春の愁い

急に暖かくなって桜も咲き始めましたね。天気が今一つですが、今週末は一気に花開いて華やかな春を楽しませてくれることと思います。いつもの善福寺緑地の早咲の桜「陽光」も良い感じに咲いていました。
春は仕事でもプライベートでも変化の時を迎える方も多いのではないでしょうか。私も春の陽気に乗って10枚目となるアルバム制作に向けて準備を進めていきたいと思っています。

善福寺緑地の陽光

暖かい陽射しに包まれ生命溢れる春ではありますが、割と体調を崩す方もいるようで、私も以前はちょっとめまいがしたり、花粉症が酷かったりしていました。華やかな季節ながらその風情の裏側には、またちょっと違うものを感じている人も多いですね。

大伴家持の歌に「春愁三首」というものがあります。

「春の野に 霞みたなびきうら悲し この夕かげにうぐひす鳴くも」

家持が生きていた当時、大伴氏や家持自身の置かれている状況は結構厳しく、地方に左遷されたり、死後も謀反への関与があったとされ、20年経ってやっと恩赦を受けて地位を回復するという人生でした。この歌を詠んだ時も、とても春を謳歌するような気分ではなかったのでしょう。しかしながら春をただ賛美し謳歌するだけでなく、そこに愁いを感じる感性を、この万葉の頃にこうして表現した事に私は惹かれるのです。
何事も全てに裏と表があるように、春もただ一つの姿のみでは捉える事は出来ません。大体絢爛豪華な桜の美しさも、瞬く間に散ってしまうという事実があるからこその美しさだと、感じる方も多いかと思います。そしてその散り行く姿に美学を感じる人も少なくなのではないでしょうか。梶井基次郎の「桜の木の下には」なんてものもありますし、あの淡い桜色は、根から血を吸い上げてあの色に染まるのだなんてことも言われます。春になるとこうした花々の姿には、旺盛なまでの生命の謳歌と共に、真逆とも言える別のイメージも潜んでいるのです。そう思うと豪華な桜の姿は、見た目の美しさだけでなく物事の真理も感じさせてくれますね。

神田川沿いの桜 昨年
まだ世界では戦争の真っ只中ですし、日本も表面上は平和でも、一歩中に踏み込めば問題はもう山のように出て来ます。知らない内に土地も水源も外資に買われ、豊かな自然はソーラーパネルで覆われ、政治も経済も低下するばかり。今日本はかなり危ない状況とも言えるかもしれません。言い換えれば、日本のこの春は正に愁いの春と言えるのではないでしょうか。

この春の美しい風景と平和を、これからどこまで保ち、次世代に繋げてゆける事が出来るでしょうか。今を生きる我々に突き付けられた課題はあまりにも大きいと思います。
現代人の今の思考で、この生活のスタイルをそのままで続けていたら、確実に明るい未来はやって来ないと誰しも思うのではないでしょうか。現代のテクノロジーは素晴らしいですが、あくまで自然との共生をした上でこそ成り立つものであって欲しいのです。自然と共に生きて来た人類の歴史を今一度思い起こし、豊かな感性を持って欲しいと切に思います。今こそ音楽・芸術が必要な時代ではないでしょうか。

私は風土の無い音楽をやりたくないのです。世界がつながっている時代だからこそ、この豊かな風土を忘れたくない。文化は様々な影響を受けて創り上げられて行くのもですから、色んな国の音楽の影響も時代の影響も受けながら、その上で、この日本の風土に於いて新たな音楽が生まれて行くのは素晴らしいと思います。時代と共に在ってこその音楽だと思っています。しかしだからこそ表面上の物真似はしたくないのです。日本のものであっても、ただ表面の格好良さだけをなぞるようなことはしたくありません。そこには音楽・文化に対するリスペクトは無いし、日本の風土が育み奏でた音色も無いと感じるのです。私はジャズもフラメンコもクラシックも大好きでよく聴きますが、様々に影響を受けながらも、この風土が常に土台となる音楽を創り演奏し、それを世界に響かせたい。日本音楽の最先端を創って行きたいのです。

さて今月の琵琶樂人倶楽部は毎年恒例の「次代を担う奏者達」です。今、琵琶に取り組んでいる方々を紹介します。今回は4人の方に出て頂くのですが、中には既に演奏活動を始めている人も居れば、オリジナルをがんがん作っている人も居ます。また将来をこの道で生きて行きたいと思っている若者もいます。それぞれに琵琶に取り組んでいる頼もしい方々です。

