遅い芽吹き

先週は寒の戻りというのでしょうか、結構寒く感じる日が続きましたが、週が明けてようやく新緑の季節に相応しい陽気となって来ましたね。この陽気につられるように演奏活動の方も動き出して来ました。

2月の琵琶樂人倶楽部にて、Vnの田澤明子先生と Photo 新藤義久

今週はUniversity of Creativityという所の企画で、ホログラムの技術を使ったデモ公演があります。イザナギの冥界下りを台本にして、安田登先生と先生の劇団メンバーとでやります。今回は関係者のみの公開なのですが、今後の展開が面白くなりそうな公演です。
そして連休明けには、川崎の「アジアンフェスタ」にて、尺八の晄聖君と参戦します。今回は初めてなので、軽いライブなのですが、こちらも今後の展開が面白そうです。また先日お知らせした「人形町楽琵会」がすぐ控えていて、6月には「良寛」の舞台が、中島新宿能舞台で再演されます。今回は前回と同じ、能の津村禮次郎先生とダンサーの中村明日香さんと私の3人での上演です。このほかレクチャー的な仕事もありますし、毎月の琵琶樂人倶楽部も無事に行っています。ようやくここに来て例年の動きが出てきた感じですね。昨年はあんな事態でしたが、かなりの忙しく年末迄飛び回っていたので、今年は冬眠が空けて、やっと「遅い芽吹き」の時期を迎えたという感じです。
今後のコロナの状況が判らないので、順調という訳には行きませんが、それでもこうして動き出してきたのは嬉しい限りです。

昨年の「良寛」公演、能楽師の津村禮次郎先生、ダンサーの中村明日香さんと

舞台の予定が入ると、気分も盛り上がります。やっぱり舞台あっての自分だなと、つくづく思いますね。
今年は年明けから舞台も少なく毎月の琵琶樂人倶楽部と、配信の仕事が月一で入っていた位で、ほぼ家の中に居たので、只管普段聴きたいと思いながらじっくり聴けなかったCD、読めなかった本などに向かい合っていました。パット・マルティーノの復帰後のCDをほとんど買いそろえて、毎日聴き、80年代のマイルスの作品もかなり聴いていました。本は、森有正の作品や安田章生の「日本の芸術論」等、ちょっと重めのものを改めて目を通してみて、良い発想を得ることが出来ました。音楽に関しては現代音楽などのシビアなものも普段から聞いているのですが、読書に関しては、重めの作品だと、じっくりと腰を据えてかからないと入ってこないので、こういう時期にまとめて読むことにしています。


2月の琵琶樂人倶楽部にて、Photo 新藤義久
これらは自分の目指すものを突き詰めて行く為に、とても大事なことで、核心となる部分を今一度見直す作業と言っても良いかと思います。ちょっと追い詰めるような感じでしょうか。私の場合は、この他に現代音楽も入って来るのですが、自分にとって、何が身近で、何が異質なのかを確認する事は大事なことです。
音楽を生業として世の中で生きて行くには、オタクのように好きなものだけに囲まれて、自分の小さな世界にだけに視野を向けているような状態では、活動が成り立ちません。世の中の流れを知る為にも色んなものを見聞きすることは大切な仕事です。しかしそれは、自分でも気が付かない内に余計なものや事に振り回され、自分の核心の部分が霞む事も多々あるので、時々自分の一番自分らしい世界を取り戻す為に、断捨離やリセットをかけることが必要なのです。でないと自分の感性に「純度」というものが保てない。
特に日本人は「普通」という概念に囚われやすく、周りからは勿論、自分自身でも圧力をかけてしまいます。そんな環境に振り回されることなく自分の求めるところを求め、且つ広く柔軟な視野と感性をバランスよく保つことの出来る人だけが、音楽を生業として行ける。今迄音楽家として長い事活動してきましたが、年を重ねるごとに、このバランスの重要さを強く感じますね。

今年に入って、なかなか次の作品を
形にすることが出来なかったのですが、自分の核心を見つめ直したことで、やっとおぼろげだった曲の姿も具体的に見えてきました。またこの所見直した、これ迄の作品を演奏する機会もそれなりにあったので、推敲を重ねられたのも良かったですね。
そういう意味で、この自粛期間はとても有意義でした。



