風に語りて~水無月

6月は毎年、とにかく忙しく飛び回っている事が多いのですが、今年も例年通り色々な所に出かけて演奏して行きました。
そして今月は、様々な場所で色々な「風」を感じた月でもありました。その土地ならではの風、その場でしか味わえない風はどれも心地よいものばかり。いい仕事させてもらってます。感謝!

やまぼうし1
月の初めに箱根の「やまぼうし」というサロンで演奏しました。この所お世話になっているICJCの企画でしたので、お客様は半分が外国の方々。Drアマトさんに通訳(超訳??)をしてもらいながらの演奏でした。この「やまぼうし」は芦ノ湖のすぐ近くで、たっぷりの緑に囲まれたところにあるので、私のような一刻も早く都会を離れたい願望のある者にとってはオアシスのような場所なのです。加えて、この「やまぼうし」は古民家で使われた柱や梁12軒分の建材を使って建てられていて、過去の息吹が現代に蘇る、正に私が求めるものを兼ね備えた素晴らしい空間でした。モダンなセンスが随所に生きているのですが、歴史を経た木材の醸し出す空気なのでしょうか、中の空気は落ち着いていて、何ともほっこりしました。
写真はそのサロンでの演奏の様子です。いい感じでしょ?。こういう所でのんびりと食事やお酒を楽しんだり、芸術談議したりして、気の合う仲間達と過ごしたいですね。都会とは違う、新鮮で生命感を感じる風と、古の息吹に身をゆだね、良い時間を頂きました。ぜひまた伺いたい場所です。
やまぼうし:https://www.facebook.com/yamaboushi

次は静岡。先日ブログにも書きましたが、やはり故郷の風は自然となじみます。静岡駅に降り立つだけで、何かが違う。富士山和歌山なんかもそうですが、静岡は海も山もあり、そこからの多くの恵みにも溢れた土地なので、風もおおらかで穏やかで、人ものんびりとしいているのです。駿河湾の凪いだ海から吹き来る風には色々な想い出が甦りますね。
静岡に行く時には時間さえあれば、各駅停車でのんびりと行く事にしていますが、旧車両の向かい合わせの座席に座って、車窓からただただ海や富士山を眺めているのが、私にとって何よりの贅沢なのです。本も何も要りませんね。いつかこの陽光と風の中に帰って行きたい。近頃はそんな想いが強くなりました。

続いて、21日にはJICA横浜で演奏したのですが、此方の風はまた一味違う。場所は赤レンガ倉庫のすぐ隣だったのですが、あの辺はちょっと異国情緒もあり、お客様も様々な国の方々でしたので、いつもの演奏会とは全然雰囲気が違いました。お客様からも「琵琶は日本の音楽というより、どこかエキゾチックですね」という感想を頂きましたが、きっとそんな感じで皆さんに聞こえたのではないでしょうか。何とも開放感があって違う国に居るみたいな感じもしました。

IMGP0506レオ君
またここでは今年の筝曲全国コンクールで優勝した、若干16歳の今野玲央君と共に演奏したのですが、彼は人柄といい音色といい、実にさわやかで、演奏もなかなかのものでした。フレッシュな感覚というのは聞いていて気持ち良いものですね。昨年和歌山で共演した筝の中島裕康君も、昨年全国コンクールを制覇して、まだ20代の半ば。最近は若手の男性筝奏者が活躍していて頼もしい限りです。エキゾチックな風を楽しみました。

江の島9

そして今月は江の島にも行きました。1年ぶり程でしたが、湿気もあまり無くて、心を浄化してくれるような海の風をたっぷりと身に受けてきました。心を深化させてくれるような山の風も素晴らしいですが、海の風もまた、私を包み、広大な太平洋を前にして体が空に舞いあがるような、そんな気持ちにしてくれました。静岡に育ったせいか、私には海と山の両方が必要なようで、何とも贅沢な体質なようです。
江の島は三大弁財天の一つであり、山田検校等の碑もある、音楽に縁の深い場所。いつかここで演奏する機会も持てたら嬉しいですね。海の幸をたっぷりと頂いて、沈みゆく夕日を見ながら、広大で、凪いだ海の上を渡る風を満喫してきました。

