プライド

先日、平成絵巻「方丈記」をやってきました。

伊藤哲哉さんの語りを中心に、水野俊介さんの5弦コントラバスと私の樂琵琶。それにヒグマ春夫さんの映像が我々を包み込むという異次元空間がなかなかに面白かったです。会場となった六本木のストライプスペースもお客様で満杯という嬉しい公演でした。
「方丈記」を書いた鴨長明は、来年が没後800年ということで、来年3月26日にはルーテルむさしの教会、命日が6月ということで、6月10日には相模原南市民ホール、6月30日には兵庫芸術文化センターホールにて公演が決まっています。まだまだ面白く練れて行く舞台ですので、今後の展開が実に楽しみです。

それにしても皆さんそれぞれの世界の大ベテラン。豊富な経験と技術があるということは、良いものを生み出す土壌があるということですね。こういうものは若手では出来ません。それだけ充実したものを感じました。そして皆さん素晴らしいキャリアがあるにもかかわらず大変に気さくな方々。どの世界でもまともな人はどんなにキャリアを積んでも、そんなものに寄りかかったりしませんが、今回のメンバーは本当に皆が対等なのです。器がでかいな。

私は若いころからジャズ仲間に囲まれていたせいもあって、邦楽人の肩書きを常に看板にする姿は今でも馴染めません。特に若手から肩書きだの格だのという発言が聞こえてくるのは残念で仕方がないですね。まあ小さな世界に入って、そこの常識に染まってしまうのは人間仕方がないですが、こと音楽や芸術に関しては、浮世の垢にまみれたくはないですね。

               サイモン・キーンリーサイド1
Metのオペラ「テンペスト」(作曲トマス・アデス)のラストシーンで、主人公プロスペローが「人間は自尊心で死ぬのだ」と弟に対し言い放つ所がありましたが、人間は自分の持っているプライドというもので、自分自身を振り回してしまいますね。小さな村社会しか見ていない人と、世界を視野に入れている人では全く違うプライドを持つでしょう。また信仰によっても変わってくるかもしれません・・・・。人間という存在の危うさを感じます。
私にはプライドというよりは、まあ意地と言う方が合ってますでしょうか。言葉はどうであれ、とにかく自分の奏でる音楽が「愛を語り届ける」ものでありたいということは一貫しています。まあ人それぞれだと思いますが、音楽より先に肩書きぶら下げて見栄を切って闊歩しているより、聞いてくれる人や出会う人に感動を持って接してもらえるような人生の方がいいじゃないですか。

私はこれまで多くの先輩や先生に恵まれたと思っています。直接指導を受けた先生は勿論、何時もの相方や後輩達からも常に多くの気づきを頂いています。「上手くなりたい」とは楽器をやっている人は誰でも思うと思いますが、そんな程度の意識ではとてもプロの舞台には立てないのだ、ということも教わりました。音楽家は音楽をやることが目的。何を表現するか、それが問われているのです。上手も結構、偉いも結構ですが、その先にある魅力ある音楽に意識が行っていなければ、ただのお稽古事でしかありません。逆に上手などというものは仇にもなります。いわんや偉いかどうかなんて・・・。

ジョンレノンやボブディランの歌に対して音程がどうの、発声がどうのという人はいませんね。マイルスもジミヘンも同様、リスナーはその音楽を評価しているのであって、技でもなんでもないのです。そんなことは誰もが当たり前に思っていることが、当事者になると見えなくなってしまう。まあこれが業にまみれた世の中というものですが、その中でうごめいて終わるか、それともその先に行って音楽を創造するか、結局はその人の器でしかないですね。

自然は何よりも美しいですが、人間のようなつまらないプライドは持っていません。人間だけが小さなプライドというものに振り回されうごめいているのです。これだけ綺麗な紅葉も、ただ自然のまま、ありのままの姿でしかないのに、人間はどこまでもあれやこれやと画策し、追い求め論争を繰り返し、挙句の果てに優劣や格式を創り出し、それにまた振り回され、結局は本来の在るべき姿も判らなくなり、ありのままで生きるという生物としての本質的な生き方すらも忘れたまま生を終えてしまう。

音楽や芸術は、そんな俗世の中に生きる人間に、本来の姿を感じさせ、無垢な感性を呼び覚ますものであって欲しい、と私は思っています。黛敏郎さんは「音楽は祈りと叫びである」と言っていましたが、人間の存在の根源に至るのが音楽や芸術ではないかとも思います。

今、不安定な世の中に在って、音楽は何を奏でるのか・・・・?。「愛」なんて言うのはゆめゆめしいだけの、平和ボケで理想主義的なおめでたい感覚でしかないでしょうか?。少なくとも肩書きでけん制し合っているよりは美しい。
私は音楽家でありたいのです。

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