東京では少し寒さが和らいで、気の早い梅もちらほらと咲き始めました。そんな春の気配とは裏腹に、もしかすると戦争が起こるというような崖っぷちの状況が世界に起こっていますね。出口の見えないウイルスの脅威といい、日本も今後どうなって行くのか、なかなか先の事が見通せません。そして私という個人もまた岐路~というと大げさですが~の時期にあると感じています。
石神井 道場寺
最近はあまり新しい曲は浮かんでこないので、曲のブラッシュアップを淡々とやっています。面白いもので曲が浮ばない時には、これ迄の作品の譜面を開く度に細かな所が見えてくるのです。これはこれで大事な作業ですので、熟成をかけるつもりでコツコツやってます。そしてこの所ヴァイオリンと組むことが多くなったので、そのレパートリーを来月録音する予定です。もうCDを制作する時代でもなくなってきましたし、コンセプトアルバムの時代も過ぎつつあるので、作品個々のコンセプトが大事になってくるのですが、私は元々曲ごとに明確なコンセプトを持って創っていたので、私にとっては良い方向になってきたような気がします。まあ今迄アルバムが8枚、オムニバスが2枚出ていますので、ちょうど一区切りで次の段階へと進むには良い時期だと思います。音楽活動の在り方も変えて行く時期だと思いますし、また同時に自分の生活環境についてももう少し整えて行きたいとも思っています。
枯木鳴鵙図 宮本武蔵
時代はどんどんと変わってきているのに、それに追いつけないのが時代の中心に居た人達です。歴史を見ても、平安から鎌倉になって武士の時代になると、荘園のあがりで生活していた貴族達は、世の仕組み自体が変わってしまって、どうにも出来ず没落していった者も多かった事でしょう。中世ですと戦国が終わり江戸時代になった時でしょうか。もう武力としての刀は必要無くなり「世の海を渡りかねたる石の舟」と自らを歌った柳生石舟斎のような、生き方も感覚も変える事が出来なかった武士が多く居たことと思います。同時期に居た宮本武蔵は後半生で、独行道として武道を哲学的に掘り下げる方向に独自の剣の道を見つけて行きましたが、達人が次世代の武道の在り方を示したのだと私は考えています。明治維新の頃も、第二次大戦後も同様に急激な価値観の転換が起こり、世の中心に居た人ほど、変化について行けなかった事と思います。
そういう時代の流れの中で邦楽は、世の中心にあった訳でもないのに、権威や因習等の幻想に囚われて、その価値観もスタイルも変えられなかったですね。琵琶樂も同様です。明治期に新時代の琵琶樂を創り上げた永田錦心は今、この現状を見て、冥界でどう思っているのでしょう。
もう少し身近な所では、70年代から80年代初頭辺りまでは、何事にも大きく、重く、強くというパワー主義的な男性主導の価値観が幅を利かせていました。「大きい事は良い事だ」なんてフレーズを覚えている方も多いと思います。オーディオ専門誌などには、マウントを取るかのように超高価なオーディオセット自慢するおじ様達が毎回載っていました。私は2002年に「おとこの隠れ家」という雑誌で、それもオーディオ関連のコーナーで取材されたことがあるのですが、先日読み返していたら、オーディオ自慢の方々に交じって、私の華奢な(?)オーディオセットが並んでいるのが実に面白いです。私は結構な音オタクなので、自分のセットは個性的且つシンプルに選び、音には絶対の自信をもって組んでいたのですが、大きく、重く、そして高価という当時まだまだ幅を利かせていた、おじさんマウント路線の真逆でした。その真逆の代表として取り上げてくれたんでしょうか??。
当時の巨大ともいえるアンプやスピーカーは、今や邪魔者のように扱われ、音質もスマホ&イヤフォンの方がよっぽど良いという事もあるでしょう。これが世の流れというもの。70年代に高価な家具みたいなセットを並べて、それをステイタスだと悦に入っていたおじ様方が、スマホにダウンロードされた曲をイヤフォンで聴くことが出来るでしょうか。
形やステイタス等の目に見えるものに囚われていると、しなやかに変化して行くことが出来ないものです。それは自分で自分の身を縛り上げているともいえますね。それがかつての貴族や武士たちであり、現代では旧価値観に凝り固まった人達です。