おまけは先週の、嵐のような豪雨の直前に吹きすさぶ風。印象的でしたね。嵐の前のイントロのような風は自分の感覚のどこかを刺激するようで、ゾクゾクとして来ました。

         

今月はこれらの他に、先日ブログにも書いたインターナショナルスクールでの子供たちの授業や、光が丘美術館の演奏会。琵琶樂人倶楽部の「次代を担う若者達」、そして社会人向けの「えびす大学」という講座など、色々と仕事をさせて頂きました。そしてほとんどの会で私の作曲した「風の宴」を演奏しました。この曲は先人からの息吹を「風」と捉え、その風を我が身に受けて、更にその風を次世代へと吹き渡らせて行こう、という私の想いを曲にしたものです。
私が演奏した「風の宴」は、私の想いを音楽に乗せ、「愛を語り、届ける」風となって吹き渡っただろうか??。まあそんな風に思うのも、ただの我欲かも知れません。

水無月の風は、どれも、こんな小さき者を優しく包み、行くべき所、あるべき姿へと誘ってくれました。
生かされて、今ここにある我が身を感じますね。

さて、今日は一年の折り返し地点。またこれからどんな風に出逢うのやら・・。

Think of nothing things, think of wind トルーマン カポーティ

舞台こそ人生 2014

先日、シアターXにて「踊る妖精」という舞台を観てきました。この舞台は4年前、同じタイトルでチェーホフの「かもめ」を題材とし、アキコカンダ、花柳面、ケイタケイ、折田克子、倉知外子らが其々ソロの作品を作り上演したもので、このブログにも感想など書きましたが、アキコカンダさんが亡くなった事もあり、今回は追悼公演という事で再演する事になったそうです。

シアターX

ryokan19先日、同じくシアターXにて行われた「イェイツと能」のレクチャーの時に、花柳面先生から、私の「良寛」の舞台の感想を伺っていて、「歌ってはいけない」、「歌っているけど、歌っていない」というアドバイス頂いたのですが、何とも抽象的な言葉で、何か大事なものがありそうだと、もやもやしながらずっと思いながら、その時点ではよく判らなかったのです。それが今回、それぞれの作品を観ていて、おぼろげながら気付かされました。

私は何時も、「その先の世界を表現する」という事をここに書いています。「上手を目指してはいけない」という事も書いています。それは「歌っているけど歌ってない」という状態に通じるのではないかと思えてきました。動き一つ、音一つでも表現の為にあるのであって、歌でも踊でも、踊りが踊りのまま見えるという事は、その先の世界に至っていないという事。言い方を変えると、その部分は日常を超えていないとも言えます。歌を超え、踊りを超えた所が表現できていなければ、まだ出来上がっていないという事です。上手が見えてしまうなんてのは単なるアマチュアレベルですが、舞台上の全てが表現となって初めて作品となるのです。つまり「歌っている」「踊っている」という風に観えてしまうという事は、プロの舞台人にとって大変残念な事なのです。

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音楽でも何でもそうですが、上手かどうか等と思うのは、その業界人だけでしょう。観客にとっては上手なんて事は当たり前なのです。いくら部分的に上手でも、舞台全体がが良くなければ、かえって舞台として未完成であることを露呈しているようなものです。
舞台というものは日常を離れ、観客を異次元へ駆り立てるような場になっていなくては、人は作品に対しお金は払ってくれません。お稽古事の無料の会だったら、頑張っているというだけで、拍手もしてくれるし、褒めてくれるかもしれませんが、プロはそうはいきません。そこに非日常の空間を作りだし、観客に表現が伝わってナンボです。先ずそういう舞台が出来ていなければ、良いも悪いも評価しようが無いのです。この前も書きましたが、技芸ではないので、いくら早く体を動かしても、瞬時に沢山の音を弾いたとしても、そういう表面の技術では作品にはならないのです。あくまでも作品を見ていただくのが我々の仕事なのです。