私が活動を始めた30年前とは随分世の中の状況も変わり、のんびりとは生きて行けない現代日本ですが、是非次代に琵琶の音を響かせていって欲しいですね。

4月10日(水)19時00分開演です。詳細は上記のリンクを御覧になってみてください。
ぜひ応援してあげてください。

まことの花

春の陽射しになりましたね。まだまだ風は冷たいですが、もうそろそろ桜が咲き出す頃ですので、気分も少しづつ上向きになって行くのを感じます。世の波騒は多々ありますが、四季の移り変わりに身をゆだねると、心身共にほぐれて行くな気がします。

暖かくなって色んな舞台公演も色々と始まってます。先日はベテラン~中堅が頑張っているいくつかの舞台を観に行きました。エネルギーを感じる舞台は、どんなジャンルでもやっぱりいいですね。

昨年の善福寺緑地

世阿弥は年代ごとの花、つまり時分の花はまことの花ではないといいます。若さゆえの花で目立ったり褒められたりする事で勘違いしないように、かなり諫めています。私のように若き日に花があった訳でもない者は関係ないですが、とにかく調子に乗って滑らないように、常に地に足を付けてやる事を心がけてます。

世阿弥世阿弥は父観阿弥の最後の駿河浅間神社(よく子供の頃行ってました)での演能の姿を「まことに得たりし花」としています。芸の物数を尽くすという方面は若手にゆずり、「安きところを少々(すくなすくな)と色へてせしかども、花は弥増しに見えにしなり、これ、誠に得たりし花なるが故に、能は枝葉も少なく、老木になるまで、花は散らで残りしなり。これ眼のあたり、老骨に残りし花の証拠なり」と書いていますね。また脇の為手に花を持たせて」とも書いていて、自分の演技を少々(すくなすくな)と抑制し、助演者の芸の花を持たせることが、場を華やかに彩どるとも言っています。そうしながら、一身に場をまとめ上げてしまう。老木でありながら技巧も狙わず、物数を見せる芸(よそ目の花)が無くなった後にこそ、「まことの花」を持っているかどうかが見えてくる。そんな父観阿弥の姿を理想としたのだと思います。

「良寛」の舞台にて 能楽師の津村禮次郎先生と

私も自分がそれなりの年齢になったこともあって常々感じているのですが、年を重ねた時点での芸は、残酷なまでにその人の器をそのまま映し出してしまいます。年を重ねれば重ねる程、器が問われるとは若手の頃よく先輩に言われていましたが、この年になると本当にそうだなと思えて来ます。
人が人生かけてやってきたことは、皆それなりのものがあると思いますが、ベテランと言われる方が、己個人の芸にいつまでも執着し、得意になって大声出したり、お見事な技を披露する事しか頭にないような舞台はさすがに見ていて厳しいものがありますね。世阿弥の言う所の「花」には程遠いです。音楽も演劇も美術も人間の営みや社会、時代と共に存在しているという事を考えれば、己の芸にしか目が行かず、自分が若い頃に見聞きしたものから離れる事も出来ないようでは、いくら上手でもただの旦那芸でしかないのです。

若い頃は色々とチャレンジするのは良い事だと思います。そこから何かを創り出す迄どんどんやる事を勧めたいですね。いつの時代でもどんなジャンルでも、アバンギャルドのような人の方が結局本物の伝承者になる例はいくらでもあります。パコ・デ・ルシア、アストル・ピアソラ、ドビュッシー、ラベル、永田錦心、鶴田錦史、ジミヘン、マイルスetc.もう切りがありません。創造の為に破壊することを厭わない、その時点での反逆者こそが、次の時代を創り導いて行ったのです。既存のレールの上に立ち、優等生をやっているような人は次の時代を切り開けません。だから何でもどんどんやれば良いと思います。

