受け継ぐということⅣ

今週末は、薩摩琵琶、樂琵琶それぞれの演奏会があります。私の中では違和感なく二つの世界を行き来しているのですが、これはやはり私の琵琶に対するスタンスが独特なのかも知れません。

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邦楽や雅楽では、稽古を通して師の技や精神を徹底的に学ぶのが、そのやり方。先輩のTさんは、「師匠の演奏したものは、ほとんど記憶している」と言っていましたが、彼の琵琶に対する熱い想いと純粋な姿勢を見ていると、確かにそうだろうと納得するものがあります。
そうした先輩方々の話を聞いていると、つくづく私は邦楽家ではない。少なくとも私は旧来の邦楽人ではない。やっぱりジャズの人というのが、私の私に対する感想です。

メセニー1私が以前よく聞いていたパットメセニーという人は、オーネットコールマンなどのジャズジャイアンツの音楽を聴いて自分で学び、それを消化して、自分の音楽として再構築して発表していました。レベルはともかく私も同じなのです。
マイルスでもドビュッシーでも永田錦心でも鶴田錦史でも、皆私なりに分析し、消化して、再構築して、私の音楽として新たな作品を作っている。悪くいえば、良いとこ取り。
私にとっては、聞いてきたもの全てが師匠でもありますが、私は誰かに就いて骨の髄まで学ぶと言う事をしてこなかった。だから邦楽家のようにどこまでも師匠の芸を追って行く先輩達には、本当に頭が下がります。そうした先輩達は一身不乱に脇目もそらず精進している。凄いことです。

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私の受け継いでいるものは、形・型というものではないようです。

今週の金曜日は近江楽堂で薩摩琵琶を
土曜日には、カフェグリーンテイルで樂琵琶を弾いてきます。

ぜひ聴いて下さい。

鎮魂

昨日、福島県立美術館にて、「鎮魂~平家物語弾き語り」と題した演奏会をやって来ました。昨年米沢の置賜文化ホールでの公演を聞いてくれた福島県立美術館の学芸員の方から、震災後に声をかけて頂いて、今回の演奏会が実現しました。

    福島2    福島リハ時

最初は福島がどんな状態なのかよく判らなかったので、お話を頂いたときには心配しましたが、行ってみると市内には震災の影はなく、一見外観上は何も感じませんでした。しかし、色々な面で影響はやはり有り、極端な面しか報道しないTVにいかに東京の人間が振り回されているか、よく判りました。

会場は美術館の250席ほどの講堂でしたが、立ち見が出るほどのお客様で、ちょっとびっくり。また皆さんの音楽を聴こうとする熱気や集中力がひしひしと感じられ、演目の「経正」も短いものを用意していったにも関わらず、皆さんの熱気につられ、フルサイズで弾き語ってきました。エンタテイメントの音楽家もずいぶんと福島に来てくれたようですが、「今こそ琵琶のような、じっくりと心に響く音楽が必要」と言う学芸員さんの言葉がとても印象深く、お客様の姿を見ていても実感しました。

そして、実は今回、もう一つの鎮魂があったのです。
福島へ出発する前夜、本当にお世話になった先輩、カンツォーネ歌手 佐藤重雄さんの訃報の知らせを受けたのです。ナポリ
特に病気しているわけでもなく、年齢も未だ50代の半ば。カンツォーネ歌手らしい立派な体躯で、飲みっぷりも歌いっぷりも豪快な方だけに、訃報など全く予想していませんでした。

佐藤さんとはもう15、6年前、高円寺の中華屋さんで知り合ってから、数え切れないほど色んな所にご一緒して、お酒を飲み、散々お世話になってきました。これほど濃い付き合いをしてきた先輩も珍しいと言うほどに、色々な面でお付き合いしてきました。その佐藤さんのご実家が今回の演奏会場の近くで、通夜、葬儀共にそのご実家でやるのです。なんだか私は佐藤さんに呼ばれて福島に行ったみたいな感じがしてなりません。あまりのタイミングに驚くばかりです。演奏会が終わってからタクシー飛ばして、ご実家に行って対面してきましたが、未だ全く実感が沸いてこないのです。

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この写真は2004年に佐藤さんのファーストアルバムの発売記念ライブの時のもの。青山マンダラでのライブでしたが、私はこの後の佐藤さんのCDには全て参加してきました。

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これらのCDには本当に様々な想い出があり、キングレコードのスタジオでレコーディングしている時の佐藤さんの声も笑顔も、あまりに生々しく私の中に残っています。嫌な思い出の全くない方でもありました。なんだかそのうちに「ごめんごめん」なんて電話がありそうな感じがするんです。

おととい訃報を聞いた夜、佐藤さんと呑んでいる夢を見ました。「2,3日酒控えて、おかゆでも食べてれば、死ぬことはないですよ」と私が言ったら、奥様と一緒になってケラケラ笑ってました。あれが、さよならの挨拶だったのかな?

