ネットワーク

新緑の勢いが凄いですね。この時期の緑は命が旺盛に動き出しているようで、実に気持ちが良いです。コロナ自粛は相変わらずですが、気持ちも上向いて来ますね。

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琵琶樂人倶楽部にて、photo 新藤義久

今月は人形町楽琵会の復活ならず、大変残念ではありましたが、何やら色んな事が動き出してきました。
最近どういう訳か、琵琶を習いたいという人が相次いで現れてます。教室の看板も出してない私の所に来るのだから不思議なもんです。なんか琵琶ブームでも起きているんでしょうか。私が良き教師であるかどうかは別として、何かのきっかけを与えれあげられるのであれば、それだけでも良いかなと思っています。その為に、只今稽古用の琵琶や撥など、色々とかき集めている最中です。また夏に向けての公演の話や、お仕事の話なども来ていて、ちょっと低迷しかけた日々に活気が出て来ました。

y30-1初心の頃
私が琵琶で活動を始めた頃、よく「人間力」ということを言われました。最後には人間力がものをいうなんて言われることが多かったですね。今この年になってみると、確かにそうだなと思います。「人間力」は言い換えれば、包容力だと私は思っています。
人間には防衛本能があるので、異質なものを排除したいという気持ちは常にあるものですが、それを小さな範囲でやっていると、どんどんと世の中から浮き上がって孤立してしまいます。これまで共生という事を言われてきていましたが、コロナをきっかけに、排他主義が表面化して攻撃に向かうという姿が、今、世界中に溢れています。自分とまるで違うレイヤーに生きている人や、違う考え方・感性を持っている人に対し、先ずは話を聞いてみようという姿勢で相対する、その力量を「人間力」というのではないかと思ってます。

以前ドミニク・チェンさんの「ぬかBOT」の事を書きましたが、美味しいぬか漬けが出来上がるには、その床の菌ネットワークがどのように発酵し、つながって行くかにかかっています。ドミニクさんはウエルビューイングに関する講演を色々としており、そこでぬか床の話も出てきて、生来のお新香ッ食いの私としては、大いに納得した次第ですが、菌のネットワーク同様、社会に生きる人間も、良好なネットワークで繋がり、時代にあった発酵をして行かないと、ウエルビューイングは実現しません。よく言われるフィルターバブル・エコーチェンバー現象のようなネットワークでは、同じような思考、視点のものしか集まらず、オタクの集団のようになって、発酵を通り越して腐敗につながってしまいます。歴史的に見ても、他の血を拒んだ一族が続いた例はないのです。異質ともいえるような様々なものがつながってこそ、ネットワークは豊かに発酵して行くのです。

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異質なもの同志のコラボレーション ダンス:牧瀬茜 ASAX:SOON KIM 映像:ヒグマ春夫 各氏と

現代では、自分にとって気持ち良い事をしよう!なんて言っている人が多いですが、快楽をもたらしてくれるものを優先するあまり、自分を取り巻く環境や社会に目をつむって、かえって生活や人生が狭くなってしまったのが現代社会の姿ではないでしょうか。何も辛いことを率先してやる必要はありませんが、普段から常に美味しい物、面白いものを追いかけるように仕向けられ、挙句の果てに添加物まみれのファストフードやコンビにのスウィーツが旨いと言ってSNSで盛り上がっている。目の前の快楽を追い求める裏側で、どれだけ自分の味覚が破壊され、身体が蝕まれ、物やお金、作られた流行に洗脳され、消費社会の歯車として振り回され、環境、感性のネットワークが荒んでいるか・・。目の前の快楽を只管追いかけるだけのエンタテイメントに、24時間浸かり続けていたらそりゃおかしくなります。
もう50年以上も前にレイチェル・カーソンが「沈黙の春」を書いて文明社会の在り方に警鐘を鳴らして来たのに、人類は目の前の快楽に溺れ、自らの命、更には地球の命までを絶とうとしている。資本主義、ショウビジネスのツケが今来ているのです。

だからこそ今、このコロナ問題は人類にとって良いきっかけを作るかもしれません。もう一度人間の生きる道筋を考え、ウエルビューイングの高いネットワークを作り直すのは、正に今なのかもしれません。

