六年の祈り

先日3,11の追悼奉納の演奏を、福島の安洞院でやってきました。

6年経つと、もう東京では震災の事も話題に上らなくなりますし、節電なんてことも誰も言いません。いまだ行方不明者も多い中、時間だけがどんどんと過ぎて、記憶の中からは消えて行ってしまいます。しかしながらこの震災は原発事故も含め、多くのことを考えさせられ、現代日本人の価値観が変わったともいえる、とても重要な出来事だったと思っています。毎年追悼の会に参加させてもらっていますが、年を追うごとに新たな課題を突きつけられているようで、今後の日本のあり方を考えずに入られませんね。

祈りの法要チラシ4-01m

この日は慰霊塔での法要の後、全国から募集した震災への想いをつづった手紙を詩人の和合亮一さん、俳優の夏樹陽子さんが朗読しました。心に残るものが多かったですね。近いうちに安洞院さんがWeb上で公開してくれると思いますので、また改めて紹介します。その後は和合さん書下ろしの新作「詩ノ黙礼 白狼」を私と和合さんで上演、そして最後に津村禮次郎先生と私と夏樹さんとで「良寛」をやって来ました。

1和合さんとのデュオ リハ
和合さんは、「どこにも属さず、己が求めるところを行き、全国を歩き回った」良寛を狼と捕らえ、「詩ノ黙礼 白狼」を書きあげました。朗読の時も裸足になって読み上げ、私 とのやり取りはまさに丁々発止の如くで、生き生きとした良寛の姿が浮かび上がりました。
良寛はけっして手まりをついて子供と遊んでいるおじいさんではないのです。その心は正に狼の如くだったろうと思います。当時の形骸化し、堕落した宗門をはっきりと批判し、どこにも属さず、真実を生きたその姿には、夏目漱石を始め、今なお多くの共感が寄せられています。残された詩や書にはその精神が生き生きと見て取れますが、同時に万葉集などの古典に自分の根をおいていた事も伺わせます。深い教養と知性、鋭い感性、ぶれない強固な志、実行力・・・、人が惹きつけられるのは当然ですね。

そして良寛の想いや心は長谷川泰という人物に受け継がれ、そこから現代の日本の医療の分野に受け継がれました。野口英世や北里柴三郎もその流れの方なんですよ!

想いを受け継ぐという事は今、一番日本にとって大事なことだと思います。形ではなく、あくまで想いや心こそ一番大切ということをこの震災で実感しました。その意味でもこの3,11に「良寛」を上演した事は大きなでことでした。

    「良寛」の終章 魂の舞(舞:津村禮次郎 作曲・樂琵琶:塩高和之)
日本は腰をすえて次世代を見つめ生きて行かなくてはいけない時代に入ったと思うのは私だけではないでしょう。今が楽しい、便利、快適ならOKという時代ではない。この震災が一つのきっかけになったことは間違いないし、今、次世代へのビジョンを考えなくては、本当に未来が無い。政治は勿論、社会の構造的問題や人々の価値観や哲学の問題、世界との関わり等々、あらゆることがこれから大きく変化せざるを得ない時代だと思っています。
何を受け継ぎ、次世代に渡してゆくことが出来るのか。これが今を生きる我々の大きな大きな課題でしょう。

       リハ1打ち合わせ1  
                      リハーサル中 夏樹陽子さん、津村禮次郎先生、和久内明先生(脚本)、和合亮一さん、横山住職


人は刹那に生き、目の前の人生に振り回されるがごとく日々を消費してゆくものです。今の邦楽や琵琶の世界を見ても、受け継ぐなんていうことを口では言いながら、意味も考えず形ばかりをなぞり、「こぶしを如何に歌い上げるか」なんていう「お上手」に執心し、ほとばしる心の表現や創造性はどこへやらというものばかり。形骸化の一番良い例です。何事もこうして中身の意味を失い、滅んで行くのです。

震災の時も思いましたが、形など簡単に壊れてしまう。例えば、地域の民俗芸能をお祭りのように再現したところで、心が戻らない限り、形ばかりの笛の音が響いても意味は無いのです。
逆にたとえ形はなくなっても、心を失うことさえなければ、笛の音に、唄に想いをはせ、新しい音楽を創ってゆく事は出来る。新しい次世代の音楽を創ってゆくことが出来る。今我々に求められているのは、形を守る事ではなく、想いや心を新しい形にして、次代へ伝えて行く事ではないでしょうか。受け継ぐ事が出来るのは形ではない。心や想いしかない。私はそう考えています。
もう今まで通りやれば何とかなる時代ではありません。世界と簡単につながり、世界のものや人が押し寄せてくる時代に入ったのです。生活はこれからも続いてゆくのです。琵琶楽のように衰退するわけには行かないのです。形骸化し、硬直した感性や哲学、形式はどんどん変えて、日本の心を受け継がなくては!

今回はいつもの大きな舞台でやっている「良寛」でなく、夏樹さんのナレーションが入った1時間バージョンでしたが、かえってすっきりとして、内容も判りやすく、洗練されたものになりました。夏樹さん津村先生とも本当に大ベテランなので、とてもスムースに展開し、私としてはとてもやり易かったです。それにしてもお二人とも絵になりますね。こういう存在感はなかなか身につくものではありませんな。

震災のこうした集いが、ただの形式的なイベントになって行かない為にも、色々な形で語り継ぐ事はぜひとも必要だと思います。今回、全国から寄せられた手紙の朗読を聴いていて、これは続けなくてはいけないな、と強い想いを持ちました。
私はエンタテイメントの人ではないので、客寄せ的なことは出来ませんが、良寛の持っていた次世代への眼差しを自分なりに持ってこれからも生きて行きたい。

大きな課題を背負っている事を感じた3.11でした。


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