近江路をゆく

ご無沙汰していました。先々週から、近江~豊後とまわって演奏会をしてきました。今回も充実した演奏会をやらせて頂きました。感謝!

ツアーは先ず近江の常慶寺から。近江は古い歴史があり、京都とも近いこともあって、今でもしっとりとした風情のある街です。
2013-5-12常慶寺昨年は同じ場所で楽琵琶と笛で演奏したのですが、是非薩摩琵琶も聞いて     

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さすが近江。良いもの、歴史あるものがたくさん残って、土地に根付いています。

こちらは有形文化財になっている、建築家ヴォリーズの設計した旧豊郷小学校。近江商人達は稼いだお金を、教育の現場に惜しみなく注いだのです。志が高いですね。この校舎はとても細かな所まで作り込まれていて、70年前の設計とはとても思えないばかりか、逆に憧れてしまうような建物です。最近はアニメ「けいおん」の舞台としても有名ですが、こうして古き良きものが、今のニーズに合わせて活用され、愛されているのが素晴らしいと思います。

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近江の今の姿からは、多くのものを得、また多くの事を考えさせられました。自分が行くべき道は何か。自分が舞台でやるべき音楽は何か。更に更に考察を深めて行きたいと思います。

さてツアーの後半は九州・豊後の臼杵です。九州の小京都といわれる素敵な町では、またまた素晴らしい演奏会が待っていました。

異界を生きる

先日静岡に行って来ました。私はてっちゃんではないのですが、のんびり電車に揺られるのが好きで、地方に行ったら時間のある限り、各駅停車に乗るのを密かな楽しみとしております。静岡と言えば最近の話題は富士山ですが、私は何といっても海。海こそが私の中の静岡です。駿河湾のあの凪の海は、私の少年時の風景そのものなのです。先日も雲ひとつない晴天の中、東海道線に乗って外を眺めていると、海1ねぶかわ駅辺りから、目の前にあの穏やかな海が広がってきました。子供の頃、海辺でしょっちゅう日の出を見ていましたので、今でも海を見ると「帰って来たぞ!」という想いが湧きあがります。

今、私は残念なことにすっかり都会人になってしまいました。そのせいか親元に居た18歳までの自分と、それ以降海から離れた暮らしをして扉2いる今の自分は、別の人生を歩んでいるような気がしてなりません。海は私の過去と現在を仕切る扉だったのでしょうか・・・。

建礼門院ではないですが、「今は夢 昔は夢」という具合に、過去と現在のどちらが私にとって現実で、どちらが「異界」なのかは私自身にも判りません。ただ、今の私はその二つを行き来することで、一人の人間として成り立っているようです。

最近になって中学時代の友人達と会う事が出来、過去と現在がやっと少し自分の中で繋がるようになりましたが、現代という時代をちょっと斜から見つめると、どう考えても、今のこの社会の方が「異界」のような気がしてなりません。ネット、TV、政治、経済、流通、人心・・・社会全体、色々な事が人間のキャパを超え、まるで人間が大地から少し浮かんで流されるように振りまわされ、生きているつもりにさせられているのではないか、と感じる事もよくあります。こんな中に生息していたら、やはり時々海に帰る必要がありますね。

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ドッペルゲンガーのようなもう一人の自分や、自分の中の「異界」がある種闇の投影になってしまうと、かなり厳しい状況になるそうですが、今居る「現実」と思いこんでいるこの場所は、本当に自分の居るべき所なのでしょうか?気が付かない内に「異界」の中に放り込まれているとしたら、そしてここが闇の投影の場所であったら・・・。「欲望」を軸に成り立つ現代社会は果たして現実なのでしょうか、それとも・・・?

