受け継ぐということⅦ

先日、「日本舞踊×オーケストラ伝統の競演」という舞台を観てきました。花柳流宗家 花柳壽輔氏が中心になって、日舞の各流派宗家が東京フィルと共演をする企画でした。日舞とオーケストラという形は宝塚歌劇が最初との事ですが、最近では生オケを使った会は珍しいし、私は何かと舞踊とは縁がある方ですので、ちょっと期待して行きました。

         日舞×オケ
曲は以下の通り

「レ・シルフィード」藤蔭静江:振付  吾妻徳彌:出演
「ロミオとジュリエット」坂東勝友:振付 
花柳典幸・尾上紫:出演
「ペトリューシュカ」五條珠實:振付 
若柳里次朗・花柳寿太一郎・花柳大日翠・花柳輔蔵:出演
「牧神の午後」花柳壽輔・井上八千代:振付及び主演
「ボレロ」野村萬斎:出演・振付 花柳壽輔・花柳輔太郎:振付

私は踊り関係とはよく仕事をするものの、日舞に詳しい訳ではないので評論は出来ませんが、思ったことを連ねてみますと、
①日舞の型や世界観を崩さずに、その中にクラシック音楽を取り入れたもの
②バレエの舞台を踏襲してそれを日舞で再現したもの
③日舞という枠を超え、曲と共に新たな世界の創造を目指したもの
と色々なヴァリエーションがありました。

演奏会9これらを観て自分の音楽を振り返ってみると、③のやり方が一番自分の中に見えて来ました。「やりたいようにやってみると、そこには拭いきれない邦楽というものが見いだせた」というのが私の姿なのだと思います。薩摩琵琶は家元制度も無く、個人芸ですので、その誕生から一人一人個性に溢れていて、型よりも本人のアイデンティティーのようなものがより表に出るのでしょう。

「誤解の総体が本当の理解なんだ(村上春樹)」とも言う方も居るように、
私の演奏に邦楽的なものを感じて頂いているとしたら、薩摩琵琶に対するイメージ(誤解でもあり、また理解でもある)を私の音楽と演奏に見て、聞いてくれているのだと思いますが、そのイメージは、あくまで現代人が思うイメージであると思います。薩摩琵琶が流行った明治~昭和初期の形は、現代社会にその影はもうほとんどなく、現代の聴衆の記憶の中にも無いという現実もあると思います。そんなこともあって、今現在に於いて、日本人として共感できる部分で、邦楽的な何かを私の演奏に感じて頂ければ嬉しいですね。

窓5窓3窓2
悟りの窓三態:これは理解ですか?誤解ですか?それとも幻想?

では流派の型や定番というものはどんな意味を持つのでしょうか。「流派は文化である」、という方もいます。確かにそうだと思います。かつては芸を習得するにあたって、流派というものは必要だったし、流派というものがなければ芸は伝わらなかった。特に合奏するものはそうでしょう。流派の受け継いできたものには、膨大な情報と経験の蓄積があると思います。しかし流派というものが、現代社会とあまりにもかけ離れ、昔の価値観ではもう芸も流派も回らなくなってしまったのも確かな事。流派はもはや幻想になってしまったのでしょうか。

日本では「系統や肩書等を先に見て、中身が後に来る」という傾向が非常に顕著です。それは日本独特のものだと思います。また、「がんばっているという行為には関心があるものの、その結果や質は二の次」というものの見方も相変わらず強いと思います。こうした、結果より過程や形を重んじる姿勢は、今後の日本音楽の事を考えると思う所が沢山あります。私は質も結果こそ大いに注目して行きたいし、すべきだと思っています。

日本特有のものの見方、感じ方は、決して悪いものではないと思います。ただ世間からも世界からも遠く離れてしまっているとしたら、変えて行かないといけないのです。「日舞はこうでなくては」「これが薩摩琵琶だ」という考え方を最初に言うのではなく、「この豊富な情報と経験の蓄積を未来に伝える」事を何よりも第一にすれば如何でしょうか。肩書きがあっても、ダメなものはダメ。舞台にすべてが現れます。その為に体質や形を抜本的に変え、流派のシステムもそれに対応して行ったら、きっと煌めくような未来が期待できると思うのです。ちょっと政治家の答弁みたいですが・・・。

移り行く時代をしっかりと見つめ、どの部分を遺し、継承し、そしてどの部分を変えて行くか、伝統音楽の器が、今問われているのだと思います。

        富士山

あなたにとって日本文化とは何ですか?