30代 フルートの吉田君とDJ2人でバンド組んでいた頃


ただ残念な事に、若い時期に少しばかり暴れても、年齢が行くと、しだいに優等生に成りたがる人が多いのも事実ですね。私の周りにも若い頃は派手な格好でライブやっていた人が、そこそこの年になると肩書を並べ連ね。○○大学やら流派の名前や賞などをぶら下げ出して、権威の鎧を纏うようになる人が結構多いです。そういう例を見ると本当に残念に思いますが、それがその人の器という事です。習った技をきちんとやっていればいいのだ、と優等生的惰性の中で肩書を追いかける人は、音楽よりも先ずは自分を取り巻く社会に目を向けてしまって、幻想でしかない現世の成功を正統や真実だと思ってしまうのでしょう。幻想の鎧で自分をがっちり硬め、小さな村のお仲間になるより、心身共に軽やかな姿で舞台に立って、等身大の自分の音楽を多くの人に聴いてもらう方が私は好きですね。

photo 新藤義久

私は何も持っていないからこそ、何でも自由にやって来れたし、若い頃は実力も評価もお金も何にも無かったのが本当に良かったと思っています。何もないから一から何でも自分で創って行くという事を自然とやって来ました。それは修行だとか苦労という事でなく、ただやりたいからやって来れたのです。何か一つでも手に入れていたら、私のように弱い人間は、つまらん欲に駆られ寄りかかり、がんじがらめになってもがいていたことと思います。いつも書いている「媚びない、群れない、寄りかからない」は自由で居られるための必須条件なのです。魯山人の言う通り「芸術家は位階勲等から遠ざかっているべきだ」というのは本当だと思いますね。
長くやっていると色ん
なものが身に蓄積してきますが、キャリアを積めば積むほどに、身軽になって行く位でちょうど良い。音楽をやるのに余計なものはどんどん手放して、いつまでも自由に琵琶を弾いていたいですね。重たい鎧をまとっていたら、そこに花はおろか、蕾も付きません。

まことの花を持っている舞台人は本当に少ないですが、幸いな事に私の身近には、そう思える大先輩たちが何人も居ます。及ばずながらも、そういった先輩たちの姿を目指したいですね。

力を抜くⅡ

先日の第193回琵琶樂人倶楽部は伊藤哲哉さんをゲストに迎え、大変賑々しく終えることが出来ました。伊藤さんと組むのは久しぶりでしたが、その語りは益々円熟していて本当に映画を見ているように目の前に映像が見えて来ました。勿論お客様も大満足。素晴らしい夜となりました。伊藤さんは70代に入り、技と身体と意識が良いバランスになって来ているのでしょうね。演目は宮沢賢治の「二十六夜」でしたので、正に今、語るべき内容の作品であり、また伊藤さんの数多くの舞台や映画の経験に養われた深い年輪を感じさせる充実の会となりました。是非再演をしたいと思っています。

昨年秋に「力を抜く」というタイトルで記事を書いたのですが、年齢を重ねる程に「力を抜く」という事がいかに重要か、よく感じます。いつも琵琶を教えている生徒には、先ず呼吸の話と共に、最初に手と指、そして身体全体の力を抜いて、正中線を意識して座るように言っています。そしてある程度弾けるようになった時点でもう一度力を抜く事をアドバイスするのですが、自分の正中線でなく、今度は琵琶を持っている状態での自分の軸と重心の位置を意識させ、両手を放しても琵琶が安定して動かないように指導します。その上でもう一度体全体の力を抜いて、特に手首や指の力をぶらぶらになるほどに抜く事をアドバイスします。皆さんそこに気づくとぐっと上手くなりますね。今まで何度練習しても弾けなかったものが、左手の親指のこわばりを開放して、無意識に持ってしまっている「これをしてはいけない」みたいな固執を取ってあげると、一気にスムースに弾けるようになります。

きちんとするのが好きな日本人は、どうしても根性や気合で弾くこと=善であり正解みたいな人が多く、特に琵琶人は力技で抑え込むように身体を固くしている人が多いですね。力ずくで叩きつけるように弾き、大声を出して満足してしまう猪突猛進的な単純な意識しか持てないと、当然良い音は出ません。声一つとっても固い体からはろくな声は出ない事は皆さんもお解りかと思います。何か技を使おうとするときに、余計な力が入っていると技も体も充分に使えません。お刺身を切る時、包丁を握る手ががちがちに固まっていたらせっかくのお刺身も台無しになってしまいます。
そして人間、力を入れているつもりはなくても、結構あちこちに力が入っているものです。それは身体だけでなく意識もそうで、根拠もなく何かに拘っていたり、常識だと思い込んで視野思考が固く狭くなっていたりします。心身共に脱力できるかどうかという事は何をするにも一番基本になるものだと私は思っています。

