肩書や受賞歴の看板をいつもぶら下げている輩にその衝動はあるのでしょうか。
以前行った長瀞の桜

散り行く桜は、人間の半端な感情にはお構いなく、自らの命を全うして散って行くのです。その無垢な姿に対し、こざかしい知識や技巧で盛られるのはいい迷惑でしょう。命に対し、半端な想いで接するのは失礼というもの。音楽も「命あるもの」として音楽に向き合わないと、人は見向きもしなくなるでしょう。
生命に溢れた音楽を創り上げたいものですね。

撥の話Ⅲ

桜が満開ですね。春は花粉症と共に、どうにも体調が安定しません。寝込むようなことはないのですが、まあそれなりの年になったという事でしょうか。

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善福寺緑地

さて、今日は久しぶりに撥のお話です。というのも最近撥を変えました。
撥
このように中央にストライプが入り(裏面にも入ってます)個性的なルックスの撥なんです。なかなかのインパクトで、見てすぐに気に入りました。そして今までのものより厚めのものを選択しました。底辺だけでなく三角の上部も厚目な感じで、今まで使っていたものが薄造りに感じます。以前の撥も文句のないサウンドだったのですが、最近は大型琵琶をよく弾くようになって、且つヴァイオリンなどとアンサンブルをする事が多くなってきたので、それでもう少しパンチが欲しいと思うようになりまして、琵琶職人の石田克佳さんに相談して、全体にワンポイント厚目のものをあつらえていただきました。
最初は絃に当たる時の音がどうもぎこちなかったのですが、撥先の削りを少し見直して、握りもフィットするように角を少し丸く削り、しばらく使って、やっと我が手の内に馴染んできました。音は確かに大きくなりましたし、エッジも効いて、シャープさとふくよかさが出て来ました。腹板に当たる音もさほど大きくなく、ちょうど良いバランスです。大型琵琶にはぴったりです。今後はこれがスタンダードですね。
色々左:標準サイズ、中:中型(弾き語り用)、右:大型(器楽用)
とにかく私の琵琶は中型大型共に、通常のものより大きく、且つ琵琶史上一太い絃を張っているので、鶴田流の撥は私にはあまりに薄過ぎてどうにも使えません。物理的に絃のテンションに負けてしまいますし、音も小さく、またしなりがあり過ぎて、手首の柔らかさをうまく使えないのです。正派の撥ほど厚いと、また別の弾き方になるのでしょうが、私は右手首をとても柔らかく使うので、あまりしなりが強過ぎると撥が追いつかないのです。適度なしなりが良いですね。
私は小学生の頃からギターをいじっていましたので、両手首の使い方で、かなり技術に差が出ることを本能的に感じていました。上手い人はジャンル関係なく、皆手首が実に柔らかいのです。
また薩摩琵琶はフラメンコギターと右手の使い方がとても似ていて、右手をどう使えるかが、技術的な大きなポイントなんですが、ジャズもクラシックも、結局弦楽器を弾くには、手首のしなやかさが良い音を出す絶対の条件だと思っています。
y30-6m

30代の頃 若いね~~

私が琵琶を習い始めた時、師匠の高田栄水先生は「蝶が舞うが如く」撥を使え、とよく言っていました。それは左手も同じことで、右も左も「さばき」が悪いと良い音がしません。左手はまるで棹を撫でているように見える位でちょうどいい。とにかく「さばき」の良い人で下手な人はいませんね。
初心の頃は色んな琵琶の会に行って「さばき」を観察していましたが、残念ながら、あまり参考になるような方は居ませんでした。何故そうしたフォームが大事なのか。そこを研究しなかった結果が今の琵琶楽の現状ですね。残念でなりません。
琵琶の構え方から、身体の使い方等、総ては良い音を出す為なのですが、「きちんとしなさい」「腹から声出せ」「丹田に力を込めて」等根拠も判らず表面の形ばかり追いかけていては、いつまで経っても良い音も良い声も出て来ません。能や歌舞伎、クラシックなどでもそういった身体性の研究はかなりなされているのですが、琵琶では全く遅れていますね。私は古武術をやって居るせいか、所作の出来ていない人や、正中線がずれ傾いている人を見ると、とても気になってしまいます。

