
先日、ベテランの役者さんのお宅に伺って、7世松本幸四郎が弁慶をやった勧進帳のDVDを見てきました。昨年から勧進帳の掛け合いを度々やっていて、私が弁慶役をやっているので、ぜひ名人の舞台を観てみたいと思っていまして、今回一番の名演といわれるDVDを観させていただいた訳です。さすが歴史に残る舞台と言われるだけあって惹き付けられるものがありますね。これだけの芸が出来上がるには、どれだけの努力と感性が必要だったのでしょう・・・。そしてその下地となったものはどんなものなんだろう・・・。色々と勉強をさせてもらいました。
現代でもきっと素晴らしい作品は生まれていると思うのですが、あまりにエンタテイメント優先になってしまって、こうした作品は埋もれているのでしょうね。観終わってからは、お酒や食事も出していただき、演劇の話を色々と伺って、たっぷりと芸術談義に酔った夜でした。
一流の作品はいつ観ても色褪せないですね。こうした芸術作品を是非次世代に残して行きたいものです。

伺ったのは新宿駅のすぐ近くでしたので、新南口で待ち合わせをしたのですが、改札の前はいかにも人工的な色のイルミネーションで飾られ、何だか私の中の新宿のイメージのとはまるで違う世界でした。
私は、青春時代それも10代の頃から新宿によく通っていました。住んでいたのは高円寺でしたので、中央線界隈が私のテリトリーだったという訳です。今思うと、酒の飲み方も知らない、本当の子供だったのですが、日々刺激がいっぱいで楽しかったですね。それに1980年の前後の音楽界はとても刺激的でした。ジャズの大物マイルス・デイビスが復活して、私はレコードでしか知らないあのマイルスが見れる聴けるとあって、かなり興奮して新宿西口での野外コンサートに駆けつけたのを覚えています。私が実際現場で聴いていた時の映像がこちらです。Youtubeに出ていました。
この時聴いたギタリスト マイク・スターンの演奏が飛びぬけていて、当時の私の魂を貫きました。テクニックはロック、中身はジャズという彼独自のスタイルに感激してしまって、「自分の行く道はこれしかない」なんて具合に叫びながら帰ったものです。完全に脳がやられてしまいましたね。10代の小僧には強烈過ぎる刺激でした。こうした新しいジャズに日々心酔し、ジャズ以外のことは目にも耳にも頭にも入らないような日々でした。どうやって日々生活していたのか、さっぱり覚えていません。
この写真はもう20代半ば近くの頃。パンクジャズみたいなサウンドのバンドでした
世はバブルに向かう直前でしたので、熱気というより、妙なうねりとでもいうようなものがありました。自分の生活と世の中の進む方向に、いつもずれを感じずにはいられなかったのを覚えています。
あの頃はジャズの先輩に連れられて、お決まりのゴールデン街や二丁目などによく行ってました。お勤めの方とはちょうど6時間くらい時間がずれて動き回っていたので、私の新宿のイメージは常に夜であり、正に世の中の影の部分や闇を背負った街でした。
しかし今やゴールデン街も観光地化して、二丁目ですらメジャーになって、綺麗に治まり体裁が良くなって、昔の猥雑でちょっと危険な感じは無くなりつつありますね。新宿に限らず世の中全体から闇が消え、全てに渡って濃密なものから、おしゃれでお手軽なものへと移行する現代は一体何を生み出し、残して行くのでしょう・・・?。
芸術はいつの時代もその時々の感性で作品を生み出してゆきます。過去に憧れて現実の中の自分を直視しないことは既にオタク状態であり、芸術の精神と姿勢からは離れているといえます。しかしながら新たな感性で新たなものが生まれてゆくのだと思いながらも、品行方正で体裁ばかりが整った姿には、リアルな人間の営みはあまり感じられないのです。時代が変わっても「愛」は人間から無くならないように、闇もまた無くならない。スマホが当たり前になっている現代でも、人間の営みは古代からそう大して変わらないと私は思っています。闇の消えた街はもう人間が行き交う街ではない。そこに人間の営みは無く、またそんな所からあの勧進帳の名演は生まれてこないでしょう。私にはそうとしか思えないのですが・・・。
音楽や芸術は本来、人の営みの中から紡がれ出されたものであり、上手下手というところでは判断できないはず。お稽古事とは全く質の違うものなのです。だから生々しいほどにこちら側の心に飛び込んでくるのです。それが時を経て洗練され、濃密なものになって行くのです。
「わび」を通り越して「さび」に至る、中世に完成された日本の感性と哲学は、闇を内包した上でこそ、その美しさを感じ取るものではないでしょうか・・・?。ものが艶めくのは、闇が内包されているからであり、美の裏側に醜があり、朽ち果てて行く死をもその内に秘めているからこそ美なのであり、それをこそ美というのであり、私たちはその美を求めてきたのではないでしょうか・・・・?。安手の人工的なイルミネーションで表面を飾られたものではなく、むら雲に隠れる月の淡い光にこそ、美を感じ、そこに創造性を育み、文化を芸術を生んできたのではないでしょうか。
勧進帳の名演と真逆の新宿のイルミネーションが、私の中に想いをめぐらせました。そして30年前の自分の姿も思い出させてくれました。