空が教えてくれる

今日は地元を散歩しながら素晴らしい天気の下、紅葉を愛で秋を堪能しました間もなく冬が来ますが、私は冬が大好きなのでこれからが楽しみです

2009年高野山常喜院演奏会

今年は例年と違い、色んな事が変化しているのを感じます。社会は常に激動の真っ只中ですし、私個人の中でも様々な事が変化して行って、これ迄音楽活動をやってきた中でも一番の変化が来ているように思います。

年明けに10thアルバム「AYU NO KAZE」」を出したことが大きな転換点だったと思いますが、活動内容が随分と変わって来ました。以前のように全国を飛び回って演奏会をやって行くスタイルから、琵琶の曲を作曲し遺して行く事に気持ちが傾いています。毎月の琵琶樂人倶楽部以外では、いわゆるライブ的な演奏はかなり少なくなりました。来年からは自主公演的な演奏家もやって行こうと思っていますが、何か違うフェーズに移った感じがしています。また何故かここ4,5年で集まって来ている若者達を応援する事も私の仕事だと思えるようになって来ました。まあ年齢的にも一つのターニングポイントに来ていますので、色々と整理して見直して、次の時代に沿った活動に転換して行く時期という事ですね。音楽的芸術的な部分は益々磨きがかかって来たように思っていますので、この変化をどう超えて次に繋げて行く事が出来るか試されているんでしょう。

佐渡相川にて 日本海に沈む夕陽

今日も散歩しながら、ぼーっと空を見上げていましたが、朝日や夕陽、そして星空は何とも言えず惹きつけられますね。ずっと見ていられます。8月に行った佐渡でも日本海に沈む夕陽は本当に素晴らしかったです 空の無限の拡がりを目にしていると、現世の中で自分が囚われている小さなこだわりや、枠組み、ルール等々が客観的に見えて来て、何が自分にとって大切で、何から解放されるべきなのか見えて来るのです。人間はどうしても、何かしらの枠や集団の中で生きないと生きていけませんので、知らない内にその枠のルールが正解・正義のようになって、縛られてしまいます。自分自身がその枠に沿う事で安心するようになると、自分がその中に居る事も感じなくなるし、自分の行くべき道も見えなくなってしまいます。

藤枝の楽園

どんな時代でもどんな状況でも、自分の道を歩まない限り自分の人生は生きられないのです。他人の遺した轍の上をなぞって歩いても自分の人生は全う出来ません。優等生になって褒められて嬉しがっているような器では、自分の人生は一向に開けて来ないのです私は「見上げる空は一つなれど、果て無し」という武蔵の言葉が好きで、この言葉に対し様々に想いを巡らせながら空を見上げているのですが、いつも自分の行くべき道を空が教えて、導いてくれるような気がします。

私がいつも書いている永田錦心も鶴田錦史は最高のアヴァンギャルドでした。先人の轍の上安住することなく自ら轍を刻み彼らなりの道を歩みました。私は彼らの新しい時代に新しい琵琶樂を創り出した、その感性に深い感慨を持っていつも見つめています。だからこそ私も私のやり方で、両先人のように自分の道を歩み轍を刻み、自分の音楽を創り出して行期待と思いずっとやってきました自分の道を歩むという事が、彼らから学んだ大きな事です。それはいつも書いているマイルス・デイビスなどの他のジャンルの先人も同じで、彼らの音楽を真似するのではなく、及ばずながらも、その感性と姿勢をこそ受け継ぎたいと思っています。若者達にも、過去の轍の上でぬくぬくとせず、新たな自分なりの轍を刻んで行って欲しいですね。

2009年トルクメニスタン国立マフトゥムクリ劇場公演

私は琵琶での活動の最初に尺八のグンナル・リンデルさんとPanta Rhei (意味は万物流転)というヘラクレイトスの言葉をデュオの名前に冠して活動を開始しましたがそれも何かの縁でしょうね。時代と共に在りながらも、いつも自分自身であり続けたい、自分の想う音楽を創り続けたいのです。「媚びない・群れない・寄りかからない」は更にこれから更に徹底して行きたいですね。

photo 新藤義久

以前にも少しお知らせしましたが、今年に入ってNY在住のエステル・ラムネックさん(タロガド奏者日本語HP エスター・ラムネック )とメキシコシティー在住のサウンドエンジニア アレハンドロ・コラビータさん、そして私の間で音源を何度もやり取りし合っていて、間もなくアルバムとして仕上がりつつあります。内容はアンビエントやサウンドコラージュと言えば解り易いでしょうか。