和楽器 ブログランキングへ

始まりの季節

北とぴあつつじホールでの郡司敦作品個展が終了しました。和洋楽器、ソプラノ・メゾソプラノ・テノールのソリストたち、そして合唱まで付くという大変華やかな会でした。

        

作曲家の郡司君とはもう7年ほどの付き合いで、彼の作品も色々と初演しました。今回は初の作品個展ということで、メゾソプラノの郡愛子さんをゲストに迎え、気合の入ったコンサートになりました。

今回の筝奏者は今年芸大を出たばかりの中島裕康君。実に初々しい!尺八は何時もの田中黎山君。邦楽3人組でこんな感じでした。(←写真)
そして右側の写真は、やはり芸大を出たばかりで、来年院に行くテノールの松原陸君。彼は素晴らしい声質の持ち主で、かつナイスキャラ。昨年に続き2度目の共演という事もあり、オペラや声楽の話で大いに盛り上がりました。

郡司君の作品は、ノスタルジック&ロマンチック!そしてとても清涼感がある。それが彼の持ち味であり人柄でもあります。まだまだ勉強すべき事も多いかと思いますが、今回は初の作品個展ということで、郡司君を慕う「チーム郡司」の面々が集結しました。尺八の田中君はじめ、コントラバスの東保君、ピアノの西尾さん、チェロの木戸さん、ギターの西垣君など、彼は実に良い仲間たちに囲まれていますね。今回は彼の作品と共に、おまけで私の曲も2曲ほど挟んで頂きました。

これはリハーサルの写真ですが、Viのコンミス中島ゆみ子さん、チェロの木戸さんと「塔里木旋回舞曲」を演奏しました。いつも笛とやっている曲ですが、Viと実に良く合うのです。まるでジプシーヴァイオリンのようにスーパーテクニックでノリノリで弾く中島さんにはもう大拍手です。是非是非もう一度やりたいですね。

そして何と言っても、今回はあの郡愛子さんとの共演です。日本を代表するメゾソプラノの郡さんと私如きが声で掛け合いをやるなど、普通ではありえないというより、あってはならない事です。
インテンポで歌う曲と、全くの唸り声で絡む曲がありましたが、本当に大丈夫だろうか、と正直最後まで気がかりで仕方がなかったです。良かったのかどうか未だに判りませんが、友人からのアドヴァイスも受け、いつもの通りにやってしまいました。
言うまでもないですが訓練された声というのは凄いもんですね。いつもは声楽オタクとして客席から聴いている訳ですが、一緒にやってみると本当に震えるほどに凄いです。こういう機会を与えてくれた郡司君に感謝ですね。

        郡司敦2

郡司君は40代を目前にして結婚もしたばかり。今正に飛び立とうとしています。音楽でやって行くのは大変だし、特に芸術音楽の作曲家となると一段と厳しい。商業音楽の分野で日銭を稼ぐのも確かにプロかもしれませんが、そこは踏ん張って今まで頑張ってきた芸術分野で自分の世界を確立して行って欲しい。彼だけでなく、筝の中島君やテノールの陸君も、若くしてあれだけの技術があれば、色々と声もかかるでしょう。技術がある人ほど何でも出来てしまうからかえって迷うものです。また活動していれば売れたいとも思うだろうし、色々な事がこれから湧き上がってくると思いますが、本当に自分が望むものは何なのか、しっかり見据えて自分の行くべき道に進んで欲しいものです。

