巨星落つ

長唄福原流横笛の人間国宝 寶山左衛門先生が亡くなりました。
皆それぞれ人生に大切な出会いがあると思います。私にも今まで数々の出会いがあり、現在がありますが、その中でもとても大きな存在、それが寶先生でした。

寶先生は先代と共に、横笛に革命を起こした方です。先生の功績なくしては今の長唄は無く、現在活躍している横笛奏者も出なかっただろう、と思われるほどの大きな足跡を邦楽という枠を超えて残しました。

そして私が邦楽界にデビューしたのは寶先生の舞台でした。紀尾井ホールの上に邦楽専門のホールがありまして、そこで開かれていた「寶山左衛門の世界」という公演でした。
最初は舞台係で、見台を持って行ったり、先生に笛を渡す役をやっていましたが、何度かやっているうちに、当時就いていた師匠の推薦もあり、舞台で演奏させていただくお話があり、邦楽界への本格的デビューとなりました。またその時の演奏が縁で、大分能楽堂の公演では寶先生と一緒に、先生の作品「花の寺」を演奏させて頂きました。正に私の琵琶演奏家としての人生は寶先生から始まったといっても過言ではありません。
また寶門下の方々ともそれから交流が始まり、今に至っております。         

              

これは大分での写真。私はかなり固くなっていたのが思い出されます。先生は何時も笑顔で、本当に綺麗に年を取るという事はこういうことだと思えるような、さわやかな方でした。「華がある」というのは正に先生のような人のことで、先生が舞台に出ると本当に舞台が華やかになって素敵な時間が流れていました。
俗には「華=若い、美人」などと混同されますが、そうではないのです。こればかりは本人の人間としての力なのです。気取らず、おごらず、まだ30代の駆け出しの私にも対等に接してくれる気さくさと、福原流を背負い代表する芸の深さ、そのどちらも持っている大きな大きな方でした。
「こっちで一緒にお弁当食べましょう」といって楽屋で御一緒した事など、色々な事が正に走馬灯のように甦ります。

            

こちらは大分公演の打ち上げでの写真。この公演はプロの琵琶演奏家としての初めての大舞台でしたので、自分でも気付かないうちに緊張していて、そのせいか演奏後の打ち上げではその緊張がほぐれて、結構飲んでしまいました。寶先生の横でかなり出来上がっている所をばっちり撮られてしまいました。

この秋には先生と共演した大分能楽堂でまた同じ演奏会があります。
先生と共演した「花の寺」を追悼の意を込めて演奏したいと思います。

本当にありがとうございました。そしてお疲れ様でした。

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