4sストライプハウスにて photo 新藤義久
私は自分の教室は持っていませんが、とある小さな音楽教室で数人に琵琶を教えています。その時生徒に一番最初に言うのが、正中線がずれていないか。体が傾いていないか。腕、胸・背中、肩、喉、顎等、上半身の力が抜けているか。こういう点を先ず注意します。
きちんとするのが好きな日本人は、顎を引き、胸を張る姿勢を取ってしまう人が多いですが、これでは武術でも音楽でも、体をまともに使う事は出来ません。何事もそうですが、体が自然な状態にないと、技というものは使えないのです。プロフ写真を見るだけでも、指導したくなるような方が多いですね。
大体先生と生徒は骨格も筋肉も、性別も年齢も違うのですから、形が同じである訳がない。形のもっと奥にある根理~フォームの必然性~を教えて、そこからその人の体に合わせて行けばよいのに、中身を考えずに表面の形ばかりを押し付け、とにかく先生の色に染めてしまおうとする。染まらない奴はやめろという姿勢では、生徒が上達して行かないのは当たり前です。
特に右手の撥さばきは、手の長さや、身長、胴回りの大きさでかなり変わって来ます。未だに右腕(ひじの少し先)内側を琵琶に付けて弾くように言う方が多いですが、私は常に右腕と琵琶の側面を離して弾いています。早いフレーズほど離して弾きますね。右腕を琵琶に付けた所で、根理が解っていなければ、いつまで経っても安定しません。かえって右半身が傾き、弾く位置がずれ、撥の動きを阻害してしまいます。
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琵琶樂人倶楽部にて、Vn:田澤明子先生 尺八:藤田晄聖君

以前は底辺の大きな撥にも挑戦したのですが、27 cmを超えると、私にはちょっと使いにくいです。これは慣れの問題もあるかと思います。昔の琵琶人は30cmもある厚撥を使っていたと聞きましたが、それでよい音を出していたという話も聞いたことがありません。大きく重く強くというのは、男目線のパワー主義的感性なんでしょう。今は26.5cm~26cmのものを使っています。底辺の大きさよりも、握りの感じの方が気になりますね。
結局は自分の思う通りの音色が出るかどうかという所だと思いますが、それよりも、その思う音色がそのまま音楽に直結しているかどうかという所が何よりも一番重要です。音色しか見えていない、音色オタクのような人がギタリストなんかに多いですが、どういう音楽をやりたいのか、という大前提が無い限り、音色も命が吹き込まれません。

先ずは自分がやりたい音楽の姿がはっきりと見えている事。ただの表面的な思い付きでなく、何故その音楽を自分がやるのか、という哲学面も明確だと良いですね。そこから思う形の表現を実現するために「どんな音色が必要なのか」、そしてそれを実現するためには「どういう技術と楽器・撥が必要なのか」。そういう思考が欠落していては、いくら良い撥や楽器を手に入れても、ローレックスを買ってご満悦の俗物と一緒です。
楽器本体は勿論の事、撥も絃も、演奏家の命です。そこをないがしろに考えている内は全く上達はしません。私の琵琶は大きさや内部構造、ネックの形状、柱、糸口、絃等すべてに渡って標準サイズのものとは違っています。すべては私の思う音楽を実現するための琵琶の形なのです。
極端に聞こえるかもしれませんが、クラシックでもジャズでもロックでも、プロの方なら皆それくらいの事は普通に考えています。ヴァイオリンでもピアノでもエレキギターでも、プロは細部に渡り徹底的に拘って選んでいます。ハイエンドのギターショップに行けば、そんな話は日常茶飯事でやってます。それがプロというものであり、又プロ演奏家の死活問題であり、絶対に譲れない所なのです。またそう思えない人は、演奏家を生業とすることは出来ないでしょうね。
アマチュアとして音楽に関わっている人には、そこ迄必要もないし、理解が及ばない世界かもしれません。また弾き語りしかやらず琵琶を伴奏の楽器としか思っていない人は、そこそこのもので良いのでしょうね。しかし是非琵琶に携わる方には意識を高く持って欲しいものです。
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琵琶樂人倶楽部にて、メゾソプラノの保多由子さんと
新撥を手に入れたことで、ソフトな独奏曲や弾き語り曲は従来の撥、アンサンブルなどで攻めて行くには新しい厚目の撥を使い分けられるので、とっても嬉しいです。早速いくつかの曲に少し手を入れて、エッジの効いたアレンジに直しました。この撥からまた新たな作品が生まれ出てくるかもしれません。これからが楽しみです。

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