時の揺曳Ⅱ

急に忙しくなって来ました。今月はあちこちに出かけフル回転となりそうです。

熱海音楽祭2021n

昨日は安田先生のサポートで野村総研のセミナーでしたが、お仕事とはいえ、いつも安田先生のお供をしていると本当に勉強になりますね。ありがたい事です。明日(もう今日ですね)は熱海未来音楽祭のプレイベントで演奏収録、明後日は池袋あうるすぽっとでの本番舞台と続きます。

H氏が良く弾いていた樂琵琶
この時期になると毎年急に忙しくなるのですが、同時にふわっとH氏の事を思い出します。もう8年という時間が経っているのですが、私にはまだあの頃の時間がそのまま延長しているような気がしてならないのです。特に樂琵琶を弾いていると、もう物理的時間を速攻で飛び超えてしまいますね。氏とのお付き合いも短い間といえば確かにそうなんですが、本当に色々な事を教わり、様々な面で助けられました。先日も音楽家の仲間がまた一人虹の彼方へと旅立って行ったのですが、私の中では、まだ一緒に演奏した時間が続いている感じがするのです。

物理的時間の事をクロノス。身体的時間をカイロスと言うらしいですが、私は年を追うごとに、カイロスの方が強くなって、物理的時間を忘れてしまう傾向にあります。
以前ブログで書きましたが、昨年そして今年と、ギャラクシティープラネタリュウムでの演奏は、私にカイロスとしての時間を実感させてくれました。実に25年ぶりでしたが、もはや私の中の25年というクロノスはすっかり無くなって、私の心と身体はカイロス的時間の中を浮遊していました。

現代人は人類史上一番物理的な時間に支配されているようにも感じられます。生活全般に何でも時短でこなす事が出来るようになったのに、史上一番忙しく且つ時間に追われています。何かが変だと思いませんか。私はこの現代の社会や生活の在り方が、ずっと以前より、おかしいと思っています。
コロナの中で色々と想いを巡らせた方も多いと思いますが、正に今、時代は次の段階へとステップを踏み出し、心も身体も生活も社会も、大きな変化をする時期に差し掛かっているのかもしれません。人間にはどうしてもクロノス的時間では割り切れない身体=カイロスを捨てる事は出来ないのだと私は思います。
デジタルで区切れないこの身体は、不安定な「心」とも連動し、現実の中に新たなレイヤーを生み出し、芸術や宗教を通して過去に立ち帰り未来を志向し、クロノス的な時間を乗り越えて行きます。これから時間の概念そのものが変わって行く時なのかもしれませんね。

私にとって時間は過ぎ行くものではなく、また重なり行くものでもなく、漂うものとという感覚がつ言うです。たとえ何十年も前の事でも、私の中では現在と直結していて、日常の中に漂っていて、いつでも手の届く所に、その記憶は在るのです。
また自分の記憶だけでなく、古典に触れる事によって、古典世界と一体になるような感覚も年を追うごとに感じます。万葉集や新古今などパラパラとめくっていると、色んな情景が目の前に広がり、速攻で時間も空間も飛び超え、描かれている情景と一体化してしまいます。単なる変わり者とも言えますが、私はそこでいつも、何と豊かな、何と大きな、何と情感溢れる世界なんだろうと、毎度心が広がって、人間の営みの素晴らしさを感じます。言語芸術の究極は和歌だろうと私は思っています。

琵琶樂人倶楽部にて photo 新藤義久


私が過去の記憶の中にすぐさま飛んで行けるのは、和歌に普段触れているからかもしれません。想い出は「想い出す」のではなくふと「想い出る」ものだと言われますが、H氏もギャラクシティーも、昔を懐かしんだりするというよりも、その頃の記憶と、今現在の私の心身が「ふと」一体化してしまうと言った方が合っているように思います。