本当に太く短く、豪快に生ききった方でした。きっと美術館の演奏会も聞きに来てくれたことでしょう。なんだか「行ってくるよ」という、あの豪快な声がカンツォーネに乗って聞こえてきそうな感じがします。そんなさわやかで純粋な先輩でした。

私の演奏が、佐藤さんはじめ色々な方々の鎮魂となったのかどうかは判りませんが、残された者として、しっかりと生きなくては・・。私らしく、ばっちりとやらせて頂きますよ。

過ぎゆく日々2011-11


今月はart salon 香音里や福島県立美術館、来月は近江楽堂で創心会、毎年定例の小さなアートカフェ、グリーンテイル、杉並公会堂大ホール、曳舟文化センター大ホールとめまぐるしいほどに演奏会が続いていますが、来年は少し楽琵琶作品の作曲に力を入れたいと思っています。

あまりのんびりしていると、ぶらぶらしているだけで作品も出来ないものなのですが、ゆったりとした時間は創作には大切。とにかく自分の理想の舞台をやるためには、内容が充実していないといけません。

その舞台はまだまだ小さなものかも知れませんが、とにかくその時々で納得する舞台をやってみたいですね。ここ2,3年、たまにですが納得できる舞台をいくつか経験させて頂いてます。今後はそういう舞台をもっともっと増やしていきたいです。その為には大きな視野と柔軟な感性、そして独創性のある発想がやっぱり必要だ、とやればやる程に思う日々です。

全ては舞台の為に!!

饗宴~現代に甦る中世世界

この所朝晩がぐっと寒くなってきました。やっと琵琶には良い季節となりましたが、明日2011年11月11日武蔵境スイングホールにて「饗宴~現代に甦る中世世界」といコンサートを企画しました。

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日本の中世、鎌倉から室町期は日本独自の芸能、文学が花開いた時です。今回は中世に成立した仏教思想を基にした新作を集めて演奏します。
プログラムは

プロローグ 尺八古典本曲
踊躍の時(東保光 作曲  薩摩琵琶・筑前琵琶・尺八・ピアノ)
二つの月(塩高和之 作曲 尺八デュオ)
陽光(安藤紀子 作曲 ピアノ独奏)
まろばし(塩高和之 作曲  尺八・琵琶)
平重盛(初代 橘旭宗 作曲 筑前琵琶弾き語り)
壇ノ浦(塩高和之 作詞・作曲 琵琶語り・ピアノ・ダンス)

です。題材は古典ですが、ほとんどが新作、または新解釈による演奏です。私はエンタテイメント音楽の演奏家ではないので、ノリノリで楽しいという演奏会ではないですが、30代の若手中心の勢いのある連中が気合いを入れて精進しております。ぜひぜひお越し下さいませ。

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常に人前に出る仕事をしておりますと、色々な人に恵まれます。時にあまり相性の良くない人もいますが、仕事を成就する為に、あの手この手でやり遂げる。そんな一癖ある人が私は結構好きです。まあ自分の中に同じようなものを見ているんでしょう。
人の想像できない発想と行動をし、あらゆる手を尽くし、たとえ理解されなくとも目的は必ず達成する、そういうプロの仕事人は格好良いです。今回出演の人達は、それぞれの個性を今、正に羽ばたかせようとしている時を迎えている人ばかり。彼らはこれからどんな風になって行くのだろう。魅力ある音楽家になって欲しいものです。

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人間生きていれば、自分では気づかないうちに、何かに囚われ、周りも見えず余裕がなくなり、調子良くやっていたつもりが、急にポキンと折れてしまう、そんなこともあります。まあそれも良い経験。強いものは更に強いものに必ずやられてしまう。常に柔軟な姿勢を持って、時代や周りと対応できるものだけが進化して行けるのは世の習いです。紅葉し、枯れてこそ、また芽吹くというもの。只闇雲にがんばって、抵抗して、突っ張っているだけでは自ずと限界が来ます。がんばると同時に色々なものを受け入れる事を学ばねばなりません。

