いざなふ月

先日は見事な満月でした。きっと多くの芸術作品があの月から生まれたことでしょう。

その小望月の日、月3私は用事で出かけた後、かねてから気になっていた、ドビュッシー展を観てきました。この間書いたバーンジョーンズと同じ、19世紀末から20世紀初頭に活躍したドビュッシーですが、彼が居たパリでは、当時画家・音楽家・詩人等々の芸術家達が日々こぞってサロンに集い、そこからあの類い稀な芸術が生み出されてゆきました。

ドビュッシー2

勿論ドビュッシーの周辺にもマラルメ、ヴェルレーヌ、ボードレール、ドガ、ルドン、サティ、ショーソン…きりが無いですが、そんな人々が集い、熱い会話を交わしていました。素敵ですね。私もこういう所に行って芸術談義したいですな。当時はジャポニズムの時代でもあり、その頃の写真を見ると、サロンにお坊さんの彫像が有ったり、浮世絵をバックにドビュッシーとストラヴィンスキーがポーズ取っていたりして、なかなか面白いです。

ドビュッシー
ピアノを弾いているのがドビュッシー

19世紀後半から20世紀前半のパリは正に芸術の都だったのだと思います。人々が芸術を求め、芸術家の生み出す作品も社会と深く関わり、街全体が芸術だったように思えてなりません。映画「Midnight in Paris」の世界ですね。私は元々音楽に関しては、ヨーロッパ各国の古楽と共に、フランス近代ものがとにかく好きで、近代という時代は私の中でも大切にしたい興味深い時代なのです。

特に「牧神の午後への前奏曲」は近代の作品の中で一番好きな曲でして、この曲で本格的にクラシックに目覚めたといっても良い位です。最初に聞いた時、我が家のARCAMのスピーカーからは、様々な色彩が流れ出で、煌めくような、戯れるような生命を感じました。踊るように自在に伸縮するリズムはその息吹のようで、それらどれもが命を持った音として体の中に満ちて行った事を、今でも鮮明に覚えています。それ以来、ドビュッシーの音楽は、私の中では重要な位置を占めていて、何ものにも囚われないこの表現・音楽こそ自分が求めていたものだ、という想いを今でも持っています。

芸術でもエンタテイメントでも楽しいというのは大事なことです。マンレイ
かつてはエンタテイメントが熟成を経て深まって行く「時間」、または時代の「弾力」ともいえる大きな器が世の中に有りましたが、現代にはそれらが無くなってしまいました。だからどんどん刺激を増して目を引くしかなくなる。それらは何を生むのでしょうか・・・・?

武満徹さんは「行き過ぎた文明を止めるのは文化だ」と言っていましたが、芸術に触れ、感動を覚え、そこから人間の生きてきた歴史や社会に想いを馳せ、人間の存在に目を向けて、愛を、人生を想い心が充実して行く、そういう精神の成熟が今、必要なのではないでしょうか。

月5

月は詩情を掻き立てますね。かつてこの風情は日本人にとって最高の歌の源でありました。こうした感動は人を育て、人をつなげ、幾多の歌を育んで、日本という国を形作ってゆきました。形は変わっても、こういう感性は失いたくないですね。形式も流派の曲も良いですが、琵琶人なら大いに創作意欲を掻き立てて、せめて短歌の一つもさらりと詠みたいところですね。

見事な月に誘われて、素敵な時間を過ごす事が出来ました。


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