北鎌倉其中窯3私の事を振り返ってみますと、面先生が指摘したように「うたっている」というのが見える所がまだまだあるように思います。器楽の部分に於いては、自分自身の想いなり、表現なりを演奏に託し投影する事が自分の中で、極々自然な行為として成り立っています。特に樂琵琶では、自分の思うように弾けているという感じもあります。しかし歌はまだそうはいかない。「薩摩琵琶は弾き語りをやらなくてはいけない」という呪縛がまだ自分の中にはあるのでしょう。先日の観世銕之丞さんの謡を聞いても思いましたが、私は、歌ではなく、声を使った「表現」という形にしてゆくのが私らしいのではないかと思っています。私にとってメインは器楽。あくまで琵琶の音です。これからは弾き語りはどんどん減り、器楽に特化して行く方向に向いていますが、声に対しての考察もまだまだだ必要なようです

その為には、そういう作品をどんどんと作る事ですね。1stアルバムを出した頃は、そんな歌ではない、声を使った作品もいくつか書きましたので、今後はその辺りをあらためて加速させていきたいと思います。

私がこれまで聞いて感激してきた音楽は、皆世界最高峰のものですが、技が凄いなんて事は二の次三の次でした。そんな事よりとにかく作品自体に圧倒的なものがあって、その作品に魅了されたのです。もうキリが無いほどに夢の世界を味あわせてくれるアーティストを聴いて来ました。私は及ばずながらも、こういう側に居たい。舞台を観ていて、あらためて想いが湧き上がりました。

ソウルフード

先日久しぶりに静岡で演奏をしてきました。落語会などを定期的に主催している八千代寿し鐡さんが企画した演奏会で、いつもの古澤ブラザースと一緒に勧進帳をやってきました。

            八千代寿司1

演奏場所がなかなか落ち着いていて、琵琶を聴くにはちょうどいい所だったのが嬉しかったですね。良い時間を頂きました。また今回は、何時も静岡行くと世話になっている中学の時のブラバン仲間ツルちゃんが、当時のブラスバンド部の仲間達に声をかけてくれて、懐かしい再会で盛り上がりました。

もう静岡には実家も無いのですが、それでも静岡に行くと自然と「帰って来たぞ!」という想いが湧き上がります。先ずは何と言っても静岡おでん、黒はんぺんフライ、サクラエビという具合にソウルフードから入って楽しむのが俺流です。今回はお寿司屋さんでの演奏でしたので、お茶が美味しい!。久しぶりに旨いお茶を飲みました。香りといい、色といい、それは正に懐かしい「静岡のお茶」でした。

柿田川3
柿田川から富士を望む

人間には帰るべき港のような場所が必要ではないでしょうか。日常ではそれが家庭であり、また故郷や国家というものだと思いますが、そこには固有の音楽や文化が溢れているべきです。それらが一人一人のアイデンティティーを作り上げ、静岡なり、日本なり、一人の人間の土台となって行くのだと思います。