それから先日新しい撥の事を書いたおかげで、よく撥について聞かれることが多くなったのですが、新しい撥は、なかなか良い感じです。まだもう一歩私の音に成り切れていない所もあるのですが、この撥に変えたことで、音の輪郭が際立って、弾法にも切れが出てきたことは確かです。ちょっとパワフルに傾くきらいはあるのですが、これによって曲に対する発想も変わってきましたし、良い刺激となっています。
私は、楽器についてブログでも色々と書いていますが、琵琶は私の相棒ですので、徹底的にこだわらずにはいられません。だから自分の創りたい音楽に必要だと思うものは、無理をしてでも揃えて来ました。逆に無駄なものはなるべく手元に置かないようにしてきました。やりたいことが従来の琵琶樂の形ではなかったので、おのずから楽器も従来の物ではイメージした音が出ないし、常に自分の音楽を表現するために楽器のポテンシャルを最大にまで引き上げるべく、改造もどんどんしてきました。いつも書いているように、調整は常に欠かすことはありません。薩摩の中型大型二面づつ、そして樂琵琶の計五面は、常に最高の状態を保ってスタンバイしています。今回の新たな撥はそのクオリティーを更に押し上げたように感じています。ギタリストでしたら、楽器談義で朝まで盛り上がれる人がゴロゴロいますが、琵琶ではなかなか好敵手に恵まれないですね。


ストライプハウスにて Photo 新藤義久

もう私も年齢的にはいい年になっていましたが、これからが自分の本番だという気持ちが強いです。マイルス・デイビスは「あなたの最高傑作は」と問われた時に「Next One」と答えたそうですが、私も常にそんな姿勢でいたいものです。

桜の季節も過ぎましたが、我が家の近くの善福寺川緑地では、もう新緑の若葉の勢いが日に日に増して、花の時期には無い、新鮮なエネルギーを感じます。これから日本や世界がどうなって行くかは判りませんが、じっくりと構えて納得する活動を展開して行きたいと思っています。舞台を控え、塩高スペシャルの琵琶五面も気合が漲っているように見えますな。

命あるもの

少し更新が遅れました。春はどうしてものんびり気分になってしまいますね。私の家の周りでは、もう桜も盛りを過ぎ、昼間は初夏を思わせるような暑い日差しも感じるようになりました。季節は人間の都合など関係なく、移り行きますね。だからこそ人は、花の盛りを求めて動き出すのでしょう。

見納めの桜 善福寺緑地

今は無きキッドアイラックアートホールにて、Per:灰野敬二、尺八:田中黎山各氏と
音楽はいわゆるアドリブというだけでなく、譜面に書かれているものを弾いても、響きの違う所で演奏すれば表情も表現も変わるし、組んでいるメンバーでも変わる。常にその場限りで創り出される一つの命なのです。
古典と言われるものは、同じ形のままのように思いがちですが、皆かなりの変化を伴っているからこそ受け継がれ継承されているのです。変化し続けるエネルギーに満ちているという言い方も出来るかと思います。
命は立ち止るという事がありません。鼓動はその命が尽きる迄打ち続けます。そして社会も人間も動き続ければ、必然として変化を伴います。命ある音楽であれば、何世代にもわたって受け継がれる=変化しているのです。花も、人間も音楽も皆少しづつ姿を変えながら、その命を時代とに合わせて受け継いでいるのではないでしょうか。

私はお稽古事のような演奏にいつも厳しいですが、表面の形をそっくりにする事が、魅力ある音楽作り出せるとは誰も思っていないでしょう。「創る」という行為をしない限り、そこには音楽の抜け殻しか転がっていません。古典と言われるものも、旧来の形を上手にやろうという精神が出てくる時点でもう、賞味期限は切れているのです。今、邦楽は「創る」という教育をしているのでしょうか・・?。
京都清流亭にて、枝垂れ桜の下での演奏会 笛の阿部慶子さんと

