夢のお告げ2026

年が明けて早もう月末に近づいていますね。月末は静岡の袋井市メロープラザホールで演奏会があります。お近くの方是非お越しくださいませ。 何だか慌ただしく日々をすごしていますが、私は相変わらず毎日夢を見ます。必ずストーリーがあり、内容やその展開は全く予想がつきません。身近な知り合いから、ずっと会っていない人、知ってはいるけど会った事はない人、まるで知らない人等々、登場人物も実に様々。毎日ストーリーも違っていて実に面白いです。 最近特に面白いのは、夢で自分の隠れている感情を気づかせてくれる内容が時々あるという事です。後味の悪い夢などは全くないのですが、自分で妙に納得してしまう夢を見るのです。自分自身を客観的に見る事が出来、何か教えを授けられているような感じもありますし、潜在意識が表に出て来たのかとも思いますが、とにかく夢は私の栄養ですね。有難い限りです。

かの南方熊楠も夢の記録を詳細に付けていたそうです。熊楠は長い事海外で活躍し多くの論文を発表して、帰国後那智の山に籠って新たな粘菌や苔類を探していたそうですが、なかなか見つけられなかった時期が続いたそうです。そんな時、夢の中にその場所が現れ、実際に行ってみると新種の蘭を発見したというエピソードが有名です。 私は南方熊楠がとても気になっていて、難しい学問の事は理解が及ばないのですが、色々読んでいると日本の風土に宿っている霊性とでもいうのか、そういうものと肉体の繋がりを身体の中に感じる事が出来るのです。人間界を見るのではなく、大地そのものを見て、そこにかされ、共に生きて来た人間を見るというような大きな視野が感じられます。それは現代日本にとって大事な事を遺してくれているのではないでしょうか。

にとって夢は、何か自分に語り掛けて来るものと感じているのですが、実は気付きも探し物も、もう自分の中には答があるのかもしれないですね。現実の生活の中では、その答を持っている事に気が付かず、様々な社会の生活のバイアスに遮られているのかもしれません。

若き日

私自身は若い頃から自分の音楽をやりたいという事が長い時間を経て実現してきました。いわゆる成功したとか大きな収入を得たという事ではありません。ただ自分が直感的に感じた事は、自然とその方向に自分が動いて行くし、振り返ってみると自分がやりたいと思っていた音楽が確実に自分の人生になっています。確かに音楽の外側の俗世間的表面的なもの、例えば経済的な事やその他諸々の事はなかなか一筋縄ではいきません。色んな問題はあれど、自分の思う音楽が自分の人生になって来たという事です。 現世での成功などという人間の作りだした俗世界に意識が留まって、その中で試行錯誤しているようでは単に振り回されているだけで、いつまで経っても自分が望む道筋は見えて来ないでしょう。熊楠を見ていると、そんな俗世間は常にすっ飛ばして、風土と共に生きて来た人間の本来の姿に直結しているように思えるのです。

人はなかなか社会から離れられません。これ位の年になったら社会人として音楽家として立派でなくてはいけない。一門を作り上げ肩書やキャリアを並べ、何かしらいっぱしの体裁を成さなくてはいけない。そんな所が程度の差こそあれ、俗世間に生きる人間には誰しも心のどこかにあるものです。そういう自分の本質本体の外側にあるものに寄りかかって社会の中で自分を保とうとする姿、寄りかからないと生きて行けない弱さが夢によって暴かれ、気づかされ、そして解放されて行くのです。

それら無意識の中に入り込んでいるバイアスを飛び越えて行くのが芸術ではないでしょうか。既成の概念やルールなどに囚われる事無く自由に精神を飛翔させることが出来るのが芸術の世界ではないでしょうか。リスナーは風土に生まれ育ったこの肉体の奥底に脈々と流れているだろう感性や直感や野生を呼び覚ましてくれるような魅力を求めているのではないでしょうか。中学に入ったばかりの頃、ジミヘンのライブ盤を聞いた時の衝撃は未だに記憶の中に残っています。それまでの自分の知っている世界ではありえない、とんでもないものを感じたのです。それはそのまま自分の感情や肉体の中に直結した何かでした。最近はジャズでさえ、お稽古の延長のような技術や知識をひけらかすように聞かせようとするものが出て来ましたが、魂が抜けて行くという事はこういう事なのかもしれませんね。

私は薩摩琵琶の音色に大いに魅力を感じています。また永田錦心や鶴田錦史の志は大いに感じる所がありますが、残念ながら自分の中に眠っている野性を呼び覚ますような演奏や音楽は聴いたことがありません。だからその志を受け継ぎつつも自分で創るんです。自分の意識の奥底にあるもの、大地と直結した激しく躍動する生命をもった野生の思考、それが薩摩琵琶のあの音色からきっと紡ぎ出されるだろうと思っています。 生まれ出て来る作品は極静かな作品かもしれないし、激しく爆発するような作品かもしれない。表面の形ではないのです。中に秘められた野生のエネルギーを感じられるかどうかの問題です。現世に囚われている人間の頭で作った予定調和の世界を飛び越え、聴く者に風土と共に生きていた野生の時代へと誘ってしまうもの、そんな音楽を私は聴きたいですね。

私にんな根源的な気付きを与えてくれるのが夢なのです。でも何故このストーリーなんだろうといつも思います。荒唐無稽だったり、何気ない日常の風景だったり、もう全くルールも傾向も無いのです。そして見たい夢が見れるという訳でもありません。けっして願望がそのままストーリーになることは無く、全く違う設定、ストーリーが展開し、その中で何かが残りそして気付くという具合です。面白いですね。毎日の夢を全部覚えている訳ではないのですが、印象的な夢は本当に色々な事を教えてくれます。

に制約はない夢こそが魂の在り所なのかもしれません

良い夢を

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