梅花の季節2022

先日は結構な雪が降って、ちょっと雪の風情も楽しもうなんて思っていたら、次の日は春を通り越して暑いと感じるような日差しでした。近くの公園では梅の花も咲き出し、河津桜のつぼみも大きくなって、蝋梅もちょっと密やかに咲いていて、もう気分は春に突入ですね。

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先日の善福寺緑地 まだこれからですね


季節の移り変わりを体感し、それを歌に詠み、感性を磨きあげて来た日本人は、文学も音楽も演劇も本当に素晴らしいものを創り出してきました。梅花桜花などの季節の花を眺めていると、この風土こそが日本文化そのものだと感じずにはいられませんね。古代から万葉集や古今新古今はもとより、「源氏物語」「平家物語」等の物語文学、平曲、能などの音楽や演劇が誕生し、更には茶道、華道、俳諧等の文化が花開き、近世には浄瑠璃(三味線音楽)、歌舞伎、その他あまたの文化を生み歴史を紡いできた歴史を見ると、もう圧巻と言っても良いくらいの豊かさだと思います。

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一昨年の善福寺緑地 上と同じ場所


しかし明治から西洋文明を取り入れ、昭和の戦後からはもう西洋一辺倒になって、世界=欧米であり、英語が世界共通語だと叩き込まれてきました。学校の音楽教育はすべてが西洋クラシックになり、英語・キリスト教文化圏の話題だけをマスコミに見せつけられ、そして誘導され、欧米の文化が一番優れ、格好良く、最先端のものだというように洗脳させられているという事を判って欲しいです。よく考えてみれば、英語の通じる地域は限られています。日本人は英語の通じる所にしか行かないから、英語=世界と思い込んでいるのです。地図を見ればイスラム文化圏の方が広くなりつつあり、人口も多くなってきています。西洋文明はもう落日と言ってもいいかもしれません。

現在は日本経済も落日どころかどん底のように言われていますが、今こそ日本の文化力が試される時が来ているのではないかと私は思います。日本の深く豊饒な文化力が残ってさえいれば、日本はこれから経済云々という事ではなく、独自の日本らしい道を歩んで行く事が出来ると私が考えています。政治も経済もその根底には、その国独自の文化があってこそ成立するもの。今はその根底をもう一度確認する時期なのかもしれません。

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photo 新藤義久


最近知人から回ってきたあるクラシック関係者の文章を読みました。書いた方は千葉県に生まれ、20代半ばにヨーロッパに渡り指導者として活動している日本人で、現在60代の大ベテラン。若い方へのアドバイスの形で書かれていました。通して読んでみて、この方が彼なりに頑張ってきたんだという事はよく判りましたし、これからの世代に対する気持ちも判りましたが、「芸術家と音楽屋」「クラシック音楽の伝統」「一流を目指せ」等々、あまりに前時代的で、多分に欧米コンプレックスに裏打ちされた言葉の羅列にびっくりしました。今まで自分がやってきた事がこれからも同じように続くと思い込んでいて、これが正しいのだという一つの形しか見えていないのでしょう。
世は移り変わり、世界的にも演奏会の形はどんどん変わり、興行のやり方も変わり、CDの売り上げは今後ほとんど無くなり、クリュレンティスやコパチンスカヤのような新たなセンスと、全くこれ迄とは違うやり方の人が成功している。今迄良いとされてきた事がひっくり返っている。そんな現実がまるで見えていない。ましてやこのコロナ禍にあって、急激な変化の中に在るこの時期に、こんな文章を出すという事は、自分を取り巻く小さな範囲しか見えないという事を示しています。私はこの文章を読んで、伝統邦楽の大先輩方と全く同じように思いました。可哀そうだけど、この思考では伝統邦楽と同じ道を辿って、彼の生徒達もしぼんで行ってしまう。挙句に自分の弟子で目が出ない奴(50代)が居るから何とかしてやってくれみたいな内容を見て、何とも哀れを感じてしまいましたね。

6m琵琶樂人倶楽部にて フルートの吉田一夫君と photo 新藤義久
多分この文章を書いた人は、後輩思いの愛すべき人なんだと思いますが、人の上に立つ器の人間ではないのに、年齢的にそういう立場に置かれてしまって、自分でも勘違いしているのでしょう。先ず第一に、何故日本人の自分がクラシック音楽を伝統音楽としてやるのかという、根本を突き詰めていないですね。欧米のものがグローバルスタンダードで、世界の基準だと思い込んで、自分は正しい道を生きて来たんだ、間違いない・・・・・こういう御仁は未だに結構多いです。今60代~70代のバブルを謳歌した世代に特に多いように思います。西洋アカデミズムの中でキャリアを積むことがステータスだと思い込んで、自分はそれなりに成ったと勘違いしていると、こんな言葉しか出て来ないのでしょうか・・・。そこに日本人としての誇りや矜持も感じられないし、且つてドビュッシーやラベルがクラシックの中に新たなジャンルを確立したような、創造する魂や志も全く感じられません。ただ西洋文化に同化させられているだけの音楽屋になってしまっては残念としか言えないですね。

