最初の一歩

先日、Vnの田澤明子先生とのレコーディングをやって来ました。動画の配信などは昨年一昨年と色々やって来ましたが、まともなレコーディングは久しぶりでした。スタジオも初めての場所でしたのでちょっと勝手が違いましたが、何とか無事に終わりました。マスタリングの仕上がりは来月末になるのでしばらく先になりますが、それぞれの曲はネット配信にてリリースします。

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こういう時期ですので、今後の活動自体は手探りなのですが、先ずは自ら足を踏み出してみると色々と見えてくるものがありますね。良い刺激になりました。演奏会のやり方も変えて行くべき時代になりましたし、それに連動してかネット配信がかなり進んできました。教授活動も少しづつ始めている事もあって、少し事務的な体制も変える事になりそうです。今後の新たな展開に期待したいですね。

最近はまた古典に親しむようになって来ました。まあ原点に戻るのは、次への一歩への一番の近道ですから、先が見えない時は、いつも源をたどるように心がけてます。という訳で最近は、古今和歌集(以下 古今集)についての本を改めて読み返しています。
和歌の感性は現代にもずっと続いていると感じていますし、そこから日本の音楽や文学、芸能全般が皆始まって、日本文化が出来上がってきたと思えるのです。明治期に正岡子規による古今集に対する檄文も、今また読むと、あれはあれで新たな時代を創って行く為に必要だったのでしょう。古今集を否定する事で、実はその源を継承している。そんな気もします。もしかすると今私が琵琶でやっている事も、同じなのかもしれません。水も淀んでいては、そこに命は宿りません。常に流れてこそ生命の水となり得ます。
長い時間と歴史の中でも変わらぬ根幹こそが感性。だから今、激動するこの時期にその感性の源を見直すことは、次の時代を創造する為にもとても大事な事だと思います。私はそれが古典であり、とりわけ古今集辺りがその源泉だと思っています。

紀貫之

紀貫之 上畳三十六歌仙絵


例えば季節の風を身に受け、そこからさまざまな想いを巡らせて行く感性は、万葉集から既にあります。とても純粋でおおらかな感性を感じます。古今集は「続万葉集」として作られたと紀貫之の手記にもありますが、その風を感じる感性を「ことば」を使って表現というものに昇華して行ったと言ってよいと思います。その後の「新古今和歌集」になると、「ことば」の技法はどんどん巧みになって行きますが、古今集は「想い」を「ことば」で表現し、日本の感性を形あるものとして表した、日本文化の発露と言っても良いかと思います。だから今、私は古今集に眼差しが向いているのかもしれません。以前は新古今の方が好きで、いつも引用する歌は新古今の中から取っていましたが、今は断然古今集の方が気になります。

私は風を感じるその感性を音という手段で表現しています。私の作品には風がテーマとなっているものが多いのですが、「秋来ぬと 目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる」等の有名な歌をみると、「さやか」という言葉が単に「はっきり」とという形容の意味だけではなく、風の姿、更にはその生命をも表現しているように思うのです。私は研究者ではないので、勝手な解釈でしかありませんが、風を感じる感性が豊かな表現で命を得て行くのは日本語の素晴らしい所であり、きっとこの古今集辺りが、その源泉なのではないかと思っています。

私は琵琶を手にしてから、様々に思いを巡らせてきましたが、伝統邦楽はその源泉を今一度顧みて、それがどのように形に成って、音楽に成って表れているのか再確認する事が問われているように思います。
日本には千数百年前に出来上がった豊潤なまでの古典世界がある。それは正に目の前に広がる貴重な資源です。新たな最初の一歩を踏み出す為にも、この豊かな資源に改めて眼差しを向けて行きたいと思っています。