エステルさんの演奏するタロガドはハンガリーの民族楽器で、今でも自由の象徴としてよく演奏されているもの。そのタロガドと私の琵琶が出逢い、そこにアレハンドロさんのサウンドが加わり、正にボーダーレスな世界が広がっています。前衛的な作品なので聴き易いものではありませんが、リリースできるようになりましたら改めてお知らせします。

これから一番気分が高揚する12月です更に自分らしい時間を生きたいですね

祝 琵琶樂人倶楽部開催18周年記念

今年は事後報告となってしまいましたが、先日、琵琶樂人倶楽部の18周年記念回をやってまいりました。

photo 新藤義久

もう18年も経ったかと思うと、時間の流れの速さと人生の短さを感じずにはいられませんね。今回は10枚目のアルバムに収録した「凍れる月」の第二章、第三章、第四章と、その元となった「凍れる月~第一章」(2004年作曲 4thアルバム「流沙の琵琶」に収録)も加えて「凍れる月」一具(組曲)として演奏いたしました。共演は第一章、第三章で演奏してくれた笛の大浦典子さん、第二章で演奏してくれたVnの田澤明子さん。笛とVnのピッチが違うので、琵琶のチューニングがちょっと不安定でしたが、一具全曲を演奏出来た事をとても嬉しく思います。

「凍れる月」は「Blue in Green」というマイルス・デイビスの作品を聴いて浮かび上がってきたイメージに、私の中の月のイメージを合わせて、自分の中で色彩感を描き、それを発酵熟成させ作曲したのですが、第一章が出来上がってから様々にそのイメージが変容しはじめ、最終的に一具となった次第です。現在第三章は尺八でも試していて、こちらもいい感じで仕上がって来ています。

第一章 龍笛&樂琵琶

第二章 Vn&樂琵琶

第三章 篠笛(または尺八)&薩摩琵琶

第四章 樂琵琶独奏

となっていますが、それぞれこれからの重要なレパートリーになって行くと思います。

6thアルバム「風の秘跡」レコーディング時 相模湖ホールにて

今回お呼びした大浦さん、田澤さんにはこれまで本当に多くの事を学び、彼女達がいなければ私の音楽はこの世に日の目を見る事は無かっただろうと思っています。琵琶での活動の最初に大浦さんと知り合った事で、私の代表作「まろばし」「花の行方」が生まれ、大浦さんの勧めで樂琵琶を弾き出し、多くの曲を作曲し、その樂琵琶での楽曲が私を色んな所へと導いてくれました。雅楽・能、民族芸能等々その豊富な知識と経験を身につけた大浦さんと最初に出逢った事は、私の音楽を創る上で大きな要素となり、そのアドバイスがあったからこそ、様々な楽曲が誕生したと思っています。この夏に佐渡で行った創作能「良寛」も樂琵琶が無ければ成立しません。大浦さんがいなかったら私は樂琵琶を弾いていなかったでしょう。薩摩琵琶だけでなく、樂琵琶の世界を得た事で私の音楽は大きく広がり、音楽人生をとても豊かに過ごすことが出来ているのです。

そして2015年頃にVnの田澤明子さんと知り合い、それまで少しお休みしていた現代音楽への扉が再び開きました。元々1stアルバム「Orientaleyes」では全編現代曲で挑戦しました。今聴くと勢いだけで、まだまだ作曲も演奏も中途半端で粗削りもいい所ですが、エネルギーだけは漲っていました。その後、弾き語りなどの伝統スタイルでも負けられないとばかりに3rdアルバム「沙羅双樹」から弾き語りの収録などしていましたが、やはり私は器楽としての琵琶をやりたいという琵琶を手にした時からの想いがずっとあり、2018年1月リリースの「沙羅双樹Ⅲ」で現代曲復活となる記念すべき「二つの月~Vnと琵琶の為の」を収録しました。