音楽や芸術は時代と共に在ってこそ、その存在意味も意義もあると私は思っています。姿をその時々で変えながら、この風土から紡ぎ出された感性を脈々と受け継がれて行くのです。世の中は社会も生活も、市井に生きる人の感性もめまぐるしく変わって行きますが、日本の感性は古代から変わらない。ここにアイデンティティーや矜持があるのであって、目に見える豪華な形や肩書は幻想でしかありません。視点を変えると、変化の時に凝り固まった感性と戦うのが芸術家というものかもしれませんね。
琵琶樂人倶楽部にて Vnの田澤明子先生と photo 新藤義久
ここ数年で配信動画が一般的になりましたが、生の楽器の音を欲する人間の欲求は本能的な部分で変わらないと思いますので、生楽器の音を聴く新たな形が今後出てくるのではないかと私は思っています。私がこの岐路に立たされた世の中で、新たな流れに対応しやって行けるかどうかは判りませんが、周りには生き方そのものを変えて動き出した人が少なからず居ます。全世界が岐路に立っている今、私という小さな存在もまた勝負どころに立たされているという事ですな。
「まん防」でまた世の中逆戻りな感じですね。素人にはウイルスの事は判りませんが、今後はどうなってど行くのでしょうね。
昨年の楽琵会にて
一昨年からのコロナ騒動で、何が変わったかと言えば、動画配信が急に増えたことです。新宿区主催の「漱石と八雲」、金沢能楽美術館での「耳なし芳一」、あうるすぽっと公演、ジャパンフェスタ「銀河鉄道の夜」、熱海未来音楽祭LAND FES等々、色んな配信動画が出ました。もう配信期間を過ぎたものもありますが、ご興味のある方はYoutubeで検索してみてください。
今年も年明けからいくつかの配信が既に出ました。先ず昨年2月5日に、ベルベットサンにて収録した動画がやっと公開されました。
もう一つ昨年秋に焼津「帆や」で収録された動画も配信されました。(後半は1月28日に公開予定です)
そして土曜日には前回のブログでお知らせしました、ギャラクシティープラネタリュウムでの公演「黒塚の鬼」がライブと同時配信されました。残念ながらちょっと音のバランスが悪かったのですが、ご覧になれますので、以下をどうぞ。
プラネタリウムで能舞台「黒塚の鬼」 – YouTube
昨年の熱海音楽祭LANDFESにて。巻上公一さんと
私の年ですと音楽家の動画と言えば、中学か高校生の頃NHKで観たYesやEL&Pのライブなどが、実に生々しく記憶の中に在ります。あの頃は音楽系のライブ動画は先ずなかったので、海外ミュージシャンの動く姿は、10代の若者には物凄い刺激でした。今でもあの時見た衝撃は残っていますね。
当時ロックやジャズは地方に住む少年にはまだ遠い国の音楽でした。しかし何だか訳も判らないだけに、手が届かないものに対する憧れがすごく強かったです。私は高校生の頃はもうジャズ一色でしたので、静岡に来るジャズ系のミュージシャンのコンサートは出来る限りチケットを取って行っていました。地元のカワイ楽器でやっていたジャズのレコードコンサートにも毎月通って欠かしたことがありませんでした。身の回りにはジャズの情報など無かったので、得られるものは何でも欲しかったんでしょうね。
今はこうしてYoutubeで何でも観る事が出来、私も演じる側となって演奏を動画で配信することが出来、有難い限りなんですが、FMのジャズ番組「ジャズフラッシュ」で出てくるミュージシャンの名前を片っ端からノートに書いて聞き入っていた、あんな熱情とも言える感覚はもう現代ではないのでしょうね。なんだか寂しいです。
先日、日暮里のサニーホールでこんなコンサートを聴いてきました。N響のヴィオラ奏者 村上淳一郎氏を迎えたクラシックのワークショップ関連の演奏会なのですが、村上さんのふくよかで芳醇な音色をすぐ前で聴く事が出来、とても気持ち良かったです。主催したヴァイオリニストの本郷幸子さんは、コロナ禍の中、さぞかしご苦労が多かったと思いますが、よくぞ開催してくれました。こうして生の音色、生のパフォーマンスを肌で感じる事が出来るというのは、やはり格別ですね。
今は、配信動画がどんどんと増え、音源もネット配信で世界中に拡散しています。これは確かに素晴らしい事ですが、音楽を求める心や、生演奏のヴァイブレーションは、是非とも忘れて欲しくないですね。ここ数年の自粛の中でギターやウクレレが、凄い勢いで売れているという話も聞きますが、人間にとって楽器の音色というのは格別な快楽であり、文化であり、民族のアイデンティティーでもあります。