現代の人間は、欲望を消費することで生きているようなもの。そんな欲望の消費を繰り返していたら、時間はただ過ぎて行くだけになってしまうのではないでしょうか。物理的なクロノス時間に追われ、追いかけているような人生では、万葉集や新古今の世界に心をゆだねるなんてことは難しい。そう思うのは私だけではないと思います。人間が本来の姿を取り戻すには、カイロス時間の感覚も同時に取り戻すことが必要だと私は思っています。つまりクロノス時間に支配されている現代人は、本来持っている身体を忘れさせられ、歪んだ状態に在るのです。私にはそう思えて仕方がないのです。

漂う時間の中に身を任せ、また想いを膨らませて、和歌や想い出を通して過去とも繋がりを感じられるような感性をいつまでも持ち続けたいですね。

磨きをかける

やっと世の中動き出してきた感じがしますね。

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横浜EL PENTE「中秋名月浴」にて photo 新藤義久


先日の藤條虫丸さんとのライブ「中秋名月浴」もとても良い感じで演奏出来ました。久しぶりにLiveの雰囲気を味わうことが出来、自分の原点をしっかりと確認しました。邦楽にはこのワクワク感が足りないんですよ。
声をかけてくれたPerの伊藤アツ志さん、そして虫丸さん、魔訶そわかさんとは是非また共演してみたいですね。来月頭(2日)には熱海でもダンサーとの共演がありますので、楽しみです。詳細が判りましたらHPにUPします。

来週はまた安田先生のサポートで企業セミナーなどあるのですが、来月3日のあうるすぽっと公演に向けて体も琵琶も整えて行きたいと思います。この公演は2019年から「漱石と八雲」という内容でやっていて、3年目となります。特に今年は10月末に新潟、11月には熊本で巡演する予定です。是非お近くの方お越しくださいませ。

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私はいつもながら「暇そうだね」と声をかけられる事が多いのですが、私が毎日何をしているかといえば、「曲の見直し」です。自分のレパートリーは時間がある時にはいつも見直していて、まだもう少し余地があると思われるものは、常にブラッシュアップをかけ、細かな表現の仕方を検討したり、譜面を直したりしています。既に手を入れる必要のない所まで来ている「まろばし」や「花の行方」(合奏Ver)、「二つの月」、樂琵琶での諸作品は別として、今月は「遠い風」(笛とのデュオVer)、「彷徨ふ月」(独奏曲)、「忠度」(弾き語り)、「古の空へ」(独奏曲)、「花の行方」(独奏Ver)をブラッシュアップしました。という訳で現時点でレパートリーは最強となっています。これに現代曲をもう一つ構想中なので、これが出来上がるべく只今奮闘中です。

6琵琶樂人倶楽部にて photo 新藤義久
私は子供の頃から、自分で選んだお気に入りのものを、じっくり手入れしてカスタマイズするのが好きなんです。楽器は勿論の事、身の回りにあるものに対しては常に手をかけて、最良の状態にしておくのが癖みたいなものです。和服も割としっかりと自分で手入れをして、自分で出来ない所は呉服屋さんにメンテナンスを出したりしてます。元来アンチ「高級・有名」なところがあって、有名メーカーの楽器や流行している品にはあまり手を出しませんが、お気に入りのものに手をかけて、一流以上のスペシャルなものにするのは快感ですね。
何時も紹介している私のオリジナルモデルの琵琶は、最初に作ってもらってから20年程の時間をかけて細部に渡って改良を重ね、やっと思い通りの形~塩高仕様に整いましたので、今とても気持ち良い状態にあります。一番身近な相棒ですから、ここに手を抜く訳には行きません。他を切りつめてでも、ここには手をかけていかないと!。

私自身は自他ともに認めるかなり大雑把な性格なのですが、自分を取り巻く「もの」たちに関してはついつい手間をかけてしまいます。だからサワリの具合が良くない琵琶があると、どうも気になってしまいますね。

