伝えるという事Ⅱ

先日の第20回日本橋富沢町樂琵会は盛況の内に終える事が出来ました。ゲストには私の琵琶を作ってくれている石田克佳さんを迎えまして、彼の正派薩摩琵琶と私のモダンスタイルの聴き比べの他、二人でマニアックな琵琶トークも展開して、なかなか面白い会となりました。

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日本橋富沢町樂琵会にて石田さんと

やはりお客様としては、スタイルの違う琵琶を聴けるというのは面白いことだと思います。琵琶樂人倶楽部でもレクチャーの回でない時には、複数人の演奏家を呼んで聴き比べをやっているのですが、とても喜ばれています。以前組んでいたアンサンブルグループ「まろばし」でも、琴古流と都山流の尺八二重奏の曲を作曲して上演したり、日舞の五條流と花柳流をカップリングしたりしてプロデュースをしましたが、お客様には大変喜ばれました。お陰様で、幸い私の周りには「俺様一番」みたいな勘違い系の人は居ないので、多様な琵琶の魅力を良い形で発信出来て嬉しいです。
これは 琴古流 故 香川一朝さんと、若手の都山流 田中黎山君のデュオです。この曲は元々9,11のテロの後に作曲したもので、異文化の共生をテーマにした作品でした。それを尺八二重奏に編曲したもので、現在は昨年リリースした8thCD「沙羅双樹Ⅲ」にも収録した、ヴァイオリンと琵琶とのデュオのバージョンも出来上がっています。
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違う流派とのカップリング 左:古澤月心さんと、中:平野多美恵さんと、右:鶴山旭翔さんと

人間というのはどんな偉い人でも、自分と異質なものを拒否する性質があります。人種だったり、派閥だったり、果ては南口と北口なんてつまらない事を言い出して枠を作って競い合い、しまいには戦争を始めてまで異質なものを排除しようとする生き物です。まあ性というものなんでしょうか。

その垣根を乗り越えて共生して行こうとするのが芸術であり、またその使命なのだと私は考えています。また芸術家にはその幅と器が求められているとも思っています。しかし偏狭な心で、主義主張を振りかざすだけの方も残念ながら居ます。本当に残念ですが、これも現実です。今は世界がクリック一つで繋がる時代。私の作品もアジアだけでなく、ヨーロッパ・アメリカでも聴かれています。こうして繋がって行くのは世の流れであり、それに伴って人間の感性が変わって行くのもまた必然。

邦楽の世界を見ていると、リスナーの方がどんどんと新たな世界に歩みだしているのに、演奏する側が踏みとどまっている状態です。音楽は常に命あるものとして時代に中で生き続けてこそ音楽。現状のままでは、千年以上に渡り豊穣な魅力に溢れる音楽として伝えられてきた琵琶楽も、ただの過去資料や骨董品になってしまう。多様なものが共生してこそ社会であり、共生以外に平和はありえないのは、誰もが判っていること。社会の通年、常識、因習などは50年もすれば、真逆といっていいほどに変ってしまうことを、世界大戦などを通じて皆知っているはずです。そんな一時期の感性など軽々と乗り越え、自分と違うものを率先して受け入れ、実現するのが芸術家ではないでしょうか。その芸術に携わる人は時代を先取りする位で丁度良い。人種やジェンダー、国籍など、そんな壁は芸術には無い。地域的民族的な感性は確かにありますが、そこを土台にしながらも、壁を超えてゆくのが芸術家です。各国のこれまでの革命の歴史を見ても、皆芸術家がその感性や思想を支え、民衆をリードして行ったではないですか。
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昨年の荻窪音楽祭にて。Vi 濱田協子 Pi 高橋なつみ
現代日本で、着物を着て生活している人はほとんど居ません。しかし日本人としてのアイデンティティーは皆持っている。つまり表面の形などに拘る事は意味が無いのです。やり方は夫々違うかもしれませんが、そんなものに拘っているようでは一番の核心は何も伝わりません。意味のある所作と単なるお作法は全く違うのです。そこが判らなければ、いつまで経っても「村」から出る事は出来ないし、衰退は免れないのです。

音楽を受け入れるのはいつの時代でもリスナーなのです。芸術だろうが、エンタメだろうが、社会の中で社会の流れと共に生きる市井の人々が聴いてこそ音楽。やる側が何か訳の判らないものに拘っても、聴く人々の心を打たない限り、音楽として存在する事は出来ません。社会の流れと共に生活も音楽も変わって行くのが世の習い。変る事が出来ないものは必然的に滅んで行きます。どこを変えて、どこを守るのか、そのセンスを今、琵琶楽は強烈に、切実に問われているといってよいでしょう。

薩摩琵琶はいつも書いているように永田錦心、鶴田錦史というパイオニアが居たからこそ、細々ではありますが今に続いています。平家琵琶は江戸時代に盲人伝承から正眼者へと受け継がれ、譜面を開発したからこそ後に続きました。盲人の平曲家から見れば、譜面を作るなんて事はナンセンス以外の何ものでもなかったでしょう。しかしその変化が江戸時代にあったからこそ、今伝えられているのです。永田錦心も鶴田錦史も当時は批判されました。どんな分野でも最先端を行く者は、なかなか理解されません。しかし今衰退の極みに在る琵琶楽に於いて、さび付いたレールの上をただのろのろ歩いているだけで良いのでしょうか?。今こそ、古い衣を脱ぎ捨てて踏み出さなければ、本当に滅んでしまいます。世の中はしっかり永田・鶴田に付いて行きました。能も長唄も筝曲もどんどん新作を作り、新しい感性を入れながら今まで発展してきたのです。琵琶楽だけとどまっている訳には行かないのです。是非挑戦する心を燃やして欲しい。

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広尾東江寺にて 笛の大浦典子さんと

新しいものに挑戦し、創り出すこの創造性こそが芸術の命です。こうした旺盛な創作があるからこそ、古典の研究も進み更に更に洗練されて、世界が豊かに、そして魅力的になって、人々を魅了するのです。創造性無きところに明日はありえません。伝えて行くとは、創る事と言い換えてもよいと思います。

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永田錦心は生前、「西洋音楽を取り入れた、新しい琵琶楽を創造する天才が現れるのを熱望する」と琵琶新聞紙上に書いています。今では特別に西洋音楽を取り入れなくても良いと思いますが、私も明日に向かって新たな一歩を踏み出せる琵琶人が出てくることを大いに期待しています。

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