昭和、特に戦後以降、日本人は皆故郷の民謡もほとんど唄わなくなり、日本の文化に背を向け、欧米こそ豊かな先進国で、且つ目指すべきものとして日夜追いかけて来ました。バブルの頃などは特に欧米の文化をラグジュアリーな最上ランクのものとして、皆が憧れるようにマスコミに誘導され、ヨーロッパブランドを買い漁る事が幸せな事だとばかりに振り回わされ、湯水のようにお金を使った、狂気の沙汰とも言えるような時代でした。
そこにはもう故郷の歌も無く、日本の品性も感性も美徳も無く、まるで先人から受け継いできた文化を自ら放棄したかのような有様でした。今音楽によって、自分の故郷を感じる事が出来る人がどれだけ居るでしょうか?。生まれ育った土地の音楽・文化等には興味もなく、若い頃聞いていたブルーズやジャズ、ロックの方がよっぽど郷愁を感じるなんていう人は、私より年配の方でも数多く居ます。むしろ年配者の方が多いかもしれません。

rock[1]これで日本の精神、文化、又は社会が今後良い状態に向かって行くでしょうか?私はそうは思えません。三島由紀夫がかつて言ったように「無機質な経済大国」に成り果て、揚句にはその経済すら落ちて行き、故郷の歌も知らず歌えず、文化すら無く、国とも言えないような土地だけが残ってしまう。今そんな未来が見え隠れしていませんか?。蜈・判蜒・0048同じ想いの方も多いのではないでしょうか。
かく云う私も、高校生までは静岡の民謡などほとんど聞いたことがありませんでした。日本の伝統音楽も身近に全く無かった。琵琶は勿論、三味線もお筝も何もありませんでした。そんな環境でしたが、高校時代の古文の先生との相性が良かったせいか、古文や和歌が私の日常にはありました。父も短歌が好きで、自分で歌集を作ったり、朝日歌壇なんかに投稿していましたので、多分に影響されていたのでしょう。だから日本の感性や芸術は、古文や和歌を通してごく普通に私の中に入って来ていました。そんな下地があったからでしょうか、朝から晩までジャズに浸っていたギター少年も、すんなりと違和感なく、琵琶弾きに成って行ったのです。

人間が生きて行く上で社会というものは、人間が単なる動物ではなく人間として生きる上で必要欠くべからざるものです。そこには文化があり、その文化は風土や歴史に育まれています。日本の文化は、類い稀な程に奥深く、ヴァリエーションも豊富。これを無くして日本という国はありえません。音楽でなくとも、落語でもいいし、染織や陶芸、書、絵画など美術の分野にも素晴らしいものが沢山あります。
子供達には日本という風土が育んだ様々な文化に接する機会を沢山与えてあげたいですね。色々なものを通して日本の奥深い文化を身近に感じさせてあげたいと思います。でなければ、学校でヒップホップを躍らされているような今の子供は、遠い祖先から脈々とつながる自分という存在を感じることが出来ず、自分が日本人であるという事すら実感できなくなってしまうのではないか、そんな風に思えてならないのです。

時代は変わります。感性も感覚もどんどん変わります。だから、ものの感じ方も哲学も、社会そのものも変わって行くでしょう。しかし私たちの住む日本は世界にも例の無い、長い歴史を今も脈々と紡いでいる唯一の国であり、私たち日本人は誰もが、その歴史の上に生を受けているのです。これを忘れてはいけないのです。

amato-ICJC授業を企画したDrジョセフアマトと
先日横浜のインターナショナルスクールICJCで、小学生を相手に「シルクロードの音楽」という授業をしてきました。日本語が判らない子がほとんどでしたので、スクリーンにローマ字で「祇園精舎」を映し出して歌わせたのですが、皆で大合唱して、最後には子供達が自主的に上手い子を選んで、選抜で私と一緒に祇園精舎を歌うという、とても楽しい授業になりました。「この歌には日本の文化が詰まっているんだ」なんて言いましたが、多分全然わかっていなかったでしょう。それでいいのです。とにかく面白がって歌えば良いのです。「和服を着た変なおじさんが面白い歌を歌っている」という位の印象でしょうが、こうして体験したことが、私が和歌や古文に興味を持ったように、彼らの中の感性を何かしら刺激して行く事でしょう。今の日本にはこういう体験をする所すら無くなって来ている。