素晴らしいネットワークを持っている方々と逢う度に、その受け入れる姿勢の幅の広さ、懐の広さというものを感じます。ただ顔が広いとか人脈があるという事ではありません。時代と共に感性が変わって行くのと同じで、人とのつながり方も、その発酵の仕方も、その在り方も変化して行くのは当たり前です。ジェンダーや人種、国籍、年功序列など、今迄根拠の無い因習の中に囚われていた部分が炙り出され、次代の新たなネットワークが今築かれようとしています。そして同時に自分を取り巻くものをどう受け入れて行けるのか、問われているようにも思います。
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日本橋有富沢町楽琵会にて Vnの田澤明子先生と  Photo 新藤義久

少なくとも音楽は人を繋げ、異質なもの同志でも旺盛にコラボレーションし、豊かな発酵をして行く力があるのですから、広い心を持って行きたいですね。拙作「二つの月~ヴァイオリンと琵琶の為の」でテーマにしたのは9,11の事件ですが、異質なもの同志のぶつかり合いである、あの事件をテーマとしたものが音楽となり、その音楽を聴いて、リスナーの感性が次世代へと開いて行くのでしたら、作曲家・演奏家冥利に尽きますね。豊かな音楽を創って行きたいものです。

5月の風2021

自粛も延長となり、もう活動の計画を立てることも難しくなりましたね。今月復活公演を予定していた人形町楽琵会も、残念ながら中止とさせていただきました。
一方16日の川崎アジアンンフェスタは、イベント自体は11日に中止を発表しましたが、私が出るstreet会場は、川崎銀座街が独自に運営するイベントなので、そのままやるそうです。16日15時からですので、お近くの方覗きに来てください。30分ほどですが、尺八の藤田晄聖君とやります。

アジアンフェスタ

5月は私にとっては、感慨深い月です。私の両親は共に5月に旅立ちましたし、大変お世話になった方も、同じくこの5月に虹の彼方へと逝ってしまいました。外では新緑が茂り、花粉症も消え、ジャケットも脱いで、音実に活気に満ちて、そしてさわやかな時期なのですが、私にとっては両親の墓参りをしたりして、気を引き締める時期でもあります。昨年から墓参りすらできない状態なのですが、今年は更に世の中混迷に向っているようで、何とも予測がつきませんね。
こういう時期をどう過ごし、次の時代に繋げて行くか、試されているような気もします。ゆっくりと腰を据えて、次の時代を見据え、自分の道を模索して行きたいと思います。

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広尾 東江寺 能楽師 安田登先生 狂言師 奥津健太郎先生と

最近琵琶を習いたい、楽器の話を聞きたいという人が、何故か何人もいらっしゃいます。五月の風に誘われてきたのでしょうか。私は教室の看板を挙げている訳ではないので、問い合わせがあると、少しお話をして、〇〇流のようなものをイメージしている人には、各流派のお稽古場を勧めています。自由に琵琶と接したい人は、巡り巡って何となく私の所に集まって来ますね。私の所では、弾き語りではなく楽器として弾きたいという人や、オリジナルを創って歌いたいという人、作曲家で琵琶の曲を創りたいという人、ゲームなどのサウンドトラックで活用したいという人等々、凡そ流派で習っている人とは別の視点を持っている人が集まってきます。私自身、いつもブログで書いているように、大衆芸能として大正・昭和に出来た、多分に軍国的、男尊女卑的な琵琶歌の内容には大いに疑問があるので、弾き語りをやりたいという人には、壇ノ浦や敦盛などの定番曲も、全て歌詞・弾法を新しく創り直したものを教えるようにしています。戦争や殺し合いの曲は私自身一切やりませんし、教えてもいません。

大中小
塩高モデル大型中型と標準サイズ(塩高仕様)

という訳で、今日は少し楽器の事を書いてみます。
琵琶は先ず楽器を手に入れるのが難しいのです。何せ琵琶屋さんは全国に1軒しかないし、稽古用の廉価版楽器というものが無い。逆に言えば、一度買えば一生ものという感じです。ネットオークションにも古い琵琶が時々出ていますが、使えるようにするには結構な修理を必要とするものが多く、中には数十万の費用がかかる場合もあります。どこをどう修理すれば使えるのか、費用はどのくらいかかるか判った上で落札しないと、あとが大変になってしまいます。

標準サイズ私は修理が安くて済みそうな状態の中古の琵琶を買って、自分で直せるところは自分で直し、難しい所は石田さんにお願いして、なるべく生徒の負担のない形で稽古用の琵琶を提供していますが、石田琵琶店さんで販売している中古のものも時々あるようなので、修理調整の技術・知識の無い方は、石田さんに相談すると良いかと思います。ただいつもそうした中古がある訳ではないのと、お値段はそれなりにします。