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季楽堂にて 摩有さんの人形と共に photo MAYU

私にとって作曲した曲や楽器というものは、共に生きているという感じでしょうか。ちょっと理解して頂けないかもしれないですが、曲も楽器も常に変化し、留まる事がありません。逆に固定されて全く変わらないものというのは、どうもしっくりこないし飽きてしまいます。20年以上前に作曲した「まろばし」は、譜面上はもう手を入れる必要はないですが、何度やってもその変化を面白く感じます。曲自体も演奏者が自由な発想で解釈出来るように作ってありますが、奏者によって実に千変万化します。だから面白い!。作品は固定された物体ではなく、命あるものであって欲しいのです。
楽器も同じく、常にメンテナンスをしていても、その状態は人間のように毎日変わります。機械なら整備をすれば一定の状態になるでしょうが、私の琵琶は木部に塗装をしていませんし、場所を移動するだけで響きが変わります。サワリの状態も変わるし、ちょっとした温度や湿気で絃の状態も変わります。

だから私は楽曲も琵琶も「生きもの」を相手にしているつもりで接しています。

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一昨年のあうるすぽっと公演 能楽師の安田登先生、浪曲師の玉川奈々福さんと

ただこれまでやって来て、磨きをかける事と共に思う事もあります。音楽や芸術をやっていると、己の世界にはまり込んでしまって、仙人のようになってしまう事が多々あるのです。私は若い頃から、俗世間を離れ山の中で暮らしたいという願望がずっとあるのですが、それでは音楽は生まれないのです。自分の世界の中に浸っていると確かに気持ち良いし、何でも身の周りが思い通りになるような気がするのですが、自分の中の憧れやこだわり、更には自己顕示欲等の表層の部分に囚われて、そこばかりに気を向けて、未熟な思考のまま磨きをかけてもオタク以上にはなりません。

私自身、若い頃は憧れやこだわりみたいなものから、なかなか抜け出せませんでした。今でもまだどこかに抜けていない所を感じています。そんな私が今思うのは、自分自身を見つめる事と同時に、自分が時代と共に、そして社会と共に在るという意識がとても大切なのだという事。そこには日本の風土が育んだ奥深い歴史や伝統を感じる事も含まれて行くだろうし、今現在の自分を取り巻く世界というものをしっかり見て認識するという事が、自分の創ろうとしている音楽世界を豊かにすると感じています。自分自身に成りきって行くミクロな方向と共に、世界と調和して行くマクロな視野の両方が整ってこそ、音楽は鳴り響くのだと、今実感しています。

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キッドアイラックアートホールにて 
ダンス:牧瀬茜 ASax:SOON Kim 映像:ヒグマ春夫各氏と


さて、また磨きをかけて、舞台に向かいますよ。

心体Ⅱ

コロナの影響は相変わらずですね。地方の演奏会が中止や延期、無観客配信になる例もまだ続いています。しかし東京杉並辺りでは、もう居酒屋などもどんどん営業しているし、ほとんど日常に戻って来ている感じです。早くデンマークのような自由な状況に是非なって欲しいものです。

来週は久しぶりに舞踏の方との共演があります。この界隈に興味がある人にはご存じの方も多いと思いますが、藤條虫丸さんというベテランの方と即興によるライブをやります。声をかけてくれたのはアラブパーカッションの伊藤アツ志さん。伊藤さんとはフラメンコギターの日野道夫さんの会で何度も共演させてもらっていまして、今回は伊藤さんと私が藤條さんと対峙する形でやってみます。

9月21日(火)西横浜EL PUENTE 19時開演となっております。お近くの方是非どうぞ。
https://www.facebook.com/events/138108508489975/

琵琶樂人倶楽部にて photo 新藤義久


病は心が作り出すとはよく言われることですが、最近益々この言葉が現実味を帯びてきたように感じています。特にコロナに関してという事ではなく、ここ20年30年の日本の社会を見てきてずっと感じている事なんです。そしてこれは病気だけでなく、生活全般に言える昨今の社会状況だと思います。情報過多の社会にあって、更に加速している問題であり、かなり気を付けるべき要因ではないかと思えて仕方がないのです。

