週末は桜雨でしたね。残念でしたが、リハーサルついでに東中野の神田川沿いをちょっと歩きました。雨のせいで人はほとんどおらず、しかし桜は満開に近い感じで咲いていました。
よく琵琶の絃はどんなものを使っているのか聞かれます。残念ながら琵琶絃はもう生産しているメーカーが丸三ハシモトしかないので、ギター絃のように色んなメーカーのものを選ぶという事が出来ませんが、以前は浅草の仲見世通りに「ひょうたんや」という三味線の撥などを扱う店があって、そこでも琵琶絃を売っていました。職人に作らせているとのことでしたが、もう随分前に琵琶絃は無くなってしまいましたね。鶴田錦史氏は、ここでよく3の糸など買っていたそうです。私も以前は少し買ってみたのですが、細い絃が切れやすかったのと、音色も丸い柔らか系だったので私には合わず、ほどなく使わなくなってしまいました。
これは今私が中型琵琶で使っている丸三ハシモトの絃です。邦楽人は糸と言いますね。これも何だか風情があっていい感じです。
第一絃は45番、第二絃が1ノ太目、第3絃が2ノ太目、第4・5絃が20番です。大型琵琶には第二絃にもう少し太い35番を張っています。私が使っていた長い尺の絃はもう生産していませんので、一番細い絃はせっかくダブルサイズで二本分取れるのに、私の琵琶では1本分しか取れず、コストが倍になってしまいました。琵琶人口が減ると、絃の供給も無くなってしまうんじゃないかと心配してます。
絃は太ければ音量は確実に上がりますが、セッティングをしっかりしないと、発音の振幅から戻ろうとする力が強いのでサスティーン(音伸び)は少なくなりがちです。私のような極太の絃を使うのなら、サワリの調整はかなり気を遣わないと、伸びのある良い音はしませんね。私は触っただけでサワリが鳴り出す位繊細に設定してあります。またチューニングも45番などの太い絃を張るのなら、Dが限界ですね。Eでは音色にもう無理が出て来ます。
太い絃はとにかく張りが強いので、力強い音も出るのですが、強烈な一音が欲しい方や、器楽の演奏には向くものの、歌の伴奏で弾きたいや、リズムカッティングのように軽やかに弾きたい方には向きません。
先ずはどんな音楽をやりたいのか、そしてその為にどんな音色を出したいのか、という前提が無ければ、音量を稼ごうとしてただ絃を太くしても扱いずらいだけです。私は時々大型琵琶でも弾き語りもやりますが、この琵琶の響きで語れるように曲を創っていますし、かなり声量にも自信のある人でないと声が負けてしまいます。
六本木ストライプハウスにて photo 新藤義久
上記の写真は大型琵琶を演奏しているものです。私は身長が170ちょっとありますので、それを考えると琵琶の大きさが解るかと思います。標準サイズよりかなり大きく、重いです。軽く持てるような代物ではありません。この楽器の大きさがあってこそ極太の絃が張れるのです。標準サイズに張るのはネックが張力に耐えられないし、お勧めしません。
サワリの話は別にして、絃を鳴らすには太い細い関係無く、右手のタッチがとても大事です。ヒットする時に素早く絃から撥を離さないとまともに鳴ってくれません。絃を押さえつけて圧力をかけると、引っ張っているのと同じ状態なので、チューニングが狂いやすいだけでなく、振幅にも無理が生じるので、自然な振幅にならず戻ろうとする力が強くなり、サスティーンも少なくなってしまいます。力で弾くと手元ではアタックのある力強い音がするかと思いますが、音というのは末広がりに響いて行く性質ですので、手元で大きな音がしても、原音がつぶれていては10M先に行った時に芯の無いぼやけた音になってしまいます。弦楽器はすべて原理が同じですが、手首を柔らかく使い、どれだけ絃に負担をかけずに弾く事が出来るか。ここがポイントですね。
表現の為には右手のタッチはとてもとても大事なのですが、琵琶ではあまりそういう教育はしませんね。これは器楽が発展していないという事なんですが、これからは更なる研究が必要だと思います。
表現をするためには太い絃でもPPを出せるようにならないと、とても使いこなせません。どんな楽器でも同じですが、PP程難しいのです。バンバン大きな音で鳴らすのは少し慣れれば誰にでも出来ます。慣れてくるとPPも出せるようになれます。しかしその両極端しか出来ない人が結構います。大事なのは基本としてメゾピアノやメゾフォルテが安定して出せる事。そしてその基本から上下に自由にタッチをコントロールできることが、どんな弦楽器でも必須の技術です。