この左の琵琶は、かなり前にオークションで落としたもので、ぼろぼろの状態でしたが、ネックが真っすぐで、直せば使えそうなものでしたので迷わず落札しました。ジャンク扱いでびっくりする位安かったです。しばらく私の琵琶部屋に置いておいたのですが、費用も溜まってきたので直しに出してみたら、何と石田克佳さんの先々代が作った琵琶で、大正時代の作品でした。それを塩高仕様に5絃6柱に直してもらって、時々お仕事で使っています。手妻の藤山師匠とカリブ海の国々にツアーに行った時にはこいつを持って行きました。実にバランス良く鳴っていますよ。

琵琶は、ギターのように調整のための機構がついていないので、柱や糸口、糸巻を直接削って調整しないといけません。当然どこか一ヶ所削れば全体のバランスが崩れますので、その他の所も見ながら調整する必要があり、かなりの経験と技が必要です。しかもそれをしょっちゅうやっていないと、あのビャ~ンという音は良い感じで響きません。私は琵琶を手にした時には、必ずサワリの調整をしてから弾きますので、ほぼ毎日やっていますし、舞台で使ってみて、少しでも違和感があったら、帰って来てすぐに調整を施します。
3また絹糸を張って、ぎゅうぎゅう引っ張りながら弾くので、どんどんチューニングもズレます。糸巻はギターのようにギア式ではないので、左の写真のように押し込みながら回さないといけません。最初は皆さんチューニングが出来ず、練習にもならないという日々を過ごすことになります。糸巻も使っている内にゆるくなるので、削って締り具合の調整をしなくてはいけませんし、絃そのものは湿気や気温差に弱く、とにかく言う事を聞いてくれません。今でも私はチューニングには本当に悩まされていますね。とにかく現代の感覚で接していては扱えません。まあ歌の伴奏で、合いの手にベンベン鳴っていればいいというのなら、ほったらかしでも良いと思いますが。

また柱やブリッジ&テールピースは膠でくっついているだけですので、結構頻繁に取れてしまいます。サワリ同様、そのくらいは自分で修理出来ないと、時間もお金もかかって仕方ありません。まともな師匠なら演奏だけでなく、サワリや各部のメンテナンスも教えてくれますよ。私は師匠から、それらをばっちりと仕込んで頂きましたので、その知識と技術が今、とても役に立っています。ありがたかったですね。
そんな具合ですので、ある程度弾ける人でないと、ZOOMなどでのオンラインの稽古は出来ません。

We are together again音楽の究極は音色だと私は思っています。一流の演奏家はその音色ですぐに判別がつきます。ヴァイオリニストのヨゼフ・スークやダヴィッド・オイストラフなんかは、クラシックの専門でもない私でも、聴いた瞬間に判るくらいの音色でした。それだけでなく、その演奏家が育った土地までもが聴こえてくるような揺るぎないスタイルがありました。
最近はジャズギタリストも、本当に上手な人が沢山出ていますが、音色で判断が付くような人は居ませんね。ウエスもベンソンもジム・ホールも、メセニーもジョン・スコも、勿論私が敬愛するパット・マルティーノも、皆、他の誰でもない唯一無二の音色を持っています。

顔も声も年齢も性別も国籍も、生きている時代も、全く違う人間が弾くのですから、声と同じく楽器の音色が違って当たり前なのですが、それが聴こえて来ないというのは、その人の音楽に成っていないという事に他なりません。自分の声を持っていない人間が居ないように、琵琶弾きも自分の音色を持たなくては琵琶奏者とは言えません。

