先日met live viewingの「テンペスト」を観てきました。私が見てきたオペラの中でNo.1ともいえるほどの充実した作品でした。大満足!
シェークスピア原作の「テンペスト」は色々な人間の側面を内包しています。親と子、兄弟、自尊心 虚栄心 愛憎、宗教観 etc.「古典」と言われ語り継がれているものは源氏物語や平家物語でもそうですが、人間の様々な姿が描かれています。だからこそ汲めども尽きぬ魅力に溢れ、語り継がれるのでしょう。今回の舞台にも様々な人間の姿、そしてドラマが描かれていました。
原作は古典ですが、音楽・脚本・演出・舞台美術全てが現代の新作です。先ず音楽が素晴らしい。トーマス・アデスの音楽は確かに難しい現代音楽ですが、違和感がない。複雑な和音も神秘的に響かせ、印象的なメロディーが随所に溢れている。音楽家の目で見ると歌手は大変だったと思います。しかしそれでいて進行を止めてしまうような、歌手の為の見せ所的なアリアがあまり無いので、物語全体のまとまりがとても良い。特にアデス自身が指揮した事もあると思いますが、複雑な部分での演奏も良く整っている。さすがブリテンの再来と言われるだけの事はあります。32歳でこれを書いたとは、信じられないですね・・・。
また脚本の方もシェークスピアのエッセンスを詰め込むのではなく、原作にはない主人公プロスぺローの心情などを巧みに盛り込み、逆に切り捨てる所は思い切って切り捨てる。全ては舞台という空間で表現することを第一に、見事な仕上がりになっていたと思います。特に最後の舞台をスカラ座に仕立てたのは実に良かった。ミラノ大公だったプロスぺローにとって、スカラ座は正にその執念を表し、最後に硬く凍りついた心から解放される場としてふさわしい。見事な演出でした。
主人公プロスぺローには サイモン・キンリーサイド。アデスは彼に演じてもらう事を念頭に作品を書いたそうですが、さすがの存在感。その重厚さは他には考えられないほどの大きさがありました。
そして今回のもう一人のスターは、妖精アリエル役のオードリー・ルナでしょう。この役で彼女に注目した人も多いのではないでしょうか。コロラトゥーラだと思うのですが、いきなり超高音で登場するあの技術は驚くべきものがあります。グルベローヴァを最初に聴いた時位の衝撃がありました。
また演技も秀逸で、体を軟体動物のように動かしながら演じ歌う様はこの世のものではありませんでした。正に妖精。是非他の作品でも聴いてみたくなりました。
そしてプロスぺローの心を動かすのはこの二人、プロスぺローの娘ミランダ役のイザベル・レナードとフェルディナンド公のアレック・シュレイダー。キャラが合ってないなんて書いているブログも見受けられますが、どこが?!私にはぴったりのキャラだと思いましたよ。人の印象は様々ですね。この若き二人が歌い愛し合う姿が、プロスぺローの凍りついた心を溶かし、執念と魔力から解放します。そこにはまた子離れというテーマも描かれていました。
写真が無いのですが、ラストは怪物カリバン役のアラン・オークのアリアで終ります。全てが去り誰も居なくなった島に一人佇み、「誰かいたような・・全ては夢だったのか・・」と一人歌う場面は感動的でした。天上から妖精アリエルの声が響き、オケがその旋律を支え・・・・見事としか言えない。作曲・演出・脚本・美術そして歌手達。それぞれの一流が最高のレベルで集う舞台でした。
シェークスピア作品は名言の宝庫です。今回も色々な名言が沢山ありました。ラストシーンで「人は自尊心で死ぬのだ」とプロスぺローが弟に言い放つ場面等、実にぐさりと来ます。この物語は色々な人間模様を表していますが、この自尊心に固まり、凍りついた心からドラマは始まります。またその心が溶けて行く事で人間の在り方というものが表現されて行きます。自尊心も虚栄心も、愛という普遍の魂にはかなわない・・・・。ドラマをたっぷりと堪能しました。
Metの姿勢はいつも納得がいきます。アデスの音楽にしても、演出や脚本にしても、古典に寄りかからない。古典を充分に研究し、その上で現代という視点で取り組んで、創造という芸術の基本姿勢から一歩も引かない。その自らの足で歩む姿勢は、邦楽人が今一番見るべきものだと思うのです。
表現活動をしていれば、常に賛否両論に晒されます。このテンペストも称賛する人から酷評する人までいます。でも何を言われても絶対に怯まない。それが表現者です。いつの世にも物知り顔で知ったかぶりの似非評論家はいるものです。そんな声に惑わされていては表現活動は出来ません。
私はMetの舞台も姿勢もとても好きです。そして自分でもそうありたいと思っています。琵琶はとても地味な音楽で
すが、コンプレックスに固まり、マイナーを気取っているような姿では居たくない。たとえお客様は少なくとも、Metには遠く及ばなくても、世界標準で、且つ同じ意気込みで作品を作り、舞台を務めたいのです。
益々Metから目が離せませんね!!