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さて、今週は9日(水)に第171回目の琵琶樂人倶楽部があるのですが、初めての企画として、今琵琶に挑戦している人に弾いてもらう事にしました。こうした機会を作るのもそろそろ私の役割かと思い企画したのですが、勿論お浚い会のようにするつもりはないので、皆さんにはオリジナル作品をやってもらいます。私も普段弾かない曲をやってみようと思っています。
琵琶樂人倶楽部は今後も私の軸となる活動としてずっと続けていきますが、内容は常にその時々で変えてきました。少しづつ出演メンバーも入れ替えて、レクチャーを多めにしたり、演奏を多めにしたり、試行錯誤しながらやって来ました。多分一生試行錯誤を続けると思いますが、その時々で最良と思われる形を追求するのが活動だと思っています。

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photo 新藤義久


私は、時代を見る目はとても持ち合わせていませんが、変化を感じる事は出来ます。次のスタイルを繰り出し時代をリードする事は、それなりの器を持った人でないとなかなか出来るものではないと思いますが、私のような凡人でも自分のやり方を見直して、とにかく一歩を踏み出す程度の事は出来ます。私はショウビジネスの世界にいる訳ではないので、ギャラを優先し、その時々でに受けるものを追いかけて表現を変える事はしません。常に自分の思う音楽を創るのみです。まあ聴いて頂く環境や、プログラムなどを工夫して行く事は常にやっていますが、音楽は常に自分の裁量と思える作品を演奏させてもらっています。
これからは日々の生活に関しても、自衛していく意識が必要な時代です。音楽活動に関しても改めるべきところは改め、どんどんと自分の思う良い方向に持って行きたいですね。

岐路Ⅱ

世の中は激動していますね。考えてみれば1991年に湾岸戦争があり、2001年には9.11のテロ、その他シリアやアフガニスタン等、戦争が無い年はないという位に常に世界中が争っています。しかも湾岸戦争の時も9.11の時も、報道は相変わらず一方方向からしか入ってこないので、本当の姿は結局見えません。世の中というのはいつの時代も同じなんでしょうね。こうして居られるのも、我が身に直接被害が降りかかっていないからなのですが、今後は日本全体に様々な問題が身に迫ってくると思っています。

お茶の水のビル前に咲く河津桜

戦争という事態を目の当たりにしていると、こういう中で音楽をやっているという事を考えずにはいられませんね。ここ数日、ロシアのアーティストが様々な場面で出演をキャンセルさせられたり、スポーツではロシアチームとの対戦を拒否しているという話も入ってきましたが、結局は「音楽は国境を超える」という言葉も、平和という幻想の上にしかありえない言葉なんだと、空しく感じられます。私は人間が争っている姿を見るのが嫌なので、スポーツもゲームも一切見ませんが、人間にはそもそも他と争うという基本姿勢が本能の中に在るのでしょう。そしてそれを抑える事は極めて難しいのでしょうね。

震災の時も思いましたが、強大な力の前ではどんなものも破壊されてしまいます。築き上げたもの一切が一瞬で破壊され、多くの命も一瞬で失ってしまいます。ましてや人による武力というのは、いくら哲学や精神に裏打ちされていても、武力が使われるという事は、行使される側からしたら、それは悪魔の所業にしか見えないでしょう。そしてその力をお互いがバランスを保つためには、核の抑止力のようなものを持たないと成り立たない。それが人間です。

公園にて
しかしそんな世の中ではありますが、ここで文化を失う訳にはいかないのです。人間が生きている以上、国家は文化の上に作られるのであって、それぞれの文化に沿って、政治も経済も独自のものが出来上がっているのです。文化の無い国家はありえません。確かに人間は武力によって歴史を作ってきたと言えますが、どんな強い武力で国家を滅ぼしても、それぞれの地に芽生えた文化はそう簡単には無くなりません。文化には形も大事ですが、何よりも意識です。逆に言えば、我々がこの風土に生きる者として意識も誇りも感じられなくなったら、もう別の存在になってしまうという事です。この風土に培われた歴史や文化、生活というものは、我々をの存在を成す一番重要な部分であり、生きてゆく上での根幹です。