8thアルバム「沙羅双樹Ⅲ」レコーディング時 FEI千野スタジオにて

この曲は田澤さんの豊かな感性と飛びぬけた技術がなければ成立しない曲です。この具現化は私にとってとても大きなターニングポイントとなり、次の9thアルバム「Voices  from the Ancient World」では、これまで邦楽器の為に書いてきた作品をVnと演奏できるように編曲し、「君の瞳」という新たな作風の新作も書いて、ヴァイオリンと琵琶という他にはないデュオとして歩み出しました。そしてそのコンビネーションは、10thアルバム「AYU NO KAZE」にてメゾソプラノの保多由子先生を加えたトリオで「Voices」という作品に結実しました。それと共に今回一具として演奏した「凍れる月」の第二章~四章も収録したのです。田澤さんがいなければ、私の「器楽としての琵琶樂」という初心に抱いた目標は具現化しなかったでしょう。大浦さん田澤さんのお陰で今があると深く感謝しています。

今回はラストに「西風(ならい)」を笛・ヴァイオリン・琵琶のトリオに編曲して三人で演奏しましたが、なかなかいい感じでした。

今また新作に取り掛かっているのですが、その施策の譜面をお二人に見せた所、良い感じで音にしてくれましたので、この線で進めて新たな作品を創りたいと思っています。来年の19周年記念回ではまた新作を聴かせえる事が出来るよう、更に創作をして挑んで行きたいと、気持ちを新たにしました。琵琶樂人倶楽部は小さな小さな会ですので、地味なものなのですが、私の音楽活動には無くてはならないものとして、これからも淡々と続けて行きたいと思っています。是非聴きに来てくださいませ。

 

 

 

 

静かな暮らしⅣ

この所少々体調が崩れ気味だったせいか、家に居る事が多かったのですが、今年は珍しくこの時期に演奏会も無かったのでゆっくりさせてもらいました。いつもの未来ノートにも色々と書いては消して、最近作った独奏曲も良い感じで手直し出来ました。たまにはこういう時間を強制的に頂くのも良いものです。外はお散歩日和ど真ん中なので、来週辺りからは、またうろうろしたいです。

photo 新藤義久

私は現代の情報社会(デジタル社会)には馴染めない方で、TVはもう30年以上前から持っていないし、PCもメールやブログの他、ちょっとYoutubeを見る程度でとても活用しているとは言えません。以前MixiやFacebookの出始めの頃はちょっとやったりしたんですが、何か常に情報に追われ振り回されている感じに馴染めないのです。現代では情報を得られない人を情報弱者等と言いますが、ほとんどの人は情報に振り回されているだけではないでしょうか。大体自分の基本となる文化や感性の土台が無くては、どんな情報を得ても毎日驚いて面白がっているばかりで、情報を処理、活用する事は出来ません。もっと言えばヴィジョンも哲学も無い所に何を入れても、核爆弾と同じでろくな事に繋がりません。コロナ時の社会の状態は正にその象徴でした。現代人の精神の弱さが露呈しましたね。情報弱者というのは、こういうネット情報に振り回されて自分で判断が出来なくなってしまっている人の事じゃないかと思って見てました。

現代社会のテクノロジーは便利で、私自身ネット配信のお陰で世界の人に私の作品を聴いてもらっているので、有難いと同時にこのテクノロジーの社会からはもう現世では逃れられないと認識していますが、都会は人間が本来必要としているパーソナルスペースは持たせてもらえず、常に人工的な干渉に身を晒され、少なからずどこかに異常を抱えたまま生きて行くのが常態化しています。それが都会というものなのでしょうが、結構厳しく感じるようになりました音楽活動をしている限り、都会とは何らかのコンタクトを持っていないと活動は難しいですが、出来る事なら年の半分でもいいから自然の中に暮らしたいものです。里山の集落や村でのんびり田舎暮らしをしたい訳ではありません。周りに民家の無い、人間の干渉の無い広々とした自然の中で静かに暮らしてみたいのです。

 

 

この都会の中から生まれた現代の芸術は刺激的で興味深く、確かに現代社会を描き出しているけれど、音楽や芸術最先端のセンスだけでなく、リスナーを人間の根理根本にまで導いて行くものなのではないかと感じていますもう30年以上前ですが初めてアルボ・ぺルトの音楽を聴いた時に、最先端とのセンスと共に人間の根理みたいなもの(漠然としていましたが)を感じました。それ以来、自分が良いと思って好んで聴いていた音楽は皆最先端と、根理の両方を感じていたんだ、だから感激したし、未だに色あせることなく聴き続けているんだと認識しました。それがちょうど琵琶で活動を開始した頃でしたので作曲をする時には最先端であり、且つ自分なりに根理を感じるものを持つ事を念頭に置いています。リスナーが私の作品をどう判断するかは判りませんが、この姿勢はこれからも変わる事はありません。