固いものはちょっと角度を変えてウィークポイントに当てられただけでひびが入り、もっと固いものに出会うとあっけなく壊れてしまいます。しかし心も体も柳に風という位しなやかに、柔軟な状態を保っていると、どんなものが来ても受け流し、またそれを受け入れ取り入れながら倒れる事がありません。強いメンタルとは打たれてもへこたれない硬い意思ではなく、柔らかな心を持つ事です。そこを履違えている方が多いように思いますね。

先日の伊藤さんも全く硬さを感じませんでした。私は朗読や語りをする人とは随分仕事をしてきましたが、まだまだ力を入れる事で表現している、頑張っているという意識になる人が多いですね。力を入れて身体を硬くさせると、出てくるものはかえって単純で薄っぺらいものになってしまいます。大声出して何かやっている気分になるというのは、あまりに素人っぽいという事に気づいていないという事です。特に少し経験や技術がある人、またはあると思い込んでいる人は、その硬さがなかなか取れないように思います。初心の人はこだわりもプライドも無いので、アドバイスをするとすぐ取れるのですが、妙に自信があり、私はプロだなどとプライドを持っている人はなかなか取れませんね。

私の最初の先生は高田栄水先生という方で、当時すでに90歳の方でした。いつもひょうひょうとして軽やかな感じだったのをよく覚えています。最初にああいう師匠に就いたのが良かったと今でも思いますが、とにかく毎度の稽古で色んな事を教わりました。高田先生も若い頃はコブシ回して歌うのが格好いいと思って、コブシ回しで有名な方にくっついて回っていたそうですが、ある時からそれが「けれん」に聴こえて来たと言っていました。何か脱力したのでしょうね。私の今の感性は高田先生や作曲の石井紘美先生から受け継いだものが多いような気がしています。

若い頃は力で押し切って豪快に歌って弾いていた人が、ある年齢に達すると途端に演奏できなくなる例をよく見て来ました。40代50代60代と年齢を重ねて行くと、いくら本人が「何も変わっていない」「まだまだいける」と思っていても、肉体は正直なもので、そんな力技は通用しなくなるのは当たり前です。私も40代の時に急に声が出ずらくなったり、ぎっくり腰をやったりして、なかなか自分の肉体の衰えを自分で受け入れられなくてもがいていました。そんな時に古武術の稽古に通い、その稽古を通して脱力する事の大切さを知り、同時に自分には何が似合っているか、何が出来、何が出来ないのか、自分で自分を見つめ直し、自分の心と体の性質が良く解りました。自分に現在備わっている肉体は人と比べられませんし、根性を入れたからといって何とか出来るものではありません。逆に痛めるだけです。特に声帯は粘膜・筋肉ですから、多少鍛える事は出来ても、そもそも持っている以上のものは出来ないのです。

体と心の硬さを取る事は、年齢と共に、時代と共に、しなやかに変わって行く事
であり、その変化が出来ない人は苦しくなるばかりです。実はそんな先輩が何人も周りに居るのですが、そんな姿を見るのはつらいですね。先ずは体をほぐして脱力して、そこから得る事を実感すると、心の中の何がストッパーになっているか気が付くものです。肉体と精神の両輪で脱力をして、しなやかに変化して行く事の大切さを私は琵琶を通して実感してきました。

先日の舞踊作家協会の舞台でも、花柳面先生や尾上墨雪先生は全然力みが無く、その動きは淀みなく流れるようでした。観ていて実に自然な感じがしました。やはり一流は力みが無いのです。私もそうありたいものです。

二十六夜

今月の琵琶樂人倶楽部は俳優の伊藤哲哉さんを迎えて、宮沢賢治の「二十六夜」を私の琵琶と共に語って頂きます。3.11の会もあるのですが、その報告はまた後日に。

伊藤さんは黒澤映画や伊丹十三監督の作品などに出演し、舞台では蜷川幸雄、井上ひさしのこまつ座、前進座、他TVドラマなどで活躍してきたベテラン俳優で、自身も琵琶を弾き、一人語りで「耳なし芳一」を随分とやっていますので、ご存じの方も多いかと思います。私は伊藤さんとはもう長いお付き合いで、本当に色々と勉強させてもらいました。「この部分は誰が喋っている?。主人公を知っている人か、それとも後世の主人公を慕う人か」「カメラの位置はどこにある」「ここは近くからのアップなのか、引いて撮っているのか」、「人物のキャラ設定は」等々場面を映像的に捉える手法をしっかりと教えてもらいました。私はあまり弾き語りはやりませんが、私の弾き語りスタイルは完全に伊藤メソッドです。「敦盛~月下の笛」なんかは、伊藤さんのアドバイスがあってこそオリジナル作品として成立したと思っています。