短歌も同じで、恰好良く作ろうとすると、語彙を増やし、知識を蓄え、本歌取りやら、言葉の技巧を凝らしてどんどん盛ってしまう。刻々と変化する人間の心。立ち止まる事のない自然の風景、そういうものが、技巧や知識で飾り付けられ、厚化粧され、「作品」という看板を与えられ、歌の心からは、どんどんと遠ざかって行きます。
明治期には正岡子規による古今和歌集への批判が有名ですが、私には、その全てではないにしろ、子規の気持ちは理解できます。技巧的な昨今のジャズ、現代の音楽も同様、知識や理論、技術が高いだけに、その無垢な魂や心の声は耳に遠く、なかなか聴こえて来ません。どの分野でも、洗練を経て行く過程で、技巧は発達し、知識も研究も深まって行くものですが、何かを創り上げたり表現したりするには、技術や知識を破壊する位の心の衝動というものがなくては、従来の形をなぞった以上のものは出て来ません。肩書や受賞歴の看板をいつもぶら下げている輩にその衝動はあるのでしょうか。
以前行った長瀞の桜

散り行く桜は、人間の半端な感情にはお構いなく、自らの命を全うして散って行くのです。その無垢な姿に対し、こざかしい知識や技巧で盛られるのはいい迷惑でしょう。命に対し、半端な想いで接するのは失礼というもの。音楽も「命あるもの」として音楽に向き合わないと、人は見向きもしなくなるでしょう。
生命に溢れた音楽を創り上げたいものですね。

撥の話Ⅲ

桜が満開ですね。春は花粉症と共に、どうにも体調が安定しません。寝込むようなことはないのですが、まあそれなりの年になったという事でしょうか。

1210

善福寺緑地

さて、今日は久しぶりに撥のお話です。というのも最近撥を変えました。
撥
このように中央にストライプが入り(裏面にも入ってます)個性的なルックスの撥なんです。なかなかのインパクトで、見てすぐに気に入りました。そして今までのものより厚めのものを選択しました。底辺だけでなく三角の上部も厚目な感じで、今まで使っていたものが薄造りに感じます。以前の撥も文句のないサウンドだったのですが、最近は大型琵琶をよく弾くようになって、且つヴァイオリンなどとアンサンブルをする事が多くなってきたので、それでもう少しパンチが欲しいと思うようになりまして、琵琶職人の石田克佳さんに相談して、全体にワンポイント厚目のものをあつらえていただきました。
最初は絃に当たる時の音がどうもぎこちなかったのですが、撥先の削りを少し見直して、握りもフィットするように角を少し丸く削り、しばらく使って、やっと我が手の内に馴染んできました。音は確かに大きくなりましたし、エッジも効いて、シャープさとふくよかさが出て来ました。腹板に当たる音もさほど大きくなく、ちょうど良いバランスです。大型琵琶にはぴったりです。今後はこれがスタンダードですね。
色々左:標準サイズ、中:中型(弾き語り用)、右:大型(器楽用)
とにかく私の琵琶は中型大型共に、通常のものより大きく、且つ琵琶史上一太い絃を張っているので、鶴田流の撥は私にはあまりに薄過ぎてどうにも使えません。物理的に絃のテンションに負けてしまいますし、音も小さく、またしなりがあり過ぎて、手首の柔らかさをうまく使えないのです。正派の撥ほど厚いと、また別の弾き方になるのでしょうが、私は右手首をとても柔らかく使うので、あまりしなりが強過ぎると撥が追いつかないのです。適度なしなりが良いですね。
私は小学生の頃からギターをいじっていましたので、両手首の使い方で、かなり技術に差が出ることを本能的に感じていました。上手い人はジャンル関係なく、皆手首が実に柔らかいのです。
また薩摩琵琶はフラメンコギターと右手の使い方がとても似ていて、右手をどう使えるかが、技術的な大きなポイントなんですが、ジャズもクラシックも、結局弦楽器を弾くには、手首のしなやかさが良い音を出す絶対の条件だと思っています。
y30-6m

