大切なもの

外はもう植物が一斉に芽吹いて桜も咲き誇り、正に命の饗宴という感じですが、今年はお花見に浮かれている訳にはいきませんね。東京に居ると、世の中が日常を取り戻したかのように一見思えるのですが、実はこれからが大変なんじゃないでしょうか。行政の対応も考え物ですが、何か大変な事態になってしまうような気がして心配です。

3月は震災の記憶もありますし、こうした先の見えない時代になると、毎日を自分らしく生きているか?。そんな問いが自然に沸き上がってきます。
俗世間の中に身を置いていると、ついつい余計な所に目が行ってしまって、本当に自分の人生を生きているか、と問われると反省しきりですね。少なくとも、目の前の小さな欲望に振り回されないようでいたいものです。現代社会には、今やあらゆる分野に虚栄心が満ち溢れ、皆の視野が近視眼的になって、欲望をぶつけ合って疲弊している。私にはそんな風に見えて仕方がないのです。特に今、世にはびこる「エンタテイメント」は現代の病気じゃないかと思う事もしばしばですね。しかしながら自分自身もきっとそういうものに何かしらの影響を受けているのでしょう。

私はこれまで何か大したことをやり遂げた訳でもないし、肩書も財産もありません。しかしお陰様でやりたい事をやって生きているという充実感は、しっかりとあります。
私は何事にも「振り回されない」という事をいつも念頭に置いているので、組織や業界というものとはほとんど関わりなく、そういう部分でのストレスは感じませんが、一番の大きなストレスは、実は自分の中の卑俗な小さな心かもしれません。誰しも目の前のことに躍起になってしまうのは仕方が無いですが、目の前の小さな視野や欲望に振り回されること程、ばからしいことはありません。最近では承認欲求などという言葉も言われていますが、他と比べて、自分自身を図るという生き方をいくらしたところで、自分の人生は全うできません。自分の所属する小さな社会やレイヤーの中で自分の位置や優位性を確認していても、または目の前の欲望をその場その場で満たしていても、ただ振り回されているだけで、本当の素のままの自分の生は輝かないでしょう。
私は強い人間ではありませんので、時にふらふらと横道に逸れ、振り回されたりしながらも、その時々で軌道修正して、細々ではありますが何とか生きています。そんな感じですね。でもまあありがたいことに色んな面での良きパートナーや仲間達にも恵まれ、自分のペースで仕事をさせてもらって、本当に感謝しています。
photo Mori osamu

仏教では、この世は虚仮などと言いますが、最終的に自分で実感できるのは、何なのでしょう。遺した物やお金でもないし、自分の生きて来た軌跡を自慢に思ったところで空しいだけです。以前は気にも留めませんでしたが、年をとったせいか「ただ愛だけが不変である」という宗教家が説く言葉は、年齢が行けば行く程にどこか惹かれてしまいますね。
最近は法華経に少し興味が出てきたのですが、判らないなりに少しづつ亀の歩みの如く読んでいると、法華経の壮大な宇宙観のような世界が、自分にまとわりつく付着物を取り除いてくれる感じがするのです。今やALife(人工生命)という言葉も出てきている時代ですが、人間も植物も全ては限りのある有機体ですので、盛りの頃もあれば、また終わりもあります。しかし最後には肉体を離れ、俗欲とも離れ、愛という意識(存在)だけになって行くというのも判らないでもないですね。H氏の言っていた「愛を語り届ける」という事は、こういう事だったのかもしれません。

これからきっと世の中は大きく変わって行くでしょう。このパンデミックは、現世のあらゆるシステムを変えてしまう事と思います。これからは意識を大きく変えて、これまでの視野を超えて行かないと自分の人生は全う出来ないように思います。

昨年12月の日本橋富沢町楽琵会 能楽師の津村禮次郎先生 ヴァイオリニストの田澤明子先生と 
photo 新藤義久

自分が大切なものは何でしょう?。「形」にしがみついても、何も持っては行けません。私は琵琶を弾く事、そして新たな琵琶樂の世界を創ることが自分に与えられた仕事だと思い、日々生きていますが、それも肉体が無くなってしまえば琵琶を手にすることも出来ません。琵琶にだけ視線を送るのではなく、結局はH氏が言い残したように、琵琶を通して「愛を語り伝える」ことが使命なのでしょう。私にとっての大切なものは、琵琶の先の、その視野なのかもしれませんね。このパンデミックは私にそう語りかけているように思います。

たいそうなことを思わずとも、常識や因習の中からも飛び出して、愛しいものを愛し、皆と心から生きる事を楽しみ、素晴らしい音楽を創り出したいですね。欲に振り回されている人生などごめんです。
大きく変わって行くだろうこれからの世の中で、旺盛に生きようじゃありませんか。

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