音色が出来上がるには、技術、感性、精神など様々なものがあって初めて音色として出てくると私は思っています。壇ノ浦も敦盛も結構ですが、何故それをあなたがやるのか、その答えも無くやっていてはお稽古事と言われても仕方がないのです。ジョン・レノンや尾崎豊なんかは、なぜ死んでもファンを自称する人が後を絶たないのか。好き嫌いは別として、それは嘘偽りの無い、自分の中から沸き上がった自分の音楽をやって、彼らでないと実現しない世界を持っているからです。世間ではそういうものを音楽と言います。優等生的にお稽古をして、お名前や賞をもらっても、世間では、それはお稽古事であって、音楽とは認めてくれません。
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琵琶樂人倶楽部にて photo 新藤義久
邦楽で自分の音色を持った人はどれだけいるのでしょうね。今思い出しても10人もいないですね。宮城、沢井、寶、海童、横山、竹山、鶴田、水藤・・・・これ位でしょうか。皆時代というものも背負っていましたね。筝でも三味線でも琵琶でも、今や誰が弾いても同じような音とスタイルばかりで、判別がつきません。好みは別として、竹山の音なんか一瞬にして吸い込まれるような魅力あふれる音色でしたね。本当に津軽の風景が見えてくるような、何とも言えない魅力のある音色でした。
薩摩琵琶は自分でサワリの調整をするので、音色は勿論の事、サスティーンも好みに変えられるし、打楽器的要素と相まって、あらゆるアタックの奏法が出来る。他の楽器に比べて、かなり表現力の幅の広い楽器です。これだけの他に無い音色を持った楽器をほおっておくのはもったいないですよ。小さな枠を超えて、その独自の音色が世界中の人に愛されるような演奏家、そして楽曲がどんどんと出てきて欲しいですね。
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来月再演が決定している戯曲公演「良寛」にて、能楽師 津村禮次郎先生と

5月は私にとって、色々な事を考える季節です。自分の目指す道、自分の音楽等々、一流の方々には及びもつきませんが、他の誰でもない私の音色で、私の音楽を奏でたい。へたくそでも評価されなくても、その方向は崩したくないですね。是非これから琵琶を始めようとする方も、お稽古事ではなく、魅力ある音楽を創って行って欲しいものです。
私もそろそろ次世代の琵琶人を育てる役目が回ってきたのかもしれません。

穏やかな時間

GWは天気も不安定でしたね。雨、地震、雷、GWにこれだけ天気が悪いのも目珍しいような気がします。三度の自粛宣言で、都内はどうにも行き場がない感じでしたが、高円寺辺りは治外法権のように何だか盛り上がっていましたね。
我が家の近くにある善福寺緑地では、緑の勢いが日に日に増していて、どこに問題があるのだろうと思う位の生命力を感じるのですが、目に見えないウイルスの事はどうにもなりません。世の中どうなって行くのでしょうね。

2021楽琵会表mこういう時にこそ、音楽家は覚悟を持って活動をしないと、動きが止まってしまいます。ありがたいことに楽琵会の復活、そして毎月定例の琵琶樂人倶楽部と、自分から発信する会は何とか出来ているので、自分の表現すべきものはキープしていますが、もう少し攻めて行く位でちょうど良いのかもしれません。

私はSNSもあえてやっていないし、ネット記事等もあまり見ないのですが、それでも色々と入ってくる情報を見るにつけ、今、人心が一番危ういような気がしてなりません。そして自分もそうした世の雰囲気に、どこかのまれているような気がします。私はいつもストア派のセネカの言葉などを引用していますが、ストイックなストア派よりは、快楽主義のエピクロス派の思想の方がしっくり来ますので、なるべくゆったりとストレスのないように生きているつもりです。しかし現代社会では、人も物も情報も24時間溢れかえっているストレスフル社会ですから、ふとしたことで振り回されている自分を感じることも多々ありますね。
ストレスを感じ、イラついたり、怒りを感じたりするという事は、自分の思い通りにならないから、そう思うのであって、言い方を変えれば、自分のエゴに振り回されているという事でもあります。
世の波騒という位ですから、外に出れば反りの合わない人も居れば、話すら出来ないという事も多いでしょう。しかし自分の心を乱している原因を自分の外側にあると認識している内は、心に平安は訪れないですね。自分で自分を限定しているから、それに合わないものにストレスを感じるのであって、かくかくしかじかの自分ではなく、何物でもないプレーンな状態にしておけば、周りの色々なものとミュニケーションも広がるし、調和出来るものも多くなります。自分と合わないものでも、身の危険を感じるようなものでない限り、強い拒否を自分から発動することもありません。だからどんな状況でも心に平安が満ちて行くのです。

visions1何時も声を出したとたんに円が出来上がる安田登先生と ギャラリーVisionsにて
音楽をやっているとよく判るのですが、エゴの強い人とは呼吸が合わないのです。逆に素直な人とは呼吸が同調できるのです。間と言っても良いですね。私はこの呼吸を円運動といつも言っているのですが、スピードやテンポという事ではなく、同じ円の中に入いるような感じで調和して行きます。コンビを組むような相性の良い人とは、音を出した、その一瞬で同じ円を共有できます。武道等でも同様なのですが、自分が上手だとか、相手と比べて偉いとかいう意識があるうちは、円の中に入れませんし、自分の事で精一杯な状態の人も、アンサンブルそのものが出来ません。心が平安な人は、初めての時にはなかなか上手く行かなくても、何度か合わせると同じ円を創って行けるようになるものです。