ここ何年かはよく一緒に方丈記をよくやりました。六本木のストライプハウスや、阿佐ヶ谷のルーテルむさしの教会、相模原南市民ホール、兵庫の芸術文化センターなど旅もしましたし、行く先々で飽きもせずよく呑みましたね。

こちらは左が神戸芸術文化センターホール、右がルーテルむさしの教会で方丈記の公演をやった時のものです。コントラバスは故 水野俊介さん、映像はヒグマ春夫さん。

伊藤さんとはこんな感じで長い事色々やってきたのですが、昨年、毎度のようにガブガブと麦酒を飲みながらあれこれ話をしている中で、この「二十六夜」の話題になって、今こそやるべきなんじゃないかという事で意気投合しまして稽古をしてきました。伊藤さんは宮沢賢治の作品はもう何度となく独演会などで上演していて、作品だけでなく、賢治の人物像に関してもかなり研究されているので、稽古をするたびに深まって行くのを感じています。
この作品はとても長く、休憩を入れると2時間以上かかるのですが、何か手ごたえのようなものを感じているので、方丈記の時のように再演が続くような気がしています。

六本木ストライプハウスにて photo 新藤義久


私は以前から声と琵琶を切り離して行く事を推奨してきました。弾き語りも琵琶樂の形として魅力がありますが、あのままの歌い方と弾き方しかしない事は、琵琶の魅力のほんの一部しか聞いて頂けず、本当に残念だと思っています。どの国の音楽でもラブソングの無いジャンルはありません。そのラブソングが琵琶樂にはほとんど無いのです。バラードもアップテンポも無く、楽曲の構造も一つしかなく、歌詞の内容が変わるだけ。しかも歌詞の内容は戦争や人の死を扱うものがやたらと多く、「あわれ」「悲しい」やら「忠君」というものに終始しているのは残念でなりません。これでは広くリスナーの心をつかむことが出来ないのは誰の目から見ても明らか。マニアの為の音楽に成ってしまっています。
音楽として、そして舞台として魅力的な世界を創って行くには、やはり専門性が必要です。三味線音楽も歌・絃共に専門になり、三味線だけで様々な音楽演劇ジャンルを創り出しました。世界の音楽を見てもしかりです。弾き語りも一つのスタイルですが、それだけでは歌はいつまで経っても専門の歌い手のようには深まらず、あれだけ他にはあり得ない魅力あふれる絃の音色も声の合いの手にしかならず、あの唯一無二の音色も響かせる事が出来ません。音楽全体を更に豊かにして行くには、それぞれに専門に取り組むことが必須であり、世界の音楽を見ても、他の日本の音楽を見ても明らかだと私は考えています。そしてそういう変化をして行く中で音楽は世に添って行くのだとも思っています。

人間は自分が取得したものはなかなか手放さないし、それ以外を認めようとはしません。自分が勉強して培ってきたもの以外を認めたくないという、無意識の心の防御壁を作ってしまいます。個人の心の中でも同じでしょう。無意識に自分以外のものに対する恐れがあるので、何かに寄りかかって、同じ意見を持つ者といつも一緒につるんで、他のものに晒されることも少なく、常に楽な方を選んでしまう。それはいつ迄も小さな自分という牢獄の中に住んでいるという事です。
私は若き日に、ジャズミュージシャンに憧れて上京しました。そのジャズの世界は20代後半で離れましたが、だからこそ今琵琶に転向した時にもかぶれることなく、自分の視点を持って取り組み、ジャズの知識や経験が大いに役に立って沢山の作品を創って活動して来れたと思っています。ジャズをやっていた頃は若かったこともあって、雰囲気にかぶれているばかりで、自分自身の事も音楽もまるで解ってなかったのです。憧れやこだわり等、何かに固執した心を手放してあげる事で、はじめて自由になり、本来の自分を取り戻せることがいくらでもあると思います。琵琶樂がただのオタク趣味になってしまうのはあまりにも悲しい。こんなに魅力的な音色を持ち、表現力を持った楽器が千年以上の歴史を持ってこの風土に伝えられてきたのだから、それをマニアの手なぐさみにしたくはないのです。