古代中国、周によって滅ぼされた殷では、その民族のエンブレムを舞の中に残したと言われます。春秋時代「桑林の舞」というその舞を見た晋候は病に倒れてしまったと言われる程の測りがたいエネルギーがその舞の中に在ったそうです。国が滅ぼされてもその舞がある限り、風土に生きた意識や魂は永遠に受け継がれて行く。文化とはそれほどのエネルギーを持っているし、またそれによって、その風土に生きる人間は生きる事が出来るのです。

しかし現在の日本は文化力があまりに脆弱です。私は右でも左でもないですが、国民が自分の国を誇りに想い、自国の独自の文化にリスペクト出来ない今の日本の状況は、世界的に見たら異常ではないでしょうか。かつて三島が言ったように「無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済的大国」になりつつある(尤ももう経済大国ではないし、富裕でもないですが)のです。皆が大好きなアメリカでもヨーロッパでも、国民が自国に誇りを持って映画でも音楽でも、自分たちの国の文化を謳歌している。そういう姿を見ている日本人が何故、彼らの姿や形や音楽の表面を真似て喜んでいるだけなのでしょう。何故、世界一長い歴史と言われる自分の国の文化を高らかに歌い上げないのでしょう。私は、踊らされて自らの姿を気づこうとしない現代日本人をとても歯がゆく思います。

公園にて


クラシックもジャズも素晴らしい、同様に日本の音楽だって、同じように素晴らしいとは思えないのでしょうか。確かに伝統邦楽の世界は〇〇流やら家元やら賞やら名前やら、格や名誉に執心して文化の源たる創造的な活動をここのところ~特に戦後は~ほとんどしてこなかった。はっきり言って音楽としての創造の努力を失って、保身に走ってしまったのは厳然とした事実です。だから現代に生きる人々がそんなものに魅力など感じることは出来ない、というのは正直な意見だと思います。私自身もそう思うところがあります。しかしだからといって、この古代から続く豊穣な日本の文化を無視して顧みないという姿勢で本当に良いのでしょうか。日本はこのままでは本当に沈んでしまうように私は思います。
こういう不穏な時代こそ、日本の根幹を見つめ直す事は重要ですし、文化が一番大切な時期でもあると思うのですが如何でしょうか。

公園にて

今週はVnの田澤先生とレコーディング。来週は第171回琵琶樂人倶楽部、そして3,11の追悼集会と続いています。この春は厳しい春になりそうで、ちょっと心が落ち着かないですが、今は自分がやる事に誇りを持って、しっかりやって行きたいと思っています。

春めく頃

随分前に行った越生の梅園


昼間の陽射しはもうすっかり春の気配になりましたね。今はコロナという事もありますが、毎年この時期は演奏会が少ないので、ゆっくり身の回りを整えて行くのが恒例行事です。譜面や本やCD、PC周り、書類等々、ちょっとした整理や区切りを時々付けて行くと、気分もリフレッシュして新たな発想も出て来ます。今年も色々と整理して、お陰で部屋もすっきりしました。

それにしても春の陽射しは様々なものを想い起させます。私は音色の中に色彩が常にセットになって見えるので、季節による色彩の変化はそのまま自分の出す音色にも大きく関わってきます。表面的には変わらないと思いますが、私の中では様々な変化があって、いつもあれこれ色んな事を感じながら弾いています。
私の作る曲では秋がベースになっているものが一番多いでしょうか。冬と春は同じくらい。夏に関わるものはほとんど無いですね。それは私があまり夏の暑さが得意ではなく、夏の色彩が自分の中にあまりないからだと思います。琵琶に一番似合わない時期が夏だとも感じている事もあって、夏はぎらつく陽射し以外に、私を豊かな気分にさせてくれる色彩を感じないのです。常夏の国にはとても住めそうにありませんね。色彩感の乏しいものにはどうも関心が行きません。