そんなことをいつも感じながら演奏しているので、私は常にプレーンでいようと心がけています。表層的な、喜怒哀楽の感情に振り回されれやすい時は、すぐに立ち止まって、自分を内観して、囚われの原因を探し、そこを開放して行きます。そういう事を教えてくれたのが、よくこのブログにも出てくるH氏ですが、氏に会うまでの私は、勢いだけで突っ走っている状態で、正にエゴの塊でした。若さゆえの勢いも、40代にもなれば認めてはももらえませんし、身体にも歪が出て来ます。私の場合は声が出なくなりました。私は、H氏の導きで一枚づつゆっくりと身にまとわり付いた衣をはがして、やっと何とか余計な鎧で覆われた自分の奥底にあるヴィジョンを確認し、素のままの自分を取り戻し、心の平安とは何かを教えられたように思います。

江の島
江の島の夕陽

そしてやはり私にとって、一番心が平安になるのは、良い音楽に接している時です。見事とか、格好良いとか、凄いとか、そんな表面の感情が消え、音楽そのものの中に自分が入って行けるような時は、幸せでいっぱいになりますね。激しいエネルギーに満ちているものは好きなんですが、それが単なる感情のはけ口になっているようなものは、直ぐそんな俗な欲が見えてしまいます。

孔子様も音楽を第一に大切にしたそうですが、音楽は形が無いだけに、直接心に届きます。軍隊に必ず音楽があるのもそのためだと言われますね。目に見えないからこそ、その音楽が持っている質は、たちどころに判ってしまいます。隠せません。私は琵琶弾きですので、琵琶の音色は、私にはその最たるものです。だからこそ、そこに俗なエゴが乗っていると聴いていられません。

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今は無き明大前のキッドアイラックアートホールにて、
映像作家のヒグマ春夫さん、朗読家の馬場精子さん、尺八の田中黎山君と
今は世の変革の真っただ中にあります。政治も大事ですが、次の社会がどうなって行くかは、人心に全てがかかっているのは明らかでしょう。時代に振り回されて自分を見失っている人が多ければ、世はますます乱れて行くだろうし、心に平安を持つ人が増えれば、世は好転して行く事でしょう。その好転の為に芸術がどれほど大事なものか、そしてそこに人間が今後気が付くかどうか。私は次世代のキーワードはここにあると思っています。目の前を楽しませ、興奮させるショウビジネス音楽ではなく、喜怒哀楽を超え、聴く人の中で育まれて行くような、心を豊かに、平安にしてくれる音楽が、これから世に溢れ出て行ってくれるといいですね。

穏やかな時を迎えたいものです。

琵琶譜の事

世の中混迷状態で、政府の対応も何だかもどかしく、先が見えないですね。地元では遅くまでやっているお店もあり、自粛というにはぬるい感じですが、とにかく自分の行くべき所を行くしかないですね。

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日本橋富沢町楽琵会にて、能楽師 津村禮次郎先生、Vn 田澤明子先生各氏と、
拙作「二つの月」演奏中

photo 新藤義久
さて、今日は最近よく聞かれる琵琶譜について書いてみます。ネットには薩摩琵琶の記譜法を載せているサイトもありますが、五絃の錦琵琶を使う鶴田流系統の方が載せているようですね。錦心流などの四絃の記譜法ではないです。合奏などでは五絃を使いますので、五絃が色々な場面で活躍しているように思う方も多いですが、薩摩琵琶は元々が四絃で、五絃の錦琵琶は昭和になってできた楽器です。演奏者の数としても圧倒的に薩摩琵琶は四絃が主流です。作曲する人はこの辺りの事情も判っておくと良いですね。
194琵琶ネットに挙がっている記譜法は、タブ譜として四絃の流派のものに比べ比較的解り易く、作曲家には、こうしたものがある方が使い易いのでしょうね。私は鶴田系の記譜のやり方に更に手を加えて、もう少し現代の演奏者が感覚的に解りやすいように工夫をしています。ちなみに私の教則DVDでは、私のやり方による記譜法を使っています。
作曲家が作品に琵琶譜を添付する際は、タブラチュア譜として解りやすいように、新しい記号も作ったりしながら、細部を検討してもらうようにしています。先日もドイツにいらっしゃる作曲の師匠 石井紘美先生の作品「HIMOROGI」の琵琶譜について、何度かやり取りを重ねました。是非次世代の琵琶演奏家に挑戦して欲しいですね。

