「サワリ」の話Ⅴ~総合メンテナンス編

天候が不順ですね。台風も来て、気圧の変化に敏感な方はちょっと厳しいこの頃かもしれません。ぜひお気をつけてくださいませ。

江ノ島

さて、「サワリ」の話のシリーズは書くといつも何かしら反応があります。まあサワリの調整だけでも職人の所に持って行くとそれなりの料金もかかりますし、全体のメンテナンスをするとなると結構なお金がかかります。琵琶を弾いている方にとっては、サワリだけでも自分で好みの音色に調整出来たらいいな、と思うのは誰しも同じですね。琵琶は楽器自体に調整のための機能が備わっているわけではありませんので、自分で判断して削ったり、補強したりしてバランスを保たねばなりません。他の楽器に比べて、良い状態に保っておくのがなかなか大変な楽器といえます。
私は若き日にT師匠から木の目の見方、ノミの研ぎ方、膠の溶き方、漆の塗り方等々、本当に色々と教わったことが今の自分の宝になっています。今こうして演奏活動に邁進できるのはそのお陰です。

最近石田さんの総合メンテから帰ってきた中型1号機 象牙レス加工に伴い、月型を燻した銀に交換してあります。

今私がメインで日々舞台で弾いている薩摩琵琶は、塩高モデル大型1号機、塩高モデル大型2号機、同中型1号機、同中型2号機分解型、同樂琵琶の五面です。これに時々標準サイズの琵琶も使いますので、大体六面の琵琶が常にフル活動している状態です。この六面のオリジナルタイプの琵琶を常にベストな状態にしておくのは、なかなか大変です。

塩高モデル大型2号機 まだパーツは象牙のままですが、近く象牙レス加工に出す予定です
絃楽器は先ず何よりも絃が良い状態でなくてはいけないので、絃にはとても気を遣います。サワリの調整も絃が悪ければやりようが無いので、何よりも先ずは絃ですね。それに自分の求める音に合った太さの絃であるかどうかをよく見極めることが必要です。
実は少しづつ自分の求める音や奏法は変わってゆくものです。年齢を重ねれば感性も深まって行くし、自分を取り巻く環境も変わってくる、また肉体(声も含めて)も当然のごとく変わってくることを思えば当たり前なのですが、こうした自分の求める音の変化に敏感でいないと、楽器は答えてくれません。ちなみに私は最近、中型大型共に一番細い4・5の絃を19番に統一しました。(2024年現在は21番にしてあります)
琵琶の調整は、先ずは絃。そして次に柱の高さのバランス。その次がサワリの調整という順番ですね。

私はいつも琵琶を手にする時に、細かいチェックをしてから弾き始めるので、こうしたメンテナンスを毎日のようにやっています。これはもう癖になっているといってもよいかと思います。糸口のサワリや柱のサワリが主ですが、柱が低くなってしまった時には、柱をはずして下に木をかませて高さ調節をします。はじめの頃は柱そのものも削りだして自分で作っていましたが、指も痛めてしまうし、今はそんな時間も無いので、最近は琵琶職人の石田克佳さんにお願い出来る所はどんどんお願いしています。しかしながら自分でやった経験があればこそ、楽器のバランスを判断出来るのです。初めての人には結構な大工事ですが、琵琶人には是非こうしたメンテを自分の手でやってみて欲しいですね。

ちょっと写真がぼけていますが、柱の下に違う木材の板を付けてあるのが判るかと思います。柱と同じホウの木を使うと見た目も判らず良いですが、私は入手と加工が簡単な杉の1ミリ板を使っています。
そのほか柱に関しては色々とやることがあります。柱の右下角を丸く削ったり、上下のエッジの面取りをして且つ丸く仕上げたり、細やかな気遣いをしないと、指や絃をいためたり、切れたりして演奏にすぐ影響が出てしまいます。撥先のメンテも手を抜くと、てきめんに影響が出ます。
今では、胴の剥がれのような大きな修理以外は、ほとんど自分で出来るようになりました。覆手や転珍などが外れても、自分で膠を溶いて直します。

そして私の琵琶には色んな仕掛けがしてあるんです。例えばこのネック。大型中型はこのようにネックにエッジが付けてあります。これは石田さんのアイデアですが、私のネックは大変太く、大型では、手の小さな方にはとても絃に届かないほどの厚みと幅があります。しかし私は普通の琵琶奏者と違って、親指の位置を2ポジションにして弾くので、太いネックでも大丈夫なのです。このエッジが、演奏時には良い目安となるのです。糸を締めこむときには、親指を出して通常の持ち方にして、それ以外ではネック裏に親指を置いておきます。そうすることによって左手の指が大きく広がり、自由な運指が出来、且つ今までに無いフレーズが弾け、発想も広がるのです。

また私の琵琶は柱が多いです。薩摩琵琶は六柱、こちらの右写真の樂琵琶は九柱あります。これらの柱を自由自在に使いこなすにも、2ポジションでの握り方が実に有効なのです。

そのほか、絃と柱の間も思いっきり広く取ってあります。絃をsfzで弾
くと、絃の振幅が当然大きくなるのですが、私は人一倍太い絃を張ってあるので、その振幅の幅も人一倍になり、柱に接触しないように絃と柱の間を広く取って、各柱のバランスも取ってあります。この幅を間違えると絃と柱が接触し、ベチャべチャした伸びの無いつぶれた音になってしまいます。

弦楽器に対するこうした知識や発想は、全てギターの調整と同じなので、そういう点ではギタリスト出身の私は、最初から楽器のことが手に取るように判りました。
ギタリストは皆さん弦高にかなり拘ります。ほんの数ミクロン変えただけでも指先の感覚で判るし、音にも大きな影響が出てきます。勿論琵琶にも言えることなのですが、琵琶人はあまり気にしませんね。私には不思議でなりません。

楽器職人と常に話をしながらメンテナンスが出来ているというのは演奏家にとっては素晴らしい環境です。特に私のようにオリジナルのモデルを使っている人間にとっては、通常のものとは鳴り方そのものが違いますし、セッティングも違いますので、石田さんの的確なアドバイスや、上記のエッジのようなアイデアが大変貴重であり、それが私の世界を実に豊かにしてくれるのです。ギタリストはトッププレイヤーになると、常に専属の楽器職人が付きますが、琵琶もそんな時代が来ると良いですね。

今はなきキッドアイラックホールギャラリーでのパフォーマンス

琵琶が良い状態でスタンバイしていてくれるのがとにかく嬉しいのです。どれか一面でもバランスが崩れていると気になってしょうがないのですよ。練習だろうが本番だろうがとにかく、琵琶を手に取ったら先ずは「サワリ」の調整から入ります。それが出来ていない限りは演奏できませんし、「サワリ」が取れていない状態は言い換えると、喉の調子が悪いのに無理して声を出しているようなものです。薩摩琵琶は何しろ手がかかります。完璧とはいわないまでも、常に活用している五面の琵琶は90点以上の精度をいつも保っていたいですね。でないと演奏も上手く行きません。

琵琶は私のパートナー。私は様々な場面で、多様な表現をしますので、時に楽器にとっては過酷な状況もあります。だからこそメンテナンスは常に最上のことをしてあげたいのです。

いつも私の求める表現に答えてくれてありがとう。これからもよろしく!!

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