ルーツⅡ~境界を生きる

私の音楽はジャズがルーツだと自覚していますが、その前段階の体験も大きいのですジャズは音楽を創って行く為のスキル古典文学や和歌などは感性土台として自分の中にあるのですが、ジャズに行くまでの段階が結構大きな影響をもたらしていると、今になってよくいます。

小学生の頃、地元のデパートにギター売り場があって、そこのクラシックギター教室に通っていました。先生はとても気さくな竹内京子先生という方で、まだ20代だったと思います。レッスンではクラシック一辺倒ではなく、PPM(ピーター・ポール&マリー)の曲などをクラシックギターで弾けるようにアレンジした譜面なども持ってきて教えてくれました。洋楽への視野は竹内先生のお陰で開いて行ったのです。ちなみにそのPPMの曲は「Early Mornin’ Rain」。邦題は「朝の雨(あしたのあめ)」。Peter Paul & Mary – Early Morning Rain (1966) – YouTube

先日袋井のメロープラザで演奏した平家物語の千手と重衡の曲は、その題名をそのまま頂き「朝の雨」としました。私の音楽原体験としての意味も込めて使わせてもらっています。

そして6年生の頃だったと記憶していますが、ツェッペリンの二枚組LP「Physical Graffiti 」を聴いて「こんな音楽があるんだ」と衝撃を受けました。小学生には「in my Time of Dying」や「Kashmirはかなりの刺激で、全く理解は出来ませんでしたが、独特の雰囲気が耳について離れませんでした。今でも20世紀の名曲だと思っています。そして多分これが私の今の作品の原点のような気もしています。私のメインの作品「Voices」や「二つの月」「凍れる月」一具などは、手法としてはジャズの影響が強いですが曲の雰囲気は明らかにツェッペリンやキングクリムゾンの曲が原点でしょう。そしてツェッペリンにはこうしたハードな曲の他、もう一面にトラディショナルフォークに根ざしたアコースティックな作品もあります。私も薩摩琵琶の器楽曲だけでなく、樂琵琶による作品群を発表していますが、それは正にツェッペリンのこの二面性を追いかけているのではないか、と今頃思ったりしますGoing to California」「The Battle of Evermoreなんか聞くとワクワクすると同時に、拙作の「塔里木旋回舞曲」や「Sirocco」がそのまま私のGoing to Californiaではないかと秘かに感じてしまうのです。ファンやショウビジネスに媚びないで、こうしたアコースティックな作品を打ち出し、自分のやりたい事を貫く彼らの姿勢にも共感しますね。懐の深さと矜持の高さが違う!!。

中学ではブラスバンドでコルネットを担当した事をきっかけにジャズにはまり、私のジャズ度はどんどん上昇して行くのですが、中学高校の頃はマイルスやコルトレーンを聴きながら、一方でツェッペリンやジミヘン、特にライブ盤「In The West」を大音量で狂ったように聴いていましたね。なかなかこの辺の話が出来る人はいませんが、20世紀の偉大なる音楽として是非若者にも聴いて欲しいものです。琵琶を始めた頃、私の中では、永田錦心はロバート・ジョンソン、鶴田錦史はジミヘンという位置付けで琵琶を聴いていました。

そういう音楽体験をしているので、私は常に「境界を生きる」という気持ちをずっと持っています。私の人間としての感性は、前回も書いたように両親を通して沁み込んでいた古典文学や和歌でありシルクロードの文化です。しかし自覚している音楽の原体験は洋楽なのです。その両面を持っているせいか、どちらか一方だと自分の中にギャップが生じてしまうのです。両輪が回ってはじめてバランスが取れるのです。例えるのはおこがましいですが、バルトークがコダーイと民族音楽の収集を熱心にして、その体験と知識を持ってクラシックの分野で作曲をしたような感じですね。シェーンベルクがやった、バッハ以降の西側ヨーロッパ音楽を突き詰め、その延長に辿り着いた、いわば正統クラシックの最前線の手法ではなく、風土に根付く民族の音楽と当時の最先端のアカデミックな理論の両輪を持って、それまであったクラシックの発展形ではなく、また民族音楽の延長でもなく、全く新たなオリエンタリズムを打ち立てて行った所がぐっと来ますね。

今私が琵琶でやっているのも同じで、日本の伝統文化・音楽を土台にしながらも、決してその延長線上ではなく、洋楽と出逢う事で、全く新しい日本音楽のジャンルを創り出そうという訳です。その最初が約30年前に作曲した「まろばし」であり、最新が昨年リリースした「AYUNOKAZE」に収録した「Voices」なのです。

メゾソプラノの保多由子先生と Photo 新藤義久

人の評価は別として、私自身は自分のやっている事が最初から実に明瞭明確なので、ためらいや迷いというものが最初からありませんでした。そこには私が子供の頃から周りに溢れていた和歌も古典文学も雅楽も能も、PPMもツェッペリンもジミヘンも、マイルスもコルトレーンも皆現在進行形で存在しているのです。10thアルバム「AYUNOKAZE」はそう云う意味で、私のこれ迄の軌跡がそのまま形になったことが嬉しいのです。

30年の時を経て、私の感性も肉体も随分と変化したように思いますが、土台となる日本と西洋の両方の文化体験は、年齢を重ねに従って益々面白く、また他にはない独自の感性だと感じています。巷には洋邦の表面的なエッセンスをくっつけたような安易安直なものも蔓延っていますが、そういうものは結局、自分の中に土台として存在していないから、表面に見える技や形をくっつけて、ただ表面をお着換えしたくなってしまうのでしょう。そこからは目の前の賑やかし以上のものは生まれません。奇をてらって稼ごうとするショウビジネスの醜さの最たるものだと思っています。ブルースやジャズのように異なる文化が出逢い、そこから生まれ出る新たな世界、新たなジャンルになって行くような音楽を創りたいですね。

箱根岡田美術館にて

異なるものが出逢うぎりぎりの境界を生きるのは私の運命であり、今生で与えられた使命だと感じています。それが私にとって一番自然で無理がない。これからも境界を生き、洋楽でもなく邦楽でもない、新たなジャンルとなるような音楽を創って行きたいですね。永田錦心や鶴田錦史のように次世代の琵琶樂と感じさせるような音楽を。

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