細かな所では指遣いに関して、白抜きと黒塗りで絃を押さえる指を区別している例が多いですが、私はすべて白抜きで書いています。というのも指を指定しないと弾き辛い所は別として、その他部分は場合に応じて、同じポジション、同じフレーズでも色々な指で弾くからです。私は左手の小指まで使いますので、基本的に従来の琵琶の弾き方とは違いますし、握り方も親指をネック裏に置き、浅く握るのやり方と、従来のように、親指をネックから飛び出すようにして深く握る2パターンの握り方を臨機応変に変えています(左下写真参照)。

2琵琶樂人倶楽部にて、 photo 新藤義久
締め込むには深く握った方が良いし、小指まで使って大きく手を開くには、親指をネック裏側に持ってこないと手が開きませんので、それに伴って前後の指遣いも変わります。私の琵琶はネックが太くなっていて、両方の握り方が使えるような工夫を石田克佳さんがしてくれました。小学生の頃習っていたクラシックギターの指使いが今になって大変役立っていますね。

錦心流などでは第4絃の5柱目を締めこむ時に、中指と薬指を使いますが、鶴田系では人差し指と中指使います。チューニングの仕方自体が違うので、それぞれ次の動きに対応していて、どちらも理にかなっていますが、五絃の錦琵琶は、元々女性用に開発された楽器ですので、指の力をより効率的に使えるように、四絃とは変えたのかもしれません。
私はどちらの流派も経験したので、場に応じて、どちらでも使い分けが出来るようにしています。私の場合チューニングも曲によって変えていますし、臨機応変に指を使えないと、新作を書く時も演奏する時も対応が効きません。また即興演奏などでは、弾き癖に囚われると、浮かんでくるフレーズなどが狭くなり、全体に音楽が小さくなってしまいます。これはギタリストにもよく見られる悪癖で、ジャズ系のプレイヤーはワンパターンに陥らないように、特に気を付けていますね。常に楽器や弾き癖に囚われず、自由に音楽を奏でる為にも、左の指はすべてを自由自在に使えるように心がけています。
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キッドアイラックアートホールにて ASax SOON・KIM  Dance 牧瀬茜  
映像 ヒグマ春夫各氏と

私は、弾き語りではない「器楽としての琵琶樂」を標榜して活動しているので、弾き方も今迄の薩摩琵琶には無いテクニックをどんどん使います。ちなみに以前流派に所属していた頃は、私の弾き方を真似る若い方が居て、師匠は「塩高の真似はやめろ」と言っていたそうです。
流派の曲を弾く分には、流派のやり方で充分です。お稽古さえしていれば、記譜もそのままで何の支障もないです。ただ私のように常に新しい作品を作曲して、演奏しようとするのなら、自分が今持っている経験やアイデアを一旦外して、琵琶に対する概念もテクニックも、音楽そのものに対するセンスすらも変えて行くことを辞さない、という姿勢でいないと、次世代のヴィジョンは見えないですね。自分の頭の中だけで何か創っても、これまでの焼き直ししか出て来ません。
楽譜に関しては、海外の方に譜面を渡すこともありますし、以下の動画のように他の楽器で演奏してくれることもありますので、共通言語として五線譜で表記することも必要になって来ます。
よく五線譜では書き表せないという事をよく聞きますが、琵琶譜でも同じように紙の上に音楽を書き表すことは出来ません。特に琵琶譜は演奏時の情報があまり書かれておらず、お稽古で補う事を前提にしたメモ書きのようなものですので、いわゆる楽譜という点で見てみると、強弱も音程もテンポ感も全く書かれていません。つまり同じ流派、もっと言えば同じ先生の下で稽古した人でないと理解が出来ない、かなり狭い強烈にドメスティックなものでしかないという事です。あくまで流派・門下に特化したツールなのです。
琵琶譜を、稽古をしているお仲間の中だけに伝えるものとして考えるのか、それとも世界の音楽人に伝わるようにどんどんと工夫して行くか、それはその人の考え方次第。比較の対象にはならないと思います。楽譜の扱いについては以下の過去記事をご覧ください。