私は人に教えるという事が下手で、それもあって教室の看板も出していないのですが、学校公演は時々手妻の藤山先生と一緒にやったりします。邦楽の方々も色々とやっている事でしょう。その時に邦楽器でポピュラーソングをやったりして、その場の受け狙いをするより、是非本物を聞かせてあげて欲しい。私は小学校でも平気で平家物語の弾き語りを20分もやったりしますが、何処へ行っても子供たちはじっくりと聞いています。先生方は皆びっくりしてますね。まともなものを真剣に聞かせれば、子供とはいえ何かを感じ取るものです。ディズニーやジブリの曲を邦楽器で演奏する事が必要でしょうか?私はそうは思えない。勿論興味を引くという点では良いかもしれませんが・・・・・・。
祇園精舎だって、子供達を導いてあげれば大合唱するのです。ようはどういう風に子供たちにプレゼンするかが問題なのです。是非子供たちが自分のルーツにあるものに直接触れる機会を作ってあげたいし、邦楽に関わる人もそんな努力して欲しいです。

富士山1

静岡は穏やかな気候で、海も山もあり、歴史も深く豊かな土地です。この静岡に生まれ育った事はとてもありがたい。もう東京暮らしの方がかなり長くなってしまいましたが、時を経ても昔の仲間と呑み、語り合う事が出来るというのは、私の大きな財産です。私には帰るべき土地があり、帰る度に静岡に生まれ育った人間としての誇りを感じます。私の演奏する音楽を聴いてくれる人が、同じように自分たちの原点を感じてくれたら嬉しいですね。

それには音楽も静岡おでんも常に今を生きているという事が大事だと思います。今も変わらず愛されてこそ、大人も子供も自分の原点だと感じることが出来るのです。個人的な想い出というだけでは、もう次の世代にはその味は伝わりません。音楽も食べ物も様々な世代と共にずっと生き続け、愛されている事が大切なのです。それがソウルフードとなり、また人間の土台を育て、共通の感性を育てて行きます。流派の形やしきたりに拘り、小さな村の中にしか目を向けず、聴衆を忘れ、時代と共に生きる事を失った音楽など誰も聞いてくれません。古の文化ではなく、現在進行形の文化として、邦楽が社会の中に息づいていて初めて響くのです。そう成るといいですね。

静岡おでんを食べ、香り豊かなお茶を頂きながら、想いが溢れてきてしまいました。

続けるという事2014

先日6月11日の水曜日で、毎月開催している琵琶樂人倶楽部も先日で78回目となりました。

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7年に渡り、そろそろ8年目突入も目の前ですが、こうして毎月やって来たというのは、我ながら誇らしく思えます。ライフワークとは正にこの事ですね。
今月のお題は「次代を担う若者達」。なかなか大そうなタイトルです?。今回は筑前の平野多美恵さん、錦心流の佐々木史加さん、薩摩五弦の青山藍子さんに演奏してもらいました。皆さんちょっと緊張気味でしたが、琵琶をやって行きたいという気持ちがひしひしと伝わる演奏でした。

音楽は上手を目指していたら良いものは出来ません。どこまで行っても、表現すべきものが自分の中にあって、初めて音楽と成るのです。上手を求めているのはいわゆるお稽古事。「何を表現したいか」という問いかけを常に持てないようでは音楽家には成れません。皆さんぜひ音楽家として成長して頂きたいと思います。