日本人の潔癖症は世界でも有名ですが、バブルの辺りから、色んな場面でそれが行き過ぎていると感じていました。トイレが清潔なのは良い事だと思いますが、洗剤や香料等それまで無かったものが急速に普及し、街にはドラッグストアが溢れるように存在しています。健康食品やアンチエイジング業界等、どう見ても行き過ぎた広告を打っているような気がしますが、皆さんはどうお感じでしょうか。

そんな宣伝・洗脳に現代人はまんまとはまって、せっせとお金をつぎ込んでいるのです。保険もあらゆるものが氾濫していますし、老後はこれ位の貯蓄が無いと生きて行けないとか、もうありとあらゆる手を使って不安を煽り立てているように私は思います。
日本人はとにかく「普通」という横並び一緒な事で安心する感性の人々ですから、お金でもライフスタイルでも、とにかく皆と同じ感じで居ることで安心する。この主体性の希薄な感覚が、不安を煽って消費を促すという詐欺的ともいえる商法を助長しているのでしょうね。

江の島


考えてみれば30年40年前は、今のような健康食品なんてものはありませんでした。除菌剤や香料たっぷりの柔軟剤等も無かったですね。急激に普及し、それがあたかも「普通だ」という世の中になってしまいました。
マスクもワクチンも、本質を確かめようとせず「何となく」という感覚の中で右往左往している。やっている人とやってない人という区別だけをしようとして、どこかに依存する事で安心しようとしてしまう。これはとても危うい感性だと思います。そして自らはまり込んでしまっている事に気が付かない。

「風の時代」「個の時代」などといわれていますが、それは言い方を変えると、付和雷同的な「みんなで一緒」という村意識から抜け出そうという事ではないでしょうか。村の中に居るから、他と自分を比較してしまうし、自分の軸が見えず、他軸をもって物事も自分も判断して、その結果不安になったり、コンプレックスを感じたりして自らを追い込んでしまう。皆が同じレイヤーの中に居る必要はないのです。学歴が無かろうが年収が低かろうが、そんなことは他人には関係ない事です。世の中には琵琶法師もいれば社長もいれば大学教授もいます。旨いそばを打つ職人もいます。皆対等に人間として付き合えば良いだけではないでしょうか。日本の社会がもう少し色々なものから解放されて、多様な人生を皆が、ごく自然に認め合って行けるようになると良いですね。

日本橋富沢町楽琵会にて 能楽師の津村禮次郎先生と

心の豊かさこそ一番の幸せです。

無垢な魂2021

人形町楽琵会は無事に終わりました。集客はそこそこの感じでしたが、気持ちの良いお客様にも恵まれまして良い会になりました。こういう時期に会をやるのはなかなかハードルが高いですが、今後もサロンコンサートのような小規模の演奏会はどんどんやって行こうと思います。

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先日の人形町楽琵会にて、筑前琵琶の鶴山旭祥さん、笛の大浦典子さんと


この日はくしくも9.11。あの日から既に20年。考えてみれば激動の世の中でしたね。今のパンデミックは勿論、めまぐるしいほどに世界が動き出した、その象徴が9.11だったように思います。世界と共に、人々の感性もどんどんと変わって行きました。この20年で私自身も大きく意識が変りましたが、20年前といえば、ちょうど1stCDをリリースした頃です。あの頃見えていた景色と、今見ている景色がこんなにも違うのかと、今更ながらに感慨深いものがあります。世界そして日本の動きと人の心、生活は密接に関わり、音楽もそこに大きく関わっている事を実感した20年でした。


2先月の琵琶樂人倶楽部 SPレコードコンサートにて photo 新藤義久
この20年は私にとって、とても大きな重要な20年でした。人生が動き出した20年ともいえるかと思っています。今改めて、器楽としての琵琶樂をもっと明確に確立したいという想いが湧き上がっています。