30代の頃 若いね~~

私が琵琶を習い始めた時、師匠の高田栄水先生は「蝶が舞うが如く」撥を使え、とよく言っていました。それは左手も同じことで、右も左も「さばき」が悪いと良い音がしません。左手はまるで棹を撫でているように見える位でちょうどいい。とにかく「さばき」の良い人で下手な人はいませんね。
初心の頃は色んな琵琶の会に行って「さばき」を観察していましたが、残念ながら、あまり参考になるような方は居ませんでした。何故そうしたフォームが大事なのか。そこを研究しなかった結果が今の琵琶楽の現状ですね。残念でなりません。
琵琶の構え方から、身体の使い方等、総ては良い音を出す為なのですが、「きちんとしなさい」「腹から声出せ」「丹田に力を込めて」等根拠も判らず表面の形ばかり追いかけていては、いつまで経っても良い音も良い声も出て来ません。能や歌舞伎、クラシックなどでもそういった身体性の研究はかなりなされているのですが、琵琶では全く遅れていますね。私は古武術をやって居るせいか、所作の出来ていない人や、正中線がずれ傾いている人を見ると、とても気になってしまいます。

4sストライプハウスにて photo 新藤義久
私は自分の教室は持っていませんが、とある小さな音楽教室で数人に琵琶を教えています。その時生徒に一番最初に言うのが、正中線がずれていないか。体が傾いていないか。腕、胸・背中、肩、喉、顎等、上半身の力が抜けているか。こういう点を先ず注意します。
きちんとするのが好きな日本人は、顎を引き、胸を張る姿勢を取ってしまう人が多いですが、これでは武術でも音楽でも、体をまともに使う事は出来ません。何事もそうですが、体が自然な状態にないと、技というものは使えないのです。プロフ写真を見るだけでも、指導したくなるような方が多いですね。
大体先生と生徒は骨格も筋肉も、性別も年齢も違うのですから、形が同じである訳がない。形のもっと奥にある根理~フォームの必然性~を教えて、そこからその人の体に合わせて行けばよいのに、中身を考えずに表面の形ばかりを押し付け、とにかく先生の色に染めてしまおうとする。染まらない奴はやめろという姿勢では、生徒が上達して行かないのは当たり前です。
特に右手の撥さばきは、手の長さや、身長、胴回りの大きさでかなり変わって来ます。未だに右腕(ひじの少し先)内側を琵琶に付けて弾くように言う方が多いですが、私は常に右腕と琵琶の側面を離して弾いています。早いフレーズほど離して弾きますね。右腕を琵琶に付けた所で、根理が解っていなければ、いつまで経っても安定しません。かえって右半身が傾き、弾く位置がずれ、撥の動きを阻害してしまいます。
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琵琶樂人倶楽部にて、Vn:田澤明子先生 尺八:藤田晄聖君

以前は底辺の大きな撥にも挑戦したのですが、27 cmを超えると、私にはちょっと使いにくいです。これは慣れの問題もあるかと思います。昔の琵琶人は30cmもある厚撥を使っていたと聞きましたが、それでよい音を出していたという話も聞いたことがありません。大きく重く強くというのは、男目線のパワー主義的感性なんでしょう。今は26.5cm~26cmのものを使っています。底辺の大きさよりも、握りの感じの方が気になりますね。
結局は自分の思う通りの音色が出るかどうかという所だと思いますが、それよりも、その思う音色がそのまま音楽に直結しているかどうかという所が何よりも一番重要です。音色しか見えていない、音色オタクのような人がギタリストなんかに多いですが、どういう音楽をやりたいのか、という大前提が無い限り、音色も命が吹き込まれません。