季節の移り変わりやその色彩を感じながら、曲を創り、演奏して行くのは、私の変わらぬスタイルですが、これだけ早い速度で世の中が変わって行くと、そのスタイルの表現方法も考えて行く必要があります。社会の中における音楽の在り方も変わって行く事は必定でしょうから、音楽活動も変わって行くのは当たり前です。
舞台はどうなってゆくのでしょうね。ネットで仮想現実の世界に簡単に飛んで行けるようになりつつある昨今、季節の風情を感じ、漂うように遊ばせる感性は、もう今のやり方では伝わらないでしょうね。何事も時代に沿った形にして行く事が必要です。今後は音楽配信が活動の中の大きなパーセンテージを締めて行くのは間違いないと思いますが、どんな時代になっても、この日本の風土から沸き上がる豊かな感性を、次世代に届けたいものです。

昨年12月の楽琵会 Vnの田澤明子先生と  photo 新藤義久

目下の仕事としましては、来月頭の田澤明子(Vn)先生とのレコーディングです。ここ数年、随分と一緒にライブをやってきたので、これ迄の二人のレパートリーを録り、そのまま配信という事になります。こういう形がこれから一般的になって行くのでしょうね。
今後はCDとしての個体を作る事はもう無くなって行くでしょう。記念に残るものが欲しいという気持ちもありますし、コンセプトアルバムという概念は今後も持って行きたいのですが、世の流れと共にセンスもやり方も変わるのは致し方ないですね。私自身が変わって行かなければ音楽家として生きて行く事は出来ません。

毎月の琵琶樂人倶楽部はずっと同じ形でやって行けそうですが、私がメインでやっていた小さなサロンコンサートは、もうなかなか開催が難しいと思いますし、CDを売るという事もなくなるでしょう。またリスナーの年齢層も、コロナの影響なのか世代交代しています。年初めには横浜の7artscafeや日本橋楽琵会等、シリーズでの演奏会を展開しようと考えていましたが、少し読みが甘かったようです。桜が咲く頃からは、また色々と舞台の予定も入ってますが、今後の演奏会の開催については、更にじっくりと考える必要がありますね。先ずは今自分が出来る事として、このレコーディングをやる事にしました。

2019年日本橋楽琵会にて フルートの久保順さん、笙のジョウシュウ・ジポーリン君と

とにかく今はもっともっと作品を創る事。それに尽きます。ヴァイオリンやフルートとの作品は、和楽器同士のアンサンブル作品と共に、是非多く残しておきたいと思っています。琵琶を和楽器や邦楽、民族音楽という枠の中だけに閉じ込めたくないのです。とにかく形に固執していては、次世代に響きません。昭和4年に作られた宮城道雄の「春の海」は、ヴァイオリンと筝が豊かに日本の情景を描き出して、現代のスタンダードになりました。邦楽の新たな時代があの曲から始まったのです。豊かな日本の美を新しい形で、次世代に残した宮城道雄の功績は多大なものがあると感じています。そして現代では洋楽器と和楽器の合奏は時代の必然だとも思っています。
また演奏会のように、生音に包まれた場所で音楽を聴く事よりも、配信ライブやYoutube等で音楽に接するのが日常となるリスナーはどんどんと増えて行くと思います。そんなこれからの時代に於いては、ジャンルや伝統の在り方も感じ方も変わって行くと思いますので、多彩な楽曲や和楽器洋楽器の組み合わせ、新たなプログラム等、多様なバリエーションも必要だと思います。

古の若き日 京都清流亭にて 笛の阿部慶子さんと


日本の四季を感じるような作品を創りたいですね。新たな時代に新
たな琵琶の音色を響かせたい。私は宮城道雄のような曲は創れないかもしれませんが、それでもその高みを目標にしていきたいのです。

梅花の季節2022

先日は結構な雪が降って、ちょっと雪の風情も楽しもうなんて思っていたら、次の日は春を通り越して暑いと感じるような日差しでした。近くの公園では梅の花も咲き出し、河津桜のつぼみも大きくなって、蝋梅もちょっと密やかに咲いていて、もう気分は春に突入ですね。