邦楽では禅の修行のように、先ずは何も考えずに体に覚えさせる、というようなことを言う人も多いですが、何かを習得するためには、研ぎ澄まされた鋭い感性と、思考が必要だという事を忘れてはいけません。ただ言われるがままにやっていても、多少教わったことが流暢に弾けるようになる程度です。確かに思考する事を止めるというのは、自分の頭という小さな器を超える事にもつながると思いますので、大いに有効でしょう。とても大切な事だと思います。しかし考える事、感じる事が出来ない人は何時まで経っても上達しない。上達する人は、色々なものを見て感じる感性が鋭いのです。先生に一つ指摘されら、それに関連する沢山の事にまで思考が及ぶ。自然にそう思える。そういう人が上達するのです。
技というのは筋肉をいくら鍛えても、習得は出来ません。どうしたらその技を出来るようになるか、何を目的として、その技を必要としているか、そういう感性と思考が育たなければなければ、身に付かないのです。感性や思考が出来て来ると、どう筋肉を動かせば、どういう音になるか自ずから見えてきます。だから達人と呼ばれる人の姿は美しいのです。

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古典と言われる歴史のあるものでは、様式美という事が良く言われますが、日本の歴史や宗教、過去の芸能、和歌etc.あらゆるものがあって初めて、様式美というものが出来上がり、また身に付いてくるのです。何か一つの上っ面をなぞっただけでは何も身に付かないという事は、まともに考え、感じる力のある人には誰にでも判る事です。茶道やら能やら、色んな習い事をするのは良い事ですが、それら色々なものが文化として自分の中で繋がっていないと、ただの知識で終わってしまいます。それでは表面を装っただけで身に付かない。知識も素養も教養も必要ですが、最後は感性の問題なのです。

世阿弥世阿弥も、永田錦心も、宮城道雄も、彼らの思い描く世界を具現化したからこそ、彼らの音楽は未だもって称えられるのであって、上手だとかそんなことではないのです。独自の感性から表現された世界が素晴らしいのです。他にはあり得ないその世界が魅力的なのです。だから我々はそうした先人の感性をこそ勉強しなければならないのです。学ぶべきは形ではない。表に出て来た作品も勿論素晴らしいですが、表面を真似したところで、その作品を生み出した感性を学ばなければ、先人たちの創造性は何も受け継ぐことが出来ないのではないでしょうか。
勿論、新たな感性で今までに無い世界を創って行くというのは並大抵ではないので、凡人には到底出来るものではないとも思います。しかしだからといって創造という行為を諦めたら、どんどん衰退して行くしかない。たとえ何もできなくとも、創造性を持って取組んで行く事をしなくなったら、もう音楽としては成立しないのです。

また優等生的惰性程やっかいなものもありません。多少お稽古を重ね上手になって自分ではキャリアを積んでいるように錯覚し、大概のものは上手に弾けても自分が何をやるべきか一向に見えていない。演奏する事で充実感に浸りきって、創造という音楽家としての姿勢を忘れてしまう。中には師匠やら先生と呼ばれて、すっかりプロ気取りで浮かれている人も見かけます。
音楽は技芸ではないのです。上手だ、お見事だというのはあくまでお稽古事や趣味の世界。世間でいう音楽とは創造の世界です。ここを勘違いしていたからこそ、邦楽は衰退したのではないでしょうか。創造性と感性を育てなければ!!

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先日演奏してくれた3人が今後に対しどんなヴィジョンを持っているのか判りませんが、それぞれのやり方、それぞれの道があると思います。お稽古事で楽しみたいというのも、勿論結構だと思います。私からはあれこれ言うつもりは一切ありません。ただそれぞれが思う魅力ある琵琶楽に、これからも関わって行って欲いな、と彼女たちの演奏を聞きながら思いました。

自分のやり方で、ぜひとも次代を担って行っていただきたいと思います。旺盛なる御精進を!!