       10

私も若手なんて言われながら、いつの間にかこんな年になってしまいましたが、こうして若い有能な音楽家達と共演することは、実に楽しいです。自分の姿があらめて見えてくるし、音楽の喜びが湧き上がってきます。私自身もここからまた新たな時代を歩み始める事になるでしょう。

来年が楽しみになってきました。

師走~新たなる年へ

もうまもなく師走に突入ですね。紅葉もそろそろ見納め。次の新たな年に向けてのラストスパートです。

             郡司北とぴあ

演奏会ももうひと踏ん張り。先ずは毎年恒例の「創心会」がもう目の前に迫っていますが、この他に北とぴあでの「郡司敦の世界」、恒例のグリーンテイル年末ライブ、そして琵琶樂人倶楽部のライブ忘年会等があります。是非お越しください。半ばを過ぎるともう琵琶はほとんど演奏の機会がなくなりますが、今年は来年に向けて色々とやるべき事が多く、この時間は貴重なものとなりそうです。

毎年そうですが、特に今年一年は色々な事を経験させてもらって、来年からはより自分らしい活動を展開して行けるような気がしています。去年と今年の2年間は正に自分にとっての転換期であり、次のステップへのイントロのような気がします。色々なことに区切りをつけ、自分にとってやるべき事が更にはっきりして来たので、これからは本当にやるべき事をどんどんと絞って、自分らしい道を歩みたい。色々なものが大きく変わろうとしている。それを感じるのです。

          IMG_3405[1]

「音楽は現実に生きる人々と共にある」というのが私の信条。大衆的なものにおもねるのではありません。敦盛や経正を演奏することで、現代に何を表現して行くか。古典を題にして出来た音楽だからこそ、古典を通し現代を語り、現代に生きる人々と共感出来るようでありたいのです。
聴いていて楽しくなるエンタテイメントも良いと思います。しかしそれだけで終わらない、もっとその奥を感じて、共感してもらえるような音楽を私はやりたい。そういうものを感動だと私は解釈して来たし、私自身が音楽にそんな感動を沢山感じながら生きてきたので、私も音楽家として、そういう音楽をやっていきたいと思っています。その場が志村ふくみ楽しい、面白いだけでは私自身が満足いかないのです。
志村ふくみさんの「我々の仕事は常に前衛であるべき」という言葉はいつも胸に抱いています。古典だろうがなんだろうが、今私が現代に生きている以上、私の演奏するものは過去の焼き直しではない。時代も私自身も変わって行く。だから音楽も時代と共に、常にその時の最先端でありたいと思います。受け継ぐものは形ではない。むしろ形は刻々と変化して行く。その変化の中で確実に替わらないものがある。そこに日本の感性や文化があるのだと考えています。

日の出2秋を過ぎてもう冬となってきました。幸い多くの仲間も出来、自分の道はおぼろげながらも見えています。今後も色々な事があるでしょう。出会いも別れもあると思いますが、枝葉のような脇道に迷い振り回される時代はもう自分の中で終ったと思います。そういう部分から得たものも大変多いですが、これからは行くべき道をしっかりと見据え、進んでゆきたいものです。

今後も是非是非御贔屓に。

撥の話

ぱっと見だと底辺が27センチ近くもあるような撥は使いにくそうなんですが、この大きさはかえって細かいフレーズを弾く時にとても便利なのです。特にトレモロ。トレモロは手首を細かく動かすのですが、手首から撥先までの距離がこれ位あると、小さな動きでも、その動きが撥先に於いて、大きな動きに変換されるからです。それでトレモロが安定します。これは物理の問題です。これが三味線の撥位の大きさですと、手首をもっと動かなさなくてはいけないので大変やりにくい。三味線の音楽にトレモロのフレーズがほとんど無いのもうなづけます。琵琶をやっている方は試しに、三味線の撥で、FFからPPまで強弱をつけてトレモロをやってみると、大きな撥の方がいかに手首の負担が軽いか実感できますよ。もっと小さいギターのピック等では安定したトレモロというのは、本当に難しいのです。有名な例ではエドワード・ヴァン・ヘイレンのハミングバードピッキングがありますが、長く弾くのが難しい上に、あのように弾くにはある程度修練が必要ですね。

