

先日は毎年恒例の半蔵門ヒロサロンにて、フルートの久保順さんと演奏してきました。昨年はViの田澤明子先生との演奏でしたので、このサロンでは洋楽器とのコンビが今後定着して行きそうです。順さんの「着物でフルート」のスタイルも、もう定番になりつつありますね。
今年の4月は例年になく何だか妙に忙しかったのですが、この演奏会で一段落。このGWはじっくりと曲創りに取り組めそうです。以前記事にした「四季を寿ぐ歌」と独奏曲・弾き語り曲の見直し、新作の構想練りなどやりたい事はいっぱいあるのです。

「他を軸としない」、「肩書きを追いかけない」、「自分の目的を優先する」「共演者が輝くような曲を書く」・・・等々、邦楽の世界に足を踏み入れて、私が感じたことそのままを、あらためて言ってくれている様な気がしました。現在の邦楽界はこれら全てが全く逆ですね。
最近では承認欲求という言葉もよく聞かれるようになりましたが、我々舞台人は、常に評価をされてナンボなので、自己顕示欲や承認欲求は舞台人として大事なところではありますね。しかしそれが、おかしな所に傾くと、もはやアーティストではなくなります。
プロ活動を始めると、いつしか売れる為、食う為に、技術を切り売りするかの如く何でもやるようになりがちです。売れなければ意味は無いとも思うようにもなるでしょう。確かに音楽で生きて行くには稼がなくてははいけません。その気持ちは切実ですし、身に染みて良く判ります。音楽で食べていくことが出来ないのでは、もはやプロとはいえませんからね・・・。


松林図屏風
中世の日本画家 長谷川等伯は、寺が新しく建立されたと聞けば営業をかけ、常に帳簿をつけて一門を従えて経営にいそしんでいたそうです。しかし長谷川等伯はそういう食って行く為の営業に振り回されて、自分の目的を忘れるような事はなかった。何処までも自分の目的を達成する為に何が必要か、ということを考えていたのです。でなければあれだけの作品は残せません。つまり営業活動に隷属はしなかったということです。
食って行く為の芸に陥り、食う事が目的になって、有名になりたいという承認欲求に傾いた時点で、芸術家音楽家はお終いです。生きて行くにいろんな努力が必要なのは、どの職業でも同じ事。しかしそこに囚われていたら目の前の承認欲求は満たされても、本当に自分が思う「自己実現欲求」は満たされません。いつしか承認欲求の奴隷に成り下がって行くだけです。まあそうなる人は、その程度の器でしかないということですが・・・。

トルクメニスタン アシュカバッド マフトゥムクリ記念国立劇場にて
私はどんな演奏会でも、ほぼ100パーセント自分の作曲した作品を演奏するので、技術の切り売りということは無いですが、とにかく作曲が自己実現へのキーワードです。評価はもちろん気にならないといえば嘘になりますが、とにかく何を言われようが、自分がやりたい事を「仕事」として実現して行くのが、一番の目的です。
私は曲を書くときに共演者を想定して書くのですが、共演者が変った時には、前のやり方を押し付けるのではなく、自由に解釈してもらいます。そして共演者が「これは自分の曲だ」と思える位に、とことん曲に向き合ってもらって、それから共演します。だから相手が変われば曲はどんどん変わるのです。しかし形が変れど、コンセプトの舵取りは常に私がしっかりやっているので、私がやろうとしていた事は確実に実現します。そのようにフレキシブルに私自身が対応するのです。相手の個性を生かしつつ、私の軸も揺らがせない。このバランスが保てるからこそ、あらゆる場での演奏活動が実現し、私の思う表現も実現するのです。
相方に思う存分活躍して欲しいですし、相方の演奏が生きてこそ、音楽がまた新たな命を得て輝くというもの。しかし相手の個性や魅力を生かすだけでは、私の音楽は成立しません。毎回再構築して行くという訳です。つまり私は作曲家であり、プロデューサーであり、そして演奏家なのです。プロとはそういうことが出来る人だと思っています。上手に演奏するだけではないのです。そしてこういう考え方は、明らかにマイルス・デイビスの影響だと思っています。
私が実際に聴きに行ったライブアンダーザスカイ 85年と新宿(現在都庁のある場所)での野外公演81年
今、伝統と呼ばれているものは、ほとんどが明治以降や昭和以降というものが多く、「伝統ビジネス」などと揶揄されていますが、音楽を聞かせることよりも、形や権威付けをしたがったり、偉くなりたいと思うその本質は正に承認欲求です。つまり自己肯定感が低過ぎるのです。肩書きつけて偉くなるよりも、素晴らしい音楽を創り上げるのが音楽家の目的なはず。本来の自分の目的を忘れずに、成就して欲しいですね。そのためにももっと自分のやっていることに自信を持って欲しいのです。

キッドアイラックアートホールにて ASax:SOON Kim Dance:牧瀬茜 映像:ヒグマ春夫 各氏と
時代と共に様々な形が出来上がり、色んなやり方があって良いのです。個人が世界に向けて発信するこの現代には、現代のやり方があるものです。かつて50年ほど前、鶴田錦史の演奏に日本音楽の最先端を感じ、現代邦楽に皆が熱い想いを持って耳を傾けた時代がありましたが、もっと遡れば100年程前、大正時代辺りには、永田錦心や宮城道雄の創り出した、あの最先端の日本音楽に世の中が熱狂し、それを受け継ぎ、次世代に向けて次の最先端を創り出そうという熱い志も確かにかつてあったのです。今また新たな価値観、やり方、スタイルが出てくる時期に来ているように思います。
プロとして活動できる邦楽人がどんどん出て来て欲しいですね。