ストライプハウスギャラリーにて photo 新藤義久
琵琶の音は千年数百年以上前から日本に響いていました。平安時代の樂琵琶に始まり、中世には平家琵琶が誕生し、近代近くには薩摩琵琶も誕生し、音楽も楽器の形や音色も様々に、ずっと日本の歴史と風土の中で琵琶の音が響いていたのです。特にサワリの音は、琵琶に限らず笛や三味線など、近世からはっきりとした楽器の音色となって、日本人の心に直結した民族の音になったと私は感じています。
今経済も学問もかなり落ち込んで、国力そのものが危機に瀕していますが、そういう時にこそ、この音色を聴いて欲しい。この音色の中には悠久の歴史も文化も、豊かな風土も入っていて、脈々と受け継がれているのです。受け継がれたものを見ずして、次代は創りようがないと思うのですが、如何でしょう。本当に我々がこれから進むべき道は、この音色の中に在ると私は信じています。この風土に響き渡ってきた音色を忘れてはいけない。
世界の音楽が手軽に聴くことが出来る配信動画も良いですが、生演奏を聴きに行くというのは格別の時間です。今後演奏会というスタイルがどれだけ復活してくるか判りませんが、音楽を耳だけでなく目でも皮膚でも感じるような環境は残って欲しいものです。
このコロナ禍で配信は身近になりましたが、だからこそ再び楽器の生の音色に人々の興味が向いて行く契機になって欲しいですね。
お知らせ2
2月4日に予定していました日本橋楽琵会ですが、延期となりました。再開の際は改めてご報告いたします。
また感染が広がり、「まん防」の発令で世の中混乱していますね。23日の7artscafeライブに続き、2月4日の日本橋楽琵会も延期となってしまいました。本当に残念ですが、今は創作に当てる時間と思って作品創りに専念します。こんな中ではありますが、今週はギャラクシティードームにてこんな会があります。 ライブとは違うのですが、ちょっと面白そうなんです。以前やった「銀河鉄道の夜」のチームでの上演です。今のところ観客を入れる予定ですが、もしかすると無観客配信になるかもしれません。
内容は「黒塚」よりも「安達ケ原」と言った方が解り易いでしょうか。人食い鬼婆の話ですが、これは単にホラーという事ではなく、当時女性一人で生きるという事がどんなに過酷であったかという事も連想させ、鬼婆となって生きるしかなかった悲しい一人の女の話でもあるのです。
こういった古典に接すると、現代に通ずるものを感じますね。先日の東大前での殺傷事件など、あそこまで追い詰められた少年の心はどうだったのか。安達ケ原の鬼婆もあの少年も、二人をあのようにしてしまったのは周りの人間たちであり、社会でだったのではないでしょうか。多様性などといいながら、一つのレイヤーに追い込んで破滅する所まで攻め立てるのが今の世の中かもしれません。
私のようなものでも日々、あれやこれや色々と思うところがあり、誰しもストレスも不安も無く生きる事は出来ませんが、身の回りの事を一つづつ解決しながら、何とか自分の人生を生きる事が出来ています。しかし今、抜け出す扉も道も見えず苦しんでいる人はとても多いのではないでしょうか。
アゼルバイジャン バクー国立音楽院セミナーにて
自由に自分で選択して生きる事は、人間本来の姿であるはずなのに、あらゆるものにからめ取られて、それがままならなくなる。いつの世も人間の社会というのは変わりません。特に現代社会では、一見何でも出来て、何でも手に入り、何でも自由に行動できる、言えるような風に見えますが、実はメディアに誘導され、組織に・社会にがんじがらめになっているのかもしれません。
私は音楽活動に於いて、とにかく自由にやりたかった。だから組織から抜けて何でも自分の思い通りにやって来ました。勿論やるからにはすべての責任は自分で背負はなくてはいけませんが、自分の物差しと軸でずっとやって来て本当に良かったと今思っています。今迄色々なお仕事をさせて頂きましたが、自分で選択出来ない仕事や私を振り回すような仕事は、最初はお付き合いしても、ある程度やったら丁重にお断りして、その都度起動修正をしながらやって来ました。