五線譜の風景Ⅱ http://blog.livedoor.jp/rishu_alone/archives/51296358.html

これは2018年に台湾で行われた、琵琶:劉芛華さん
 高胡:林正欣さんのリサイタルの様子ですが、拙作の「塔里木旋回舞曲」が取り上げられています。彼女たちは台湾から私の家までやって来て、レクチャーを受けて、少しアレンジも加えて演奏してくれました。五線譜で渡したのですが、勿論書ききれない所もあり、口頭で色々と説明しました。英語と日本語のちゃんぽんでやったのですが、台湾の方は日本で使っている漢字がそのまま通じますので、コミュニケーションがし易いですね。

私は基本的に作曲家兼琵琶奏者なので、様々な楽器と合奏できる曲を書いています。尺八・笛・筝・笙、ヴァイオリン・フルート、声楽等々、様々な方と演奏する為に毎日旺盛に作曲しているので、記譜法も、必要とあれば五線譜も雅楽譜も使い、演奏テクニックもどんどんと開発しています。お陰様で主だった曲は既に40曲以上配信にてリリースしています。しかし琵琶では、新作をあまり作らないし、やらないせいか、琵琶人は皆、大変保守的ですね。
2020 改造①
塩高モデル大型

こんな調子で私はやっていますので、当然記譜法もそれに対応して変化しているという訳です。私の琵琶は、柱も6柱目があります(上記写真)ので、第5柱目を締めこんだ「6」と第6柱目の音を混同しないように書き方を工夫しています。曲によっては、あえて洋楽のリズム譜を書き足すこともあれば、洋楽の記号も必要とあればどんどん使います。大陸由来の漢字と、日本で開発されたひらがな、カタカナを混ぜて書く日本語と同じです。常に音楽優先で、演奏に支障の無いよう、必要とあれば新たな記号も創作してどんどんと取り入れて行きます。ネット配信で世界の方が私の曲を聴いてくれる時代ですから、自分の流派や教室の生徒さんしか判らない様な記譜法は、私には考えられません。

イルホムまろばし8m

上記の写真は、ウズベキスタンの首都タシュケントにあるイルホム劇場にて、拙作「まろばし~尺八と琵琶の為に」を上演した際のリハーサル風景ですが、同劇場の音楽監督であり、今はヨーロッパで活躍する作曲家 アルチョム・キムさんにアレンジをしてもらって、尺八パートを現地の笛ネイに置き換え、更にバックに小編成のオーケストラを付けて上演しました。こういう活動をしたいのであれば、五線譜は共通言語として必須です。そしてそこにどう琵琶のニュアンスを入れて、伝えることが出来るかが腕の見せ所です。また現地の方は皆ロシア語が標準でしたが、リハーサルでのやり取りは、お互いの共通言語として英語でやりました。

結局自分がどういう考え方で琵琶に接して扱っているかが、譜面にも現れます。全ては音楽の為に、素晴らしい音楽を創るために楽譜はあるので、理念も無く従来の慣習にただ拘っていたら、世の変化に沿う事が出来ず、リスナーは時代と共に離れて行きます。そういう精神は音楽の総てに渡って出て来ます。武満さんの譜面も図形ですし、石井紘美先生の譜面も図形譜と琵琶譜、そして五線譜の3種混交で書かれています。譜面の書き方は自由でいい。情報が伝われば良いのです。伝えるべくは、琵琶樂の表面の形ではなく、その核心です。私は時代と共に在ってこそ、音楽はそこに命が宿ると考えますので、出来ることはどんどんとやろうと思っています。
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左:トルクメニスタン マフトゥムクリ劇場にて、
右:ジョージア(当時はグルジア)ルスタヴェリ劇場にて

かつて明治時代に薩摩琵琶で初めて成立した流派、錦心流を創始した永田錦心は「これからは洋楽を学んだ人に新しい琵琶樂を創って欲しい」と、熱い言葉を持って琵琶新聞に書き残したそうですが、永田錦心なら譜面に関してもどんどんと改良していったでしょうね。

全ては、琵琶樂の為に。

Still On The Road

相変わらずの世の中が続いていますね。今後の展開がまるで見えませんが、ここ杉並辺りは人通りも盛んですし、街の様子はあまり変わりません。世の中は何処へ向っているのでしょうね。せめて芸術だけは、その先の世界を見据えて、その旺盛な活動を止めることなく動き続けて行って欲しいものです。