せめて音楽は「異界」や「幻想」ではない、血の通うリアルなものでありたいですね。

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さて、今日はこれから両国縁処で定例の楽琵会。明日からは関西に向かい、滋賀、大分のお寺で演奏してきます。またゆっくりと各駅停車に乗って海を眺めて楽しんできますよ。
欲望の渦巻く「異界」?から、人間の住む大地へ、しばし身を浸して参ります。

日々逍遥

私のCDのジャケット画は版画家の澤田惠子先生の作品なのですが、先日その澤田先生とお会いしてきました。もう10年程前になるでしょうか、大阪・堺のギャラリー「いろはに」に立ち寄った時に、偶然先生の作品が展示してあって、一目惚れして以来、もう三つの作品に使わせていただいてます。

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先生は毎年国展に作品を出品していて、今回はその会場となっている国立新美術館で待ち合わせをして、作品を一緒に観てから、21_21 DESIGN SIGHTでやっている、デザイン「あ」展にも行き、久しぶりにゆっくり話をしてきました。脳内を常に柔らかくすべき事を実感。良い気付きを頂きました。先生は穏やかな雰囲気の中に、表現への熱い想いがまだまだほとばしっている感じで、これから計画しているCDにも是非使わせて頂くようお願いしてきました。

チラシその後は護国寺でやっている「チベットフェスティバル」へ行ってきました。私は以前、宮島の大聖院でジェツン・ペマさんが講演した時に演奏した事がありまして、その時演奏が終わってから、ペマさんからカターというシルクの布を首にかけてもらった事があり、それ以来なんとなくチベット仏教には関心を寄せているのです。今回も楽しみにしていました。会場ではバター茶を飲み、チベット僧が砂曼荼羅を作っている所をじっくりと観て、本堂ではチベットの声明を聴き、ちょっとうとうとし、帰りにはチベット一の歌姫と言われるパッサン・ドルマさんの演奏も聞いてきました。

4左から3人目の方がパッサンさん。民族楽器ダニェンを弾きながら歌うその声は、凄い声量と迫力。曲も哀愁を感じるような曲調で、大変馴染みやすいものでした。アップピッキングを基本にしている弾き方も興味深かったです。

誰にも日々色々な事が起こります。あまり良くない事が続く事もありますが、とにもかくにも関心のある事を追いかけていられるのは幸せですね。私は贅沢な日々を過ごしているな、と思っています。こうした喜びも、哲学的に突き詰めて行くとその根源は欲であるとも言われますが、素直に楽しむ姿勢は是非大切にしたいものです。

2012-5色々なものを観て、その世界を感じていると、本当に気持ち良いのです。美味しいものを食べている時に喧嘩する人が居ないのと同じで、常に良い舞台や作品に接していると、ちっちゃなプライド等消えてしまいます。
時には戦わねばならない事もありますが、戦うより、ときめいていた方が上質な音楽が響いてくるのは当たり前。日々良いものに触れ、感動し、喜びに満ちていたいものですね。

遊びをせんとや生まれけん

昨日、赤坂の料亭 金龍にて、藤山先生の舞台を務めてきました。赤阪では既に、芸者さんがお稽古する見番もなくなり、花街の姿も随分と変わりましたが、往時の趣を今も伝える金龍は、和の風情が溢れる素敵な場所でした。

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この間のブログで素養なんて事を書きましたが、やはり「これしか知らない」というのではもの足りない。時にはしょうもない遊びもして、見たり聴いたり感じたり・・・・。人生の中にそんな時間も大切です。遊びというとなんかピンと来ないかもしれませんが、何事もそんな+αが余裕を生むのかな?と最近よく思います。
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日本では何かに打ち込んでいる姿を○○バカ等と、割と良い意味で言われることが多いのですが、一生懸命になっている姿は評価するものの、結果は二の次という事が多いですね。時には目を吊り上げてがんばる時期も大いに大切なのですが、人生音楽しかないなんて状態では、敦盛や経正を唄っても何も出てきません。

人間生きていれば、失敗も反省も多々あります。誤解したり・されたり、色々な事が社会の中には待ち受けています。しかしこんな世の中で生きてこそ、音楽も生まれるというものです。時々逃げ場も作ったりして、自分の生きて行く幅も感性も広げ、行くべき道を自分のペースで歩いて行くのが良いと思いますが、如何でしょう。