人は形を求めたがります。所属する組織や階級等々、自分が寄って立つところがあると安心しますから、不安な時代程求めたがりますし、心の弱い人ほど沢山の鎧を着たがるのは今も昔も変わりません。私も若い頃にそういった寄りかかるものをもし持っていたら、きっと心ももっと振り回されていたでしょうね。これらの鎧が自分を束縛し、多様な感性を曇らせ、視点をふさぎ、小さな所に誘導する元凶なのです。魯山人の「芸術家は位階勲とは無縁であるべきだ」という有名な言葉がありますが、私はいつも自分らしく自由に生きる為にも、余計な鎧は纏わないようにしています。最近では「先生」などと呼ばれるような年になってしまいましたが、気を付けたいですね。
今は何をやっても上手く行かないと思っている人も多いでしょう。でもネガティブな感情は、けっして事態を好転させません。こういう時こそ色々楽しみを見つけると良いかもしれません。先日国立の初春歌舞伎を見て来ましたが、楽しませてもらいました。かのジョー・パスは調子の悪い時の対処法を聞かれて「のんびりスケール練習でもしている事だよ」と答えていましたが、そんな気軽さは今こそ必要だと思います。大上段に構え頑張る事も必要ですが、いつもそれでは疲れ切ってしまいますし、見えるものも見えなくなってしまいます。逆にのんびり構えていると、ふとした所から面白い光が差してくるものです。私はこれ迄の人生で、何度となくそんな光に導かれてきました。
色々とままならないこういう時には、なるべく一番近い身の回りを整えるようにしています。私の場合は先ずは琵琶の手入れをして、常時使う六面の琵琶をご機嫌な状態にしておく事。これは精神的にとてもよろしいですね。六面の琵琶の絃の状態が良好で、軽く触れるだけでサワリが響いてくる程にぴたりと調整が決まると本当に気持ち良いのです。私は部屋の片づけをするとスッキリしますが、仕事を仕上げなければならない追い込みの時には、逆に譜面や資料などを周りに於いて、ちょっとごちゃついた感じにして身の回りをざわつかせて、仕事に強制的に自分を追い込んで行ったりもします。それが片付くと仕事も一段落着き、部屋もすっきりするという具合です。
人それぞれ気持ちの良いポイントがあると思いますが、自分にとって気持ち良い状態に近づくと、心もほぐれますね。結局ネガティブな状態とは、心の膠着ではないでしょうか。
photo 新藤義久
何にも囚われないプレーンな状態に居るというのは、なかなか大変ですが、時代の荒波を乗り越えるにはパワーで対抗していては無理ですね。強いものは、どうしてもその強さを自負し、そのパワーを使いたがる。言い方を変えると寄りかかってしまう。しかしパワーに対してパワーを向けると、命はいくらあっても足りません。人間は勿論の事、強大なもの、例えばウイルスや組織や社会の圧力など、そういうものには「柳に風」で相対する位でちょうど良い。するりとすり抜けて自分の道を歩き出す。これが一番です。
どんな状況でなっても、この世に生を受けた以上、今を生きなくてはいけません。今この時を生きるのなら、せっかくですから自分の道を淡々と歩きたいですね。それにはやはりいつもの「媚びない、群れない、寄りかからない」姿勢でないとふらついてしまいます。
私は私のペースで、どこまでも生きて行きたいのです。
このところお知らせしていた23日の横浜7artscafeでのライブは、延期となってしまいました。開催時期については、改めてお知らせします。
先日の琵琶樂人倶楽部「薩摩琵琶四絃vs五絃」は無事に終わりました。久しぶりに古澤月心さん、石田克佳さんとの新春恒例ライブが復活出来て良かったです。
知人が送ってくれた年明けの江ノ島の海
年も明け、気分も新たになってきたのですが、それにしても時代はどんどんと移りゆきますね。発想を変えて時代に対応していかないと、活動を展開することが出来ないという事を、この所更にひしひしと感じております。
考えてみれば、私は邦楽家の中ではかなり早いうちからHPを立ち上げ、CDの制作や流派に寄らない個人の活動を展開してきましたが、もうネット配信が中心となりCDを売る時代でもなくなり、小規模のサロンコンサートなども開催が難しい時代になって来ました。ここ20年の変遷はめまぐるしいほどで、それが更に今急加速しているように感じています。また気が付かない内に、自分の周りや自分自身も変化していますね。