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先日の善福寺緑地 まだこれからですね


季節の移り変わりを体感し、それを歌に詠み、感性を磨きあげて来た日本人は、文学も音楽も演劇も本当に素晴らしいものを創り出してきました。梅花桜花などの季節の花を眺めていると、この風土こそが日本文化そのものだと感じずにはいられませんね。古代から万葉集や古今新古今はもとより、「源氏物語」「平家物語」等の物語文学、平曲、能などの音楽や演劇が誕生し、更には茶道、華道、俳諧等の文化が花開き、近世には浄瑠璃(三味線音楽)、歌舞伎、その他あまたの文化を生み歴史を紡いできた歴史を見ると、もう圧巻と言っても良いくらいの豊かさだと思います。

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一昨年の善福寺緑地 上と同じ場所


しかし明治から西洋文明を取り入れ、昭和の戦後からはもう西洋一辺倒になって、世界=欧米であり、英語が世界共通語だと叩き込まれてきました。学校の音楽教育はすべてが西洋クラシックになり、英語・キリスト教文化圏の話題だけをマスコミに見せつけられ、そして誘導され、欧米の文化が一番優れ、格好良く、最先端のものだというように洗脳させられているという事を判って欲しいです。よく考えてみれば、英語の通じる地域は限られています。日本人は英語の通じる所にしか行かないから、英語=世界と思い込んでいるのです。地図を見ればイスラム文化圏の方が広くなりつつあり、人口も多くなってきています。西洋文明はもう落日と言ってもいいかもしれません。

現在は日本経済も落日どころかどん底のように言われていますが、今こそ日本の文化力が試される時が来ているのではないかと私は思います。日本の深く豊饒な文化力が残ってさえいれば、日本はこれから経済云々という事ではなく、独自の日本らしい道を歩んで行く事が出来ると私が考えています。政治も経済もその根底には、その国独自の文化があってこそ成立するもの。今はその根底をもう一度確認する時期なのかもしれません。

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photo 新藤義久


最近知人から回ってきたあるクラシック関係者の文章を読みました。書いた方は千葉県に生まれ、20代半ばにヨーロッパに渡り指導者として活動している日本人で、現在60代の大ベテラン。若い方へのアドバイスの形で書かれていました。通して読んでみて、この方が彼なりに頑張ってきたんだという事はよく判りましたし、これからの世代に対する気持ちも判りましたが、「芸術家と音楽屋」「クラシック音楽の伝統」「一流を目指せ」等々、あまりに前時代的で、多分に欧米コンプレックスに裏打ちされた言葉の羅列にびっくりしました。今まで自分がやってきた事がこれからも同じように続くと思い込んでいて、これが正しいのだという一つの形しか見えていないのでしょう。
世は移り変わり、世界的にも演奏会の形はどんどん変わり、興行のやり方も変わり、CDの売り上げは今後ほとんど無くなり、クリュレンティスやコパチンスカヤのような新たなセンスと、全くこれ迄とは違うやり方の人が成功している。今迄良いとされてきた事がひっくり返っている。そんな現実がまるで見えていない。ましてやこのコロナ禍にあって、急激な変化の中に在るこの時期に、こんな文章を出すという事は、自分を取り巻く小さな範囲しか見えないという事を示しています。私はこの文章を読んで、伝統邦楽の大先輩方と全く同じように思いました。可哀そうだけど、この思考では伝統邦楽と同じ道を辿って、彼の生徒達もしぼんで行ってしまう。挙句に自分の弟子で目が出ない奴(50代)が居るから何とかしてやってくれみたいな内容を見て、何とも哀れを感じてしまいましたね。