先ずは自分がやりたい音楽の姿がはっきりと見えている事。ただの表面的な思い付きでなく、何故その音楽を自分がやるのか、という哲学面も明確だと良いですね。そこから思う形の表現を実現するために「どんな音色が必要なのか」、そしてそれを実現するためには「どういう技術と楽器・撥が必要なのか」。そういう思考が欠落していては、いくら良い撥や楽器を手に入れても、ローレックスを買ってご満悦の俗物と一緒です。
楽器本体は勿論の事、撥も絃も、演奏家の命です。そこをないがしろに考えている内は全く上達はしません。私の琵琶は大きさや内部構造、ネックの形状、柱、糸口、絃等すべてに渡って標準サイズのものとは違っています。すべては私の思う音楽を実現するための琵琶の形なのです。
極端に聞こえるかもしれませんが、クラシックでもジャズでもロックでも、プロの方なら皆それくらいの事は普通に考えています。ヴァイオリンでもピアノでもエレキギターでも、プロは細部に渡り徹底的に拘って選んでいます。ハイエンドのギターショップに行けば、そんな話は日常茶飯事でやってます。それがプロというものであり、又プロ演奏家の死活問題であり、絶対に譲れない所なのです。またそう思えない人は、演奏家を生業とすることは出来ないでしょうね。
アマチュアとして音楽に関わっている人には、そこ迄必要もないし、理解が及ばない世界かもしれません。また弾き語りしかやらず琵琶を伴奏の楽器としか思っていない人は、そこそこのもので良いのでしょうね。しかし是非琵琶に携わる方には意識を高く持って欲しいものです。
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琵琶樂人倶楽部にて、メゾソプラノの保多由子さんと
新撥を手に入れたことで、ソフトな独奏曲や弾き語り曲は従来の撥、アンサンブルなどで攻めて行くには新しい厚目の撥を使い分けられるので、とっても嬉しいです。早速いくつかの曲に少し手を入れて、エッジの効いたアレンジに直しました。この撥からまた新たな作品が生まれ出てくるかもしれません。これからが楽しみです。

風のように2021

また大きな地震がありましたね。なんだか不安の種は尽きません。先日は物凄い雷の後の虹が素晴らしく、世の中が一難去って、好転して行くような期待を持って見ていましたが、まだまだ楽観はできないですね。しかし外では、桜もそろそろ見頃になってまいりましたので、これからの花の饗宴の季節を希望を持って迎えたいと思います。

善福寺緑地2021

演奏会の方も徐々ではありますが、始まって来ています。実は休止状態だった日本橋富沢町楽琵会が復活することになりました。場所も新たに日本橋の老舗呉服屋、田源さんの催事場での開催となります。名称も「人形町楽琵会」と変更することになりました。また内容についてはあらためてお知らせします。乞うご期待!。
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日本橋富沢町楽琵会:左 第15回 龍笛 久保順さん 笙 ジョウシュウ・ジポーリン君 
日本橋富沢町楽琵会:中 第一回目公演
日本橋富沢町楽琵会:右 第19回 Vn 田澤明子先生 能舞 津村禮次郎先生 photo 新藤義久
先日「打つ手なし」という発言も出てきましたが、もう生活全てに於いて自衛して行く覚悟を持たないと難しい時代に入ったと感じています。地方公演も、これまで通りに復活するのにはまだ数年かかりそうな感じですし、当分は自分で企画出来る規模のものが中心になって行くでしょうね。舞台人にとって、ここ数年は活動の在り方についての試行錯誤の期間になると思います。
これまでもそうでしたが、今後は「自軸」という事が一層キーワードになって行くと思います。自分の意見を明確に持って、自分で責任も持って、自ら動かない限り、何も行動を起こせなくなるんじゃないでしょうか。オリンピック関連ではベテラン達の発言が何度も問題になっていますが、キャリアを積めば積むほどに頭を柔らかくして、時代の変遷を敏感に感じ取って、先を行くようでなくては、この激動の時代では活動出来ません。
琵琶樂人倶楽部にて、笛の長谷川美鈴さんと photo 新藤義久

大体、次の時代を開くのは、形骸化した組織の常識や枠からはみ出して、オリジナルな形を作った人です。つまり自軸で動いた人達です。永田錦心、武満徹、鶴田錦史、海童道祖、魯山人、南方熊楠等々、皆自分の意志で、自らの目標に向かって動いていました。
人間は、新たな時代の中で、新たな形に生き方を変え、時代に対応し、各時代を形作って来たのですから、目標に向かって行く為には形を変えて行くセンスも必要ですね。旧態に固執していては自滅するだけです。そして今がその時代の形の変わり目の真っただ中だという事です。