少し変わってきた事といえば、昨年から琵琶を教えるようにしました。以前も本当に限られた人にだけだけ教えていたのですが、教えるという事を安易にすることは出来ないという想いもあり、学校などでのお仕事以外はほとんど教えていませんでした。しかし私もいい年になって来ましたし、そろそろ教えるという事をしても良いかもしれないと漠然と考えていたところ、自然に人が集まってきました。特に宣伝もしていないのですが、自分が考えたり何かしらの行動を起こし出すと、周りもそれに沿って動き出すのですね。不思議なものです。しかし私が相変わらず飛び回っているので、何曜日の何時みたいな、いわゆる教室にすることは出来ませんので、皆来る人は私のスケジュールの空きを狙って、不定期でやって来ます。当然来る人は自由に時間を使える音楽家や芸術家ばかりなので、弾き語りだけでなく自作の曲を診てもらいたいという人や、弾法に特化したいという人、中には洋楽の和声の理論を生かしたいので教えて欲しいという人など、面白い方々が集っています。この感じで教授活動を少しづつやって行こうと思います。
演奏会については、お寺の演奏会やサロンコンサートがもう全く無くなってきているので、ライブでの演奏をどうして行くか、今思案中です。この状況では場所を借りて自主公演をしても集客がままならないですし、うかつに企画が出来ません。そこでこれからライブをやって行けそうな場所として、横浜日ノ出町の7artscafe でライブを始める予定だったのですが、残念ながらオミクロン株の蔓延で、今回は中止となってしまいました。4月には開催予定ですので、是非是非お越しくださいませ。琵琶樂人倶楽部以外でも定期的にライブをやって行ける場所をまた探してみたいと思います。
photo 新藤義久
私は車の運転も出来ないし、PCにも詳しくないし、いつもしかめっ面で人当たりも良くない。琵琶を弾いて曲を創るのが関の山で、今の世の中的にはスキルの低い人間なのです。TVは20代の頃から持っていないので世の流行りも知らないし、スポーツやエンタメ系の話などされても何もわかりません。そんな私ですので、自分が出来るところを自分のペースでやるしかないのです。変わりゆく時代の中に在って、自分の作品を世に響かせるにはどうしたらいいか、知恵を絞るしかないですね。
とにかく自分が一歩踏み出さない限り世の中に振り回されるだけで、何も成就しません。時代に合ったスキルはとても大事だと思いますが、そこにヴィジョンがないと、そのスキルは瞬く間に化石化してしまいますし、振り回されて時間を失うだけです。SNSなどはその典型ではないでしょうか。「今はこれをしないと~~これを知らないとだめだ」というような発想ではいつの時代も大したことは出来ません。それより自分の今後の姿を明確に描いて、「その為に必要なものは何か」という発想をしなければ次の時代は開いてはくれないのです。
今年は、少しばかり仕事の面で整理しなければならないこともありますし、次のステップを踏み出す年となるような気がしています。
先日東京では本格的な雪が降りました。今年は北海道や日本海側では、豪雪となっているようですが、心配ですね。といいながら雪の降らない地域で育った私は、雪が降ると何だかテンションが上がってしまいます。若き日、私が東京に初めて出て来た日の夜、雪が降って来て、寒さで目が覚めたのを今でも覚えていますが、雪が降っている状態というのをあまり経験していないので、雪を見ると今でも何だか非日常が訪れたような感覚になるのです。
琵琶樂人倶楽部にて photo 新藤義久
あの東京に来た日から長い月日が経ちました。雪の降る様を見るに度に想い出しますが、あの日は私の誕生日でもありましたので、今でもあの時の匂いのようなものがまざまざと蘇ります。
これ迄色んな事をやって来ましたが、結局私の中の根幹に何があるのかという所に辿り着きますね。楽器を弾いている以上、上手くなりたいという気持ちは常にありますが、技術や知識など表に見えるものに目が行っていると、質の高い音楽は創れません。東京へ出て来てから判ったことは、これに尽きます。根底にある美的感覚や、その美的感覚を育んだ風土や歴史なんかが、やればやる程に気になるのです。
西行(菊池容斎画/江戸時代)