6m琵琶樂人倶楽部にて フルートの吉田一夫君と photo 新藤義久
多分この文章を書いた人は、後輩思いの愛すべき人なんだと思いますが、人の上に立つ器の人間ではないのに、年齢的にそういう立場に置かれてしまって、自分でも勘違いしているのでしょう。先ず第一に、何故日本人の自分がクラシック音楽を伝統音楽としてやるのかという、根本を突き詰めていないですね。欧米のものがグローバルスタンダードで、世界の基準だと思い込んで、自分は正しい道を生きて来たんだ、間違いない・・・・・こういう御仁は未だに結構多いです。今60代~70代のバブルを謳歌した世代に特に多いように思います。西洋アカデミズムの中でキャリアを積むことがステータスだと思い込んで、自分はそれなりに成ったと勘違いしていると、こんな言葉しか出て来ないのでしょうか・・・。そこに日本人としての誇りや矜持も感じられないし、且つてドビュッシーやラベルがクラシックの中に新たなジャンルを確立したような、創造する魂や志も全く感じられません。ただ西洋文化に同化させられているだけの音楽屋になってしまっては残念としか言えないですね。

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日本橋楽琵会にて Vnの田澤明子先生と

よく考えてみれば、生活も習慣も言葉も感性も宗教も違う地域の音楽を、同じようにやれと言っても無理があります。逆を考えればよく判る事でしょう。自分が存在するという事は、命の連鎖が何千何万世代に渡ってずっと続いてきたからであり、その運命を背負って、今ここに居るのです。いくら海外に渡って何十年住みついても、自分の受け継いだ血も生まれ育った風土も、この身からけっして消えはしないのです。その風土や歴史や宗教が、その地域独自の文化芸術を創り上げる事を考えれば、先ずは自分の足元にある文化を自覚することなくしては何も出来ません。それはどの国に行っても同じです。日本人が、この風土に培われた日本文化や芸術の感性を持ち、それを誇りに思う事は、海外に出て行く時に持ち合わせるべき必須の素養だと私は思います。憧れの海外に行って、お仲間に加えてもらって勘違いしてニコニコしているだけでよいのでしょうか。そこに人間として、そして日本に生まれ育った者としての誇りや矜持はあるのでしょうか。かつてのクラシックやジャズにはそんな人を確かに多く見かけました。自分一代で何か判ったようなつもりになる事自体が、浅はかとしか思えません。

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筝:宮城道雄 Vn:ルネ・シュメー

ドビュッシーやラベルやシェーンベルク、バルトークのように伝統の中に、新たなジャンルを創造する位やっている事こそ芸術家の芸術家たる矜持ではないかと私は思います。自分とは違う素晴らしいものと出逢い、そこから更に新たなものを創造する事、その行為そのものが芸術活動であり、それが芸術の伝統を受け継ぐ事ではないでしょうか。西洋アカデミズムに同化して優等生として生きる事は芸術活動でもなんでもないと思います。
かつては宮城道雄や武満徹、黛敏郎等が海外に向けて芸術活動を旺盛に展開していました。これからの若者には、その志を是非受け継いで欲しいものです。欧米コンプレックスに染まり、未だ舶来に憧れ続け自分の見えている所にしか思考が及ばないような、ちまちまとした目先の夢や食い扶持を追いかける姿はこれからの若者には相応しくない。若き日に素晴らしい音楽に触れ、感激したのなら尚更、世界一の歴史の長さを持ち、豊饒なまでの文化に溢れたこの日本の、次代の音楽を創り、世界に発信して欲しいですね。

世界には素晴らしいアーティストが沢山居ます。この動画は最近注目している方でパキスタン人のアーティストArooji ahtabという方です。彼女はバークレー音楽院で勉強した作曲家であり、歌手でもあり、映画製作のプロデューサーでもありますが、けっして自分の足元を忘れていない。是非聴いてみてください。自分のルーツをしっかり持ちながら、既存の権威や西洋のアカデミズムに寄りかからず、取り込まれることも無く、且つ時代に寄り添い作品を発表して行く姿は本当に素晴らしいです。彼女は既にアメリカでは知られている方ですので、日本でも知っている方も多いかと思いますが、NYタイムスから「2018年のベスト・クラシック・ミュージック・トラック25」にも選ばれています。