こういう時代にあって、芸術の存在はとても重要になってくると思います。芸術の良い所はとにかくルールが無い所です。どんな表現でも技でも良いし、作り手の感性のままに何も制限の無いところで成立するのが素晴らしいのです。何物にも囚われる必要が全く無く、思い通りに何でもやって良いのです。そしてやるからにはその責任も全部自分で背負う。正に今の時代に求められていることが、芸術の姿と一致します。
何事も同じですが、何か既存の基準やルールの中での価値観に陥ると、感性が閉じてしまいますね。出来合いの枠の中に安住する優等生では、次の時代を生きられない。現状に対しちょっとアナーキーな位でちょうどいいと私は思っています。
琵琶樂人倶楽部にて photo 新藤義久
社会を形成して生きて行く人間には、ルールはとても大事なことですが、ルールというものは小さな枠の中だけしか通用しないうえに、時代が変われば、その枠の中ですら通用しなくなる。それも突然に。
人間が社会的存在としてのみで生きて行けるのなら、芸術は必要ないでしょう。しかし法律やルールなどの規範を超えた所に人間の営みがあるからこそ、芸術はどの時代でも絶えることが無いのではないでしょうか。例えば、平家物語の魅力は、ルールなどお構いなしのリアルな人間像が浮かび上がって来るところだと思います。我が子を見殺しにして逃げてしまった知盛の深い悲しみと、その後の死に向かって戦に突き進む姿、乳母子との厚い情と絆の中で死んでいった義仲、乳母子の捨て身の行動に反応もせず、独りよがりで助かろうとした宗盛、そして戦の時代に生きた女性たち等々、動乱する世の中での生々しい人間の姿が、物語のストーリーと共に目の前に迫ってきます。生き死にの場に於いて、ルールは無いのです。ルールでは語れない人間の奥底にあるものが、受け手を惹きつけるのだと思いますが、如何でしょうか。ちょくちょくブログに登場するアンティゴネーも、法律を盾にするクレオーンに対し、自分の意思を優先して行動するアンティゴネーの姿に、人間の人間たる姿を感じ深く感動するのです。

今、時代は正に変化の只中に在るのです。そんな中に於いて、私は人間が人間として生きて行く上で、目の前のルールに囚われていたら、前には進めないと思っています。ルールは所詮人間が考えたもので、真理ではありません。
私のような長く生きている者が時代の変化を受け入れ、自ら変って行ける感性があるかどうか。問われていますね。自分の意見を持って、自軸で生きて行かざるを得ない時代が来ているのです。
2016年キッドアイラックアートホールにて、自由な風を感じたライブ
As:SOON・Kim  Dance:牧瀬茜 映像:ヒグマ春夫各氏と
私の作品には風をイメージした曲が多いのですが、それは私が風という存在に憧れがあるからです。風には国境も小さな枠のルールも無い。ただありのままに漂うだけ。人間は土地にしがみつき、社会にしがみついているので、自分の存在を証明するものが欲しくなって、どうしても自由に動けず、自由な心を保つことがなかなか出来ないものですが、そういう人間にとって、芸術だけがそこから解放して、心を風の様に自由にしてくれる唯一のものかもしれません。私は何か窮屈に感じる時には、風を想います。自分が何に囚われ、何に縛られているのか、そこから自由に、自分の思うように、思う所に羽ばたいて行くにはどうしたらよいのか。風に身を任せると、おのずと自分のすべきことが解ってきます。
善福寺緑地2021
風のように生き、人生を歩みたいですね。

10年

あの日から10年が経ったのですね。私の感覚ではこの10年という年月を、時間の概念では捉えきれません。

2021-3.11m
先日阿佐ヶ谷ヴィオロンでやった3.11追悼の会

今年は毎年やっている追悼集会を、8日にヴィオロンでやりました。昨年からのコロナ騒動で、いつものルーテル教会は使えないとのことで、主催の和久内明先生から相談があり、ヴィオロンを紹介させてもらいました。いつもよりは小さな場所になってしまいましたが、沢山の人が集まってくれました。こんな時期にありがたいですね。今、人が集まる場というものがどんどんと無くなっている事を考えると、この3,11はじめ、過去が忘れさられて行く時代になって行くような気がしてなりません。