以前琵琶の弾き語りを少しばかりやっていた頃、とある方から「言葉に意味は無い」という事を言われました。例えば「愛してる」と歌った所で、心の内は簡単には伝わらないし、逆の意味が満ちていることも多々あるものです。悲しさも嬉しさも、その心と言葉は相容れないのだという事を教わりました。演劇をやっている方なら、お店のメニューを読み上げながら、悲しさや嬉しさ、怒り、愛おしさ等々あらゆる感情を表現する訓練をした事があるのではないでしょうか。

例えば子供は時々、大人には判らないような意味のない言葉で会話します。大人には理解不能な、へんてこな言葉でも、余計な夾雑物の無い純粋な心のみで会話をしようとするから、何の問題も無く会話が成立するのです。しかし大人は自分自身が既に様々な経験をしてきて、言葉というものを知って、意味に囚われ、その奥にある無垢な心に至る事が出来なくなってしまっている。更に世の中に危ないものや人がいっぱい存在することを経験として知っているので、そういったものから身を守るために、様々なディフェンスを無意識に張り巡らせて、知らない内に色々なものに囚われ、固定観念やら常識やら防御本能でがんじがらめになってしまっているのです。そしてそのがんじがらめになっている自分の状態を自分で認識できていない。
私が思うに音楽や芸術は、言葉の意味や表面的な喜怒哀楽のもっと奥に意識を向ける事の出来るものであり、人間の本質としての無垢な心を忘れないための、一つの秘術なのかもしれません。

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人形町楽琵会にて

一番最初に琵琶を聴いた時、その音色に何とも言えないぞくぞくするような感触がありました。その後、琵琶を勉強しようと思って いくつかの演奏を聴きましたが、残念ながら私の求めるものはそこにはありませんでした。
私が求めたのは琵琶の持つ本来の音色であって、歌ではありません。流派の曲でもないし、弾き語りというやり方でもありません。永田錦心も鶴田錦史も、いつも書いているように大いなる尊敬を持っていますが、私が弾きたいのは錦心流でも鶴田流でもないのです。

音楽も言葉も洗練を経て、様々なスタイルが出来上がり進化するでしょう。でもその過程にあって優劣が付き、本来何もなかったはずの鎧が次々とまとわりついてくる。物事の本質へと目と心を向ける唯一純粋なものだった音楽も、その本質は気を付けていないと、どんどんと失われてしまいます。私は琵琶を弾く者として、無垢な音色を失って行く心が大変に残念なのです。なんの知識も無く、ただあの音に感激した、あの心のままに琵琶を弾いて行きたいのです。
あらゆるマスキングの中で生きる現世の人間から、その鎧を取り去り、心を、魂を飛翔させるために、様々なテクニックを駆使しているのが芸術家なのだと私は考えています。

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琵琶樂人倶楽部にて Vnの田澤明子先生と photo 新藤義久


時代が変わり、感性も舞台も変わってきたら、その心を受け取って形を変えて行くのが本来の人間の営みであり、そうして形を変えながらも、受け継いだものを繋いで行くのが継承ではないでしょうか。永田錦心や鶴田錦史も常に「新しい時代に生きる人が新しい琵琶樂を創って行って欲しい」と願っていました。世阿弥も言っているように、留まっていては退化するだけなのです。

しかし残念なことに、目の前の便利さや目新しさにマスキングされて、表面の形を整えることで何とか体裁をつけて満足して、そういうものが横行してしまう。それはその形や存在に寄りかかっているだけで、ただお着換えしただけだと私は思えてなりません。それは創り上げた先人の心を観ようとせず、無垢な心を失った俗な大人の感覚であり、音楽芸術からは一番遠い心の在り方ではないでしょうか。今邦楽は無垢な心をしっかりと持ち続けているのでしょうか。