それが琵琶撥の大きさですと、小さな力で、しかも安定する。演奏会9トレモロもとても弾きやすい。だから琵琶には崩れのような細かい撥さばきを必要とする奏法が発展したのでしょう。あの大きさは細かな撥さばきこそ似合っているのです。以前就いていたT先生にも、撥を小さくするとトレモロがやりにくくなると言われたことがあります。

琵琶の撥さばきがとても似ているので、習い始めの頃はびっくりしました。大きな撥を使えば、ちょっとした手首の動きだけで、フラメンコギターの指さばきのように、しなやかに全弦を舐めるように弾くことが出来ます。

という訳で、大きな撥はとても使い勝手が良く、早いパッセージに向いていて、色々な表現が可能なのです。

慢心

堀文子私は毎月楽しみにしている某雑誌のエッセイあります。書いているのは、今年94歳になる画家 堀文子さん。文体はやわらかですが、毎回じわりと心に沁みるエッセイで、長い人生を自分なりの生き方で貫いてきた堀さんならではの言葉の数々とその軌跡に感動します。その中の一つに、こんな事が書かれていました。

堀さんが若き日、相容れぬ母親に反発し、結婚して自分の生き方を貫いていた頃、その若さの乱れを切り捨てたくて、「春の花が炎に焼かれた姿を描いた作品」を母親に見せに行ったそうです。その時母親に、「もっと怖ろしいものを現わしたかった筈だ。それが出ていない」と言われ、自分でも気が付いていた欠陥を指摘された悔しさで、母に言い返し逆らってしまった。それを聞いた母親は「慢心が始まった時、芸はおしまいになるのだ」と言い捨て去って行ったそうです。「愛の深さゆえに食い違う親子の争い。有難うございますと云えなかった未熟が今悔やまれてならない」と堀さんは書いています。

現代は慢心という言葉さえ忘れかけた世の中。そんな世の中に、自分は流されていないだろうか。しみじみと振り返ってしまいました。堀さんのエッセイからは実に様々な事を感じ取れますが、やはり中でも「慢心」という言葉は音楽を生業とする私には強く響きました。

「なにくそ!」という気概は是非持っていたいものですが、そこに「ありがとう御座います」と言える謙虚さと素直さのない人間は、所詮それまでの器。しかし現世に生きる人間は、なかなか真っ直ぐ生きる事が難しい。
nadayoga前回書いたパルデン・ギャッツォさんやダライラマ14世は、憎しみを憎しみで返す事を一番良くない事だと言っています。注意でも批判でも、たとえ憎しみでもさえも、それに対し慈悲の心で答えることを説いています。それが私のような凡夫には出来ない。どうしても出来ない。一流という存在に成ってゆく人にはそれができるのでしょう。ここが大きな分かれ道なのだと思います。
他人の事は判るのに、自分の姿は一向に見えてこない。慢心している事すら全く自覚がない。欲望の消費で経済が成り立ち、それが豊かさだと思い込んでいる現代人は、心が麻痺していても仕方がないのかもしれません。
「人生が豊かになるかは、何を得たかではなく、何を与えたかによる」と何かで読んだことがありますが、何時しかそんな言葉も忘れ、何かを得る為に妄執の塊になってしまうのが、私のような凡夫です。

       富士山1

それでも時々本当に素直な姿をした人を見かけます。また逆に素直な振りをした人も多く見かけます。そんな様々な人達を見る度に自分を振り返り、自らの姿を見直しているのですが、やはり自分の姿は一番見えにくい。私はいくつになっても自分以上には成れないでしょう。しかし自分の生き方を自分で決め、実践して、自分の足で責任を持って生き抜く、堀文子さんの生き方に少しでも近づきたいと思うのです。

まだまだ私は勉強の途中のようです。

© Shiotaka Kazuyuki Official site – Office Orientaleyes – All Rights Reserved.