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日本橋楽琵会にて Vnの田澤明子先生と

よく考えてみれば、生活も習慣も言葉も感性も宗教も違う地域の音楽を、同じようにやれと言っても無理があります。逆を考えればよく判る事でしょう。自分が存在するという事は、命の連鎖が何千何万世代に渡ってずっと続いてきたからであり、その運命を背負って、今ここに居るのです。いくら海外に渡って何十年住みついても、自分の受け継いだ血も生まれ育った風土も、この身からけっして消えはしないのです。その風土や歴史や宗教が、その地域独自の文化芸術を創り上げる事を考えれば、先ずは自分の足元にある文化を自覚することなくしては何も出来ません。それはどの国に行っても同じです。日本人が、この風土に培われた日本文化や芸術の感性を持ち、それを誇りに思う事は、海外に出て行く時に持ち合わせるべき必須の素養だと私は思います。憧れの海外に行って、お仲間に加えてもらって勘違いしてニコニコしているだけでよいのでしょうか。そこに人間として、そして日本に生まれ育った者としての誇りや矜持はあるのでしょうか。かつてのクラシックやジャズにはそんな人を確かに多く見かけました。自分一代で何か判ったようなつもりになる事自体が、浅はかとしか思えません。

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筝:宮城道雄 Vn:ルネ・シュメー

ドビュッシーやラベルやシェーンベルク、バルトークのように伝統の中に、新たなジャンルを創造する位やっている事こそ芸術家の芸術家たる矜持ではないかと私は思います。自分とは違う素晴らしいものと出逢い、そこから更に新たなものを創造する事、その行為そのものが芸術活動であり、それが芸術の伝統を受け継ぐ事ではないでしょうか。西洋アカデミズムに同化して優等生として生きる事は芸術活動でもなんでもないと思います。
かつては宮城道雄や武満徹、黛敏郎等が海外に向けて芸術活動を旺盛に展開していました。これからの若者には、その志を是非受け継いで欲しいものです。欧米コンプレックスに染まり、未だ舶来に憧れ続け自分の見えている所にしか思考が及ばないような、ちまちまとした目先の夢や食い扶持を追いかける姿はこれからの若者には相応しくない。若き日に素晴らしい音楽に触れ、感激したのなら尚更、世界一の歴史の長さを持ち、豊饒なまでの文化に溢れたこの日本の、次代の音楽を創り、世界に発信して欲しいですね。

世界には素晴らしいアーティストが沢山居ます。この動画は最近注目している方でパキスタン人のアーティストArooji ahtabという方です。彼女はバークレー音楽院で勉強した作曲家であり、歌手でもあり、映画製作のプロデューサーでもありますが、けっして自分の足元を忘れていない。是非聴いてみてください。自分のルーツをしっかり持ちながら、既存の権威や西洋のアカデミズムに寄りかからず、取り込まれることも無く、且つ時代に寄り添い作品を発表して行く姿は本当に素晴らしいです。彼女は既にアメリカでは知られている方ですので、日本でも知っている方も多いかと思いますが、NYタイムスから「2018年のベスト・クラシック・ミュージック・トラック25」にも選ばれています。

ものやお金が無くても歌は湧き出づる。その歌が出てくる感性こそが豊かさであり、アイデンティティーなんだという事をあらためて実感して欲しいですね。これだけの長い歴史と豊かな文化を誇る国は他にはないと思いますよ。自分の足元に溢れるような美があるという事を判って欲しい。そして誇って欲しい。右だの左だのという事でなく、この風土を、そして文化を愛して欲しいのです。西洋に憧れて、かぶれている時代はもう終わったのです。この風土に遍在する美を芸術を、世界に向けて発信して行く時が来たのだと思います。

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今はもう無い、かつての吉野梅郷


若い世代の方には特に、この豊かな風土を是非大いに大いに感じて欲しいですね。クラシックをやろうがジャズをやろうが、その根底にいつもこの風土があり、文化があるという事を感じていたら、そこから新たな音楽が生まれ、また日本は本来の日本を取り戻すでしょう。空海、道元、世阿弥、利休、芭蕉・・・新時代を創り出し、日本文化を創って行った偉大なる先達が、沢山自分の前に居るのですから、海外に居ようと国内だろうと、日本人として誇りを持ってこの風土から沸き上がる音楽を歌い上げて欲しいのです。日本人は古代に大陸から得たものを独自に発展させ、これだけの豊饒な文化を千数百年に渡って築いてきた民族なのですから、きっとこれからも素晴らしい音楽を紡いで行ってくれると思っています。次世代の音楽家に期待ですね。

これから花の饗宴とも言える季節になります。楽しみでなりません。

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