三番町ヒロのサロンコンサートが終わりました。声も充分に戻って、気持ちよく演奏でき嬉しかったです。こういう小さな会は私の原点。琵琶奏者としての活動は、こうした小さなサロンコンサートから始まったのです。あの頃はブッキングしてくれていた方が関西の方だったので、毎月大阪や奈良、京都に行って、サロンコンサートを廻っていました。懐かしいですね。

30代の頃、音楽プロデューサーのOさんによくお世話になっていました。私の顔を見れば先ず、「所作を学べ」と会う度に言われたものです。サロンコンサートを沢山するように勧めてくれたのもこの方で、その助言に従って関西でサロンコンサートを色々とやっていました。技術は勿論の事、「人間力を磨いて来い」とよく言われたものです。今思えば、あのまだ何も判っていない若き日に、そういうことを口すっぱく言ってくれる人がいたお陰で今がある、とこの年になってしみじみ思います。
こういう小さなサロンコンサートは、目つきや表情など所作が丸見えですし、演奏の合間に入れるMC一つとっても素養も何も人間そのものが全部見えてしまうので、一番怖いものでもあります。足を運んでくれた人との会話、ふれあい・・。そうした事すべてが音楽なのだ、とよく言われたものです。「魅力ある人から魅力あるある音楽が出てくるんだ」としょっちゅう説教されてました。今回のヒロサロンでは、そんな若き日のことを思い出しました。
また機会があったらやってみたいですね。
ラ・ネージュにて
私はとにかく歌ではなく、琵琶の音色を聴いて欲しいのです。琵琶はこんなに魅力的な音色をしているのですから、そこを聴かせないでなんとする!!。残念な事に薩摩琵琶は歌自慢で終わっている人がほとんど。ろくに楽器の調整も出来ていない人も結構いる。実に実に嘆かわしい限りです。
とにもかくにも音色、そして楽曲!!。更に独自の個性と魅力が音楽に溢れているかどうか。琵琶楽の今後はこれにかかっていますね。お上手かどうかではないのです。
それと私個人として最近思うのは、今のスタイルのその先があるのではないかということ。例えば弾き語りなどは、従来の形にのっとったものでなく、もっと独自の形があるはずだ、という想いが常にくすぶっていますし、器楽に於いても、確かにどんどんと充実したものが出来上がってゆくのですが、もっとその先の世界があるような気がしてしょうがないのです。漠然としていて何も見えないのですが、もっと自分らしい独自の世界が待っているような気がしてならないのです。可能性としては色んな方向性があると思いますし、今はとにかく楽曲創りに専念したいと思います。


さて今週は琶樂人倶楽部、大久保ルーテル教会、横浜イギリス館と休むまもなく続いています。今年は春からずっと週に2回は大小演奏会があるというペースです。リハーサルなどもあるので、ゆっくりしている暇も無いのですが、まあ他のジャンルから見れば、これでも結構隙な方ということになるのでしょうね。ペースはともかくとして、問題はやはり中身。充実の舞台をやって行きたいです!。
まだ夏は始まったばかり!!。今年の夏は忙しくなりそうです。