Metのライブビューイング、カイヤ・サーリアホ作曲の「遥かなる愛」に観て来ました。

これは私が今まで見てきたオペラの中でもNo.1と思えるほどの飛びぬけた素晴らしさでした。現代オペラではトマス・アデスの「テンペスト」がいままでの白眉でしたが、これを越えましたね。音楽といい、舞台美術、演出全てが一つとなって幻想的な愛の非情と無常の世界を創り出していました。大満足!!
曲はさすがにサーリアホだけあって非常にハイレベルで、繊細で幻想的、且つダイナミズムにも溢れる大作でした。フラジオなども上手く多用し、多様な表現が随所に感じられました。
そして主役の3人が本当に素晴らしかった。演技指導も十二分に積んでいるのか、歌唱は勿論の事、その演技もハイレベルでした。特に女伯爵クレマンスを演じたスザンナ・フィリップスの演技力は秀逸で、ぐいぐいと引き込まれてしまいました。ライブビューイングがオペラの重要な媒体となってきている現代において、UPで映されることが当たり前になっていることを考えると、オペラ歌手も一歩進んだ演技力が問われるようになるでしょうね。フィリップスはとても可愛らしい顔つきをしながらも、様々な表情を目の動き一つで表現していました。凄い演技力でした。まさに新世代オペラの申し子だと思います。ネトレプコに続く、次世代の新たなスターですね。一気にファンになってしまいました。
そして吟遊詩人ジョフレを演じたエリック・オーウェンズの歌唱がまた良いのです。声質が実に豊かで伸びやかで、艶のあるバスバリトンは気持ちが良かったですね。その二人の間をつなぐ巡礼の旅人役のタマラ・マムフォードも性別の無い(人間かどうかも判らない)役柄にマッチしていました。
また今回は「シルクドソレイユ」の演出で知られる映像の魔術師ロベール・ルパージュの舞台セットがこの舞台をとびきりの幻想空間に仕立てていました。LEDを多用し、ハイテクを駆使した演出はまさにマジック!物語の世界に浸ってしまいました。
実はアデスの「テンペスト」でもルパージュが演出を手がけているので、「テンペス」トの舞台に心酔した私の感性に引っかからないはずは無いのです。こういう演出はMetならでは。オールドスタイルの好きな方には、「オペラじゃない」と思われた方もいるかもしれませんが、オペラを超えたオペラの新しい形は実に素晴らしい。こういう先進性、柔軟な感性こそが芸術の根幹だと思います。
Met解説より
物語は12世紀のフランス。ブライユの領主で吟遊詩人のジョフレは、享楽的な生活に飽き、理想の女性を求めていた。そこへ現れた巡礼の旅人から、トリポリの女伯爵クレマンスこそ自分が求める女性だと知り、憧れをつのらせる。クレマンスもまた巡礼の旅人から受け取ったジョフレの詩を読み、まだ見ぬ彼に恋心を抱いていた。ついにジョフレは、海を渡ってクレマンスに会いに行くことを決意するが、トリポリに近づくにつれて不安がつのり、心身をさいなみ始める。トリポリに上陸した時、ジョフレは病に冒されていた…。

その美しさによって死神を引き寄せたともいえるクレマンスの腕の中で、純粋な愛を持ち続けた吟遊詩人ジョフレが世を去ってゆくシーンは圧巻で、スザンナ・フィリップス、エリック・オーウェンズの歌唱と演技から目が離せなかったです。
愛と妄想、憧憬と幻想。そして最後にはそれらと現実が折り重なり、それぞれの登場人物の内面を抉り出し、運命の糸が手繰りよせられるように、クレマンスに、ジョフレに降りかかる。愛とは試練か、それとも裁きなのか・・・。
もうどこをとってもぴったりと私の感覚にはまるのです。邦楽でも是非こんな舞台があって欲しいですね。現代の邦楽舞台も様々なアイデアを駆使してがんばっているところもありますが、表面的なエンタテイメントに走りがちだと思うのは私だけではないでしょう。凄い、びっくり、ノリノリ、格好良い・・・こういうところばかりを追いかけないで、是非中身のある内容の高いものを創って欲しいですね。
この舞台の映像と音楽は、当分私の脳裏から離れないでしょう。忘れられない素晴らしい作品でした。

さて、2月5日は尺八の吉岡龍見さんとのコンビ「Eclipse」の旗揚げライブです。私は私のやり方で、充実の舞台をやっていきますよ。