前の記事でも西行のことを書きましたが、桜を見て湧き上がる、その想いの元をたどると、やはり日本の風土や歴史などにつながらない訳にはいきませんね。西行が吉野の桜を見て「心は身にぞそわずなりにき」という一つの美の世界に身も心も入ってしまったその感性は、脈々と千年もの時間を超えて、この私のような小さきものにも、その端っこが受け継がれています。そしてそれが私の美的感覚となり、その源からものを見て、感じて、現代社会に生き、琵琶を弾いて、音楽を創っているという訳です。
雪を見て心が躍るのも同様で、いつも拙作「花の行方」で歌っている「み吉野は山も霞みて白雪の ふりにし里に春はきにけり」等の和歌を通じて、その感性をやはり何かしら受け継いでいるからでしょう。この風土が育てた感性が、長い年月を経て、日本人の感性の源になっている事に異を挟む日本人はいないと思いますが、如何でしょうか。その脈々と受け継がれて来た部分を見ようとしなければ、いくら琵琶を弾いても流派の型や曲などを勉強しても日本の音楽にはならない。私はそう思っています。
洋楽をやろうが、ギターを弾こうが、己という小さな枠の中で「表現」という事をやっている人と、自分の存在が、何千年という過去から受け継がれているその歴史の最先端に居るという意識で音楽をやっている人では、出てくるものが違うのは当たり前です。観ている世界が違うのです。いくら知識や技術を蓄えても、自分の頭で考えている事しか見えず、その外側の部分が見えない、感じられない人間は、ものは創り出せない。
これだけ多様なものが溢れている時代だからこそ、源となる感性、そしてそこから育まれた美の意識が無いと、何でもいいんだという、土台の無いある種ニヒリズムとも言えるような状態になってしまいそうです。命の連鎖からも、風土に育まれた歴史からも縁が切れて、行き場の無い、根っこも無い希薄な存在になってしまう。社会を生み出し歴史を紡いできたのが人間というもの、個々人の源から導き出された美の意識はいわば人間が生きて行く一つの規範でもあり、音楽家的には、己の語法を持つという事だと私は考えています。
さて、今年も仕事始めは琵琶樂人倶楽部からです。毎年恒例の「薩摩琵琶三流派対決」。三流派よりも三者対決ですね。三流派というのも何か違和感がありますので、今年は「薩摩琵琶四絃s五絃」というタイトルにしました。メンバーは、琵琶職人であり、私の全ての琵琶を作ってくれている石田克佳さん。そして琵琶樂人倶楽部創立以来お世話になっている古澤月心さんと私です。
こうしたスタイルの違う琵琶を気軽に聞ける機会はほとんど無いので、是非ふらりとお越しください。
同じ日本の感性を持ったものでも様々な表現がある。ここが素晴らしいのです。
現代は和と同をはき違えている例が多々あります。和とは違うものが調和して行くという事。同は皆同じものになって行くという事。「和して同ぜず」です。違う質のものや人が共存して行く姿が和です。違う考え方、感じ方やり方、色んな物が調和して行ってこそ社会は上手く行くのであって、皆が同じ方向を見て、同じ考え方をして、同じ行動をしなければいけなくなったら、とても窮屈でしょうし、直ぐに反動が起きます。
人間は弱い存在ですから何かルールがあると、それで自分も他人も縛る方向に簡単に転んでしまう。だからこそ色んな音楽が巷に響いているのがちょうど良いのです。琵琶も「こうでなければ」「これ以外は」というメンタルになってしまったら、どんどん衰退するだけです。色んなスタイルの琵琶樂があるのが楽しいじゃないですか。
好き嫌いの物差しは一つでなくて良いのです。ただその根幹に美があるか。この風土と歴史が育て、連綿と受け継がれて来た美の感性があるのか。そこが問題です。「色んなものがあって良いのなら、何でもいいじゃないか」なんていう軽薄且つ近視眼的な視野しか持てないようなら、もうこの国は終わりでしょう。
琵琶樂人倶楽部にて photo 新藤義久
日本は国というものが出来て、少なくとも千数百年以上の歴史を刻んできたのです。そこには長い時間を経て受け継がれて来た美があり、文化があるのです。もっとこの風土に花開いた美を私は楽しみたいのです。私は、この奥深く、長く、世界的にもまれな豊かな文化と美の感性を誇りに思いますね。
最近は西行にまたちょっと興味が出ていることもあり、雪を眺めながら、こんなことをつらつらと想いました。