3.11は単に震災というだけでなく、津波や原発事故という現代の日本社会が抱える様々な問題を炙り出してくれました。今回のコロナもそうですが、日本も世界も、はっきりと変わるべきところに来ているのでしょうね。エネルギー問題一つとっても、もうガソリンや原発の時代ではないでしょう。



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2017年の3.11追悼の会 福島 安洞院にて 詩人の和合亮一さん 能楽師の津村禮次郎先生と

それに「鎮魂」という言葉を意識したのは、この震災からでした。私は平家物語をやっていながら、今一つ「鎮魂」というものが我が身に入って来ませんでした。平家の人々に対して、特に思い入れがあるという訳でもないし、リアルな体験も経験している訳でもないので「鎮魂」という言葉は、琵琶の演奏に際して使わないようにしていました。しかし3.11の後、福島市や南相馬市、飯館村にも何度も行き、現実の姿を目の当たりにして、「鎮魂」という言葉が、自分の中で重い言葉として感じられるようになりました。

日本の歴史を見て行くと、鎮魂はとても大きなキーワードとして歴史の中に登場します。平家物語を筆頭に、それは芸能と社会の在り方という部分にもつながるのですが、鎮魂の思想は日本人の文化的感性の中に深く土台として存在しているのではないでしょうか。
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2018年の3.11追悼の会 福島安洞院にて 詩人の和合亮一さん 俳優の紺野美沙子さんと

3.11そしてコロナ禍を通して、日本人はそこに無力感も希望も、様々な想いをないまぜに感じながら生きて来ました。不都合ともいえる真実も炙り出され、多くの事を見、聴き、経験して来たのです。またこのコロナ禍を経て、更に色々な想いが湧いてきた事と思います。
思い返してみると、3.11の後、私はしばらく無力感を感じ、体調もすぐれなかったのですが、しばらくして、より「自分らしくありたい」という想いがふつふつと湧き上がってきました。私自身は被災した訳ではありませんが、地震、原発事故、政府、日本という国の未来等、感じる事、思う事、考える事ことは沢山ありましたし、自分が年を重ねるにしたがって、我が身だけでなく、次世代に対する気持ちというものも出て来て、結果、自分が自分らしくあることが一番大事だろうという想いを強くしました。
しかし「鎮魂」という事は未だに私にとって、簡単に口には出来ない言葉であり続けています。それは本人にその心が明確になければ、偽善でしかないだろうし、自分に対しても偽った音楽をやることになる。それだけ「鎮魂」という言葉は重いと感じているからです。私が出来ることは、ただ聴いてもらうという事だけです。私が何か出来るとしたら「祈る」位でしょうか。それもあくまで私個人の側からのメッセージとして、祈りを込める事しか出来そうにありません。相手の魂を鎮めるという事はとてもとても深い事だと思えるのです。

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琵琶樂人倶楽部にて photo新藤義久

黛敏郎さんの「音楽は祈りと叫びである」という言葉の通り、奏で、語るという事は正に鎮魂と密接な関係にあるのだと思います。少なくとも日本の芸能は正に祈りと叫びであり、そのまま鎮魂につながっていたことと思います。

先日、楽しいウクレレの演奏を聞きましたが、とても上手な舞台運びで、聞いている皆さんも本当に楽しそうで良かったですが、私の音楽や舞台とはまるで違う星の音楽の様にも聞こえました。これは同じ邦楽をやっていても、時々共演する人に対して感じることがあります。そういう音楽に接すると、逆に自分の音楽がどういうものなのか、よく見えて来ます。私は性格的にも見た目にも、人を安心させて楽しませてあげるような、エンターテイナーの質を持っていないのでしょう。まああまり人の役には立たないかもしれませんが、私には私がやるべきところがあると思いますので、それを淡々とやって行くしかないですね。

10年が経って、震災がもたらしたこと、教えてくれたことを、今静かに思い返しています。そして現在コロナ禍にあって、これからの世の中で、どういう意見を持って、どう生きて行きたいのか、改めて考える時だと感じています。

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