私もそれなりの年齢になったせいか、現代の都会の中では最先端は突き進めても、根理根源には辿り着けないと感じる事が多くなりました。自分の身を少しでも自然の中に戻すことが必要なようです。

藤枝の楽園

現実はなかなか思い通りにはいきませんが、全て想い通りとはいかなくても、自分の想う所を実現する時も来るのかなと思っています。ただその時に己の肉体が自然の中で生き抜くだけの体力があるのかどうか・・・。現世では難しかもしれませんね。

 

 

 

 

夢の先へ、共に 

何だか急に冬になったような寒さですね。体調は如何でしょうか。 私は体は特に変わりありませんが、いつも通り相変わらず毎日夢を見ます。私の知り合いには今まで全く夢というものを見た事は無いという人が居るんです。人間の頭の中というのは実に様々で不思議なものですね私の夢は毎度荒唐無稽なものが多いのですが、ふと知り合いが出て来たりして毎日実に面白いのです。ストーリーは説明のつかない事が多く登場人物も様々なんですが、年のせいか明け方一度トイレに行くことも増え、眠りも浅くなっているのか、そこから半眠りのような感じで、妄想とも夢ともつかないような夢もよく見ます。こちらはその時々で自分が色々感じている事がそのまま出て来ますね。ネガティブな夢や怖い夢は見ないのですが、こちらもまた自分の潜在的な願望のようなものが感じられて面白いのです

10年程前に行ったカリブ海のキュラソー島 時々夢に出て来ます

現実社会では、たまに夢で見た事がリアルに目の前に現れる事もあります。そして夢で体験した事が自分の想像以上にもっと強力にリアルな現実として展開したりする事があるのです。夢はやはり自分の願望希望も含め深層心理現れなんだろうなと最近は思っています。登場人物も、昔にどこかで会っていた人であることがほとんどですし、荒唐無稽な夢も現実では目に見えなかった所が、実は記憶の中にあって、それが夢の中に残っていたのかもしれません。それらがまだ整理されていないままに映像になって出てきてしまったんだと考えています。

若き日 グンナル・リンデル(尺八) カーティス・パターソン(筝)、藤舎花帆(鼓)、佐藤紀久子(三味線)各氏とリリースしたアルバム「和」ジャケット

考えてみれば琵琶を始めた頃琵琶を持ってシルクロードを回ったら面白いだろうなという妄想が巡り巡って最終的には現実にシルクロードの国々を巡るコンサートツアーになりました。それも4各国を半月かけて回る大きなツアーとなり、夢をはるかに超えたものとして与えられました。高野山のお寺なんかで何か出来ないかなという想いも、やはり現実になり、5年間に渡って毎年見事な紅葉の時期に開催することが出来ました。アルバムもただ勢いで出してきましたが、1stアルバムを出す時に持っていたイメージが、20数年経って、更にパワーアップしてより10thアルバムとして明確な形で具現化もしました。この他にも色々夢に見ていたものが現実には更に大きくなって実現したことが、私には結構あるのです。日々に於いても、小さな極々個人的願望が、その先を感じさせるようなものとして成就したりする事も時としてあるのですが、それらに共通する事は、その夢の実現は、自分一人ではなく、必ずパートナーが居るという事です。

アゼルヴァイジャン・バクーの国立音楽院 ガラ・ガラエフホールでのレクチャーにて

私の30代40代はあくまで自分だけの願望であり、一人称の想いでした。自分の音楽だけを只管見つめていました。そんな状態の私でしたが、今になって振り返ってみればいつも誰かがいつも傍に居たのです。シルクロードも一人で行ったわけではありませんし、高野山の企画も一緒になってやってくれた仲間が居ました。作曲では共演者の魅力を如何に引き立てるかと考えて来ましたが、やればやる程にパートナーが居てはじめて楽曲が出来上がり、演奏会が成立したという想いが強いのです。誰かが一緒に居たからこそ、その夢の先まで行けるという想いが、年を経るごとに強くなってきました。今は少しばかり琵琶を若者たちに教えるようになって、自分一人だけの音楽世界という硬い殻が少し柔らかくなってきたようにも思います。まあ未だに○○門下○○流等の一定の枠を作らないように教室の看板は挙げていませんが、自分も教えるという事をやる年になったのだなと感じています。