ものやお金が無くても歌は湧き出づる。その歌が出てくる感性こそが豊かさであり、アイデンティティーなんだという事をあらためて実感して欲しいですね。これだけの長い歴史と豊かな文化を誇る国は他にはないと思いますよ。自分の足元に溢れるような美があるという事を判って欲しい。そして誇って欲しい。右だの左だのという事でなく、この風土を、そして文化を愛して欲しいのです。西洋に憧れて、かぶれている時代はもう終わったのです。この風土に遍在する美を芸術を、世界に向けて発信して行く時が来たのだと思います。

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今はもう無い、かつての吉野梅郷


若い世代の方には特に、この豊かな風土を是非大いに大いに感じて欲しいですね。クラシックをやろうがジャズをやろうが、その根底にいつもこの風土があり、文化があるという事を感じていたら、そこから新たな音楽が生まれ、また日本は本来の日本を取り戻すでしょう。空海、道元、世阿弥、利休、芭蕉・・・新時代を創り出し、日本文化を創って行った偉大なる先達が、沢山自分の前に居るのですから、海外に居ようと国内だろうと、日本人として誇りを持ってこの風土から沸き上がる音楽を歌い上げて欲しいのです。日本人は古代に大陸から得たものを独自に発展させ、これだけの豊饒な文化を千数百年に渡って築いてきた民族なのですから、きっとこれからも素晴らしい音楽を紡いで行ってくれると思っています。次世代の音楽家に期待ですね。

これから花の饗宴とも言える季節になります。楽しみでなりません。

教えるという事Ⅲ

2022-2-5「中島敦の世界先日、隣町珈琲にて、能楽師の安田登先生、狂言師の奥津健太郎先生と私とで、「中島敦の世界」をやって来ました。久しぶりに「山月記」をやりましたが、なかなかいい感じで出来ました。私が常に書いている「語りと琵琶を分けるスタイル」の実現としては、もう申し分のない語り手が二人もいる訳ですから、言うことはないですね。秋には素晴らしい朗読家である櫛部妙有さんとの会もいくつか予定しています。出来れば若手の語り手の方とも組んでみたいと思っていますが、今の所なかなか巡り合わないですね。
公演後に、邦楽の稽古を楽しんでいる方から声をかけて頂きまして、稽古について色んなお話を伺いました。これ迄も教えるという事については色んなことを書いてきましたが、昨年より私が生徒に琵琶を教える事をしだしたので、ちょっとばかりお話してきました。
私は小学生の頃からギター教室に通ったりしていて、お稽古はずっと何かしらやっていましたが、琵琶に関しても作曲に関しても、どの先生も好きなようにさせてくれる方ばかりでした。だから稽古に関しては疑問を持ったり、伸び悩みがあったりしたことはないのですが、今の琵琶の稽古はどうなっているんでしょうね。

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photo  新藤義久


私は琵琶を習うというのは、技術というよりは日本の感性、つまり伝統文化を習うものと捉えています。薩摩琵琶がちょっと弾けても、源氏物語はあまり知らない、万葉集も雅楽も能もよく知らないというのでは、せっかく長い歴史を経て伝えられた琵琶も深く鳴り響きません。新しい事をやるのは大いに結構ですが、その為にも琵琶が辿って来た長い長い道のりに対し、尊敬の念を持って欲しいものです。教える先生も、琵琶を教える以上、古典にある程度精通していて当たり前でしょう。私が最初に琵琶を習った高田栄水先生は、それはそれは古典文学や音楽に詳しい方でした。私が習った当時既に90歳で、明治生まれの方でしたので、明治に誕生した薩摩琵琶がどのように変遷してきたか、実体験を色々と聞かせてもらいました。毎回の稽古では、先生のそういった古典芸能のお話を聞くのが楽しみでした。

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2021年島根県民会館にて 能楽師の安田登先生  浪曲師の玉川奈々福さんと