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広尾東江寺にて 笛の大浦典子さんと


今こそ、音楽芸術が人々を物事の本質へと誘い、また無垢な心を取り戻す本来の力を発揮する時ではないでしょうか。目の前の楽しさだけを演出し、格好いい、面白いという表面のキラキラしたものが溢れ過ぎている現代は、この大変革の時にあって、とても危ういと私には感じられて仕方がないのです。

20年後の9.11を迎え、想いが広がりました。

メインテナンス~継琵琶

この所ぐっと涼しくなって体が楽になりました。この秋は有り難いことに地方公演が毎月入っています。昨年の秋も随分とお仕事を頂きましたが、こんな時代に本当に感謝しかないですね。今週は11日土曜日に「人形町楽琵会」もあるので気合も漲ってきました。公演が是非まっとうに上演できるよう祈るばかりです。

IMGP0416ケース内部

さて、今日は久しぶりに少しばかり継琵琶、そしてメンテのお話など。
私は国内でしたら九州でも四国でも山陰でも、時間さえ許されるのであれば延々陸路で行くことが多いのですが、どうしても飛行機で行かなければならないこともありますので、秋の演奏会シーズンは、分解型の継琵琶が活躍します。この継琵琶は14・5年前に作ってもらった塩高モデル中型(左写真)なのですが、それを右写真のようにネックの付け根から、ばさりと切って分解型にしてもらいました。元々かなり良く鳴る琵琶で、5thCD「沙羅双樹Ⅱ」のレコーディングの時に使ったものなので、ツアーにもよく持って行ったものでした。しばらくしてそのまま使っていたのですが、当時就いていた師匠の勧めで漆を表面に塗ったところ、これがどうも良くなかったのか、今一つ鳴りが小さくなってしまいました。そこで分解型にする際には、一度バラバラにして、表だけでなく、内側に少し入っていた漆も全部剥いでもらって、それから分解型に改造してもらいました。改造してもらってもう丸4年経ちます。

上のURLは分解型にしてもらった時の記事です。琵琶職人の石田克佳さんも一体型の琵琶を切って分解型にするのは初めてだったようで、大分苦労されたようです。無理を聞いて頂きました。
継琵琶に改造された当初は、継ぎ目の所に大きなブロックが入っているせいか、どうにも鳴りが元のように戻らず、サワリや絃をはじめ細部を、さんざんいじり倒していました。特に糸口はこの継琵琶から貝プレート仕様にしたので、最初は本当に試行錯誤状態でしたが、今では結構いい感じで鳴るようになり、ちょっとしたリハーサルにも持って行くようになりました。

継琵琶糸口2貝プレートの糸口は土台を壊すほどにいじった末、一度土台ごと交換してもらって、やっとセッティングが決まりました。今では4面の塩高モデルが全てこの貝プレートになっています。もう当分海外公演はないと思いますが、とにかく象牙のパーツは空港でいつ没収されるか判らないので、塩高モデルの4面は貝プレートだけでなく、以下の写真のように全て完全な象牙レス仕様になっています。下の写真を拡大してみてください。以前の記事にも書ききましたが、月マークは、大型が黒檀、中型が金属と貝。腹板の横線は黒檀。覆手の部分は大型が黒檀、中型が貝になっています。

2020フルセット①

糸口の改造に関しては、改造当初は音色の変化を心配したのですが、全く象牙と変わりません。もし貝プレートにして音がおかしいという人がいたら、それはサワリの調整が出来ていない為ですね。これは自信を持って言えます。象牙の使用は海外公演云々というだけでなく、今後の琵琶の存続の為にももう変えて行くべきだと思っています。

これからの琵琶人には、大声張り上げてご満悦のようなレベルを早く卒業して、是非楽器そのものにもっと興味を持って欲しいし、舞台に立つような方は、サワリや撥先、絃に気を遣って欲しいものです。時々楽器に対し「愛情欠乏症」とも思えるような、酷い状態の琵琶を弾いている人を見かけますが、よくあれで平気だなと、逆に感心します。最初にあの音を聴いた人は、琵琶にどんな印象を持つんでしょうね・・。琵琶を弾いて歌う歌手でありたいのか、琵琶奏者でありたいのか人それぞれだと思いますが、いずれにしろ、琵琶を珍しい飛び道具のように扱ってほしくないですね。愛情をたっぷり注いで、その琵琶が最適な音で鳴るように奏でていただきたいものです。