私は宮本武蔵に結構興味があって、このブログでも色々と書いていますが、ご存じのように武蔵は孤高
でしたので、勝手な思い込みや誤解も多く、ただの一匹狼のように思っている人も沢山居る事と思います。しかし実はその考え方や行動は、現代にこそ通じるものがあり、かなり革新的な感性の持ち主と言えます。「武士はこうでなくてはならない」という部分を軽々と超えて、ヴィジョンを見据えてやり方も技も変えて行くその姿勢は、気づかない内に溢れる情報で頭を固くしてしまっている現代人に大いなる示唆を与えてくれます。だから今でもその姿を追いかける人が絶えないのです。

現代は昭和時代のように終身雇用の会社組織に寄りかかって生きて行く時代ではないし、大声を出せば何とかなると思っているような昭和親父の考え方も行動も通用しません。ジェンダー問題も国際情勢も皆しかり。昔とは大きく変わっているのです。こういう時代に何が本質か見極め、それに向かうためにやり方も技も変えて行く事が出来ない人がどうなって行くか、皆様にもよくお解りの事だと思います。
やり方は人それぞれあると思います。柳生宗矩のように新たな武士の在り方を模索し、政治家として生きて行くタイプも居れば、武蔵の様な独自の道を行く人も居る。激動する時代の中で、要は自分の行く道が見えない人はただ流されて宗矩の父の石舟斎のように「兵法の勝ちを取りても 世の海を渡りかねたる石の舟かな」と時代の中に沈んで行くだけなのです。

2015年琵琶樂人倶楽部にて伊藤哲哉さんと方丈記上演中

私は琵琶での活動の最初から、様々な共演者と共に音楽を創り、特にここ10年程、色んな声の専門家と組んで舞台をやって来ました。今はそれが幸いして多種多様なジャンルの舞台で演奏することにつながり、それもその総ての舞台に於いて自分で作曲した曲を演奏しています。形は色々ながら全てに於いて自分の音楽を演奏できるのは嬉しいですね。大体私は演奏スタイルからして伴奏者には向きませんので、どんなジャンルの方とでも共演者として舞台に立ちます。だから結局私が曲を書くしかないのです。そのせいもあってどんな共演者、どんな舞台であっても自分の音楽を常に演奏しているという意識で舞台に立ちます。
語り手によっては自分の伴奏として楽器の音を入れたいという人も多いですし、歌い手踊り手などは、自分が主役、他は伴奏という意識でしか舞台を張れない人も多いです。そういう人とでは、やはり一緒に創るという作業が出来ません。つまりその歌い手踊り手の持っている世界をやるだけで、二人の頭脳と感性が一緒になって創り出す大きな世界は創りようがないのです。勿論これ迄結構なギャラをもらってそんな伴奏の仕事をしたこともありますが、そういう仕事は私には向きませんね。

伊藤哲哉さんとは、これ迄一緒に舞台を創るという形でやって来たのが良かったですね。とにかく語りのレベルがはんぱなく凄い。まるで映画を見ているように話しの内容が迫って目に見えるようです。伊藤さんは自分の演目として琵琶を抱えながら「耳なし芳一」をやっていますが、今回の「二十六夜」のようなものは。一緒に組んでこそ成立する世界です。お勧めですよ。

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2024年3月13日(水)第193回琵琶樂人倶楽部 「語る×琵琶」賢治を語る
場所:名曲喫茶ヴィオロン
時間:19時00分開演
料金:1000円(コーヒー付)
出演:塩高和之(薩摩琵琶)ゲスト 伊藤哲哉(語り)
演目:二十六夜(宮沢賢治)

PS:実は琵琶樂人倶楽部では珍しく、席がもうかなり埋まってしまっていますので、ご興味ある方は是非ご一報ください。

華やぐ時

先日の舞踊作家協会公演は、満員のお客様に御来場頂き、とても華やいだ会となりました。今回は花柳面先生が芸術監督となり、尾上墨雪先生、藤陰静枝先生という大ベテランが最後を締めるプログラムだったのですが、会の数日前に墨雪先生が芸術院会員に選出されて、その式典が当日の昼間にあり、その足で舞台に駆けつけるという事で、出演者、スタッフ、お客様も皆さんお祝いモードで、会場が何ともいい感じに盛り上がっていました。私のような洛外の者には縁遠い世界ですが、何だか華やかな雰囲気の中に居るのは気持ち良いですね。