そして太い絃は撥の角度を変えると色んな鳴り方に対応してくれます。基本音量が大きいからだと思いますが、右手のタッチにしっかり反応してれるのは嬉しいです。こうした細かなテクニックは、是非ライブで、目の前で見てください。
大型琵琶の絃と柱の間
太い絃はその振れ幅も大きくなるので、それに伴って左写真のように柱と絃の間をかなり広く取って、更に他の柱とのバランスの調整もしないと、絃振幅が柱に当たって、音が皆潰れてしまいます。
絃を変えるという事は、サワリ、右手のタッチ、左手の握り方やタッチ、柱の高さ、そして何よりも音楽性迄、あらゆる所に影響して行きます。自分の求める良い音を出したければ全体を徹底しないと、かえってバランスの悪い音しか出て来ません。すべてのパーツとセッティングのバランスが取れてこそ威力を発揮します。
私は基本的に弾き語り曲は演奏レパートリーのごくごく一部でしかないので、私の琵琶は全て器楽用にセッティングされています。ほんのたまに壇ノ浦などの弾き語りをやる機会があるのですが、そういう時も全体のプログラムは器楽曲がメインで、1曲のみ弾き語りという事がほとんどですので、大型琵琶の響きで語れるように曲を創ってあります。そしてそれが逆にオリジナルなスタイルにもなっています。まあ流派の弾き語り曲しかやらない人は、こういう話は関係がないですね。
絃の選択は、サワリの調整と共に演奏者の命なので、声と同じレベルで人それぞれに研究して行かないと、自分のサウンドは出せません。それは一人一人顔や声が違うのと同じ事で、演奏に於いて独自のサウンドが感じられないという事はまだまだプロとしては半人前という事です。
左:大型 中:中型 右:標準サイズ
私は初心の頃、毎月琵琶樂協会や各流派の演奏会に行って、演奏している人を観察していました。一人一人弾き方の特徴や音色の特徴など結構詳しく分析してノートに書き込んでいました。良い勉強になりましたね。琵琶はまだ充分には弾けませんでしたが、明らかに石田琵琶店で直前にサワリの調整をやってもらったんだろうな、という人が多かったですね。その人独自の音色になっていないし、普段から調整してないのは聴く人が聴けばバレバレです。一応私はギタリストの端くれでしたので、絃と楽器の状態はすぐ見てとれます。だから自分のオリジナルモデルを創る時に、そういったことを踏まえ、かなり細々と注文を付けてスペシャルなものを創ってもらったのです。
琵琶の演奏会に行って一番気になっていたのは、皆さん基本がフォルテになってしまっているという事。上記したように、これではより大きな音までワンポイントしか幅がないので、ダイナミックスが少なく、大声をずっと出しているような一本調子な演奏になってしまいます。ずっとフォルテ状態では、勢いだけで品の無い猪突猛進型の演奏に陥ります。薩摩琵琶を弾く男性にはそのタイプがやたら多いですね。やはり弦楽器は7色の音色が出せなくては。もう随分前ですが東京文化会館で聴いた世界的ギタリスト ジュリアン・ブリュームは、正に七色の音色で魅了してくれました。その音色は今でも記憶に残っています。
細い絃も勿論ですが、太い絃を自在に操るのはなかなか難しいです。テクニックがあれば良い音楽が創れるとは限りませんが、自分の求めるサウンドを出せない人に良い音楽を創る事は出来ません。今はネット配信でリリースしたらそのまま世界発売状態になる時代です。気持ちさえあれば、気合を入れれば、なんて視野の狭い甘えた村意識では、音楽をリスナーに届ける事は出来ないのです。
若き日 ウズベキスタンの首都タシケントのイルホム劇場にて
アルチョムキム指揮オムニバスアンサンブルとメンバーと拙作「まろばし」演奏中
どんな絃を選ぶか、どんなサワリのセッティングにするのかで、見える景色は随分と変わるものです。そして何よりも頭の中を変えられない人は、絃を変えても弾きずらいだけです。自分の音楽は何なのか、何を表現したいのか、何故それを表現したいのか、流派やこれまでの常識やルールに囚われていて、「自分の音楽」と「お稽古して得意なもの」の区別がつかないような意識では見えるものも見えません。自分は二人居ないのです。是非自分だけの独自のサウンドと音楽を創って行って下さい。