先日ギャラクシティードームにて、8月7日に公演予定している「銀河鉄道の夜」のプロモーション用の動画撮影をしてきました。年明け1月に予定されていた公演(左チラシ)が夏に延期になったのですが、この状況で実現可能な形を模索した結果、最終的には歌い手と語り手、そし私以外の音楽家の音源はスタジオで別録りして、本番はジョバンニとカンパネルラの人形使い2名、それに私と安田登先生が舞台上で演じ、そこにパフォーマー2名が加わるという形になり、今回音源に合わせてプロモーション用の動画の収録をしてきました。笙のカニササレアヤコさんも加わるという情報も!。
手元に画像でもあればお見せしたいのですが、バックのスクリーンにはプラネタリュウムならではの星空や星座の絵の他、場面に合わせた幻想的な絵が映し出されて、なかなかの良い感じなんです。更にますむらひろしさんの絵も映し出され、星座の解説なども入るという事ですので、期待が広がりますね。是非8月には公演が出来るように祈りたいです。

前にも書きましたが、このギャラクシティーは私が琵琶の活動を始める前、約26、7年前に私が働いていたところです。私は東京初のIMAX常設劇場として誕生したこの施設で、映写技師として働いていました。まだ映像はフィルムで、音声はオープンリールデッキのオールアナログの時代です。あの頃は当時の最先端を行く映写機IMAXを動かしているというのが、ちょっと自慢でしたね。ここで仕事をしながら琵琶の勉強をして、ライブ活動を始め、5年ほどして、琵琶一本で生きて行く決心をして飛び出して行きました。一昨年縁を頂いて、再びこの場所に舞い戻って来たのですが、何だかニューシネマパラダイスのトトみたいな気分です。
ギャラクシティーで働いていた当時の私、日暮里にあった邦楽ジャーナル倶楽部「和音」でのライブにて

こんなお仕事をここ数年頂いているせいか、この20数年を色々と想い返すことが、最近時々あります。しかしどう考えても20年以上の時間が経ったとは実感が出来ないのです。まあ顔は随分と老けてしまいましたが、自分で年を取ったという実感もさほどなく、これまでやってきた演奏会や仕事を振り返っても、20年という時間を経たという物理的時間が感じられません。何故なんでしょう。

これ迄私は本当に良い仕事をさせてもらいました。海外公演も色々とやらせてもらったし、CDも全て私の作曲作品で通算10枚(ベスト盤2枚含む)リリースし、ネット配信で世界の方が聴いてくれるようにもなりました。国内では、今考えても、どうしてここで演奏会が出来たのか不思議な位、様々な場所で機会を頂きました。上手く行かないことも多々ありましたが、毎月主宰している琵琶樂人倶楽部ももう14年に渡り開催160回を超え、これ迄分不相応な程にやらせてもらったと思っています。しかし私は未だその旅の途上に居るのです。まだまだ区切りというものを感じません。

2009年高野山常喜院塩高和之独演会にて

私は、あのプラネタリュウムのドームシアターの中で黙々と練習していた頃から今迄の、この20数年という物理的時間と感覚的な時間が、どうにも一致しません。あっという間という事ではなく、そのまま延長している感じでしょうか。あの頃の思い出は確かにある種のノスタルジックなものを伴いますが、今、自分があの映写室やドームに居ることは、何かいつもの日常だったあの頃がそのまま続いているようで、気分はあまり変わりはないのです。
私には、まだまだ世に出したい曲がいくつもあり、もっとやりたいことが沢山あって、あの頃と気分は何も変わらず、日々がずっと続いています。やっていることも全く変わらず、毎日のように琵琶のサワリの調整をして、毎日曲についてあれこれと頭をひねり、次のライブはどのプログラムでいくか、なんて事ばかり考え、あちこちと飛び回って演奏している。変と思われるかもしれませんが、心が全く同じ、still
on the roadです。

今年2月の琵琶樂人倶楽部にて、Vnの田澤明子先生と

この旅がどこまで続いて行くのか判りませんが、気分が変わらず日々を過ごしている内は、このままなのでしょう。私はまだ当分、この旅の途上に居ようと思っています。変わろうと思っても変われないですし、もうこれが私の人生のペースになってしまっていますね。

そしてもう一つ舞台のお知らせです。

2013年から何度となく再演を繰り返している、和久内明先生脚本の戯曲「良寛」が6月26日に再演されることに決まりました。前回と同じく、能楽師の津村禮次郎先生、ダンサーの中村明日香さん、そして私の3人による舞台です。場所は中島新宿能楽堂。花園神社の近くです。
今回は能楽堂での公演という事で、雰囲気も変わり、津村先生も本領発揮の充実した内容になる事と思います。乞うご期待!!。
まだまだこの旅は続きそうです。

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