日本の文化に於いて師というのは、先生、いわゆるティーチャーとは違うと安田登先生に教えてもらいました。師とはその道に精進している先達であり、古典を体現して、終わりなき道をずっと進んでいる存在。弟子になるとは、そういう先達に続いて就くといえば解り易いでしょうか。
私はまだ教えるという事は始めたばかりで何とも言えませんが、この道で生きて行く弟子を取るというのなら師匠も弟子も生半可ではいられません。先ず師匠自体がその道で生業として生きていなくてはお話になりませんし、知識も経験も器も芸術性も兼ね備えた先達として精進しているようでなければ弟子は取れません。安田先生のお話を聞いているだけでも、能における玄人さんの稽古はすさまじいものがあります。今琵琶の世界にそんな「師」はどれだけ居るのでしょうね。
しかしお稽古を楽しんでやっている会であれば、のんびり楽しくやるのが良いかと思います。ただ教育が一つの価値観やセンスを押し付け、色に染めるかのようになってしまわないように、常に目を開かせ得るようなものであって欲しいですね。

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滋賀 還相寺にて 大浦典子さんと


私は今8人程の方に教えているのですが、先ず最初に「短歌を作ってみよう」という課題を出します。それは日本文化が短歌(和歌)に集約され、そこから日本独自の音楽や文学になって日本の感性が創られていったと思うからです。以前もアメリカ帰りのフルート奏者に新古今和歌集を勧めた所、熱心に読みだして雅楽も習いに行きだした方がいました。
琵琶の弾き方は勿論教えるのですが、「日本文化」が判らないと、ギターの代用品にしかならならず、いくら壇ノ浦や敦盛を表面的になぞる事が出来たとしても、そこに日本独自の感性が伴わないのでは、外国人が物真似しているのとほとんど変わらないからです。

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麻布十番 善福寺ナレッジ&カルチャーアカデミーにて講義中

現代日本人は自国の古典文学は一切読まない代わりに、外国の文学音楽にはよく接していて、源氏物語や平家物語は読んだことないけれど、したり顔でフランス文学やオペラやジャズの蘊蓄を語るような人は沢山居ます。インドやアラブ、アフリカ、ラテン文化等に詳しい人も沢山居ますね。それぞれ皆さん楽しそうで良いと思うのですが、先ずは自分の足元にある文化を知らずして外国ものを語られても、ただの「かぶれ者」のようにしか見えません。
以前とある大学で琵琶を通した日本の歴史を講義したことがあるのですが、当日は留学生も来るので、英文科の先生が通訳しながらやるとこになっていました。私も通訳しやすいように区切りを考えながら話していたところ、途中で「鎌倉と室町はどっちが先でしたっけ」なんて声が聴こえてきて、結局通訳者が日本の歴史の事が全く分からず通訳が出来なくなってしまった事がありました。あんなに情けなく思ったことはなかったですね。最高学府に於いてあの調子では。
英語が喋れても、自国の文化が基本的に解っていなければ英語圏の文化に取り込まれて同化させられて行くだけです。以前はジャズメンもクラシックの方も皆本場に行って、その国の言葉をしゃべり、お仲間に入れてもらって「俺は一流の仲間入りをした」と喜んでいる方が多かったですが、私はそういう人に対し大いなる違和感しか感じません。

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北鎌倉 其中窯サロンにて photo  川瀬美香


自分の生まれ育った文化に誇りを持てない人間がどうして他国の文化を学ぶ事が出来るのでしょう。日本の感性を持って海外の文化に目を向け、そこから学んだものから新たなものを創造しようとしなければ、正にまんまと同化政策にはまったようなものです。古代の日本は大陸から様々なものを学びましたが、そこからひらがなもカタカナも創り出し、そして他のどこにもない文学も音楽も芸能も創りあげ、日本独自の感性を築き上げてきました。日本にかつてあった熱い志や矜持やエネルギーはどこに行ってしまったのでしょう。

私はこれから何をどう教えて行くか、考えなければいけませんね。自分ではこの道で生きて行っているつもりですが、師としてどうなのかは自分では判りません。まだ道程は遠いのです。

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