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懐かしい写真が出て来たので、張っておきます。
2010年大分能楽堂にて、寶山左衛門先生の追悼の会にて、
笛:福原道子さん 福原百桂さんと、寶先生作曲の「花の寺」演奏中


上記の写真は大分能楽堂での長唄笛方 寶山左衛門先生追悼の会の時のものです。実は私の舞台デビューが寶先生の舞台でした。まだ30代の頃で四谷の紀尾井ホールにて、寶先生作曲の笛と琵琶の為の「花の寺」を演奏しました。その公演では、当時就いていたT師匠も他の曲で出演したのですが、会場に居た知り合いの笛奏者の方から、私の演奏を聴いて「音色が師匠とは全然違う。まだまだだね」と言われたのです。原因は勿論私の技術の無さですが、中でもサワリの詰めが甘かったからです。高音の余韻が無く、全体のサスティーンもバラバラだったのでした。それは当然そのまま私の演奏の質に直結します。厳しい評を頂いてしまったという事です。小手先の技に執心して、肝心かなめの音色が出来ていない自分を大いに恥じ、また自分のスタイルが思い入れだけで空回りしていて、全然出来上がっていないという事も痛感しました。師匠のメンテの行き届いた琵琶を改めて聴いて、これが一流の壁かと実感しました。悔しかったあの気持ちは今でも忘れないですね。それはプロとして舞台に立って行く為の貴重な体験でした。
歌手なら自分の声は命です。その命を守るためにありとあらゆる努力をしています。同じように琵琶を弾く人は琵琶の音色が命なのです。だから常にメンテをして整えてあげることは、凄い事でもなんでもない。琵琶弾きとして生きてゆく上での当たり前の事なのです。ヴァイオリニストもギタリストも皆さん、自分の楽器には目いっぱいの愛情を注いでいます。

ラネージュ6分解全体

楽器は社会と共に誕生し、世の移り変わりと共に変化を遂げて行くと私は考えています。雅楽のような権力とずっと一緒に在るものは別として、素材も、形状も変わって行くのが必然だと思っています。それはまた音楽が人々と共に在るかどうかのバロメーターでもありますね。ヴァイオリンの名機ストラディバリでさえ、現在使われているものは、皆内部の構造に手を加え、改造されて現代のホールで鳴るようにしているのです。昔のまま弾いている訳ではありません。ご存じでしたか。琵琶も「こうでなければ」という凝り固まった村意識・思考を脱して、世の人々と共に在る音楽として、楽器も楽曲も鳴り響いて欲しいものです。
そして継琵琶ももっと改良されて、どこにでも琵琶を持って行けるようになったら、もっと広まって、様々なスタイルの琵琶のジャンルが出来上がって行くでしょうね。その為にも継琵琶を広めて行きたいです。

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島根県益田市グラントワにて、語り部の志人さんと。継琵琶使用中


私もこの所いっちょまえに、少しばかり琵琶を教えるようになりましたので、そろそろこれらのメンテナンスのやり方を生徒達に教えようかと思っています。次世代の楽器として継琵琶にも慣れて行って欲しいですし、自分の音色と音楽をしっかり掴み取って、自分独自の琵琶樂を築き上げて行って欲しいと思います。その為には日々のメンテナンスがとても大事なのです。今まで私がこの25年程培ってきたノウハウをしっかりと教えてあげたいですね。
この秋も継琵琶が活躍しそうです。琵琶樂がマニアの為に存在するのではなく、もっと今を生きる人々に寄り添って、様々なスタイルが支持されて、世の中に鳴り響く事を願っています。

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