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終演後 尾上墨雪、藤陰静枝、花柳面、福原百之助 各先生方

舞踊作家協会の舞台では、もう幾度となく演奏させてもらってきました。いつもですとバレエやモダンダンス等、様々なジャンルの踊り手でプログラムを構成するのですが、今回は全ての演者が日舞という事で、何だか背筋がぴんと通っていて清々しい会でした。また今回は長唄囃子方の福原百之助さんとも久しぶりの共演で、その他の曲で助演した福原百貴さんともゆっくり話が出来、楽しい時間となりました。
琵琶をやっている皆さんは日舞や長唄と一緒にやることがあまりないと思いますが、私は邦楽の初舞台が長唄福原流の寶山左衛門先生の舞台でしたし、面先生の舞台は活動を始めた頃から毎年やっていますし、先生の弟子の面萌さんともアンサンブル「まろばし」で組んで色んな曲を創って上演していましたので、日舞は最初から身近な存在でした。長唄は、百之助さんと同じ福原流の笛奏者 福原百七さんとライブハウスから演劇舞台、レコーディングと何度も共演し、長唄五韻会や創邦21などでは百之助さんと私と百七さんとのトリオで演奏したこともありましたので、日舞や長唄とは最初から縁があるのです。また演劇舞台も琵琶を始めた頃からずっと関わっていますので、毎年何かの舞台に立ってます。

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左:キッドアイラックアートホールにて ASaxのSoon・kimさん、ダンスの牧瀬茜さんと
中:麻布区民ホールにて劇団アドック公演にて、俳優の伊藤豪さん、三園ゆう子さんと
右:太田守信さん率いる劇団黒薔薇少女地獄公演にて

私が天邪鬼なせいか、琵琶人とはあまりお付き合いがないのですが、その分、長唄・日舞、能、尺八、筝曲などの邦楽ジャンルや、その他演劇や洋楽系の方々とは活動当初から常に多くの御縁を頂いていて、そのお陰で今飛び回って演奏活動が出来ていると言っても過言ではありません。私はこうした縁のお陰で舞台の持つ華やかさというものを体験し、これらの経験を通して、私は自分がどういう存在なのかを勉強させられてきたのです。私はフロントで面先生や墨雪先生のように舞うようなスターではありません。しかしだからと言って伴奏者タイプでもありません。ではどうしたらこの自分の持つ個性と音楽を届ける事が出来るだろうか、そんな事をずっと考えて来ました。
今やっと自分の道がはっきりとして独自のやり方でやっていますが、琵琶の様な個人芸はともすると自分が得意なものを披露するというオタク感覚に陥入りやすい。これではとても活動は展開して行けません。私はこれ迄様々なジャンルの先輩達に囲まれてきた事で、そんなオタク感覚に陥る事無く、目を開かせてもらい、やっと自分のやり方や行くべき道が見えて来たと思っています。

2010-6相模原17m
左:寶山左衛門先生追悼の会 大分能楽堂にて 福原道子さん 福原百桂さんと

中:相模原南市民ホールにて 俳優の伊藤哲哉さん コントラバスの故 水野俊介さん ヒグマ春夫さんの映像作品と

右:琵琶樂人倶楽部にて 能楽師の安田登先生と


琵琶樂にももっと華やかな舞台が欲しいですね。曲の題材もいつまで経っても人の死ぬような話ばかりでなく、恋の歌あり、アップテンポのノリノリの曲あり、若者の心情をうたった曲などバリエーションのある演目が出来上がって行くと、リスナーにも共感を持ってもらえるし、舞台も華やかになると思います。正直言って今の弾き語り曲は全てパターンが同じで、歌詞が変わっているだけで何を聞いても同じ曲にしか聞こえない。軍国時代の旧価値観で出来たものを未だにやっていてはリスナーは付いて来ません。何もバンドを組んでポップスをやるという事ではなく、新たな感性で様々な曲調や色んなジャンル・奏者との共演や、今迄にない演奏形態をどんどん創り上げて、琵琶樂の魅力を次世代のリスナーに届ける位で良いのではないでしょうか。

舞台は日常を離れ、異次元へと誘われる場所です。そこには華やかさが不可欠なのです。私は派手なものは出来ないですが、私なりの華やかな舞台を創って行きたいのです。

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