戯曲公演「良寛」にて 笛の大浦典子さん、俳優の伊藤哲哉さんと 於:座高円寺

夢の先に行くには、パートナーが必要なのです。一人が見ている夢ではなく、良きパートナーが傍に居たら、一緒になって夢のその先へと導かれるような気がします。来年はちょと活動も今迄とは違う方向へと向けようと思います。きっとまた新たな世界が開くような気がしています。楽しみです。

舞踊そして音楽

先日ちょっと用事で宇都宮に行ったので、大谷資料館に寄ってきました。ここは大谷石の採掘場跡を資料館として保存してあるのですが、そのスケールはなかなかのもので、何かの神殿のような趣。現在では様々なアートの場としても活用され、かつては津村禮次郎先生もここで演能したそうです。私もこんな場所で是非演奏会をやってみたいものです。こういうスペースに出逢うと、私は色んなインスピレーションが湧いてきます。そして音楽だけでなく舞踊家も入れてみたくなります。優れた舞踊家と組むのは刺激的ですし、舞台が大きく広がって行くのを感じるのです。なかなか音楽の現場では舞台が小さくて舞踊家を招く事の出来るスパースはあまりないのですが、是非優れた舞踊家とやってみたいですね。

能楽師の津村禮次郎先生と人形町楽琵会にて

しかしその一方で音楽と舞踊というのは近くて遠い関係にあるとも感じています。私は琵琶の活動を始めた最初から毎年様々な舞踊家達と舞台をやってきましたので、色々と考える所があります。

現代では録音を流して踊る舞踊の舞台も増えて来て、音楽家と舞踊家がアンサンブルをして行く舞台が減ってきました。ショウビジネスの現場ならそれも良いのでしょうが、私には全然物足りないですね。お見事なダンスは披露できるかもしれませんが、ダンサーの一人称の舞台でしかありません。私はショウを観たい訳ではないし、ましてや発表会を観るつもりはないので、舞台は音楽家と共に創り上げて欲しいのです。舞台では、その場でしか起こり得ない、他にはないリアルな生々しいものを感じたい、ワクワクしたいですね。

横浜ZAIMにて Yangiahさんと
私は芸術でも音楽でも予定調和の世界ではないと考えています。常に予測不可能な世界を出現させるものだと思っています。民族芸能の現場でも、やる度にそのリアルな興奮の中に埋没して行くでしょう。絵画でも対峙する度に受け手が常に味わった事の無い何かを感じられる深い世界を内在させているものではないでしょうか。それは古典であっても、いや古典であるからこそ、毎度観る度に汲めども尽きぬ魅力を気づかせてくれる位でないと!!。だからこそ古典となって伝えられて行くのです。ただのお上手の予定調和では、お稽古事と変わりません。

明大前キッドアイラックアートホールにて:灰野敬二、田中黎山各氏と

私は今迄あらゆるジャンルのアーティストと一緒に活動をしているからこそ、やって来れたと思っています。色んな才能が集まってはじめて舞台は創られるのです。作曲に於いても、共演者の魅力をどうしたら輝かせることが出来るか、という所を第一に考えます。それは一番最初に作曲した「まろばし」から変わっていません。だから相手が変わればその解釈によって音色が変わり、音楽自体も変わります。ダンサーともこれ迄一緒になって作品を創ってきました。日舞の花柳面先生には鍛えられましたね。様々な創造の現場に声をかけて頂いて、本当に感謝しています。こうして創り上げてこそ共演ではないでしょうか。表面的な技では一緒にやれません。何故その音色なのか、その音にはどんな情景があって何を表現したいのか、演者自身にそれがない限り舞台は創れないのです。そんなお互いの感性をぶつけあってこそ舞台は創られると思っているので、録音を流してやる舞踊の会では、物足りないのです。

ティアラこうとうにて:尾上墨雪、花柳面、藤陰静枝、福原百之助の各先生方と

自分を中心に舞台を考え、周りとのアンサンブルを忘れ、小さな小さな自分の世界に閉じこもってしまうようでは大きな世界は創れません。例え独奏の舞台であっても、優れた舞台人は社会や時代、会場や観客、その他自分を取り巻くものの中で自分は存在し舞台に立っているんだという意識を持っているものです。その辺りにその人の器が出ますね。相手に対して俺の思っているようにやってくれ、なんていう発想では「お仕事」以上にはなりません。それはただの発表会に過ぎないのです。何が現れるのか計り知れないものこそ面白いではありませんか。

Photo 新郷義久

今、注目しているダンサーが何人かいますが、彼らと是非面白い舞台を創りたいですね。

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