私もご多分に漏れず、失敗に失敗を重ねてきましたが、とある出会いをきっかけに、「全ての出来事には意味がある」と近頃特に思うようになりました。
嬉しい時、有頂天の時、寂しい時・・動揺したり、舞い上がったり、本当に穏やかに一日を過ごすことは難しい。でもそれら一つ一つに必ず意味があり、メッセージがある。そこから何を学ぶかを常に問われている気がしてなりません。

      悟りの窓2011-11-1今月(11月1日)の悟りの窓

あなたはどんなメッセージを受け取りますか。

樂琵琶宣言

今回の楽琵琶のCD「風の軌跡」を出したことで、私の中で、色々と変化が出てきました。

私が一番最初に琵琶を習ったのは、四弦四柱の錦心流でした。しばらくやってみたけれど、弾き語りがメインの流派だったこともあり、器楽として琵琶を弾きたい私は、ほどなく器楽の演奏をよくやっている五弦の錦琵琶鶴田流に鞍替えしたのです。鞍替えしてすぐさまライブ活動に入ったものの、レパートリーも少なく、いつもギターのピックを持ち歩き「ギター弾いたらもっと凄いんだ」といつも自分に言い訳を用意していたのを想い出します。自信無かったんでしょうね。

        okumura photo9我が愛器 塩高スペシャル錦琵琶

3年ほどしてやっと琵琶でやってゆく決心がついて、その後、全曲私の作曲によるファーストアルバム「Orientaleyes」を出すことになったのです。それが今から10年程前の話。声は使っているものの、歌や語りは入っていません。この頃には変な迷いjacketsはなかったですね。レーベルもジャズのレーベルだったので、自分の音楽を思う形で世に出すことが出来、本当にただただ嬉しかったという記憶しかありません。沖至、坂田明、小山章太、詩人の白石かずこ、ジャズチェロの翠川敬基・・・こんな凄い音楽家が集うレーベルだったので、今までやってきたジャズがより進化し、私のオリジナルの音楽が、やっと形になり世に現れた、そんな想いでいっぱいでした。若さゆえの稚拙さも多々ありますが、今でもこのCDはお気に入りです。

その後琵琶奏者として活動して行くうえで、平家の語りが出来ないと仕事にならないので、弾き語りを始めたのですが、下手だ下手だと言われながらも、割と何でも起用に出来てしまう性質なので、まあ順調にやってきました。今考えれば、薩摩琵琶=弾き語り、という世界に囚われていたともいえるし、進化の途中だったとも言えると思います。

そういう中で楽琵琶に出会ったのです。さっそく楽琵琶でもライブを始めたものの、薩摩琵琶をパワフルに弾ききる事でしか、まだ表現することが出来なかったので、最初はギターから転向した時のように、「薩摩を弾いたらもっと凄いんだ」という言い訳をやはり自分に持っていました。なんというか私は進化していないですね。

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それでも楽琵琶の最初のCD「流沙の琵琶」を出す頃には、ようやく納得いくように弾けて来たのですが、まだ演奏会は薩摩と楽琵琶の半々でした。それが今から5年前。そして今回楽琵琶の2枚目「風の軌跡」を出すことで、自分に一つの決心がつきました。

色々やってきて、やはり私は歌う人ではないと思います。もともと現代音楽志向だし、ポップスは聴かないし、ロックでもジェフベックの一連のインストものやプログレに憧れてきた方なので、やはり器楽の方が合っている。今回のCDは色々な意味で、私の一番私らしい作品になったと思っています。「Orientaleyes」から10年。紆余曲折を経て、薩摩琵琶の「弾き語りでなければ」という呪縛も解け、やっと自分の音楽を取り戻した感じがしています。

薩摩琵琶はどうしても語りとセット、というのが今までの琵琶の世界ですが、私はそもそも自分の作曲作品を琵琶という魅力的な音色の楽器で弾く事から出発し、それ目的としていたので、10年経ってやっと、薩摩琵琶の因習から解放され、自分を取り戻したという感じがしているのです。これからは薩摩琵琶でもがんがんインストものをやって行きたいですね。

個人の感情を表現する音楽は、私はあまり好きではないのです。個人や人間はあくまで陰にあって、音が無限に想像力を掻き立てるようなものであってほしい。そのためにはやはり私の音楽に言葉は無い方がよいのです。そして空間がいっぱいあった方がよい。言葉という限定されたイメージは、私の音楽には向かない。声は魅力的だけど、言葉を乗せる音楽は他の人に任せよう。

楽器としての琵琶の音色は、私にお任せあれ。これからが楽しみだ。

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