この所、MetのLIve viewingにずっと行けていなくて、今シーズンはこの作品が最初でした。しかもこの作品が今シーズンの最後作。忙しいのは結構な事ですが、芸術に関わる者として、一流の舞台を観に行けてないというのは情けない限り。今作はジョイス・ディドナート主演なので、何としても行きたかったのです。勿論期待を大きく超える素晴らしい作品でした。
原作はシンデレラ。これをイタリア語で読むとチェネレントラ。ストーリーはおなじみのものなのですが、ロッシーニ作曲だけあって、声楽の部分がなかなか面白い。合唱・輪唱に加え、かなりの早口言葉で歌うシーンが随所にあって、並の歌い手では歌えない超の付く難しい作品です。そしてこの作品の面白さは、そのコミカルな演出ですね。Metはこういう所も抜かり無い!私は歌舞伎を観ているような楽しさを感じました。見終わった後の充実感、満足感もたっぷり!勿論世界最高レベルの歌唱があってこその話なのですが、極上のエンタテイメントです。
特に今回は男性陣が素晴らしく、王子役のフアン・ディエゴ・フローレスはもう惚れ惚れするような、「これぞテノール」と言わんばかりの実力。鳴って鳴って、何処までも鳴り響くその声、声質は実に魅力的でした。脇も、もう何度も観ているルカ・ピザローニ、他アレッサンドロ・コルベッリ、ピアトロ・スパニョーリ。其々が素晴らしい歌唱で脇を固めていました。コミカルな中にも、確かな実力に支えられた様々な表情が、演技と共に舞台を十二分に盛り上げているのです。さすがはMet。エンターテインという事にかけてはやっぱり世界一です!ただただ素晴らしい。
でも何と言ってもディドナート!!!。素晴らしい共演者もさることながら、ディドナートの為にこの舞台があると言っても良い程、彼女でなければ成り立たない舞台だと感じました。彼女はこの作品をこれまで自分の中の重要なレパートリーとしていたのですが、今回を最後にこの役から降りるそうです。ラストシーンでは目に涙が見えたのは私の錯覚でしょうか。ラストのアリアなんて、ディドナート以外に誰が歌えるのだろうと思える程。超絶な技巧を駆使しながらも、その先の心情を見事に描き出す実力は、まさにTopとしか言いようがないですね。
一番最初にディドナートを観たのは、「エンチャンテッド・アイランド」での魔女の役でした。ど迫力の歌唱と、怪物になってしまった我が子を守ろうとする母親の想いを歌い分けていたのが印象的でした。その後はこのブログでも書いた、圧巻の「マリア・ストゥアルダ」。感動を通り越して震えが来るような魔力で、ディドナートが紛れもなく世界のトップにあることを認識した舞台でした。そして今回のこの「ラ・チェネレントラ」は、「マダムストゥアルダ」に並ぶ充実の作品でした。この難しい歌唱、演技の中で余裕さえ感じるような、彼女の歌手としての実力と大きさを感じました。

一流の演奏、舞台をに接すると、本当に幸せな気持ちになります。もう10年以上前に、コントラルトのナタリー・シュトゥッツマンのコンサートに行った時にも、同じように幸福感に包まれたのを想い出します。
芸術は哲学でもあり、また学問でもあり、エンターテイメントでもあるのですが、やはりその根本は喜びではないでしょうか。喜びに溢れ、愛を語り届けるのが芸術家の役目なのだと、一流の舞台に接するたびに思います。
こういうものに出逢うのも縁。己の世界に閉じこもっていたら何も入って来ない。何も見えない。つまらないプライドに凝り固まっていたら、白いものも黒く見える。常に多くのものを受け入れるキャパというものが無ければ・・。そして同時にぶれない事。自分の外の世界のものとの距離を取れない人は、ただ振り回されてしまうだけ。多くのものに触れ、吸収しながらも、物事を冷静に見つめ接する事が出来なくては、一流の舞台に立つ事は出来ないのです。色々な世界を見せてくれる芸術家、そして仲間達に感謝ですね。

一流の舞台は人生の糧です。こんなちっぽけで取るに足らない我が身も幸福感で満たされるのです。
足元にも及ばずとも、私もそんな舞台が出来るよう、志だけは大きく持って精進したいものです。