鷹の井戸

先日、いつもお世話になっている日舞の花柳面先生から声をかけて頂いて、シアターXで行われた「イェイツと能」というレクチャーに行ってきました。実に興味深い内容で色々な興味を掻き立てられました

イェイツ研究会

司会進行は能の演出家でもある笠井賢一氏。他、観世銕之丞氏、アイルランドの俳優であり演出家でもあるサラ・ジェーン・スケイフ氏が、其々イェイツの詩、能に脚本された鷹姫を語ってくれました。
私はあまりイェイツについて知っていた訳ではなく、せいぜい神秘主義に傾倒したアイルランドの作家という程度にしか認識していませんでしたが、激動の時代を生き、日本にも大いに関わりのある詩人だったのですね。イェイツが能という演劇を知り、その影響でこの「鷹の井戸」という作品を書いたという事も初めて知りました。まだまだ勉強が足りませんね~~。
その作品を今度は
能の演出家 横道萬里雄氏が中心となって能役者の観世寿夫、野村万作等当時の能の中心人物達によって新作能として改作を重ね、「鷹姫」という作品に仕上げられたもので、今回は2005年のニューヨークでの上演時の映像を見せてもらいました。

鷹姫能としてはかなり斬新な演出で、特に光の使い方が絶妙です。地平線を思わせるその光はとても印象的で、絶海の孤島のイメージを掻き立てます。地謡もコロス(石)として囃子方の前に座り、時に動きながら謡います。シテ、ワキの動きはそれほど従来のものと変わった風には思いませんでしたが、全体の新鮮さはかなりのものでした。完成度もかなり高いと思いました。

この「鷹姫」は1967年に作られましたが、面先生曰く、60年代後半から70年代にかけての日本の芸術の動きは、わくわくする程のものだったらしく、観世栄夫・寿夫・銕之丞(先代)の3兄弟は特に古典の枠を超え、旺盛に舞台を創って行ったそうです。この時代の芸術運動については、私自身興味があって色々と観ていたのですが、まだまだ知らないことが沢山有ります。幸い私の周りにはこの時代を体験し、自ら参加してきた先輩達が沢山居るので、ありがたいです。

司会の笠井氏の話も大変面白く、銕之丞氏とのやり取りでは当時の様子が垣間見られ、興味深い話を聞かせて頂きました。また銕之丞氏の謡は大変素晴らしい充実したもので、その声には、しっかりと伝承された古典と現代の創造性が見事に感じられ、実に見事なものでした。声そのものに迫力と魅力が満ちていて、聴きながら多くの事が想起されずにはいられませんでした。

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能が室町時代に成立し、これまで歴史を重ねる事が出来たのは、常に創造する事と伝承する事の両輪があったからではないでしょうか。単に過去のものをなぞっているだけでは残らなかったと思います。確かに古典を深めて行くのは大切な事。しかしそこに時代時代の感性を持って創造する姿勢が無かったら、ただの形骸化に陥ってしまいます。どんな分野でもそうですが、常に創造と継承の両輪無くして存在し続ける事はありえません。

世阿弥は「人の命は限りあれど、能の芸に限りなし」といっています。銕之丞さんも心を繋いでゆくことの大事さを語っていましたが、芸を伝承する根本は心です。その心とは、正に創造する心の事ではないでしょうか。形を守って行く事だけで満足するような浅く薄っぺらな心では、とてもその命を繋いでゆくことは出来ません。芸だけでなく、仏教でも蓮如、暁烏敏、瑩山紹瑾らが居たからこそ現代にまでその教えが続いているのです。創造する心と姿勢を失った時、どんなものでも衰退し、滅んで行くのは世の常ですね。

永田錦心2以前も書きましたが、永田錦心は錦心流大盛況だった大正時代に、もう既に錦心流の現状を嘆き、次のような言葉を琵琶新聞上に載せています。

「多くの水号者がその地位にあぐらを掻いて、自分をその教祖に祭り上げている。自分はその肥大した組織の様を見て後悔していると共 に、それをいずれ破壊するつもりだ。そして西洋音楽を取り入れた新しい琵琶楽を創造する天才が現れるのを熱望する(意訳)

西洋音楽云々という所は時代を感じる所ですが、とにかくこの気概が今は無い。心ある邦楽家、琵琶人が出て来ることを望まずにはいられませんね。

創造へと向かう姿勢を大いに鼓舞された一日でした。

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