今年はまだ積雪で困っている所があるというのに、もう関東では春の風情になってきました。と同時に春は花粉も飛び始めて、声を使う者にとっては厳しい季節でもあります。春は仕事が少なめではあるのですが、この春はありがたいことに色々とお仕事を頂いています。穏やかな春の風情をのんびりと楽しみたい・・・なんて隠居暮らしみたいな事は、私にとってはまだまだ先の話ですね。
先日は今年初めての日本橋富沢町樂琵会で、8thCD「沙羅双樹Ⅲ」の発売記念演奏会をやってきました。まあ小さな会ですので地味なものではあるのですが、今回はCDにも参加してくれたViの田澤明子さん、尺八の吉岡龍之介君にゲストで来てもらいましたので、内容はなかなか充実して、嬉しい演奏会となりました。


今回はオープニングに「祇園精舎」を弾き語り、続いて「まろばし~尺八と琵琶の為の」「二つの月~ヴァイオリンと琵琶の為の」「壇の浦」というプログラムでしたが、やはり私は器楽を中心にしたプログラムが一番しっくり来ます。歌が中心のものではどうにも自分自身が発揮できません。ジェフ・ベックやウエス・モンゴメリを聴いて育った少年は、大人になっても根っこの所は変わらないですね。どこ迄いっても、自分は器楽の演奏家だとつくづく思います。とにかく自分の世界をしっかりと「琵琶の音」で表現したいですね。
「まろばし~尺八と琵琶の為の」を吹いてくれた吉岡君は、これまで何度か大きな舞台でも共演して来ましたが、彼は若手ながら弱音がなかなかに素晴らしく、今回も弱音を生かした演奏で「まろばし」を吹いてくれました。スーパーテクニックを誇示しようという尺八奏者が多い中、貴重な存在だと思います。
邦楽器はやはり邦楽器らしくあるのが一番。世界がマーケットとなった今、その独自の世界観こそが一番の魅力であり、他に類を見ない芸術的感性に溢れていると思うのは私だけではないでしょう。今だに既存の舶来音楽を邦楽器で表面だけなぞって喜んでいるものが多い現状は、何とも情けない・・。
薩摩琵琶もあの音こそが唯一無二の魅力です。決して歌や声ではないと私は思っています。これからあの音にどれだけの世界が広がり、哲学が深まって行くか、この辺が琵琶が世界に出てく鍵だと思います。声を張り上げていても琵琶の魅力は伝わらないと思うのは私だけでしょうか・・・?。
薩摩琵琶は歴史がない分、思い切って色々とやれるというのが良いですね。「まろばし」はそうした尺八と薩摩琵琶の魅力を十二分に発揮できるように作曲しましたので、吉岡君とのコンビネーションは今後の展開が面白くなって行くと思います。



そして今回はなんといってもヴァイオリンの田澤明子さんとの共演です。私は何かとヴァイオリン奏者と縁があって、これまでにも分不相応にもハイレベルな方々と共演させて頂きました。しかし今回は特別です。あの田澤明子さんと拙作の「二つの月」を演奏するんですから、気合が入らない訳がない!!。昨年レコーディングは終わっているのですが、舞台では今回が初演ですので、久しぶりに身が引き締まる思いがしました。
終演後、お客様と歓談中
「まろばし」にしても「二つの月」にしても、こうして舞台の上で鳴り響いたことに本当に嬉しく思います。まして自分の作品が一流の演奏家によって演奏されるというのは格別ですな!。
田澤さんと対峙するには、私はもっともっとレベルを上げないといけないのですが、先ずはこのコンビネーションでの第一歩が踏み出せて嬉しかったです。アンコールには「塔里木旋回舞曲」も二人で演奏しました。田澤さんのアドリブはなかなかいかしてましたよ。
昨年に録音したものがCDとなり、ネット配信が完了し、更に舞台でこうして実現して行くこの過程は実にスリリングであり、且つ大きな喜びです。
音楽はとにもかくにも舞台で実現するまでやらなくては命が宿りません。練習しただけ、作曲しただけ、録音しただけではリスナーに届かない。何度も何度も舞台にかけてこそ音楽としての生命が輝くのです。

私の作曲の師 石井紘美先生は「実現できる曲を書きなさい」とよく言っていました。オケと琵琶のコンチェルトなど作ったところで実現の可能性はありません。先生は更に「貴方は自分で演奏できるのだから、自分で演奏出来る曲を書いた方が良い」とも言ってくれました。私はその言葉が今になってよく判るのです。世に溢れる現代音楽の新曲も、そのほとんどは再演されることなく埋もれていってしまいます。私は自分の曲をそ
んな運命にしたくない。だから自分で実現出来る曲を書くのです。
ありがたいことに、私は普段の仕事からほぼ100㌫自分で作曲したものを弾いて生業とさせてもらっています。これからも自分の作曲したものに命を与え、何度も演奏することで輝くようになるまでやり遂げようと思っています。創るだけ、演奏するだけ、録音するだけでは仕事は終わらないのです。

外はもう梅花が膨らみ始めたようです。また今年も色々なものが動き出す季節になってきました。この会の前日14日のヴァレンタインデーの日に「沙羅双樹Ⅲ」もネット配信となり、世界に飛び出てゆきました。今年はちょっと今までとは違う展開をしてゆくような気がしています。もう少し先の世界に足を踏み入れてみたいですね。