最近私は標準サイズの琵琶を時々弾いています。昨年、私の琵琶を作ってくれている石田克佳さんのおじいちゃんが作った作品をたまたま手に入れまして、克佳さんに気合を入れて直してもらった所、これが実にレスポンスが良いのです。大正時代の作品との事ですが、良く鳴るのに、イイ感じの軽さがある。私の作品にはちょっと合わないのですが、藤山先生の芸にはこちらが合っているんです。先生の芸は蝶の舞を見せながら、そこに人生を語ろうというもの。洒脱・粋でありながらジワリと迫る芸なので、音楽の方も、質の良い「軽味」というものが求められます。私の音楽は緊張感漂うようなものが多いのですが、こいつのお陰で+αが出てきそうです。良きパートナーです。

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「遊び」が無ければ、車輪だって廻らない。それは世の常というもの。時代も社会も個人も、弾力という「遊び」が無いと成り立ちません。硬いものは、もっと硬いものに壊される。強いものも、もっと強いものが必ず現れる。力でガードするようではまだまだです。時には「柳に風」で、他からの力もやんわり受け流し、揺らぎながらも決して倒れないような、しなやかな生命力が必要なのです。

何事も、過ぎたれば及ばざるが如し。孔子様も言っておられます。修行・精進・勉強だけでなく、人生も謳歌する、これも音楽の内かもしれません。
短い人生、イイ感じで遊びたいですね。

マルチプレイヤー賛

相変わらず春の逍遥を楽しんでいる私ですが、先日友人と話をしていたら、「何故日本の伝統音楽の人は皆、複数の楽器を弾くマルチプレイヤーなのか」という問いかけがありました。考えてみれば確かにそうなんです。平安朝の雅楽以来、日本の伝統音楽の演奏家は二つ以上の楽器を皆さん演奏します。

楽部雅楽では唱歌を勉強した後、管と絃を必ず習得し、舞もやります。中世の能も、やはり謡を先ず勉強し、そこから専門の楽器を習うのですが、能全体を勉強して行くので、他の楽器や仕舞等にも精通して行きます。 近世の地唄筝曲では、御承知の通り筝・三味線・唄を習得しますが、当道座の名古屋系平曲の方も、琵琶の他、筝も三味線も演奏します。
平安時代の雅楽の文献「五重記」に「音楽を学ぶ者は大勢いるが、音楽の全てを知る者は少ない」とあります。複数の楽器を演奏するのは日本の伝統ともいえますね。
  
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日本の古典音楽は大概集団で舞台をやるものが多いので、舞台や音楽全体に通じるように一通り教育するのです。高橋竹山でも三味線の他、唄も尺八もやりました。手妻の藤山先生の所では、お弟子さんに手妻の他、日舞も三味線も鼓もやらせます。そういう総合的な素養が舞台を作っていく、という姿勢には個人的に大いに賛成ですね。

1現代の感覚で言えばいくつもの楽器をこなすのは、感覚的に解らないかもしれませんが、日本音楽のこうした習慣が、雅楽や能、歌舞伎等を作って行ったと思うと、その教育の仕方には、今後の日本音楽にとって何かのヒントがあるかもしれません。何よりも舞台全体が魅力的になることが一番です。 
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薩摩琵琶の演奏家はマルチではないですね。私が考えるに、薩摩琵琶は楽器としてのポテンシャルは大変高いと思いますので、マルチになる必要が無かったのではないでしょうか。音は伸びるし、声のように音程をコントロール出来、効果音も色々出るし、ビートも刻めるし、メロディーも弾ける。これだけ可能性があればマルチプレイヤーになる必要もないですね。しかし視野を広げ、よりレベルの高い舞台を作るには、他の楽器を触ってみて、その魅力を知るのも良いと思います。私自身、色々なタイプの琵琶を弾き、筝や尺八などに触れた事が多くの作品を生みました。それが無かったら、筝や尺八のアンサンブルなどはとても作曲できなかったと思います。

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現在の琵琶楽の衰退の一因には「ヴァリエーションの無さ」もあると思います。いくら美味しい料理でも味が一つでは何度も食べたいとは思いませんよね。琵琶楽にも合奏や、インスト、バラードもアップテンポも、古典もモダンも・・・どんどん色々な曲が出来て行ったら、魅力的に受け入れられて行くと思うのですが、如何でしょう。
私の日常は世間から見ると遊んでいるようにも見えるかもしれませんが、呑んだり食べたり、お散歩したり・・・そういう事もなんかの素養になっているといいですな???。

さて新曲を作ろう!!

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